ワルドとシンジは、かつて貴族たちが集まり、王の閲兵を受けたという練兵場で10メイルほど離れて向かい合っていた。練兵場は今ではただの物置になっている。
樽やら、空き箱やらが積まれ、あるいは放置され、かつての栄華を懐かしむように、石で出来た旗立台が苔むして佇んでいる。ルイズがいるのはその旗立て台のそばだ。
「古き良き時代、王が王らしく、貴族が貴族らしかった時代……、名誉と誇りを賭けて、時には可愛い女の子なんかを取り合ったりして、僕たち貴族は魔法を唱えあった。ちょうど今のようにね」
ワルドが場をほぐそうと思ったのか、軽口を叩く。ルイズなどはワルドの“時には可愛い女の子なんかを取り合ったりして”のセリフの後は、微妙にいい笑顔である。
シンジは、ため息と共に、ナイフを一丁その手に握る。
「ゴラァ!!相棒!強敵だぞ!ここは普通俺だろ!場面的に考えて」
「デルフ。ただの手合わせなんだから君は使わない。ワルドさんもこの任務で僕がどれだけ使えるか知りたいだけだろうし」
ナイフを握り、ガンダールヴは発動するが、いつもより効きが遅く効能が弱い。シンジが理解していたのは、武器を手にするとガンダールヴが発動するということだけ。
心のふるえ、それが今現在のシンジには不足している。だが、それでも尚、シンジのそれは並のメイジを凌駕するに足るスピードを持ちえていた。
「行きます」
「来い!全力で!!」
ワルドは腰の杖剣を引き抜き、腰を落として構える。シンジはワルドとの十メイルほどの距離を一足飛びに詰め、ナイフを翻らせる。ワルドは杖剣でシンジのナイフを受け止める。
“バチン” 火花が散った。
ワルドは“ひょう”と口笛を吹くと、そのまま後ろに下がり風切り音と共に驚くほどの速さで突いてきた。シンジは下がって避けずに、ギリギリで見切って前に出る。こちらの武器はナイフ一丁だ、距離を取られては勝負にならない。
速さにおいてはガンダールヴを発動させたシンジが上。まるで野獣のように敏捷な動きで、スキをつく、回り込む、死角から飛び込む。しかし、さすがは魔法衛士隊長、そのいずれにも反応し、そのナイフを身に届かせることは無い。
何合か打ち合った後、ひょいっと後ろに下がり声を掛けてくる。
「どうも面白くないな。ほんとに本気かね?まあ、完全なシロウトじゃないようだが」
「えっ、ええ」
シンジはちょっと慌てた、適当なところで負けるつもりだったのだ。ワルドに勝つ必要は全くない。
ワルドとルイズが結婚するのには肯定的なシンジである。訓練とは言え、ルイズも婚約者が負けていい気持ちはしないであろう。ワルドの強さをルイズに見せ付けさせて好感度UPを手助けしてやるべきだ。そう思ったのだが。
「ちょっと、仕切りなおしと行こうか。 ユビキタス・デル・ウインデ……」
ワルドは呪文を唱え、自身は一歩下がりもう一人の自分を置き去りにする、「偏在」である。
表情豊かでどこか大人の男を感じさせるワルドに比べれば、ムスッと唇を引き結び、無感情にシンジをねめつける「偏在」ワルド。
「これが風メイジの奥の手「偏在」だ。これなら君も本気を出せるんじゃないかな?」
「おおー!「偏在」ですね!」
「感情面を手抜きして作ったが、それでも、まあ7~8割ぐらいの力はあるし、こいつは基本「風」だからね。素早さにおいては僕より上かも?」
「ええー、ご冗談を!さっきまで魔法を使われずにいい勝負だったのに。この上、素早さを上げられては勝負になんかなりませんよ!」
「ん? 魔法は使ってたよ。「偏在」で出来るだけ死角を無くしてたし、「ブレイド」で杖剣の耐久力をあげていたんだ」
第二十話 アルビオンへ その3
ワルドは「偏在」を出した際にいくつか注意事項を挙げていた。すなわち、ブレイドの特性についてである。
「いいかな、シンジ君」
すらりと杖剣を引き抜き、すばやく呪文を唱える。すると、みるみるうちに杖剣の周りを青く淡い光が包んでいく。
「これがブレイド、意識を向けた側を刃とする。 そして」
ワルドの魔法力が固まり杖剣の周りを取り囲む、朝日の中でもそれとわかるほど青白く光をともない、風を含ませた。ワルドは口の中で小さく呪文をつぶやいた。
おそらく操作的な使い方なのだろう。杖先が細かく振動している。 回転する空気の渦が、鋭利な切っ先となる。
「その発展形、エア・ニードル!」
ワルドはそのまま、切っ先を5メイルほど先にある空樽に向け突き出す。パンッと乾いた音と共に樽に小さな穴が開いた。
さすがに、ナイフ一丁では辛いため、デルフリンガーを抜く。訓練だからといささかぬるい気持ちであったのを引き締めなおした。
「シンジくーん! そいつに勝てたら、メイジキラーの称号を与えるよー!」
「シンジー! 負けるんじゃないわよー!」
ワルドはルイズと共に、ニコニコしながらシンジの戦いぶりを観戦中である。
「なんですか、その“たった今考えました”みたいな称号は!」
そういいながらも、「偏在」ワルドは機械のような正確さと素早い動きでシンジに迫り、刃を絡めてくる。ワルドのそれは、魔法衛士隊での実戦で鍛えられた外連(けれん)の無い王道的なものだ。
シンジは、とにかく動き、「偏在」ワルドに、的を絞らせないようにした。つかず離れず、つばぜり合いではとにかく流す。油断していると、すぐに距離をとられ、詠唱を唱えられ剣で弾き飛ばされてしまう。
数発の「エアハンマー」がシンジをかすっていた。 気が付くと結構、夢中になっていた。心が震え始まる。左手の手袋の下では、「ガンダールヴ」のルーンがより強い光を放ち始める。
シンジのスピードが上がる。
「偏在」ワルドは六つの目でそれを追いかけた。偏在につく四つの目と、戦いを俯瞰する本体の二つの目で。だが、それが追いつかなくなる。 動きを予測しても、もうそこにはいない。
ただ、風を切る音が「偏在」ワルドを取り巻いていた。
やっとのことで、「偏在」ワルドの背中を取り、デルフで峰打ちをして、勝負がついた。その瞬間、偏在が消える。どうやらワルドが、外に出した魔法力を自分に戻したらしい。
ワルドとルイズが拍手をしながら近づいてきた。
「よくやったシンジ君。 君はトライアングル・メイジキラーだ。どこへ行ってもそう名乗りたまえ、きっと馬鹿にされるから」
シンジは、最後のセリフでガクっとなるが、
「あ……れ、トライアングルって?」
「今のは、「偏在二つ重ね」普通の偏在を混ざりこまないよう二つ重ねたものだ。これにより、より強力な隙のない「偏在」を作り出すことが出来る」
「強力なって、手抜きして作ったって言いませんでした?」
「ああ、感情面をね、それ以外は念入りに作らせて貰ったよ」
またまた、がっくりするシンジ。だが、ルイズは満足げだ。
「でも、すごかったわ。 最後のほうなんて何がどう動いているのかわからなかったもの。さすが、あたしの使い魔ね」
「さて、太陽も昇りきったことだし、皆を起こして朝食としようか。 君は軽くシャワーも浴びたいだろう」
そう言われ、シンジは自分が相当に汗をかいていることに気が付いた。
「あ、れ、汗だ。 汗をかいている」
「へへへ、相棒。 人間は汗をかくもんさ」
妙にうれしそうな声で、デルフがそう答えた。
シンジがシャワーを浴び、宿の食堂に行くと、皆はすでに食事中である。
その中で、ギーシュはモンモランシーと……。
「……だから、僕は今、秘密任務中なんだ。 帰るわけにはいかないよ」
シンジとしては、あんまり大声で秘密任務と言わないでほしい。幸い、この食堂には他に客はいないので、聞いているのは関係者と給仕ぐらいなものだが。
「それは、もうわかったわよ。 あたしが言いたいのは、一言ぐらい断っていけっての!」
それを聞き、ギーシュが思ったのは“どうして女の子ってのは、こう……”というよくある思考である。
(秘密任務なんだから、喋る訳にはいかないいじゃないか)
無論、声に出したのは心とは別のセリフだ。
「ごめんよ、モンモランシー。 でも君に心配をさせるわけにはいかないのさ、男としてね」
「でも、……」
「うん、今度のことで、僕は君の愛を受け取った。 そう思ってよいのかな?」
「ああ、ギーシュ!ギーシュ! 愛よ、愛だわ」
「ああ、愛だね。 ほら愛が溢れているよ」
愛の大バーゲンセール中だ。他のみんなは、スルー能力検定中である。
食事のあとは、わずかだが自由時間を貰い街を歩くことにした。今、ルイズのそばにはワルドが居る。魔法衛士隊の隊長で、風のスクエアメイジ、おまけにルイズの婚約者とあって自分がそばにいるよりも遥かに安全だろう。
正直一人になるのは久しぶりである。
任務中ではあるが、今まで詰まっていた息を大きく吐き出したいような気分になった。
「いよう、相棒。 さっきの戦い方は中々よかったぜ。 意外とシロウトじゃねえんだな」
深呼吸の途中を邪魔されたような気分になった。
(そうそう、デルフがいたんだっけ)
「う、うん。 戦闘訓練は一応受けていたんだ。 結局たいした役には立たなかったけど」
「へへ、何言ってんだよ。 役に立てるのはこれからだろ?」
「え? あ、そうそう、うん確かに」
「それとよ、相棒。 おめえさん、あの娘っこが結婚したら出てくって言ってたけど、本気かよ?」
「うん、まあ」
「悲しむぜ、きっとよ。いく当てなんざねえんだろ?別にいいじゃねえか使い魔で。卒業したら正式に雇うって言ってたぜ」
「駄目さ、デルフ。 この任務の間はとにかく付き合うけど、ぼくのせいで彼女に悪評を立てるわけにはいかないんだ」
「はん?」
「平民の子供を拉致したとか、魔法で動く人形だ、とか、旅芸人の子供を雇ったとか言われているらしいんだ。 僕のせいでね。でも、僕がいなくなれば、ルイズさんも何の気兼ねも無く、新しい使い魔を呼べるよ」
「なんでえ、相棒、知らねえのかよ・・・」
「え、何を?」
「一度使い魔を呼んだら、その使い魔が死ぬまで次の使い魔は呼べねえのさ。そういうシステムになってる」
「システム? 決まりごとや法律とかじゃなくて?」
「ああ、お前さんの両手についたルーン。何で二つもついたのかは、オイラにもわかんねえけど。そいつが、相棒を見つけ、呼び出し……」
「なんか、ルーン自体に意思があるような言い方だよね」
だが、デルフはその質問には答えず、黙り込んでしまった。
「どうしたのさ、デルフ?」
「世界の……なんだっけかな?よく思い出せねえ」
「世界?」
「うーん、いやなんでもねえ。ただの妄想だ。……いやまあ、使い魔はメイジと一緒にいるのがいいんだよ。だからな、出て行くなんて言うなよ。第一、あれだ。 あの娘っこに一生掛けて恩を返すとか言ってたじゃねえか。まだ、二ヶ月もたってねえぜ」
「邪魔者は、とっとといなくなってあげるのも恩返しのうちだよ」
「誰が、邪魔者なんていいやがったんだよ!相棒にそんなこと言うやつは、おいらが耳をちょん切ってやらあ!」
「そりゃ、面と向かって言う人はいないだろうけどさ。みんな、犬とか猫とかカエルとか竜とかトカゲとかネズミとかの、要はペットでしょ、使い魔って。そんな中で、人間が出てきたらみんな引くよ。 ルイズさんも相当に無理をしてる感じだしね」
「そりゃー違うぜ相棒。使い魔ってのはパートナーだ、相棒だ。おいらと相棒の関係みたいなもんだ」
うーん、それじゃやっぱり邪魔じゃないのかな?なんてシンジが思ったのは内緒だが。
「おっと、前方15メイル、男の五人組、どうやら相棒に用事があるようだぜ」
「えっ」
言われた方角を見れば、屈強そうな男たちがシンジを見ていた。
「ジャン、今朝はありがとう。 それでどうだったかしら?」
朝食を終え、皆はそれぞれに街を探索中である。ギーシュはモンモランシーと、キュルケはタバサと出かけて行った。そして、ルイズはワルドと部屋に篭もり話をしていた。
「うーん、彼が君の妄想の産物とはとても思えないけどね。ただの、偶然じゃないのかな、名前とか、出自に関しては。ハルケギニアだって6千年の歴史の中では、戦争で消えていった国だって両手に余るほどあるさ。僕との模擬戦でも、君の言っていた。え、えーてぃふぃーるど、だったかな?出してはくれなかったようだしね」
「妄想じゃないわ。 アガシオンが、ううん、なんであれ、あたしの魔法力が、あたしの記憶を元に、あたしに都合の良い使い魔を錬成したんじゃないか、って言ったのよ。メイジの作り出すゴーレムや、「偏在」のように。これなら、シンジがロバ・アル・カリイエのニッポンなんていう遠い国から来たのに、言葉が通じる理屈が通るわ。それに、シンジが「イカリ・シンジ」である理由も。 「精霊の神話」はあたしも好きで結構読み込んだもの。
でも、そうね、どうせ来てくれるなら第二天使の魂たる「レイ」がよかったかしら、最強っぽいし」
冗談めかしてルイズが言う。
「いいじゃないかシンジ君で、これが「アスカ」だの「カヲル」だの、ましてや「破壊の天使」だのが来た日には、君に魂の安らぎは永遠に得られないぜ」
ワルドも負けず、冗談を返す。ルイズは最後のモンスターに、おもわず噴出した。ちなみに「アスカ」も「レイ」もシンジの同僚だった女性の名前である。
「あっはっはっはっは、そうよね。……ねえジャン、それでシンジはどう?」
先ほどとは別の問いかけ。ワルドは深く椅子に座りなおし、まじめな口調で言う。
「……確かに速い、さすがはガンダールヴ、伝説の使い魔といわれるだけはある。正直、下手なメイジでは彼の前に立つことすら出来まい。……この僕ですら、偏在との戦いを遠巻きに俯瞰して彼の動きを追いかけざるをえなかったほどだ。だが、なんというか、ありきたりだが怖さがない。
僕と戦っているときも、僕の偏在と戦っている時も、なんというか……、うまく説明できないが、人を傷つけることを恐れているような印象を受けたね。もう一つのルーン『心優しき神の笛』の影響かもしれないが」
シンジにはなぜかルーンが二つついている。即ち、神の左手、神の盾と称される「ガンダールヴ」
もう一つが神の右手、神の笛と称される「ヴィンダールヴ」
そして、二つもルーンがついたことも、ルイズの「シンジは自分の妄想が作り上げた使い魔なのではないか?」という考えを補強していた。すなわち、「あたしの考えた、最強の使い魔」という妄想の実現である。
「それって、護衛の役には立たないって言うこと?」
「違うよ、……いやまあ、敵を殺せなんていう命令は彼を傷つけるかも知れないが、それでも使い魔なんだから君が言えばおそらくは従うだろうね」
「そんな命令しないわ!」
ワルドは、そうはいかないだろう、と思う。
「わかっているよ。 ぼくの可愛いルイズ。さて、国の魔法衛士隊の隊長様を使い魔の見極めにこき使ってくれたんだ。君のお礼に期待しているよ」
「ええ、ええジャン。 期待していて頂戴」
シンジが、ラ・ロシェールの街を観光していると、ギーシュと出会った。傍らのモンモランシーがガッチリとその腕を絡めている。どうやら、仲直りは成功したようだ。
「やあ、シンジ。 ご主人様はどうしたね」
「あっちのほうで、ワルドさんと一緒に服を選んでいたよ。ギーシュも魔法学院生徒丸出しのカッコウだからそろそろ着替えたほうがいいんじゃない」
「えっ」
「いや、その格好じゃトリスティンの人間が潜入してるってモロバレだから……」
「あ、あーそうか。 忘れていたよ。 じゃ、モンモランシーぼくのために服を選んでくれるかい?」
「ええ、もちろんよギーシュ。 任しておいて」
そう言って、二人は近くの服屋に入っていった。それを見送ると、シンジの背中の剣がわずかに飛び出す。
「へへ、うまいじゃねえか」
「デルフ、それよりも……」
「ああ、右斜め10メイル先、男4人組」
シンジは指示された男たちに近寄り、すれ違いざま財布をわざと「ちゃら」、と鳴らす。そうしておいてから、人気の無い裏道に入り、邪魔の入らない練兵場のような広場に誘導する。
「デルフ、すごいね。君の言った通りにしただけで全部ひっかかって来る」
実は、少し前にシンジが街を一人で観光していると、五人のガタイのいい男たちに囲まれ、先ほどのような広場に連れ込まれたのだ。
無論、速攻でナイフを引き抜き、ガンダールヴを発動させ、あっさりと鎮圧したのだが、デルフに言わせると、ただの強盗にしては装備がよすぎるらしい。プロの傭兵なみだというのだ。
おまけに、傭兵3~4人にメイジ一人の贅沢な小隊単位である。シンジの詰問ぐらいでは、何一つ口を割らなかったが、さらに持ち物を調べると、強盗を働くにしては随分と金を持っていた。
これまた、デルフに言わせると結構な金額らしい。
金持ちが強盗をしないとは限らないが、先日襲われそうになったことといいい、今の任務と考え合わせると、この秘密のはずの任務は駄々漏れであるとの結論を下すしかなかった。
「まあな、あいつらの習性はおいらが一番よく知ってるってことよ。それによ、くく……」
デルフリンガーが、堪えきれないようにしのび笑いをする。
「何笑ってんのさ」
「いや~、多分おいらでも、強盗を働くなら、相棒に目をつけるだろうな、と思ってよ」
「ひどいな」
なるほど、シンジは華奢で背も小さく、そして、身なりは比較的よいのだ。服装だけなら、どこかの裕福な平民の子どもに見える。それに男というには少々物足りない、弱弱しい顔つきだ。
それが、護衛もつけずに一人で街を歩き回っている。
襲うほうにしてみれば、財布に手足が生えているような印象を受けるかもしれない。おまけに身の丈にあわない長大な剣を背負っている。
これまた、襲う側にすれば、イコールでメイジではない証拠のようなものだろう。仮にそれを抜かれても、全然怖くはない、むしろまともに抜けるのかを心配してしまう。
デルフの指示に従い、指定された人間の前で上記のような事を繰り返すと、ほぼ100%後をつけてくる。そして、広場に出たとたん中央で待ち構えたシンジに誰何され、へへんと鼻で笑い襲いかかっては、シンジに返り討ちにあうのだ。いきなり銃を向けてくる襲撃者もいたが、未だ命中精度が高いとは言えず、しかも単発のフリントロック式では、ガンダールヴを発動させたシンジには当るべくもなかった。1セット四~五人で一回の所要時間は二分ほどである。
「まさかと思うけど、あのお姫様。この任務の事、そこら中で言い触らしてるんじゃないのかな?」
そう、愚痴を言いたくなるほどラ・ロシェールの街は敵だらけだった。
だが、いい事もあった。襲撃者を倒すついでに使えそうな装備と金を頂くのだ。使い勝手の良さそうな片刃の小刀を一振りと、フリントロック式の銃を3丁手に入れた。小刀は腰に、フリントロック銃は上着の内ポケットに忍ばせた。百人以上倒して、たったこれだけだったが、それ以上はさすがに持ちきれなかった。
「な~、おれっち新しい商売思いついたわ」
シンジは僕も、と言い笑った。
その夜、シンジは一人、部屋のベランダで月を眺めていた。街でのことをワルドに報告しようと思ったが、ルイズと楽しそうにしている為やめておいた。食事が済んでからでも十分だと思っていたのだ。
シンジは、街を歩いている最中に屋台などで売っているお菓子や、焼き鳥?のような味のする串焼きを楽しんでいた。
ギーシュ達は、一階の酒場で騒ぎまくっている。後から駆けつけた三人の同級生、キュルケ、タバサ、モンモランシーは今日一日は宿に泊まり、明日アルビオンに渡るルイズたちを見送って、その後学院に帰るらしい。
「ハーイ、シンジ君。 何一人で黄昏ちゃってんの?下でみんなと騒がないの?」
キュルケがシンジを呼びにやってきた。
「やあ、キュルケさん。別にたそがれてるわけじゃないですよ。月を見ていたんです。あんまりキレイだから」
今日は、二つの月が重なり、一つだけになった月が青白く輝く「スヴェル」の月夜だ。シンジにしてみれば、やっと故郷の夜空を取り戻したようなセンチメンタルな気分になっていた。
「こおら、少年! な~にをジジ臭い、男が月を愛でるのは女を口説く時に取っておきなさい!
それとも、あれかな。 故郷が懐かしくなってきちゃったかな?」
そう言われ、首をひねる。ここが地球である限りにおいて、シンジにホームシックはない。
また、シンジの知っているみんなが生きていたあの時代に還りたいか、と言われても答えはノーであろう。
シンジにとって、幼年時代は親に捨てられ、学校でいじめられ、親戚の家で疎まれた記憶しかなく。また、使徒戦争時の一年間はそれまでを上回るいやな思い出しかないのだ。
そう考えると、シンジは自分のことを「ゼロ」だなと思う。
珍しい動物という訳でもなく、人とはいえたいした知識も持っているわけでもない。
思い出にすら何一つ良いものを持たない「ゼロ」
自分は今、靴下一枚ですらルイズの好意によって与えられているのだ。自分が「ゼロ」の使い魔だと思うと、せっかく目覚めさせてくれたルイズには申し訳なくなる。
(なるべく早く、出て行ってあげないと)
他人の優しさにつけこむことは出来ない。曲がりなりにも一月ちょっと、一緒に暮らしたルイズは少しは寂しがってくれるかもしれないが。結婚し、すぐに自分のことなど忘れるだろうと思っている。
「どうしたのよ、いきなり黙っちゃって。 もしかして本当にそうだったの?」
キュルケが、ちょっと心配そうに顔を覗き込むが、シンジはそれに答えることは無かった。
巨大なゴーレムが、シンジの眺めていた月を覆い隠したからだ。