「いかーーーん! 遅刻してしまーーーーーう!!
今日から高校生! 今日から新学期! 遅刻王の汚名は何としても返上しなければーーーー!!」
朝の通学路。
既に周囲には学生の姿がなくなりつつあるその道の真ん中で叫びつつ、全速力で道を駆け抜ける学生の姿があった。
焦りは言葉の内容から十二分以上に汲み取る事は出来る。
しかしその走る様からして、足はガニマタなのか内股なのか良く分からん開きかたをしており、腕の方も広げたりすぼめたり、見ようによってはラジオ体操の深呼吸の動きともとれなくもなさそうな謎の動き。
そんな身体一つ一つのパーツがそれこそ別の生き物であるかのように蠢くという、心臓の弱い者が見ればそれだけでひきつけを起こしそうなブキミなモノであった。
そしてそんな学生の目の前にいきなり鏡が現れ――
「遅刻するううううううう!!」
――その鏡が視界に入っていないかのような勢いで、迷い無く突っ込んでいった。
◆
「あ……あんた誰!?」
数えて13回目の召喚詠唱。
度重なる失敗の末に、ようやく手ごたえを感じ、『サモン・サーバント』に全力を注いだ末にルイズの前へと姿を現した使い魔。
だが、その全身がハルケギニアの太陽の光の下で露になった途端、ルイズは杖を突きつけてそう叫んでしまった。
ルイズの杖の先にいる物。それは、恐らくは人間なのだろう。
いやそうだそうと信じたい辛うじて顔の一つ一つのパーツならば人間に見えなくも無いと思わなくもないかなあとうんきっとそう信じるものは救われるに違いないからとりあえず今日の朝食に使ったスプーンにでも祈って……
「っていうか人間!? 人類!? アンタまさか亜人なの!?」
――いつの間にやら自己暗示気味の思索へと耽ってしまっていたルイズであったが、その者が一歩踏み出した瞬間に我に返って怒鳴りつけてしまう。
「いきなり出会いがしらに何を言い出すのかね、キミは!?」
奇面。
恐らくこの人間――性別は恐らく男だろう――を一言で言い表そうとするならばそれが一番適切だろうか。
人間……なのだろう、多分。眼は二つだし鼻は一つ、そこにある穴は二つでその下には口もある。黒い髪は天然気味に各所で跳ね回っており、それが顔の中心線から見事な線対称を描いていた。
それぞれのパーツはそれぞれのあるべき場所に収まっている。収まっているはずなのだが、どこをどー見回してもマトモな人相には見えないという、ある意味なんとも器用な顔であった。
「だってアンタどー見ても普通じゃないでしょ!?」
「その通り! 私は常に、世の中の歯車となるよりも世の中を彩る調味料を目指しているのだっ!」
ルイズの叫びに男はむしろ誇らしげに胸を張り、だからこんな事もできるのだっ! といきなり首を360度ぐるりと捻じ曲げて見せた。
その瞬間、周囲で経過を見守っていた生徒達が……監督の任を負っているはずのコルベールも含めて……一歩大きく後ずさる。
「訳わかんないわよっ! やめんか気色悪い!!」
ルイズもまた一歩退きかけたのだが、辛うじて踏み止まる。
彼女を止めたのは貴族の意地か、はたまた使い魔(予定)に対する主の意地か。
何とかルイズが話題を転換させようとするも、その度に男は珍妙な動作を繰り返して話を振り出しへと戻す。
とにもかくにも、その後数十分に渡って二人の間で不毛なやり取りが繰り返された。
「一応中学出身、一堂零!! 特技は「フンフンむちむち踊り」と「驚きしぱた」です!!」
肩で息をつくほどの口論の末、何とか当初の「お前は誰だ」という会話にまで引き戻し、ルイズは男(人間?)の名前を聞き出す事に成功した。
「って! ブキミな顔をそれ以上こっちに近づけないでちょーだい!」
しかしその自己紹介の際に、いきなり男の頭が膨れ上がったかと思うと、妙な迫力を伴ってルイズの方へと迫ってきた。
退きそうになる足を鋼鉄の意志で押さえ込み、ルイズは男――零の顔面に手に持っていた杖を突き刺す。
「うぐぉっ!?
じゃ、若干傷ついたが……ところでココはどこなのだ?
私は一応高校へ向かっていたはずなのだが。それとも始業式の日からいきなり野外実習でも始まったのかね?」
ルイズの攻撃にわずかに痛そうな仕草を見せたものの、零はすぐに照れくさそうな笑みを浮かべる。
ここが教室かと思ってつい力んで自己紹介をしてしまった……などと言いながら頭をかく零に、今度はルイズが怪訝な表情となる。
「何それ? アンタは私の召喚に応じてきたんじゃないの?」
「召喚……? 一体どういう事なのかね?」
そして零の方も、ルイズの言う事が全く理解できない様子であった。
「いい? つまりアンタはね――!」
現状を理解しきれない零に、ルイズがため息交じりに一通りの説明をしてやる。
「――つまり使い魔っていうのは主人のために存在する奴隷。
主人に尽くし、主人を優先し、主人のために死ぬ。
そんな使い魔の呼びかけに応えて出てきたのが、アンタって訳。
後は契約するだけなんだけど……」
ざっと説明を聞き終え、零も己がこの場に来た理由、契約の内容を知った途端……その表情をゆがめた。
「なんと……! キミは、キミは……っ!!」
「な、何よ?」
「そんな人権を無視した契約など、許されると思っているのかね!」
「ギャグSSだからいーのよ!!」
歪めた事で更に奇面が見苦しいモノとなったが、次の瞬間に零の口から飛び出た主張に、ルイズは真っ向から対抗した。
字面だけ聞けば、それは論破などとは呼べないほどに稚拙な主張。
しかし清清しいくらいにきっぱりと言い切った宣言に、一瞬だけとはいえ思わず納得しかけてしまった零は言葉を失い、頭を大地にめり込ませて煙を上げてしまう。
「勝った……! そうよ、多少原作に比べて世界観とか概念に誇張表現があろーが所詮コレは一発ネタ。ギャグの二次創作なんだから……!!
ふふふ……最近なんだか酷い目続きばかりだったような気がするけれど、ようやくこれで私優位の話に……っ!」
そんな反応にルイズは満足げに拳を握り締め、妙な電波を受信したかのような台詞を呟きだす。
「ふ、ふふ……」
だが、勝利の笑みを浮かべるルイズの横で、零もまた不敵な笑みと共にゆっくりと立ち上がった。
「な、何よ?」
その妙に自信に溢れた態度にうろたえるルイズへと視線を送りつつ、制服に付いた埃を払い、零はガニマタになって胸を張る。
「これがギャグSSであるというのならばっ! 私もジャンプ黄金時代・ギャグマンガ主人公筆頭としての実力を見せよーではないか!」
「な、何をする気!? っていうかだからブキミな顔をそれ以上近づけないでちょーだい!!」
「じゃ、若干傷ついたが……ならばお見せしよう!!!」
どうあってもバケモノかモノノケ扱いするルイズに、僅かに落ち込んだ様子を見せる零であったが、じきに気を取り直して高らかに宣言する。
そうして足を交差させ、ラジオ体操のように腰をくねって両腕を指先まで左側へ伸ばし、その先を見つめるように頭も捻り上げるとゆー何とも奇妙なポーズを取った。
「今の~~~~~……………………」
更にその姿勢からいきなり左足一本で片足立ちへと移行し、右足を股裂きするのではないかと思うほど天高く突き上げて身体を無理やり半回転させてねじり上げ、頭は餌に群がる鯉の如く口を馬鹿のよーに開けるという……なんとも文章では表現しがたい、それ以前に人間の関節の稼動域では不可能なのではないかと思えるほどの動きを見せて体勢へと変えていく。
「―――――なし!!!!」
そして、馬鹿のよーに開けた口から、一つの言葉が飛び出した。
密林奥地の原住民ダンスか新興宗教の宣伝か、はたまた宇宙人の祈祷か何かを思わせるようなブキミな動きにうろたえていたルイズであったが……次の瞬間、更に驚く事となる。
「な、何よこれええええええ!?」
まるで時間を巻き戻っていく――それこそまるでビデオの巻き戻しのように、零は逆走を始めていったのだ。
「何だこいつは!?」
「先住魔法!?」
そして、あまりの動きに距離を開けていた生徒達も、その変態技に驚きの声をあげる。
そして零が戻る先には、何故か消えていたはずの召喚の鏡まで現れており……
「わはははははは! さらばーーーーーー!!」
高笑いと共に、零の姿は鏡の向こうへと消えていった。
「…………」
呆然とそれを見送っていたルイズとその周囲の生徒、そしてコルベール。
間を置かずして、鏡もまた消え去り、何事も起きていなかったかのように一陣の風が吹く。
「あー……その、ミス・ヴァリエール?」
あまりの展開に介入する機会すらも失っていたコルベールがまず我に返り、風に薄くなりかけた頭髪を揺らしながら、気まずげにルイズへと声をかける。
「なによ……!」
だが、その言葉はルイズには届いては居なかった。
「み、ミス?」
「たまには……」
◇◇◇
「たまには、私が勝ち組の一発ネタがあったっていいじゃないのおおおおおおおお!!」
がばりとベッドから飛び起き、がおーんと天高く咆哮を上げるルイズ。
「ハッ!?」
我に返り、改めて周囲を見渡す。
周囲に広がるのは、見飽きるほどに馴染んだ、女子寮の自室。
そして己が着ているものもトリステイン魔法学院の制服ではなく、就寝用の寝巻き。
「ゆ……夢?」
現実感に溢れた夢が、頭に貼り付いて離れない。
どくどく、と激しく鼓動を刻む心臓の音が少しずつ落ち着くにつれて、そして寝ぼけた頭に前後の記憶が蘇ってきた。
確か今日は使い魔召喚儀式の当日。普段からゼロと呼ばれ、蔑まれているが、なんとしてもこの儀式だけは成功してやると、昨日も遅くまで詠唱の確認や精神集中の練習を何度も行っていた。
(だから、あんな妙な夢見ちゃったのかしら……)
それにしては妙にリアルな夢であった気がする。
まるで、そう……『予知夢』であるかのような……。
「っ!!」
思わず浮かんでしまった考えを追い出すように、頭を激しく振る。
「あれは夢、あれは夢、あれは夢、あれは夢……」
夢だ。
夢に違いない。
夢じゃなきゃおかしい。
っていうか夢だろコラァ。
言い聞かせるように幾度かぶつぶつと呟きつつ、寝台から身を起こして身支度を整えていく。
「――よしっ!」
制服に着替え、マントを羽織った時には何とか気分は切り替わっていた。
と、同時に空腹を覚えてしまい、急ぎ足で食堂へと向かう。
「見てなさい……! 絶対に、誰もが驚いて、言葉すら無くしちゃうような使い魔を召喚してやるんだから……!!」
その道の途中、決意を確かめるように、ルイズは杖を持つ手にぎゅっと力を込めた。
そしてルイズは使い魔召喚の儀式に望んだ。
すっと呼吸を整え、精神も高揚させつつも落ち着かせ……そして詠唱を紡ぐ。
「宇宙の果てのどこかにいる私の僕よ――!!」
――同時刻。宇宙の果てかどこか別の世界。
「いかーーーん! 遅刻してしまーーーーーう!!
今日から高校生! 今日から新学期! 遅刻王の汚名は何としても返上しなければーーーー!!」
朝の通学路。
既に周囲には学生の姿がなくなりつつあるその道の真ん中で叫びつつ、全速力で道を駆け抜ける学生の姿があった。
焦りは言葉の内容から十二分以上に汲み取る事は出来る。
しかしその走る様からして、足はガニマタなのか内股なのか良く分からん開きかたをしており、腕の方も広げたりすぼめたり、見ようによってはラジオ体操の深呼吸の動きともとれなくもなさそうな謎の動き。
そんな身体一つ一つのパーツがそれこそ別の生き物であるかのように蠢くという、心臓の弱い者が見ればそれだけでひきつけを起こしそうなブキミなモノであった。
そしてそんな学生の目の前にいきなり鏡が現れ――
「遅刻するううううううう!!」
――その鏡が視界に入っていないかのような勢いで、迷い無く突っ込んでいった。
『ハイスクール!奇面組』より一堂零を召喚