「サイト、ありがとう。おかげでルイズと仲直りできたよ」
「いやいや、俺は何もしてねえよ。お前とルイズがちゃんと腹割って話し合ったから仲直りできたんだろ?」
ルイズと仲直りした翌日。私はサイトにお礼を伝えにいった。
彼は何もしていないと言うけど、夜中に学園を駆け回って私を探して、慰めてくれたのはまぎれもなくサイトだ。
サイトに励まされていなければ、私はうじうじと迷ったままルイズに謝りに行けずに、そのまま仲違いしていたかもしれない。
ルイズが歩み寄ってくれても、私自身が逃げ出してしまっていたかもしれない。
だからやっぱり、サイトにはお礼を言いたかった。
「何もしてないなんてことないよ。今回のこと以外にも、サイトには色々としてもらってるし……何か、お礼をさせてよ。何でもするから」
「え……な、何でもいいのか?」
「うん、私にできることなら何でも」
「じゃ、じゃあ……ちょっとお願いしちゃうぜ?」
そう言ってサイトは、何だか目が笑っていない笑顔で――。
〇
サイトに『お願い』された翌日。
待ち合わせた場所の木陰の下で。
「え、ええと……おまたせ?」
私は、サイトに渡された水兵服を身に纏い、彼に言われた通りにくるっとその場で廻って台詞を言った。
何でも彼の国ではこの水兵服が、女子学生の制服であるセーラー服にそっくりらしくて、一目見て故郷の懐かしさを感じたらしい。
正確に言えば水兵服を私のサイズに合わせて縫い直して、下半身はズボンではなくスカートにしているため、元の水兵服とは大分形が変わっているのだが。
おへそは丸見えでスースーするし、スカートも見慣れた学院の物であるはずなのに、なんだか丈がすごく短い。
なんだか恥ずかしくて、上着やスカートの裾を下に引っ張ってなんとか隠そうとするけど、どうみても長さが足りていなかった。
「う、おおおおおお! 良い、実にイイよ!」
「あ、あんまり見ないで……」
「その恥じらい、とってもイエス! リースさいこ」
「何してんのよ馬鹿犬ううう!!」
「おっほうう!?」
どこからともなく駆けてきたルイズが、勢いそのままにサイトにドロップキック。
ルイズはキックの反動を逃がすように空中で一回転して、綺麗な着地を決めた。
「何だかこそこそとしていると思ったら、リースに無理強いさせて! ほんと最低!」
さらには倒れたサイトに駆け寄って、げしげしと蹴り続けている。
サイトの要望で恥ずかしい思いをしたとはいえ、元々はお礼のつもりで何でもすると自分で言ったのが始まりだ。
さすがに延々と蹴られているサイトがかわいそうになってきた私は、ルイズを止めに入った。
「ル、ルイズ。私が何でもするって言ったんだし、それくらいに……」
「リースもリースよ! 女が軽々しく『何でもする』なんて言っちゃだめ!」
「は、はい! ごめんなさい!」
けど私も怒られてしまった。
ルイズの剣幕が怖くて、思わず頭を下げる。
有無を言わせぬその様子に怯んでしまい、サイトを庇えなくなってしまう。
「リ、リースにもこれからは遠慮なんてしないんだからね!
言いたいことはっきりと言ってやるんだから……リースも言いたいことあったら隠さないでちゃんと言いなさい!
私達……と、友達なんだからね!」
今までにルイズから私に向けられたことがない剣幕だったため、びっくりしてしまったけれど。
頬を赤くしながら叫ぶルイズは、なんだか照れている様子で。
『友達なんだから、遠慮はしないで』と言うルイズのその言葉に。
お互いに友達だと言いながらも感じていた壁や距離が、無くなったように思えた。
「……ありがとう。そういう時は、ちゃんと言うね」
「ええ! がんがん言ってきなさい!」
――喧嘩したらいつの間にか友達になってた。
いつか聞いた、サイトの言葉を思い出す。
私とルイズも今回の件で、仲を深めることができたのだろうか。
そうだったら嬉しいな、と。私は心の中で呟いた。
これからも、彼女との絆を大切にしていきたいと改めて思う。
「え、ええっと……じゃあ言うけど、そろそろサイトのこと許してあげて?」
「んー、じゃあリースに免じて……ほら、犬! リースの優しさに感謝しなさいよ!」
「は、はい。すみましぇん。調子乗ってましたです」
……ちょっと怖いところもあるけど、大切な友達だから。
〇
翌日の夜。
サイトの悲鳴が聞こえて、私は部屋を飛び出した。
何事かと身構えたけど……私の目の前を駆け抜けていったサイトと、それを追いかけるルイズの様子に「ああ、いつものことか」と納得する。
また何か喧嘩でもしたのかもしれない。事件ではなさそうだった。
けど怒ったルイズがついやりすぎてしまうかもしれないし、私もサイト達を追いかけることにする。
しばらく廊下を走ると扉の開いた部屋を見つけた。その部屋の中からぎゃあぎゃあと喧騒の声が聞こえてくる。
どうやらサイトが、ミス・モンモランシーの部屋に逃げ込んで、ルイズがそれを追って突入したところのようだった。
さすがに他人の部屋で暴れるのはどうかと思い、制止しようと部屋に踏み込む。
「ル、ルイズ。何があったのか分からないけど落ち着いて……」
「この、馬鹿犬ううう!!」
ボオン、と。ルイズが激情のまま唱えた魔法が失敗して爆発が起こる。
爆発音で私の声は掻き消えてしまい、部屋の中には白煙が立ち上った。
私は突然の事態に驚いて、尻餅をついてしまった。
「……ん?」
何か影が差した気がして、頭上を見上げる。
爆発で吹き飛ばされたのだろうか。ワインが注がれたグラスが頭上に迫っていて、とっさに手で受け止める。
受け止めたのはいいが掴み方が悪かったのか、傾いたグラスからワインが零れて顔にかかってしまった。
上を見上げていたこともあって、少し飲み込んでしまった。鼻からも入ったのか咽てしまう。
目に入らなかったのはいいけど、服にかかった分は染みになってしまいそうだ。
「ぐっ、ごほ、けほ……」
「リース!? ご、ごめんなさい、巻き込んじゃった?」
「まず部屋の主の私が誰よりも巻き込まれてるんですけど!?」
「ぼ、僕はモンモランシーの次くらいに巻き込まれてるよね」
ルイズ達の声は聞こえるけど、爆発の引き起こした煙で何も見えない。
ひとまず立ち上がり、グラスを適当な場所に置いて、ハンカチで塗れた箇所を拭いていると、煙の向こう側から人影が現れた。
「おい、大丈夫か!?」
現れたのは、サイトだった。
彼の姿を見た瞬間。
どくん、と。胸が力強く脈を打った。
身体から力が抜けて、へなへなと床に腰砕けになって崩れ落ちる。
まるで全身に電流が駆け抜けたような痺れ。だけど、その痺れすら甘美に感じられる。
ただ、サイトを見ただけなのに――。
「リース、どこか怪我でもしたのか!?」
私の様子を見て心配してくれたのか、サイトは私の手を取って顔を近寄せる。
彼の顔が、瞳が、間近に迫る。ただそれだけのことに、私の胸はさらに高鳴った。
「サ、サイト……」
「どうした、リース? ごめんな、俺達が騒いだせいで巻き込んで……」
感情が抑えられない。
頬がかっと熱くなって、まじまじと見つめるサイトの視線から目を逸らしたくなって、けど目と目を合わせたままでいたくて。
こんなこと、初めてだった。まるで自分が自分でなくなったみたいに、心の中にひとつの感情が溢れていく。
「サイト……好き」
「……へ?」
私の呟きに戸惑う彼の様子を見ても、もう歯止めが利かなくなっていた。
好き。大好き。サイトのことが、好き。
口にして自覚すると、すんなりとそのことが心に溶け込むように納得できた。
何で唐突にそんな風に思ったのか分からないけど、私はもうサイトのことが大好きでたまらなかった。
「……えへへ、好きー」
感情のまま、サイトにぎゅっと抱きつく。
サイトが「ファッ!?」なんて、声にならない戸惑いの言葉を叫んでいるが、そんな様子すら愛しい。
重ねた身体から、サイトの鼓動が伝わってくる。
どくん、どくん。力強く、確かに「ここにいるよ」と伝えてくれるかのように脈打つ鼓動。
私の鼓動もサイトに伝わって、どきどきしていることが分かってもらえたらいいな、なんて思ってしまう。
そうして私は、もっともっと彼を感じたいと思って、さらに強く抱きつくのだった。
〇
「……惚れ薬? それ禁制の品じゃない!」
「そ、そうなんだけど。それは当然知ってるんだけど……」
リースの急変の原因は、モンモランシーという少女が作成した惚れ薬だった。
薬はワインに混入されており、爆風でリースの元へ吹き飛ばされたグラスに注がれていたらしい。
その事をモンモランシーに白状させたルイズは、その薬が国法で作成を禁じられているものであることを理解して憤慨した。
「心を操る類の秘薬は、無許可で作成したら厳罰よ? 何でそんなの作っちゃったのよ!」
「う、うう……だって、最近ギーシュがなんだか他の女の子とばかりいるから……」
「ぼ、僕に飲ませるつもりだったのかい、モンモランシー? そんな薬に頼らなくても、僕は君を愛しているよ!」
「嘘よ! この前だって私だけ置いてルイズ達と出掛けてたでしょう!?」
「ええ!? ……あ、タルブの村のことかい? あれは、事情があって……」
「女の子ばっかり連れて旅行に行く事情って何よ!? もう私のことなんてどうでもいいんでしょう!?」
「そんなことない、僕は君を……」
「痴話喧嘩は後でやりなさい! それより、リースを今すぐ治療しなさいよ!」
言い争いを始めるモンモランシーとギーシュの間に割り込むように詰め寄り、モンモランシーを間近で睨みつけながらルイズは叫ぶ。
ルイズの溢れんばかりの激情に慌てふためくモンモランシーだが、「む、無理よ」と呟く。
「貴重な素材をたくさん使った秘薬なのよ。その解除薬にも珍しい素材がたくさん必要で……」
「言い訳したって駄目よ! 素材が必要っていうならさっさと集めなさい!」
問答無用、と怒鳴り散らすルイズ。
大切な友人であるリースが惚れ薬の被害に合っていることが、彼女の感情を爆発させていた。
自分の爆発魔法が原因の一端となっている、という事実もまたルイズの心を責め立て、そのせいで普段以上にいらいらしてしまう。
「ルイズー。そんな怒っちゃ、めっ」
そんなルイズを諌めたのは、被害者であるはずのリース自身だった。
リースはいつになくにこにこと笑顔を浮かべて、ルイズに抱きつくように身体を寄せてモンモランシーから引き離した。
「あんまり怖い顔してたら、モンモンが怯えちゃうよ。ほら、スマイルスマイルー」
「わ、笑ってる場合じゃないわよ! リースが大変なことになってるのに」
「もう。そんなこと言うルイズは……こうだ!」
リースはにんまりと笑顔を浮かべると、ルイズの脇をこちょこちょとくすぐり始めた。
ルイズが辛抱溜まらない様子で逃げ出そうとするが、リースはそれを許さずルイズにぎゅうっと抱きついて離そうとしない。
しっかりとルイズを抱きしめたまま「うにゃー!」と何だか楽しそうに笑って、執拗にくすぐる。
「ちょ、あははっ、ちょっとリース、やめて! あひゃひゃひゃ!」
「もう怒鳴ったりしない?」
「し、しない! しないから! もう許して!」
ルイズの必死の懇願を聞いて、ようやくリースはルイズを解放した。
まだ余韻が残っているのか、ルイズは息を荒げながら笑い転げている。
「……うん! やっぱりルイズの笑顔、好き!」
そんなルイズの様子をしばし眺めていたリースは、再び彼女に抱きつく。
今度はくすぐったりする様子はなく、猫が友愛を示すように、顔を摺り寄せてにこにこと微笑んでいる。
「えへへ。ルイズ、好きー」
「リ、リース……さっきとは別の意味で辛抱溜まらないんだけど、ちょっと!?」
きゃあきゃあ、と姦しく騒ぐリースとルイズ。
そんな彼女達を生暖かい視線で見守りながら、モンモランシー達は今後のことを話し合う。
「……なんか幼児退行してる気がするけど、惚れ薬の解除薬を使えば元に戻るはずよ、たぶん」
「た、頼りねえなあ、おい。ちゃんと治してくれよ?」
「さすがにこのまま放置するつもりはないわよ。ただ……ちょっと素材費とかの予算が」
「貴族だってのに金が足りねえの?」
「サイト。僕達貴族には3つに分けれるんだよ。金が有り余っている貴族、そこそこ裕福な貴族、そして借金まみれの貴族。
僕とモンモランシーはその3つめなんだよ……」
「世知辛いなあ。……ええと、金なら貸せるぞ。4万エキューあれば足りるか?」
「ちょっ……そんな大金どうしたっていうの? まさか、盗んで……!」
「正当な報酬だっての。不安なら後でルイズに聞けば証言してくれるぜ」
「う、ううむ。そんな大金、軽々しく出していいのかね?」
金の価値が分かっていないのかと、ギーシュは不安そうにサイトに尋ねる。
しかしサイトは「軽々しくなんかじゃねえよ」ときっぱりと言い切った。
「大変なことになってる友達を助けるためなんだ。これ以上ない大切な使い道だぜ」
「サ、サイト……なんて男らしい奴なんだ君は!」
感激した様子で叫ぶギーシュ。
そんな彼の目の前で、サイトは唐突に飛びついてきたリースに押し倒されて「ふぎゅ!?」と情けない悲鳴を上げて、床に転ばされた。
器用なことに、右腕にルイズを、左手にサイトを抱きしめて、両手に友達を抱きしめたリースは満面の笑みを浮かべていた。
「えへへ。サイトも、ルイズも大好き!」
「ふ、ふにゃあ……リースが一人、リースが二人……」
「ちょ、リース、なんか柔らかいのが当たってるんですけど! いや嬉しいんだけど!」
くるくると目を回してうわ言を呟くルイズ。
何やら顔を赤らめてにやけているサイト。
そしてそんな二人を抱き寄せてご満悦なリース。
「……私の部屋で何してんのよ、あんたら」
「サ、サイト……なんて羨ましい奴なんだ君は!」
床に寝転がって仲睦まじい空間を作り上げているリース達3人。
そんな彼女達を、モンモランシーは呆れた様子で、ギーシュは歯軋りして眺めていた。