「えっ・・・」
一生を共にする存在なのだから、強くなくても有能でなくても良いからせめて可愛らしい使い魔が欲しかった。
目の前に現れた使い魔を見て、ラリカ・ラウクルルゥ・ド・ラ・メイルスティアは落胆の色を浮かべる。
牛。
ガリガリで弱り切った牛が、今にも死にそうな顔でこちらを見つめている。
「かわいそう」「私この使い魔で良かった」「嘘でしょ?」と他の生徒から哀れみの言葉を浴びせられる。
餌を与えて大切に育てれば、普通の牛として実家の農業や荷運びなどに使えるかもしれない。
いや、使えてもらわないと困る。
そんなことを考えていると、先生から早く契約するようにと促された。
我に返り、牛に近づくラリカの耳にか細い声が聞こえてきた。
「マ様・・・復活・・・。デュマ様・・・活・・・。」
それが牛から発せられているのに気付いたのは契約するために顔を近づけた時だった。
あまりにか細い声のため、ここまで近づかなくては気付けなかった。
人語をしゃべる牛。
もしかするとこの使い魔は特殊な存在なのかもしれない。
ラリカは意を決して「話す牛」と契約を果たした。
ギーシュの召喚儀式に伴う地響きの中で、誰にも注目されずひっそりと。
その後はルイズによる恒例の爆発と平民召喚というイベントを経てサモンサーヴァントの授業は幕を閉じた。
各々好き勝手に使い魔と共にその場を去っていく中で、ラリカは改めて自分の使い魔を観察してみる。
どう見ても自力で動ける状態ではない牛。
とりあえず自室まで運ぶしかないかと小さくため息をつく。
「運ぶの手伝ってあげようか?」
そんな声が聞こえ、誰かが自分を憐んでくれたのかと期待を込めて振り返ったラリカだったが、それは自分に対して向けられた言葉ではないと分かり落胆する。
いつものようにキュルケがルイズをからかっているのだ。
「こんなの自分で運べるわよっ!!」
「浮遊魔法も使えないのに?」
強がるルイズに追い討ちをかける。
何人かその場に残っているが、誰もがこの「ゼロのルイズ」を嘲っているだけあり、見ていて気分の良いものではない。
本来なら関わらないようにその場を去るのが正解だろうが、少し自暴自棄になっていたのか、考えるより先に口が出てしまった。
「私、手伝いますよ。」
言うと同時にルイズの使い魔に浮遊魔法をかけるラリカ。
キュルケたちが自分に視線を移したのを感じるが、今はそんなことはどうでも良かった。
「えっ」と拍子抜けたような声を漏らすルイズ。
ラリカはあえてその場の誰にも焦点を合わせずに続ける。
「私手伝いますので、皆さんは大丈夫ですよ。」
「なに急に」「なんで怒ってるの?」「えっ誰?」と、バツの悪そうに去っていく面々。
あまりに感情がこもっていなかったからそう聞こえたのかもしれない。
我ながら今の台詞はいじめっ子達の興を削ぐには完璧なものだったと褒めてやりたい気分だ。
残されたルイズは状況を飲み込めていないのかキョトンとした顔でこちらを見ている。
「ここは手伝いますので、後で私の使い魔を運ぶのを手伝ってもらえますか?」
これで断られたら格好がつかないと、とっさに交換条件を口にするラリカ。
冷静を装っているものの内心は気が気でない。
ルイズを直視することはできず、ラリカはそのまま視線を牛に向ける。
「うし、、、」
一言発した後、ようやく状況を飲み込んだルイズは言葉を続けた。
「こっ・・・交換条件ってことね!分かったわ!!手伝ってあげる!」
1年の頃からろくに魔法ができず、クラスメイトから馬鹿にされてきた彼女が感情を上手く表現できないのは知っていた。
貧乏貴族であり、クラスの中では常に空気のラリカは内心自分が標的になっていないことを安堵しつつも、どこか遠くで自身もルイズを馬鹿にしていたと気づく。
それと同時に罪悪感に心を締め付けられるのを感じた。
「ありがとうございます。牛は後で運ぶので、まずは貴方の使い魔を部屋まで運びましょう。」
彼女を直視できないラリカは少し早口で答え、寮の方へ足を進めた。
「分かったわ」と、後ろからついてくるルイズ。
我ながら何とそっけない態度だろうと思うが、恥ずかしさから気の利いた言葉が続いてこない。
「貴方は確かミス・・・。」
「メイルスティアです。」
「えっ、あっごめんなさい!初めて話すから私・・・。」
「いいんです。私クラスでは空気みたいな立ち位置ですから。」
言って悲しくなるが、これが現実である。
ルイズはゼロと呼ばれてからかわれているものの、魔法が使えないという個性はクラスで目立っているし、そもそもが恵まれた容姿をした名門ヴァリエール家の三女なのだ。
特徴のない田舎の貧乏貴族の自分とは生きる世界が違う。
「そんなことっ!ごめんなさい・・・。」
強がっているが素直で良い子だと、ラリカの表情が少し緩む。
「でもね、その・・・ミス・メイルスティア?」
「はい。」
「本当は私どうしようか困っていたの・・・。だから。」
それまで後ろを歩いていたルイズが、急に歩を早めてラリカの目の前でお辞儀をする。
その目には少し涙が滲んでいるように見えた。
「私の使い魔ですが。」
感謝の言葉を言われるのは違うと思った。
咄嗟にルイズの言葉を遮る。
「なぜか弱り切った牛なんです。」
「牛・・・。」
「はい。しかも体のところどころに穴が空いていて・・・。」
「えっ、穴?」
「最後に、ずっと何か呟き続けているんです。復活、復活と。」
「えっ、なにそれ怖い。」
話は逸らすことができが、少し引かれてしまってる気がする。
自分でも話していて悲しくなってきた。
「貴方の使い魔を笑う人たちもいますが、もっと残念な使い魔もいるという話です。その一人が私なんですが。」
「・・・。」
少しの沈黙の後、ルイズは慌てて口を開く。
「げ・・・元気になれば牛だって役に立つわよっ!背中に乗って移動だってできるしっ!!」
「フフッ、そうですね。」
そんな話をしているとルイズの部屋に到着した。
ベッドに寝かせようとすると、床で良いと言われ部屋の隅に置く。
「ここに来るまでずっと悩んでたけど、この平民を使い魔にする。貴方と話したおかげで少し頭を整理できたわ。」
小さく笑うルイズに微笑み返すと、その窓から見える広場に横たわった牛が視界に入った。
目を離している間に逃げてしまわないか心配、というより逃げてしまったら先生に掛け合ってもう一度召喚の儀式をさせてもらおうと思っていたのだが、アテが外れたようだ。
思った通りあの場所から一歩も動いていない。
「次は貴方の使い魔ね。私浮遊魔法得意じゃないのだけど、何を手伝えばいいかしら?」
「大きい牛なので、運ぶ際の指示や扉の開け閉めなどをお願いしたいです。」
少し不安そうだったルイズの顔が和らいだ。
彼女が魔法を成功させたのは見たことがないため、物理的な手伝いをお願いしたのだが、気を悪くされずに済んで良かった。
いつものルイズなら「バカにしないで」と反発されそうなものだが、今は機嫌が良いのだろうか。
なんてことない会話をしながら牛の元へ向かう。
ふと気づいたが、他の生徒とこんなに会話をしたのは入学して以来かもしれない。
これを機にお近づきになんてことが頭をよぎったが、自分と目の前で笑っている彼女では身分が違いすぎると思い直す。
この使い魔運びが終わったら、またただのクラスメイトの1人に戻るのだ。
外に通じる扉から漏れる光が何となく哀しく見えた。
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「マ様・・・復活。」
部屋の隅に運び込んだ牛をしばらく観察し、干し草なども与えてみたが、結局ボソボソと言葉を繰り返すだけで意思疎通はできていなかった。
最初は得体が知れず少し怖かったものの、今となってはただの置き物と変わらない。
とはいえ、これからの授業で使い魔を連れて行かないわけにはいかないため何とかする必要がある。
「なにか他のことを話しなさい。」
使い魔は主人の言うことを聞く契約。
これまでは命令ではなく、質問を繰り返していただけだったことに気づき、ダメ元で主人として命令してみる。
どうせ変わらないだろうと思っていたが、反応が違った。
「み・・・ず。」
急な受け答えにラリカは目を丸くする。
「えっ?」
「み・・・みず・・・。」
弱り切った牛、干からびた牛は水を求めていたのだ。
とっさに花瓶から花を取り出し、底にある水を牛の口に近づける。
ペチャペチャと音を立てて水を飲む牛。
先ほど干し草を与えた時は見向きもしなかった理由はこれだったと納得する。
すぐに水がなくなってしまったが、牛はまだ水を欲しがっている。
「少し待ってて。」
どうしようもないと諦めかけていただけに、この変化は嬉しい。
中庭にある噴水から水を運んで来ようと部屋を飛び出した時だった。
横から軽く衝撃を受けて地面に倒れてしまう。
手にしていた花瓶も手から離れ割れてしまった。
「っつ・・・。」
何に当たったのかと半目を開けるラリカ。
「ごっごめん!!大丈夫か!?」
手を差し伸べてきたのは、ルイズの使い魔だった。
周りを見渡してみるが、そこに主人であるルイズがいない。
「・・・、こちらこそごめんなさ・・・」
怪訝に思いながらも手を掴もうとしたところで、階段からルイズの声が聞こえてきた。
「見つけたっ!!」
「うわぁ!!ごめん!あとでちゃんと説明するからっ!!」
使い魔はそう慌てて言うと、逃げるように立ち去る。
ポカンとするラリカのもとにルイズが駆け寄ってきた。
「ミス・メイルスティア!ごめんなさい私の使い魔が!!乱暴されたの?怪我はない!?」
大変な騒ぎ様だが、勢いよく転んでお尻が少し痛む程度である。
「花瓶割られたの!?あの平民っ!!」
怒り心頭のルイズ。
ラリカが立ち上がるのを待たず、「必ず弁償する」と言い残して走り去って行った。
シンと静まり返った廊下に1人残されたラリカは、小さくため息をつくと花瓶を拾い集めて部屋に戻ることにした。
たしか部屋にコップがあったはずだ。
「えっ!?誰!?」
戻った部屋に蠢く影。
牛ではない。
牛がいた場所に何かがいる。
咄嗟に杖を構えるラリカ。
「フッ、フヘヘヘッ!!」
聞き覚えのある声。
掠れた弱々しい声ではないが、明らかにあの牛の声。
「ヒャ〜ッハッハッハッハァ!!デュマ様ふっか〜つっ!!」
逆立ったモヒカンヘアーにこしゃまっくれた顔、そしてピンク色のタイツを全身に着込んだ変態が高らかに笑い声を上げている。
痩せこけた牛だったものが、人間の姿に変わっていたのだ。
「なんという幸運っ!奇跡っ!!このデュマ、これほどの感動を覚えたのは久しぶりよっ!!」
杖を構えるラリカに目線を移すと、高笑いをやめてゆっくりと片膝を曲げ、頭を垂れる。
「我が主人メイルスティア様。闇の貴公子・デュマ、御身の前に平伏し奉る。」
先ほどまで下品に笑っていたとは思えないほど丁寧な態度で、デュマという男はラリカに忠誠を誓った。
使い魔が人間に変身したという事実はなんとか受け止めたものの、予想外の態度と目に入ってくる情報量の多さにラリカの脳内キャパは完全にオーバー。
何か発するというよりも、乾いた笑いが口から溢れるだけだった。
窓の外から先ほどの平民使い魔の叫び声が聞こえる。