世界は常に流れていて、私たちはただその流れに乗っているだけなのかもしれない。 けれど時に多くの人が流れに逆らう。 それは「願い」だったりするのだろう。 今はまだ流れの行きつく先がわからない。 けれど、多くの守りたいものを持つ私はきっとその流れに逆らうことになる。 そんな気がしてなりませんでした。 「虚無の担い手」と聞いたミルアはピクリと反応した。 そして頭に浮かんだのはルイズのこと。四大系統の、どの系統にも属していない謎の爆発を起こしてしまうルイズ。「虚無の担い手」というのが、その言葉の通り虚無の魔法を使う者ならルイズも該当する可能性がある。しかしこの場にルイズはこの場にいない。 ミルアは思う。彼らの言う「虚無の担い手」とは、いったい誰の事なのか、と。 そんなミルアの疑問に答えを示したのはティファニアを拘束している騎士だった。「我らが求めているのは『虚無の担い手』であるこのハーフエルフの娘だけだ」 その言葉にミルアは内心で驚き、ロングビルも目を大きく見開いている。 当のティファニアは何のことかわからないといった様子。「テファが『虚無の担い手』だって? そんな出鱈目……」 そう言うロングビルの言葉は動揺しているのか僅かに震えている。「お前たちが詳細を知る必要はない。おとなしくしていればいい」 騎士はそう言うとティファニアを拘束したまま後ろへ下がってゆく。 ミルアもロングビルも、ティファニアを助けたいが、騎士の一人が子供たちに剣を向けているため迂闊には動けない。やるなら一瞬だ。 チャンスは一度……失敗は許されない…… ミルアが慎重に機会を伺っていると、「困っているようだな……力を貸そうか?」 どこか愉快そうな色を滲ませながらも、凛と響く声。それは騎士たちの後方から聞こえた。 騎士たちが振り返るより早く、一人の騎士の剣が空へと弾かれる。それは子供たちに剣を向けていた騎士の物だ。 騎士の剣を弾き飛ばした人物。金色で縁取られた漆黒のマントに、目深にかぶったフード。フードから除く白い髪に、僅かに笑みを浮かべた口元。 その人物にミルアは見覚えがあった。以前タバサに連れられガリアに行った際にであった人物。王女イザベラの傍に居り、ミルアにタバサの複雑な事情を説明した少女。 「ナイ・セレネ」……どうして、彼女が? ミルアがそう思う中、ナイは自らが剣を弾き飛ばした騎士の脇腹を蹴り飛ばし、「いいのか? 追わなくて」 ナイが乱入してきた時点でティファニアを拘束していた騎士は、彼女を肩に抱えて森の中へと走り去っていた。 そしてミルアはナイの言葉に弾かれるようにして駆け出し、留まっている騎士たちの脇をすり抜け、ティファニアを攫った騎士を追う。 ロングビルも後を追おうとするが、「おい、そこの。お前は子供たちを連れて避難しろ」 ナイの言葉にロングビルは立ち止まる。 既に剣を抜きじわりじわりと間合いを詰める残り三人の騎士から目線を外すことなく、「子供に血なまぐさいのは、よくあるまい?」 ナイがそう言うと何処か不安そうにロングビルは頷き、「あんたが何処の誰か知らないけど、今は利用させてもらうよ」 そう言って子供たちと後ろへと下がってゆく。 ナイは騎士たちへ笑みを浮かべると、「さてと、私としては詳しい話を聞くのは一人いればいいのでな。あとはいらん」 そう言って踏み込む。 そしてそれは騎士たちも同じだった。 騎士の振り下ろそうとする剣を、ナイは弾き飛ばす。そしてがら空きになった胴に剣の柄を叩き込だ。 剣の柄による一撃を受けた騎士はうめき声をあげて地面に倒れこみ、その倒れた騎士にナイは剣を突き立てる。 背中越しに心臓を貫かれた騎士は絶命し、純白のマントに赤いしみが広がってゆく。 ナイはすぐさま剣を左手で抜き、斬りかかってきたもう一人の剣を右下へと受け流す。そしてそのまま体を時計回りに横へ一回転させ、剣を逆手に持つと、自らが剣を受け流した騎士の脇腹へと突き刺した。剣を引き抜くと同時に血が噴き出し、騎士はそのまま地面に倒れ伏す。 最後の一人の薙ぐように振るわれる剣をナイは剣の腹で受け、力任せに上に払う。それと同時に相手の腹部を蹴り上げる。 むせるように僅かに身をかがめる騎士の首下めがけて、ナイは一気に剣を振り下ろした。 ミルアはティファニアを攫った騎士を追いかけて森の中を走っていた。 入り組むように木々が立ち並んでいるが、体の小さいミルアは木々の間をためらうことなく走り抜けていく。 逆に騎士の方はティファニアを肩に担いでいるためもあってか思う様に走れず、ミルアが追いつくまで時間はかからなかった。 ミルアは騎士を追いぬくと、騎士の進路に立ちふさがり、「追いかけっこはここまでです」 淡々と吐く言葉に感情は感じられない。 だが、その小さな体から発せられる何かが騎士をたじろがせる。 ただそれはティファニアも同じで、彼女は騎士に担がれたまま、びくっと反応した。 デルフを構えて進路を塞ぐミルアに、騎士は逃亡をあきらめたのかティファニアを地面に投げ捨てる。 小さな悲鳴をあげるティファニアに今度はミルアがびくっと反応した。 ミルアの中にあった不快感が膨れ上がる。いや、それは怒りだ。 ニューカッスル城の教会でルイズがワルドに傷つけられた時と比べれれば、それは小さなものかもしれないが、ミルアにとっては珍しく明確な感情だった。 剣を抜き、構えた騎士にミルアが一気に間合いを詰めてデルフで薙ぐ。 騎士はミルアの一撃を剣で受けるも、ミルアの力は騎士の力を圧倒し、騎士は大きく後退を余儀なくされた。 経験上、技はともかく力だけなら、ミルアはそうそう負けはしない。 ミルアが騎士をさらに押し込もうとして踏み込むと、騎士は体を捻り、デルフをミルアごと横へ流す。 さらに騎士は自らの剣でデルフを絡め取るようにして弾き飛ばした。 しまった。とミルアは内心で吐く。 そんなミルアへ振り下ろされる騎士の剣。 ミルアはその剣を咄嗟に右手でつかむ。掴んだ手から血が流れるがミルアはそれに構うことなく、掴んだ剣を、左の拳で思いきり殴りつけた。 ばきりと音がして騎士の剣が砕ける。騎士は折られた剣を手にしたまま後ろへ下がり、ミルアは折った剣を投げ捨てた。 次の瞬間、騎士はミルアに背を向けて走り出す。 ミルアも走り出した騎士を追う。 しかし、その時、騎士は後ろ手に何かを投げ、ミルアもそれに気が付いた。 ミルアは視界の横を十サントほどの長さの直方体がゆっくりと素通りしてゆくようにに感じた。その直方体に危険を感じたミルアは咄嗟にその場で急ブレーキをかけて、ティファニアの下へと駆け戻る。文字通り全速力で、その姿が一瞬消えたようにも感じるほどに。 突然目の前に現れたミルアに驚くティファニア。 ミルアはその直方体を見たとき、咄嗟に爆弾のような物だと思った。だからこそ、自身の体にかかる負担を無視してティファニアを守る為に全速力で彼女の下へ駆けつけたのだ。 そしてティファニアを守る様に立ちふさがるミルアの視線の先で、直方体は地面に落ちる寸前の所で破裂した。 しかしミルアの爆弾という予想は外れ、直方体は破裂すると同時に目に突き刺さるような閃光と、耳をつんざくような鋭い音を周囲に解き放った。「うあっ!」「きゃぁっ!」 ミルアとティファニアは、その激しい光と音に思わず声をあげた。 ティファニアは目を閉じ耳を抑え、その場に倒れこみ、ミルアは倒れこみこそしなかったが、視界が砂嵐のようなノイズで覆われ耳の奥がキーンという音で支配される。 おまけに―――「なぁっ?」「く、くひゃいっ!」 ミルアとティファニアの二人は、今度はそろって鼻を押さえる。 思わず吐き気を催すほどの腐卵臭が二人を襲ったのだ。 ティファニアは鼻を抑えることで何とか耐えている。しかしミルアはこの程度じゃすまなかった。 というのも、ミルアは人より比較的感覚がすぐれていて、聴覚や嗅覚もそれに該当している。その分、普通の人よりも危険は察知しやすいがこのような場合は普通の人よりも、はるかにダメージが大きいのだ。 ミルアは耳をやられたことも相まって、ふらふらとしだして、ついには膝をつくと、その場に嘔吐する。 しばらくしたのち、ミルアはとりあえず嘔吐感は落ち着いたものの未だ足元がおぼつかなかった。 結果としてふらふらのミルアは助けるはずのティファニアに背負われて村に戻ることになる。「助けにいった奴がなんで助けられてるのさ」 村に戻ってみれば、何処か別の場所に避難させたのか子供たちはおらず、ロングビルとナイだけがおり、ティファニアに背負われて戻ってきたミルアを見るなり、ロングビルはそう言った。 かなり格好悪いのはミルアもわかっている。しかしまぁ、あの匂いはないだろ。と内心でぼやきながら、「面目ないです」「で、でも、私の事助けてくれたから」 すかさずフォローをいれるティファニアの心遣いがミルアには嬉しかった。 ふとミルア周囲を見渡せば縄でぐるぐる巻きにされた騎士が一人いるだけ。他の三人は何処へ行ったのかと探してみれば、恐らくその三人が包まれていると思われる布が縄でひとまとめにされている。「その娘を攫った奴は?」 ナイがそう聞くと、ミルアはティファニアの背から降りて首を横に振り、「逃げられました」 ミルアの答えに、ナイは「まぁ、いいか」と呟く。 そして縛った騎士を担ぎあげて、「さて、私はこれで失礼させてもらうよ」 そう言って立ち去ろうとする。 するとミルアがナイを呼び止める。「その人には聞きたいことがあります。連れて行くのはその後にしてください」 その言葉にナイは横目でちらりとミルアをみて、「聞きたいって、何を?」「テファの事です」 ミルアがそう言うとナイは僅かに、にやりとして、「『虚無の担い手』の事か?」「聞いていたのですか」 やや睨むようにナイを見てそう言うミルアに、ナイは小さく頷いた。 そしてナイはティファニアを見て、「しかし、これは皮肉か? 始祖の力を受け継ぐものがエルフとはな」 その言葉にティファニアは、ばっと手で耳を隠す。今の今まで隠すのをすっかり忘れていたのだ。 ミルアはデルフの切っ先をナイに向けると、「助けてくれたのは感謝します。ですが、彼女の事は……」「報告するなと? もし私が報告すると言ったら?」 ナイのその言葉に今度はロングビルも杖を抜いてナイに向ける。 するとナイは笑って、「はいはい。報告はしないよ。私自身面倒くさいしな。それにだ、仮に報告したとしても、わざわざ他国の事に首は突っ込むと思うか?」 ナイにそう言われて、ミルアとロングビルは顔を見合わせる。 二人にはナイのいう事をどこまで信用すればいいのか測りかねていた。 ロングビルに至っては初対面なのだから仕方ない。 少し考えた後、ロングビルはナイの問いに答える。「そんなことわかるもんかい」 ロングビルの言うとおり、国が何を考えどう行動するかなんて、そうそうわかるものではない。ましてや、ティファニアは人間の天敵とも言われているエルフの血が半分混じったハーフエルフ。ガリアが直接動かずとも、アルビオンの新政府に告げ口すればそれで済んでしまう。何しろアルビオンの王家を滅ぼし、新政府を立ち上げたレコン・キスタはエルフから聖地を取り戻すことを掲げているのだから。 ナイはやれやれという具合に首を横に振ると、「私はこれでもガリアの王族に直接使えている身でな。そんな私を敵に回せば余計に厄介なことになるだけだ。だから、黙って私を行かせろ」「貴方の事は仕方なしとしても、そこの騎士はそう言うわけにはいきません。話をまだ聞いていません」 ミルアがそう言うと、ナイはミルアの目を真っ直ぐ見て、「こいつらはガリア国内で何かをしていた。下手に喋られてはこちらが困ることも出てくるかもしれない。そっちの要求は飲めないな」 ナイのその言葉にミルアは内心で舌打つ。 わからないことが多すぎる……このままじゃこの先、テファや子供たちにまた危険が及びかねない。 どうすればいいのかをミルアは考えるが答えが出てこない。 当のティファニアは悩むミルアを見ていたが、不意にナイに視線を向ける。 それに気が付いたナイが僅かに首を傾げた。 するとティファニアは、すっと頭を下げ、「あの……子供たちを助けてくれてありがとうございます」 ティファニアのその言葉にミルアもロングビルも驚き、ナイもきょとんとする。 僅かな間きょとんとしていたナイだったが、やがて、くくくと笑いながら、「いや、気にしなくていいさ。私も子供を人質にとるような事はきらいでね」 ナイはそう言うと縛った騎士を左肩に担ぎ直し、空いた右手で、一纏めにした三人の騎士の死体をひょいと持ち上げる。 軽々と四人もの人間を運ぼうとしているナイにミルアたちは驚く。「これはちょっとした親切心から言うが、そこのエルフは早めにここから離れた方がいいぞ。この騎士どもの背後関係はまだ調べていないからわからんが今回のであきらめたとは言いきれないしな」 ナイの言葉にミルアたち三人は顔を見合わせる。 その言葉はもっともだ。今回の騎士の詳細が分からないうえに今は調べることができない。今回の一件きりという保証は何処にもないのだ。そしてそれはティファニアだけでなく、この村の住人である子供たちにも危険が及ぶという事だ。 その事を理解して三人は黙り込む。それぞれがどうしたらいいか、考えている様だった。 ふと気が付けばナイはいなくなっており、それに気が付いたロングビルが舌打ちをする。「どうします? 追いましょうか?」 ミルアがそう問いかけると、ロングビルは首を横に振り、「いや、いいよ。素直にこっちの要求を聞くとは思えないし……それに敵に回さない方がいいような気がしてね」 そう言うロングビルの顔は何処か引きつっている。 ロングビルの言葉にはミルアも同意で、「彼女とはガリアで一度会っていますが、なんというか掴みどころがないというか……」 ミルアはそう言って首を傾げた。 するとティファニアが顔を伏せて、「マチルダ姉さん……私、ここを出ていくね」 ティファニアの突然の言葉にロングビルは驚いて、「ちょ、ちょっと待ちなよっ! 確かにさっきの奴はあぁ言ったけど、本気にする必要なんかないよっ!」「でも、姉さんもわかってるでしょ? 子供たちの事を思えば私が出ていくのが一番だって……」 その言葉に、ロングビルは苦々しげに首を横に振り、「テファが出て行ったら誰が子供たちの面倒を見るんだい? それにね、あたしにとっても、子供たちにとってもテファは家族なんだよ。大切な存在なんだよ。そう簡単に諦められるものかい」 ロングビルにそう言われ、ティファニアは言葉を詰まらせる。そして、しばらくするとポロポロと泣き出した。 そんなティファニアをロングビルは抱きしめて優しく頭をなでる。「とりあえず今は子供たちの所にいってやりな。あの子たちもすごく心配してたから」 ロングビルがそう言うとティファニアは彼女を見上げる。 ティファニアの目元の涙をぬぐったロングビルは微笑むと、「後の事は私に任せな。どうしたらいいかちゃんとかんがえるから」 ロングビルの言葉にティファニアは頷くと子供たちがいる方へと走っていった。 そんなティファニアの背を見送ったロングビルはため息をつく。 すると若干、蚊帳の外だったミルアが、「実際のところ、これからどうするつもりですか?」「正直頭がいたいよ。この村の全員で何処か余所に移るってわけにもいかないさ。もうちょっと平和な時ならそれもできたんだろうけどね」「テファだけが出ていくってのは私も反対ですね。全ての危険を彼女一人で背負うようなものです」「そりゃ、そうさ。あの子一人で何ができるっていうんだい……」 ロングビルはそこまで言って「ん?」と首を傾げた。「どうしたんですか?」 怪訝に思ったミルアがそう尋ねると、「いや、ちょっとね。悪いんだけど今日一日じっくり考えさせてもらえないかい。明日には考えをまとめておくから」 ロングビルの言葉にミルアは「いいですよ」と頷いた。 何か考え込みながらその場を後にするロングビルを見送るミルア。 しかし、どうすればベストなんでしょうかね。テファってある意味、大所帯ですから…… ミルアはそんな事を考えながら腕を組む。 すると、先ほどの腐卵臭が服に僅かに移っていたのか、腕を組んだ瞬間にそれが舞い上がり、ミルアは思わずむせた。「急なことだがテファを魔法学院に預けようと思う」 謎の騎士たちによる襲撃の翌日、テファとミルアが寝泊まりしている小屋でロングビルからそう告げられミルアは「はい?」と返した。 預ける? つまりはどういう事? いまいち理解できずにいたミルアは、「えと……それはどういう形で?」「幸いテファは読み書きに問題はない。学院長秘書見習いという事で学院長に雇ってもらおうと思う」 ロングビルの言葉にミルアは首を傾げ、「子供たちはどうするのですか?」「しばらくは此処で私が面倒を見るよ。折を見てトリステインに移るつもりではあるけど」 それを聞いたミルアはあることに気が付き、「ちょっと待ってください。アルビオン新政府はトリステインに攻め込む可能性があるのですよ? そこに移るんですか? それにテファにだって同じことが言えますよ?」 その言葉にロングビルは苦しげな表情を見せ、「そんなことはわかってるさ。だから子供たちに関しては折を見てって言ったんだよ。それにテファの事情を知ったうえで面倒見てくれそうなお人よしなんて学院長やあんたぐらいしか思い浮かばなかったんだよ」 だからトリステインを選んだんですね……ミルアは納得する。「もろもろの事情を書いた手紙を早々に学院長に送るつもりだけど、正直返事を待ってる暇はないからね。あんたにはテファを連れて学院に戻ってほしんだ」「本当に返事を待たずにつれて行っていいんでしょうか?」「他に望みがないんだよ。私が今持ってる伝手なんて碌なもんじゃないしね。表の伝手なんて今じゃ学院長だけだよ」 そう言ってロングビルは自嘲する。 その顔が悲しげに見えてミルアは何も言えなかった。そしてミルアも内心で自嘲する。自身のお人よしっぷりの所為でどんどん厄介ごとに首を突っ込んでいる気がすると。才人を元の世界へ帰すこと、ルイズの事、その他にも色々あって、そして今回のティファニアの事。 指折り数えていたミルアは途中で数えるのをやめた。 首突っ込むだけ突っ込んで、何一つ解決していないことに気が付いたのだ。 どうしましょう……すごく駄目な感じがしてきました…… ミルアはやや沈みこみベッドにうつ伏せで倒れこむ。「ん? ちょっと、どうしたんだい?」 ミルアの様子に気が付いたロングビルがそう尋ねると、「いえ、今気が付いたんですが、私って色んなことに関わるだけ関わって、何一つ解決してなくて中途半端だなぁ、と……」 ミルアのその言葉にロングビルはきょとんとする。 すると、傍に立てかけていたデルフがかたかたと音を立てて、「そら嬢ちゃんは荒事専門みたいなところあるからな。それに人生経験薄そうだし」「確かにあんたは腕っぷしはあるかもしれないけど万能ってわけじゃないだろ? そう何でもかんでも解決できるわけないじゃないか。心意気は評価するけどあんまり無理するんじゃないよ」 デルフとロングビルの言葉に図星なミルアはベッドに突っ伏したまま「むむむ」と唸る。 ロングビルはそんなミルアに、「さっきはあぁ言ったけど、テファは連れて行ってもらえるのかい?」 そう言われたミルアは顔をあげ、「テファは友達です」 そう言ったミルアは立ち上がる。 そしてロングビルの目を真っ直ぐ見て、「他に聞きたいことはありますか?」 ミルアの問いにロングビルは微笑みを返した。 今後の事を決めた翌日、ミルアとティファニアは村と森の境で、子供たちに見送られていた。 二人とも小さなカバンを肩にかけミルアに至ってはデルフを背負っている。「姉さん。子供たちの事おねがいね?」 ティファニアの言葉にロングビルは笑って頷く。 そしてふと真剣な表情になりティファニアの肩に手を置くと、「いいかいテファ。学院長はいい人間ではあるけれどちょっとアレな爺でね。もしお尻やら胸やらを触られたらミルアにちゃんと言うんだよ」 何処か鬼気迫るような物言いにティファニアはただコクコクと頷く。 一方のミルアは、「あ、あの……私にどうしろと……」「テファの為だ。何かあったら爺を叩きのめしな。大丈夫、学院の女性陣なら味方になってくれるはずだ」 やはり鬼気迫るような物言いにミルアも圧倒されて黙って頷く。 なんか怖い。 ミルアは今のロングビルをそう見ていた。 その後、ティファニアは泣きながら別れを惜しむ子供たちを一人ずつ抱きしめてお別れをする。 その光景をミルアは少し離れたところで見ていたが不意に背中に背負われたデルフが、「さびしい?」「はい?」「いやさ。お別れを惜しむ人がいなくてよ?」「此処に来てほんの数日ですよ? 無理があるでしょう。それに私は彼らを怖がらせてしまったりと碌な交流がありませんでしたし」「そんなもんかねぇ。ここに来てから嬢ちゃんをチラチラ見て話したそうにしてる子とか何人かいたぜ?」 それは初耳だ。 ミルアは内心で驚き、「存外、周りを見ているのですね」「なんせ俺っち普段は暇なもんでね」 デルフはそう言い、かたかたと柄を鳴らして笑う。 そんな風に雑談していると一人の小さな女の子がとてとてと近づいてきた。何やら手に草花で作った輪っかを持っている その小さな女の子はミルアの下まで来ると、「あ、あのね?」「?」 女の子が何が言いたいのかわからずミルアは首を傾げる。「何か?」 ミルアがそう尋ねると、「げ、元気でね」 女の子の答えにミルアはきょとんとする。 まさか自分にお別れを言いに来る子供がいるなんて露にも思っていなかったのだから仕方ない。 そんなミルアの頭の上に、女の子がひょいっと手に持っていた草花で作った輪っかを乗せた。 ミルアはそれに軽く触れ、「これは?」 そう疑問を口にしたミルアにデルフが、「花で作った冠だな。よかったじゃねぇか嬢ちゃん。少なくとも嫌われてはいなかったみたいでよ」 ミルアは楽しそうにそう言うデルフを無視して、「これを私にくれるのですか?」 ミルアが女の子にそう問うと、女の子は小さく頷く。 嬉しくなったミルアは素直に「ありがとうございます」と礼を言う。 女の子も笑顔で頷き、「私の名前はエマだよ」「私の名前はミルアです」 互いに遅めの自己紹介をするとエマと名乗った女の子は「えへへ」と笑う。 そんなエマと自分をロングビルがにやにやとして見ていることにミルアは気が付くがあえて無視しておく。ここで何か言えばからかわれる気がしたからだ。 ミルアはすっと手を差し出し、「また会いましょう」「うんっ」 ミルアが差し出した手をエマは満面の笑みを浮かべてぎゅっと握った。 その光景をティファニアは微笑みを浮かべて見つめている。「よかったな嬢ちゃん。また一人友達が増えたぜ」 デルフも嬉しそうにそう言うが、ふと何処か悲しそうに、「まぁ……嬢ちゃんにとって友達ってのは足枷なのかもしれねぇけどな」 小さくつぶやいたその言葉をミルアは聞いていたが、否定も肯定もしなかった。