彼女から告げられた言葉は私達を戦場へいざなう。 そこに何があるかも知らずに。 影で何がうごめいているかも知らずに。 世界は蝕まれ僅かに軋み始めた。「ルイズっ! ルイズっ!」 アンリエッタは感極まったようにルイズに抱きついた。 ルイズは慌てた様子で、「姫殿下、いけませんこのような下賎な場所へ―――」「あぁ、ルイズ、そのようなことを言わないで頂戴。私達お友達でしょう?」 アンリエッタは今にも泣き出しそうだった。 ルイズはやや硬い表情をのこしつつ、「もったいないお言葉です。姫殿下」 その言葉にアンリエッタは自らの顔を両手で覆い、「あなたまでそんな言い方をするの? やめて頂戴。ここには枢機卿も母上も、友達面してよってくる欲丸出しの宮廷貴族たちもいないのよ。唯一の友達であるあなたにまで、そんな態度をとられたら生きていけないわ。心の支えがぽっきりと折れてしまいそうよ」 その言葉にルイズは表情をやわらかくして、「幼い頃、よく宮廷の中庭で、二人して蝶を追い掛け回しましたね」 ルイズのその言葉にアンリエッタは笑顔を浮かべ、「えぇ、そうね。服を泥だらけにして、侍従のラ・ポルトの怒られて。あの時の形相、幼いながらに、しばらく夢に見たわ」 アンリエッタがそう言うとルイズは、はにかんで「私もです」と口にした。 昔を懐かしむようにアンリエッタは、「そういえばよく、お菓子を取り合って喧嘩もしたわね。今思えばものすごくくだらないけど、あの当時は命をかけたような戦いだったわ。いつも私がルイズに髪を引っ張られて負けていたけど」 その言葉にルイズは苦笑して、「姫さまが勝利をおさめた事も一度ならずありましたよ? ほら『宮廷ごっこ』をするにあたって、どちらがお姫様をやるかで……」「えぇ、えぇ、思い出したわドレスを取り合ったのよね? 後に『アミアンの包囲戦』って名づけたあの戦い。取っ組み合いになって、私の拳がいい具合にあなたのお腹に入って」「気絶しましたね。私」 ルイズの言葉を皮切りに二人はそろって笑い出した。 ミルアと才人は完全に蚊帳の外、空気である。 仕方なしに、ミルアはくいくいとルイズの袖を引き、「お二人が友人であるのはわかりました。ですが、どのような経緯で?」「公爵家の三女、というのが縁で、姫さまがご幼少のみぎり、遊び相手を勤めさせていただいてたのよ」 ルイズがそう言うとアンリエッタは頷き、「本当にあのころは毎日が楽しかったわ」「私もです、姫さま。ですが感激です。まさか姫さまがあの頃のことを、私を覚えてくださってて……」 ルイズの言葉にアンリエッタは首をぶんぶんと横に振り、「そんなっ! 忘れるはずないわっ! 私にとって、とってもとっても大切な思い出なのよ?」 その言葉にルイズは感動して、「姫さま……」「ルイズ……」 二人はひしと抱き合った。 感動のシーンである。 しかしミルアがふと才人を見ると、何故か才人は顔を赤らめ興奮気味。 何ゆえ? とミルアはこてんと首をかしげた。 そんな中、アンリエッタが今更ながらミルアと才人に気がつき、「ルイズ、こちらのお二人は?」 その言葉にルイズもはたと気づき、「えぇとこっちは一応私の使い魔です」 そう言って才人を指差す。 アンリエッタは不思議そうに、「使い魔? 人間に見えますけど」「私は人にございます」 才人はそれはもうわざとらしくアンリエッタに一礼する。 ルイズは若干顔をしかめたが次いでミルアを指差し、「こっちは私の従者見習い兼護衛です」 実にあやふやな立場である。 もう好きにしてくれと、内心あきらめモードのミルアはぺこりとアンリエッタに一礼した。 アンリエッタは笑顔を浮かべ、「まぁ、小さいのに偉いのね」 そう言ってミルアの頭をなでた。 実に塩梅のいいなで心地だとミルアは評価する。 アンリエッタはルイズに向き直り、「あなたは充実した学院生活を送っているのね」「いえ、そんな……」 ルイズが困ったような顔をしているとアンリエッタは不意に視線を落とし、「私、結婚するのよ」 そう言ったアンリエッタの表情はとても悲しそうだった。 それに気がついたルイズは小さく「おめでとうございます」と口にする。 僅かな沈黙の中、不意にミルアが手を挙げた。 ルイズが「何?」と言うと、「姫さまは何か不安なことがあるのではないのですか? 結婚前の女性の多くは不安を抱えているものだと、以前聞いたことがあります」 ミルアの言葉にルイズも確かに、と頷きアンリエッタを見た。 アンリエッタはやや戸惑ったようにポツリポツリと話し始める。 自分がゲルマニアの皇帝に嫁ぐこと。 アルビオンの内乱においてアルビオン王家の劣勢。 そしてもう長くないこと。 反乱軍である「レコン・キスタ」の次なる標的はここトリステインであろうこと。 そして今のトリステイン一国では太刀打ちできず、自分の婚姻はゲルマニアとの同盟締結には必要不可欠であること。 アンリエッタはそこまで話して深いため息をついた。 話を聞いていた才人は何やら話のスケールが大きくてついていけずにいる。 ミルアは理解していたが、理解しているだけにどうしようもないこともわかっていた。 そして、それはルイズも同じだった。 それと同時に、王女として敬愛し、友人として慕っているアンリエッタの心の憂いを掃ってやれない自分の無力さに歯噛みした。 再び部屋の中を沈黙が支配したとき、ミルアはあることに気がつく。 アンリエッタがちらちらとルイズを見ているのだ。「姫さま。何かルイズさんに話していないことでも?」 ミルアの言葉にアンリエッタはぎくりとし、ルイズも、えっ、とアンリエッタを見た。 アンリエッタは明らかに動揺している。 ルイズはアンリエッタの手をとり、自らの手で包み込むと、「姫さま、私のことをお友達と言ってくださるのでしたら話してください。姫さまのお友達であるルイズ・フランソワーズがお力になります」 その言葉にアンリエッタは心を震わせ、力なくルイズに寄りかかり、「今、アルビオンの反乱軍である『レコン・キスタ』の息のかかった者達が宮廷内にいるようなのです」 ルイズはその言葉に息を呑み、ミルアも内心できな臭いことになってきたと舌打ちをする。「彼らはトリステインとゲルマニアの同盟を妨害しようと、その材料になるものはないかと血眼になって探しているでしょう」 アンリエッタがそこまで言うと、ルイズは声を詰まらせながら、「ま、まさか、その材料にこ、こ、こ、こ、心当たりがおありなのですかっ?」 思わず、鶏ですか? と声に出しそうになるのを必死に抑えるミルア。 そんな葛藤は露知らず、アンリエッタは頷くとその場に崩れ落ちる。 ルイズはそんなアンリエッタの肩を抱き、「姫さま言ってくださいっ! 不肖このルイズ・フランソワーズ、その材料とやらを、姫さまの不安を取り除きたいと思いますっ!」「……手紙です」 アンリエッタは消え入りそうな声でそう搾り出した。「手紙?」 ルイズがそう聞き返すとアンリエッタは頷いて、「私が以前したためた一通の手紙です。それがもし反乱軍の手に渡り、その内容がゲルマニア皇帝の耳に入れば婚姻も同盟も駄目になるでしょう」「言ってください姫さまっ! その手紙は何処にあるのですかっ?」 ルイズのその言葉にアンリエッタは我にかえったように激しく首を横にふると、「言えませんっ! あぁ、私は何を言おうとしていたの。お友達と言ってくれたあなたを巻き込もうなんて。こんな事してお友達なんて言う資格はないわっ!」「姫さまっ! どうかっ! どうか、私にお教えくださいっ! その手紙は何処にあるのですかっ?」 必死に食い下がるルイズにアンリエッタは小さな声で、「アルビオンのウェールズ皇太子の手元に……」 その言葉にルイズは「なんてこと」とよろけ、才人は訳がわからず、ぽかんとしている。 一方のミルアは内心頭を抱えていた。 おもいっきり戦場じゃないんですか? と。 そしてなんとなくであるがルイズの行動も読めた。「姫さま私に命令してください『手紙をとってこい』と」 真剣な表情をしてそう言うルイズに、ミルアは、うわぁ……やっぱり、と内心嘆いた。 ルイズの言葉にアンリエッタは青い顔をして、「あぁ、ルイズ。やっぱりあなたはそう言うのね。なんとなくそんな気がしたのよ。だから言いたくなかったのよ……なのにどうして……わかっていたのにどうして私は……」 アンリエッタはそう言って跪くと両手で顔を覆って泣き出した。 ルイズがその肩を優しく抱いていると、先ほどまでぽかんとしていた才人が何かに気がついたように、「きっと姫さまは本当に頼れる人がルイズしかいなかったんですよ。だから迷いながらもここに来てしまったんですよ」 そんな言葉にアンリエッタは泣きながらも顔を上げ才人を見た。 見つめられ思わず顔を赤らめる才人。 そんな才人に気づくことなくルイズは、「姫さま。どうかご命令ください『手紙をとってこい』と」 そう言ってルイズは笑顔をアンリエッタに向けた。 アンリエッタはルイズを見つめながら、自らの声を必死に絞り出すようにして、「ルイズ・フランソワーズ……手紙を、手紙をとってきてください」 その言葉にルイズは短く「はい、確かに」と答えた。 そして才人とミルアに視線を移す。「使い魔だし、やっぱついて行くしかないよな」 才人は頭をかきながらやれやれという具合に言った。 ミルアは小さくため息をつく。 かなり苛々していた。 アンリエッタにではない。 自分にだ。 ミルアとしてはルイズと才人を危険な目にあわせたくはない。 しかし、ルイズにとって大切な友達が悩んでいる、苦しんでいる。 そんな彼女を助けたいという気持ちも確かにあるのだ。 あぁ、もうどうして私は。 ミルアはそう内心でぐちる。「私もいきます。二人だけじゃ心配です」 ミルアはやっとのことでそう口にした。 二人の言葉を聞いてルイズはほっとしたように頷く。 その時だった。 ルイズの部屋の扉を勢いよく開き、誰かが転がり込んできた。 才人はその誰かを見て、「ギーシュっ! ギーシュじゃないか」 確かにギーシュだった。 才人と決闘し、その後、何だかんだと友人関係を結んだギーシュだった。 そのギーシュだがその顔がおかしい。 何がおかしいって涙と鼻水で顔が偉いことになっていた。 そんなギーシュを見て、ミルアは小さく「あ、忘れてた」と口にする。 ルイズはギーシュを睨みつけるようにして、「あんた、話を聞いてたわね」 その眼力に気おされたギーシュは懐から取り出したハンカチで自らの顔を拭うと、「いや、そのっ! たまたまなんだ。夜更けに人目を忍んで女子寮に入ってゆく姫殿下を見かけて、人知れず護衛を勤めようとして……」 ギーシュはそこまで言うとアンリエッタの前に跪き、「姫殿下っ! その困難な密命、どうかこのギーシュ・ド・グラモンにも申しつけください」 ギーシュがそう言った瞬間、彼の意識はそこで途絶える。 がくりと崩れ落ちるギーシュ。 その頭にはたんこぶが出来ている。 ミルアがギーシュの頭に拳を振り下ろしたのだ。「申し訳ありません。扉の外にいることには最初に気がついていたのですが、途中から忘れてしまいました」 ミルアはそう言って、どこから持ってきたのか縄で気絶したギーシュをぐるぐる巻きにする。 ルイズはその光景を小さなため息をつきながら見ていたが、すぐに真剣な表情をアンリエッタに向け、「時間がありません。明日の朝にでも出発したいと思います」 ルイズの言葉にアンリエッタは頷くと机に座り、ルイズの羽ペンと羊皮紙をつかい、すばやく手紙をしたためる。 羽ペンを仕舞おうとしたところで、手を止め、僅かに悩んだ後、手紙に何かを追記した。 そして手紙を巻き、杖を振る。 すると手紙に封蝋がなされ花押が押された。 アンリエッタはその手紙を胸に抱く。 まるで思いでもこめるようにそうしていたが、しばらくしてその手紙をルイズに手渡し、「ウェールズ皇太子はアルビオンのニューカッスル付近に陣を構えていると聞きます。この手紙をウェールズ皇太子に渡してください件の手紙をすぐに返してくれるでしょう」 アンリエッタの言葉にルイズは頷く。 それを確認したアンリエッタは自らの指から指輪を引き抜きルイズに握らせ、「母君から譲られた『水のルビー』です。せめてものお守りに。もしお金が足りないようなら売ってお金にしてください」 指輪を受け取ったルイズは深々と頭をさげる。 アンリエッタは頷くと、「どうか、どうか手紙と一緒に無事に帰ってきて頂戴ね。ルイズ……」 そう言って見せたアンリエッタの笑顔は悲しそうで、何処か悔しそうな、複雑な笑顔だった。「二人とも準備はいい?」 まだ日が昇りっていない中、鞍をつけた二頭の馬を背後に腕を組んだルイズがそう言った。 服装はいつもの制服姿だが乗馬用のブーツを履いている。 才人はいつものパーカー姿にデルフを背負い、腰には「双頭の片割れ」を下げていた。 一方のミルアは才人同様、腰に「双頭の片割れ」を下げ、また学院長から借りてきたのか、あの棘付き鉄球を背負っている。 ちなみにギーシュは縄でぐるぐる巻きにしたままルイズの部屋に放置してきた。 口はふさいでいないので、その内自力で助けを呼ぶであろう。 また、一度目を覚ましたときにルイズがこれでもかというぐらいに脅してアンリエッタとのやり取りと密命に関して口止めしておいたので問題はないはずである。 さて、と準備が出来たことを確認したルイズが馬にまたがろうとした。 その時ミルアが何かに気がついたように後ろをふりかえる。 ルイズもまた、後ろから自らの頬を優しい風がなでたような気がして振り返った。「ワルドさまっ!」 一行の後からやってきた長身で羽帽子をかぶった人物に対してルイズは声をあげた。 ワルドと呼ばれた男性にミルアは見覚えがある。 昨日、アンリエッタの馬車の周囲にいた護衛の魔法衛士隊の中に彼がいたはずだ。 才人もなにか驚いたようにワルドを見ている。 ワルドは両手を広げ、「久しぶりだね、僕のルイズっ!」 そう言ってルイズの小さな体を軽々と抱えあげた。 その光景に才人はあんぐりと口をあけ、ミルアはきょとんとしている。 ルイズは顔を赤らめ身じろぎしながら、「わ、ワルドさま、その、人前で恥ずかしいですわ」 さすがにこの台詞にはミルアも驚いた。 誰これ? いつものルイズさんと違いすぎる。 思わず、じっとルイズを見るが骨格やらなにやら特にいつもと変わりない。 体温が少し高いのは誰でもわかること。 ルイズのテレながらの抗議にワルドは「ははは」と笑い、「すまない、すまない。久しぶりに君に会えて嬉しくてね」 ワルドはそう言うと才人やミルアに視線を移して、「ルイズ、彼らを紹介してくれるかい?」 ワルドの言葉にルイズは頷くと、「えっ、こっちが私の使い魔のサイトで、こっちが従者見習い兼護衛のミルアです」 ルイズがそう紹介するとワルドはにこりと笑みを浮かべて、「魔法衛士隊、グリフォン隊隊長ワルド子爵だ。よろしく」 自己紹介され、才人とミルアは頭をさげる。 そしてミルアはすこし頭を上げ、「ルイズさんとはどのような?」 その言葉にルイズは顔を伏せもじもじとした。 ワルドはそんなルイズを微笑ましく見つめ、「彼女は僕の婚約者なんだよ」 ワルドの言葉にミルアは、あぁなるほどと頷き、一方の才人は完全に固まっていた。 そんな才人にワルドは歩み寄ると、才人の肩をぽんと叩き、「もしかして緊張しているのかい? 僕がいるし、聞けば君はあの土くれのフーケから学院の宝を奪還したんだろ? もっと大きく構えたまえ」 実にさわやかにそう言うワルドに、ミルアも好感を覚えた。 しかし才人を見ればどうも浮かない顔をしている。 ミルアは才人の袖を引き、「どうかしましたか?」「なんでもねぇ」 そっけない態度で答えた才人はそのまま自らの馬にまたがる。 ワルドもルイズの手を引き、自らが連れてきたグリフォンにまたがった。 ちなみに、ルイズはグリフォンの手綱を握るワルドの腕の間にいる。 不意にワルドがその視線をミルアに向けた。 それに気がついたミルアはすぐさま自分の馬にまたがる。 ワルドはミルアの騎乗を確認すると羽帽子のつばを指先でくいっと上げ、「では行こうかっ!」 勢いよくグリフォンが駆け出し、才人とミルアの馬もそれに続いた。 アルビオンへの玄関口である港町ラ・ロシェール。 狭い峡谷の山道の先に設けられた小さな街は、トリステインから早馬で二日ほどかかる。 そのラ・ロシェールを、ルイズたち一行はほとんど休むことなく目指していた。 才人とミルアは、疲労が限界に達した馬を途中で二度、宿駅で交換している。 しかし乗り手は休む暇もなく、才人は完全に馬の背でぐったりとし、ミルアもどことなくだれていた。 そんな中、ワルドのグリフォンはほとんど疲労の色もなく、乗り手であるワルドも同様に疲労の色を見せていない。 ワルドの腕の中のルイズは少し疲れているようだった。「ねぇ、少し飛ばしすぎじゃないかしら?」 少しの間、ワルドと雑談を続けていたルイズはそう口にした。 最初こそ丁寧な口調で話していたルイズも次第に普段の口調に戻っている。 ワルドもそれを、素のルイズとして受け入れていた。「出来れば今晩中か明日の朝にはラ・ロシェールへ着きたいのだけどね」 ワルドは少し困ったように答える。 しかしルイズは首を横に振り、「でも、サイトもミルアもだいぶ疲れているわ」 その言葉にワルドは少し後ろを振り返ると、「あまり遅れるようなら置いていくしかあるまい」「そう言うわけにもいかないわ。サイトは私の使い魔だし、ミルアだって護衛で貴重な戦力よ。任務の都合上、人数は多すぎても目立つけど少なすぎても危険だわ」 ルイズがそう言うとワルドは首を横に振り、「いや、確かにルイズの言うと通りだよ。僕としたことがかっこ悪いね」 そう言ってワルドははにかみ、ルイズの頭をなで、「しかし僕のルイズはしばらく見ない間にとても賢くなったようだね。婚約者としてとても嬉しいよ」 そう言って笑うワルドにルイズはなんとも複雑な笑顔を浮かべた。 確かに沢山勉強した。 学院でも座学の成績はトップだ。 けれど未だに魔法は…… 婚約と言っても親同士が決めたこと。 果たして今の自分はワルドにふさわしいのか。 そして何より、ワルドに抱く感情は、憧れなのか愛情なのか。 はっきりとしない自らの思いに、ルイズはワルドから顔を背け軽く下唇を噛んだ。「見えたぞ。ラ・ロシェールの明かりだ」 その日の深夜、小休止を挟んだ一行はラ・ロシェールの手前までたどり着いた。 ワルドの言葉に才人はほっとしたような顔をする。「止まってください両脇の崖の上、人がいます」 ミルアの鋭い声に一行は足を止めた。「崖の上に? 本当かい?」 ワルドはそう言いグリフォンの上から崖の上を睨みつける。 しかし双月が雲に隠れているためか、その人影を確認することは出来なかった。 才人も崖上を見つめているとミルアは馬から降り、「先ほど数人が顔を覗かせるようにしていました」 ミルアに続いて才人も馬から下りる。 それを確認したミルアはルイズに、「ルイズさんはこちらに、グリフォンの上では危険です」「大丈夫さ、ルイズは僕が守る」「前に出るつもりがないのでしたらそれでかまいませんが……」 自信たっぷりのワルドにミルアがそう言うとワルドは「ふむ」と小さく頷き、「ルイズすまないが彼らのところに行ってくれるかい? なに、もし本当に敵がいたらすぐに片付けて君の下へ戻るよ」 そう言って笑顔を見せるワルドにルイズも頷き才人達の下へ駆け寄る。 その時、両脇の崖の上から一行の下に数本の松明が投げ込まれた。 ミルアはその内の二本を両手でそれぞれキャッチすると、そのままほとんど垂直と言っても過言ではない崖を駆け上がってゆく。「げ、まじで?」 その光景に驚きながらも才人はルイズをかばうようにデルフを構える。 見ればワルドはミルアとは反対側の崖の上へグリフォンで舞い上がっていた。「な、なんだこのガキはっ? ぐわっ!」 崖の上へ駆け上がってきたミルアに驚いた男だったが、ミルアが振り上げた松明に顎を打ち上げられ、そのまま意識を失う。 数は十。武器は剣ばかり。使い古して汚れてたり、何処か欠損してる鎧。 敵を一瞥して数と装備を確認したミルアは、一番近くの男との距離を一気につめた。 男が振り下ろした剣を僅かに体を横へずらし回避したミルアは、男へ向かって跳躍。 その鼻っ面へ、自らの頭を遠慮なくぶつけた。 そしてその勢いのまま男と共に倒れこむかに見えたが、倒れた男の体の上で前転、地に足が着くと同時に駆け出す。 目の前に迫るミルアの動きについていけずにいた男の側頭部を、飛び上がったミルアの持つ松明が襲い、男はそのまま白目をむいて倒れた。 頭頂部を後頭部を、腹部を股間を……ミルアが駆け上がった崖の上にいた男達は、ミルアの持つ松明二本に次々と討ち取られていった。「はい。終わり」 そう言って軽く息を吐いたミルアの前には、男達が白目をむいていたり、地面に突っ伏していたり、ぴくぴくと痙攣していたりと、様々な形で転がったいた。「こちらにいた賊も片付いて応援に、と思ったんだが、そっちも終わったようだね」 そう言ってミルアの下へワルドがやってきた。 ミルアがちらりと反対側の崖を見れば確かに数人の男達が転がっているのが見える。 ワルドは目の前に倒れている男達をみて、「小さいのに大したものだ。いや、将来が楽しみだね」 そう言ってさわやかな笑顔を見せるワルドだったが、股間を押さえ痙攣している男を見て、僅かに額に汗を浮かべた。 魔法衛士隊、グリフォン隊隊長ジャン・ジャック・フランシス・ド・ワルド子爵。 彼もれっきとした男である。