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No.42288の一覧
[0] 【短編】S.S.F.──Strange Sword Fate──(DDD×Fate)[モトオ](2016/08/19 02:31)
[1] S.S.F.──Strange Sword Fate──・2[モトオ](2016/08/19 03:02)
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[42288] 【短編】S.S.F.──Strange Sword Fate──(DDD×Fate)
Name: モトオ◆e71ef7c8 ID:67861175 次を表示する
Date: 2016/08/19 02:31
【注意】
 これはもしもDDDとFateのクロスssであり、もし衛宮士郎がアゴニスト異常症になったら、というお話です。
 作者は士郎ファンでありヘイトではありませんが、衛宮士郎アンチ要素あります。
 納得できる方で、尚且つ地雷でも構わないという心の広い方のみお読みください。











 がちり、と頭の中で撃鉄が鳴った。

 鼓動が煩い、血液が疾走する。
 骨が強張り、錆び付いた何かが軋む。

 あの地獄を生きた。
 あらゆるものを見捨て、自分だけが生き残った。
 それを嫌悪し、だからこそ次があるのならば全てを救うと心に決めた。
 そう思わなければ生きていけなかった。

 痛みを。見捨ててきた命を。踏みにじった全てのものを。
 忘れてはいけない。決して忘れないと誓った。

 途切れさせはしない。
 そう願った時点で生き方は決定する。

 鉄の心はブリキの証。
 これなら長い旅も続けていける。

 だから、きっと。
 この体は、剣で───







 S.S.F.──Strange Sword Fate── (DDD×Fate)







「───投影、開始」

 衛宮士郎が口にしたのは呪文ではない。
 己を一つの機関に造り替える自己暗示の言葉だ。
 がちり、頭の中で撃鉄が鳴る。
 トリガーを絞れば、炸裂する火薬。
 そうだ、彼の体は剣で出来ている。
 皮膚を食い破り生まれ出る数多の、いや、無限の剣。
 てらてらと血に濡れた刃は、闇夜を往く不死身の吸血鬼へと向けられる。

「が、ああああああああああああああああっ!」

 苦悶の叫びと共に振るう腕、飛来する剣。
 相対するは黒いロングコートの男。脱色した長髪に、表面がミラーのサングラス。そして右手には、杭を思わせる鉄パイプが。
 常人ならば何も出来ずズタズタになるであろう刃の雨を前に、吸血鬼は尚も嗤う。
 手にした鉄パイプが翻り、迫りくる死の悉くを叩き落す。
 しかし砕けた刃の欠片に視界は覆われ、その隙を踏み潰すように士郎は駆け出す。
 鉄製の体が軋みを上げ、互いの距離をゼロにする。
 もはや彼の動きは人の範疇にはない。
 だが視界を遮り、隙を突いたとしても。
 この相手に限っては、それは奇襲足りえない。

「いやいや、それはないデショウ?」

 寧ろ彼こそがあらゆるものに対し、“奇襲を行っている”。
 もとよりこの吸血鬼は……日守秋星は、そういう生き物。
 常に死の淵を想像する異常な精神性が作り上げた不死身、地上で最もハヤい悪魔憑き。


 其は恒温の最高速。
 不滅を矜る、灼熱の揺り篭 。


 士郎の動きを視認しておらず、にも拘らず僅か一寸の間合いを見切り躱し、日守秋星はカウンター気味に蹴りを放つ。
 ごしゃり、鈍い音が響き、その勢いのままに後ろへ引く。
 そして一呼吸、不敵な笑みを見せつけ。

「いっってえぇぇぇぇっぇぇぇぇぇ!? 硬っ、ちょ、おかしい! 肉蹴った感触じゃないんですけどソレ!?」

 脛に響く痛みに転げまわる。
 刃と化した士郎の体を生身の足で蹴ったのだ。まあ当然と言ったら当然であった。

「あぁもう、純正は性能いいなぁ。お兄さん困っちゃう。というか少年、何で出来てんの? なんか車とか蹴ったみたいな手触り……ん、蹴り触り? ですよ?」

 痛みから復帰した秋星は、敵だというのに変わらないテンションで士郎へ話しかける。
 返ってきたのは、絞り出したような声。

「……つるぎ」
「ん?」
「この体は、剣で出来ている。多少のことじゃあ、壊れてくれない」


 ───その時、日守秋星に電流走る。


 剣。
 剣である。
 なんで硬いのか聞いたのに鉄ではなく、剣なのである。
 え、なにそれカッコイイ。
 だって剣。男の子の憧れ、この彼は骨の髄までロマンでできちゃっているのだ。
 それに比べてこっちの武器は尖端をカットした鉄パイプ。いけない。使いやすくはあるけど非常に見窄らしい。
 最速の悪魔憑きにして古い芸風の秋星には、その響きだけで多大な衝撃が走った。

「ふっ、ふふ……や、やるじゃなぁい、少年? 不覚にもトキメイちまったぜ」
 
 もしもこれが少し前だったなら膝をついて敗北を認めただろう。
 だが今は違う。

「ならば、オレも応えよう」

 確かに“体は剣で出来ている”というフレーズは見事。
 だとしても、こちらにも我が心の友の生み出した必殺の二つ名/切り札がある。

「オマエの体が剣ならば、オレの血は灼熱」

 日守秋星は厳かに。
 告解する哀れな子羊を許す神父のように語る。

「我は火の神、灼熱のフォウマルハウト。この血が絶えぬ限り何度でも蘇る」

 それが、衛宮士郎には。
 記憶にないクソ神父の姿と重なった。
 だから───




 ◆




 かしゃん、と頼りない音を聞いた。
 まるでサカヅキが砕けたような。

「……やべ、寝てた?」

 差し込む白色の光に目を覚ませば、そこは石造りの部屋。
 ガラス張りの天井の向こうは巨大な水槽で、陽射しを掠めて鮫が泳いでいく。もっとも、あの鮫が本当に魚なのかは判別できないが。
 そもそも正確に言えば頭上のそれは水槽ではなくただの貯水庫だ。どこのどいつかは知らないし、なにをトチ狂ったのかも分からないが、中世の城を思わせるこの地下室は貯水庫の真下にあるのだ。
 ここは支倉市の端、郊外の森。
 地下室を作った誰かよりも遥かにトチ狂った麗しの悪魔、迦遼海江(かりょう・かいえ)の住処である

「もー、いい加減仕事してよ」

 不満げな響きの中性的な声。
 部屋の中心には天涯付きのベッドがあり、そこに美麗すぎる“なにか”横たわっている。
 年の頃は十四くらいだろうか。
 つややかな長い黒髪と、銀色の透き通った瞳。少女と見紛う可憐な顔立ち。
 反してその形はあまりに歪だ。
 四肢がなく黒い石膏の義手を嵌めただけ。この地下室の主は、これほど美しいのに、これ以上ないってくらい不自由にできている。
 ああ、いや。だからこそ美しいのか。
 まあそういう禅問答みたいなのに興味はないし、分からないなら分からないでいい。
 重要なのは俺の雇い主であるこのお坊ちゃんがヘソを曲げてしまっていることだろう。

「あー、いや、悪い」
「毎度のことだけどさ、仕事中に寝るはどうかと思う。おかげで水も飲めないんだから。動けるなら飲み物取ってくれる? グレープフルーツがいいな。ああ、ついでに氷も」
「へいへい、っと」

 くわばらくわばら、呟きながらこれ以上怒らせないようにさっさとジュースの準備をする。
 なにせ俺の生活費の八割はカイエの懐から出ているのだ。ここをクビになったら普通に生きていけない。

 だって俺はまともな場所で働けるような男じゃない。
 数年前、ちょっとした左腕を失った。隻腕というだけで就職先は狭まるというのに、俺が入院していたのは支倉で悪名高きオリガ記念病院である。誰が聞いたって顔をしかめるような経歴の持ち主だ。
 
 更に付け加えるのならば、俺こと石杖所在(いしづえ・ありか)には記憶障害がある。
 一日単位の健忘症で、日中の記憶を夕方に失ってしまうのだ。
 左腕を失った時の後遺症で、実害はないが非常に面倒臭い。
 俺が俺である以上、「昼間の記憶は引き継げない」「夜にあったことは覚えていられる」。このルールに従って動かなくてはならない。
 といっても昼間にメモを残せば問題ないので特に気にしてはいないのだが。

 ともかく、はっきり言ってカイエみたいな悪趣味の物好きの他に雇ってくれる奴なんていないだろう。
 まあ仕事といっても四肢のないこいつの義肢をつけたり外したり、後はこうやって飲み物食べ物取ったり、話し相手になる程度。
 片腕で出来るので有り難いが、殆どヒモみたいなもんなのでなんというか居た堪れなくもなる。

「ふう、ようやく落ち着いたよ」

 義肢だというのにカイエはスムーズにジュースを飲み、そりゃあもう可愛らしく微笑む。
 中身の方を知っている俺でさえくらりときてしまう。
 だが騙されるな。あれは男だ。どうあがいても男だ。着替えを手伝う時に覗く素肌が白く艶めかしくても男なのである。

「それにしても最近昼間に眠ることが多いね。疲れてるんじゃない? それとも栄養不足かな。駄目だよ、ちゃんとご飯食べないと」
「別に好きで抜いてるわけじゃない。俺だって腹いっぱい食べたい。単純に金がないんだ」
「なら稼げばいいじゃないか。仕事が欲しいなら紹介してあげるよ」

 カイエが妖しく笑う。
 蠱惑的、という表現がここまで似合う奴はこいつ以外に見たことはない。やっぱりこういうのも悪魔の基本スキルなんだろうか。

「いらない。言ってるだろ、“悪魔憑き”なんざとは関わり合いになりたくないって」

 だが騙されてはやれない。
 こいつの笑顔は食虫植物のそれと同じ。甘い香りで誘ってぱっくりいっちゃう為のもの。
 なにより、悪魔憑きになんか関わるもんじゃない。
 それがどういう理由で生まれたとしても、後味のいい終わりになんてなる訳がないのだから。

「あはは、ひどいなー。アクマだっていうのなら、キミだって似たようなものじゃないか」

 似たような、は失礼な話だ。
 あいつらは喰う側で俺は喰われた側。俺の左腕は、悪魔憑きに。ちょっとばかりアグレッシブ且つパッションに溢れた妹に食べられてしまった。
 どっちかっていうといじめられっ子とかイケニエとかそんな感じなのだから、一緒にされるのは心外だ。
 そう思いつつも「確かに」と胸中のどこかが納得もする。

「まあでもキミはそういうのに縁があるんだし、話くらいは聞いておいた方がいいんじゃない?」
「なにがだよ」
「だから、最近噂の悪魔憑きの話」

 けれどこちらの心情など無視して、迦遼カイエは柔らかく微笑みながら語る。

「最近夜の支倉には、セイギノミカタが出るんだよ」



 ◆


 アゴニスト異常症。
 鬱病やら対人恐怖症に似た、突発性の精神障害である。
 要は自身の感情をコントロールできなくなるのだが、この病気の範疇は心のみに留まらない。
 重度のアゴニスト異常症患者は、精神だけでなく肉体をも変貌させてしまう。
“健全な肉体には健全な精神が宿る”と人は言う。
 ならば逆だって有り得る筈。
 つまり“歪んだ精神は肉体を歪ませる”。
 心が人でなくなれば、体も人でなくなるが道理。
 その為アゴニスト異常症患者は、俗に“悪魔憑き”と呼ばれる。
 彼等は悪魔としか思えない心と体を持った化け物なのだ。

「……で、セイギノミカタってのは?」
「そのまんま、夜な夜な素行の悪い人たちを切り殺す怪人だよ。この一週間で通り魔や空き巣に強盗、カタギに迷惑をかけるその筋の方々。十人は殺されてるってさ」
「それ放っておいていいんじゃないか?」

 や、シンカーといい灼熱のお兄さんといい、よくよく支倉は怪人と縁のある街である。
 とはいえあんまり問題ないような気もする。
 セイギノミカタはやりたいことやって満足。
 街の人たちも危ないのがいなくなって満足、殺された奴らだって今までの禊が済んで満足。損する誰かがどこにもいない、珍しく円満に終わる話だ。

「冷たいね。犠牲になる人への同情とか義憤とかないの?」
「そういうのは余裕があるやつの贅沢だよ」

 弱者は弱者。蹲る誰かに手を伸ばしても、引き上げられず一緒にすっころぶだけ。
 だから殺された奴らの境遇には、ましてやセイギノミカタの目的にもあまり興味はない。
 苦しみを理解してやれたとして、どうせ残せるものなどないのだ。

「ふふ、駄犬らしくない。いや、寧ろキミらしいのかな」

 美しすぎる笑顔でひどい言われようだ。
 しかし懐かしくもある。
 かつて此処に初出勤した時、俺はあろうことか初日から居眠りをこいてしまった。

『石杖さんみたいな人には猫被っても疲れるだけだし。駄犬を甘やかしてもしょうがないし。これからは厳しく容赦なく、首輪をつける気持ちで酷使してあげるよ』

 その時に駄犬だと貶められた。ついでにしっかり躾をするとも。嫌すぎる思い出だが自業自得なんでなんにもいえない。
 ちなみにいつもはアリカと呼ばれている。最初は石杖さんなんて呼ばれ方もしたっけ。
 俺も昔は迦遼さんなんて呼んで、こいつのことを「いいひと、末永くお付き合いを」なんて思っていた。考えてみれば恐ろしくなる話である。
 あれである。肌荒れなんて距離が近くないと見えないのと一緒。近付いたら分、見えちゃいけないものまで見えてしまうのだ。

「まあでも、詳しい話をしてくれる怖いお姉さんが来たから、続きはそっちに任せようかな」

 へ、と間抜けな声を上げて後ろへ振り替えれば、ノックもなしに悪魔の地下室へやってきた哀れな子羊が一匹。
 あ、嘘です。哀れな子羊とか無い、もうびっくりするくらい無い。
 だってそんな弱々しくない。完全に捕食者側のオーラ纏っちゃってるもん。
 ドMならその鋭さだけ上り詰めそうなくらい冷たい視線の女性。
 戸馬的(とうま・まと)、みんな大好き僕らのマトさんがいらっしゃった。

「やあ、マトさん。久しぶりだね」
「ああ、久しぶり迦遼。相変わらずの悪趣味な格好と部屋で安心した」

 和やかに挨拶してるように見せかけてすっげぇ怖え。
 見るからにエリート然としていて威圧的なマトさんと、そんなもん歯牙にもかけず流すカイエ。
 俺は飛び火しないようにちょこんと部屋の隅で座っている。あ、マトさんがこっち見た。
 なんかすっごい蔑んだ目で。いやいや、あんたらの間にいると命がいくつあっても足りないんですよ、比喩じゃなくて。

 黒スーツの凛とした立ち姿、美女という単語を体現したかのようなこの姉御は、公安特務の監察医兼監察官兼サディスティッククィーンである。
 一応オリガ記念病院の保安管理局特別顧問でもあり、まあ纏めるとアゴニスト異常症の事件を一緒くたに請け負うおまわりさんだ。女医+警察官+綺麗なお姉さん+ドSのハイブリット属性なのにグッと来ないのは逆にすごいと思う。
 ちなみに俺とカイエを引き合わせたのもマトさん。その義理でなんかあった時は検死を担当してくれるらしい。死亡前提の義理とか泣きたくなる。

「で、なんの用なのマトさん? 別に遊びに来たわけじゃないでしょ」
「そりゃあ此処に遊びに来るなんて、所在(しょざい)くらいのものだろう」

 いや、俺も別に遊びに来てるわけじゃないですが。
 仕事と、もしかしたら俺に合う義肢をくれるかもという打算なんでそこは勘違いしないでほしいところ。
 まあ言ったら泣く子も心筋梗塞するトマトちゃん手ずからの拷問が待っているので絶対言えない。ていうか心の中でトマトちゃんと呼んでいると知れただけでもまずい。

「私が君に会いに来る理由なんて一つしかない。……悪魔払いの依頼だよ」

 ソファーに座り込んだマトさんは、前かがみになる、心底嫌そうな顔で言った。

「そういう態度で来るってことは、また実家絡みかな?」
「ああ、依頼主は祖父と懇意らしくてね。頼みを聞いてやってくれ、とのことだ。最近噂の通り魔の話は知っているか?」
「それって、セイギノミカタ?」
「そう、そいつ。依頼主は藤村組っていうまっとうなヤクザの初代組長で、藤村雷画。なんでもその悪魔憑きは、孫同然に可愛がっている少年らしくてね。警察が動く前にどうにか見つけて連れ戻してほしいそうだ」

 取り敢えずヤクザにまっとうも何もあったもんじゃないと思うが、警察に動かれたら困るというのは分かる。
 職業的に、というよりは心情的にか。ヤクザだって人間だもの、可愛い子供には甘くなるらしい。できればその甘さはパンピーにも振り撒いてほしいけれど。

「というか、その孫同然の子だって確認取れてるんですか、マトさん?」
「ああ。藤村氏には孫娘がいる、こっちは実のだが。藤村大河、彼女は高校の教師で、失踪した生徒を夜な夜な探していたらしい。で、その途中通り魔に襲われたんだが」

 そこまで言ったら展開は分かる。
 藤村大河を襲ったのは、普通の通り魔だったのだろう。
 しかしセイギノミカタは悪人専門の殺人鬼。美人女教師の危機に現れ、通り魔を惨殺した。
 それがおそらく失踪した彼女の生徒であり、藤村氏が孫同然に可愛がっているという少年。

「衛宮士郎。探していた生徒によって彼女は救われた。ただしそいつは、少しばかり形が変わっていたとのことだ」

 そいつはまた嫌な話になりそうだ。
 なにせ重度のアゴニスト異常症患者……悪魔憑きは、ちょっとまともじゃない。
 悪魔憑きを構成する要素は三つ。
 感情・患部・新部である。
 心を病み、その為に体を患う。
 それ自体は別段珍しくもない。ストレスを感じたら胃を壊す、程度のものだ。普通の人でも起こり得るし、薬や療養でどうにでもなる。
 しかし悪魔憑きは違う。
 心を病み、その為に体を患う。そうすると心を病むに至った原因、自身を苦しめる感情をどうにかする為に、肉体に新しい機能を造りだしてしまう。
 例えば、ストレスになる何かをぶち壊す力だとか。
 それが新部。感情、患部、新部。この三つが揃った者は、既に人間とは言えない。
 おそらくその少年は、もう別のなにかに。セイギノミカタという名前の怪人に変わってしまっている。

「元々は新都の火事で両親を失った孤児だったらしい。しかし彼を拾った義父も逝去、以後は藤村大河がずっと世話をしてきた。可愛い弟であり大事な生徒。藤村氏曰く孫娘は優しく美しい、慈悲に満ちた性格。衛宮某にも愛情をもって接していた分、悪魔憑きになってしまったことにひどくショックを受けているようだ。それで警察より先に保護し、可能ならば体の異常を治してほしいだとさ」

 マトさんはバカな話だ、とでも言いたげに吐き捨てる。
 当然だ。大前提として、悪魔憑きは治らない。
 新部を取り除いて「普通の重症患者」にする程度ならできるが、肉と心には密接な関係がある。
 俺が左腕を失ったことにより、一日単位の健忘症を患ったように。
 その衛宮士郎なる少年の新部を取り除けば、一緒になって心が壊れる。結末としてはよくて廃人だ。

「へえ。で、セイギノミカタはどんなだったの?」

 俺としては関わり合いになりたくないのだが、カイエは随分楽しそうにしていた。
 こいつは本物の悪魔だから偽物の悪魔が許せない。妖しい微笑みに色んな意味でドキリとする。

「元々正義感の強い少年ではあったという話だ。私にはこれっぽちも理解できないけど、生徒会の手伝いで壊れた機械の修理をしたり、人の為なら時間を惜しまずに働く。あだ名は穂群原のブラウニー、バカスパナ。元々は弓道部だったが今は退部、それでも何かあれば力を貸す。まぁ根っからの善人だな」
「そりゃあ嗜虐趣味のマトさんには理解できないね。それが高じて悪人を殺す悪魔憑きになったのかな」
「だとしたらよっぽど暇な奴だ。掃いて捨てるほどいる悪人を百や二百殺すよりゴキブリ一匹殺した方がまだ喜ばれる」

 いや、流石に人間とゴキブリを同列に考えるのはいかがなものでしょうか。
 とはいえ、まあ、理解できないというのは俺も一緒だ。
 マトさんは強者だからセイギノミカタとやらが理解できず、俺は弱者だから理解できない。
 俺は俺だけで精いっぱいだ。臭い物に蓋をする程度の正義感では他人の重さは背負えない。
 けれどセイギノミカタはその程度の正義感で、余計なものまで背負えてしまうのだ。
 俺みたいな凡人には分からない感覚だが、狂的なまでに強い精神といえなくもない。
 憧れもしないし社会的に不適合であるのは間違いないが、もしかしたら。それはとんでもなく凄いことなんじゃないかとも思う。

「まあそいつの動機や成り立ちには然程興味もない。問題は衛宮某が悪魔憑きで、既に殺人を犯しているという点だ」

 そういうのは国家権力の犬であるマトさんには見逃せない。
 俺は忠犬だし、俺の腕も黒い犬。なんとも犬が多いこってちょっとだけ笑えてくる。

「でもおじいさんの頼みじゃ断れないんじゃないの?」
「癪なことにな。セイギノミカタの悪魔憑き、もう居場所も分かっている。だから悪魔祓い出来るやつを派遣してほしい」
「なら、いつものパターンだね」

 言いながらにっこりとカイエは微笑む。

「頼んだよ、“代理人”。夜の散歩はお手の物でしょう?」

 ああ、まただよ。
 セクラユミヤ、怪人シンカー、木崎さんちのお父さんに暴食の悪魔憑き。
 カイエは四肢がなく、動くことができない。だから石杖所在はその代理人として幾度も悪魔祓いを、いや、悪魔払いをおこなってきた。
 今回もそういう流れなんだろう。
 正直嫌です。悪魔憑きなんざに関わらず楽に生きたいが俺の心情で信条。
 此処はきっぱりと断らねば。

「まあ受けないというのなら石杖火鉈(いしづえ・かなた)をオリガから解放するだけだが」
「なに言ってんすかマトさん受けます、受けるに決まってんじゃないですか」

 何とんでもないこと言ってんの、このキラートマト。
 こえー、まじこえー。
 カナタというのは俺の妹で、今もオリガに入院している悪魔憑きで、俺の左腕を喰った張本人でもある。
 昔は大層可愛い妹だったんだが、今じゃ何の因果か暴走シスタープリンセス。出てきたらいの一番に俺を殺しに来るなんて華のような笑顔で言ってくれちゃっている。ほんと、シスターってのはタチの悪い奴しかいねぇのである。

「そうか、それは助かる。これは護身用だ、持って行くといい」

 言いながらマトさんは凛とした笑顔で大型のナイフを渡してくれた。
 刃渡りの長い、どう考えても銃刀法違反なシロモノである。

「なんでも衛宮士郎にやられた被害者は刃物で切断されているらしい。そんなものでもないよりはましだ」

 え、なにそれ。
 悪魔憑きと斬った張ったやれってこと?

「じゃあ頑張ってね。今回は義手もいらなそうだから貸さないよ」

 いつもなら黒い石膏のような義手を貸してもらえるのだが今回はそれもなし。
 付き合いも長くなった憎悪ちゃん(仮)も傍におらず。笑顔の敵二人に囲まれて、俺の味方はどこにもいない。
 ひひ、もう死んでしまいたい。



    


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