「ミスタ・グラモン。いろいろと驚かされてばかりだな。君らの杖(ワンド)が捨てたあと浮かび上がり君らを守ったのは、始祖のセブン・ワンズの一つ「リビング・ワンズ」だ」
「御始祖の……そうですか」
「驚かんのかね?」
「驚いておりますよ。ですがいろいろありすぎて、どれから驚いていいのやら見当もつきません」
第三十六話 許されざる者 その2
「おはようルイズ。気分はいかがかしら」
「姫……様?」
ルイズが目覚めたのは、豪奢な寝室のこれまた豪奢な天蓋付きベットの上。覗き込むアンリエッタの宝石のような瞳。すぐにルイズはベットから出ようとし、上半身を起こす。
そこにアンリエッタは抱きついてきた。
「御免なさい。ルイズ、話はすべて聞きました。ワルド子爵の裏切りも、あなたの大事な使い魔さんのことも、全部私の責任です」
「いいえ!姫様。いいえ、それは違います。わたくしの出しゃばりが、今回のことをすべて引き起こしました。貴族であること貴族として生きるということは、こういうことです。誰が姫様を非難できるでしょうか?」
「ルイズ。ああ、ルイズ・フランソワーズ。やはり、あなたはわたくしの一番のお友達ですわ」
そう言われ、しばしルイズの呼吸が止まる。そして抱きつかれたアンリエッタの腕をゆっくり外していく。
「ルイズ?」
「いいえ、姫様。わたくしもまた姫様を裏切りました。姫様の一番を頂戴することが叶わなくなりました」
「……」
「ギー……グラモン卿は何処でしょう。彼がすべてを知っています」
「それも……聞きました。……グラモン卿もあなたのことを心配していましたよ。何か思いつめている様子だと」
「では……、私は任務中であったにも関わらず、私事にて大使の身分を放棄しました。どうぞお沙汰をお待ちいたします」
「ミス・ヴァリエール。そのように真っ直ぐなだけでは、誰も救われんよ。もう少し融通を聞かせたまえ」
不意に、横からの声。はっとしてそちらを見れば、素顔を晒し、着飾ったアルビオンの貴公子ウェールズ閣下がそこにいた。
「な……ぜ?」
「ああ、このろくでもない顔をさらしていることか。なぜか一発でばれた。女性のカン侮るべからずだな。勉強になったよ」
☆☆☆
「……さて、わかっているだろうが、彼女の結婚相手は変わらない。僕のろくでもない運命もまた……」
ウェールズは無表情に、そういった。
場所は移され、ここは豪奢な謁見の間。ルイズが目を覚ました時にはすでに一日が過ぎていた。ギーシュたちはすでに魔法学院に戻っている。
「そんな……」
「いいの、ルイズ。わかっていたことなの。あなたが貴族なら、わたくしは王族なのです。これはただのわがまま……、ただ死んでほしくなかっただけ。そしてそれは叶えられました。あなたの手によって」
(来た早々に、殺されかけたけどな……)
「私は、何一つ……」
「いいえ、これはあなたの手柄。おおやけにできなくて申し訳ないのだけれど」
ルイズは唇を噛み締め、俯き目をつむる。その表情を誰にも見せまいとしているようだ。
「そしてね。そして、……ごめんなさいルイズ。私をひどい女だと蔑むでしょうけど、使い魔さんのことはあきらめて欲しいの」
ガンッ、と殴られたような衝撃。誰にも見えないテーブルの下できつく手を握る。
しばしの沈黙。ややあって重い口を開く。
「……かしこまりました。姫様。……平気です。大して気に入っていませんでしたから。手間ばかりかかって役立たずで、私に恥ばかりをかかせた。たかが平民の使い魔。最後に国のため、姫……私のために役に立ててアレも本望でしょう。どうかお気になさらずに姫様。おかげで次の使い魔を呼ぶ条件と権利が出来ましたわ。私本当にアレが気に入っていませんでした。ですから助かりました」
大丈夫だろうか?ちゃんと笑顔になれているだろうか。怪しいそぶりや口調に引っ掛かりはないだろうか。
ウェールズは顔をそらし、アンリエッタは心配そうにルイズを見ている。
「大丈夫です姫様、ですから私はかえって姫様にお礼を言わなくてはなりません。みずから手を汚すことになりませんでしたから。その内“使い魔の着替え”をするつもりでしたから」
「もういい、わかった。もうやめたまえ!」
聞くに堪えぬよう、ウェールズがその言葉をとめる。
「は、はい、……申し訳ありません。ついしゃべりすぎてしまいました。どうぞ私は大丈夫です」
見れば、アンリエッタは下唇を噛み締め目を閉じている。どうしたのだろうか?お加減でも悪いのだろうか。とても、とても心配だ。
「ちょ……っと、ごめんなさいねルイズ」
そういって、アンリエッタは席を外し、人を呼ぶ。豪奢なドアが開き、女官が顔を出した。その女官に何事かを囁きアンリエッタは戻ってくる。
「ルイズ。あなたにお礼がしたいわ」
「恐れ多いことでございます。なにとぞ捨て置きますよう。さもなくば、どうぞそれはグラモン卿に」
「かの者には、別な形で礼をしましょう。もっとも彼もあなたの様に微妙な顔をしていましたけどね」
「でしたら……」
「論功行賞は、国の基です。……どうか受けてルイズ。この程度のことで許されるとは思っていませんが、せめてもの償いをさせてちょうだい」
☆☆☆
場所は移り、ここは王宮の図書室。
ルイズとアンリエッタは、ここでお茶を飲んでいる。
少々ルイズは焦れてきている。こんなことをしている場合ではないのにと。
「あ、あの姫様……」
「まあまあ、落ち着いて。こうしていればすぐに。……ね」
はたして、一人の背の高い老人が近づいてきた。身に着けたローブの色は白く、礼部(神事、祭祀、文教を取りまとめる役職)の役を持っていることを示していた。
「これはこれは、よう参られました。ようやく真面目に講義を聞く気になられたか」
「ベン・ニーア卿。お友達がいるのが見えないのかしら?」
「なに、大した問題ではありませぬ。生徒は多い方がやりがいが出るというもの。さてでは上級の第二項目から」
アンリエッタは、勝手にしゃべりだそうとした老神官、もしくは老学者を手を上げて止めた。
「あなたの神学論は素敵ですが、今回は別の用事があるのです。もう噂はお聞きになりまして?トリステイン魔法学院で不思議な少年が召喚されたこと」
「聞き及んでおります。オスマン老が必死になって、隠そうとしておりますことも含めまして」
☆☆☆
「……なるほど、わたくしが考えますに、それはロン(龍、または東方竜のこと)の幼生ではありますまいか。瞳も髪も黒いとのことですのでヘイ・ロン(黒龍)ということになりますな。竜の変化体はどこかしら元の特徴が残るものですから」
(シンジが東方竜の化身?それは考えなかったわ)
「東方竜ですか?」
「さよう、ハルケギニアの竜は、よく羽の生えたトカゲと言われますが、東方の龍は手足の生えた蛇のごとき形状で、羽もないくせに空を飛びます。まこと非常識な!」
どこか怒りを含んだ声でそういった。
「はあ?」
「確かハルケギニアの竜もその巨体に対して、羽はひどく小さくて、あれで飛ぶのは非常識だと……」
「だが、羽はあります。羽があり空を飛ぶ。なんと自然な美しい生き物であることか」
「手足が4本あるのに、羽まで生えているのは」
「肩甲骨が伸びておるのです。なんという知恵、なんという工夫、なんという究極の生物」
「ナチュラルに火を吐く生き物って」
「“火炎袋”が備わっているのです。素晴らしき「袋内臓」設定。おまけに頭もいい」
「はいストップ。あなたが彼を東方竜というのなら、彼のかわりとしてふさわしいのはやはり……」
「姫様!」
ルイズは勢いよく立ち上がる。かわりなどいない。シンジはシンジしかいない。
「ルイズ、どうか落ち着いて。あなたはいずれ日を選び、新たな使い魔を召喚をしなければなりません。それまで、つなぎとしての仮使い魔が必要になります」
反論できない。ここで騒ぎを起こし姫様の不興を買うのはどうしても損だ。頭を冷やし再び優雅に腰を下ろした。
「……それならば、ユニコーンをお願いいたします。この国の象徴であり、家族や友人たちにも顔が立ちます」
そして、ユニコーンはそれほど珍しい幻獣ではなく、姫様にとっても負担ではないだろう。そう考えた。
また、馬系の幻獣を使い魔に持つことは自分にとっても憧れだったのだ。そのことを姫もよく知っている。昔よく話し合った話題の一つだったから。
「……お聞きになりまして、ベン・ニーア卿」
「……なぜ、ここで私に話をお振りになられるのか?」
「これから厩舎にまいります。彼女の願いはユニコーン。ご理解されました?」
その老貴族は、なぜか口を手で押さえ、額からは油汗が流れ出る。
「ど、どうだろうか?姫のご友人。飛び切り賢い飛竜(火竜、風竜の総称)の成竜がおるのじゃが」
「いいえ、それでは過分に頂戴をすることになってしまいます。あまり過分なそれは王家の公平さを疑われることになり、お国を考えた場合よろしくありません。
……また私は、それほど出来の良いメイジではありませんので、つり合いが取れず。周りよりの失笑を買うことでしょう」
「むう、で、では……」
「ベン・ニーア卿、すでに選択はなされました。では準備の方をお願いしますね」
「……ユニコーンはちょっと、その……」
「お願いしますね」
「いや、あの」
食い下がるベン・ニーア卿に、アンリエッタは冷たい一瞥を投げた。
手を伸ばしかけた彼はその体勢のまま、固まり止まる。
ルイズは、その光景をいささか首をかしげながら見ていた。
☆☆☆
王宮の裏手には、王立の厩舎がある。様々な幻獣がそこにいて主人が死んだ使い魔などを引き取り世話をしている。
もっとも、王宮の王立厩舎に入れるのは、当然ながら一定のレベルを超えたものだけだ。
その中でも有名なものは「トリスタニア・フローレス」と呼ばれ、「音に聞こえた、七王獣、五聖竜、三妖魔」などと歌われている。
もっともこれは語呂がよいため七五三になっているだけであり、実際のところどれほどの数の幻獣が、どのように優遇された環境にいるかは、王家の、また国家の軍事機密の一つである。
さて、ユニコーンは一時期百頭を超える規模で居たのだが、昔反乱を起こした貴族の部隊の騎乗獣だったこともあり、今はさほど人気はなく。おまけに繁殖力の弱い幻獣であるためその数を年々減らしている。それでも現在、王立厩舎においてはもっとも個体数の多い幻獣であろう。
「姫様、先ほどのベン……ニーア卿はどうされました?」
ハルケギニア大陸四王国の貴族の有名どころをほぼ頭に入れているルイズだったが、彼の名も顔も見覚えはない。そこで王宮勤めの学者なのだろうとあたりをつけていた。
おまけに、名前からしてトリステイン人ではなさそうなのに姫の教育係も務めているようなら、結構な知識持ちであろう。それならばルイズにはひとつ聞いてみたいことがあったのだ。
「彼は今、先回りして、あなたのためのユニコーンを選んでいるところでしょう。どうかしまして?」
「い、いえ、何でもありません」
厩舎のある裏庭へと続く扉を開けると、飼育係たちが並んで出迎えていた。
☆☆☆
ユニコーンは非常に気難しい幻獣で、気に入った人間しかそばに寄せることはない。またその優雅で美しい容貌とは裏腹に、恐れ知らずで凶暴である。その額に生えた一本角で自分よりもはるかに巨大な敵にも立ち向かうのだ。……とは町で売っている幻獣辞典の記述である。
さて、飼育係の案内もそこそこに、ルイズとアンリエッタは並んでユニコーンの小屋に入る。二人の姿を見たからなのか、それともルイズが一緒にいるせいか、今日の彼らはどうも落ち着きがなく、苛立たしげに足を踏み鳴らし、鼻息が荒い。
ルイズは実家に自分の馬を持っているがゆえ、彼らの異常な状態がわかる。
「ひ、姫様」
「大丈夫」
アンリエッタはそういうと、自分の王笏杖を取り出し、勢いよくその先端を地面に打ち付けた。
“ぱしゃん”
乾いた地面の上であるにも関わらず、水音が響いた。
「静かになさい!私の顔を見忘れたのですか」
途端に静まり返る馬ならぬユニコーン小屋。騒がしいのは収まったのだが、ふっふっ!と鼻息は荒いままだ。
そしてその小屋のほぼ全ユニコーンが揃って奥を見る。ルイズもアンリエッタもつられて奥を見れば、そこにはやはり一頭のユニコーンがいた。しかし……
二人並んで、眉根を寄せる。
ユニコーンは馬に似ているだけで細かいパーツは違うところも多い。二つに割れたひずめや、名前の由来となる捻りあげられた真っ直ぐな鋭い円錐である額に生えた一角など。なにより体色は白一色がその大きな特徴の一つでもある。
だが、目の前のユニコーンは、その鬣(タテガミ)までが黒一色、真っ直ぐなはずの一角も根元は一本だが、稲妻のごとくにねじ曲がり、いくつもの枝に分かれていた。それもシカの角の様に曲線で構成されてはおらず。まるで定規で引いたかのごとく、突き出た剣のごとくに真っ直ぐに直角に形作られていた。
「黒い……ユニコーン?」
「……名はバンシィ。我がトリステイン王国が誇るトリスタニア・フローレス、七王獣が四位。世界でただ一頭、ブラック・ユニコーン!」
どこか怒りを口に含み、そういった。
「七王獣……、実在したのですか?しかし、バンシィ(泣き女の妖精)とはまた」
「……なぜこのような名をつけたのかは、今は亡き大叔父様に聞かねばわかりませんが。どうでしょうルイズ。気に入ってもらえたかしら?」
「……、このような、これは過分な褒美となってしまいます」
「いいえルイズ。私は気に入ったかどうかだけを聞いています。これはあなたのお眼鏡にはかなわない騎獣かしら?」
「おお、姫様そのようなわけがありましょうか。これはまさしく国の宝ではありませんか」
「つまり、……気に入ってくれたのね」
再度の問いかけに、わずかに戸惑うも「……はい」と答えた。
アンリエッタは、ほっと胸をなでおろす。
「では、これから王家の秘術をもってあなたとの間にリンクを張ります。……申し訳ないのだけれど、しばらく小屋から出ていて貰えるかしら?」
王家の秘術とあって、門外不出の魔法なのだろう。ルイズは王女を一人にすることに難色を示したが、「ここは王家の厩舎、ここで私を襲うのは完全装備の魔法衛士隊数百人に守られた私を襲うことと同義です。ここの幻獣たちはみな私個人の使い魔のようなものですから」
そう言われ、納得して出て行った。これは王家の者がめったに「使い魔召喚の儀」を行わない理由でもある。
☆☆☆
「ベン・ニーア卿!なんですか、その恰好は!ユニコーンと言ったら“輝く銀白”でしょうが!」
ルイズが出て行ったあと、アンリエッタはすぐさま「サイレント」を張り巡らせた。そして、いきなり怒り始めたのだった。だが、叱られるべき先ほどの老人の姿は見えない。
「えー、……まあ、そうなんですが」
うなだれるように、声を出したのは、なんと目の前の黒いユニコーンだった。
「遅れてきた小児病ですか!ルイズへの説明の最中、恥ずかしくて顔から火が出そうでしたわ!」
「あー、ちょっと言い訳させていただくとですね。ユニコーンの銀白は、そう簡単にまねができないんですよ。彼らはこれで偽物を見破り、そもそも擬態しづらいようになっているんです。それでも無理に変化するとくすんだ灰色になってしまいます。そんならいっそのこと真っ黒になった方がいいかなーって」
「じゃあ、その角はなんですか!“僕の考えた、かっこいい角”とかはやめてくださいね!」
「いや、ですから、ユニコーンはニセモノが大っ嫌いなんですよ。へたにそっくりになると、みんな私に角向けて突っ込んできますよ。チョー怖いっすわ。これがギリっす。これでもやたらイラついてるじゃないっすか。勘弁してください」
「情けない。これが我がトリステイン王国が誇る“トリスタニア・フローレス”五聖竜が一位とは。ユニコーンを怖がる“エンシェント・ドラゴン”ってどうなのよ?!」
「“エンシェント・ドラゴン”は称号です、最低千年は生きないと貰えません。僕は親父と違ってせいぜい五百歳っすから」
「お黙んなさい、このニート竜が!毎日毎日何にもしないでごろごろと、ベン・ニーア(死を告げる妖精、トリステイン読みではバンシィとなる)の名が泣きますよ」
「ニート(NEET)っていうのはそもそもアルビオン王国で作られた用語でして、“Not in Education Employment or Training”の頭文字を取ってニート(NEET)と……」
☆☆☆
アンリエッタに言われた通り、ルイズは小屋の外で待つ。
どれほどの時間が過ぎたのであろうか?随分と長い時間の様にも思えた。
ルイズは焦れて、そっと小屋の中を覗こうかと思った時だった。足元から“ずずん”と振動が襲った。
ルイズは慌てて扉を開いた。
「姫様、ご無事ですか?!」
そう声を上げながら、奥を覗く。見えたのは、アンリエッタが真っ黒なユニコーンを引き連れ、こちらに歩いてくるところだった。
ユニコーンは、なぜか全身を濡らしていた。
☆☆☆
「姫様、忘れておりましたが、これ、お返しします」
ルイズはアンリエッタより預かった水のルビーを、自分の指から抜き取ろうと引っ張った。だがまるで指と一体化したごとく抜くことが出来ない。絞まっている感じはしない、抜けないだけだ。ルイズは仕方なく、姫に「軟化」(錬金の一種)の魔法をお願いした。
しかし、アンリエッタは首を振る。
「それもあなたがお持ちなさい。せめてものお礼です」
「このような高価な、いいえ国の象徴のような品をいただくわけには……」
「功を論じ、賞を行う。忠誠には報いよ。……堅いことは言いっこなしよ。取っておきなさいルイズ。今、王家にはこちらがあります」
そう言って左手中指にはまる「風のルビー」を見せてきた。ルイズにも見覚えのあるそれはウェールズがはめていたものだった。