「ギーシュが決闘するぞ!相手はルイズの平民だ!!」
噂を聞きつけた生徒達で溢れかえる広場。
その人ごみの中に、ラリカはいた。
誰もが手を振って歓声に答えるギーシュに注目する中、ラリカはその先でバツの悪そうに立っているサイトを見つめていた。
ここまで追ってきたものの、この異様な盛り上がりの中で何をすればいいのか分からず、ただ見ていることしかできない自分が腹立たしかった。
「さてと、始めようか。」
拳を握って駆け出すサイト。
勝敗は誰の目にも明らかだった。
ギーシュの作り出した青銅のゴーレム『ワルキューレ』の拳を受け、地面に転がるサイト。
止めに入ったルイズの話を聞かずに無謀にも再び立ち向かった彼は、更に一撃を受けて血を吐いた。
(見てられない・・・。)
知り合いの悲惨な姿を見て、顔を背けるラリカ。
まだフラフラと立ち上がるサイトに、容赦なく攻撃を仕掛けるゴーレム。
このままでは、本当に殺されてしまう!!
何か熱いものが込み上げ、彼女は一歩前に出た。
その時だった。
「ヒャ~ッハッハッハッハッハァ!!」
聞いた事のある懐かしい笑い声と共に、どこからともなくヤツが目の前に現れたのだ。
そう、自殺した彼女の使い魔が。
膝をつくサイトとギーシュの間に降り立ったのは、あのデュマだった。
あの時とは服装が若干変わってはいるものの、相変わらず趣味の悪い格好をしている。
彼は人ごみに紛れたラリカには気付いていないらしく、ニタニタしながらサイトへ近寄っていく。
「よ~うサイトォ、こんなに傷ついちゃってかわいそうに。痛かったろう?あぁぁん?」
彼の肩をポンポン軽く叩き、馬鹿にしたように言うデュマ。
「くっ・・・、お前は確かラリカの・・・。」
「ヒャハハハ!!ド低脳のテメェでも、流石にこの闇の貴公子・デュマ様の事ぁ忘れてなかったみてぇだな?えぇ?」
ケタケタと笑うデュマを押し退け、サイトはフラフラと立ち上がる。
相当なダメージを負っているため、立つのがやっとの状態だ。
「今は・・・、お前に構ってる暇はない。まだ・・・決闘は終わってっ・・・!!」
そこまで言ったところで、サイトは再び片膝をついてしまった。
そんな苦しそうな彼を見て、デュマの表情は更に明るくなる。
すかさず近寄って話しかけ始めた。
「しばらく見ねぇうちにたくましくなったじゃねぇの?前に会った時はピヨピヨ鳴くだけのヒヨコだったのによぉ!!」
今度はギャハハと大声で笑うデュマ。
「なんなのよアンタ!!いきなり現れて・・・、それにギーシュ!決闘は禁止されてるはずよ!!」
声を上げたのはサイトではなく桃色の髪の少女、ルイズだった。
笑っているデュマを、そしてギーシュを睨み付ける。
「ふむ、僕にも急に現れたそこの悪趣味な服装の男の事は良く分からないんだが・・・、ルイズ、禁止されているのは貴族同士の決闘だよ。貴族と平民の決闘など誰も禁止してはいないさ。」
咥えていた薔薇を持ち直し、ギーシュは冷静に言い放つ。
「そ・・・そんなこと今までなかったから!!」
「ルイズ、君はその平民の事が好きなの・・・、って君!!さっきからうるさいぞ!!」
2人のやりとりが行われている間、デュマは笑い続けていたのだ。
狂ったように地面を転げ回り、腹を押さえて大声で笑うデュマに、我慢できなくなったギーシュが口を挟む。
「アヒャヒャヒャヒャヒャヒャ!!たまんねぇ!!たまんねぇよぉ!!アヒャヒャヒャ!!」
「・・・、っと、とにかく!!自分の使い魔がみすみす怪我をするのを黙って見てられるわけないじゃない!!」
「だ・・・誰が怪我するって・・・?俺はまだ平気だっつの・・・。」
地面に手をつき、ゆっくりと立ち上がるサイト。
そんなサイトに、ルイズが駆け寄ろうとした時、いままで馬鹿笑いをしていたデュマが声を上げた。
「うるせぇぞカス共!!今オレが、この負け犬を馬鹿にして遊んでんだから静かにしてろよ。なぁサイト、んん?」
「どけ!!俺はまだ・・・負けてねぇ・・・。」
ギーシュと自分の前に立っていたデュマを、押し退けるサイト。
何度もゴーレムの攻撃を受け、満身創痍のはずにもかかわらず、彼の目は死んでいなかった。
そんな彼の姿を目の当たりにし、ルイズはもちろんデュマも軽く驚いていた。
「サイト・・・。」とルイズが小さく呟くが先か、デュマが一瞬間を置いてまた笑い出す。
「ウヒャヒャヒャヒャ!!おもしれえよ!たまんねぇよ!!」
そんなデュマを無視し、サイトはゆっくりと、しかし確実にギーシュへと向かっていく。
そして、駆け出そうとした時だった。
「待てよ、テメェのその殺気立った目、気に入ったぜ。」
振り向くサイトの目には、いつになく真面目な顔をしたデュマがいた。
不思議そうにその顔を見つめるサイト。
そんな中、デュマは背中からゆっくりと剣を引き抜いた。
刀身が怪しく光る魔剣・セシルである。
「貸してやるよ。オレが出張れば数秒であの小僧を粉にできるが・・・、それじゃあテメェの気が治まんねぇだろ?あの小僧が魔法を使うんなら、テメェもコイツを使えよ?」
ニヤリと笑い、セシルをサイトに握らせるデュマ。
その時、彼の左手に刻まれたルーン文字が光り出した。
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青く光る剣が一瞬でゴーレムを粉砕する。
魔剣・セシルの特性は通常の剣の約1/4の強度とその再生能力。
勢い良く青銅のゴーレムに当たった剣は弾けるようにその刃を撒き散らし、その破片が周囲にキラキラと舞い上がる。
崩れ去るゴーレムと宙を舞う青色の破片、そこに佇むサイトの姿はどこか美しかった。
「なっ!!」
予想外の出来事に、声にならない呻きを上げるギーシュ。
慌てて振る薔薇から、新たなゴーレムが6体出現するが、サイトはまったく動じなかった。
(体が軽い・・・、いままでのが嘘みたいだ・・・。)
同時に迫る5体のゴーレムを瞬時に切り裂き、飛ぶようにギーシュへと間合いを詰める。
咄嗟に最後の1体を壁代わりにするギーシュだったが、その瞬間に勝負は決まった。
ゴーレムは切り裂かれ、地面に転がる彼を、サイトの剣が捉えたのだ。
ザシュっと耳元で音がし、体を強張らせるギーシュだったが、自分が無事だということに気付き、薄目を開ける。
サイトの握る剣が自分の目の前に刺さっており、その周りにはキラキラと青色の光が舞っている。
「続けるか?」
完全に戦意を失ったギーシュは首を振り、小さく「参った」と呟いた。
剣を地面から抜くサイトの後方で、今まで良い子にしていたデュマが騒ぎ出す。
「どうしたサイト?!殺せ!!止めを差せ!!お前の闇をオレに見せろ!!」
嬉しそうな顔で、叫ぶデュマ。
そんな彼に向かって、サイトは持っていた剣を投げ返した。
片手で剣を受け止め、デュマが怪訝そうな顔でサイトを見やる。
「あんだ?憎くねぇのか?そこの小僧を殺したいんじゃねぇのかサイトォ!?」
「もう・・・勝負は終わりだ・・・。」
叫ぶデュマに背を向け、ゆっくりと歩き出そうとするサイトだったが、そのまま地面に勢い良く倒れてしまった。
重い疲労感が体を襲う。
サイトへ駆けて行くルイズを見やり、デュマは舌打ちをする。
「チッ、興ざめだぜ。所詮はただの籠野郎か・・・。」
ペッと唾を吐き、役目を終えたセシルを背中に戻す。
周りからは、「あの平民すげぇ!」「ギーシュが負けたぞ!!」など、2人の決闘を見物していた生徒達の声が聞こえてきた。
全員の視線が倒れたサイトとルイズに向かっている。
興味をなくしたデュマが跳び立とうとした時、後方から聞き覚えのある声が響く。
「待って!!」
ゆっくりと振り向く彼の視線の先、そこにはあの少女の姿があった。
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つづく