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No.16701の一覧
[0] 今日も、この世界は平和だ (ゼロの使い魔 オリ主・転生)[石ころ](2018/07/27 01:05)
[1] 01 エピローグ(1)[石ころ](2018/07/27 00:38)
[2] 02 エルフと吸血鬼(1)[石ころ](2018/07/27 00:39)
[3] 03 エルフと吸血鬼(2)[石ころ](2018/07/27 00:40)
[4] 04 エルフと吸血鬼(3)[石ころ](2018/07/27 00:40)
[18] 05 エルフと吸血鬼(4)[石ころ](2018/07/27 01:38)
[19] 06 エルフと吸血鬼(5)[石ころ](2018/07/27 00:42)
[20] 07 微風の騎士(1)[石ころ](2018/07/27 00:43)
[21] 08 微風の騎士(2)[石ころ](2018/07/27 00:43)
[22] 09 微風の騎士(3)[石ころ](2018/07/27 00:44)
[23] 10 微風の騎士(4)[石ころ](2018/07/27 00:45)
[24] 11 微風の騎士(5)[石ころ](2018/07/27 00:45)
[25] 12 微風の騎士(6)[石ころ](2018/07/27 00:46)
[26] 13 微風の騎士(7)[石ころ](2018/07/27 00:47)
[27] 14 微風の騎士(8)[石ころ](2018/09/07 05:06)
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[16701] 12 微風の騎士(6)
Name: 石ころ◆3b8a8997 ID:6cc481ba 前を表示する / 次を表示する
Date: 2018/07/27 00:46

 騎士に憧れていた。

 だから家を飛び出して、都へ向かったのだ。
 あの『烈風』のようになろうと。

 しかし、それはあまりにも愚かな幻想だったのかもしれない。

 王都――トリスタニアには着けた。それはいい。
 だが、それからどうすればいいのか、まるでわからなかった。魔法衛士隊を訪ねようにも、門前払いを食らった。酒場で騎士と思しき者に話してみても、嗤われるだけだった。

『――女が騎士だとよ!』

 そう言われた時は、危うく杖を引き抜きそうになってしまった。
 だが、男の反応もそれほど不自然ではないのも確かだ。魔法衛士隊の女人禁制が解かれたのはつい最近だし、今でも女騎士の数が少ないのは事実。
 だが……伝説として語り継がれている、二人の騎士はどちらも女性だった。

 『烈風』のカリーヌ。
 『微風』のイヴェット。

 もっぱら有名なのは、『烈風』のほうだろう。カリーヌについての武勇伝は数多い。イヴェットも素晴らしい力量の騎士だったらしいが、不思議なことに具体的な活躍については聞かない。
 だから、好きなのは『烈風』のほうだった。その強烈な風で敵を吹き飛ばした逸話の数々を聞いて、そんな風の使い手になりたいと思った。

 だけど、なりたいと思っただけで、なれるとは限らないのだ。

 ……実家から持ち出した金は底をついた。
 これから、どうして生きていけばよいのだろうか。

 自分が持っているのは、魔法の力だけ。
 しかし、この力を使えば金を稼げるのは知っている。

 たとえば、そう。
 スリをしたり、強盗をしたり――



 ――そんな、くだらない迷い事を思い浮かべた時だった。



 傭兵のような風体の男が、何か女性に話しかけていた。すぐに、男は裏道に入っていく。女性は逡巡したのち、慌ててそのあとを追っていった。

 いやな予感がした。同時に、くたびれた自分の足が勝手に動いていた。まだ残っていた理性と良心が、そうさせたのかもしれない。

 二人に見つからぬよう、一つ隣の路地を辿ってこっそり二人をつける。

 そして、目にした。男が、“眠りの雲”の魔法を女性にかけるのを。

「何をしている!」

 反射的に叫び、杖を抜く。
 本来ならば、その時点で即座に攻撃魔法の一つや二つを浴びせておくべきだったのだろう。
 だが、お遊びのような“騎士試合”しかしたことのないような自分には、そんな判断ができなかったのだ。

 男はこちらに気づくと、ためらいもなく“炎球”を放った。あまりにも、ごく自然な動作。そこには、人を傷つけることに対する忌避は欠片もなかった。

「あ……」

 このままだと、死ぬ。
 恐怖に駆られて、精一杯に放った魔法は、“ウィンド”だった。ただ風を吹かすだけの魔法だ。
 きっと、あの『烈風』であったのなら、この程度の炎球など“ウィンド”で吹き飛ばすことができたのだろう。
 だが、ここにいるのは、まるで力のない、騎士にすらなれない小娘なのだ。

 ――微弱な風が、炎球に当たる。

 その瞬間、炎球が爆発した。爆風で吹き飛ばされ、地面に頭を強く打つ。

 何かを考える間もなく、意識は闇へと落ちていった。



   ◇



「起きたか」

 彼女が目を覚まして、すぐに耳にしたのはその言葉だった。

 ここは……どこかの個室だろうか?
 自分はいま、ベッドに寝ている。そして、視界の端っこ、すぐ近くで男が腕組みをしてイスに座っている。

 男の顔のほうに、目を向ける。

 ――ぶるり、と体が震えそうになった。

 下手をしていたら、小さく悲鳴を上げていたかもしれない。それほどまでに、男の顔には異常があった。
 それは……眼だ。眼が紅い。何かの病気とも思えるほどに、ひどく充血していた。そして同時に、覚醒した意識がもっと大きな異常に気づかせる。それは、男の身からは滲み出る魔力だった。怖気を催すような強大な魔力が、その身から発せられているのだ。
 だが――徐々に状況を把握してきた脳が、そんな思考をやめさせる。常識的に考えて、この男性が自分を助けてくれたのだろう。こんなふうに怖がるのは、あまりに失礼というものだ。

 落ち着いて、改めて男の顔を確認する。歳は……二十くらいだろうか。栗毛の下の顔は、「さて、どうしたものか」というような困った表情をしている。その血走った眼と、威圧されるほどの魔力さえ除けば、ただの人のよさそうな青年である。

 しかし……困っているのは、こっちも同じだ。いったい、どうなっているのだろうか。具体的なことは何もわかっていなかった。
 気まずい沈黙が続くなか、男は観念したように口を開く。

「何から話すべきかと考えていたんだが、むずかしいな。……とりあえず、きみの名前は?」
「あたしの名前……」
「おいおい、忘れたとか言うなよ?」

 首を振る。自分の名前を忘れるわけがない。
 だが……トリスタニアに来てからは、偽名を名乗っていたのだ。この場合は、そちらを述べるべきなのだろう。

「……カリーヌ。それが、あたしの名前」

 ――言ってから、カリーヌは心中で自嘲した。
 『烈風』に憧れてその名前を使っていたくせに、実際は犯罪者に魔法一つで昏倒させられたのだ。これで騎士を目指しているなど、恥ずかしくて言えたものではないだろう。

「カリーヌ、ね」

 その名前に、男はとくに言及しなかった。まあ、ありふれた名前ではある。そこにあえて突っ込むようなことは、普通はしないだろう。

「オレはアベルだ。で、昨夜は何があったんだ? きみが倒れていたのを見つけて、知人の宿――この『魅惑の妖精』亭に運んできたんだが」

 なるほど、あのあと犯罪者の男は、気絶したカリーヌを放置していったらしい。あくまで目当ては眠らせた女性のほうで、わざわざトドメを刺す必要もなかったのだろう。そのおかげで命が無事だったわけだが、明らかに自分が軽視されていたということに、カリーヌは腹が立った。

「……女の人が、男に襲われていました。それを助けようとして……」
「逆にやられたってわけか。で、その女の人っていうのは、長い金髪の娘だったか?」
「そうです。……知り合い、ですか?」
「まあな」

 アベルは肩をすくめた。知人がさらわれたというのに、あまり動揺は見られない。どうしてなのだろうか?
 カリーヌの疑問を余所に、アベルは次の質問をしてくる。

「傷の痛みとかはないか?」
「え? 傷?」

 アベルが何を言っているのかわからず、カリーヌは怪訝な顔をした。

 傷、といっても。痛みひとつ感じない。……痛みひとつ感じない?
 いや、待て。あんな至近距離で炎球の爆発を食らったのだ。多少は傷がなければ、おかしいのではないか?

 カリーヌは後頭部を擦った。あれだけ強打したというのに、たんこぶ一つできていない。偶然では説明できない不自然さだった。
 どういうことだ、と呆然としているカリーヌに、アベルが説明する。

「いや、オレが見つけた時に、けっこうな怪我をしていたからさ。ここに連れてきて、ついさっきまで治療をしていたんだ」
「治療……ということは、水メイジの方ですか?」
「いや、本職は“土”だ。それ以外の系統も、それなりに使えるがな」

 そう言いながら、アベルは近くのテーブルの上に置いてあった手鏡を手に取り、カリーヌに渡した。

「元の顔と変わっていないか確認しておきな」
「元の顔……って!?」

 物騒な物言いに、カリーヌは慌てて鏡を見た。
 ……安心した。慣れ親しんだ銀髪はそのままだし、顔の形も変わっていない。というか……むしろ、肌がきれいになっているような気さえしてくる。今年で十七歳になるはずだが、ほっぺに触れてみると年不相応に柔らかい。ど、どういうことなのだろうか……。

「火傷が目立ったからな。ま、ちゃんと治せたのなら安心だ。“栄養剤”を飲んでがんばった甲斐があったぜ」

 にぃ、と悪戯げな笑みを浮かべて、アベルはそう言った。
 そうとう大きかったであろう負傷を、半日足らずで完全に治癒させる……。この人、本当に水メイジではないのだろうか? それに栄養剤って?
 いろいろと疑問が湧き出たが、それらを口にする前に、新たな人物が部屋に入ってきた。

「あ、起きたんですね」

 カリーヌとそう変わらない年齢の女性だった。肩口辺りで切り揃えられた黒髪と、豊満な胸が特徴的だ。
 彼女は「初めまして。わたしはダルシニです」と笑顔を浮かべながら自己紹介をした。カリーヌも、ダルシニに自分の名前と世話になった礼を述べた。

 それが終わった頃合いを見計らって、アベルはダルシニに話を切り出した。

「ダルシニ、あれからほかに、わかったことは?」
「あまりないですね。まあ、アニエスさんが人攫いに遭ったことは、確実でしょうけど」
「トリスタニア南西部の郊外は、すでに“人形”がすべて調べ終えたがハズレだ。あとは北東部を虱潰しに探させるとしよう」
「あの、すみません」

 どうにも合点がいかず、カリーヌは部外者ながらも話に割って入った。

「アニエスさん、というのは、さっきアベルさんが言っていた知り合いの方ですよね?」

 知人が攫われたというわりには、この二人には焦燥がほとんど見えなかった。まるで、すべてが大事に至らないと確信しているかのようだ。
 カリーヌの問いに、アベルが答える。

「ああ、そうだ。二日前あたりから連続して人攫いが起こっているようだが、おそらく、犯罪に手を染めたどこぞの傭兵団の仕業だろうな。アニエスが襲われたのも、そいつらによるものと考えられる」
「でも、それでは……トリスタニアから逃げられたら、足取りが掴めなくなってしまうのでは? 人攫いの現場を取り逃がしてしまった、あたしが言うのもなんですが、悠長にしている場合ではないと思いますけど」
「ん、逃げられるってことはないから大丈夫だ。トリスタニアからの街道には、一昨日からすべての箇所に“見張り”がいるんでな。そいつらからの反応がないってことは、まだトリスタニア付近にいるってことだ」

 ――見張り? まさか、衛兵か何かが動員されていたのだろうか? いや……それも、おかしな話だ。二日前と言ったが、街の衛兵の様子には少しも慌ただしさがなかったように思える。それに、アベルの口振りからすると、まるで“使い魔”のような何かが動いているように聞こえる。

 カリーヌがさらなる問いかけを行なおうとした時、ふたたび部屋のドアが開かれた。
 この部屋に現れた、四人目の人間とは――

「アベルさまぁっ! とんでもない手紙がウチに来たわよっ!」

 ――いや、これは人間ではないのかもしれない。むしろ新種の亜人と言ってもよろしいのではないのだろうか。体を女々しくくねらせて、女言葉で叫ぶ中年男性の姿は、カリーヌにとって奇天烈極まりなかった。

「スカロン、手紙とは?」

 アベルは冷静に尋ねた。このオカマの名前はスカロンと言うようだ。アベルもダルシニも、この人物と知り合いなのか、とくに驚いた様子もない。

「コレよ……。読めばわかると思うわ」

 アベルは、四つ折りにされただけの紙片を受け取った。その文面をさっと確認しおえると、紙をダルシニに渡して、スカロンへと口を開いた。

「この手紙はどこから?」
「10分くらい前に、お店の妖精さんが傭兵のような男から『店長に渡せ』と言われて、受け取ったみたいよ」
「なるほどね」

 その会話の間に、ダルシニも文章を読み終えたらしい。今度は「読んでみますか?」とカリーヌのほうへ紙を差し出した。
 カリーヌは頷きながら、その紙を手に取った。丁寧な文字ではないが、内容はしっかりと読み取ることができる。そこには、こう書いてあった。

『お前の店の給仕……長い金髪の娘は、オレが攫った。
 娘を返してほしければ、昨夜、この店に来ていた黒髪の女騎士を連れてこい。
 オレに、そいつと決闘をさせろ。そうすれば、娘は無事に返してやろう。』

 手紙の最後には、時刻と場所の詳細が書かれていた。それによると、昼過ぎ、トリスタニア東のほうにある森の中で、差出人は待っているとのことだ。

「罠ですよ、これ」

 手紙を返しながら、カリーヌは断言した。条件を呑めば、攫った人間を無事に返してやる――そんな犯罪者の言葉、どう考えたってウソに決まっている。
 ところが、そんなカリーヌの指摘に反して、アベルは「いや、どうかな」と目を細めて腕組みをしていた。

「“アイツ”を指定して、決闘を希望すると言っているんだ。普通の人攫いだったら、わざわざ騎士と思われる人物を誘き寄せたりするはずがない。それに……ちょっと、思い当たるところもあるんでな」
「思い当たるところ?」

 ダルシニが首を傾げて、聞き返した。アベルは、壁時計の時刻を確認しながら頷いた。

「ああ。まぁ、それに関しては、本人に話を伺うのが一番だけどな。アイツは……魔法衛士隊のところから、そろそろ戻るころか」

 思わず、カリーヌはぴくりと反応してしまった。「魔法衛士隊」という言葉を聞いたからだ。ということは――その“黒髪の女騎士”とやらは、魔法衛士隊に所属しているのだろうか。
 そう考えたら、確認せずにはいられなかった。カリーヌは興奮気味に、アベルへと質問を口にした。すると、彼は笑って、

「現役じゃなくて、元隊員だけどな。いまは、アイツは教師をしている。まあそれでも、衛士隊にはよく顔を出しているようだがな」

 まさか、こんなところでチャンスが巡ってくるとは。カリーヌは胸のうちで歓喜した。元とはいえ、魔法衛士隊の騎士……それも女性ということは、有益な話を聞ける可能性が高い。騎士を目指す身としては、ぜひとも会っておきたかった。

「――騎士に興味があるのか?」

 カリーヌの語調などから考えを読みとったのだろうか。アベルは、ほほえみながら聞いてきた。

「あ……はい。ちょっと話を聞いてみたいな、と」

 騎士になりたいのだ、とは言えなかった。これまでさんざんバカにされてきて、恥ずかしかったのかもしれない。ここにいる人たちならば、笑うことなんてないのだろうとは思うが、それでも臆すことを禁じえなかった。

「そうか。なら、事件が解決したら、アイツとゆっくり話すといいだろう。……さて」

 アベルは、改めてカリーヌを見据えて口を開いた。

「俺たちはこれから一階に降りるが、きみはどうする? 休みたければ、まだベッドで寝ていてもいい。もし腹が減っているなら、何か温かいものを出すこともできるが」

 それを聞いて、カリーヌは大いに迷った。べつに体調はもう万全なので、横になる必要はない。そして、金欠で昨日からロクに食べていないせいで、空腹であるということも事実。しかし……ここまで世話になって、食事まで頂くというのも、なんと情けないことか。
 一瞬間に悩み抜いた末、カリーヌは苦渋の決断を述べた。

「い、いえ。それほどお腹が減っているわけでもありませんので、そこまで――」
「わかりやすいウソだな。きみが起きてから、二回ほど腹の虫が鳴っていたぞ」

 あっさりと見抜いたアベルが笑った。カリーヌは恥ずかしくなって、顔を少し赤らめた。この人には、どうにもかなわなそうだ。
 ……それにしても、お腹が鳴ったことをは確かなのだが、どうしてわかったのだろうか? 自分でもほとんど気づかないような、小さい音でしかなかったのだが。もしかして、このアベルという青年、とんでもなく耳がよかったりするのだろうか。
 そんなことを考えているうちに、アベルは立ちあがってスカロンのほうへ顔を向けた。

「と、いうわけだ。食事の手配を頼めるか、スカロン?」
「もちろんよ。妖精のように可愛い女の子のために、美味しいものを出してあげるわ!」

 にっこりと、スカロンがウインクしてきた。「あ、ありがとうございます」と、カリーヌは苦笑しながら答えた。そういうえば、このオカマ――スカロンは、この宿の店長であるようだ。ひとは見かけによらないなぁ、と心の底から思った。
 とにもかくにも、それからカリーヌは一階に降りることになった。ベッドから降りて踏み出した足は、予想外に軽やかだった。この快調さは、やはりアベルの“癒し”の魔法によるものなのだろうか。ますますアベルが土メイジだとは思えなくなってしまう。
 カリーヌはそんなことをぼんやりと考えながら、アベルたちの後ろに続いて、『魅惑の妖精』亭の階段を下りる。

 酒場となっている一階に着いて目にしたのは、カリーヌの常識を軽く越えた光景だった。

「…………」

 絶句するとはこのことか。
 酒場では、うら若い娘たちが破廉恥な服を着て給仕をしていた。あんな格好、カリーヌがしたら恥ずかしさで悶死してしまうだろう。ともすれば、ここは売春宿なのではないか、と失礼ながら考えてしまう。家を飛び出たとはいえ、貴族の子女であるカリーヌにとっては、この光景は刺激が強すぎた。

「おい、行くぞ」

 棒立ちしているカリーヌに、アベルが声をかけた。はっとして、彼のほうへ目を向ける。よく見ると、その口元が笑いを堪えるように微動していた。……カリーヌがこういう反応をすることを、わかっていたらしい。
 ため息をつきながら、アベルに追従する。善意の数々を享受している以上、店のことで文句を言う資格はカリーヌにない。諦めて、この光景に慣れるしかないようだ。
 案内されたのは、隅っこのテーブル席だった。そこに座って待つように言われたので、とりとめもなく店の様子を眺める。したたかにチップを貰う給仕などを見て、ちょっと感心していると、横から声をかけられた。

「お待たせしました」

 笑顔で料理を持ってきたダルシニだった。肉と野菜の入ったスープに、薄くスライスされたパンの二皿だが、腹をすかせたカリーヌにとってはご馳走だ。料理を受け取り、感謝の言葉を口にすると、我慢できずにスープを口にする。やわらかい具とコクのあるブイヨンが、体と心を温めてくれた。

「ところで」

 食事の最中、ダルシニが唐突に難問を投げかけた。

「――カリーヌさんのお家は、どこなんですか?」

 ぐっ、とパンを喉につまらせそうになる。スープでそれを胃に押しこんで、深呼吸をする。それから「あー……」と言葉を探してどもっていると、ダルシニは事情を悟ったかのようにほほえんだ。

「いえ、言いづらければ答えなくてかまいませんよ」
「……すみません」

 よくよく考えれば、カリーヌがどのような人間か、アベルやダルシニたちからすればすぐに見通せるだろう。メイジでありながら、金もなく腹を空かせており、家の所在も明かせない。家出して都にやってきた田舎者の典型である。
 おまけに、先程の「魔法衛士隊」の言葉に対する反応からして、もうバレバレであった。

「――騎士になりたいんですね」

 ふふ、とダルシニは笑っていた。どこか、懐かしむような色が含まれていた。
 カリーヌは隠すことを諦めて、うなだれるように頷いた。

「はい。……でも、そんな簡単にいきませんでした。もう、お金もありませんし、どうしようも――」
「そうとは限りませんよ」

 確信したような、強い言い方だった。どうして、そんなことを言えるのだろうか。ちょっと反感を覚えて、言い返そうとしたが、ダルシニはすでに席から腰を上げていた。
 彼女は意味深に目配せをして、「それでは、わたしはこれで」と去っていった。

 そして、入れ替わるようにして――その女性が現れた。

 艶やかな黒髪に、強者の光を宿した碧眼。漆黒のマントに加えて、腰に差しているのは剣拵えの杖だった。
 年頃は二十半ばといったところだろうか。しかし、外見年齢に見合わない覇気がそこにはあった。
 ……この人は強い。本能で理解させられた。

「きみがカリーヌか」

 ふいに発せられたその言葉に、「はい!」と反射的に声を上げる。カリーヌは自身がそうとう緊張していることに気づいた。だが、それも当然だ。なぜなら、この人は――

「そいつが、オレがさっき言っていた人物だよ」

 遅れてアベルがやってきた。彼はカリーヌの対席に座ると、「お前も座れ」と女性に言った。

「レティシアだ。よろしく頼む」

 女性――レティシアは、そう名乗ると、カリーヌの隣席に腰掛けた。心臓の鼓動が大きくなるのを感じる。この人が、魔法衛士隊の騎士だったという人物。なるほど、それに値する実力があることは明らかだ。

「さてと、先にコイツを読んでもらおうか」

 アベルが紙片をレティシアに渡す。誘拐犯が送ってきた手紙である。
 それに目を通すと、レティシアは「ふむ」と呟いた。

「アニエスを攫ったのは、“火”の使い手だったな。――犯人の顔や出で立ちは、見ているかね?」

 いきなり聞かれて、カリーヌはびくりとしたが、なんとか返答する。

「は、はい。長身で体は鍛えられていました。白髪が目立ちましたが、たぶん四十くらい……だったと思います。服は革のコートを着ていて、杖は鉄製のメイスを使っているようでした」
「そうか。情報提供に感謝する」

 レティシアは目を細めていた。どこか、昔を思い出しているような雰囲気だった。犯人に、心当たりでもあるのだろうか?

「アベル、きみの“人形”は何か見ていなかったのか?」
「いや、何も。こればっかりは運が悪かったな。……アニエスに、一体くらい見張りをつけときゃよかったか」
「悔やんでも仕方あるまい。いずれにせよ、この手紙の指定に従うしかなさそうだな」

 つまり、敵の意のままに動くということである。そう考えると危険極まりないことであるはずなのだが、少しも顔色を変えない二人を見ていると、不安や心配といったものが不要であるようにも思えてくる。

「何か、策があるんですか?」

 カリーヌが試しに聞いてみると、アベルは余裕の笑みを浮かべた。

「手駒をもう動かしている。いざとなったら、そいつらがなんとかしてくれるさ」

 ということは、すでに援軍か何かを要請しおえたということか。具体的な内容は教えてくれなかったが、その様子からすると何も恐れはなさそうだ。
 それからアベルとレティシアは、細かい点などを打ち合わせたのち、時間を確認して席から腰を上げた。人攫いの要求に立ち会うためには、そろそろ出発しなくてはならない。
 当然ながら、ここでいったんお別れだと思っていたのだが――

「お前も来るか?」

 そのアベルの言葉に、カリーヌは驚いてすぐに反応できなかった。犯人にあっさりと昏倒させられたような身なのだから、宿に残っていろと言われるものだと思っていたのだ。

「……あたしなんかを連れていって、大丈夫なんですか?」

 それが心配だった。認めるのは悔しいが、自分の実力はあの男に到底及ばないものだった。これでは足手まといになりかねない。
 だが、そんな不安を吹き飛ばすかのように、アベルは言う。

「手紙には『一人で来い』なんて書かれてないんだ。だったら、一人や二人、連れがいたって問題ないだろ? それに……きみは、部外者ってわけでもないしな」

 たしかに、それは間違いではない。しかも犯人の顔を見たのは、カリーヌだけなのだ。ならば、同行する名分はあると言えるのかもしれない。
 それに……本心では、一緒に行きたかった。それは、あの男に雪辱を果たしたいから――というよりも、もっと別の目的があった。

 見てみたいのだ。元魔法衛士隊の騎士であった、レティシアの力を。
 彼女があの男を打ち倒す、その勇姿を。

 そう思ったら、口を開かずにはいられなかった。



「それなら、お願いします。――あたしも連れていってください」


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