頭がフラフラする。
急に現れた空間の歪みから解放されたと思ったらなんだか見慣れない光景が飛び込んできた。
人々の悲鳴と飛び散る血と肉。
なにここ?戦場?
なんか悪い夢でも見てるの?
平賀才人はまだぼんやりとした頭でその光景を見つめていた。
昨日あんな映画見なけりゃよかった。
「人喰い鬼と魔法少女」。
美少女魔術師がセクシーに、そして可憐に戦うファンタジーホラー!
という広告に騙されて見たわけだが・・・。
中世の魔法学校に突然現れた人喰い鬼・ウェンディゴ。
生徒たちは様々な魔法で応戦するも、ウェンディゴに次々と殺されていく酷いストーリーだ。
主人公も美少女というよりは、他に比べてマシくらいのビジュアル。
ウェンディゴから逃げて復讐のために山に篭って修行しはじめてからは、もう勇敢なアマゾネスの戦士みたくなってた。
結局最終的には魔法を使わずに、斧で戦ってたし・・・。
それよりも目を引いたのは虐殺シーンのリアルなこと。
飛び散る肉片なんか、まさにこの通りだ。
サイトがぼぅっとしていると、目の前にいたピンク色の髪の少女が駆け寄ってきた。
「ちょっと!なにぼさっとしてるのよ!?早く逃げないと!!」
そうそう、こんな美少女を想像してたんだよ。
さすが俺の夢、あんなクソ映画よりよっぽどキャスティングが良い。
うんうん、と一人で頷くサイトだったが、少女に手を引かれてようやくその場から離れることにした。
「なんなのアレ!?なんであんな・・・。」
混乱の中庭から抜け、建物の影に隠れた少女がブツブツと呟いている。
こんなリアルな夢は初めてだ。
ここは主役としてカッコイイ台詞を言って惚れさせるシーンだな。
「大丈夫、俺がなんとかするよ。君を悲しませる存在を、俺は許さない!」
震える少女の手を握り、サイトは笑みを浮かべた。
上目遣いで見つめ返してくる少女は本当に可愛いかった。
最高の夢だ・・・。
このあと、あのウェンディゴを華麗に倒して、この少女と・・・ウヘヘ。
内心でニヤケながら、サイトは平然を装って少女から手を離す。
「ダメよ!勝てっこないわ!!あなた平民でしょ!?」
「俺の名前はサイト、平賀才人。必ず戻ってくるから、君はここで待っててくれ!」
ここでイケメンスマイル。
自分の夢なんだから、別にカッコつけなくてもこの少女は俺にメロメロなんだが、一度やってみたかった。
止めようとする少女を尻目に、サイトは中庭へ走り出す。
ムフフな展開の前に、まずは華麗な動きであの怪物を倒しに行くか!
ゲームやアニメでイメトレし続けた俺に死角はないぜ!!
生徒を数人握り、高らかに吠える怪物にサイトは颯爽と向かって行った。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
ようやく中庭から聞こえる悲鳴が止んだ頃、ルイズはゆっくりと立ち上がった。
先生があのバケモノを倒してくれたのか、それとも城から兵士が来て?
いや、まさかあの平民が?
恐る恐る中庭へ歩を進めるルイズ。
なんの予兆もなく始まったあの悪夢のような出来事。
人があっけなく殺されていく情景を初めて目にした。
だが、もう大丈夫。
もう悲鳴も聞こえない。
誰かが、誰かがあのバケモノを・・・。
中庭に到達した時、ルイズはその光景を目にし、その場に崩れ落ちた。
まさに惨状。
あんなに平和だった魔法学校の中庭が、地獄のようだった。
そして、現状は何も変わっていなかった。
人間と、使い魔の死体の山に、あのバケモノは立っていたのだ。
ただ、今はルイズを背にした状態で停止しているようだ。
気付かれないようにあの平民の男の子を探すルイズ。
まず目に入ったのは、下半身を綺麗に削り取られて絶命したコルベール先生の姿だった。
何か魔法を唱えようとしたのか、杖を振りかざした格好で停止している。
そして、その横にはギーシュの顔が転がっていた。
「うっぷっ!!」
込み上げてきた嘔吐物を必死で堪えるルイズ。
これ以上この場所にいられないと判断したルイズが、後ずさった時、ふいに誰かに呼ばれた気がして振り返った。
「!?」
血にまみれた草むらから顔を出していたのは、キュルケだった。
いつも自分を馬鹿にする大嫌いな彼女だが、今は嬉しかった。
なぜだか涙が出てくるのを止められなかった。
しかし・・・。
「う・・・ああぁぁぁ!!」
声にならない声を上げて、その場に崩れ落ちるルイズ。
そう、キュルケは草むらから顔だけ出して彼女を呼んでいたのではなく、顔だけになって草むらに乗っていたのである。
風にゆられて、ゴロリと転がるキュルケの生首に、ルイズの精神は崩壊寸前だった。
あの子の存在に気づくまでは。
「こっち。」
消えてしまいそうなちいさな声。
その先には、見慣れた顔があった。
キュルケにいつもくっついていたあの小さな青い少女、タバサである。
這うようにタバサへ近づいていくルイズ。
そこは、ちょうど窪みになっており、二人小さな体を隠すには丁度良かった。
「タバサ・・・、良かった・・・。」
タバサに抱きついて泣くルイズ。
無言のタバサの視線の先には、あの怪物がいる。
「先生は?オールドオスマン先生は何をやってるの!?」
しばらく泣いた後、ルイズがふと疑問を投げ掛ける。
こんな大惨事が起きているのだ、この学校の長であるオールドオスマンが何もしないなんてあり得ない。
まさか自分だけ逃げたなんてことは・・・。
「死んだ。」
「へっ?」
無言でバケモノの足の下を指差すタバサ。
なにやら白と赤の混ざりあったような長い毛が生えているように見えた。
多分、あのバケモノの足の下にはオールドオスマンが埋まっているのだろう。
そう、最後の砦であるオールドオスマンですらあのカイブツに勝てなかったのである。
「あぁぁああぁ。」
ガタガタと震えるルイズ。
もうダメだった。
ここから早く逃げ出さないといけない。
逃げないと殺される。
荒くなる息、自分の心臓の音が激しく聞こえる。
カイブツに背を向けて、逃げ出そうとした時だった。
タバサの小さな手がルイズの手首を握る。
「!?」
「アレ・・・。」
埋まったオールドオスマンからゆっくりと指を動かしていくタバサ。
カイブツの背の先、いやカイブツの目の前。
そこには、灰色の髪の少女が立っていた。
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つづく