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No.16701の一覧
[0] 今日も、この世界は平和だ (ゼロの使い魔 オリ主・転生)[石ころ](2018/07/27 01:05)
[1] 01 エピローグ(1)[石ころ](2018/07/27 00:38)
[2] 02 エルフと吸血鬼(1)[石ころ](2018/07/27 00:39)
[3] 03 エルフと吸血鬼(2)[石ころ](2018/07/27 00:40)
[4] 04 エルフと吸血鬼(3)[石ころ](2018/07/27 00:40)
[18] 05 エルフと吸血鬼(4)[石ころ](2018/07/27 01:38)
[19] 06 エルフと吸血鬼(5)[石ころ](2018/07/27 00:42)
[20] 07 微風の騎士(1)[石ころ](2018/07/27 00:43)
[21] 08 微風の騎士(2)[石ころ](2018/07/27 00:43)
[22] 09 微風の騎士(3)[石ころ](2018/07/27 00:44)
[23] 10 微風の騎士(4)[石ころ](2018/07/27 00:45)
[24] 11 微風の騎士(5)[石ころ](2018/07/27 00:45)
[25] 12 微風の騎士(6)[石ころ](2018/07/27 00:46)
[26] 13 微風の騎士(7)[石ころ](2018/07/27 00:47)
[27] 14 微風の騎士(8)[石ころ](2018/09/07 05:06)
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[16701] 05 エルフと吸血鬼(4)
Name: 石ころ◆3b8a8997 ID:6cc481ba 前を表示する / 次を表示する
Date: 2018/07/27 01:38

「よお、嬢ちゃん」

 徐々に離れゆく地上をぼんやりと眺めていると、ドスの利いた粗野な声を後ろから投げかけられた。
 ファーティマが振り向くと、そこにはボロボロのコートを纏った二十半ばほどの男がいた。腰のベルトには鞘に収められた剣が佩かれており、その風体と合わさって、すぐに男が傭兵の類であるとわかる。

「……なんですか?」

 いきなり声をかけられたことに戸惑いながらも、ハルケギニアにおいて公用語であるガリア語でファーティマは答えた。

「いやいや、ちょいと気になってな。なんでアンタらみたいな小奇麗な坊ちゃん嬢ちゃんが、こんな安い貨物船に乗っているんだい?」
「えっと…………アルビオン行きのフネが、これしかありませんでしたから」
「ふぅん。だが、どうも妙な話だな。船長に聞いたんだが、もともとこのフネは出航予定がなかったらしい。ところが一人の男が交渉を持ちかけてきて、急遽、アルビオン行きになったとか。その男ってぇのは……お嬢ちゃんの相方のことだろ?」

 雑な話し方と耳慣れない訛りで言葉を理解するのに時間がかかったが、どうやら男はアーディドについて言っているようだ。
 ラ・ロシェールからアルビオンへ向かう場合、多くのフネは『スヴェル』の夜――双月が重なる日の前後に船出を予定する。アルビオンがハルケギニアに最接近するのが、『スヴェル』の夜の翌日だからである。運航距離が短いほうが風石の消費が少ないため、その日に出航が集中するのは道理と言えるだろう。
 今回はそうした時期から外れてしまっていたので、ラ・ロシェールに着いた当初、運悪くアルビオン行きのフネは一つもなかった。だが、のんびりと次の便を待っているわけにもいかない。そこでアーディドは、すぐにフネを出せないか船長たちに交渉を持ちかけたというわけだ。
 ちなみに交渉材料はというと、握り拳に近い大きさの土石だった。採掘量の少ない土石は、風石などと違って格段に価値が高い。その程度の大きさでもどれだけの価値があるか、もはや語るに及ばないだろう。
 ちなみにフネの乗客はファーティマ、アーディド、そしてこの男の三人だけだった。もともとこの男はアルビオン行きのフネを待っていたらしく、運よく便乗した形となったようだ。

「見たところ……密命を帯びた貴族様ってぇところかい? 興味深いぜ。旅の肴に、ちょいと話してくれねぇかね?」

 男は軽薄そうに笑う。

「おぉっと、ダンマリかい? なぁ、ちっとくらい、おしゃべりしても大丈夫だと思うぜ。オレは他言しないし、誰かが聞き耳を立てているっつーワケでもねえしさ」
「…………」

 と、いうか……ファーティマには男が何を言っているのか、途中から把握しきれなかったのである。
 単語はなんとか拾えるのだが、どうにもこの男の話し方は雑で早口なうえに、おそらくゲルマニア方面のものであろう訛りが混じっているのだ。ガリアで公用語を少し学んだだけというファーティマにとっては、男の言葉を理解するのはあまりにもハードルが高すぎた。

「あの――」
「何をしている?」

 言葉が聞き取れない、ということを伝えようとした時、別の声が割って入ってきた。
 今まで船内にいたアーディドが外に出てきて、こちらの船首のほうへ移動してきたのだ。

「おや、お坊ちゃん。なぁに、ちょいとこのお嬢ちゃんとお話をしようと思っていただけでさ」
「彼女はまだガリア語を少ししか使えない。その話し方では聞き取れないだろう」
「なんだって? ……どっから来たんだい、アンタたち?」

 男は怪訝そうに眉をひそめた。
 ハルケギニアでガリア語を使えないのは、アルビオンやゲルマニアに住む一部の平民くらいのものだ。そうなると、ファーティマたちがいったいどこから来たのか、疑問に思うのも当然だろう。

 アーディドは淡々と男に答えた。

「“東方”からだ。こちらには、少し用事があるのでな」
「東方? ……つーことは、メイジじゃないのか?」

 胡散臭そうに、男は目を細めた。その瞳には、どこか侮りの色が帯びた。

 アーディドは黙って懐から、鉛筆のように細長い杖を取り出した。そして何かを小さく口ずさんで杖を振ると、男の顔の横を突風が過ぎ去った。
 突然のことで不格好に体勢を崩した男を見ながら、アーディドは杖をしまった。

「メイジでないと思うのは勝手だが、妙な気は起こさないほうがよいだろう」
「あ、ああっ。わかってるって……」

 男は焦りと怯えの入り混じった声で答えた。おそらく、アーディドのことを“メイジ”とはっきり認識したせいだろう。
 当然ながら、実際は違う。ハルケギニアでは“先住魔法”と呼ばれる精霊の力を、たんに杖を持ちながら行使しただけである。しかしそれでも、メイジではない男を騙すには十分だったのだろう。

「さて、ファーティマ。サウスゴータまでの行程について話しておきたい。船室のほうに来てもらえるか?」
「あ、うん……わかった」

 ファーティマが頷いたところで、男はおもむろに口を開いた。

「……なあ、アンタたち。サウスゴータに行くんなら、気をつけたほうがいいぜ」

 その男の言葉に、ファーティマもアーディドも彼のほうに目を向けた。
「気をつけたほうがいい」――明らかに、なんらかの危険があることを含んでいる。サウスゴータの土地で、不穏な出来事でもあったのだろうか?
 自分の発言が注目されたことに気分をよくしたのか、男は得意気に話しだす。

「ちょっとしたウワサなんだが、どうもサウスゴータ地方の領主であるモード大公と、国王のジェームズ一世との仲が険悪になってきているらしい。お取り潰しもありうる、ってほどの話だ。もしかしたら、一戦起こることもあるかもしれねぇ。……ま、だからこそオレはこの船に乗ることを決めたんだがな!」

 男は笑いながら、腰の剣を揺らした。なるほど、傭兵として戦争の匂いを嗅ぎつけたというわけらしい。
 それにしても、モード大公とジェームズ一世との関係の悪化はここまで知られているようだ。おそらく……エルフの愛人――シャジャルに絡んだ話なのだろう。
 本当に、大丈夫なのだろうか?
 そう思ってアーディドの顔を見ると、彼は不敵な笑みを浮かべていた。

「安心するといい」

 どこか確信めいた声色で、アーディドは言った。



「戦は起こらないだろう――“彼”がいるかぎりな」



   ◇


 ファーティマたちを乗せたフネがアルビオン大陸に着いたのは、丸一日近い時間が経ってからだった。時期の悪い唐突な船出だったということを考えると、かかった時間も致し方ないところだろう。
 入港した大陸東部の商港から、二人はひとまずロンディニウムを目指すことにした。王都で事前に、アルビオン国王とモード大公との対立に関する情報を集めておくためだ。状況がわからないままサウスゴータに向かうよりはよいだろう、というアーディドの考えだった。ファーティマにしてみても、まだシャジャルと会うことに対して心の準備が追いついていなかったので、反対する理由もなかった。
 そうして雇った馬車で王都に着いた頃には、もう太陽が沈みかけていた。さすがに情報収集というわけにもいかず、その日は宿屋探しで一日を終えることになった。

 翌日。ベッドから身を起こしたファーティマが最初に目にしたのは、窓際で椅子に腰かけて新聞を読んでいるアーディドだった。

「一昨日、ここで面白い事件があったようだ」

 そう言って、アーディドは新聞に書かれていることを教えてくれた。
 記事によると、おととい深夜、何者かが王宮に侵入した事件があったらしい。幸いにも王に危害はなかったが、市民の目撃証言によると、どうやら犯人は二人の子供を連れた男だったとのことだ。……子連れの侵入者? わけがわからない。だが、王宮の警備兵に捕まらずに逃げ果せたということは、相当な実力者だったのだろう。

「彼かもしれないな」

 新聞を置いて席を立ちながら、アーディドはそう言った。
 彼――それを指すのは、今のところ一人しかいまい。アベルだ。子供、というのは片方は吸血鬼の少女なのだろう。もう片方のほうは、よくわからないが……。

「でも……何をしに王宮に?」

 王に危害を加えなかったということは、別の目的があったのだろうか。だとしたら、それはいったい?

「さて、な。直接、聞くのが一番だろう」
「……アベルさんの居場所はわかるの?」
「サウスゴータに戻ってくるはずだ。――彼女を連れているならば」

 アーディドはあえて詳細を口にしようとはしなかった。けれども事態について、すでに大方の予想がついているのだろう。
 そのことを無理に聞くつもりもなかった。ここ数日の会話で理解したが、アーディドはモード大公絡みの出来事について、一介の旅人では知りえないような情報を持っている。なおかつ、その出所はファーティマにすら話すつもりがないようだった。
 気になると言えば気になる。しかしアーディドも意外と頑固な性格だから、教えてくれと言っても無理だろうなとは思う。

 ふいにアーディドが新聞を置き、席を立った。

「外に出る?」
「ああ。明日の出立のための準備をしてくる」
「わたしも付いていったほうがいい?」
「ファーティマには、すべきことがあるだろう?」
「……うん、そうだね」

 自分のすべきことなんて、決まっている――心の整理だ。

 ふっとアーディドが笑みを浮かべたのも束の間、すぐに彼は部屋を出ていく。
 その背を見送りながら、ファーティマは「ありがとう」と呟いた。


   ◇


 翌日、正午前にファーティマたちは王都を後にした。

 道中、衛兵による検問が敷かれていた。宮殿で起きた事件の影響だろう。とはいえ、エルフの特徴的な耳も隠せていたし、犯人と目される三人組とはまったく外見も違っていたので、大して手間取らずに検問を抜けることができた。
 その後、夕暮れまで街道を進みつづけ、ファーティマたちは中継の宿場町で一夜を過ごした。
 明くる日は朝早くから出発し、正午となってようやくサウスゴータの土地に踏み入ることができた。そこからさらに中心都市シティに辿り着くのは、夕方になってからだった。

「……つかれた」

 大通りに面した宿屋の一室。荷物を置くなり、ファーティマはベッドに倒れ込んだ。ふかふかとした感触が、急ぎ旅で溜まった疲れを癒してくれる。今日は珍しく高い宿だった。これからの大事に備えて、アーディドが気を利かしてくれたのだろう。

「ねえ、アーディド。明日にはモード大公のところに行くの?」
「屋敷の場所はすでに把握している。だが――心積もりは十分か?」
「……わからない」

 柔らかい枕を抱きしめる。アルビオンに入国してからずっと考えてきたが、それでも準備は完璧とはいいがたい。
 早くシャジャルに会って話をしたい。そう思う反面、どう向き合えばいいのかという戸惑いは依然として残っていた。
 一昔前の自分であったら、叔母に対して憎悪と憤怒を込めた罵声を浴びせていただろう。けれども、今のファーティマは違う。アーディドと出会い、新しい世界を知った自分は、価値観というものが大きく変わっていた。
 許せるかもしれない。そんな気持ちがどこかにあった。
 人間との恋に堕ちるなんて、愚かなことだと最初は思っていた。けれども、シャジャルにとってモード大公は特別な存在であったのだろう。何よりも替えがたく、何よりも大切な。たとえば、そう、ファーティマにとってのアーディドのように。
 聞いてみよう。どんな事情を経て、モード大公を選んだのか。シャジャルにとって、彼はどれほどの存在だったのか。種族の偏見もない今のファーティマならば、理解できるかもしれない。

「アーディド」
「どうした?」
「明日、がんばってみる」
「そうか」

 その夜、ファーティマはぐっすりと眠ることができた。


   ◇



「何者ですか? ここは大公様のお屋敷です。用がなければ――」
「モード大公にお伝え願おう。エルフのシャジャルについて話があると。我々はネフテスからやってきた」
「……しばし待たれよ」

 アーディドが答えた瞬間、衛兵の目つきが鋭くなり、警戒心と緊張感が最大限になった。
 屋敷の人間はすべて事情を知っているのだろう。今の発言で、ファーティマたちをエルフの遣いと判断したに違いない。これで門前払いとなることもなくなったはずだ。
 衛兵は近くにいた使用人を掴まえると、何事かを耳打ちした。それから数分後、騎士らしき風体の二人がやってきて、屋敷への案内を申し出てきた。
 先頭と後尾に立つメイジに挟まれながら、ゆっくりと庭を歩む。重々しい雰囲気ではあるが、すでにアーディドは周囲の精霊を支配下に置いているので、ファーティマたちに危機が及ぶ心配はなかった。
 そのまま屋敷まで辿り着くと、次いで応接間に通された。それから五分経って、部屋に入ってきたのは初老の男性だった。
 モード大公――ではない。どうやら彼は執事らしかった。ひとまず要件を聞こう、ということだろう。

「それでエルフの使者どのは、どのような話をしにきたのですかな?」
「俺たちは使者ではない。そして隣のファーティマ、彼女はハッダードの一族――シャジャルの親族だ。親戚を訪問しにきただけで、大それた話をしにきたわけではない」
「……シャジャル様の。なるほど」

 執事は小さく頷くと、ふたたび質問を口にする。

「親族ということは、あなたがたはエルフですか?」

 その疑問はもっともだろう。親戚と言うが、二人ともエルフの特徴的な耳は隠したままだった。
 アーディドは首にかけたスカーフを机の上に置いた。ファーティマもそれに倣う。
 スカーフに込められた“変化”が解かれ、人間ではないエルフの耳が露わになった。その様子を見た執事が、驚愕の色を顔に浮かべる。

「……フェイス・チェンジの魔法ですか?」
「同様の効果を持つ“先住の力”だ。“変化”と呼ばれる先住魔法の効果が、これには込められている」
「なるほど、便利なものですな……。我々の世界ハルケギニアでも同じようなマジック・アイテムが存在するという話を聞いたことがあります。あまりに希少で実物を目にしたことはありませんが」
「モード大公、そしてシャジャルとの面会を許可してもらえるなら、このスカーフを贈与してもよいのだが」

 執事の目が細くなった。

「……とても魅力的な品物です。この地でそれがあれば、エルフでも安全に外を出歩けるでしょう」
「これがなくとも、平穏でいられる世の中であればよいのだがな」
「私も同意見ですな」

 苦笑する執事。ファーティマの考えも、この二人と同一であった。
 ハルケギニアにおいて、人目に付くところでは、ファーティマもアーディドもつねに“変化”の効果で耳を隠さなければならなかった。それほどまでに、西方の人間世界ではエルフ敵視が根付いているのだ。
 アーディドからは、モード大公とシャジャルの間にはティファニアという一人娘がいると教えられた。つまりハーフなわけだが、どうやら娘にもエルフの長い耳は遺伝しているらしい。……なぜアーディドがそんなことを知っているかは、相変わらず謎だけれども。
 とにかく、この地の人間にとって、エルフの証である耳はそれだけで迫害の対象になる。シャジャルはもちろん、ハーフといえどもティファニアでさえ、素の姿で外出することはできないだろう。シャジャルならば“変化”を行使するのは可能だとは思うが、それでも精霊の力を持続させるのには限度がある。
 だからこそ、アーディドが強力な契約によって作り出す、恒久的な“変化”の魔道具は、彼らにとっては喉から手が出るほど欲しいものであるはずだ。

「……さて、一つ重要なことをお聞きしましょう」

 ふいに、執事は真顔で言葉を投げかける。

「――エルフにとって、シャジャル様は“敵国に与した裏切り者”でございましょう? あなたがたは、それについてどう考えておられるのですか?」

 それは警戒の言葉だった。
 当然だろう。遠路はるばる、危険を冒してまでエルフがやってきたのだ。裏切り者を始末しにきたのではないか――そう疑うのは仕方がなかった。

「その事実を確かめにきたのだ。シャジャルはエルフの工作員として、アルビオンに潜入していた。だが、そこで人間のひとりに肩入れし、途中で任務を放棄したため、ネフテスの民は彼女を裏切り者と認定した。――俺たちが知る情報は、その程度に過ぎない。本当に『裏切り』と呼ぶに値するほどの状況と行為だったのかも不明だ。だからこそ、真実を知るために、ここに来た」
「…………」
「少なくとも、隣にいるファーティマだけでもシャジャルに会わせてもらえないか?」

 執事はしばし黙考したのち、おもむろに口を開いた。

「……少し、お待ちいただけますか? 大公殿下に取り次ぎいたします」

 そう言って、彼は部屋から出ていった。
 しばらく静寂が続き、なんとなく心配になってきたファーティマは、アーディドに尋ねた。

「……会えるかな、モード大公やシャジャルに」
「拒否するのなら、無理やりにでも顔を合わせるだけだ」
「へ?」
「すでに屋敷中の精霊とは契約を交わしている」
「…………」

 恐ろしいことを飄々と言うアーディドだった。たしかに、彼なら実力行使で面会できるだろうが……そうならないように祈りたい。
 内心で別の心配が芽生えるなか、やがてドアが開いた。先程の執事とは違う男性が姿を現す。
 人の好さそうな印象だった。歳は四十前後だろうか? 着衣は一見しただけで高価なものと分かるから、おそらく――モード大公だろう。彼は少し困惑したような、曖昧な笑みを浮かべていた。

「これはこれは、遠いところからよくぞいらっしゃいました」

 見かけに違わず、物腰も丁寧だった。むしろ腰が低い、という感じすら受けるほどだ。大公の地位にある人間らしからぬ印象だった。
 まずは無難に、それぞれ自己紹介と簡単な会話を交わすが、意外なほど雰囲気は良好に進んでいった。
 そうして当たり障りのない前置きをそこそこ済ませると、モード大公の顔が少し強張ったものになった。

「本題に入りましょう」

 ファーティマも居住まいを正した。アーディドは相変わらず平常を保ったままだったが。

「シャジャルと会いたい、ということでしたか。そのことについては、構いません。ですが……彼女を害することだけはご容赦ください」
「そのつもりだったら、疾うに事は終わっている。安心するといい」
「でしょうな」

 モード大公は苦笑を浮かべた。

「シャジャルから聞かされました。屋敷の“契約”がすべて奪われた。それほどの行使手から逃れる術はない、と。しかし、あなたがたは話し合いを希望されている。ならば信じようと思ったのです」

 なるほど、どうやらシャジャルは、精霊がアーディドの支配下に置かれたことに気づいていたようだ。
 こうしてモード大公が一人で話し合いの席に出向いたのも、抵抗が無駄と悟ったからなのだろう。……あれ? これ脅しみたいなものじゃないの?
 なんだか自分が悪役側になったような気分になるファーティマだった。

「感謝する。……ああ、それと一つ。要らぬ不安は除いておこう」

 思い出したかのように、アーディドは付け加えた。

「――俺は、アベルと志を同じくするものだ」

 その言葉が意味するところを、ファーティマは理解できなかった。
 しかしモード大公にとっては、何よりも有意な発言だったのだろう。彼は驚いた表情をすると、すぐに安堵の息をつき、そして嬉しそうに「それはよかった!」と笑顔を浮かべたのだった。





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 もともとシャジャルの人物については原作であまり触れられておらず、21巻でようやく多少の情報が出た程度です。
 そこでは、「ティファニアの母親は、エルフの国から単身、ハルケギニアにやってきて、アルビオンの大公のお妾さんになったという」と地の文で語られています。
 その描写に則り、ここではシャジャルが国からの密命を帯びて単身でアルビオンに潜り込んでいたが、そこで大公と出会って恋に落ち、任務を捨てて国を裏切ったという形にしています。これならば、シャジャルがネフテスに帰還しないことから調査隊のエルフが送られ、そこでシャジャルが任務放棄し大公の妾になっていることが発覚し、それが国に報告されたことによってシャジャルの裏切りが知れ渡り、ハッダードの一族に追放命令が下された――ということで納得がいくかと思います。


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