「どんな願いでも三つだけ叶えてくれるという伝説の秘刀、満願丸、か……」
昨日に入手した刀を片手に、風林館高校二年生・九能帯刀は学校へと向かう。
古き時代より岩に突き立ち、誰一人として抜けなかった天下の名刀。その刀を抜き放つ者は、どのような願いも三つ叶える事が出来るという。
「ふ、ふふふ……」
満願丸の突き立った岩を敷地に持つ寺に備えられし古文書。
それが指し示す、選ばれし者――それが自らであったという事に喜びとともに誇らしい気持ちを隠せない。
――実際は、単に運よく百万人目に挑戦した人間であっただけなのだが。
そうしてしばし、忍び笑いを漏らしていた九能であったが、ふとその笑いを止める。
「うーむ……しかし、参った」
人差し指を額に当てた、重々しい呟き。
それは難解な問題に挑む受験生のような。はたまた不倫相手から無理難題を押し付けられたサラリーマンのような、そんな苦悩。
……ちなみに原作では学生服であったが、演出上ここは剣道着姿で脳内補完していただきたい。
銃刀法違反とか細かい事は気にしたら負けである。
しばらく参った、と口の中で小さく呟き続ける九能であったが、満願丸の鞘を持つ手に力を込め、全力で天を仰ぎ見る。
「性格よし! 器量もよし! 剣の才にも恵まれ正に文武両道・清廉潔白なるこの僕が……! 僕が!! 一体どのような願いを叶えればいいというのだっ!?」
――ずざざっ!!
――ひそひそひそ……
九能が歩くのは、朝の通学路である。
当然、周囲には登校中の風林館高校の生徒が数多く居る。
「――ん?」
しかしそのような周囲の痛い人を見る目つきを全く気にする事なく悩み続ける九能の上に、突如太陽を遮る影が現れた。
――ぶぎゅる!
「おっはよ、九能センパイ! どっかに修行にでも行ってたんだって?」
おさげ髪の男子生徒――早乙女乱馬が九能の頭を踏み台にしてアスファルトへと着地し、爽やかな声に挨拶をした。
――ぴき
「ふ……!」
つい今しがたまで願いなど無い、と宣言していた九能であったが……その頭には乱馬の足型と、そして大きな井桁が二つほどくっきりと浮かんでいた。
「満願丸よ、一つ目の願いだ!」
声と共に躊躇い無く刀を抜き放つ。
周囲の生徒の中からも「真剣!?」と驚いた声も上がった。
「早乙女乱馬を成敗せよ!」
満願丸を掲げ、力強く宣言する。
【承知つかまつった……】
九能の声に満願丸が答え、「剣が喋った!?」と更に周囲がどよめきだす。
「覚悟ーーーー!!」
鞘を打ち捨て、両手で満願丸を上段に構えた九能が一気に乱馬へと迫る。
「おもしれぇ、やるかーーー!」
そして乱馬の方も抜き身の日本刀に怖れる様子も無く、むしろ不敵な笑みを浮かべて九能を迎え撃つべく走り出した。
――ぽん♪
「ん゛!?」
実力差は、明らかであった。
明らかに乱馬の動きは九能よりも速く、刀の間合いを越えて距離を詰め、そして拳をその顔面に叩き込まんとする一瞬の溜め。
九能が刀を振り下ろすよりも速く行われた一連の動きであったのだが……乱馬が拳を放とうとしたその瞬間、満願丸は煙を上げてその姿を大木槌へと変える。
あまりの唐突すぎる変貌振りに、思わず乱馬は動きを止めてしまい――
「てい!」
持ち主である九脳はその変化に全く動じる事無く、めし! とその大木槌を乱馬の脳天へと振り下ろした。
「勝った……!!」
頭を抑え、うずくまって痛みを堪える乱馬を前に、九能を嬉し涙を流す。
願いを叶えた満願丸は再び煙を上げて元の姿へと戻り、九能は鞘を拾い上げて刀身を納めた。
「これに懲りたら、二度と僕には逆らわん事だ……」
「ち……ちくしょう……!」
「ふははははは……ハーッハハハハハハハハハ!!」
悔しげに睨み付けてくる乱馬に背を向け……余程勝てた事が嬉しかったのか、小躍りしつつ高笑いを上げる九能に先を行く生徒達も思わず道を譲ってしまう。
――と、その九能の行く手に突如光り輝く鏡が現れた。
「ハッハッハッハッハッハッハッハッハッハ!!」
だが、未だに高笑いを続ける九能はその存在に気づかない。
その結果、何の抵抗も無く、九能は鏡の中へと吸い込まれるようにしてその姿を消してしまった。
そして間を置かずして、鏡も空気に溶けるようにして消えていく。
「く、九能センパイが鏡に飲み込まれた……」
「おい、一体なんだって言うんだ……」
驚き、九能が消えた辺りを見つめる風林館高校の生徒たち。
だが、ざわめきは沈黙となり……やがて誰がともなく、言い出した。
「――ほっとくか」
「そうだな、九能センパイだし」
「お腹が空けば帰ってくるんじゃない?」
わいわいとまた話に興じながら、彼らは学校へと歩き出す。
こうして、彼らは何事も無く日常へと戻っていった。
ちなみに乱馬と九能の戦いを電柱の影から見ていた熊猫が『あ、あれは……』『紛れも無く満願丸!』と書かれたプラカードを掲げていたのだが……この話には全く関係がないので割愛する。
◆
「お前は誰だ」
使い魔召喚の儀式。
ルイズの呼びかけに応じて姿を現したその男は、当のルイズが「あんた誰?」と問うよりも先に尋ねてきた。
「わ、私は――」「いや、待て! 人に名を聞く時は自分から名乗るのだ礼儀だな! よし、僕から名乗ろう!!」
思わずそれに答えようとした時、更に男は割り込んだ。
「………………ど、どうぞ」
普通に考えれば、散々な儀式失敗の末に出てきた男。しかもそれは見るからに平民。
そのような男に対し、ルイズも文句を垂れそうなものなのだが――この男が持つ独特のノリに、すっかり会話の主導権を奪われてしまっていた。
「風林館高校二年生、剣道部主将! 姓は九能、名は帯刀!
人呼んで風林館高校の青い雷!!」
高らかに名乗る九能の前で、ルイズは「あー……そー」と小さく呟いた。
なにがどう青い雷なんだ、とゆーか貴様は平民か。
ああ、私はなんて外れを引いてしまったんだ……とぐるぐると文句がルイズの頭の中を駆け巡るが、男――九能の持つ妙な迫力により、普段の気丈な態度を表には出せずにいた。
「それで、どうして僕はこのような場にいるのだ?」
「あ、えと――……」
すっかりと調子を崩されたルイズは、九能に乞われるままに現状を説明する。
「ふむ……つまり僕がその『使い魔』として呼び出されたという事か」
「え、ええ」
一通りの説明を受けた九能は、しばし考え込むように顎に手を添える。
「で、僕は既にお前の使い魔になってしまっているのか?」
「う、ううん。『サモン・サーバント』の次には『コントラクト・サーバント』をしなきゃならないんだけど……」
つまり、まだ使い魔ではない。
もし拒否されたら……いや、この魔法を失敗してしまったら、と一瞬浮かんだ考えに怯えたルイズであったが、九能の方はあっさりと同意する。
「いいだろう、使い魔とやら、了承しよう」
「ホント!?」
「うむ……僕は今、長年の宿敵を打ち倒したことで非常に機嫌がいい。既に日本で僕に敵う奴などいない事だし、ここで使い魔をするのもまた一興。おさげの女や天道あかねに会えぬ事が残念といえば残念だが……まあ、いざとなればこの満願「じゃ、じゃあ『コントラクト・サーバント』を……」
九能の言葉を遮り、ルイズが口早に呪文を唱えて九能の唇に己のそれを重ねようとする。
「待て」
しかし、ルイズの額に九能はその大きな手を当てて遮った。
「な、何よ」
果たしてコレも上手くいってくれるのか。そんな期待と不安に駆られながらもかけようとした魔法を途中で止められてしまい、ルイズはうろたえつつも睨みつける。
「すまんな……ルイズとやら。僕の心の中には既におさげの女と天道あかねがいる。お前の想いに応えてやる事はできんのだ」
「なんでそーなる!?」
九能の言い草にルイズも思わず突っ込むが――確かにやろうとしてた事はキスな訳で、その事実を自覚してしまい顔を赤くする。
「おい、『ゼロのルイズ』! 『コントラクト・サーバント』も満足にやれないのかよ!」
経緯を見守っていたルイズのクラスメイトの一人がからかいの声を上げr。
その言葉を契機として、周囲の皆も次々に囃し立てた。
「う、うううううううるさいっ!!」
顔を真っ赤にしてルイズも反論するが、そんな反応が周囲を一層煽ってしまう。
「さすが『ゼロ』だ!」
「呼び出すだけじゃ、やっぱり失敗よね!?」
「恥ずかし~~~!!」
「み、皆! 静まりなさい!!」
コルベールが何とか場を収めようとするが、調子に乗った生徒たちの野次は中々収まらない。
「……」
そしてそれらの暴言をルイズの横で聞いていた九能の頭に――静かに一つの井桁が浮かび上がった。
九能も性格は超絶変態であるが、基本的に女性には優しい。
そして自らがこの場に初めて来て言葉を交わした少女が、ここまで悪し様に罵られるのを聞いて黙っていられるほどに温厚ではない。
「――満願丸よ! 二つ目の願いだ!!」
ハルケギニアへと迷い込む時にも来る際にも手放さなかったその刀を、九能は躊躇無く抜き放った。
「ルイズという女を罵る者らを成敗せよ!!」
【承知つかまつった……】
「け、剣が喋った!?」
「インテリジェンスソード!?」
突如九能が声を張り上げた事に皆も驚いたが、その声に手にしていた刀が応えた事で、更に混乱は増す。
「ハアアアアアアアアアア!!」
裂帛の気合と共に九能は天高く掲げた満願丸を振り下ろした。
「――――……?」
――だが、何も起きない。
てっきり何かが起きると身を硬くし、眼を腕で隠していた生徒らも、それを理解すると更に嘲る笑みを深める。
「流石は『ゼロのルイズ』の使い魔だ! 使い魔まで魔法に失敗してやがる!!」
――ひゅるるるる……
太っちょの風使いの言葉を皮切りに、再び周囲の者らもルイズを馬鹿にしようと口を開いたその時。
ぶぎゅる
突如天から振ってきた『ケロちゃん』や『信楽焼きの狸』果てには『地蔵』などの中々に重そうな置物がルイズを馬鹿にしていた生徒らの脳天に残らず突き刺さった。
「ふっ……成敗」
「ちょ、ちょっとアンタ、それは一体何なの!?」
満足げに鞘へと刀身を納めた九能に、ルイズは詰め寄った。
「これか? これは満願丸と言って、どんな願いでも三つだけ叶えてくれるという秘刀だ」
(どんな願いでも……? ッてことは、その最後の願いを使えば私も魔法を使えるように!?)
さして躊躇いもせずに説明してくれたその内容。そして既に二つ叶えているという言葉にルイズの眼の色が変わる。
「た、タテワキ! その刀で私の願いをかなえなさい、ご主人様の命令よ!」
次の瞬間には、ルイズは行動へと移していた。
まだ『コントラクト・サーバント』を済ませていない、つまりは主従関係は結ばれていないというという事実など頭から吹き飛んでいる。
「な、何と……」
しかし九能はルイズの言葉に、酷くうろたえていた。
それは、単に傲慢に求められたから、という事ではない。もっと何か、彼にとっての重大な、根幹に関わる事ゆえの狼狽であった。
「すまんな、ルイズよ……」
重々しい返答に、ルイズもいくらか正気に返った。
「な、何よ」
「先にも言ったが、僕には既に心に決めた女性が二人「だから何でそーなるのよ!」
――が、その冷静さは九能の答えによって再び吹き飛んだ。
「い~い!? つまり、彼女だとかそういう話じゃなくて、私はねえ……!」
独特の思考展開を広げる九能に、何とかルイズは辛抱強く説得を繰り返し……何とか叶えてもらいたい願いがあるという事だけは、理解してもらえた。
「うむ、分かった。聞くだけ聞いてやろう……それで悩みとはなんだ」
「――この、身体の悩みよ」
それがルイズにとっての最大の悩みの種。
無念そうに見下ろす、歳の割に起伏に乏しい身体。母から魔法を初めて教授された時には自分にも凄い才能があると信じて疑わなかった身体であった。
だが、今の自分は爆発ばかりするゼロ。
何としても……何をしてでも、魔法を使えるようにならなくては!!
「……まあ、よかろう」
沈痛な面持ちで己の想いを吐露するルイズの身体へと目を走らせ、九能は短い沈黙の後、了承する。
「ホント!?」
「うむ。それでお前が僕への思いを諦めてくれると言うのならば……お互いのためだ」
「…………」
結局説得してはいても微妙に話が通じていなかったようだが……ひとまず願いは叶えてくれるという事で、ルイズももうそれ以上の文句は言わなかった。
「満願丸よ、三つ目の願いだ!」
九能が満願丸を抜き放ち、宣言する。
(やったわ……! コレで私はゼロじゃなくなる! ああ……どんな二つ名のメイジになるのかしら――)
希望溢れる未来を夢想し、笑みが溢れてくる。
そんなルイズを尻目に、九能は三つ目の願いを高らかに口にした。
「この女の『ちち』をもー少し大きく「誰がぺチャパイよおおおおおお!!」
こう、漫画であれば爆発効果と「ちゅどーん!」という効果音が似合いそうなくらい、見事なまでに九能は吹き飛んでしまう。
なお、その際の九能の指の形は五指を広げた上で中指と薬指だけ折りたたんでいると言う、中々に器用な形であった。
まーその後にどーなったのかとゆーと。
「うううううううううう……」
だくだく、とルイズは目の幅ほどの涙を流し続ける。
「あー、その……ね、ヴァリエール?」
悪口には参加していなかったため、満願丸の制裁を受けなかったキュルケが気まずげながらもその背に声をかける。
「ううううう……」
「今にして思うと、別に彼が言いかけてた奴でも良かったんじゃない?」
「うううううううう……」
「確かに魔法が使えるようになればよかったかもしれないけど、そっちの問題でもアンタは悩んでたみたいだし……」
「ううううううううう……」
珍しく。本当に珍しく、本気でルイズを慰めるキュルケ。
ルイズの前には、爆発によって黒こげになった九能と――ぽっきりと刀身が折れた満願丸。
念のために気絶した九能を尻目に「魔法を使えるように」と願ってみたのだが……【ぶーっ声紋照合不可。お取り扱いできません】という謎の言葉によって、ルイズの願いは叶えられることは無かった。
自らの手で自らの願いを閉ざしてしまった事で悲嘆に暮れるルイズと、さすがに哀れに思い慰めるキュルケ。
そしてその周囲では未だに信楽焼きの狸やらが鎮座しており、その下で潰されている生徒達を助け出すためにコルベールが奮闘している。
「まぁ……結局、願いっていうのは自分の力で叶えるものみたいだし……」
「うううううううう……」
キュルケの慰めに、しかしルイズは泣き声を上げるばかり。
その背後で、必死に置物をどかそうとしているコルベール教師の頭から――ストレスのせいか、はらり……と数本の毛が抜け落ちた。
そしてその後、実は折れていても九能の命令であれば、最後の願いを叶えることが出来ると判明し、ルイズのみならずキュルケやタバサ、ギーシュ、果てにはコルベールやオールドオスマンまでもが参加する下克上等の満願丸(+九能)争奪戦が繰り広げられることとなるのであるが、それはまた別の話。
『らんま1/2』より九能帯刀を召喚