厄災の日から約5年の月日が流れていた。
そう、闇の帝王の肉片から生まれた男が、異界の魔女に惨殺されたあの日から5年も経ったのだ。
当時やんちゃ坊主だったガブリエルこと野うさぎのゼネスも丁度この日に死んだ。
厄災の話をする前に、まずはゼネスのことを語った方が良いだろう。
-----野うさぎ「ゼネス」の冒険-----
彼は8匹兄弟の5男として産まれた。
よくある物語では長男やら末っ子がフィーチャーされるが、彼は5男である。
そう、彼は意図せず産まれながらの異端児だったのだ。
そんなこともあり物心ついたころにはグレていた。
「何で俺たちウサギを数えるとき「匹」じゃあなく、「羽」なんだよ!!鳥じゃねぇんだよナメんなっ!!」
こう言って後ろ足をタンタンッと鳴らすのが日課だったりした。
※ちなみに産まれたとき両親は「ゲイブリエル」と命名したのだが、呼びにくかったのかいつの間にか「ガブリエル」になったのは内緒である。
そんな彼が1歳になった頃、事件が起きた。
島の反対側にある悪魔の祠から邪気が出始めているようだと、長老うさぎが言い出したのだ。
もう9歳越えていていつ死んでもおかしくない状態だった長老の言うことなど、大人たちは取り合わなかったが、ガブリエルだけは違った。
「俺たちが鳥じゃあねぇってことを世に知らしめるチャンスじゃねぇか!!祠なんて怖くねぇぜ!!」
両親や兄弟が止めるのを振り切ってガブリエルは家を飛び出した。
丁度反抗期だったのと、息子が家出したことが近所に知られてしまうと両親の世間体が悪くなってしまうのではという、一欠片の優しさから彼はこの日から自分を「ゼネス」と名乗るようになった。
ゼネスはその旅路でいろいろな経験をした。
仲間になったのは同じウサギの「ケヴィン=マッカートニーJr.」と、魚の「ドモン」、最後に紅一点である野ネズミの「ジャネット」である。
-----黒ウサギ「ケヴィン」との出会い-----
ケヴィンと出会ったのは旅立ちの日だった。
家を飛び出したゼネスは右に1回、左に2回曲がったところで派手に転んだ。
いや、転んだのではなく転ばされたのだ。
痛ててっ、と起き上がったゼネスの目に飛び込んできたのは得意気に足を突き出した黒毛ウサギの姿だった。
歳はゼネスと同じくらいか、少し上だろうか。
「てめぇ、何しやがるっ!!殺されても知らねえぜっ!!」
「へへっ、独りでハシャイでんじゃねぇよゼネス!!」
「はっ?!お前はマッカートニーさん家の3男、ケヴィン!!」
「おおっと、その呼び方は好きじゃねぇな。マッカートニー家の唯一の黒毛、ケヴィン様と覚えてくれや。」
片耳を立てて得意そうに言うケヴィン。
だが、すかさずゼネスは続ける。
「そんなこたどうでもいいぜ!!ケヴィン、てめぇなんで俺を転ばしたんだ!!」
「じーさんの言うことを信じてるのはお前だけじゃねぇんだぜ?」
ニヤリと笑うと、ケヴィンは自慢げに自身を指差した。(親指で)
「この黒毛のケヴィンも、信じているんだぜぇ!!」
こうして2羽は祠を目指す旅に出たのだった。
ちなみに黒毛の保護色だったケヴィンは、それにかまかけて油断していたところを狐に食われて死んだ。
-----秀才な川魚「ドモン」との出会い-----
まだケヴィンが死ぬ前の話。
ケヴィンと2羽で水辺の草を食んでいると、どこからともなく声が聞こえてきた。
「HEY!そこのウサちゃんたちっ!!聞こえるかい!?」
妙にくぐもった声に、2羽は毛を逆立てて警戒する。
「ケヴィン気を付けろ?!祠から来た魔のモノかもしれねぇ!」
「へへっ!この黒毛のケヴィンを狙うたぁふてぇやろうだぜぇ!!」
背中を付け合わせ周囲を見張る2羽だが、どこにも気配がない。
聞こえるのは川のせせらぎだけである。
「その反応からして聞こえてるんだね?うさぎ語は習いたてだから自信なくてさ!」
声と同時に今度はちゃぷちゃぷと水を荒立てる音が混じった。
「川だケヴィンっ!警戒しろ!!」
小川に駆け寄った2羽の目にとんでもないものが飛び込んできた。
「な、、、んだと、、、」
なんと、そこには川魚が2羽を見上げていたのだ。
しかも明らかにうさぎ語を話している。
「オレッチだよ!ちゃんと聞こえてんだな?!」
「うそだろ、、、川魚が俺たちの言葉を話してやがるぜ!!」
「ガブリエル!こいつぁ夢か何かか!?」
「あっ、俺のことはゼネスって呼んでよ。」
ぴょんぴょん跳び跳ねて驚く2羽を尻目に、川魚は話し出した。
「オレッチの名前はドモンっつーんだ。君たちと仲良くなりたくて言葉を学んだんだ。」
水の中で話していること、またドモン自身も「うさぎ語」に慣れていないこともあり、一部聞き取れなかったものの要約するとこんな内容であった。
ドモンは川魚の中ではすごく頭が良く、そのせいで同じ魚から虐められていた。
虐めに耐え兼ねたドモンは自殺しようと水面に顔を出した。
その時に見つけた小動物(ウサギ)に衝撃を覚え、「こんな可愛らしい動物となら仲良くなれる」と考え、頑張ってうさぎ語を覚えたとのことだ。
祠についても知っているらしく、仲間に入れてくれるなら道案内してくれるそうだ。
「チッ!俺は反対だぜケヴィン!あんな魚類と一緒に旅なんてできねぇぜ!!」
「まあ待てよガブリエル、俺たちにゃ道案内が必要だろ?」
「あっ、ゼネスって呼んでよ。」
「さあ、こっちだウサちゃんたちっ!!オレッチに着いてこいよ!!」
2羽の会話を聞いてか聞かずか、ドモンは川を泳ぎ始める。
「祠まで川が続いてると思うかケヴィン?」
「さぁな、とにかくドモンのヤツに着いていこうじゃねぇか。」
こうして2羽と1匹の魚という奇妙な旅の一行が結成されたのだ。
ちなみに案の定小川が祠まで続いていなかったためドモンとは途中でお別れした。
ケヴィンが食われる1日前の出来事だった。
-----紅一点!おてんばネズミ「ジャネット」との出会い-----
「あらアナタ、そんなに急いでどこに向かってるのかしら?」
ドモンと別れ、ケヴィンが食われ、独りぼっちになったゼネスの耳に甲高い声が聞こえてきた。
片方の耳だけそちらに向けるだけで、無視を決め込むゼネス。
「ちょ待ちなって!そんな生き急いでも良いことないわよ!?」
しつこく語りかけてくる相手に深くため息をつき、ゼネスは足を止める。
「ハァハァ、、、。ようやく止まったわね!!ってアラ?可愛いウサちゃんじゃない?」
「うさぎナメんなよ?どこにいやがる?!姿をみせろよ!?」
ゼネスが声を荒げると、足元の枯れ草からネズミが一匹顔を出した。
「レディに向かって怖い声ださないでよ。私はジャネットっていうの。あなたは?」
「チッ!俺に構うんじゃあねぇよ!!死にてぇのか?!」
2本の前歯を見せつけ、後ろ足で立ち上がり威嚇するゼネスだったが、ジャネットはケタケタと笑うだけだった。
「草食動物の前歯なんて見せられたって怖くないわよっ。」
そう言うと彼女はゼネスのように前歯を剥き出し、後ろ足で立ち上がってみせた。
「ちなみに私は「雑食」よっ!!」
ジャネットは食物連鎖のヒエラルキーをゼネスに説明し、最底辺の「草」の次が草食動物であり、その上に肉食動物がいること、そして雑食こそがそれを上回る存在であると言い聞かせた。
最初は半信半疑だったゼネスだったが、図を使って根気よく説明されたことでようやく理解した。
「というわけで、草食動物の一人旅は危険よ!」
「チッ!そこまで言われちゃあ仕方がねぇ、勝手に着いてきな!!」
こうして、ウサギとネズミの奇妙な旅が始まった。
ただ、数分進んだところでゼネスはジャネットの気配が消えていることに気づいた。
そう、うさぎとネズミでは歩幅が違いすぎたためか、いつの間にかはぐれてしまったのだ。
「ジャネット!?ジャネェェェット!!」
ゼネスは何度か彼女を呼んだが、返事がないのでそこを後にした。
-----野うさぎ「ゼネス」の冒険-----
1羽と2匹との出会い、そして別れによってゼネスは心身ともに割と成長した。
自身が「ウサギ」であることについても誇りに思うようになり、語尾に「~ウサ」と着けるようにもなった。
「俺は独りでもやれるっ!!むしろ、いまの俺は最高におもしろカッコいいウサっ!!」
これは彼の口癖である。
耳をピンと立てて、後ろ足で立ち上がって高らかに叫ぶ声は割と遠くまで届いていたと言う。
そして、、、
「ぎゃぴぃっ!!」
異端のうさぎ、ガブリエルことゼネスは巨大な弓矢に以抜かれて死んだ。
祠まであと数十メートルの距離だったと、唯一の目撃者である小鳥のピーコが語っている。
ちなみにピーコ自身も2年前に猫に食われたため、今となっては現実かどうか定かではない。
そして、そのゼネスを襲った弓矢こそ、厄災の元凶である魔女のものである。
弓に以抜かれたゼネスは薄れる意識の中で魔女を見た。
灰色の髪に真っ赤な瞳、そしてゼネスの20倍はあろうかという巨体。
いつものゼネスなら最後の力を振り絞って罵声を浴びせることもできただろうが、今回だけは恐怖で何も言えなかった。
「あれ?俺の耳って高速で動かせば飛べるんじゃね?やべぇ、みんなに教えねぇと、、、あっ!?うさぎが「匹」じゃなくて「羽」って数えられる理由ってこれ、、、か、、、」
と、現実逃避したところで意識を失った。
まだ1歳3ヶ月の短い命だったが、他のうさぎと比べて濃い人生だったのは間違いないだろう。
厄災の魔女はゼネス殺害後、祠から蘇った闇の帝王の肉片から産まれた男を屠り、そのまま島の動物たちを一通り拐っていったという。
そして、当時作られた慰霊碑にはこう記されている。
「ムカデの代わりの男 再復活まで、あと3話。」
to be continued