空を覆う黒い影が不快な音を響かせて私たちに襲いかかる。 白の国を目の前にしてそれは私たちの前に現れた。 世界のゆがみ。 誰も……私も……そのゆがみにまだ気づきませんでした。 目の前の閃光に一瞬視界を奪われた才人。次の瞬間に彼が見たのは自分を庇うように立ち、その左腕に電撃を受けたミルアだった。背後に立つ才人にミルアの表情をうかがい知ることはできなかったが、電撃を受けた左腕がバチバチと放電するのだけは見えた。 才人は恐る恐る、「み、ミルア……」「すいません。ずいぶんと下まで転げ落ちてしまいました」「いや、そうじゃなくてよ嬢ちゃん。腕さ腕」 ミルアの答えにデルフが突っ込むとミルアは「あぁ」と納得したように、「大丈夫です。電撃等には耐性がありますから」 ミルアがそう言うと同時に仮面の男が動いた。魔法を詠唱し杖をミルアたちに向ける。 しかし魔法が放たれることはなかった。ミルアが投げた非展開状態の、カードケースのような形状をした双頭の片割れが、仮面の男の杖を弾き飛ばしたのだ。 仮面の男は自らの後方へ飛ばされた杖を拾うため後ろへ下がろうとする。 しかしミルアはそれを許そうとしなかった。今だ放電している左腕をそのまま左足に添える。すると放電していた電気は左腕から左足へと移った。「ライトニング・キック……」 そう呟いたミルアは跳躍し、一気に仮面の男との距離を詰める。空中で腰を捻るように一回転し、その回転から生み出された回し蹴りが仮面の男の腰を強襲した。 腰を電撃付で蹴り飛ばされた仮面の男はうめき声をあげ、階段から、そのまま階下へと転落していく。 杖がなければ飛ぶことも浮くこともできないだろうと、ミルアはあえて仮面の男の行く末を見ようとせず投げた双頭の片割れを拾いあげる。 才人もそれは同じようでミルアと連れ立った階段を駆け上がり始めた。 しばらく階段を上がると一本の枝へとたどり着く。その枝先には一隻の帆船が何本ものロープで繋がれぶら下がっていた。 その帆船に近づくと甲板にワルドとルイズが立っていてこちらに向かって手をあげていた。 才人とミルアは枝から伸びたタラップを伝い甲板へと渡る。 するとルイズが半泣きの状態で駆け寄り、「よかった……二人とも無事で……」 そのルイズの様子に才人は気まずそうに頭をかきながら、「その、悪い……」「申し訳ないです」 才人に次いでミルアもルイズに謝る。 ぐすぐす言いながらルイズは目元をぬぐう。そんなルイズの後ろから僅かに笑みを浮かべたワルドがやってきて、「よく合流したねサイト君。ちらりと見たけど相手のメイジは相当の手練れのようだったのに、君は必死に相手の攻撃をしのいでいたようだ」 ワルドがそう言うと才人は照れたように、「いえ、俺なんて防戦一方で……それにミルアがいなけりゃやばかったですし」 才人がそういうとワルドは首を振り、「いや、実戦経験の浅い君が生き延びたことが重要だ。死んでしまえば経験も無駄になる。強くなり共にルイズを守る為にも君にこんな所で死んでもらっては困るよ」 そう言ってワルドは才人の肩に、ぽんと手を置いた。 それに対して才人は嬉しそうに「ありがとうございます」と礼を言う。 ワルドは笑顔でルイズに、「君の使い魔は将来有望だな。君の婚約者としても頼もしく思うよ」 その言葉にルイズは照れて顔を伏せた。 次いでワルドはミルアに、「君のことも頼りにさせてもらうよ。共にルイズを守ろう」 ワルドの言葉にミルアは黙って頷いた。 出航のためか甲板の上を船員がせわしなく動いている。ワルドが口笛を吹くと彼のグリフォンが甲板へと飛んできてそのまま端の方へ座り込む。 船員たちは最初こそグリフォンに驚くがやがて仕事を再開し始めた。 ワルドはそんな彼らを横目で見ながら、「さて状況を説明しておこう。僕らはこの船『マリー・ガラント』号でアルビオンへ向かう。アルビオンとの距離がまだ最短ではない為『風石』が足りないが、その分は僕の風で補う」 するとミルアが手をあげる。 ワルドが頷くとミルアは、「『風石』とはなんですか。何やらこの船を動かすのに必要な感じですが」「その通りだよ。『風石』は船を浮かべるのに必要なもので、アルビオン大陸もその風石の塊によって浮いているとされている」 ワルドがそう答えるとミルアは「ありがとうございます」と礼を言う。「アルビオンに到着するのは風にもよるが速くて今日の夕刻前後といったところらしい。三人はそれまでゆっくりと休んでくれ」 そう言ったワルドは船長に用があるのか、近くの船員に船長の居場所を聞いて甲板を後にした。 ワルドを見送ったルイズは才人とミルアに歩み寄ると、「二人とも怪我とかしてない?」「してないよ。ちょっと危なかったけどミルアが助けてくれたし」 才人の言葉にルイズはミルアを見て、「怪我してない?」「してません」 ミルアは首を横へ振るが、ルイズからは疑いの眼差し。 にじり寄るルイズにミルアは僅かに後ずさった。ルイズの方が背が高いため、やや上体をそらしつつ。「そういえば宿で襲われた時、矢が思いっきり刺さってたわよね」 ルイズはそういうと、おもむろにミルアのシャツをまくり上げた。 才人は明後日の方向を向く。 ミルアのシャツをまくり上げたルイズは、ミルアの白い体をぺたぺたと触りながら、「傷……ないわね……なんで?」 「治るのが早いんですよ。ただそれだけです」 ミルアの言葉にルイズは「ふぅん」と言いながら尚もミルアの体をぺたぺたと触る。 触れるルイズの手がちょうど対比となってミルアの肌の白さがよくわかった。「ほんっと白いわね……」 そんな事をいうルイズをよそにミルアはくすぐったくてしかたなかった。 そこへワルドが戻ってきて、「あぁ、ルイズ……って、何をしてるんだい?」 苦笑してそう言うワルドにルイズは慌てて、「い、いえ、怪我してないかちょっと確かめに。この子、気を使って隠し事するみたいなんで……」 ルイズの言葉にワルドは僅かに頷くと、「船長に聞いてきたんだがニューカッスル付近に陣を構えた王軍は相当の苦戦をしいられているらしい。城内へ撤退、包囲されるのも時間の問題らしい」 その言葉にルイズは不安そうな表情を浮かべ、「ウェールズ皇太子は無事かしら?」「そこまではわからないそうだよ。それと港町は全て反乱軍が抑えているだろうから、王党派と連絡を取るには陣中突破しかない。だからアルビオンに着くまでしっかりと休んでいてくれ」 ワルドはそういうと才人とミルアの方を見て、「僕はこの船の航続距離を稼ぐために精神力を消耗せざるを得ない。アルビオンに着いてからしばらくは君たちに二人に頼るしかないんだ。頼むよ」 ワルドの言葉に才人とミルアは力強く頷いた。 舷側に座り込んでいた才人とルイズはいつに間にか揃って眠りこけていたようで二人ともミルアに揺り起こされた。「ルイズさん、あれがアルビオンですか?」 ミルアの言葉にルイズは目を擦りながら船の外をみた。その視線の先には巨大な、本当に巨大な大陸が浮かんでいた。 視界の端まで埋め尽くすほどに陸地が伸びているのがわかる。大地にそびえる山は、大陸が空高く浮いているだけあって天にも届くのではというほどに大きく見えた。 才人は巨大な大陸をぽかんとした顔で見上げたあと、船の下に広がる白い雲を見て、改めてここが空の上であることを確認した。「さすがにこの光景は凄いですね」 ミルアがそう言うと才人はこくこくと頷く。 するとルイズがやや得意げに、「浮遊大陸アルビオン。普段は大洋の上をさ迷っているんだけど、月になんどかハルケギニアの上を通過するの」 ルイズの言葉に才人は「へぇ」と頷く。 ミルアも頷きながら、「相当な大きさのようですけど具体的にどれくらい大きいんでしょうか?」「ハルケギニアに来てまだ間もないあんた達には実感はないだろうけど、トリステインの国土ほどの大きさがあるわ。それでね、アルビオンは通称『白の国』と呼ばれてるわ。その理由は、あれ」 ルイズはそう言い大陸の下方を指差す。 大陸の下半分は白い霧に包まれている。よく見てみれば川から溢れてきているのだろう水が大陸の端から滝のように流れ、空に落ちる際に霧となって大陸の下半分を覆い隠しているのだった。「あの霧はね、いずれは雲になってハルケギニアに大雨をもたらすの。よほどのことでもない限り、割と定期的に大雨が降ることになるわね」 ルイズの説明に才人とミルアの二人は頷くばかりだった。 しかし、ふとミルアが何かに気が付いたのか、船の右舷上方の雲の塊を見つめ始める。「どうしたの?」 ルイズがそう尋ねると、ミルアは雲の塊を指差し、「雲の中に船がいます」 ミルアの言葉に才人とルイズも雲の塊を見つめる。 するとしばらくして雲の中から一隻の船がゆっくりとその姿を現した。 その大きさはマリー・ガラント号よりも一回りほど大きく、船体は黒くタールで塗られ、その舷側に空いた穴からは二十個ほどの大砲が突き出していた。 しかし、その物々しい船以上に、皆を驚かせる光景がそこにはあった。「なに……アレ……」「む、虫だ……」 ルイズと才人はその船を見て呟く。 確実に人よりも大きいであろう虫。遠目から見て、無数の黒い大きな蜂がその船の周りを飛び、船体に張り付いていた。 その船よりも下にいるルイズたちに、その船の甲板の様子はわからないが甲板のあたりからファイヤーボールなどが飛び出すのが見えた。「お、襲われてるのかしら」 ルイズが少し怯えたようにそう言うと才人は頷き、「あぁたぶん……」 才人はそう言いちらりとミルアを見た。 するとミルアはただ、じっとその船の光景を見つめている。 そこへ見張りをしていた船員が、「あの船は所属旗を掲げていませんっ!」 それを聞いた船長の顔が青ざめる。 ここ最近、内乱による混乱に乗じて空の無法者、空賊の活動が活発になってきているのだ。 いち早く決断した船長の怒号が甲板に響く。「あの船は空賊の物だっ! 巻き込まれたらかなわんっ! 逃げるぞっ取り舵いっぱいっ!」 しかし、事態はすでに手遅れで、空賊の船に群がっていた虫の一部がこちらに向かって飛んできた。「まずいっ! 皆伏せろっ!」 船員の誰かがそう叫び皆一様に甲板に伏せる。 ただ一人ミルアだけがその場で身構えていた。 次の瞬間、無数の虫たちが大きな羽音を立てながら甲板の上すれすれを通過していく。 才人やルイズが頭を抱え伏せていると、どんっと大きな音がした。 見れば一匹が身構えたミルアに真正面から突っ込んだのだ。 間近で見れば四メイルはあろうという巨大な黒い蜂。そんな巨大な蜂に体当たりされたミルアは、その蜂を掴んだまま甲板の上を滑ってゆく。 才人とルイズが助けようと身を起こした時、「ああぁぁあっ!」 ミルアは雄叫びとともに一抱えほどの大きさのある蜂の頭を、抱きつくようにつかみ、そのまま甲板にねじ伏せた。次の瞬間、ばきりという音と共に蜂の頭がもげる。 もいだ頭を投げ捨てたミルアはそのままジタバタともがいている蜂の足を掴んで甲板の外へと放り投げた。「すげぇ……」 才人がそういった時だった。思わず耳を塞ぎたくなるような大きな羽音が耳元をかすめた。 次の瞬間、「きゃあぁぁぁぁっ!」「ルイズっ?」 才人がそう言い横を見ると、そこにルイズはいない。「サイトぉっ! ミルアぁっ!」 声をする方を見ればルイズは巨大な蜂の足に掴まれ、そのまま空賊の船の方へと連れ去られてゆく。 ルイズ以外にも数名の船員が蜂に連れ去られていた。「う、嘘だろ……」 才人は呟き、青い顔で呆然としていると、突然ミルアが後ろから才人の腰に抱き着き、「追います。加速するので舌を噛まないで下さいよ」 そう言うと同時に二人の体はふわりと浮きあがり、次の瞬間、加速してものすごい速度でルイズをさらった蜂を追う。 徐々に蜂との距離を詰める二人。 見れば最初こそジタバタともがいていたルイズだが今はぐったりとしていた。 その光景が才人とミルアの二人を焦らせる。「才人さんを空賊の甲板へ落とします。着地できますか?」 ミルアがそう問うと、才人はデルフリンガーの柄に握り、「できるけど、その後どうするんだよ」「私が位置を見計らって、あの蜂を攻撃してルイズさんを離させます」「ОK。俺がルイズをキャッチすればいいんだな」 才人の言葉にミルアは頷く。 そして空賊の船まであと少しというところで、ミルアは抱えていた才人を思い切り放り投げた。「うわわっ!」 そんな声をあげながらも才人は何とか甲板に着地し、目の前で空賊の男に襲いかかっていた蜂めがけてデルフを思い切り振った。 だが蜂の体は異常に堅く、ガツンっと音がして斬ることができなかった。しかし、その衝撃で蜂はよろけ、その隙をついて襲われていた空賊の男が放ったエア・ハンマーが蜂に直撃し、そのまま甲板の外へとたたき出す。「すまない少年。助かった」 ぼさぼさの髪に、もさもさとした髭の空賊の男はそう礼を言うが才人はそれに答えず甲板のはるか上を飛び交う蜂の群れを見上げる。 才人につられ空賊の男を蜂の群れを見上げ、「なんと……」 空賊の男も蜂に連れ去られたルイズや船員たちに気が付いた。 そして、その群れの中で、ミルアが蜂の進路を制限するかのように、せわしなく飛び回っていた。「ここっ!」 飛び回っていたミルアはタイミングを見計らい、ルイズを掴んでいる蜂に、双頭の片割れを思い切り叩き付けた。 堅いもの同士がぶつかる鈍い音ともに蜂はよろけ、その拍子にルイズを解放した。 落ちてゆくルイズを待ち構えるように甲板では才人が両手を広げている。 ルイズと才人の距離があと少しというところで、突然ルイズがふわりと浮きあがり、そのままゆっくりと才人の腕の中へと納まった。 才人は慌ててルイズの無事を確認する。ぐったりしていたので心配したがどうやら気絶しただけのようだった。 ほっと安心した才人は、「あの、ありがとうございます」 先ほど助けた空賊の男に礼を言った。 空賊の男が落ちてくるルイズにレビテーションの魔法をかけてルイズの体を浮かせたのだった。「これぐらいどうということはないさ」 空賊の男はそう言い、もさもさの髭の隙間から白い歯を見せにっと笑った。髪もぼさぼさなのに対して、その白い歯はアンバランスに見える。 才人は空賊の男に違和感を覚えつつもルイズを軽くゆすって、「ルイズ、ルイズ、大丈夫か?」 才人が呼びかけるとルイズは軽く呻いてゆっくりと瞼を開き、「さ、サイト……?」「あぁ、俺だ。もう大丈夫だぞ。怪我とかしてないか?」 才人にそう言われルイズは自分の身に何が起こったか思い出したようで、顔を真っ青にして、「わ、私……あの蜂にさらわれて……」 そう言い周りを見渡して、「た、助けてくれたの?」 ルイズの言葉に才人は頷き、「あぁ、俺とミルアの二人でな」 才人の言葉にルイズは何処かほっとしたような表情をした。 一方の才人はいつにもなく真面目な表情で、「ごめんな。俺がそばにいたのにこんなことになっちまって」 そう言うとルイズの手を握り、「もう離さないから。ちゃんと俺が守るから」 その言葉にルイズは顔を真っ赤にした。 普段はへらへらとして自分のことをご主人様として扱わない生意気な平民の男の子。それがどうだろうか? 今はとても真面目な表情をして、自分を守ると宣言している。才人のその姿は、ルイズには自分を守る騎士のように見えた。「そ、そういえばミルアは?」 ルイズは自らの紅潮した顔を見られまいと顔を背けながらそう言った。 そんなルイズの動揺に気づくことなく、才人は上を指差して、「まだ、他の船員を助けてる」 その言葉にルイズも上を見上げると、才人の言葉のとおりミルアが縦横無尽に飛び回り、隙を見計らって蜂に攻撃を加えていた。 その攻撃によって解放され、落下してゆく船員を、甲板にいた空賊たちがレビテーションで浮かせ受け止める。「だいぶ減ったな……」 才人が助けた空賊の男がそう呟いた。 確かに空賊やミルアの攻撃により蜂の数は確実に減っていた。「あと少し……」 才人がそう呟いたとき、ルイズが何かに気が付き、「ミルアっ! 後ろっ!」 ルイズの声がミルアに届く直前に、ミルアは背後から迫る蜂の存在に気が付いていた。 しかし、元より空戦の適正があまり高くないミルアが、ルイズや船員を助けるために飛び回った結果、確実に疲労がたまり、反応が僅かに遅れた。 どんっという音ともに半ば振り返りつつあったミルアの側面に蜂が激突し、そのままミルアの小さな体にしがみつく。 何とか振りほどこうとするミルアだったが、そこへ一匹、また一匹と、四方から次々と蜂がしがみついてきた。無数の蜂にしがみつかれて、ミルアの体が見えなくなる。 そして、ミルアを中心とした蜂の塊は、そのまま重力に従い落下を始めた。しかしミルアが中心で飛行を試みているのか、その落下速度はゆっくりだ。 甲板にいた空賊たちがその蜂の塊へ魔法を放つがさほど効果はなく、蜂の塊は甲板の横を素通りしてゆく。 その時、ルイズが声をあげる。「サイトっ! 行きなさいっ!」 ルイズの言葉に才人は驚く。 今さっき、手を離さないと言った手前、ややためらいがあった。 しかし、ルイズはそんな才人の心情を察してか、「直ぐにミルアを助けてさっさと戻ってきなさいっ!」 必死にそう言うルイズに、才人は頷くと、「わかった……すぐに戻ってくるからっ!」 そう言い、ルイズの手を放すと甲板の縁を蹴り、空へと飛び出す。 幸い蜂の塊の落下がゆっくりなため才人は直ぐに追いつくことができた。 しかし空を飛べない才人に接触の機会は一度しかない。 才人はデルフを握る手に一層の力を籠め、「俺の相棒を、返しやがれぇぇぇぇええっ!」 その叫びに呼応するように左手のルーンの輝きが増す。 才人は自らの落下の勢いも乗せて、蜂の塊に向かってデルフを振り下ろした。 次の瞬間、堅かった蜂の体が真っ二つに裂ける。 そして僅かにできた隙間を縫うように、強引にミルアが飛び出し、そのまま才人の腕を掴んで一気に上昇した。 見れば蜂の塊は錐揉みしながら落ちてゆく。 マリー・ガラント号や、空賊の船の甲板から歓声が聞こえる中、ミルアは才人を見て、「まったく、無茶をしますね」 その言葉に才人は、にっと笑みを浮かべ、「そんなのお互い様だろ?」 ミルアはそう言う才人から顔をそらすと、「そうですね。それに……ありがとうございます」 いつもの淡々とした感じではなく、何処か弾むように言い、ミルアはルイズが待つ、空賊の甲板へと向かった。 数を減らした蜂たちが雲の中へと逃げ去った後、ミルアと才人、そしてルイズが合流し、互いの無事を確認していると、才人が助けた空賊の男が近づいてきて、「君たちのおかげで助かったよ。ありがとう」 その言葉に才人は首を横に振り、「いえ、こちらこそ助けていただいてありがとうございます」 才人がそう言うと、ルイズがおずおずと、「あ、貴方たち空賊よね?」 その問いに空賊の男はやや慌てた様に、「あぁ、そうだ」 唐突に声色を変え、口調も変えて答えた。 ミルアと才人はその変わりように顔を見合わせるが、ルイズは、きっと男を睨みつけ、「私たちはトリステインから来たアルビオン王家への大使よっ! 丁重に扱いなさいっ!」 そう言い切るルイズに才人は面食らう。 ミルアも、そら無茶な、と内心で突っ込んだ。 相手は空賊である。無法者と言っても過言ではないのだ。丁重に扱えとか、誰がどう聞いても無茶な話である。 空賊の男も、ルイズの物言いに苦笑していた。しかし、ふとルイズが身に着けていた指輪に気が付くと。「それはトリステイン王家の秘宝『水のルビー』じゃねえのか?」 空賊の男はそう問うが、ミルアには先ほどの口調の変化の事もあって違和感しか感じない。 しかしルイズはそんなことに気が付くこともなく、さっと指輪を隠し、「これは姫様からの大切な預かりものよっ! 死んだってあんた達なんかに渡すもんですかっ!」 この言葉に才人は内心頭を抱えた。 今いる場所は空賊の船の甲板。敵地と言っていい。 ルイズを守る為、空賊と戦う覚悟はあるが、仮にもルイズや船員の救助を手伝ってくれた者たちと戦うのは避けたかった。 才人が苦悩している中、空賊の男はルイズの目をじっと見つめる。 ルイズも負けじと空賊の男を睨み返していたが、不意に空賊の男が、くくくと笑い出した。 その様子にルイズは、かっとなって何か言おうとしたが、それよりも先に空賊の男が、「いや、すまなかったね。どうやら君たちは我々を欺いてるわけではないようだ」 なんとも要領を得ない言葉にルイズや才人がきょとんとしていると、空賊の男は他の仲間たちに頷いて見せる。すると甲板にいた空賊の男たちは皆一様に髪や髭に手をかけると、 髪を取り去り、髭を引っぺがした。 その光景にルイズと才人は固まる。 さすがのミルアも「え?」という具合に首をかしげた。 才人が助けた空賊の男の正体は金髪の凛々しい青年だった。才人的に言えばいわゆるイケメンだ。悔しいというよりも、こういう兄とかがいれば自慢できるような気持ちのいいイケメンだった。 見れば周囲の男たちもカツラや、付け髭を取り直立している。 才人が助けた空賊の男はルイズに対して笑みを浮かべ、「失礼したね、トリステインの大使殿。ようこそ『イーグル』号へ。私はアルビオン王国皇太子、ウェールズ・テューダー。近いうちに亡国の王子になる男だよ」 その言葉にルイズと才人は唖然とする。 ミルアも「はい?」と声をあげた。 正体を明かしたウェールズは笑いながら、「そう驚くのも無理はない。先ほどまで我らは空賊のふりをしていたわけだからね」 ウェールズがそう言うとルイズはおずおずと、「ど、どうして……」「我々が空賊のふりをしていた理由かい? なに、簡単なことさ。王軍の旗を掲げていてはあっという間に叛徒どもに囲まれてしまうからね。空賊のふりをして、こそこそと連中の補給物資をかっさらっていたのさ。しかもこれが思いのほかうまくいってね。もういっそのこと本物の空賊に身をやつそうかと思ってしまったほどだよ」 そう言ってウェールズは本当に愉快そうに笑った。 するとイーグル号に近寄ってきていたマリー・ガラント号からワルドがグリフォンにまたがり渡ってきて、「ルイズっ無事かいっ?」「え、えぇ私は無事よ」 ルイズがそう答えるとワルドはルイズを抱きしめながら、「サイト君とミルア君も無事なようだな。二人ともルイズを守ってくれてありがとう。それと、すまなかったね僕の精神力がほとんど底をついていたばっかりに」 ワルドの言葉に才人は「いえ、そんな」と首を横に振った。 するとワルドはようやくウェールズに気が付いたようで、「ところでルイズ。こちらの人は?」 その言葉にルイズは慌てて、「あのねワルド、こちらは、アルビオン王国のウェールズ皇太子様よ」 ルイズの言葉にワルドは唖然とする。 つづけてルイズはウェールズにワルドを紹介した。 事態が飲み込めていないワルドにウェールズは先ほどと同じように説明する。 ウェールズの説明に納得したワルドは慌てて頭を下げた。 そんなワルドに苦笑しつつ、ウェールズは、「して、大使殿はどのような用件でアルビオンへ?」「あ、あの姫殿下から密書を預かってまして……」 ルイズはそう言いながら懐から手紙を取り出した。 するとミルアがルイズのマントをくいくいと引く。 そして首を傾げると、「その皇太子様は本物?」 その一言にルイズは慌て、「ちょっと、何失礼なこといいだすのよっ」 そんなルイズを余所にウェールズは、はっはっはっと笑い、「いや、その子のいう事は最もだよ。何せ先ほどまで我々は空賊を装っていたのだからね」 ウェールズはそう言い、懐から一つの指輪を取り出した。それはルイズが身に着けている水のルビーと作りが同じで、宝石の色だけが違っていた。 その指輪をルイズが身に着けている水のルビーに近づけると、二つの指輪の宝石が共鳴し、宝石から周囲に綺麗な虹がふりまかれる。「王家の間にかかる虹。水のルビーと風のルビー。これを証明としてくれないかな?」 その言葉にルイズは頭を下げ、ミルアもそれに倣う。 ウェールズは二人に頷いて見せると、「それでアンリエッタからの密書というのは?」 ウェールズがそう問うと、ルイズは手にした手紙を手渡した。―――ぎちぎちぎち