「イーグル』号は雲中を慎重に、だが大急ぎで航海していた。
大陸の下を通り、しばらく航行すると、頭上に黒々と大きな穴が開いている部分に出た。
マストに灯した魔法の明かりのなか、直径にして三百メイルほどの穴が開いている様は壮観だ。
穴に沿って上昇すると、頭上に明かりが見えた。そこは天然の鐘入洞を利用したニューカッスル城の地下にある秘密の港である。青白い発光性のコケに覆われ、視界に困る事は無さそうである。
穴の終点では、背の高い年老いた老メイジが、まるで盛り上がるように近づいてくる「イーグル」号を見ている。
「むむ、これはまた……」
何か、激しい戦闘にでも巻き込まれたのだろうか?「イーグル」号の船首に取り付けたはずの鉄製の衝角(ラム)が途中からすっぱり切り取られ、半分ほどになっている。
固定化と硬質化をイヤと言うほど掛けた、城の錬金メイジの自信作である。だが、製作者の自信ほど丈夫ではなかったようだ。この衝角(ラム)は後付けでつけたものなので、直すのはさして手間ではないが。優秀な土メイジや火メイジも、未だ何人か城内に残っている。
「イーグル」号が岸壁に寄せられ入港をすますのを待たず、ウェールズは一組の少年と少女を“抱え“、フライを使い船から飛び降りてきた。
「んん?」
とにかく、労をねぎらおうと近づいてきた老メイジの横を、フライですり抜けるように奥に急ぐウェールズ。すれ違いざま、大声でその老人に声を掛ける。
「すまん、バリー。後だ!後から来るのは皆、俺の客だからそそうの無い様になー!」
なー!なー!なー!なー!とウェールズの声が鍾乳洞に反響する。
彼らの労をねぎらおうとした、老メイジと兵隊たちを置いてきぼりにしてウェールズはひたすら洞窟の階段を「フライ」で上っていった。
「待ってくれ、ウェールズ殿!」
ワルドも復活したグリフォンにまたがり、ウェールズを追いかける。急いでいるウェールズは、それに答えることは無い。
「……」
「ぎゃー! あたしを置いていくなー!」
続いて、青髪の美少女と、少し遅れて赤毛の美女が飛び出してくる。もちろん「フライ」で。
「まってー! あたしもー!」
そして、これまた金髪巻き毛の美少女。
すべて、老バリーの頭上を跳び越していったのである。
「いったい、何事か!?」
最後に、ギーシュが飛んで来た。彼はドットの土メイジであるため彼等よりわずかに「フライ」のスピードが遅い。バリーは、この金髪の少年メイジを「エアーバインド」(拘束する風魔法)で捕まえた。
「ぎゃー!離してくださいー!見そこなうー!」
「いいや離すわけにはいかん!何を急いでいる?君らはいったい何者か?いったいなにをしようとしておる?すべてを話すまではこの魔法は解かんぞ!」
「ならば、一緒に来てください!道々説明いたします」
第二十五話 神槍
「殿下……、まことに恐れ多いことながら、お願いしたい議がございます」
「イーグル」号の甲板でルイズは、ウェールズに跪き等々と言葉を選び紡いでいく。今彼女の頭脳はフル回転中だ。 たとえそうは見えなくとも。
「何なりと、申してみよ」
「では、恐れながら、申し上げます。 我々は苦難の末ここまでたどり着き皇太子と合間見えることが出来ました。その我々の苦労に褒美を頂きたいのです」
「……ルイズさん、それはちょっと……」
虫が良すぎるんじゃないかと嗜めようとするシンジを、ワルドが手で制した。
「控えておれ」
小声でそう告げる。
だが、ウェールズは気分を害した様子も無く、微笑していた。
「よかろう。何なりと言うがよい。わが身と王権以外の物であれば何なりとくれてやろう」
モンモランシーとキュルケが眉をひそめる。
ルイズの強欲なセリフにではない、ウェールズの「わが身と王権以外のものであれば……」の部分にである。
綸言汗の如し、王が一旦発した言葉は取り消したり訂正することができない。許されない。
このことを利用し、戦争中に王家などの重要人物等を亡命させるため、「褒美を」と発言し、それが許されれば「では、御身を」と言ってその身をさらうのが通例である。
だが、「わが身と王権以外のものであれば……」のセリフを入れられてしまえばそれが叶わなくなってしまう。あくまで、亡命を拒否するつもりの様だ。だが、ルイズはにっこり笑う。
「御身と王権以外のものであれば、何でもよろしいのですね?」
「綸言汗の如しだよ。 大使殿」
「では、船を一艘たまわりとう御座います」
これには、ウェールズが眉をひそめる。
現在、アルビオン王家が所有する船は「イーグル」号、ただ一隻だ。まさか、これを取り上げれば特攻をやめさせられるとでも思っているのだろうか。
上記のセリフには実は制限がある。それはその発言者の両手で抱えられるものと言う制限だ。
「まさか君は……」
ウェールズの言を待たずにルイズは言葉を続ける。
「「イーグル」号では御座いません」
ふ、と息を吐く、だがそれではもう脱出用の小さなボートぐらいしかない。そのようなものを貰ってどうしようと言うのか。
「私めが頂きたいのは、ここハルケギニア大陸において最大最強の誉れも高い、アルビオン王家がその威信を懸けて三年掛りで作り上げた……」
「ちょ、ちょっとルイズ……」
キュルケが慌てて、ルイズを止めようとする。
「ええい、アルビオン王の名代である皇太子殿下の御前であるぞ。 控えておれ!」
ワルドがそれを、怒声で押し留める。
「今は、反乱した貴族派どもに奪われているアルビオン艦隊旗艦「ロイヤル・ソブリン」、その竜骨を賜りたくお願い申し上げます」
その奇妙な申し出と、雰囲気に呑まれたのか、ウェールズは思わず言葉を漏らす。
「……それは、かまわんが? しかし……」
ルイズはそれを聞き漏らさず、すぐさま言った。
「ありがとう御座います。それでは只今より「ロイヤル・ソブリン」はわたくしめの物、即ち、アレをどうしようと私の勝手。ですが余人に壊させるわけにはまいりません。したがってこちらの、衝角(ラム)は無用の長物と成り果てました。シンジ!来なさい!」
そう、まくし立てるとシンジを呼ぶ。
シンジは盛大に眉間にしわを寄せる。何をさせるつもりなのかこれで想像がついたからだ。
「まずは、この無用の長物と成り果てた、船の重しを取り外しとう存じます。我が魔法にて」
軍艦「イーグル」号に取り付けた衝角(ラム)は、言わば巨大な矢じりである。先端から十文字に広がり、船首に付いた根元の部分は二メイルを越すであろう。また、船首から先端までは三メイルほどの長さである。おまけに芯まで鉄製で、固定化、硬化が掛かりまくっている。悪魔ですら壊せないと城の土メイジが言っていたシロモノだ。
一体どうするつもりなのか想像もつかない。
ルイズとシンジの二人は船首に立ち、杖を構える。
「ルイズさん、近すぎますよ」
確かに以前学院の近くの森で爆発させたあの力なら、この船ごとだろうといけるが、いかにも近すぎる。 ここであの力を使えばこの周域がすべて巻き込まれる。そして、もう一つの使い方はルイズには見せていないはずだ。
「ほほほほほ、シンジ。主人に隠し事は感心しないわね。あんたのあの光の力ならこのぐらいなんでもないでしょう」
うっ、と驚きの声を漏らす。
「ルイズさん!?なんで知って……」
「内緒よ。いい女には秘密が付き物ですもの」
「それで彼女が……あ、見えてきましたね」
ギーシュは、この老メイジ、バリーに船での出来事を話していたが、肝心なところで到着してしまった。
話の流れから察するに、トリステイン王国の大使が「イーグル」号の衝角(ラム)をあのように半分に切り落としたのだろう。だが、どうやって?
ウェールズたちが大急ぎでたどり着いたのは、ニューカッスル城を取り囲む高い城壁。
分厚く、大雑把なつくりで、しかしそれゆえ長い間砲撃に晒されているのに、未だに破られてはいない。無論そこかしこがボロボロで時間の問題ではあったが。
城壁はただの土壁ではなく、長く延びた壁状の城である。外から見るとただの一枚の壁だが、近づいてよく見ればそれがわかる。あちこちに銃眼と呼ばれる小さな小窓があいており、近づいた敵を排除するための魔法攻撃や砲撃、銃撃を行えるようになっている。
ウェールズが、脇に抱えたルイズとシンジを下ろしたのはそんな城壁の中の一室。
その部屋は、縦に長い作りになっているためいくつもの小窓があいている。
小窓から外を眺めれば、数百メイル先とはいえ、そこには砲撃中の「レキシントン」がその巨大な姿を晒していた。「レキシントン」は現在、右舷側の砲撃をすべて終え、左舷側の砲門を城に向けるべく空中で回頭中である。巨大な「レキシントン」は全周囲すき無く砲門があり、たとえ船尾であろうが近づく敵は新型大砲の餌食である。 まさしく無敵の空中要塞であった。
「ルイズさ~ん。 本当に、やるんですか~」
シンジとしては、彼女に他国の内戦などに関わって欲しくは無い。彼等に同情すれども、それは間違いなく他国の事情なのだ。敵にだって事情があって戦争しているぐらいの理屈はシンジにだってわかる。
「帰りの船が出るのが明日よ。それまで私たちはこの城に留まらなければならない。その間に、アレの砲撃があったら夜もおちおち寝ていられないわ。そして、使い魔は主人の安眠を守る義務がある!」
理論は完璧だわ!とばかりに、びしっと指を突きつける。
「とっとと手紙だけ貰って、ワルドさんのバルバリシアで、さっさと帰りましょうよ。他のみんなだって、シルフィードがいますよ」
シンジは反論を試みる。
「いや、誰かさんが酷使してくれたおかげで、こいつもグロッキーだ。今晩ぐらいはゆっくり休ませてやりたいものだ」
ちらりとシンジがワルドを睨むと、高速で顔を逸らすワルド。ため息をついてタバサを見ればこちらはしれっとした顔で、
「……シルフィードもしばらくは飛べそうに無い。誰かさんのおかげ。……かわいそうなシルフィード、今晩ぐらいは……」
幻獣の持ち主二人が、そろってそう主張してきた。
(嘘つけよ。 滑空するだけじゃないか。)
シンジは唇をアヒルにしてそう思った。無論思っただけである。どの道、抵抗はあまり意味が無い、彼女はやると言ったらそれをほとんど曲げたことは無いのだ。
シンジの生来の流されやすさ故なのか、それともコントラクト・サーヴァントの「服従」が心に影響しているのかは、もはや本人ですらわからないことだった。
シンジがぶつくさ言いながらも、ルイズとともに杖を握る。
「……ルイズさん、わかってるとは思いますが」
「ええ、船底を削って、バラストを落とし、船を航行不能にさせる。それ以上のことはしない」
老メイジ、バリーはこの会話を子供の悪ふざけか何かのように思っていた。
こちらに来る途中で、ギーシュに「レキシントン」を落とすと言われても何の妄想かと意気躍ったくらいだ。
彼はアルビオン王家に仕えて六十年、メイジとしてもベテランだ、魔法に何が出来て何が出来ないのかを良く理解しているつもりだ。距離にして三百メイルほど、ここから魔法を打って届くだけでもスクエア認定だろう。何がしかの効果があるようにはとても思えなかった。
「殿下、これはなんの戯言にございますかな」
「良いから黙って見ておれ。 魔法の復権をな」 (バリー、ディテクトマジック(探知魔法)の用意だ。そっとな)
ウェールズは声を分け、一つを「伝声」にて伝える。
なんだかよくわからないが、皇太子の命令だ、バリーはそっと呪文をつぶやき始めた。
「おい、じいさん!つまんねーことすんなよ、丸わかりだぜ!」
デルフが、怒声を張り上げる。 シンジはキョトンとした顔をして、背中の魔剣を見た。
「どうしたの?デルフ」
「へへ、なんでもねえよ」
そうはいっても、この部屋にじいさんと呼べる人間は一人だけだ。
シンジは、ちらりと老メイジを見た。ウェールズは心の中で舌打ちし、バリーに怒りの声をあげた。
「バリー!彼等はこのぼくの客だと言っただろう。失礼は許さんぞ!もう良い下がっておれ!」 (屋上で待っていろ、すぐに行く)
ウェールズは、ルイズに申し訳ないと謝った。
「いいえ、どうかお気になさらないで下さい。それよりもこちらが重要ですわ」
戦艦「レキシントン」はもうすぐ回頭を終える、砲門から次々に砲口が出てきた。
「シンジ!」
「く、やるしかないか」
敵の一発目が発射される少し前に、二人は呪文を紡ぐ。杖のすぐ先に光り輝く球体が現れる。
最初2~3サントほどのそれはみるみる三十サントほどになった。もう夕暮れ近くのため辺りは暗く目立つことこの上ないだろう、外したら多分次はここがねらわれる。
バンッと乾いた音がした。一瞬で到達する光のライン。
それは、虚しく敵船の下を通り過ぎる。
「ぐっ 次を」
そう言おうとしたが、光の線はまだ途切れていない。二人を見れば苦しそうに、杖を掴んでいる腕が震えていた。
そのまま、ゆっくり杖を上に差し上げ始める。
☆☆☆
「ルイズさん、なんで持ち上げようとするの!?船底だけって言ったでしょ!」
「なに言ってるの!先っちょが入ったらそのまま奥までズップリ差し込むのが男ってもんでしょ」
「何を言ってるんですか!?約束が違いますよ!」
「使い魔は、黙って主人の言うことに従ってればいいのよ」
「人が乗っているんです」
「違うわ、敵が乗っているのよ」
ルイズは杖を持ち上げようとする。あの船を真っ二つにしたいのだ。シンジは慌てて、力の放出を急いだ。この力はとにかく光の玉の中のエネルギーを使いきらなければ止めようが無い。 ルイズは魔法が仕えない分、他の同年代の女性たちより力が強い。それでもまだシンジの方が勝っているが。
おまけに敵が遠すぎるため、杖の先端のわずかな揺れでも、到達地点では大きな揺れになってしまう。シンジは必死で杖を制御していた。
☆☆☆
軍艦「レキシントン」の回頭が終わり、次々に砲門が開かれていく。すでに、王党派には反撃の手段も余力も無いことがわかっていてのゆっくりとした。そして、予想される「ヘキサゴン・スペル」のギリギリの射程範囲内での行動。
すべて、撃てるものなら撃ってみろと言う挑発である。
ニューカッスル城の分厚い城壁。これを破るため、最初に一発打ち込み、後は次々に最初の玉が当った場所めがけ砲弾を集中するのだ。毎日、何度も演習のように砲弾を打ち込むことで砲兵の錬度を上げ、長射程の新型の大砲の癖などを兵たちに覚えこませる目的もある。
その日、いつもと違ったのは最初の一発を城壁の中央に打ち込んだ後だった。
船から見て、城壁の左端の砲撃室から光が延びてくる。その光は船の真下を通り過ぎる。
城壁からの光の線は徐々に持ち上がり、すぐに船底に触れた。
“ジュ――――“
何かが、焼けるような音がする。 だがわずかな音だ。 気づいた者は誰もいない。
そして船の三層甲板の床下あたりで唐突に消えたのだ。
あの光がこの船に何をしていったのかは、すぐにわかった。
“ばきん”
船底の切れ目より船が割れる。ミシミシ、ギシギシと、固定化を掛けられた船体が木材本来のしなりを見せ始める。船尾と船首が同時に持ち上がり、甲板をたわませる。見えない巨人の手が船をゆっくりとへし折っていく。
見えない巨人の正体は、音も無く焼き切られた竜骨、そして船体そのものの重量だった。
大きな魚の口のように開いた船底からは、大量のバラスト石が地面に投げ出されていく。
大砲の発達のため、採用された空船のデザインは、元々空を飛ぶ乗り物としてはアンバランスな形状のものである。
たやすくバランスが崩れ、太く高い三本マストがその代わりに重石となって船をひっくり返していった。
甲板の大砲や砲弾その他、船に固定をしていないものすべてが地面に投げだされる。船がひっくり返ったことで、一瞬バランスがとれ船はまたまっすぐになる。バラスト石の半分ほどが、船底より零れ落ちたことで全体の重量が軽くなる。
おまけに、浮力盤そのものが、風石をただ置いてあるだけの形状であるため、船がひっくり返れば当然風石は零れ落ちる、今は天井となった床へ。
船はゆっくりと言える速度で持ち上がりながら、今度は船体がさっきとは逆に曲がり始める。 そして、完全に真っ二つになる前にバランスが取れたのか、ややへの字の形に固まり、そのまま船は持ち上がっていく、果ての無い上空に。
あまりのことに我を失っていた上空を舞っていた竜騎士の何体かが、ハッとしてひっくり返った船底の穴から中に入り込み救助を開始した。それを見ていたほかの竜騎士たちも、慌てて空船の乗組員たちの救助に駆けつける。
「おお、なんという。 なんという」
城壁の屋上で、バリーは言葉を失っていた。
アルビオン艦隊に対抗するため、ガリアでは両用艦隊が配備された、さらにその艦隊に対抗するため作られたのが、あの「ロイヤル・ソブリン」だ。
ガリアほど金のないアルビオンでは、数で対抗するわけにもいかず、もてる技術をすべて注ぎ込んだのがあの巨大戦艦「ロイヤル・ソブリン」だ。
それでも、並みの大型軍艦の十倍ほどの予算と人員が、あの船一隻につぎ込まれた。
既存の魔法と戦術すべてに対抗するため。
だが、今はそんなことはどうでもいい。早く、早く王に、このことを知らせるのだ。きびすを返し、フライの呪文を唱えようとする。そこに、ウェールズ皇太子が急いで階段を駆け上がってきた。
「待たせたな、パリー。見ていたか?」
いささか上気した顔と、おもちゃを友達に自慢している時の子供のような声でウェールズは言う。
「見ましたとも!なんですかあの魔法は!?そして彼等は?」
微妙に声が震える。
「トリステイン王国の大使殿たちだ。詳しくは後でな。それよりあの魔法、レベルをいくつと見た?系統はどうだ?」
「レベルなぞ!いや、そうですな。…細かく計算しないことには断言できませんが、距離と威力を鑑みまして…いや、新しい単位でも作らないことにはとても。たとえばヘプタゴン(七角)とか……。系統に関しましてはもはや謎ですな。一見すると火のようですがあそこまで集中させるとメイジが持ちますまい。風のライトニング・クラウドでも、あのように遠くの敵相手では威力が減退してしまいます。またあのように正確に放てる魔法ではありません」
「はは、では子供の妄想か?それとも神話の怪物クラスだな。だが良い、これからハッタリをかますにはそのぐらいの妄想じみた威力の方がな」
バリーはハッタリと聞いて、一瞬目を見開くがニヤッと笑う。それは、したたかで諦めの悪い戦士の、そして政治家の笑いだった。
「政治と戦と恋愛に関しては……」
「使えるものは何でも使う。ただし、ばれないように。どうだよく覚えているだろう」
「仰せの通りで。物覚えの良い生徒ですな殿下は」
「その通りだ。では、勝ちに行くぞパリー」
「無論、お供させていただきます」
すでに、右手の杖は「拡声」の魔法を紡いでいた。
地上部隊の五万の兵たちはそれを唖然としてみていた。いずれ、あの城壁は破られる、そのときを狙い一斉に攻撃を掛けるのだ。
城の中には、金銀財宝、高貴なる女たち、そして何よりも手柄が待っている。アルビオンでは、ここが最後の戦場だ。俺が誰よりも早くニューカッスル城に乗り込み、それらをみんな独り占めするのだ。
そんな考えの傭兵たち、反乱した元国軍の兵たちで溢れていた。
だが、世界最強を謳う軍艦「レキシントン」号は、たった一筋の光、それがどんな魔法かはわからないがそれだけで撃沈されてしまった。
今、彼等の頭上からは軍艦「レキシントン」の大量の破片、バラスト石、大砲、そして魔法を使う暇も無く落ちてきたメイジ、そして元から魔法が使えない平民の水兵たちが悲鳴と共に降ってきていた。
そんな、阿鼻叫喚と混乱の中、いつの間に現れたのか城壁の屋上には水晶のついた王杖を掲げたウェールズが立っていた。
そばに控えた老メイジの「拡声」が、ウェールズの怒号のような宣言を眼下の兵たちに送りつける。
「聞け!始祖ブリミルの血に仇成す逆賊ども!今のは我がアルビオン王家”のみ”に伝わる大魔法、「ブリューナク」!今までは同じ国の民よ、元は我が臣下たちよと使わなかったが、度重なる挑発に堪忍袋の緒が切れた!貴様ら、ことごとく藁のように死ぬが良い!
だが、もしこれにて我が王家への忠誠を思い出したなら、最後の慈悲をくれてやろう!
このウェールズ・テューダーに降伏せよ!さもなくば一族郎党死をくれてやる。さあ、選択せよ!!」
「投げると稲妻となって敵を死に至らしめる灼熱の槍、そして勝利をもたらす神槍ブリューナクですか。ありがちですが、まあまあのネーミングですな」
ワルドは、すべてが終わった城壁の一室で一人座っていた。敵の戦艦「レキシントン」は完全に沈黙した。あの有様では、たとえ回収に成功しても、二度と使い物にはならないだろう。
(やはり、彼女がそうなのか?俺の予想は外れていなかったのか?伝説のガンダールヴを使い魔に持ち、強大な魔法をやすやすと操る。”虚無の使い手)
だが、確か伝説では虚無は詠唱時間が長かったはずだ。
しかし、ルイズが唱えたのはただの「発火」、おまけに使い魔たるシンジは二つのルーン持ちで、いろいろと伝説とは違う。シンジと模擬試合をした時にも、倒そうと思えば結構手段もあった。今の力を見てさえ、ただ殺すだけならさほど難しくは無い。
そう思える。
(俺は、嘗めてるのか?伝説を、強大なるガンダールヴを?)
軍人としての心構えがワルドを戒める。慎重に彼の力を測ったはすだ。と。
自分が倒せるとしたら、伝説の使い魔とはいえ、その強さはスクエアに届かないことになる。
出来ればもう少し様子を見たいが、時間はもう残り少ない。
やらせるべきではなかったか?今ではその思いが強い。後頭部をがりがりと掻き毟る。
「俺も、態度を決めなきゃならんか」
城壁の上で、演説をしているウェールズの声を聞きながら、ワルドは決断を迫られていた。
そして……
魔法を打ち終えた後、シンジは気を失った。
どうも、作者です。
作中でウェールズ皇太子が使った名称の「ブリューナク」は北欧神話からではなくケルト神話からのチョイスです。まあ、せっかくイギリスっぽい世界が舞台ですので。
ちなみに「エクスカリバー」は出ません。