「あの男」を召喚した後、私は一つの魔法を使えるようになった。
それは念願の魔法。どれだけ努力しても、練習を積み重ねても、爆発にしかならなかった私が出す事の出来た、初めての魔法。爆発以外の結果だった。
そう考えれば、確かに嬉しくないと言えば嘘になる。嬉しいと思う部分は少なからずあると認めよう。
だが、それでも私はこの魔法を行使できる、という事実に対して素直に喜ぶ事ができなかった。
いや、正直な所、私が使えるようになったコレが、果たして『魔法』なのか、『魔法』と呼んでいい現象なのかどうかすら疑わしい。
四大のどの系統にも属す事はなく、酷く状況が限定された中、限定条件を満たす事で初めて使えるようになるという極めて使い勝手の悪い『魔法』。
ただ、それでも発動条件や使用することの出来る状況を考えれば、確かにこれは有用である。必要に迫られる事態は今までも幾度と無く訪れており、その度に私はこの力を行使した。
それはやはりこれが有用であるからだと認めざるをえないとはいえ、いつも使った後に「こんなの違う…!」 と思い悩む私を誰が責められるだろうか。
ただ、なんにせよ、その男が召喚された事。そして私の使い魔となった事。
これが私にとっても、魔法の使用云々は置いておいても、あらゆる意味で一大転機であった事は間違いない。
こいつは強かった
見かけは30代から40代(本人は20歳と言い切っていたが、どう見ても10歳はサバを読んでいる)
しかし、その肉体は歴戦の傭兵と言えるほどに鍛え込まれており、シャツを下から押し上げる筋肉のラインも、格闘技を齧った事のない私でも見事な物だと思った。
学院の料理長のような、大柄であり、自然とそうなったという訳ではない。
研ぎ澄まし、研鑽し、その上で得た肉体なのだろう――そう思わせるほどに鍛え抜かれた身体だった。
更にこいつは見たことも無い銃を持っていて、とあるいざこざから同学年のギーシュといざこざが起こった時にも、神業としか思えない銃の腕前でギーシュを降参させた。
ただ、その腕前には凄いと感心はしたのだけれど、直後に肝心の弾丸がどうやら容易には補給出来ないという事実に気付き、非常に落ち込んでいたが。
ツェルプストーの奴なんか、それを見ていつもの病気が出たらしく、即座に言い寄っていた。
腹立たしい事に、私が召喚した使い魔もデレデレと鼻の下を伸ばす始末!
思えばその夜だった。初めてこの魔法が発動したのは。
夜にふと目覚めれば、隣――というか床で眠っていたはずの使い魔の姿がない事に気付き、先のツェルプストーの態度からもしやと思って部屋へ急行してみれば、あ、あ、あ……あああああいつがこ、こ、こここここ股間を……!!
……落ちつけ私。
とにかく……とにかく心を落ち着けよう。
とにもかくにも、その光景を見たその瞬間、私の思考・感情に呼応するかのように『それ』は手の中にすっぽりと収まっていた。
前兆など何も無く、なぜそれが現れたのかなど理解もできない。
だが、その重量感溢れる凶悪なフォルムは私に微塵も重さを感じさせず、しかし確かな威力を秘めている事を、誰に言われるでもなく理解できていた。
目の前でいきなり「それ」が現れた事に目を丸くした使い魔とツェルプストーの前で「それ」を軽く振るってみれば、びゅんびゅんという風切り音が響き、私が振り回すに最も理想的な重さである事も理解する。
その状況で現れた「それ」。
私には、その使い道はたった一つしか思い浮かばなかった。
そして本能、世界の法則、まるで演劇の中で決まりきった『お約束事』に従うように、私は躊躇い無く「それ」をアイツに向けて振り上げていた。
◇
「ねっ? そこのおっじょうさんっ! ボクと一緒にお茶しない?」
「え? あの……」
「ね? ね? いいでしょ? 奢るからさぁ~♪」
「リョウ!」
「げっ! ルイズ!?」
王都トリスタニア。
ふとした用事から向かったその城下町にて、いつの間にやらはぐれた使い魔を探し回ってみれば、やはり予想通りというべきか……そいつは私の目の前でデレデレと表情を崩してナンパをしていた。
その光景を見た瞬間、私の中で怒りが燃え上がる。
それは断じて嫉妬などではない。これは言う事を聞かない犬に対する苛立ちだ。
召喚してからまだそうも時間は経っていないというのに、容易にはぐれていたこの犬の行動に予想がつき、そしてそれが的中していたという事実。
つまりはそれほどコイツは馬鹿で、単純で、飽きもせずに「こーゆー事」を繰り返しているのだ。
既に学院の中では「種馬」などという不名誉な称号を与えられ、私まで『種馬の(ご主人の)ルイズ』などという、ゼロ以上に不名誉極まりない二つ名で陰口を叩かれているのだ。
私とてそのような現状に甘える気など毛頭なく、あの夜以来使えるようになった「魔法」で幾度と無く躾けてやっていたというのに、この男には未だに改善の兆しすら見られない。
そして、街に出ればコレである。
「あんたねぇ……せっかくご主人さまがアンタに武器を買ってやろうって言うのに、それを放っておいてこんな事しているわけ?」
にっこりと、笑顔を浮かべてやる。
それと共に右手に意識を集中した。
「お、落ち着け、な? な?」
何とか言い訳を考えようとでもいうのか、両手を前に突き出した使い魔の表情が目まぐるしく変化する。
だが、そんな戯言に耳を貸す気など無い。この男には既に言葉で躾けるなどという生易しい方法は通じないのだ。
故に私の中で、この「魔法」の行使に対する躊躇など微塵もない。
「女の子を見るたびにナンパするなと……何遍言えば分かるかこの馬鹿犬ううう!!」
そして私。
ルイズ・フランシス・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールは今日も使い魔・サエバリョウに対し魔法で生み出したアイテム「100トンハンマー」を思いっきり叩き付けた。
『CITY HUNTER』より冴羽リョウを召喚