夕食も食べ終わり、優斗はテラスの椅子に座って目を閉じる。 「…………」 無言で、動きも一切無い。 「優斗くん、何やってるの?」 その姿に気付いた正樹が声を掛けてきた。 優斗は目を開けて答える。 「考え事をしていました」 「考え事?」 「ええ、その通りです」 優斗は正樹を視界に入れて、 「ニアとジュリア……でしたっけ。彼女達はどうして正樹さんを全肯定しているんですか?」 唐突に問う。 特にニアはおかしい。 あまりにも盲目的すぎる。 「わ、分かんないよ」 「正樹さんが強いのは分かる。けれど『異常』じゃない。少なくとも全肯定できるほどの強さじゃない」 化け物と呼ばれはしない。 「皆さんはどんな経緯で出会ったんですか?」 「んっと……ニアはね、シルドラゴンに襲われてたところを助けた。ジュリアはフィンドの隣国のクリスタニアの公爵令嬢で領地問題があった時に出会った。ミルは奴隷だったところを助けた」 「わりかしピンチ的な状況でした?」 「間一髪ってところだったよ」 「……そうですか」 優斗はまた、思案する。 そして小声で、考えを口にした。 「死ぬ間際に現れた勇者。劣勢を覆し助けてくれた強い勇者。絶対的ピンチに登場する甘いルックスの勇者」 王道と呼ぶに値する存在。 「だったら運命だと信じても間違いじゃないか。盲目的になってもおかしくはないか」 ぶつぶつと呟く。 「女性を拒否しない性格に、押しが弱い性格ならなおさらだし――」 「あの……優斗くん?」 呼びかけられて優斗の身体が跳ねる。 目の前にいた正樹のことを普通に忘れていた。 「えっ? あっ、すみません」 少し入り込んでいて無視する形になってしまった。 優斗は気持ちを切り替えるように話題を変える。 「ミルの会話がぶつ切りなのは、奴隷時代のせいですか」 「……うん。一度も教育なんて受けてこなかったみたい」 「でも腐った奴らの愛玩具にならなかったんでしょう? それだけで良かったですよ」 「だけど暴力は当たり前だった」 「……そうですか。なら彼女が男を苦手な理由も分かります」 そんな過去があれば当然だ。 むしろ正樹があそこまでミルを癒してあげたことこそ凄いことだと思う。 「けれど正樹さんが救ってあげてミルも感謝していますよ」 「そうかな?」 「ええ。だから彼女は頑張ってるんだと思います」 小さく笑みを零して、優斗は立ち上がる。 「…………」 そして不意に遠い目をした。 彼の視界に入っているのは闇夜に染まるアルカンスト山。 「優斗くん?」 「……いえ、何でもありません。そろそろ部屋に戻ります」 ◇ ◇ 「…………」 また別のテラスではミルが考え事をしていた。 思い返しているのは、つい先ほど起こったこと。 部屋で起こったこと。 「ミル! お前はマサキの仲間であるという自覚がないのか!?」 「なんの、こと?」 部屋に戻るなりニアの怒鳴り声が響く。 「ミヤガワ達と一緒にいて、マサキのことはどうでもいいのか!?」 「……違う。マサキのために、教えてもらってる」 「けれどマサキの側にいないじゃないか!」 猛るニアにジュリアが取りなす。 「いいじゃありませんか、ニアさん」 彼女を落ち着けるように軽く肩を叩く。 「ミルさんは料理ぐらいしか取り柄がないのですから」 戦闘でもその他でも、ミルが役に立つ場面は少ない。 唯一、ミルが一番だと誇れるのは料理を作ることのみ。 「マサキ様が郷土の料理を恋しいと言ったのなら、作ってあげるのがミルの役目ですわ」 先ほどのやり取りを思い出す。 「………………」 最初はどこも“こういうものだ”と思っていた。 仲間というのはこうだと。 でも優斗達と出会い、違和感が生まれた。 アルカンスト山での優斗と卓也達のやり取りと、戻ってきてからの自分達のやり取り。 あまりにも違いすぎるやり取り。 しばらく思案していると、 「どうかしたか?」 「ど、どこか痛いのか?」 「大丈夫?」 お風呂上がりの三人組が話しかけてきた。 「タクヤ、セツナ、トモコ」 思っていた以上にミルは難しい顔をしていたらしく、心配された。 「少し、考え事。身体は大丈夫」 「何かあったのか?」 卓也が問いかける。 丁度良いと思い、恋愛の時と同じように訊く。 「仲間って……なに?」 「どういうことだ?」 「“仲間”っていうのが、よく分からない」 「分からないって……仲間がいるのにか?」 問う卓也にミルは頷く。 「マサキ、わたしを仲間って、呼んでくれる。でも、タクヤ達と違う。ユートとタクヤ、クリスは仲間。マサキ、わたし、ニア、ジュリアも仲間。だけど、違う。仲間の雰囲気、違う。同じ“仲間”なのに」 「……あの二人と何かしらあったんだな?」 もう一度、ミルは頷く。 そして先ほどあったことを話し始めた。 卓也は全て聞き終えると、 「まあ、あくまでオレの仲間について話すと、だ」 優しく教えるように口を開いた。 「背中を預けられる友達ってところだな」 「どういう意味?」 「信用できるなら友達になれる。けど、信頼してるから仲間になれる」 「…………」 ミルは必死に卓也の言葉を理解しようとする。 頼れるからこその仲間。 だったら、だ。 「じゃあ、私達は、仲間じゃない?」 少なくともミルは頼ったことがない。 頼ろうと思ったこともない。 「その答えを出せるのはミルだけだ。オレじゃ答えられない」 ミルがどう思っているのか、どう考えているのか。 卓也が知る由もない。 「信頼してなくても仲間と呼ぶ人は呼ぶしな。一概にオレの言ったことが正しい訳じゃない」 何よりも自分達は問題児だ。 「ただ、少なくともオレらは……歪んでるから。信頼できないと“仲間”って思えないんだ」 「…………」 ミルがまた考え込む。 けれど刹那と朋子が、 「あまり思い悩むな」 「滅入ることを考えてると悪い方向に全部が流れるわ」 「……セツナ、トモコ」 二人がミルを配慮するように声を掛ける。 「雑談でもして気を紛らわせたほうがいいわ」 「雑談?」 「そうだな。卓先、話題をくれ」 いきなり謎な略称が出てきた。 いや、誰のことを指しているかは分かるが。 「なあ、刹那。“卓先”ってなんだ?」 「卓也先輩の略ね。ちなみに優斗先輩は優先、クリス先輩はクリ先、ルミカ先輩はルミ先よ」 「……刹那、お前な」 卓也は呆れながらも話題を提供する。 「とりあえずは……そうだな。克也と朋子は“刹那”と“羅刹”についてどこまで知ってる? お前ら、どうせ字面が格好良いとかで選んだんじゃないか?」 「……っ!?」 「なっ、なんでそれを!?」 思わぬ話題に刹那と朋子が言葉に詰まる。 「ビンゴか」 卓也が笑った。 やはりそういった形が大事なのだろう。 「刹那は一瞬よりも短い時間。羅刹はまあ、いろいろと悪行みたいなのをやってたらしいけど最後は守護神になる」 「……卓也先輩、博識なのね」 「残念ながらオレじゃない」 こんなこと知っているはずもない。 「ユート?」 「そうだな」 ミルが答えを言った。 そう、あの無駄知識満載の優斗が知っていた。 「優斗先輩、凄いわ」 「無駄満載だからな。たぶん、お前らみたいにそういう字面が好きになった時、調べたんだろ」 「優先も好きなのか?」 「でないと大魔法士なんてやってないよ、あいつは」 一番最初の神話魔法など、ゲームの魔法を使いたいという理由だったのだから。 「というわけで、だ。お前らが選んで自らに名付けた名前の通りになってほしいとオレらは思ってる」 「名前通りっていうと、どうすればいいの?」 「克也にはいずれ『刹那すらも惑わず』に突き進んで欲しい。朋子にはいずれ『羅刹のようにイエラートを守って欲しい』ってところだ」 卓也がそう言うと刹那と朋子は顔を見合わせ、 「ふっ、何を当然のことを。俺を誰だと――」 「――っ!」 ミルがビクリと身体を震わせた。 「だから、お前はミルの前では克也だろうが!」 デコピンを刹那にかます卓也。 「痛つっ!」 「午前中のやり取り、思い出したか?」 軽く額を擦りながら刹那が頷く。 「す、すまないミル」 「……だ、大丈夫」 「やっぱり克也と呼んでくれ。そうすればもっと意識できる」 午前にも『克也でいい』とは言ったが、ミルは『セツナ』で通している。 「でも周り、セツナって呼んでる」 「いいんだ。ミルの前では克也だ」 さすがの刹那も嫌われようがどうしようが構わない、というスタンスではない。 だからお願いする。 ミルは少し下を向き、 「……かつや? カツヤ? 克也?」 何度か発音を確かめるように呟き、 「うん、“克也”。分かった。これから克也って呼ぶ」 「助かる」 思わず感謝する刹那にミルは首を横に振る。 「……ううん、こっちこそ。ありがとう」 ◇ ◇ そして翌日。 優斗と卓也、クリスは今日の予定を話ながら朝食を取る部屋に向かう。 が、誰一人としていない。 「あれ? ルミカもいないんだ」 「何だかんだで忙しいんじゃないか? 生徒会長だろ?」 「そうかもしれませんね」 席に座ってのんびりと待つ。 五分ほどした時だろうか。 ルミカが部屋に入ってきた。 「あ、あの、あの、あのっ!」 慌てた様子のルミカに三人の表情が一瞬にして切り替わる。 それだけで“何かあった”のは明白。 「ルミカ、落ち着いて。どうしたの?」 「フィ、フィンドの勇者様一行とセツナ君にトモコちゃんがいないんです!」 「全員いないの?」 「そ、そうなんです!」 大きく首を縦に振るルミカ。 優斗達は顔を見合わせる。 「……どう思う?」 「正樹さん達が連れて行った、に一票だな」 「自分も同意です」 「正樹さんが……っていうよりは彼女達が、だろうね」 おそらく間違いないだろう。 「ルミカ、いつ出て行ってどこに向かったのかは分かる?」 「お、おそらくは二時間以上前にアルカンスト山に向かったものかと……。幾人かの兵隊さんが彼らの姿を見てます」 ということは、だ。 クリスは眉根を潜める。 「……嫌な予感しかしません」 「優斗、動くか?」 卓也が確認を取る。 だが優斗はどうでもよさそうに手を横に振った。 「いや、別にいいでしょ」 「えっ、ユウト君!? で、でも危ないんじゃ?」 ルミカが予想外の発言をした優斗に驚く。 「フォルトレスのことを指しているなら、僕は昨日『危ないんだから近付くな』ってちゃんと言った。だけど、向かったなら彼らの責任だ。もしかしたらアルカンスト山からの朝日を見に行っただけかもしれないし」 後者に関しては希望的観測に過ぎないけれど。 「朝食でも食べてゆったりしてればいいんじゃない? フィンドの勇者も一緒にいるんだし」 大抵の魔物ならば大丈夫なはずだ。 フォルトレスを除いて、だが。 「……ユウト。一応訊いておきますが、どこまで想像しています?」 「最悪の場合、イエラート消滅ぐらいまで」 「そうですか」 今から叫いたところで何も変わらない。 完全なる後手。 この状況で打てる手はない。 「さすがに朝一で出て行くのは参ったけどね。忠告のしようもない」 とはいえ、正確に言ってしまえば優斗には何の落ち度もない。 ここはリライトではなく、イエラートなのだから。 クリスは僅かばかり思案するとルミカに提案する。 「ルミカさん。念のために兵士の方々にアルカンスト山方面を捜索してもらってもよろしいですか? 何かが起きてしまったら――」 瞬間だった。 『――――――――――――ッッ!』 地が、響く。