朝、小鳥の斉唱にアニエスを目を覚まされた。
毛布を綿布でくるんだ簡易枕から頭を起こす。……髪にすごい寝癖がついている。慣れない寝床だったせいかもしれない。あとで直しておこう。
「よう、目が覚めたか」
アベルが荷物を探りながら言った。どうやらアニエスよりかなり先に起きたようで、彼の使っていた毛布や枕などはすでに片づけられていた。
「おはようございます、アベルさん。……寝癖、ひどいですか?」
「ああ、早めに直しておいたほうがいいぞ。……いっそのこと、髪を短くしたらどうだ? ばっさり肩口ぐらいまで切るとかさ」
「遠慮しておきます。気に入っているんですから、この髪」
腰までとはいかないまでも、アニエスの髪は背の中ほどくらいまでは長さがあった。ヴィットーリアから髪が綺麗だと褒められたのが理由で、かなり小さい頃から髪を伸ばしていたのだ。
「……そうか、そうだな。やっぱり、そっちのほうが似合うぜ」
どこか感慨深そうに呟くアベル。真正面から言われたものだから、なんとなく気恥ずかしくなって、アニエスは馬車から降りた。
朝日が眩しい。周りを見渡しても、街道から外れた草原なので、人の姿はどこにもない。聞こえるのは小鳥のさえずりだけだった。
「ほれ」
アベルが馬車の中から、桶を放り投げてきた。隣に転がってきたそれを、アニエスはしっかりと地面に置いた。アベルがルーンを唱える。コンデンセイション――周囲の空気などから水分を集める魔法だ。すぐに水の塊が宙に生成されて、ゆっくりと桶の中に入っていった。
桶に満たされた水を使って顔洗いと寝癖直しを終えたアニエスは、馬車の中に戻る。そこではアベルが、皿の上にパンと干し肉を置いて待っていた。
ちなみにこのパンと肉、保存する時はさっきの魔法を使って水分を抜いてカラカラにし、食べる時は逆に水分を戻して食べやすくしている。魔法ってすごく便利だ、とアニエスはここ数日で改めて思いなおしていた。
朝食後、各自用足しなどを済ませてから、馬車に乗り込み出発の準備をする。ちなみに御者はガーゴイルで、なんと車を引く馬もガーゴイル。しかも造形があまりにも緻密すぎて、本物との見分けはほとんどつかないレベルだった。これを作ったのもアベル自身らしい。なんというか、もう驚くのもバカらしくなるほどである。たぶん、やろうと思えばなんでもできるんじゃなかろうか、この人は。
「んー、今日の夕方くらいには着くか」
アベルは懐中時計を眺めながら、暇そうに呟いた。
ということは……あと半日もせずに、トリスタニアに着くわけだ。それほど日数もかからずあっさり来れただけに、なんだかあまり実感が湧かない。
「……レティシアさん、元気でしょうか?」
とくに話題がなかったので、そんなまとまりのないことを振ってみる。
アベルは「あー」と半笑いを浮かべながら口を開く。
「あいつは変わらねぇな。学院でずっと教育と研究ばっかりやっているよ」
「トリステイン魔法学院ですよね? やっぱり、すごい大貴族の子弟たちが学んでいるのかな」
「まあ、な。下級貴族は基本的に、軍学校や位の低い魔法学校に行くしかないからな。……そうだな、何年か前に学院に行った時の話でもしようか。その時、レティシアの教え子に風のトライアングルの生徒がいて……」
貴族の話なんてこれまでまったく縁のなかっただけに、アベルのしてくれた魔法学院や生徒たちの話はとても面白かった。それ以外に、学院で働く平民なども、自分とはまったく違った生活や考え方を持っているのが興味深い。同じ魔法の使えない平民であっても、農村や漁村などの地方で暮らしている平民と、都市部で労働して暮らしている平民とでは、まるで別物なのだ。働いて得たお金を好きなものに使えることが羨ましい反面、仕事や人間関係が大変そうだとも感じる。
そんなふうに、アベルの話を聞いて、色々なことを思ううちに――
「さて、見えてきたぜ」
空が赤くなりはじめた頃。
街道の向こうに、王都の街並みが姿を現した。
……いよいよ、到着である。こうやって目の前にすると、胸が高鳴りだす。我ながら田舎者だな、とアニエスは苦笑した。
それからなんの障害もなく、馬車は王都へ近づいていった。郊外の建屋が増えてくるなか、突然、アベルが立ち上がる。
「降りるぞ。準備しろ」
「え? ここでですか?」
「馬車の扱いが面倒だからな。徒歩で行ったほうが楽だ」
促され、あまり多くない荷物を持って馬車から降りる。アベルも積み荷を整理してから、大きめの背嚢を背負って地に足を付けた。
それから彼は指をぱちりと鳴らした。すると、御者は馬に命令して馬車を反転、向こうに去っていってしまった。
「……大丈夫なんですか、アレ?」
「護衛がいるから、メイジが集団でも来なきゃ問題ないだろう」
あれじゃ盗みに入り放題なんじゃないか、と思っていたら、まったく平静にアベルはそう言った。
そういえば、馬車の中には剣や槍などを持った人形が何体も置いてあったのを思い出した。アベルに聞いたら、あれは“魔法人形”らしい。もしかしたら、アベルの言う“護衛”はあれのことなのだろうか?
アニエスは、あの小さな人形が盗賊を薙ぎ倒す光景をイメージした。……シュールすぎである。まあ、アベルが大丈夫だと言うのなら大丈夫なのだろう。
それから三十分ほど歩いて、アニエスたちは王都内へ本格的に足を踏み入れた。
「うわぁ……」
「どうだ、トリスタニアは?」
「人も、建物も……段違いですね」
自分の村とは比べるまでもない。それどころか、道中に立ち寄ったいくつかの街と比べても、その規模は格が違いすぎた。
通りに面する建物、道を行く人々、それらの数はめまいがするほどに多い。おまけに建物の種類も人々の服飾も、田舎では見ることのできないほど多様で豊富だ。
本当に、見ているだけで楽しくなる。が、そういうわけにもいかないだろう。もう日が暮れているので、早く泊まる場所を確保しなくてはならない。
「アベルさんの知人って、どこに住んでいるんですか?」
「チクトンネ街――まあ、大通りからちょっと外れたところだな。ここからそう遠くはないところだ」
そう言って前を進むアベルについていく。
当初から、トリスタニアではアベルの知人の住まいにお邪魔する予定になっていた。その人物とアベルは仲も親しく、急遽、同行することになったアニエスも、気にせず受け入れてくれるだろうとアベルは言っていた。
「――ここだ」
十数分の徒歩を経て、ふとアベルが立ち止まった。彼の向いている建物のほうを見ると、そこは乾物屋のようだった。……その店の主人が、例の知人? 疑問を口にしてみると、否の言葉が返ってきた。どうやら、この建物の三階を間借りしているらしい。
とりあえず店に入る。いらっしゃい、と店主が言ってから、ようやく客がアベルだということに気づいたらしく、目を見開いた。
「おや、アベルさん……ずいぶんと久しぶりだね。彼女なら、ついさっき出かけちゃったよ。仕事場だろうね」
「あー……やっぱりか。仕方ないな。荷物だけ預かってもらっていいか?」
「ああ、構わんよ。置いといてくれ」
アベルは背嚢を、アニエスは手持ちの荷物を全て、店主に預けて外に出た。
どうやら例の人は、夜から酒場の給仕として働いているらしい。酒場の場所はわかっているとのことなので、そこまで歩いて行くことになった。
徐々に裏通り深くに入っていき、雑多で怪しげな店が増えていく。それはそれで面白くはあるので、いろいろと眺めながら歩いていると、すぐに辿りついたようだ。
『魅惑の妖精』亭。
それが、この酒場の店名のようだ。かなり人気のある店らしく、いま見ても人の出入りが激しいのがわかる。
「さぁ、入るぞ。……あまり驚くなよ?」
なぜか笑いながらそう付け加えて、アベルは店内へ。アニエスも慌てて、彼のあとを追った。
最初に感じたのは、店内の賑やかさだった。あれだけ客入りがあるのだから、騒がしいほどなのも当然だろう。
そして、すぐに気づく。客……ではない。料理を運んでいるから、あれは店の給仕だ。……あれが給仕? なんだか目眩がして、アニエスは頭に手を当てた。
「な、なんなんですか、これ……」
「見てのとおり、ただの酒場さ。ちっとばかし、給仕の服装が特殊だがな」
嘯くようにアベルは答えた。口振りからすると、アニエスの反応を見て楽しんでいるようだ。
はあ、とため息をついて、ふたたび給仕たちの姿を見てみる。全員が若い女の子で、しかも露出度の高い破廉恥な格好をしている。なるほど、道理で、人気があるわけである。
「あら? あら? あらあらあら~! アベルさまじゃないの!」
そんなことを思っていると、ぞわりと背筋が凍るような声色が聞こえてきた。そちらのほうを向くと……何か奇妙な生き物がいた。いや、頭がフリーズしていただけで、よくよく見てみるとそれは人間の中年男性のようだ。しかし、はだけた胸を上気させて興奮している姿は、なんというか気持ち悪いの一言に尽きる。
「久しぶりだな、スカロン」
「ホントね! もっといっぱい遊びに来てもいいのに……」
親しげに話すアベルと男性――スカロンの姿を見て、アニエスは衝撃を受けた。いったいアベルって、どんな交友関係を持っているんだろう……。
そんなふうに思っていると、店の奥から一人の女の子がやってきて、スカロンに話しかけた。
「店長、とりあえず席に案内しましょう? 周りのお客さんが引いてますから」
「あら、ごめんなさいね。あたくしったら、つい興奮しちゃって……」
スカロンは「またあとでね、アベルさま」とウィンクを残して去っていった。な……なんか寒気が。なんだったんだろうか、アレは。
とにかく、あのスカロンをなんとかしてくれた給仕の子には感謝したいくらいだ。その女の子はというと、アベルを見て、微笑を浮かべた。
「ご案内しますね。アベルさん」
「ああ、頼む」
やはりこの子とも知り合いなのだろうか。そんなことを思いながら、案内されたテーブル席にアベルと向かい合って着席する。
アベルに促され、メニューを開いて料理を決める。それから給仕に注文して、一段落ついたところで、アベルはゆっくりと口を開いた。
「さっきの娘――ダルシニが、オレの言っていた知人だ」
「……へ?」
予想外の言葉に、アニエスは呆けてしまった。
これまでのアベルの話を聞いたかぎりでは、その“知人”は何十年も前からの知り合いだったはずだ。しかし、あのダルシニという女性は、十代半ばにしか見えなかった。明らかに年齢が食い違う。
……いや、その矛盾はアベルに関係するかぎりで、矛盾ではないのかもしれない。彼だって、アニエスが小さな時からずっと外見が変わってないのだ。同じように、ダルシニという女性も、ああ見えてアニエスよりずっと年上なのかもしれない。
なんだかややこしいなぁ、と内心で思ったものの、それ以上は深くこだわらないことにした。いちいち気にしていたら、この規格外のメイジ――アベルには付いていけないのだから。
そんなふうに悟りの域に達しながらも、アニエスはアベルの雑多な話に耳を傾けることにした。
トリスタニアの地理や、面白い店、一度は見ておくべき観光ポイントなど。ほかにも、王宮についての与太話や、ダルシニやスカロンについても語ってくれた。
時間を忘れそうになりかけていたところで、ちょうど給仕が料理を運んできた。
「お待たせしました」
聞き覚えのある声。顔を上げると、やはりダルシニだった。彼女は料理とワインをテーブルに並べると、一度カウンターの奥へと戻り、しばらくして再度こちらのほうへやってきた。その手には、ワインのような赤い液体が注がれたグラスが握られている。
ダルシニはグラスをテーブルに置いてから、「お邪魔します」とアニエスの隣の空席に腰を下ろした。
「初めまして、ですね。ダルシニって言います」
「あ、はい。わたしはアニエスです」
初対面の相手に戸惑いながらも、自己紹介をする。ダルシニはくすりと笑うと、グラスに入った飲み物に口をつけた。……この中身、なんなのだろうか。赤い色をしているが、ワインとも少し違うようだ。
アニエスは疑問には思ったが、それを敢えて聞く気にもならず、アベルとダルシニの会話に黙って意識を集中させる。
「ま、予想はついているだろうが……。このアニエスがトリスタニアを出るまで、お前の部屋に泊まらせてやってくれないか?」
「うーん、それは構わないんですけど。でも、あの部屋で寝泊まりできるのって二人が限度ですよ?」
「オレは別のところに泊まるさ。そうだな……“『魅惑の妖精』亭”なら、スカロンがすぐに手配してくれるだろ?」
「……たしかに、そうですね」
ダルシニは苦笑を浮かべて頷いた。
アニエスは、あのインパクトの強い店長のアベルへの態度を思い出した。なるほど、あれならアベルが言えばなんでも配慮してくれそうな様子である。……自分だったら、あんまり頼りたくない相手だけど。
それからアベルとダルシニは、事務的な情報のやり取りを進めていった。中には、アニエスにはよくわからない会話もあったが、いちいち話の腰を折るのも悪いかな、と黙って鶏肉のソテーを口に入れていた。
しばらくして、大方の連絡が終わったのか、アベルは会話をアニエスのほうへ持ってきた。
「さて、長話を聞かせてすまなかったな。アニエス、お前のほうで何か聞きたいこととかはあるか?」
「え、あー……」
聞きたいこと、といきなり振られたものだから咄嗟に言葉が出ない。それでもアベルはこちらの言葉を待っているので、アニエスは少し考えてから、口を開いた。
「……本屋、ってどこら辺にあるんでしょうか?」
アベルが小さく噴きだした。……何も笑わなくてもいいじゃないか。アニエスは若干赤面してしまった。
「いや、すまんすまん。最初に本っていうのが、お前らしいと思ってさ。……そうだな。明日の朝、オレが案内してやるよ」
明日、という言葉に反応して、ダルシニが尋ねた。
「そういえば、レティシアさんがこっちに来るのって明日ですよね?」
「ああ、そうだぜ。昼過ぎに待ち合わせってことにしているから、まあ書店巡りはそれまでの間ってところだな」
「……レティシアさん、か」
久しく見ていない彼女の名前を呟く。
レティシアの姿を最後に見たのは、もう十年ほど前のことだった。アベルと連れだって村を訪れた彼女の顔は、相変わらず見惚れてしまうほど端麗だったことが印象に残っている。
……そういえば、レティシアの年齢はいくつだったのだろうか。アベルほどとはいかないまでも、やはり年齢とは不相応な若さを保っていた気がする。
もしかして、メイジってみんなあんな感じなんじゃ……と、勘違いしてしまいそうだ。実際は、そんなことは稀なんだろうけど。
「さて、と」
アベルとアニエスが皿の料理を平らげ(ダルシニは結局、ワインらしきものを飲んでいただけだった)、談笑もそこそこしたところで、アベルは立ち上がった。
「オレはスカロンと話してくる。お前らも帰りの支度をしておくといいぜ」
さすがに長旅だったから疲れただろ? アニエスに、そう言葉をかけるアベル。たしかに、ここ数日の日中はずっと馬車に揺られていたので、疲労はそれなりに蓄積していた。
先にアベルが店の奥へ去っていき、次いでダルシニも椅子から腰を上げた。
「わたしは着替えてきますね」
さすがにこの姿のままだと帰れないので、とダルシニはその魅惑的な服飾を指でつまんで苦笑した。……なるほど、こんな服装のままで夜の街を出歩いたら、たしかにいろいろとマズいわけである。
ダルシニも見送り、一人残されたアニエスは、改めて店内を見渡した。
給仕の女の子は相変わらず露出の高い服装をしているが、さすがに自分の目が慣れてきたのか、最初と比べたら抵抗感も薄れてきた。まあ、こういう趣向の店も、需要を考えたら“アリ”なのかもしれない。結局のところ、村にいた時の価値観だけではダメなのだ。どこか本を読むことにも似ている。新しい本を読むことによって知識を深めるのと同じように、見知らぬ文化を受け入れることにとって見識を深めることができるのだろう。何事も、頭ごなしに拒絶していては進歩しないのだ。
そうなことを思いながら、周りを眺めていると、アベルとダルシニが一緒に帰ってきたようだ。
最初に口を開いたのは、普段着に着替えたダルシニだった。彼女は柔和な笑みを浮かべて、アニエスに言った。
「準備がよろしければ、わたしの借り家に戻りましょうか」
「はい。……ああ、そういえば、アベルさんのほうは大丈夫でした?」
「おう、問題なかったぜ。申し出た瞬間にOKを出してもらえたよ」
アニエスの頭に、気色悪いほどの喜色を浮かべたスカロンの姿が思い浮かんだ。……こ、怖すぎる。
「あ、あはは、よかったですね。……ええと、それじゃあ――また明日に、ですね」
「ああ。明日は日の出の時刻になったらそっちを尋ねるから、よろしく頼む」
日の出……。それを聞いて思ったのは、ちゃんと起床できるかということだった。それなりに疲れが溜まっているだけに、ともすれば寝過ごしてしまうのではないか。
そんなアニエスの心配を見通してか、ダルシニが笑いながら言った。
「わたしが朝まで起きているから、心配いりませんよ。仕事上、いつもは夜中に働いて、日中は家で寝ていますから」
ああ、なるほど、と納得する。こういう酒場で働いているから、普通と違って昼夜が逆転する生活なのだろう。都市ならではだなあ、としみじみする。村では、そんなのは絶対にないことだ。
「じゃあ、店を出ましょうか」
にっこりと笑顔を浮かべて、ダルシニが言った。「はい」とアニエスは頷く。
最後に、アベルにもう一度別れの言葉を述べて、二人は『魅惑の妖精』亭をあとにした。
◇
「ダルシニさん」
ベッドに横になってから、アニエスはふと気になったことを尋ねた。
「……ダルシニさんって、アベルさんとどんな関係なんですか?」
その質問に、テーブルで魔法照明を点けて読書をしていたダルシニが、興味深そうにアニエスのほうを向く。
「あら、気になりますか? ――もし、恋仲だったら、どうします?」
「…………冗談ですよね?」
「ふふふ、冗談ですよ」
くすくすと笑うダルシニに、アニエスは呆れ気味の視線を向けた。
まあ……そりゃそうだろう。あの悠然かつ超然としたアベルと恋仲になれる女性がいたとしたら、それこそ驚愕である。少なくともアニエスには無理な話である。
「関係、か。そうね――」ダルシニはおもむろに口を開く。
「仲間、っていうのが、いちばんしっくりしますね。アベルさんはわたしたちを全力で助けてくれる。だから、わたしたちも彼を助けたいと思っている。まあ、そんな感じですね」
――わたし“たち”。
それは、ダルシニのような人間がほかにもいるということだろう。しかし、よく納得できることだった。アニエスだって、アベルには助けられ、それから何度も――いや今も、世話になっている。きっと、アニエス以外にもアベルに助けられている人は、たくさんいるのだろう。
あの人らしい、とアニエスは思った。
「……わたしも、何かできないのかな」
「あはは、気にしなくても大丈夫ですよ。アベルさんは好きでやっているだけなんですから」
それはわかっていた。だけど、助けられっぱなしというのも、それはそれでヤキモキしてくるものである。
――村に帰るまでに、少しでも役に立てることはないかな……。
そんなことを考えながら、アニエスは眠りについた。