しばしの休息。 新しい友人もできて心休まるひと時。 ですがそれもつかの間。 世界はますます混迷を極めていく。 その先に何があるかもわからず。 世界に広がる波紋はただひたすらに多くの人を巻き込んでゆく。 皮肉なことに、そこには貴族も平民もなく、平等に…… そこは白い部屋だった。 白い壁に調度品のほとんどが白で塗られている。その部屋の中央にある長椅子に一人の青年が足を組んで腰かけている。白地に赤といった意匠の服を身にまとい切れ長の眼鏡をかけていた。その青年の正面、小さな丸いテーブルを挟む形で、頭のてっぺんから足先まで黒いローブで身に包んだ者が一人。 黒いローブの人物は、ローブの上からでもわかる体格の良さから男性であることがうかがえる。 ローブの人物は手に羊皮紙の束を持っていたが、それをテーブルの上に置くと、「これまでの事に関する報告は了解した。で、現在の状況は?」 腹の底に響くような男の声だった。 青年は男の問いに、足を組み換え、「約五名がアルビオンへの侵入に成功したようだ……が……」「が?」 青年は眼鏡を指先でなおし、「ガリアから追手がかかっている」 青年のその答えに男は唸る。 そして腕を組むと、「越境するのだ、国として動いているわけではあるまい。ガリアのどこの貴族だ」 男の問いに青年は少々愉快そうに、「どこの貴族? そんな生易しいものじゃないさ。ガリアの王女、イザベラの手の者だ。噂の北花壇騎士団の者かもしれないな」 その答えに男は声も出ない。 ローブの陰からでも口をあんぐりとあけているのがわかる。 しばしの沈黙の後、男はやっとの思いで、「まずいぞ。王族ではないか。国に気づかれたようなものだ」 男の言葉に青年は首を横に振る。 そして、僅かに笑みを浮かべ、「だが、イザベラ王女はガリアの裏を任されていると聞く。その彼女の手の者が動いているとなれば、ガリアは表だって動くつもりはないのだろう。それにだ、そもそもガリアが国としてこちらの動きに目を光らせているとは必ずしもいえない。たまたま彼女の手の者が追手についただけかもしれん」「しかしな……」「無論、楽観視してそこに胡坐をかくつもりはない。ガリアの……イザベラ王女や北花壇騎士団の動きも注視する。あとガリア国内での活動はしばらく見合わせた方がいいかもしれないな」 青年がそういうと男は納得したのか頷いた。「しかし、本当に例の物は手に入るのか?」 男がそう言うと青年は苦笑して、「さぁ? 今回は五人しか派遣していないからね」「いいのか? そんなにいい加減で」「かまわないさ。もとより興味本位でのことだ。仮に手に入らなくてもこちらは痛くない。派遣した五人を失ったとして、皆平民だ。教育は面倒だが補充はきく」「そちらが望めばメイジを用意するが?」「必要ないよ。なんの力もない平民の方がこちらとしても教育しやすい」「わかった。それならこれまで通り『健康な平民』をそちらに提供しよう」「感謝するよ閣下」 青年が礼を言うと、閣下と呼ばれた男は、ふぅ、と息を吐き長椅子の背もたれにもたれ掛り、「今わかっているのはアルビオンのだけか?」「えぇ、今のところは。ガリア、トリステイン、ロマリアも調べてはいますが、あまり人を動かして目立つわけにもいきませんからね。判明するまで時間はかかるでしょう。アルビオンに関しても妙な噂を調べた結果判明したにすぎませんし。偶然によるところが多いですね」「あまり期待せずにしておくとしよう。しかしアレを興味本位とはな……どの国も、喉から手が出るほど欲しがりそうなものを……」 その言葉に青年は笑みを浮かべて、「確かに魅力的ではあるけどね。僕らの目的に必ずしも必要というわけではない。あれば使い道はあるかもしれないけどね。それに余力があるなら遊び心も必要だと思わないかい? 根を詰めすぎても疲れるだけだし、それこそ本来の目的の障害になってしまう」「多少は納得できる。多少はな……」「それは残念」 笑ってそういう青年はとてもじゃないが残念そうではない。 そんな青年に男はため息をつき、「とにかく成功しようが失敗しようが、こちらに手が伸びないようにはしてくれよ」 男がそう言うと、青年は長椅子から立ち上がり、「無論です。全ては『新たなる世界』の為に……」「あぁ、全ては『新たなる世界』の為に……」 そう言いあう二人は互いに不敵な笑みを浮かべていた。「しかし、あんたがひょっこり現れた時は何事かと思ったね」 小屋の中、木のテーブルに肘をついて、ミルアにそう言うのはロングビル……いや、ここでは本名で通しているのでマチルダだった。 アルビオン大陸の、とある森の中にある小さな集落。名をウエストウッド村。 そして、そこに住んでいるのは子供たちばかり。いわゆる戦災孤児というやつだ。 ロングビルが「土くれのフーケ」として獲たお宝をお金に換えて仕送りをしていたのはこの村だったのだ。 では何故、そこにミルアがいるのか? ロングビルは懐から一枚の小さな羊皮紙を取り出す。以前ミルアが渡した血を用いた五芒星が描かれた物だ。 その羊皮紙を、マチルダはひらひらとさせながら、「まさか、こいつを持っているとあんたに場所がわかるなんてね」 そう言う顔は何処か嫌そうである。「だからって捨てないで下さいよ? 一応他にも持ち主を守る効果だったり、ある程度の傷を治す効果だったりあるんですから。もっとも使い捨てですけど」 ロングビルの向かいに座っているミルアはそう言ってくぎを刺す。 そしてミルアは直ぐあることに気が付いて、「あと、売るのもなしです。それ作るの結構疲れるんですから」 そのミルアの言葉にロングビルは小さく舌打ちした。 絶対売る気だったな。 ミルアは内心で突っ込む。 するとロングビルは、にやりと笑みを浮かべて、「にしても、あんたが今噂の『アルビオン王家の隠し子』だったなんてね」 突然のロングビルの発言にミルアは「はい?」と声をあげる。 ロングビルは手をぱたぱたと振り、「無論、あんたが本当に王家の隠し子だなんて思っちゃいないさ。あのお喋りな剣が言うには、あんたウェールズ皇太子の名代を押し付けられたんだろ?」 ロングビルの言葉にミルアはこくりと頷く。 そんなミルアにロングビルは、あっはっはっ、と笑い声をあげ、「災難だったねぇ。でも、今のあんたは街や行商人の間じゃちょっとした有名人さ。ずいぶん派手にやらかしたみたいだからねぇ」 そう言って笑みを浮かべるロングビルは実に愉快そうで、逆にミルアは少しむすっとする。 すると小屋の扉が開いて、「マチルダ姉さん、あんまりミルアをからかったら駄目だよ?」 そう言って小屋に入ってきたのは耳がぴんと尖った金色の長髪が綺麗な少女。歳はルイズと変わらないらしい。あと胸が大きい、すごく。 少女は綺麗に畳まれた王家のマントを手にしている。ミルアがウェールズ皇太子から預かり、始祖の下で返してくれればいいと言われた物だ。 そのマントをミルアに差し出した少女は、「一応綺麗になったと思うよ」「ありがとうございます」 ミルアはそう礼を言って受け取る。この少女と立ったまま会話するとき、ミルアは少し離れて会話している。 というのも近すぎると少女の胸がミルアの視界を遮るのだ。それほど胸が大きい。 少女は小屋の扉に手をかけて、「それじゃあ、私夕飯の用意してくるね」 そう言って小屋を後にする。 ミルアは王家のマントを小屋の隅のベッドに置くと、「マチルダさんは彼女のお姉さんなんですか?」「みたいなもんさ。血は繋がってないけど、テファが小さいころから知っているし」 そう言ってロングビルは少女が……テファが出て行った扉を見つめる。 ティファニアというのが本名らしいが、本人が呼びにくかったらテファでいいと言っているのだ。実際、村の多くの子供たちがテファお姉ちゃんと呼んでいた。 ミルアは扉を見つめていたマチルダの表情を窺う。 何か複雑な事情があるのだろうか? ミルアがそんな事を考えていると、不意にロングビルがミルアを見て、「あんた、エルフをどう思う?」 ロングビルの問いにミルアは首を傾げる。 そんなミルアの反応にマチルダは怪訝な表情をするが、すぐに何かに気が付いたかのように、「あぁ、そうか。あんた異国の出身でエルフの事を知らないんだね」 そう言った後、少し考え込むようにして、「ハルケギニアではね、エルフは人間の天敵とされてるんだよ。実際、ブリミル教における聖地を占拠しちまってるしね。それにまぁ、人を食べるとか色々尾ひれがついた噂なんかもある。あとは先住魔法だね。こいつがまた、こっちが使う魔法よりも強力でね。とにかくエルフってのは忌み嫌われてるんだよ」「ティファニアさんがここでひっそりと孤児たちの世話をしてるのもそれが理由ですか?」 ミルアの問いにロングビルは頷き、「まぁね。ここなら人目に付くことはないし。あぁそれとテファはハーフエルフなんだよ。母親がエルフで父親が人間」「マチルダさんとの関係は?」「簡単に言えば私の父親が、あの子の父親の部下だったんだよ。で、あの子とその母親の存在がアルビオンの王にばれた時に家に匿った。後はご覧の通りさ」 そう言ってロングビルは大げさに手を広げてみた。 少し聞きすぎたかな。と思ったミルアは「そうですか」とだけ答えた。「で、ここまで話を聞いたあんたはエルフをどう思う?」 そう言うロングビルの目はものすごく真剣だ。 ミルアは小さくため息をつくと、「別に……私はエルフがどうとか気にしませんし。それに種族だけで敵視するなんて面倒じゃないですか。どちらかが滅びるまで戦うつもりですか? 嫌ですよ私は。話が通じる相手なら言葉を交わした方が精神的に楽です」 ミルアの答えにロングビルは苦笑して、「随分な言い分だけど、まぁいいか」「なんですか? 私がティファニアさんをどうにかするとでも?」「そうは思ってないさ。一応聞いただけだよ」 一応という割には随分と目が怖かったですよ。 ミルアはそう内心で思いながら、「頼んでいた件は?」「問題なく。学院の方にも手紙を出しておいたよ。あんたは無事だって」「船は?」「ほとんどの港が封鎖されちまってる。でもレコン・キスタが地上からの物資の補給の為に貨物船を使うはずだから、それに密航するしかないね」 ロングビルの答えを聞いたミルアはまた小さくため息をつくと、「しばらく此処で足止めですね」「大層な厄介ごとを持ち込んできたんだから少しはここで働きな」 その言葉にミルアは扉の方へ向かい、「わかってますよ。とりあえず夕飯の準備を手伝ってきます」 そう言ってティファニアの下へ向かったミルアを、ロングビルは楽しそうに見ていた。「おい新入り。こっち来て遊ぼうぜ」「私は忙しいんです。あと、新入りじゃありません」 翌日の朝、まき割りをしていたミルアの下へ駆け寄ってきた、さほど身長の変わらない少年へミルアはそう告げると、立てた薪へデルフを振り下ろす。 スコンと音を立てて真っ二つに割れる薪。 ミルアはその割れた薪を拾い上げると声をかけてきた少年と視線を合わせる。微動だにせずじっと見つめていると、少年はぐっと詰まったような表情をする。 じゃますんな。 というミルアの意図を察したのか、単にじっと見つめてくるミルアに怯えたのか少年はぴゅーと走り去ってしまう。「嬢ちゃん、子供相手に睨みつけるのもどうかと思うぜ? て、嬢ちゃんも子供か……」 デルフがそう言うと、ミルアはやや膨れぎみに、「別に睨みつけていませんよ? 私、そんなに怖いですか?」 ミルアの問いにデルフはやや悩むように間を開けて、「……見ようによっちゃ怖いわな。なんせ嬢ちゃん笑わねぇし」 それってそんなに怖いのだろうか? と首をかしげるミルア。 するとロングビルがやってきて、「なんかさっき一人、半泣きで走っていった子がいるんだけど……」 その言葉にデルフが、「嬢ちゃんが、邪魔だって目で睨みつけて追っ払った」 あっさりと告げ口した。 次の瞬間ミルアの脳天にロングビルの手刀が振り下ろされる。 いい音がした後、ミルアは自らの頭をさすりながら、「痛いです」「そりゃそうだよ。痛くしたんだから。というか、うちのガキを泣かすんじゃないよ」「泣かすつもりなんかなかったんですよ。ただ邪魔だなぁ……って」 ミルアのその言葉にロングビルはため息をついて、「あんた無愛想だからね。ったく、テファもなんであんたみたいなのを『お人形みたいで可愛い』なんて言うんだろうね」「人形みたいねぇ……人形って見ようによっちゃ不気味―――」 デルフがそう言うと同時に、デルフはミルアによって空高く放り投げられる。 そんな光景をみてロングビルは苦笑をしつつ、「まぁ、もう少し柔らかく接してもらえると助かるよ。あの子らはあんたの事を新入りだと思ってるみたいでね」 ミルアは「ぁぁぁぁあああ」と声をあげながら落ちてくるデルフをキャッチすると、「新入りですか……まぁ私にも親なんていませんから、そういう意味ではあの子たちと同じですけど」「あんたの親もかい?」 ロングビルがそう問うと、ミルアは割った薪を集めながら、「正確には顔も知りません。気が付いた時には手に武器を持って戦場にいました」 そう言ってミルアは思い返す。 そうだ。気が付いた時には手に「双頭」を持って、誰かに襲い掛かっていた…… その後の事がいまいち思い出せずにミルアは首を横に振った。 ミルアの言葉を聞いたロングビルは気まずそうな顔をする。 気が付いた時には戦場というのは、とてもじゃないが穏やかとはいえない。「悪かったね。思慮がたりなかったよ。あんたにも辛い事だろうに」 そう言って謝るロングビルに、ミルアは首を横に振る。そして遠くで遊ぶ子供たちの声に耳を傾けながら、「気にしないでください。大切な人を失った経験のない私の事なんか、あなた達に比べたら大したことじゃありません」「……大切な人を失うなんてこと、経験なんてするもんじゃないさ。ましてや、あんな小さな子供たちが経験するような物じゃない」 そう言ってミルア同様に子供たちの声に耳を傾けていたマチルダは強く拳を握る。 そして思い直すように、ふっ、と笑みを浮かべると、「まぁ、あんたほどの強さなら、大切な人を守ることも、他の連中に比べたら難しくはないだろうさ」「今までもそうやって守ってきました。ですが……だからこそ、怖いんです」「怖い?」「はい。失う事と、失った経験がないからこそ、失ったとき私自身がどうなってしまうか……」 そう言って黙り込んだミルアの頭に、ロングビルは手のひらをぽんと置き、「なんていうかさ、怖いのはしかたないさ。とにかく今は必死にあがいて大切なものを守るってことでいいんじゃないか? 今、いくら怖がったって仕方ないだろ?」 その言葉にミルアはロングビルを見上げる。 今、怖がっても仕方ない……確かに、自分の頭じゃいくら怖がって悩んでみたところで答えなんてでやしない。だったら守ることに全力を注いだ方が余程ましだろう。 そう思いミルアは僅かに頷く。 そんなミルアの頭をロングビルは愉快そうになでた。 夜のウエストウッド村。夜空に浮かぶ双月が村を照らしている。 遊び疲れた子供たちも完全に寝入り、村の中はしんと静まり返っている。 村の中にある切り株に腰を下ろしているミルアは優しい輝きを放っている双月をぼんやりと眺めていた。 そんなミルアの耳に聞こえてくる誰かの足音。それは後方から聞こえてきて、こちらに近づいてきていた。 ミルアが振り返るとそこにいたのはティファニアだった。「どうかしましたか?」 ミルアが首を傾げながらそう問う。 するとティファニアは少し笑みを浮かべて、「なんとなく眠れなくて。ミルアは?」「まぁ似たようなものです」 ミルアはそう言って切り株の端による。 切り株はそれなりに大きいので端によれば二人ぐらいは座れる。 ティファニアは「ありがとう」と言って切り株の空いた所に座った。 しばらく黙っていた二人だったが不意にティファニアが、「トリステインに帰るの?」「近いうちに……待ってる人もいますから」「ご両親?」「いませんよ。元から」 ミルアのその言葉にティファニアはすまなさそうな顔をする。 それに気が付いたミルアは、「気にしないでください。私自身が気にしていないんですから」「う、うん……じゃぁ待ってる人って?」 その問いにミルアは頭を悩ませる。 あれ? ルイズさん達って何? ご主人様? いやいやなんか違う気がするぞ…… しばらく、考えたミルアは、やや戸惑う様に、「友達ですかね……? 少なくとも何人かはそのはずです」「友達かぁ……いいな」 ティファニアの言葉にミルアは首を傾げた。「ティファニアさんに友達は?」「私はこの村から出ることはないし。ここには子供たちしかいないから。私にとっては弟や妹って感じかな」「私も見た感じ子供たちと変わりませんからね」 ミルアがそう言うとティファニアは小さく首を横に振り、「ミルアはちょっと違う気がする。マチルダ姉さんとも普通に話しているし。なんか友達同士のようにも見えた」 友達がそうほいほいと頭をなでたりするか? ミルアはそう疑問に思いつつ、「じゃぁ、ティファニアさんとも友達になれるかもしれませんね」「いいの?」「どうして、いいの? なんて聞くんです?」 ミルアの問いに、ティファニアは自らの尖った耳に触れる。 あぁ、なるほど、と納得したミルアは、「ティファニアさんの血に関しては私は何とも思いませんよ? エルフというのがどうであれ、私が見ているのはティファニアさんですから」 そのミルアの言葉にティファニアは嬉しそうな笑みをうかべる。 双月の明かりに照らされるその笑顔は、月明かりをきらきらと反射する金髪と相まって、とても綺麗でミルアは思わず見惚れた。 そんなミルアに気づくことなくティファニアは、ぽんと手を叩くと、「ねぇミルア。私の事はテファって呼んで? なんか『ティファニアさん』だと他人行儀みたいで」「……テファさん?」 ミルアの言葉にティファニアは、ぷっと頬を膨らませ、「テファだよ。さんはいらないよ」 そう言ってじっと見つめてくるティファニアにミルアは観念したように、「……テファ」 ミルアがそう呼ぶとティファニアは嬉しそうに頷く。「テファ」 立て続けに頷くティファニアは本当に嬉しそうである。 そして彼女は嬉しそうに微笑んだままミルアの頭をなでた。 しかし、すぐに、はっとしたように、「ご、ごめんなさい。友達の頭をなでるなんて……なんとなく、つい……」 ティファニアはそう謝るが、ミルアは首を横に振り、「かまいませんよ。慣れてますから」 そう言ったミルアの顔にはほんの僅かに笑みが浮かんでいたが、ティファニアはまだ気が付くことができなかった。 翌朝、遊んでいる子供たちの声が聞こえる中、食事を済ませたミルアは村の一角でロングビルと話をしていた。「で、テファと友達になったと……」「はい」「あんたが急に、テファなんて呼ぶから何があったのかと思ったら、そういう事かい」「なにか問題でも?」 ミルアがそう問うとロングビルは首を横に振り、「いや、問題ないさ。まぁ、あんたは見た目に反して子供っぽくないからね」「悪かったですね。子供っぽくなくて」 ミルアのその言葉にロングビルは笑う。 ロングビルはひとしきり笑った後、「でも、よかったよ。あの子は外の人間との関わりがなかったから。できれば外の世界も見せてやりたいんだけど……」 そう言ったロングビルは僅かに沈んだ表情をする。 それを見たミルアは、「彼女の耳ですか?」「あぁ、ばれたら命が危ういからね。それに耳が普通だったとしても、あの見た目だよ。変な虫が寄ってくるに決まってる」「仮によって来たら?」「ゴーレムで叩き潰す」 そう言ったロングビルの顔は真剣で、ミルアは思わず後ずさる。 そしてミルアは才人の事を思い出す。 キュルケさんの胸にも興味津々だったし、もしテファの胸を見たら……才人さんは叩き潰されちゃう? 想像の中の才人にミルアは内心で手を合わせる。合掌。 内心で才人に手を合わせたミルアは、村の中にある小さな小屋に視線を移しつつ、「今日にでも港に向かおうと思います。それと例の件、よろしくお願いします」「わかってるよ。今までにないくらいの厄介ごとだけど面倒は見るさ。でもこれはあんたへの借りにしておくよ。盗賊から足を洗わせてくれた事だけじゃ足りないからね」 その言葉にミルアは頷き、「必ず借りは返します」 その時ミルアはふと何か違和感に気がついた。そしてすぐにそれに気が付く。 さっきまで聞こえていた子供たちの声が聞こえない。しん、と静まり返り、風の音、木々の葉がこすれる音しか聞こえない。「やめてっ!」 その声にミルアとロングビルは弾かれるように声がした方へ走り出す。 声はティファニアの物。しかし、発せられた言葉と、そのニュアンスが尋常じゃなかった。「テファっ!」 ミルアとロングビルの二人はそう叫びティファニアの下へ駆けつけた。そして動きを止める。 これはいったい……どういう状況だ…… そう思いながらミルアは目の前の状況を観察する。 それはロングビルも同様のようで周囲に視線を走らせた。 顔をも覆う兜をかぶり純白のマントを纏い、腰に剣をさした騎士のような者が五人。兜以外は金属でできた防具を体の一部に着けている。体格からして男であることがわかる。 騎士のような出で立ちのう内一人が後ろから首に腕をまわす形でティファニアを拘束し、一人が剣を、へたりこんで怯えている子供たちに突き付けていた。残りの三人がミルアやロングビルに気づき、それぞれ腰に下げた剣に手をかけた。 ティファニアはまるで悲鳴をあげるように、「お願い。誰も傷つけないで……」 その声にロングビルが、ぎりっ、と奥歯を噛みしめる。 少しでも動けば子供たちが危ないのはわかりきっていた。 ロングビルは全身から怒気を滲みだしながらも、その場から一歩も動かず、「あんたら……何者だ……」 そう、静かに問う。傍から見ていても怒鳴りそうになるのを必死に抑えて冷静であろうとしているのが分かる。 しかし、問われた騎士はそれを無視しする。 そして騎士から発せられる声は男のもの。「おとなしくしていれば誰も傷つけない。我らが必要としているのは『虚無の担い手』のみ」 ハッキリとした声で騎士はそう言った。