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No.16701の一覧
[0] 今日も、この世界は平和だ (ゼロの使い魔 オリ主・転生)[石ころ](2018/07/27 01:05)
[1] 01 エピローグ(1)[石ころ](2018/07/27 00:38)
[2] 02 エルフと吸血鬼(1)[石ころ](2018/07/27 00:39)
[3] 03 エルフと吸血鬼(2)[石ころ](2018/07/27 00:40)
[4] 04 エルフと吸血鬼(3)[石ころ](2018/07/27 00:40)
[18] 05 エルフと吸血鬼(4)[石ころ](2018/07/27 01:38)
[19] 06 エルフと吸血鬼(5)[石ころ](2018/07/27 00:42)
[20] 07 微風の騎士(1)[石ころ](2018/07/27 00:43)
[21] 08 微風の騎士(2)[石ころ](2018/07/27 00:43)
[22] 09 微風の騎士(3)[石ころ](2018/07/27 00:44)
[23] 10 微風の騎士(4)[石ころ](2018/07/27 00:45)
[24] 11 微風の騎士(5)[石ころ](2018/07/27 00:45)
[25] 12 微風の騎士(6)[石ころ](2018/07/27 00:46)
[26] 13 微風の騎士(7)[石ころ](2018/07/27 00:47)
[27] 14 微風の騎士(8)[石ころ](2018/09/07 05:06)
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[16701] 02 エルフと吸血鬼(1)
Name: 石ころ◆3b8a8997 ID:ecb31cdf 前を表示する / 次を表示する
Date: 2018/07/27 00:39

 アベルという男について、エルザは彼の性格と思考を明確に捉えることができない。

 善人でお人好し、という面も強いが、それ以上に彼は変人であり奇人であった。いや、そもそも純粋な“人”ではないのだから、そう見えるのも当然なのかもしれないが。
 彼の生い立ちは、詳しくは知らない。だが彼自身から聞いた話をまとめると、ある程度の彼の歩んできた道筋が見えてくる。

 ガリアの辺境の森、その奥深くでは、かつて、魔獣、幻獣、そして亜人などを対象にした研究が行なわれていた。なぜそんな場所で? という疑問の答えは簡単だ。とても他人に軽々しく言えないような、非道徳的で残虐極まりない生体実験が繰り返されていたからだ。

 アベルという男は、そこで生まれた。
 いや、“生み出された”と言うべきなのかもしれない。

 吸血鬼とメイジの特質を備えた、強靭で強力な生命体。

 吸血鬼、と言えばハルケギニアにおいて、人間から恐れられている妖魔として名高い。寿命と生命力は人間を軽く越え、そして吸血鬼の“餌”は人間なのである。彼らからしてみれば、エルザのような吸血鬼は悪夢のような存在だろう。
 とはいえ、万能、というわけではない。太陽の光が苦手で昼に出歩くことはむずかしいし、生存に必要な“食糧”は限定的で、人間を襲わざるを得ない。しかし、その時には吸血鬼側にも危険がある。
 貴族――メイジである。平民と違って、彼ら貴族は“系統魔法”を使える。とくに高ランクのメイジが相手となると、いかに吸血鬼といえども一筋縄ではいかない。実際のところ、精霊に働きかけやすい森の中でもなければ、正面からやりあったのならメイジのほうに分があるだろう。したがって、気を抜いて平民を食らおうものならば、貴族に目をつけられ討伐される可能性が高くなる。

 そんなわけで、吸血鬼には長所と短所があるし、人間――メイジもまた同様である。
 そこで研究されたのが、人に近しい容姿や知性を持った吸血鬼を利用し、その長所だけを受け継いだメイジを作り出す、ということだった。
 長い寿命、優れた身体能力、高い生命力。それらを持ちながら、人間と変わらず昼に出歩け、“血”以外の食べ物で栄養を摂取でき、そして――メイジのみに許された系統魔法を使うことができる。
 そんな夢のような、新しい人種を創り出せた研究員たちは、どんなに喜んだことだろうか。だが、その苦労はすぐに水泡に帰すことになった。


『いやあ、あの時は大変だったぜ。オレもまだ魔法自体はライン程度の実力しかなかったからな。幻獣やら、よくわからん合成獣キメラやらは見境なく暴れまくるし、研究員どもは本気でオレを殺しにかかってきやがった』


 あっけらかんと言うアベルの話を、エルザは胡散臭げに聞いていたこと思い出す。
 生地であるその研究所で、ある程度、成長して力をつけたアベルは、研究員たちに反旗を翻した。捕獲されていた獣や、実験によって作り出された合成獣を解き放ち、研究のために囚われていた亜人たちを連れて森から脱出したのだ。
 その後、国から派遣された騎士たちによって逃げ出した合成獣などは駆除されたものの、研究所の施設と人員の被害が大きすぎて研究は破棄されたらしい。唯一の成功例たるアベルの研究内容も、脱出時の彼の工作によって資料がすべて焼き払われた。つまり、人間と吸血鬼を理想的に組み合わせた亜人の存在は、もはやこのアベルひとり以外にありえなくなったわけである。

 その後、アベルはハルケギニアを流浪するうちに、身寄りのない吸血鬼や獣人などの亜人を拾って伴うようになった。それらは規模を広げ、やがて未開の土地を探して出して、人間たちから隠れて暮らせる“村”を作った。
 エルザも、ガリアとゲルマニアの間にあるアルデラ地方の広大な森の奥に存在する、その村で生まれた吸血鬼だ。父と母は旅をするうちにアベルと出逢い、勧誘されて村に移り住んだとのことだった。

 ところで吸血鬼と言えば、その食事は人間の血液である。人間のいない村で、どうやって血液を供給するのか? ――簡単だ。作り出せばいいのだ。つまり……“錬金”という、メイジの業である。
 土系統の、メイジで言うところのスクウェアクラスの力を持ったアベルは、その強力な錬金魔法で水を血液に変えることに成功したのだ。そのおかげもあって村は安寧を守りつづけ、今も皆が平和に暮らしている。

 アベルの過去についてエルザが知っているのは、それくらいだ。おそらく彼は、村のなかでもかなりの年数を生きた人物に数えられるが、個人的な出来事についてはそれ以上を語ろうとしない。あるいは、長く生きすぎて忘れているのかもしれないが。


 さて、そんなアベルだが――今、彼はタクト型の杖を持って砂いじりをしていた。
 曇天の夜で真っ暗闇だが、夜目の利くエルザにとってはその顔を認識できる。人間における二十歳に達するかというくらいの顔立ちは、どこか楽しそうな表情をしていた。これから“とんでもないこと”を行なうというのに、この余裕はなんなのだろうか。
 アベルの後ろ、バカでかい背嚢は時折、もぞもぞと動いたりする。……“中の人”も大変だなぁ、とエルザは感じた。

「うっし、準備完了」

 やがて、そう言って立ち上がったアベルは、ルーンを唱えて杖を振り下ろした。と同時に、地面の土が盛り上がり、徐々に形が作られる。“クリエイト・ゴーレム”――意のままに操れる人形を作り出す魔法だ。
 ただし、アベルのゴーレムは明らかに通常のものとは違った。ゴーレムと言えば、土や岩、あるいは鋼鉄などの身体を持たせた人形というイメージが強い。しかし、いまここに現れたゴーレムは……等身大で、風貌、外見がまったく人間と同じものだった。
 むろん、並みの土メイジではここまで精緻で複雑なゴーレムは作り出せない。もはやここまでくると「ゴーレム」というよりは「ガーゴイル」であるが、そんな代物をいとも簡単に創造するあたり、アベルのずば抜けた能力が窺える。
 アベルは同じようなゴーレムを数体作り出すと、それらの下僕を街のほうへ向かわせた。市街に紛れ込ませ、いざと言う時に動かすつもりなのだろう。

「さぁて……オレたちも行くか」

 しばらくして、アベルは街――王都ロンディニウムを見据えて言った。暗闇に包まれた郊外のこの場所と違って、深夜とはいえ、あちらは生活の光がそれなりに灯っている。

 自分たちの目的地は、ロンディニウムの街? いや、違う。

 正確には……その先にある王宮――ハヴィランド宮殿だ。
 現アルビオン王国の君主、ジェームズ一世の住まう地へ。


   ◇


 事前に王宮の警備ルートを把握していたことと、信頼できる内通者が複数いたことで、王宮には予想以上に簡単に侵入することができた。
 いま、アベルとエルザがいるのは、王宮最上階にある雑用具を保管しておくための倉庫だった。この部屋の入り口には、重要度が低いこともあって、警備がいなかった。つまり、王の居室へ侵入する足がかりとしては最適というわけだ。

 アベルは腕を組みながら、うろうろと倉庫内を歩きまわっている。もちろん、考えなしの無意味な行動ではない。足から伝わる床の感触で、下の階の情報を読み取っているのだ。吸血鬼の優れた五感と、土メイジとしての超感覚を持っているからこそ、可能な芸当だった。

「……よし、始めるぜ」

 小さく呟いたアベルに頷き、エルザは彼のそばに近寄った。
 それを確認したアベルは、杖を取り出してルーンを唱えた。

 そして行使されたのは、錬金の魔法。
 アベルの目前の床、そこの直径一メイルほどの円形に、淡い光が浮かび上がった。
 一瞬後、光が消え去ると、その部分にあったはずの床も消え失せていた。

 ……正確には違う。床に開けられた“穴”の先を見れば、砂が積み重なっていた。つまり、床部分を砂に錬金したのだ。
 だが、これを王宮の人間が知ったら卒倒しかねないだろう。ふつう、このような王宮では、ほとんど全ての場所に“固定化”などの魔法的補強がなされている。しかもそれは、スクウェアの土メイジが処置することが大抵だ。
 どういうことかと言うと、アベルは、スクウェアの土メイジの仕掛けたであろう“固定化”をいとも簡単に崩した、ということだ。末恐ろしい魔法の力である。

「んん、どうした?」
「……凄いなって呆れてたの」
「褒めても何もやらんぜ? ま、ただの人間と違って魔法を練習する時間だけは大量にあったからな。……それでも、“アイツ”のインチキっぷりに比べたら、オレもまだ尋常だがな」

 肩をすくめて言ったアベルに、エルザは内心で愕然としていた。
 このアベルよりインチキなひと? ……本気で、想像できない。
 アベル以外に秀逸なメイジといえば、しばしば定期的に“村”を訪れているアルフォンスという水メイジの少年が思いつく。たしかにアルフォンスも、そこらのスクウェアを軽く凌駕するような魔力や、“特殊な身体”を持ってはいるが、それにしたって、アベルがそこまでの物言いをするほどではなかったはずだ。アベルの交友関係が異常に広いということは知っていたが、まさか彼がそこまで言うような人物がいるとは思わなかった。
 今度、その人のことを聞いてみよう。などと戦慄とともに思いながら、エルザはアベルに抱えられた。

「フル・ソル・ウィンデ……」

 レビテーション。その魔法で、ゆっくりと開けた穴から下の階へ。
 砂にまみれた床に着地したところで、エルザはアベルの腕の中から降りた。

 この部屋は、窓際に執務机、中央に高級なソファーとテーブルが置かれていた。執務室兼応接室のようなものだろうか?
 アベルは今までしょっていた背嚢を床に置くと、手の動きでエルザに合図した。

(これ、任せた)

 エルザは了解し、背嚢を慎重に優しく抱きかかえた。“中身”がアレなのでちょっと重いが、吸血鬼であるエルザからすれば大きな問題はない。……人間で言うと外見五歳児くらいの少女が、自分以上のデカい荷物を持っている光景は、少しシュールであるが。

 ふたたび、アベルはゆっくりと部屋をうろつきはじめた。今度は時折、壁に手を当てている。およそ一分ほど、周囲の索敵を行ないおえると、東側の壁の前に立って杖を持ち上げた。

(作戦どおりに、な)

 アベルのささやきに頷く。
 その次の瞬間、小声で唱えられた錬金が、壁を土に変えた。

 大量の砂が流れるなか、アベルは瞬時にべつの魔法を唱える。
 サイレント――音を消す風魔法だ。アベルはその魔法を器用に使い、外の衛兵へと音が漏れぬよう、居室の外周だけに沿って展開させた。
 そして、堂々と部屋へと侵入するアベル。その気配に気づいたのか、向こうに見える天蓋付きの豪華なベッドの中で眠っていた男が、もぞもぞと身体を起こしはじめた。

「ん……な、なんじゃ……?」
「こんばんは、陛下」

 にっこりと笑ったアベルは、腰からナイフを引き抜いた。刃渡り二十サントほどの凶器が、薄く光を放つ。
 それを見て事態を察したジェームズ王が、恐慌したように叫ぶ。

「衛兵ッ! 侵入者じゃッ! 誰か……ッ!?」

 一瞬で距離を詰めたアベルが、か細い王の腕を掴み、その首に銀光の刃を擬した。

「無駄な抵抗はおやめください。ここの声は、向こうには届きません。それより……今日は、お願いがあって来たのです」

 絶望を悟ったのか、ジェームズは大きく深呼吸すると、アベルを厳しく睨めつけて口を開いた。

「お願い? ただの脅迫じゃろうに」
「ま、どちらでも構いません。さて、肝心の内容についてですが……。陛下、モード大公のうわさはご存知ですか?」

 その言葉を聞いて、ジェームズは顔を赤らめた。
 ジェームズ王の弟、モード大公のうわさ。それは、彼がエルフの愛人を匿っているのではないかということだった。エルフはハルケギニアの人間から“仇敵”として認識されており、王家の血筋を引く貴族がエルフと交際しているなど、あってはならぬことだった。

 ジェームズは、怒りを抑えきれない様子で叫んだ。

「おぬし……あやつの差し金か! エルフの女などのために、このわしの命を狙うとは……!」
「命を狙う? ご冗談を! 私は陛下に、改心していただくために来たのです」
「……なんじゃと?」

 訝しむジェームズを尻目に、アベルはエルザに目配せをした。それを受けて、エルザは隣に置いていた背嚢の口を開ける。
 もぞもぞ、と背嚢がうごめいたあと、ぷはっ、とその口から頭が飛び出てきた。

「……だいじょうぶ?」
「う、うん」

 エルザの問いかけに首を縦に振った少女は、背嚢から全身を這い出した。
 ずっと狭い中に隠れていたせいで疲労が溜まっているのか、ふらふらとしながらも、ようやく彼女は立ち上がった。そして頭をすっぽりと覆うようなフードを外す。

 ――流れるような美しい金髪。吸いこまれそうな翠緑の瞳に、整った顔の輪郭。まだ幼いながらも発育はよいらしく、ふくよかな胸が目立っている。
 それだけならただの美少女、なのだが、一つだけ決定的な違いがあった。

 なぜなら、その耳が……。


「――エルフッ!」


 青ざめた顔で、ジェームズは叫んだ。びくり、とエルフの特徴である長くとがった耳を持つ少女は震えた。

「正しくは、ハーフエルフですな。陛下の姪である、ティファニアさまでございます」
「知らぬ! そんな姪を持ったことなど認めぬ! おのれ……あの愚かな弟め……!」
「……やれやれ」

 どこか悲しそうな声で呟くと、アベルはティファニアを呼び寄せた。
 ゆっくりと、恐る恐る、ハーフエルフの少女は伯父のジェームズ王のもとへ近づく。

「ティファニア、例の魔法を頼む」
「…………」
「きみと、きみのご両親のためだ。それに、陛下を殺すわけでもないさ。頼むよ」
「……うん、わかった」

 意を決したティファニアは、顔を強張らせながらも、懐から細い杖を取りだした。
 王家の血を引く彼女も、魔法を使うことができる。だが、それは一般的なメイジの使う四系統とは少し違っていた。

 失われたとされる、伝説の系統――虚無。

「ナウシド・イサ・エイワーズ……」

 透き通るような声が響き渡る。ティファニアは目を閉じ、ルーンを詠唱する。

「……ハガラズ・ユル・ベオグ……」

 彼女以外は、誰もが聴衆だった。刃物を突き付けられたジェームズのみならず、アベルとエルザも黙ってその音色に耳を傾ける。

「……ニード・イス・アルジーズ……」

 紡がれる調べは、まるで歌のようだった。一般の魔法と比べて遥かに長い詠唱を、ティファニアは淀みなく諳んじる。

「……ベルカナ・マン・ラグーズ……」

 ――詠唱が完了した。室内を沈黙が支配する。
 ジェームズはこれから起こることに恐怖し、顔色を失っている。アベルとエルザは、ただティファニアが虚無の魔法を解放するのを待っている。

「……ごめんなさい」

 気兼ねのためかそんなことを口にしながらも、ティファニアはついに杖を振り下ろした。
 その瞬間、ジェームズのいた空間が歪んだように見えた。数秒後、歪みがもとに戻ると、そこには呆けた姿で宙を見上げるジェームズがいた。

 “忘却”の呪文。
 その虚無は、相手の記憶を奪い、改竄することも可能とする強力な魔法だ。

 だが、それだけでは十分ではない。記憶を奪ったところで、またモード大公の周辺の事実に気づかれたら、それで終わりである。
 だから、そうさせないための方法をアベルは計画していた。

 ぼうっとしているジェームズの顔を、アベルは自分のほうに向かせた。
 そしてルーンを唱え、ジェームズに魔法をかける。

「……陛下。モード大公のエルフの妾と、その娘について、かならずその身を守っていただきたい。お願い申し上げます」
「あ……あ、ああ……」

 呆然と頷くジェームズの瞳には、怪しげな魔法の光が宿っていた。

 制約ギアス。対象に制約を課し、思考や行動を操る凶悪な水系統の魔法だ。もちろん、いくら常識はずれな力を持つアベルといえども、健常な精神状態の相手に高い効果を得ることはむずかしいのかもしれない。
 だが――虚無と組み合わせるとなると、話は別だ。忘却によって記憶を不確かにさせられている状態の相手ならば、いともたやすく、強力な制約がかかるだろう。そうして今、アベルはモード大公と彼の愛人であるエルフのシャジャル、そして二人の間の娘であるティファニアに危険が及ばぬよう、ジェームズに魔法をかけたのである。

 最後に、アベルは“眠りの雲”でジェームズの意識を落とし、ベッドに横たわらせた。

「完了だ。あとは戻るだけだな」

 そう言って、アベルは懐から一枚のカードを取りだすと、目立つようにテーブルの上に置いた。
 エルザがそのカードを覗くと、書かれている内容が見てとれた。

『もっと優秀な土メイジを雇っておくことをオススメする。 土くれのフーケ』

 ……よくわからないが、アベルが偽名を使う時はどうもこの「フーケ」という名前を好んで用いているようだ。
 その由来について尋ねたみたことはあるのだが、一言だけ「個人的な趣味」と答えられただけだった。さっぱり意味がわからない。まあ、その辺が彼らしいと言えば彼らしいのだが。

「さぁて、面倒が起こらなうちに、さっさと……エルザッ」

 突然、激しい剣幕でアベルは叫んだ。その視線は、自分たちが侵入してきた壁の穴に向けられている。
 そちらのほうを見ると……杖を構えた衛兵らしきメイジが、こちらに敵意を発していた。

 おそらく、なんらかの理由で入り口に使った倉庫の異変に気づいたのだろう。そして、そこに開けられた穴を降り、今ここにいるアベルやエルザを見つけたというわけだ。
 メイジは、ルーンを唱えながらこちらの居室に入ってこようとしていた。彼が向こうの部屋とこの部屋をつなぐ壁の穴を通り抜けようとした時――その下にあった砂が盛り上がり、一瞬で穴をふさいだ。

 アベルが魔法を使ったのだ。しかし即席の対処のため、すぐに破られるだろう。それにサイレントの魔法はすでに解除されているため、今の騒ぎを聞いた外にいる衛兵が、早々に駆けつけてくるに違いない。
 そうなると、脱出経路は限られる。アベルとエルザは、どうすべきかを即時に理解した。あとは、わけがわからずおろおろとしているティファニアをどうするか、だが。

「テファ、フードをつけてオレにしっかりと掴まれよ。エルザ、お前は背中に」

 そう言いながら、アベルは“エア・ハンマー”の魔法で近くにあった窓を吹き飛ばした。
 ガラスが割れ、窓枠ごと外に飛び散るなか、居室の扉が開かれる音を耳にする。衛兵が来たのだろう。

 エルザはアベルの背中に飛び乗った。彼の腕には、フードを被ったティファニアがしっかりと抱かれている。
 ルーンが聞こえた。そして、杖を振り下ろす音。次いで来るのは、侵入者たる三人を殺そうとする魔法。

 それが届く前に、アベルが窓から飛び出した。

 独特の浮遊感。ティファニアが声にならない悲鳴を上げる。地面が迫りくる途中で、アベルは杖を振った。
 同時に、風の流れが変わった。飛行の魔法――フライによって、三人は空中を飛翔していた。

「すぐに降りて、街に紛れるぞ」

 だるそうな声色でアベルが言った。どちらも子供の体躯とはいえ、エルザとティファニアの二人を連れて飛行するのは面倒なのだろう。それに、このまま飛行していても、すぐに追っ手に見つかってしまう。
 しばらくして、王都ロンディニウムの石造りの街に降り立った三人は、郊外へ向けて駆け出した。エルザは自分の足で走ることになるが、身体能力の劣るティファニアは依然としてアベルの胸のうちだ。こうなるとどうしても目立つわけで、この奇妙な三人組を見るたびに、街の道行く人々が何ごとかと驚くのも無理からぬことだった。

「チッ、来たか」

 後ろからメイジの追っ手が来ている。距離はかなり近い。街の通りを走りながら、杖を振り上げてルーンを唱えているのが見えた。
 どこか路地にでも逃げ込めればよいのだが、生憎と確認できるかぎりではそのようなところはない。そうこうしているうちに、追っ手に追い付かれてしまう。そして、射程圏内に辿り着いたメイジは、魔法を放とうとして……。

「出番がないのが一番だったんだが、まあ仕方ない」

 呑気に言ったのはアベルだ。
 魔法は放たれていなかった。なぜなら、その追っ手へと人影が、突如としてタックルをかましたからである。人影、といっても人の形をしているだけで、正確には別物だ。それはゴーレム――アベルが事前に、ロンディニウムの街に潜ませていた人形だった。

「さあて、こうなると屋敷に帰るには手間をかけなきゃならんぞ。覚悟しておいてくれ」

 モード大公の屋敷に戻るにしても、この騒ぎがいったん収まって、情報を収集してからでなければならない。そうなると、ひとまず身を隠せる安全な場所が必要となる。
 潜伏場所の候補となるのは、サウスゴータだろうか。サウスゴータの中心都市シティオブサウスゴータの太守は、こちらの事情を知っているモード大公側の人間だ。彼に接触できれば、いろいろと融通してもらえるはずだ。
 とはいえ……そのサウスゴータの街へ行くにしても、ロンディニウムから追っ手である捜索隊が出されるだろうから、そいつらに足跡を見つけられないようなルートで迂回する必要がある。
 つまり、なんにしても、時間と労力をかけなければならないわけだ。だというのに――

「……ずいぶん、楽しそうじゃない?」

 先程のアベルの口調がやたらと上機嫌で、不審に思って彼の顔を見遣ると、その口にはやはり笑みが浮かんでいた。まるで、この事態を嬉しがっているかのように。
 エルザの問いに、アベルは悪びれる様子もなく答えた。

「なぁに、“口実”ができたからな。これでしばらく、“外”を見物することができるだろ?」

 やっぱり……とエルザは呆れた。そもそもアベルの実力なら、あれほど騒ぎを起こさずに事を済ませることはできたはずだ。だが、あえてそうしなかった。――ティファニアのためだ。
 エルフの耳を持つティファニアは、今までまともに“外”に出ることができなかった。人間にとって、エルフとは恐怖であり脅威である“敵”だ。もし部外者にエルフ耳を目撃されようものなら、どんなトラブルになるかもわからない。だからずっと、ティファニアは屋敷の中だけで生きてきた。
 だが、そんなティファニアにもようやく機会が巡ってきた。それがアベルの存在だ。この規格外の超人ならば、何があろうとハーフエルフの少女を傷一つつけることなく、外に連れ歩くことができる。モード大公もそれを理解し、アベルにティファニアを預けたわけだ。
 だがまさか、モード大公もアベルがこんなふざけた人物だとは予想外だっただろう。わざと騒ぎを起こし、それを言い訳にして、ティファニアに外界を見学させるなどとは。

「よーし、テファ。今まで、お前が見たことないような場所に行ってみようぜ。飯も、屋敷じゃ出ないようなものを飲み食いしよう。期待しておけよ?」

 ふてぶてしさ極まりない発言である。だが当のティファニアはというと、「ほんと? ……うん、楽しみっ」などと目をキラキラさせている。そりゃこれまでの境遇を考えたら、当然の反応である。

「……はあ」

 この先、疲れそうだなぁ……とエルザは溜息をついた。


  ◇


 結局のところ、モード大公の屋敷へ戻るのに一週間近くもかかってしまった。
 サウスゴータの街に着くのに三日、そこで潜伏しながら王宮の状況を把握するのに三日、そしてようやく安全を確認して、今、モード大公の屋敷に来た――というのが、“建前”だ。現実はこの一週間、三人で堂々と人前を練り歩いて遊びふけっていたのだが、人のよいモード大公ならアベルの嘘を丸々信じこんでしまうだろう。このアベルという男、じつに人でなしである。……いや、確かに半分は吸血鬼なのだが。

 ところで、王都ではいまだに“土くれのフーケ”のうわさで持ちきりらしい。なにせ王宮のなかでも王の居室に侵入し、しかもそこから無事逃げおおせたのだから、人々の話題に上らぬわけがない。

 曰く、侵入者は三人。黒髪で中肉中背の青年がリーダーのフーケであり、黒髪の幼女と金髪の少女を連れている。なんでも王から特別な財宝を盗み取ったのだとか。
 民衆のうわさはそれほど間違ってはいない。少なくとも三人の容姿については、そのとおりだ。しかし侵入時のアベルとエルザは髪の色を染料で変えていただけなので、実際の今の髪色は、アベルが栗毛でエルザは金髪である。ついでに、財宝を盗んだというのはまっぴらなデタラメであるが、こういう尾ひれがつくのは仕方のないことだろう。

 それより重要なのは、王宮が事件をどのように把握し、どのような対処をすると決めたのかだ。だが、これはかなり僥倖な結果となった。サウスゴータの太守に頼んで念入りに確認してもらったのだが、侵入者のなかにエルフの少女がいたという情報は一つもなかった。おそらく、曇天の夜中だったのでティファニアの耳の形に気づく者がいなかったのだろう。
 ジェームズ王も忘却の効果があったようで、侵入者についてはまったく知らず、自分への危害もなかったと述べている。
 王宮のなかから盗まれたものがなかったことと、王の居室に残された“フーケ”の書き置きもあってか、結局、「実力を誇示したいだけの変人による仕業」ということになったようだ。

 ……エルザとしては、「変人による仕業」というのはとても正解だと思った。

「おい、今なんか変なこと考えただろ」

 隣に座るアベルが、じとりとエルザに目を向けた。こういうところが、やたらと鋭いのだ。エルザは「……気のせいだよ」と明後日のほうを見て言った。

 そんなくだらないやり取りをしているうちに、やっと屋敷の主人がこの客室に姿を現した。……と、いうか、飛び込んできた。いくらなんでも焦りすぎである。

「お、おお、アベル殿! ご無事で何よりです! ところで……テファは?」
「今、ここに参ったのは私とエルザだけです。ティファニアお嬢さまは、本日の深夜に紛れて、サウスゴータの街からこの屋敷までお連れする予定です。彼女は現在、太守殿にお預かりいただいておりますので、ご安心を」

 たぶん、今頃は太守の娘であるマチルダという女性が遊び相手になっているのだろう。彼女は幼い頃からティファニアと接しており、二人は姉妹のような関係だった。

 アベルの返答を聞いて、落ち着きを取り戻したモード大公――だったのだが、またすぐに興奮した様子で言葉を捲し立てた。

「そ、そうだ! アベル殿に伝えておかねばならぬことがありまして。じつは……貴殿にお会いしていただきたい来客の方が、この屋敷に来ていらっしゃるのです」
「……来客、でございますか?」
「うむ、そうです。少々、お待ちください」

 モード大公は使用人に、“彼ら”をお呼びしろと告げた。
 使用人が客室から出て行ったのを見届けてから、アベルはモード大公に尋ねた。

「その方々は、どのようなお人なのでしょうか?」
「む、それは……いや、なんと言えばよろしいか」

 モード大公は困ったように、言葉を濁した。

「その、まあ、私が説明するより、彼らから説明を聞いたほうが早いかと」
「……ふむ。わかりました」

 怪訝そうに眉をひそめながら、アベルはテーブルに出されていたお茶に口をつけた。

 その直後、客室の扉が開いた。そこから二人の若い男女が部屋に入ってくる。
 どちらも美しい金髪を持ち、容姿も目を奪われるほどに端麗だった。
 年上らしい男のほうは十五歳を過ぎたくらいの外見だが、線の細い顔立ちは中性的な色合いが強い。その煌めく金の長髪は、首筋辺りでゴム紐で縛られ、首元には新緑色のスカーフが巻かれている。
 彼よりも少し年下と思われる少女のほうも、赤いスカーフをお揃いで首に巻いていた。一緒に立ち並ぶ姿は、まるで兄妹のようだ。
 ……うん? とエルザは首を傾げた。少女のほうが、どこかで見たことのあるような容姿をしていたからだ。とくに、その絹のように細く艶やかな金髪は、どこかで見覚えが――


 モード大公は、新しく登場した二人の名前を口にした。


「ご紹介します。“東方”からいらっしゃった、アーディドさまとファーティマさまです」


 なぜかアベルが、口に含んでいたお茶を盛大に噴き出した。



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