戦場に出て戦うという事は「敵の命を奪う」という事なのだろう。 そんなことはわかっている。 戦場、ましてや戦争となればそれは仕方のないことなのかもしれない。 けれど正直なことを言えば私は誰も殺したくない。 深遠なる闇に、私も、誰も、落としたくはない。 それに幾度戦場に立つことになっても人を殺すことに慣れたくはない。 それに慣れてしまうことは私は何かを失ったことになるような気がした。 「何か」が何なのかはわからないが、人の死に何も感じなくなってしまうことが、たまらなく怖かった。「時間を稼げるといった君の話、詳しく聞かせてもらえないか?」 ルイズと才人を見送ったミルアに、ウェールズはそう話しかけてきた。 話しかけられたミルアはウェールズを見て、「いたって簡単なことです。敵の先陣を私の魔法で吹っ飛ばします」 ミルアの言葉にウェールズは目を見開いて驚く。 無理もない。彼が知っている魔法にそのようなものなどない。しかしミルアはさも当然のように敵の先陣を吹っ飛ばすと言っている。 好奇心を刺激されたのか、ウェールズは、にやりと笑みを浮かべる。 するとミルアは少し不思議そうに、「殿下は、その体でどうするつもりですか?」「無論、私も戦場に―――」 ウェールズはそこまで言って背中を突き抜ける痛みに顔をしかめた。 先ほど水系統のメイジに治療してもらったが完治には程遠く、僅かなことで激しく痛むのだ。 痛みに耐えるウェールズに侍従の老メイジであるバリーが駆け寄ってきて、「殿下、そのお体で戦場に立つなど無茶ですぞ」 するとウェールズは首を横に振り、「我々は最後に、避難船を無事に逃がすという使命をおびた。私だけここで休んでなどいられない。なに、皆を守る盾ぐらいにはなるさ」 そう言って笑みを浮かべるウェールズをみてバリーは唇を噛みしめた。 するとミルアがウェールズに、「でしたら、私が……殿下の代わりなんて勤まらないと思いますが、殿下の想いを魔法に込めて敵を吹っ飛ばしてきましょう」 その言葉にウェールズは少しの間きょとんとするがやがて、「はははっ、それは良い。敵を吹っ飛ばすついでだ。私の想いも持って行ってもらおう」 そう言って笑うウェールズにバリーも頬を緩めるが、「しかし殿下、本当に可能なのですが? 私には彼女が普通の少女にしか見えませんが」「確かに見た感じはそうかもしれないが、私は彼女が普通のメイジにはできないような、高速のフライで縦横無尽に空を舞うところを見ているし、ヴァリエール嬢によれば、ここへ来る道中で多くの敵を異国の魔法で打倒してきたらしい」 ウェールズの言葉にバリーはう~んと唸る。「大使殿が嘘をつくこともあるまい。せっかくだからやらせてみようではないか」 不意に後ろからそう言われてウェールズは振り返った。 するとそこには脇を臣下にさせられたアルビオン王であるジェームズ一世がいた。「父上、私に任せてもらってもよいのですね?」 ウェールズがそう問うとジェームズ一世は頷く。「ではミルアくんは魔法の説明を、バリーは私の言う物を持ってきてくれ」 そう言ってウェールズはバリーに耳打ちする。 耳打ちされたバリーは驚いた顔をして「しかし……」と躊躇うが、ウェールズはいたずらっぽく笑みを浮かべ、「ちょっとした意趣返しさ。連中を困惑させてやろうと思ってね」 その言葉でも尚もしぶるバリーであったが、ウェールズがもう一度頼むと「かしこまりました」といってその場を後にする。 そしてウェールズはミルアに視線を向けてる。 ミルアは頷くと、「説明と言っても大したことではないのですが。空中に魔法を発射する砲台のような物を複数生み出して、そこから魔法を一斉掃射します」 その説明にその場にいた貴族たちが「おぉ」とか「なんと」などと驚きの声をあげる。 ウェールズは腕を組みながら、「その魔法を発射する砲台のような物とやらはいくつほど出せるのかね?」「今の私で最大二十ほどは。一斉掃射は五、六回。それだけすれば岬内の敵先陣は一掃できるはずです」 ミルアの言葉に貴族たちは驚きっぱなしである。ミルアの言葉を信じれば敵を軽く千は葬ることができる。 すると貴族の誰かが、「今、一斉掃射は五、六回と言ったが、それ以上は無理なのかね?」 その言葉にミルアが答えようとすると、「いや、それだけで十分だ。彼女の目的はあくまでも時間稼ぎ。それ以上望めば彼女の身もあぶない。彼女は帰らなければならない場所があるのだから」 ウェールズはそう言って頷く。 そこへバリーが何かを手に戻ってきた。 それを受け取ったウェールズは、それをミルアへ差出し、「これは私が幼少のころに使っていた王家のマントだ。君には私の名代としてこれを身に着けてほしい。これを身に着けた君を見れば敵も多少は困惑するだろう。意趣返しというやつさ。まぁワルド子爵の事もあるから、いずればれるだろうけどね」 ウェールズの言葉にミルアを含めて多くの貴族がうろたえた。ウェールズの意図は理解できるし、なるほど意趣返しとしてはなかなかに愉快だ。しかし、いくらなんでも王家のマントを託すというのはどうだろう、と。 ミルアは首を横に振り、「いくらなんでも受け取れません。名代というのはわかりますし。光栄だとは思いますが」「預かるという意味でも受け取ってもらえないかな? いずれ始祖の下で返してくれればいい。私の君に対する最初で最後のわがままだ」 そういうウェールズの目は真剣であった。 困り果てたミルアはちらりとウェールズの父親であるジェームズ一世を見た。国王ならなんとかなるのではないかと。しかし当のジェームズ一世は苦笑しながらも頷いて見せた。 駄目だ。退路を断たれた。 そう判断したミルアは明るい紫色の王家のマントを受け取り、「さすがに血のにじんだ服のままというわけにはいきませんよね」 そう言うと同時に身に着けていた服が一瞬光ったと思うと一瞬でその色や形状が変化した。 黒い半そでのシャツで肩の部分はパフスリーブ。首下には赤いリボン。小さな薄手の黒い手袋に、黒いミニのティアードスカート。スカートの淵はそれぞれ赤いラインが入っている。そして腰には赤と黒のタータンチェックのベルトが三つほど巻かれていた。足元は黒いオーバーソックスに黒地に赤いラインが走っているブーツ。 才人がいれば、それが、いわゆるゴシックパンクとか略してゴスパンとか呼ばれる格好だとわかったであろう。「そ、それは?」 目の前の光景にウェールズが驚く。 ミルアは受け取ったマントを羽織りながら、「魔法で作った防護服です。一見すると単なる服なんですが、これでも頑丈なんですよ?」 ミルアの言葉にウェールズは、なるほどと頷き、「では、ミルア君たのむ。どうやら敵の砲撃も止んでいるようだし、じきに敵の先陣がなだれ込んでくるだろうからね」 ウェールズの言うとおり敵の砲撃は止んでおり、かわりに遠くから敵の怒号が聞こえてくる。 実際に敵の先陣は岬の中ほどまで迫っており、空からは無数の竜騎兵が迫っていた。「何人かの土系統のメイジは彼女が魔法を放つまでの間、彼女を守る為の土壁を作ってくれ」 外へと向かうミルアに、ウェールズの言葉に従い数人がミルアについてきた。 城門を開き外へ出ると数百メイル先に敵の先陣が見えた。砂埃をあげ徐々にこちらへ迫ってくる。 空を見れば、地上の先陣に随伴するように竜騎兵たちがいる。 誰かの合図を皮切りにミルアの前にいくつもの土壁ができた。「ご武運を」 土壁を作った者たちがミルアにそう声をかけて城壁の内側へと戻っていく。 それに頷いて答えたミルアは手にしていたデルフを鞘から引き抜き、「しばらくの間ですが、よろしくお願いします」「おうよ。こちらこそよろしくたのむな」 デルフの答えにミルアは満足げにうなずいた。そして目を閉じて軽く深呼吸をする。 徐々に近づいてくる怒号と大地の揺れ。空からは竜の咆哮や羽ばたく音も聞こえてくる。 僅かに吹く風が王家のマントと白い髪をなびかせた。 ミルアはゆっくりと目を開き、左手を正面に突出し、「ライトニングバスター……クリアフォーム……」 その言葉と共にミルアの左右の空中に次々と五芒星の魔法陣が展開されてゆく。その総計は二十。しかもその一つ一つがばちばちと放電している。その上それらは扇状に配置されていて、岬全体を砲撃で封鎖できるようになっていた。 すると不意にミルアは、「デルフさん、やはり命を奪わないといけませんか?」「ん? 嬢ちゃん、戦場は初めてかい?」「いえ、初めてではありませんが。人の死というのは敵味方関わらず好きではありません」 ミルアの言葉にデルフは柄をかちゃかちゃと鳴らす。どうやら笑っているようで、「俺っちはそういうの嫌いじゃないぜ。でもまぁ今回はすぐ後ろに王党派が控えてるだろ? 連中のためにも、悪いけど敵さんには死んでもらった方がいいだろうな。まぁ、やるのは嬢ちゃんだし無理強いはできねぇよ。なんせ俺、剣だし」「わりきれと?」 ミルアの問いにデルフはかちゃりとだけ鳴らして答えた。 目を閉じ、すーはー、とミルアは大きく深呼吸をする。人の命を奪うこと、慣れないし、慣れたくもない。けれどこれは仕方ないこと、と何度も自分に言い聞かせる。 それは、ほんの僅かな時間のはずなのにやたらと長く感じられた。「嬢ちゃんっ! 来たぞっ!」 デルフの声にミルアは目を開く。 敵の怒号は百メイルほど先まで迫り、敵の放つ魔法が僅かに土壁を削り始めた。 ミルアの視界の色が目まぐるしく変化して、土壁越しにも敵を捕らえる。 次の瞬間、空中に展開されていた魔法陣の輝きがまし、それに合わせて放電も激しくなった。 ミルアはもう一度息を大きく吸い込み、「ファイアッ!」 その掛け声と同時に魔法陣が煌めき、閃光が岬全体を薙ぐように放たれる。敵兵の群れが、まるで指先で砂に線を描くように散らされてゆく。 一射目から難を逃れた者も二射目、三射目で、その身を焼き尽くされる。 悲鳴が耳に届き、死の匂いが鼻をつく。それに合わせるようにデルフを握る左の拳に力が入り、ぎしりと軋む。 五射目を終えたところで、岬内に動く物はほとんどいない。動ける者も腰を抜かしているか、周囲の光景に唖然としているか、わけのわからないことを喚いているかだ。 城内で様子を窺っていた王党派が顔を出し、岬内の惨状に目を丸くして、すぐに歓声を上げた。 その歓声に、生き残った敵兵は怯え、僅かな生き残り同士で肩を貸しあうようにして逃げてゆく。「てぇしたもんだよ嬢ちゃんの魔法はよっ!」 デルフの言葉にミルアは答えず、突然、力が抜けたように、がくりと片膝をついた。「嬢ちゃん大丈夫かっ?」 心配そうにデルフがそう声をかけると、ミルアは頷き、「大丈夫です……それに……」 ミルアはそう言って顔をあげて空を見上げる。 そこには、岬の惨状を作り上げたミルアを討とうと迫る十騎の竜騎兵がいた。「空戦をするだけの余力は残してるつもりですっ!」 ミルアは、そう言うと同時に一気に空へと飛び上がり、竜騎兵へと迫った。 複数の竜騎兵から、魔法や竜のブレスが迫るが、ミルアはかまうことなく、それに突っ込んで行く。 魔法やブレスはミルアに直撃するが、ミルアの体表面を薄い光の膜のような物が覆い、敵の攻撃からミルアを守る。その膜は防御用の魔法で、堅い盾や鎧のように「受け止め弾く」というよりも「受け流す」という役割を持っている。 そして敵の攻撃を突き抜けたミルアは、そのまま先頭の竜とすれ違いざまに、その片翼をデルフで斬りおとした。 錐揉みしながら落ちてゆく仲間を見て残りの竜騎兵たちが散開する。 一対多数。この空の戦いを不利だと、デルフは指摘するが、ミルアは「わかってます」と呟き、「強引に叩き落とすだけです」 そう言って一騎に突っ込んでゆく。 その一騎から放たれるブレスを掻い潜り、腹下に潜り込み、そのままの勢いで腹部を切り裂いた。 血しぶきをあげながら墜落してゆく竜騎兵から、最後と言わんばかりにファイヤーボールが放たれる。それは、次の標的に、と視線を移していたミルアを側面から襲い、あげく防御用の薄い膜を僅かに突き抜け、防護服を僅かに焦がした。しかし仮にも魔法によって作られた防護服、多少の損傷に、ミルアは気にもしない。しかし少なくとも敵の執念を見誤った自身を責めはした。 そんなミルアの背後から四騎の竜騎兵が迫る。「嬢ちゃんっ! 後ろから四騎。来るぞっ!」 デルフがそう言うのと同時にミルアは振り切るように一気に上昇する。 しかし空に浮かぶ国であるアルビオンの竜騎兵は、ここハルケギニアにおいて天下無双などと言われている。そう言われているだけあってかミルアを追う四騎の竜騎兵は振り切られまいと必死にくらいついた。「敵さんも必死だね。振り切らせちゃくれねぇみたいだね」 デルフの声に反応したミルアはちらりと後ろを見る。 確かに振り切れていない。 ならばと、加速をやめて減速、さらに両手両足を広げることによって空気抵抗の増加でさらに減速。 目の前でほぼ急停止したといってもいいミルアを避ける為に竜騎兵たちは僅かに横にそれる。 そして四騎が四騎とも無防備な背中をミルアに晒す事となる。 ミルアはデルフを掲げて、「シャインランス・セット」 その声に呼応するかのように空中に四本の光る槍が出現する。 竜騎兵たちは旋回しようと各自竜を操る。 しかしミルアの次の行動はそれよりも早かった。「ファイヤっ!」 そう叫びデルフを振り下ろす。 空中に待機していた光の槍は竜騎兵たちめがけて一直線に飛翔する。 そしてそれらの槍は未だ背を向けていた二人を貫き、旋回途中だった者の脇腹を貫通し、既に旋回を終えていた者の胸を穿ち、それぞれの命を刈り取った。 竜から落ちてゆく四人をしり目にミルアは周囲を見渡す。 こちらに迫る竜騎兵は残り四騎。「もうひと踏ん張りです」 ミルアのその言葉に応えるようにデルフがかちゃりと柄を鳴らして答える。 再び加速して、こちらに迫っていた一騎に正面から突っ込む。 正面から突っ込むミルアに対して竜からのブレスが見舞われるが、ミルアそれをぎりぎりの所でかわし、そのまま竜騎兵に突っ込んだ。 どごっ、という音と共にミルアは竜騎兵と激突、握っていたデルフが竜の喉を、そして竜の背に乗る竜騎士の胸を貫いた。「一騎っ! 突っ込んできたぞっ!」 振り返れば確かに一騎が竜にブレスを吐かせながら突っ込んできている。 ミルアはデルフを先ほどの敵に突き刺したまま空いた右手で魔法陣状のシールドを展開しブレスを遮った。 そして次の瞬間、すさまじい衝撃がシールドを展開した右手に伝わってきた。 竜騎兵が勢いのままシールドに突っ込んできたのだ。 竜の首はおかしな方向に曲がり、その背の竜騎士は口や頭から血を流して、竜と共に落ちてゆく。「あと二騎っ!」 デルフの言うとおり敵は後二騎。 その二騎の内、一騎はミルアの真下から、もう一騎は背後から迫っていた。 ミルアは咄嗟に、真下からくる竜騎兵に、手にしていた剣を放り投げた。 無論、それはデルフである。「ぎゃあぁぁぁぁ……」 と声をあげながら飛翔していくデルフはそのまま勢いよく竜と竜騎士の双方を貫く。 あ、しまった。 とミルアは自分がしたことに気が付く。 しかもそれが大きな隙となる。後ろから迫っていた竜騎兵がすぐそこまで来ていたのだ。 かなりの近距離からブレスが放たれるが、ミルアは後方転回の要領でそれを間一髪でかわし、そのまま竜騎兵の背後を取った。 しかしミルアが背後から攻撃するよりも早く竜騎士が、振り返ることなく手にした杖を後ろに振った。 ファイヤーボールがミルアに襲い掛かるも明確なダメージはなかった。しかし、その勢いは強くミルアの体を軽く吹き飛ばす。 なんとか体制を整えたミルアは先ほどのように光る槍を三本、未だ背を向けたままの竜騎兵へ放つ。 しかし竜騎士はちらりとこちらを見ただけで、迫る三本の槍を紙一重で回避した。そして大きく旋回すると、追いかけてくるミルアに正面から突っ込んで行く。 竜騎兵が正面から迫る中、ミルアは右手の平をぴんと伸ばしてそこから光る刃を作り出した。そしてそれを薙ぐように振ると、光の刃は回転しながら飛翔し、竜騎兵へと襲い掛かった。 飛翔していった光の刃は竜の片翼に食い込むようにして裂き、そのまま斬りおとす。 そのまま竜騎兵は落ちてゆくと思われたが、当の、竜の背に乗る竜騎士はそうはいかなかった。 竜騎士は、自らが操る竜が落下を始める前に、竜の背から跳躍して、ミルアの踊りかかったのだ。手にした杖には近接用のブレイドの魔法が使われていて炎のように赤い刃が杖を包み込んでいる。 ミルア自身が前進していたことと、踊りかかった竜騎士が竜の加速を利用したことにより双方の距離は一瞬にしてゼロになる。 双方が空中で衝突し、そして静止した。 わずかな沈黙の後、竜騎士がせき込み、その口から血が漏れる。 ミルアの右手から発生した光の刃が兵の胸を貫き、兵の手にした杖はミルアの左手に掴まれ、その左手からは血が流れ始めていた。「見事だ……」 僅かに口元に笑みを浮かべた竜騎士は、小さくそう口にする。 そして全身から力が抜けた竜騎士からミルアが光の刃を引き抜くと、竜騎士は重力に従い落ちて行った。 ミルアは宙に浮いたまま地上を一瞥する。 地上で、僅かに生き残っていた敵兵もその多くが王軍派によってとどめを刺されたようで、地上では歓声が響いている。そしてミルアが竜騎兵の第一陣を殲滅したことを見ていた者たちがミルアへ向けて手を振っていた。 ミルアは彼らへ小さく手を振った後、地上へと降り立つ。そして周囲を見渡し始めた。 デルフさんを探さないと。怒ってないかな? そう思いながら探していると、「おぉい……嬢ちゃん、こっちだ。こっち」 その声がする方へ行ってみれば、そこには地面に突き刺さったデルフがいた。 デルフは刀身をぷるぷると震わせながら、「ひでぇよ、嬢ちゃん。いきなり投げるなんてさ。まさか剣の身で空を飛ぶとは思わなかったぜ。まぁ正確には落ちて行ったわけだけど」「申し訳ないです。咄嗟の事で何も考えてませんでした」 デルフの抗議にミルアはそう言って地面からデルフを引き抜いた。 するとミルアは激しくせき込み、口元を右手で覆う。「おい、大丈夫か?」 デルフの問いにミルアは黙って頷く。 しかし口元を覆った右手の、その指の間からは血があふれ出していた。 ほんの僅かデルフは黙っていたが何かに気が付き、「って、全然大丈夫なもんかよっ! いたるところの内臓がぼろぼろじゃねぇか!」 その言葉の通りミルアの体内はぼろぼろになっていた。 大規模な砲撃魔法に、あまり得意とは言えない空戦。何よりミルアは資質の問題で砲撃魔法や飛行の適正が高くなく、無茶をすればかなりの割合で体に反動が来るのだった。おまけにスタミナがないことも体への反動を増させていた。 デルフの怒声にミルアは首を横に振ると、「大丈夫です。時間さえあれば回復します」 そういいながらミルアは、ちょっと無理したかな、と考えていた。 幸いにも敵の第二陣がすぐにくる気配はない。 しばらく、岬の先の敵陣を見ていたミルアだったが、少し休もうと思い、王家のマントを翻して城内へと歩いて行った。 そんなミルアを王党派の兵たちが歓声をあげて出迎えた。 その後、十分時間は稼いだと判断したミルアは、城内で休み、日が落ちたのを見計らい、闇夜に乗じてほぼ当初の予定通り、ニューカッスル城を後にする。 その翌日にレコン・キスタの第二陣が攻め入ることとなる。 やはり何かしらの意図があるのかレコン・キスタは船による空からの攻撃はほどほどにして、地上戦力を主にして城へと攻め入った。 ミルアの時と同様に王党派は岬に群がるレコン・キスタの兵に大砲や魔法を浴びせかけ、レコン・キスタに大きな損害を与える。 おまけに、第一陣が殲滅されたことによりレコン・キスタの士気は落ちており、逆に王党派の士気が高かったこともあって、レコン・キスタに与えた損害は輪をかけて大きくなった。 しかし多勢に無勢、敵に城壁を破られ内部への侵入を許したことにとり王党派は一人、また一人と打ち取られていった。 そのままレコン・キスタの勝利と思いきや、王党派は最後の罠を仕掛けていた。 レコン・キスタが玉座の間へ踏み込んだとき、硫黄を使用した罠によって玉座の間や、城内のいたるところが爆発し、その近辺にいたレコン・キスタの兵共々、木っ端みじんにふっとんだのだ。 これにより元々ぼろぼろだったニューカッスル城は崩壊を始め、多くのレコン・キスタの兵と王党派の遺体を飲み込んだ。 最終的にレコン・キスタはニューカッスル城攻略に際して六千近くの損害を出したことになる。 三百の王党派が打倒したのは六千にも及ぶ。例え負けたとはいえ、伝説となるには十分な戦果であった。「と、まぁ嬢ちゃんは空を舞い、次々と敵の竜騎兵を落としていったんだよ」 木で作られた小さな家の中で、椅子に立てかけられたデルフは楽しそうにお喋りを続けている。 そんなデルフをミルアは、本当にお喋りが好きなんなだぁ、と思いながら見ていた。 やがてデルフの話は才人やルイズの事に及び始める。 ミルアはふと、テーブルを挟んでデルフと向かい側に視線を向けた。 そこには楽しそうに、にこにこと笑みを浮かべデルフの話を聞いている少女がいた。 きらきらと光を反射する、絹のような金髪。ブルーの瞳と透き通るような肌がとても綺麗だった。腰や腕なんかも細く華奢な印象を受けたが、何故か胸だけが異様に大きかった。 少女の容姿がそれだけなら「胸が大きくて綺麗な少女」で済んだかもしれない。 しかし少女の容姿は、ミルアが見てきたハルケギニアの住人達とは明らかに違うところがあった。 少女の耳は、ぴんと尖っていたのだった。