空へと至る道。 そこは戦場となりました。 死が死を覆い、人の感覚を鈍らせる。 守る力も殺す力も同じ力。 私はいつも守る力でありたいと思う。 けれど現実はどうであろうか? 才人さん。貴方は自分の力をどう使いたいですか? 場所はトリステイン魔法学院から王都トリスタニアへ続く街道。 そこを豪華な馬車二台とそれを護衛する魔法衛士隊の列がトリスタニアへと向かっていた。アンリエッタ姫殿下とマザリーニ枢機卿の馬車だ。 通りかかった商人などが慌てたように道をあけ頭を垂れている。 そんな中、マザリーニは自らの馬車ではなく、魔法学院に訪れたときと同様、アンリエッタの馬車に乗り合わせていた。 マザリーニはアンリエッタの馬車の中で頭を抱え、向かいに座っているアンリエッタにいたっては顔面蒼白状態であった。 何故こんな状態なのか? 理由は簡単である。アンリエッタがルイズに密命を与えたことがマザリーニにばれたのだった。 何故ばれたのかは簡単だった。 アンリエッタはルイズに密命を与え、その間の授業を免除する旨を、わざわざオスマン学院長に頼みに行ったのだ。 その際、アンリエッタはオスマンに事情を明かしている。オスマンが宮廷の人間ではないというのが、アンリエッタに僅かな安心感を与えた結果であった。 そして事の重大性を認識したオスマンはアンリエッタの信用を裏切ることを覚悟した上でマザリーニに報告したのだ。 オスマンとしては、文字通り身を粉にしてトリステインの為に働くマザリーニは信用するに値する。それ故に報告したのだ。 報告をオスマンから直接受けたマザリーニは大いにうろたえた。そして顔色を真っ青にし次いで真っ赤、再び真っ青。見ていたオスマンが「こいつ死ぬんじゃね?」と心配するほどに。「姫殿下、大事なお話があります」 魔法学院から王宮へ帰る際、マザリーニにそう話しかけられアンリエッタは嫌な予感がしたのか、戸惑ったように頷いた。 そして二人でユニコーンが引く、アンリエッタ専用の馬車に乗り合わせた。 しばらくの間、マザリーニは一言も発せず、アンリエッタは自分専用の馬車にもかかわらず小さく小さくなっていた。 そして、いたたまれなくなったアンリエッタはちらちらとマザリーニの様子を伺いながら、「あの……マザリーニ? 大事な話とは?」 その言葉にマザリーニはギロリとアンリエッタを睨むと、「お心当たりはおありですか?」 マザリーニの、今までないほどの恐ろしい形相にアンリエッタはびくっと体を強張らせた。 そして、このまま白を切るのは無理だと、早々にあきらめたアンリエッタは、小さな声で、「その……手紙の件で?」 若干上目遣いで、許しを請うような姿だったが、そんな願いはかなわずマザリーニが噴火した。それはもう馬車を引くユニコーンがびくっと驚くほどに。 そして始まる説教。 その余りの勢いに、アンリエッタは最初から最後までなにを言われているのかわからなかった。手紙のことがばれたことによって混乱していたのも、その要因だった。矢継ぎ早な説教にただただ頷くことしか出来ないでいた。「私に報告してきた学院長を責めないでください。事は国の一大事ですので」 マザリーニは最後にそう言うとがっくりとうなだれた。 まるで燃え尽きたかのようで、アンリエッタが心配して様子を見ていると、「私は姫殿下に信用されていなかったのですね」 そう、ぼそりと呟くマザリーニ。 その呟きにアンリエッタは、はっとした。 何故自分はこの国の為に、寝る間も惜しんで働いてくれている彼に相談しなかったのか? 信用しなかったのか? 怒られるのが目に見えていて、それが嫌で友人を頼って、その友人を危険な任務につかせて……「私は……私は姫として、いや人として愚かでした……」 そういってアンリエッタはぽろぽろと泣き出した。 その様子にマザリーニも慌てた。説教はしたが泣かせるつもりなどなかったのだから当然である。「姫殿下、私もいけなかったのです。政務ばかりで、姫殿下との信頼関係が築けていなかったのですから」 マザリーニのその言葉にアンリエッタは涙をぬぐいながら、「今からでも遅くないでしょうか?」「それはわかりません。ですが、この国の為、姫殿下自身の為にもどうか私に時間をください」 マザリーニはそう言い頭を下げる。 アンリエッタはそんな彼の手をとり静かに頷いた。 ワルドに連れられてミルアとルイズは物置の様な広場に来ていた。周囲を石の壁に囲まれ、隅には空の樽や空き箱、壊れた家具などが乱雑に詰まれている。天井こそないが壁に囲まれている為か日当たりが悪いようで壁のいたるところに苔が生えていた。 ワルドの説明によれば、ここはかつて練兵場だったらしく、かつての古き良き時代は多くの貴族たちが決闘場としてもしようしていたらしい。「王が強大な力を持ち、愛国心あふれる貴族たちがそれに従い、名誉や誇りが生きていた時代さ。僕も出来ればその様な時代に生まれたかったものだ」 そんなワルドの言葉にミルアは何か引っかかるような物を感じつつ広場を見渡すと、すでに才人は到着していたようでデルフを軽く振りながら準備運動をしているようだった。 ルイズが才人に詰め寄ろうとしたがミルアがそれよりも早く才人の元へと歩みより、才人が手にしていたデルフを無造作に掴んだ。「なんだよ」 才人がぶっきらぼうにそう言うと、ミルアは才人の目を真っすぐに見て、「本気ですか?」「何が?」「ワルドさんとの決闘です」「冗談なもんかよ。本気だよ」 その才人の言葉にミルアは下を向き小さくため息をついた。 そしてデルフを掴む手にいっそうの力を込めながら、「ワルドさんに勝てると思いますか?」「俺が負けるって言うのか?」 ミルアはワルドをちらりと見て、「ワルドさんは魔法衛士隊の隊長。単純に考えて実力者とわかります。才人さん、確かに貴方は使い魔になったことで力を手にしましたが、やはりまだまだ経験不足の素人です。いくらなんでも今の実力で魔法衛士隊の隊長と決闘なんて過程をふっ飛ばしすぎです」 ミルアの言葉に才人はあからさまなムッとした様な表情をしてデルフを掴んだミルアを振りほどいた。 そして準備運動を再開しながら、「俺が負けるかどうかなんて、やってみなくちゃわからないだろ」 そう言う才人にミルアはやれやれといった具合に、「デルフさんはどう思いますか? 私と違ってメイジの実力にはくわしいでしょう?」「ん~、相棒には悪いけどさ、嬢ちゃんの言うとおり勝つのは無理っぽぜ? やっぱり相棒には経験がたりねぇ。言っちゃ悪いが今の相棒はただ速いだけさ」 デルフの言葉に才人はイラついたようにデルフを振りながら、「なんだよ、お前までそんな事言うのかよっ」「いやいや相棒、物は考えようさ。これは決闘と言っても本物の殺し合いじゃねぇ。言ったろ? 相棒には経験が足りねぇって。魔法衛士隊の隊長との戦いは、例え負けても貴重な経験さ。いいか相棒。相手が悪すぎるから最初から勝とうなんて思うな。少しでも強さを盗むっていう向上心と、したたかさでいけ。相棒はまだまだ強くなれるはずだ」 デルフの言葉に才人は何処か納得していない様子だった。 そんな才人の心情を察してなのか、デルフは、「貴族の娘っ子の前で負けたくないってのはわかるがな、戦場で負けて、揃って死ぬよりよっぽどましだろ? 相棒はどうしたいんだよ? 格好つけたいのか? 守りたいのか?」 そんなデルフの言葉を聞いていたミルアは内心頭を抱えていた。 昨晩の謎のメイジとの戦闘もあって、皆が無用な消耗をするのを避けたかったのだ。 才人に決闘を思いとどまらせようとデルフに助けを求めたらこれである。 一方の才人はなにやら、はっとしたような顔をしていた。 まずい、この流れはまずい。ミルアはそう思いながら、どうしたらいいかと悩む。そしてあることに気がついた。事態を正直に話せばいいのではないのか? と。多少皆を不安にさせるかもしれないがこの際仕方ない。「あの……皆さんに話さないといけないことがあります」 ミルアはそう言うと昨晩の事を話し始めた。 ごんっ、という音が広場に響き渡る。 ミルアは昨晩の出来事を皆に全て話した。そしてそれ故に決闘という危険な事は絶対に避けたいとも話した。結果としてミルアに降りかかってきたのはルイズの拳骨だった。決闘の事はいいとして、昨晩の襲撃の事を黙っていたことに対するルイズの返答がそれだった。 ものの見事に拳骨が脳天へと直撃し、ミルアは思わず頭を抱えてうずくまる。「私たちを気遣ってくれたことは嬉しいけどね、そういう重要なことはちゃんと報告しなきゃだめでしょ?」 うずくまるミルアにルイズは人差し指をたてて説教を始めた。 そんなルイズを見ていた才人は、「なんかお姉ちゃんみたいだな」 そう言う才人の隣に立っていたワルドは顎に手を当て、「ルイズは三姉妹の末っ子だからね。案外、姉というものに憧れがあったのかもしれないね」 ワルドの言葉に才人は「そうなんだ」と頷いた。そして不意にワルドに向き直ると、「あの子爵さん」 改まってそう言う才人にワルドは僅かに驚いたように、「なんだい?」 ワルドの問いに才人は少し言い淀み、「お、俺、もっと強くならないといけないと思うんです。こんなんでもルイズの使い魔だし。それとミルアとかにも言われたんです。俺は経験が足りないって。もし、この任務が無事に終わったら改めて俺と戦ってもらえませんか?」 才人のその言葉にワルドは意外そうな顔をしていたが僅かに笑みを浮かべると、「あぁ喜んで相手をしよう。僕としても立場上、四六時中ルイズのそばに入れるわけではないからね。使い魔である君にも頑張ってもらわないとね。だから厳しく行くよ? いいね?」 ワルドがそう言うと才人は、ぱぁっと笑顔を浮かべ、「ありがとうございます」 そういって頭を下げた。 ワルドはそんな才人見て頷くと、「さて向こうの説教も終わったようだし宿に戻って食事にでもしようか。僕らは朝食もまだだったしね」 そうして一行は宿に戻り朝食を取ることとなった。 一行が朝食を終え、さてどう時間を潰そうかと考えていると、彼女らはやってきた。「やほーいっ! ル・イ・ズぅーっ!」 そう声をあげ女神の杵の扉をバーンと開け中に入って入ってきたのはイクスを始めとしタバサ、キュルケ、ギーシュだった。 呼ばれたルイズと言えば「ギャー」と顔を真っ赤にしながらイクスに詰め寄ると、その胸倉をつかみ上げると、「なんで? なんであんた達がいるのよ?」 イクスはルイズにぎりぎりと締めあげられながらも、にへらにへらと、「え? ほらルイズの部屋からなんか助けを求める情けない声が聞こえたから中に入ってみればロープでぐるぐる巻きにされたギーシュがいてさ、話を聞いてみれば、アルビオンへ行くの一点ばりでさ。なんか面白そうだったから一緒に来たわけだよ」 イクスの言葉にルイズはギギギと首を回しギーシュを見た。 ギーシュと言えば冷や汗を流しながら必死にルイズから顔をそむけていた。「まぁまぁルイズ、落ち着いて。来てしまったものは仕方ないさ」 ワルドが苦笑しながらそう言い、ルイズの肩に手を置いた。 そんなワルドを見たキュルケがワルドににじり寄りながら、「あら、素敵な殿方」 そんなキュルケにルイズはむっとした顔を向ける。 一方のワルドはにじり寄るキュルケを手で制して、「悪いが僕は婚約者のルイズ一筋でね。他の女性の好意は勘弁してもらいたいんだよ」 その言葉にキュルケは驚いた顔をルイズに向けつつも「あら残念」と引きさがった。 そんなキュルケにイクスは「私は髭は勘弁かな」とぼやく。 タバサはミルアに近寄ると一言「厄介事?」と聞くとミルアも「相当に」とだけ答えた。 ギーシュは才人にすがりつき「僕も連れてってくれ」と頼みこみ、才人は「俺に言われても」とそっけない態度。 これ収拾つくのかな、とミルアは考えていたが不意に外へと意識を向けた。しばらく扉を睨みつけるように見ていたが何かに気がついたように双頭の片割れを展開して、一行と扉の間に立ち、「皆さん奥へっ! 来ますっ!」 そう声をあげるミルアに、ルイズは「え?」と声を漏らしたが、イクスとタバサの二人が素早く動いた。イクスはルイズと才人を、タバサはキュルケとギーシュを引っ張ってテーブルの下へと滑りこんだ。 それと同時に扉が外からバンっと開け放たれ間髪入れずに大量の矢が中へと飛び込んできた。 ミルアは右手の平を突出し正面に魔法陣状のシールドを展開し、隣に立ったワルドは魔法で風をおこし、それぞれ飛んでくる矢を弾き飛ばす。 見ればルイズたちは床と一体となっていたテーブルの脚を折って倒し、矢に対する盾としていた。他の貴族の客たちもルイズたちに倣ってテーブルを盾のようにしていたが皆一様にガタガタと震えている。 とめどなく注ぎ込まれてくる矢にミルアは舌打ちし、展開していたシールドを解除した。それと同時にワルドのおこす風で防ぎきれなかった矢が数本、腕や足、胸に刺さるがミルアは構わず右手の平を突き出したまま、「シャインっ! バスターっ!」 木の幹のような光の奔流が迫る矢の大軍を飲み込み、そのまま傭兵たちをも飲み込んだ。 難を逃れた傭兵たちがあっけにとられている隙にワルドがミルアの襟首を掴み、そのままルイズたちが身を隠すテーブルの陰へと滑り込む。「み、ミルアっ、あんた矢がっ!」 所々から矢が生えているミルアに驚いたルイズが狼狽える。才人も息をのんでいた。 しかし当の本人であるミルアは無造作に自らに刺さった矢を次々と引っこ抜く。抜いた瞬間に軽く血が噴き出るが、まったくのお構いなしである。その上、出血は直ぐに止まったのかもう血が流れてこない。「だ、大丈夫なのかい?」 やや狼狽えたようにギーシュがそう問うと、ミルアは「大丈夫です」と頷く。 すぐに次の攻撃を警戒したが傭兵たちはミルアの魔法を恐れてか攻めあぐねていた。「はっきり言って数が多いです。ぱっと見ただけでも五十ほど。先ほどの魔法も周辺の建物や無関係な人を考慮して威力等を調節したので直撃した傭兵も気絶しているだけです。もし突っ込めと言われたら突っ込みますが」 その言葉に才人が、「突っ込むって一人で全部片づける気かよ?」「不可能ではありません。本気をある程度出せば可能です」 ミルアがそう答えるとワルドが顎に手を置き、「敵を片づけられるならそうしたいが……」 ワルドの言葉にルイズが驚いたような顔をして何か言おうとするが、ワルドはそれを手で制して、「君が突っ込むことによる不利益は何かあるかい?」「多勢に無勢ゆえに、ここの守りが薄くなります」 ミルアがそう言うとワルドは「ふむ」と頷いた。 するとタバサが軽く手をあげて、「私たちが囮。貴方たちは港へ」 そう言って裏口の方を指差した。 タバサの言葉にイクスも頷き、「どういう事情があるか知らないけど。ルイズたちはアルビオンに行かなくちゃならないんでしょ? だったら此処は私たちに任せてよ」 イクスはにこりと笑みを浮かべるがルイズや才人は心配そうな顔をする。 ミルアも何処か納得いかないような顔をしていた。 そんなミルアにワルドは、「そんなに心配なら君も残ればいい。君の実力ならここも安心だろう」 ワルドのその言葉に才人は頷き、ギーシュもうれしそうな顔をした。 しかしそれを聞いたイクスがわって入り、「いや、ミルミルはルイズたちと行くべきだよ」 そういったイクスはミルアに顔を近づけて、「ミルミルが今優先すべきはルイズたちの身の安全。ここは大丈夫だからルイズたちを守ってあげて」 イクスはそういうとミルアにウインクをしてみせて、ちらりとワルドを見て僅かにニヤリと笑みを浮かべた。 ワルドはイクスの笑みに怪訝な表情をしたが、 「そろそろ行こうか。敵ものんきに待ってはくれまい」 そう言いワルドは姿勢を低くしたまま裏口へと先行する。 才人とルイズも後を追うが、ミルアは名残惜しそうに後ろを振り返った。 しかしイクスやタバサが頷いて見せると、急いでワルドたちの後を追う。「しかしミルミルは甘いなぁ……」 ミルアが行ったのを確認したイクスはぼそりとそう呟いた。 タバサが「甘い?」と首をかしげると、「だって敵はこっちを殺しに来てるんだから、容赦なんかする必要ないのに気絶させるだけで済ましちゃんだから」「でも関係ない人や建物への配慮の結果でしょ? さすがのあたしも建物はともかく無関係な人への配慮はするわよ」 キュルケが苦笑しながらそういうとイクスも「まぁ仕方ないか」と頷く。そして笑みを浮かべながら杖を構えると、「さて、そろそろ暴れるとしますか。私は前に出るからタバにゃんとキュルケは後方からの援護をお願いしようかな?」 イクスの言葉にタバサとキュルケは頷く。 一方のギーシュはおずおずと手をあげて、「僕は何をしたらいいのかな?」「ギーシュはワルキューレで私と一緒に敵に突っ込んでくれるかな。具体的には私の盾になってほしいんだけど」 イクスがそう言うとギーシュは頷き、「そういう事なら任せてくれたまえ。僕のワルキューレで女の子を守れるというのは実にいい」 今から実践ということにやや緊張していたギーシュだったがイクスの提案に気を持ち直し誇らしげに薔薇の杖を構えた。「さて、行こうか。ここからは私たちのターンだよ」 そういったイクスは不敵な笑みを浮かべて空中に氷の槍を作り出し、それを掴むと何やら鼻歌を歌いながら駆け出し、そのまま宿の外へと飛び出していった。 女神の杵の前でひしめいていた傭兵たちは目の前の現実に驚愕していた。 襲撃をかけてすぐに見たことのない魔法での反撃。その威力は絶大で、死者こそ出なかったが宿内に射掛けていた連中は一掃され、士気も一気に落ちた。 その上、少女が青銅のゴーレムを引き連れ飛び出してきたかと思えば、次々と手にした氷の槍で傭兵仲間たちを一突きにしていく。 少女をよく見れば服装といい五芒星のタイピンといい、どうみても魔法学院の生徒。つまりは碌に実戦経験もないような小娘のはずだ。 ところがどうだろうか。少女の身のこなしは見事なもので、迫る剣や槍を右へ左へ、時には上体をそらして、まるで踊るかのように軽やかにかわしてゆく。その上、嬉々として槍を振り回しているのだ。自らに降りかかる返り血にひるむことなく、まるで自らを彩る化粧といわんばかり。視覚外からの攻撃すらも難なくかわし、時にゴーレムを盾にする。おまけに宿内からは援護であろうファイヤーボールやエアカッターなどがバンバン飛んでくる。 士気が高ければまだ対処のしようもあったかもしれない。しかし最初の反撃の魔法といい、これでもかと言わんばかりに口角をあげ、見るものに恐怖心を抱かせる笑みを浮かべた少女の蹂躙劇。士気はただひたすらに下がる一方だった。 この状況下の中、傭兵たちにできることなど限られていたのかもしれない。 「あははっ! あはははっ!」 イクスは壊れたように笑みを浮かべ、声をあげ左手で氷の槍を振り回していた。ずぶりと肉を貫く感触が手に伝わってくる。相手の腹を蹴り飛ばし槍を抜くと、どぷっと傷口から血があふれ出し、相手はそのまま崩れ落ちる。 懐に入り込もうとする相手には右手に持った杖に「ブレイド」の魔法を纏わせ、その首を掻っ切った。次の瞬間、大量の血が傷口から吹き出しイクスの顔を赤く染める。イクスはそれに動じることなく、唇についた返り血をぺろりと舌で舐めとり、再び笑みを浮かべる。 その光景に、イクスを取り囲んでいた傭兵たちはたじろぎ数歩後ろへと下がった。 相手の剣や槍よりも早く、杖を槍を振る。イクスの戦いはいたってシンプルなものだった。しかし、そのシンプルな戦い方に傭兵たちはなす術もなく散っていった。 傭兵が先手を取っても、刃が届く前にイクスのふるう槍や杖が、傭兵の命を奪っていく。 しかしここで傭兵たちにとって好機と呼べる事がおきた。既にイクスの両手は血まみれになっている。その油のためか、傭兵の体から氷の槍を引き抜こうとして、そのまま槍が手からすっぽ抜けてしまったのだ。 それをチャンスとみなし二人の傭兵が切りかかるがブレイドの一閃で斬り伏せられた。しかし、その内の一人が最後の力を振り絞りイクスの、杖を持った手にしがみついた。 イクスはそれを力任せに振りほどくが、傭兵の手に引き抜かれるように杖が彼女の手から滑り落ちた。 僅かに舌打ちするイクス。 そんなイクスへ傭兵の一人が槍を突出し、突っ込んできた。 次の瞬間イクスは、にぃっと笑うと、その槍を僅かに体を横へとそらしてかわすと、傭兵の喉下めがけて右手を勢いよく突き出した。ぴんと伸ばされた指先が傭兵の喉下に深々と突き刺さる。イクスが手を引き抜けば、傷口から大量の血がとめどなくあふれ出し、それを止めようと傭兵は虚しく手で傷口を抑え、そのまま崩れ落ちた。 素手で人を簡単に殺すメイジ。 そんなイクスに恐怖したのか数人の傭兵が半狂乱に陥りながらも一斉に斬りかかった。 しかし、それらの傭兵たちは宿内からのエアハンマーで叩き飛ばされ、ファイヤボールで火だるまにされる。 運よく難を逃れた傭兵の目の前にイクスが迫っていた。 傭兵はイクスを斬りつけようとするが、剣の腹をイクスに蹴り飛ばされ傭兵は獲物を失う。そんな傭兵の頭をイクスが両手でつかんだ。「はぁぁぁあああっ!」 イクスは雄叫びとともに傭兵の頭を引き寄せ、そのまま、その顔面に自らの膝を叩き付けた。 傭兵たちは、中身の入った水瓶のように仲間の傭兵の頭が砕け散るのを、信じられないものを見るような目で見ていた。 僅かな沈黙の中、肩を震わせながら、小さく漏れるイクスの笑い声だけが傭兵たちの耳へと届く。 その光景に恐怖した傭兵が、一人、また一人と逃げ出してゆき、最終的には蜘蛛の子を散らすように全員が逃げて行った。「これは……僕たちの勝ちでいいのかな?」 鼻をつく血の匂いに顔をしかめながらもギーシュが宿から顔を出した。 そんなギーシュに、イクスはいつもの、友人たちに見せる笑顔を見せて、「そういうことになるかな。いやぁ大勝利っ!」 そういって左手を突き上げるイクスをタバサとキュルケは宿内から見ていた。「あの子って、あんな戦い方できたのね。正直驚いたわ」「私は知ってた」 タバサの言葉にキュルケは「ふぅん」と漏らすと、「結構付き合い長いのかしら? 貴方たち」 キュルケの問いにタバサは軽くうなずき、「もう数年になる。彼女は昔から全然変わらない」 タバサの答えにキュルケは僅かな違和感を抱きつつ、「桟橋に向かった方は大丈夫かしら?」 そう言い、桟橋のある方向へと視線を向けた。 宿に残った囮組が、まだ傭兵たちと戦っていた頃、桟橋へと向かった才人たちは建物の間にある階段を駆け上がっていた。 その長い階段に才人は「うへぇ……」と漏らしながらも、階段の先を見上げた。すると階段の先に樹のようなものが見えた。それと同時に疑問を感じる。「桟橋」に向かうのになんで上へ上へと昇っているのだろうか。それと此処からでもわかるあの樹はなんだ? 階段を上るにつれ、視界に映る樹のおかしさに徐々に気が付く。 でかい。樹のてっぺんがぼやけて見えるほどにデカい。 階段を上りきるとそこは丘の上だった。そしてそこには本当に大きな、そして太い太い樹がそびえていた。「東京タワーなんか目じゃねぇよ……山だよこれ」「ですね」 ぼそりと呟いた才人にミルアもぼそりと答えた。 そしてミルアは樹を指差し、一言「船」と口にした。「まじ?」 才人がミルアの指先を追うと、そこには樹から大きな伸びた枝にぶら下がるようにして船がつながれていた。 それは普通に海に浮かぶような帆船に見えた。 他に無数に伸びる枝にも同じような船がぶら下がっており、さながら船は樹になる果実のように見えた。 何故帆船が枝からぶら下がっている。才人がそう疑問に思っていると、それを感じ取ったのかミルアが、「アルビオンは浮遊大陸らしいですからね。空をいく船があってもおかしくはないでしょうね」「ふ、浮遊大陸っ?」 才人は驚き口をあんぐりとあける。 そんな才人とミルアを置いてワルドとルイズがその大樹へと駆け寄ってゆく。 才人とミルアも後を追うと、そこは巨大な大樹を穿って作ったのか、大樹が丸ごと吹き抜けのホールのようになっていた。 思わず見上げる才人とミルア。もはや完全におのぼりさんである。 まだ朝早いためか人の行き来もまばらでだった。各枝に通じる階段があり、そこには文字が書かれた金属のプレートが下がっている。 その金属のプレートに書かれた文字が行先を表しているのだろうか、あたりを見渡していたワルドが目当ての階段を見つけ、その階段をルイズを連れて駆け上がってゆく。 才人とミルアも慌ててワルドたちの後を追い始めた。 階段には手すりがついているが、階段自体も木でできているためか一段上るごとにしなる。駆け上がっているため、そのしなりも大きく僅かに恐怖を抱くものだった。 そんな階段をしばらく上がっていると、才人は後ろから誰かが追ってくる気配に気が付いた。それと同時に自分の後ろにいるミルアが足を止めたのにも気が付いた。「ミルアっ?」 才人がそう言い振り返ると、「才人さんっ後ろですっ!」 ミルアの声とともに誰かが頭上を飛び越え自らの後ろに立つ気配を感じた。 慌てて振り返るとそこにはローブを身にまとった仮面の男がいた。そしてその男はすでに才人に向けて杖を突き出している。 まずい。才人がそう思い背中に背負ったデルフに手をかけようとした。 しかしそれと同時にミルアが才人を横へと押しのける。次の瞬間、仮面の男が放ったエアハンマーがミルアに直撃する。 足場の悪い階段でエアハンマーの直撃を受けたミルアはそのまま勢いよく階段を転がり落ちてゆく。 才人は驚き、「ミルアっ!」「相棒っ! 今は目の前の敵に集中しろっ! 来るぞっ!」 デルフの声に才人はデルフを構え仮面の男が突き出した杖を受け止めた。 は、速い……才人は仮面の男の速さに驚いた。自分より早いんじゃないかと思うほどに仮面の男は早かった。「相棒、学院の坊ちゃん嬢ちゃんたちとはわけが違う、簡単に殺されるぞっ! 気ぃぬくなっ!」「わかってるよっ!」 才人はそう言いながらも防戦一方、徐々に後ろに下がってゆく。「サイトっ!」 ルイズとワルドが階段を下りてくるのが見えた。 才人は何とかその場に踏みとどまり、「子爵さんっ! 先に行ってくださいっ! ここは何とかしますっ! だからルイズをっ!」 才人の言葉にルイズもワルドも驚いた。 そしてワルドはルイズを抱え上げると、「わかったルイズは任せてくれ。だが君も追いついてこい、サイト君っ!」 そう言いジタバタとするルイズを抱えたまま階段を駆け上がっていった。「相棒よ、あの隊長さん、相棒のこと名前で呼んだぜ? ちょっとは相棒の覚悟とか認めてくれたんじゃねぇのか?」 デルフの言葉に才人はニヤリと笑みを浮かべると、「かもな。まさか年上の同性に認められるのがこんなに嬉しいなんてな」 才人はそう言いながら強引に仮面の男を押し返した。そして一気に斬りかかるが、仮面の男はひらりと舞いそれをかわす。仮面の男はそのまま杖を才人に向けた。 才人は咄嗟に横へ飛んだ。 すると階段をえぐるように目に見えない風の刃が才人の横を素通りしていく。 危なかった。才人がそう思うと同時に仮面の男が再び突っ込んできた。 仮面の男の杖を、才人はデルフで何とか受け止める。その時、才人は仮面の男が何かを呟いていることに気が付いた。 いったい何を? 才人がそう思っていると、「いけねぇっ! 詠唱だっ! 魔法が来るぞっ!」 デルフの警告と同時に仮面の男が後ろへと下がった。 仮面の男が杖を振ると周囲の空気が一気に冷えたように才人は感じた。 なんだ? 才人は警戒し身構えた。 ばちんっ! と大きな音がなり閃光が弾け、才人の視界を光が覆う。 「ライトニング・クラウド」と呼ばれる電撃の魔法が才人へと襲い掛かった。