「妲己も聞仲くんも、君には一目を置いていた。実力者は皆、何故か君を高く評価している。
……でも僕は、君をまだよく知らない」
巨大な船の中、その甲板近くで、持ち主たる趙公明が高らかに叫んだ。
「……ふむ。では、どうするというのかのう?」
相対する太公望は、これより始まる戦いの気配を前に、己の霊獣・四不象に下がるよう命じる。
周という国を建国し、腐敗・堕落しきった殷を討伐する。
その過程で障害となる仙人・道士たちの魂魄を封じる封神計画。
計画の実行者たる太公望は、同時に周の軍師でもあり、しかも周軍は殷へと向けて進軍している最中であった。
そこへ突如現れた金鰲島の仙人・趙公明に仲間達を捕らえられてしまい、その奪還のため、この巨大船――クイーン・ジョーカー号へと乗り込んでいた。
苦戦しつつも次々と仲間を取り戻し、そしてついに趙公明の下へとたどり着いた太公望は、捕まっていた最後の仲間・四不象を救出したのだった。
その後、何故か懇談の席を、と趙公明が持ちかけたディナーの席につき、互いの主義主張を確認しあっていた。
しかし、理解できたのは、決して互いが相容れぬか関係であった、という事のみ。
やはり戦うしかない。そう考えた趙公明が手に持った鞭型の宝貝『縛竜策』を突きつけ、それに太公望も応じ――冒頭へと戻る。
「だから、確かめさせてほしいのさ、君の強さを。本当に僕と戦うに足る資格があるのかどうかを!」
その叫びと共に、趙公明のすぐそばの床に大きな円が刻まれ、円周が金色に輝きだす。
「さあ、出てきたまえ! 僕の可愛い妹たち!」
輝きが一層激しさを増し、煙までもが噴き出してきた。
更にどこからともなく荘厳なファンファーレまでもが鳴り響き、そして――
――…………し~ん
「うん……?」
「ぬ?」
まずは趙公明が。次いで太公望までもが怪訝な表情になる。
「……ご主人。誰も出てこないッスよ?」
白カバ――もとい四不象の言葉通り、光が消え去り、煙も流れ、ファンファーレが止んだ後、円の中には何者の姿も無かった。
◆
「私は長女ビーナス!」
筋骨たくましい肉体に、ノースリーブのナース服のような格好をした女性(に見えなくもない人間)が、高らかに名乗る。
「私は次女のクイーン!」
実年齢はさておき、外見年齢は軽く数百歳はイッてるような割に、少女趣味丸出しの出で立ちをした女性(かもしれない人間)が、鷲鼻を揺らしながら続く。
「「そしてこの子は三女マドンナ!」」
そんな二人の背後――大岩と見紛うほどの巨体。
その九割以上が脂肪とセルロースで形成されていそうな丸まった身体をした人間(だと信じて見れば、そー見えなくもない肉塊)を、ビーナスとクイーンが声をそろえて紹介する。
「うぅ~!」
が、紹介された当人は、我関せずと言わんばかりに、痛そうな叫び声をあげている。
その体躯。そして左手に握り締めたお菓子袋から見るに、痛風か口内炎でも発症しているのかもしれない。
「「私達、趙公明美人三姉妹が、お相手をして差し上げてよっ!」」
トドメと言わんばかりの決めポーズ。
物欲しげな視線、そして真っ赤なルージュを引いた唇に指を這わせるビーナス。
そんな姉よりも一歩前に出て、丁度片目で流し目を送るクイーン。
相変わらずマイペースにお菓子を貪り食うマドンナ。
が、彼女らの容姿は前述の通り。
そんな者らがこうしたモデルポーズを決めているのである。
「ぐはっ……!」
気の弱い者ならば引き付けを起こし、心臓の弱い者ならば、それだけでお迎えが来てもおかしくない破壊力であった。
そのような三人組を召喚した当人であるルイズは元より、周囲の人間、特に運悪く近い位置に立ってしまっていたギーシュなど、突如として吐血までしてしまう始末であった。
「ぎ、ギーシュ!? しっかりしろ、傷は浅いぞ!!」
慌てて介抱するのは、級友のマリコルヌ。
ポージングの瞬間、こちらは位置が良かったのか、辛うじて目をそらす事が出来たために何とか倒れずに済んでいた。
もっとも、彼が儀式で呼び出したフクロウは直視してしまったのか、ぼとりと地に落ちていたが。
幸い契約を結んだばかりで、まだ視覚の共有等も十分に行われていなかったため、マリコルヌに影響は無かった。
「うぅ……マリコルヌ。僕はもうダメだ……」
「いやああああ、ギーシュ!? しっかりして!!」
その様子に、モンモランシーが悲痛な叫びを上げる。
ギーシュが直視してしまったのは、咄嗟にモンモンを庇ったためでもあるらしい。
「ああ、僕のモンモランシー……君を愛していた、よ………………ぐふっ!」
「だめ、ギーシュ! しっかりしてっ!!」
勿論ギーシュだけではない。
「ぐ、ぅ……」
吐血こそした者は少ないものの、がくり、と倒れ伏す者。
「ぉ、おえっぷ……」
とても文字では表せない声で胃の中を逆流させてしまう者。
更には両目を押さえて「目が! 目がぁ!!」と叫ぶ者など、その被害は計り知れない範囲にまで広がっていた。
「あらやだ。あたし達の魅力でこんなにも多くの人を悩殺しちゃうなんて」
「美しさって……罪ね」
「違う……っ! ずぇっっっったい、違うわ……っ!」
荒い息を吐きながら、それでもルイズが力の限り突っ込んだ。
どうやら超近距離でポージングを直視したため、逆に精神のブレーカーが落ち、それ以上の精神汚染を防いでいたようだ。
何とか精神の均衡を立て直したルイズは、ふらふらと身体を左右に揺らしながらも、両の足で大地を踏みしめる。
「……それでここはどこなのかしら?」
「確かあたし達、クイーン・ジョーカー号の中で、お兄様にお呼ばれするまでスタンバっていたはずなんだけれど」
ひとしきり名乗りを上げ、ポーズを決めて満足したらしい三人が、ようやく状況のおかしさに気付いたらしい。
ルイズも何とか直視を避けながら、手短に現状を説明する。
「そ、それなんだけど……」
春の儀式。
進級。
使い魔の召還
使い魔の契約概要等々
「多分、あなた達の中の誰かを召喚する事が出来て、他の二人は一緒に呼んじゃったんだと思うの」
そこまで言って、ルイズは言葉を切る。
改めて、目の前の三人を順繰りに見やった。
「で、呼び出した以上、私はあなたたちの誰かと契約しなきゃならないんだけど……」
一人目。
筋肉質のノースリーブナース服
「契約を、結ぶ……」
二人目。
御伽噺の魔女そのままな鷲鼻に、童話に出てくるお姫様のような服。
「契約……」
三人目。
人類か疑うほどの超肥満。
こうしている今も、絶えず袋の中に手を突っ込み、飴だのパイだのを口の中へと放り込んでいる。
「……」
契約しなければならない。
そうしなければ留年になる。
何よりも、初めて成功した魔法。その結果
矜持や家に対する義務感だとか達成感だとか歓喜だとか馬鹿にしてきた奴らを見返してやるという反骨心とか復讐心だとか。
そーゆー一切合財の感情よりも強く強く押し出される衝動のまま、ルイズはその言葉を口にしていた。
「チェンジで」
だが意外な事に、理不尽に呼び出されたにもかかわらず、ビーナス達はきわめて冷静に、そして温和にルイズへと声をかける。
「あら、遠慮することないのよ? アタシ達だって、このままじゃ困るんだもの」
「そーそー、困ったときはお互い様だわさ」
ビーナスに続き、深々と頷くクイーンに対して、ルイズがぼそりと呟く。
「何が悲しくて、脳筋マッチョか、眠れる森の魔女か、火竜の卵に手足が生えたよーなのと契約しなきゃならないのよ……」
これがまだ選択の余地なく一人であったとかならば、ルイズも覚悟を決めて契約に臨んだかもしれない。
しかし、一度の召喚で三人もの『人間』が出てくるなど前代未聞。
加えてその誰もが『キワモノ』と言って差し支えないほどの濃いキャラクターをしているのだから、ルイズとしても契約の踏ん切りを付ける事は中々できなかった。
「こうした障害を乗り越えてお兄様の下へ戻る……そう、これは天が遣わした試練っ! そうよ、これを乗り越えれば、きっとアタシにもステキな恋人が……」
幸いなことに、ルイズの「脳筋マッチョ」の呟きはビーナスには聞こえていなかったらしい。
夢見がちにいやんいやんと身体をくねらせるビーナスに、ルイズは更に疲れたように顔に青線を走らせてしまう。
「お互い様って……誰と契約しよーが、明らかに私の方が負担大きくなりそうなんだけど……主に精神的に」
が、そんなルイズの言葉に、クイーンがチッチッと指を振る。
「そんな事はないわよ。か弱く見えても、あたし達は趙公明の妹(シスターズ)。色々とお役に立てると思うわ」
「ホントにぃ~?」
登場時のインパクト加減は確かに半端なかったが、ルイズの眼からは、どー見ても奇人変人のコスプレ集団にしか見えない。
(特にこいつとか……)
三姉妹。誰を見ても、しばらく夢見に出てきてうなされそうな風貌ではあるが、その中でもやはり目を引くのはマドンナだった。
人間の常識を遥かに超える巨体。
なにをどー食ったらここまで脂肪をつけられるのか、逆に聞きたいほどの体脂肪率。
この肉ダルマを見た後では、マリコルヌですら痩せ型に見えてしまうのだから凄まじい。
「――ぁ」
ひょっとしたら、マドンナを召喚せんがためにドデカい召喚用の鏡が現れ、残りの二人も巻き込まれる形で呼び出されたのかもしれない。
マドンナを見やりながらそんなことを考えていたルイズであったが、ふとその視線の先で、マドンナが固まる。
「ぁ……あぁ! あ、あぁ……っ!」
カエルが潰されたかのような苦しげな呻き声と共にお菓子袋の中に突っ込んでいた手を一層激しくかき回す。
「な、何……!?」
ただならぬ雰囲気を感じ取り、ルイズは無意識のうちに一歩後ろへと下がってしまう。
「これは、まさか――!」
「いけないっ! あんた達、はやくここから逃げ……」
「あああああああああああああああああああああ~~~~~~~~!!!!!!!」
姉二人の声を遮るようにして、マドンナが絶叫した。
「ああ! ああ! あああああああ~~~~~~~~!!!!!」
叫び声と共に、自らの丸い体型を利用して、いきなり転がり出す。
「な……な?! ――むぎゅうっ!?」
「な、なんだあああああ!?」
「ラッキーが!? 俺のラッキーが食われたあああ!」
ある生徒は潰され、ある生徒は逃げ回り、またある生徒は召喚したばかりの使い魔をマドンナに食われかけ、半狂乱になって止める。
「な、な、なによこれえええええ!?」
「だめっ! マドンナのお菓子が切れたわ!」
「こーなったらもう暫く止まらないわ……」
ビーナスが両手で口を押さえて息を呑み、ビーナスが諦め半分に呟く。
「アアあああああああああああああ~~!!!!」
「ああああああ?! クヴァーシルゥううううう!??」
ラッキーと呼ばれた使い魔を左手でがっしりと捕らえ、残る右手でマルコリヌの使い魔である大フクロウを狙うマドンナ。
「も、モンモランシー、あっ……あぶな! ぐふぅ!?」
何とか回復を果たしたギーシュが、側まで転がってくるマドンナからモンモンを庇う。
――が、無情にもぷちっと潰された。
「ぎいいいしゅううううう!?」
モンモンが半泣きで絶叫し、その頭の上で使い魔のカエルがゲコ、と声を上げる。
「アア~~~~~~?」
その鳴き声を耳聡く聞きつけたマドンナが、鶏肉に飽きたのか、今度はモンモンの使い魔に目を付けた。
「い……っ い~~~~~~やああああああああ!!!!!」
「あああああああああ~~~~~~!!!!」
全力で逃げるモンモン。
全力で転がるマドンナ。
そしてなぎ倒される生徒たち。
広場は阿鼻叫喚に包まれたが、それを止めるべき教師は、既に最初の三姉妹登場の時点で気絶しており――場を収拾できる者は、誰も居なかった。
◇
「反応がいきなり消えやがったから、何をやっているかと思えば……」
どかん、とか、ずこん、とか、ばこん、などという激しくも生々しい効果音を炸裂させている広場から少し離れた場所。
何も無いはずの空間に、突如長方形の辺が象られ、内部に映像が映し出される。
血色の悪い肌に加え、目の下にはくっきりとしたクマ。
唇には悪趣味なほどに口紅が塗りたくられ、ピアスまで嵌められていた。
おおよそハルケギニアには似つかわしくない風体の男――王天君は、長方形の平面の内部から、ぬう、と抜け出てくる。
平面であったはずの、しかも何も無いはずの空間に浮いていただけの長方形。
だが、そこから一歩踏み出した王天君は、縦横だけでなく、厚みも伴った生身の身体を外気に晒す。
この地の者から見れば先住魔法か、と忌避されかねない技術であったが、仙界でも屈指の空間使いである王天君にとっては、このような技などほんの初歩に過ぎない。
本来であれば、王天君の『出番』はもう少し後ではあるのだが、太公望と戦うべきであったはずの三姉妹の、突然の失踪。
趙公明は特に気にせず太公望との戦いに移っていたが、『事情』を知る王天君としては、ここは何とか元の流れに戻しておきたい。
そのためにも、三姉妹を呼び戻すべく、わずかな気配を頼りに空間を超えて居場所を突き止めたのだが……
ぼがぁん! と、一際派手な爆発音が響いた。
どうやらマドンナの暴走を腹に据えかねたピンク髪が、何やら爆発魔法を使って無理やり止めようとしたらしい。
が、その爆発の衝撃も残らず脂肪に吸収され、マドンナはさして応えた様子も無く、獲物(食い物)を求めて再び徘徊する。
王天君も、今に三姉妹と別に争う気はなく、争う事となってもそうそう遅れを取るつもりもないのだが――
「……もう少ししてから来るか」
戻すのが遅れれば遅れるほどに修正が面倒になるが、それを差し引いても、マドンナ暴走の渦中へ身を投じたいとは思わない。
(いや、最悪でも金蛟剪だけでも回収すりゃーいいかもしれねーな……)
兎にも角にも、今にあの中へ割って入るなど御免被る、と結論付けた王天君は、出てきた時と同様、何もない空間に長方形の平面を生み出し、水に飛び込むように、その中へと入っていった。
そしてこの後(渋々)(不本意ながら)(しょーがなく)王天君が再び三姉妹を迎えに来るまでに。
フーケの巨大ゴーレムを、マドンナがフーセンガムを食べて空に舞い上がってからのフライング・ボディプレスで粉砕したり。
(運悪く近くに隠れていたフーケも、一緒にぷちっと潰されかけた)
ダンディ髭のワルドにビーナスがほれ込み、熱烈なモーションをかけてワルドをドン引きさせたり。
(むしろそんな様子を見て、ルイズは気苦労が減る!と大喜びでビーナスを押し付けようとした)
タルブ上空戦で、マ○ンガーもどきな巨大ロボット型宝貝で三姉妹が八面六臂の大活躍をしたり。
(後で話を聞いたコルベールが、目を輝かせてその宝貝に触れ、ミイラになりかけた)
七万の大軍を相手の殿戦に究極黄河陣を繰り出して完勝したり。
(七万の大軍は、三姉妹の作り出した空間内で、マドンナがお菓子と一緒に美味しくいただきました)
その他、アンリエッタ姫からの極秘任務で酒場へ潜入捜査した際、ビーナスがノリノリでその酒場のきわどい衣装を着込んで、ルイズをはじめとした店員たち、そして客の精神力を著しく削ったり。
(店長のスカロンだけは、そんなビーナスの艶姿にびっと親指を立てていた上、徴税官はその姿を見ただけで回れ右して帰ったので、結果オーライと言えなくもない)
また、モンモンとクイーンが作成した惚れ薬をビーナスとマドンナが飲んでしまった結果、それぞれギーシュとマリコルヌに迫り、二人が泣きながら逃げ惑うことになったり。
(冗談抜きに死の危険を感じたギーシュとマリコルヌは、魔の手から逃れるために覚醒してトライアングルクラスの魔法まで使えるようになったのだが、揃って周囲に「全く嬉しくない!」と血の涙を流していたそーな)
とまあ、この他にも色々と、それはそれは悲惨な(それ以上にとっても愉快な)出来事も色々と起きたりしたのだが、それはまた別のお話、
『封神演義(藤崎版)』より、雲霄三姉妹を召喚