この世界の魔法がとても生活に密着したものだということを知った。 やはり『力』というのは使い方しだいなのだろうか? ならば『兵器』という『力』はどうすればいいのだろうか? 敵を倒すことを求められた『力』は、その役目を放棄したとき、どうなる? 開き直れと、昔言われた。 開き直って好き勝手にしろと。 全ては君次第だと。 そう、全ては私次第だ。 なら私は…… 朝っぱらから悲惨な目にあった。それがミルアの正直な感想だった。 とりあえずキュルケに渡された手拭いでフレイムのよだれをふき取る。が若干臭う。 ミルアが、表情こそ変わらないが明らかにげんなりしているのが身にまとう空気で分かった。 キュルケは自分の部屋から香水を持ちだすと軽くミルアにふきかける。 たかが平民の子供相手にと思われるかもしれないキュルケの行動だったが、少なくとも相手が云々で、自分の責任を放棄する気はキュルケにはいようである。 ミルアは「ありがとうございます」と礼を言いうと、フレイムに視線を移す。 先ほどと違い襲ってくる気配もないので、ミルアはフレイムの頭をなでた。 フレイムもおとなしくなでられていてる。 その様子にキュルケは満足したのか、「私の名前はキュルケ・アウグスタ・フレデリカ・フォン・アンハルツ・ツェルプストーよ。二人ともよろしくね」 その言葉に答えるようにミルアと才人も自己紹介した後、フレイムともども、その場を後にした。 トリステイン魔法学院の食堂にはやたらと長い三つのテーブルが並んでおり、それぞれ学年別なのか色の違うマントをはおった生徒たちが座っていた。 一階の上にはロフトがあり、そこには教師陣が座っている。 豪華な飾りつけに雰囲気のあるローソク、山盛りに盛られたフルーツに綺麗な花々。 才人はその豪華さにポカンとしているがミルアにいたっては無表情。 関心ない、と言った具合である。 この豪華さ、ルイズが貴族にふさわしい食堂でなければならいから、と説明してくれた。「あんたたちみたいな平民は普通、一生この『アルヴィーズの食堂』には入れないんだからね」 ルイズがそう言うとミルアは首をかしげ、「アルヴィーズ?」「小人って意味よ」 そう言ってルイズが壁際の精巧な小人の彫像を指す。 才人はそれを見て、「なんか夜中に動きそうだな」「正解よ。ちなみに夜中に踊ってるわ」 ルイズの言葉に再びポカンとする才人。「いいから早く椅子をひいてちょうだい。座れないじゃない」 ルイズの言葉に才人が、え? という感じの顔をしていると、ミルアがさっと椅子をひき、ルイズが礼も言わずにそこに座る。 才人もその隣に自分で椅子をひいて座った。 テーブルの上にはすさまじく豪華な食事が並んでいる。 わくわくと心躍らせているのが傍から見ていてよくわかる才人。しかしミルアは立ったままだ。「あれ? ミルア、すわらねぇの?」 才人がいうと、ミルアは無言であちらこちらを指差す。 その指差す方向を一つ一つ確かめる才人。 食堂の外に使い魔たちがちらほら見える。 ミルアの意図が理解できないのであろう才人は首を傾げた。 するとルイズがミルアを見て、「あんたはよくわかってるみたいね。普通はね、使い魔は外。あんたたちは私の特別な計らいで此処にいるのよ」 そしてルイズは床を指さす。 そこには二枚の皿。テーブルの上の食事とは、その中身が天と地ほどの差がある。それぞれの皿の内容は同じ。 二枚の皿の内容が同じことを考えると、二人分ということがわる。「俺たちの?」 才人が自分とミルアを指差してルイズに問うと、ルイズは無情にも「そうよ」と返した。 それを聞きがっくりと肩を落とす才人。「偉大なる始祖ブリミルと女王陛下よ。今朝もささやかな糧を我に与えたもうたことを感謝いたします」 祈りの声が唱和され、ルイズも目を閉じそれに加わる。 ささやか……ものは言いようですね。と床の上の食事をみてミルアは思った。 見れば才人は実に文句をいいたげである。 皆の食事が始まると、ミルアはちょこんと床に正座して皿の上の、小さな肉のかけらが浮いたスープと皿の端に乗っかった小さな硬いパン二切れをさっさと平らげた。 そしてそのままルイズの横の床で正座のまま微動だにしなかった。 才人はというと床の上にすわりつつ、こっそりとルイズの食事に手を伸ばすが、ぴしゃりと、その手を弾かれお情けで鶏肉の皮を恵んでもらっていた。 肉は癖になるから駄目とのことらしい。 完全にペットのような扱いに才人はぎりぎりと歯噛みした。 魔法学院の教室は大学の講義室に似ていた。床や壁は石造りで、教卓を起点に扇状に並べられた机、そしてそれらの机は教卓から階段状に上へ上へと並べられていた。 ちゃんと後ろの生徒にも教師が見えるようになっている。 ルイズたちが教室に入ると先に教室に来ていた生徒たちが一斉にこちらを振りかえった。 何これ怖い。 そう才人がたじろいでいると、くすくすと笑い声が聞こえてくる。 俺笑われてる? と才人が自分を指差しながらミルアの方を見るがミルアは首を横に振ってそれを否定する。 じゃぁなんだろう、と才人が疑問に思いつつ目を泳がせていると、今朝会ったキュルケがいた。 その周囲には男子生徒が群がっており逆ハーレム状態。 こいつら、おっぱい目当てかっ? むむむ、けしからん。などと自分を棚に上げて憤る才人。 周囲を見てみればさまざまな使い魔がいる。どれもこれもファンタジーの世界から飛び出してきたような者たち。 才人は軽い興奮状態だった。 ふとミルアを見れば何やら縮こまっている。 なんだろうと思って才人は直ぐに気が付いた。 他の生徒たちの使い魔の視線がミルアに集中しているのだ。 それが何故かはわからないが、その多くの視線によってミルアは針のむしろ状態になっている。 ミルアとしてはかなり居心地が悪いのだろう。 「若干、帰りたい」というミルアのぼやきが才人には届いた。 そんなミルアを余所にルイズはある机の前で立ち止まる。 するとミルアが椅子をひきルイズがそこに座る。 才人は食堂と同様、床に座ってみたが目の前に机があってかなり窮屈だった。 しかたなくルイズの横の椅子に座る。 ルイズが軽く才人を睨むが今回は何も言わなかった。 ミルアはというと、先ほど同様、床に座っている。たださすがにミルアも窮屈だったのか膝で立ち、ちょうど机から頭が飛び出すような感じになっていた。 ルイズの右に才人。左にミルア。 右にいる才人に関してはルイズは黙認することにしたようが、ミルアに関してはそうはいかなかったらしい。 机から頭が飛び出すような感じ、ちょうどルイズの肘の位置なのだ。 下手をすれば顔面に肘鉄が入りそうである。 ルイズは、ミルアの前、自分の左横の椅子をこんこんと軽く叩いた。 ミルアがルイズを見て、「いいのですか?」「いいから座りなさい」 ルイズにそう言われミルアはしぶしぶといった感じで椅子に座った。 ミルアが椅子に座りしばらくすると、教室の扉が開き教師と思われる中年の女性が現れた。 紫のローブを身にまとい、とんがり帽子をかぶっている。「あの人も魔法使い、メイジだっけ?」「えぇ、そうよ」 才人の問いにルイズが答える。 女性は教室を一通り見渡すと、にっこりとほほ笑んで、「春の使い魔召喚はみごと大成功のようですわね。このシュヴルーズ、春の新学期の度に新たな使い魔たちを見るのがとても楽しみなんですよ」 彼女はそう言うと、ふと才人やミルアに目をとめ、「ミス・ヴァリエール、とても変わった使い魔を召喚したのですね」 その表情はおだやかで、周囲の生徒と違ってルイズに対する侮蔑の意はこめられていない。 だが彼女の台詞を皮切りに周囲の生徒が、どっと笑いだした。それは今の今まで我慢してたという具合だ。 そこから先はルイズと周囲の生徒たちとの口論だった。 笑いの種にされている才人は不機嫌極まりないものだったがミルアは我関せずを地でいっていた。 シュヴルーズも再三注意したが、生徒たちの笑いは収まることはない。 しびれを切らした彼女は自らの魔法「錬金」で生み出した赤土をいつまでも笑い続ける生徒たちの口に張り付けた。 そして教室が静かになると彼女は満足したようにほほ笑んで、「それでは授業を始めます」 彼女が杖を振ると机の上に拳より少し小さい程度の石ころがいくつか現れた。「私は『赤土のシュヴルーズ』これから一年間『土』系統の魔法を皆さんに講義していきます」 そして彼女は四大系統『火』『水』『土』『風』の中で『土』の系統の重要性を説く。それは生活に密接したもので金属の精製や、建物の建造、農作物の収穫など、それはとても納得のいく内容だった。 魔法が扱えない才人でも彼女の言ってることはよく理解できた。そして自分たちの世界での『科学』がここでは『魔法』なのだと理解した。 たしかに魔法が使える貴族がいばるわけだよな。才人が一人うんうんと納得していると、シュヴルーズが、「では、これから『土』系統魔法の基本である錬金を皆さんに覚えてもらいます」 彼女はそう言うと、石ころに向かって杖をふると短くルーンを唱えた。すると石ころが光り出し、その光が収まると石ころはピカピカと光る金属になっていた。 それを見たキュルケは身を乗り出して、「そそそ、それは、ごご、ゴールドですか? ミス・シュヴルーズっ!」「いいえ、これは真鍮ですよ、ミス・ツェルプストー。ゴールドを錬金できるのは『スクウェア』クラスのメイジだけです」 そしてシュヴルーズはこほんと咳払いすると、「私は『トライアングル』クラスのメイジですから」 それを聞いていた才人が隣のルイズをつついた。 ルイズは不機嫌そうな顔をして、「なによ、授業中よ」「あのさ、トライアングルとかスクウェアとか、何?」「系統を足せる数の事よ」 ルイズの説明いわく系統を足せる数が増えればその分、強力な、あるいは幅広く魔法が使えるらしい。 一から順に『ドット』『ライン』『トライアングル』『スクウェア』となるらしい。 ルイズがわざわざ丁寧に才人に説明していると(ミルアも聞き耳を立てていたが)それにシュヴルーズが気がついて、「ミス・ヴァリエールっ!」「は、はいっ!」「授業中の私語はいただけませんね」「は、はい……」「錬金の実演はあなたにやってもらいましょう」 シュヴルーズのその言葉に教室がざわめいた。 キュルケがおずおずと声をあげる。「ミス・シュヴルーズ、やめたほうがいいと思います」「何故ですか?」「危険だからです」 キュルケがきっぱりとそう言うとルイズは、「やりますっ!」 ルイズがそう言った時、キュルケは失敗したという顔をした。 隣でルイズを見ていた才人は気が付いた、ルイズが負けず嫌いだという事に。「ルイズ、やめて」 悲しい事にキュルケの声はルイズには届かない。 ルイズの表情は真剣そのものだ。 もともとルイズは美少女といえるレベルの容姿だ。胸元こそほとんど断崖絶壁状態だが、そんなもの個人の好みによるところだし。 つまりはどういう事かというと、杖を手に真剣な表情のルイズはとても美しかった。 酷い待遇の才人でさえその美しさに見惚れてしまっていた。 こんな美少女がなんで周囲から馬鹿にされているんだろうかと疑問に思うほど。 そして見惚れていたからこそ、周囲の人間がおびえたような表情になって各々机の下に潜り込むという異様な光景に気がつかなかった。 教師であるシュヴルーズも、真剣な表情で実演に挑むルイズのことが、教師として嬉しいらしく、にこにこと彼女を見ていた。 一方、ミルアもルイズは見ていたが周囲の異様な光景にも気が付いており首を軽くかしげていた。「さぁミス・ヴァリエール、錬金したい金属を心に強く思い浮かべるのです。大丈夫ですよ貴方ならできます」 シュヴルーズの言葉に、机の下に潜り込んだ生徒たちは「無責任なっ!」と小さく悲鳴をあげた。 ルイズはそのかわいらしい口で短くルーンを紡ぎ軽く手にした杖を振りおろした。 次の瞬間まきおこる爆音、爆風。 要するに爆発。 ルイズが杖を振りおろした瞬間、錬金される筈である石ころが、それを乗せた机ごと爆発した。 驚く暇なんてあっただろうか。 爆風が教室にあった様々な物を吹き飛ばした。 才人も爆風を受けて椅子から転げ落ちる。 机の下に隠れていた生徒たちはなんとか難を逃れたものの机の上の教材は物の見事にふっとんでそこらじゅうに散乱している。 次いで、爆音も周囲に被害をもたらした。 教室中にいた使い魔たちが、その大きな音に驚いて混乱して暴れ出したのだ。 そんな中、爆発を引き起こしたであろうルイズは服はいたるところが破けパンツまで見えている状況、顔もすすで汚れていたが澄まし顔。 ところがその顔が驚愕で歪んだ。 混乱した使い魔の中に厄介なのがいた。 その大きな蛇である使い魔は自らを、そして自らの主人を脅かした爆発を引き起こしたのがルイズだと気がつき、その小さな体を飲み込まんと大きく口をあけルイズに飛びかかった。「ひぃっ……」 ルイズが思わず声をあげたが、大きな蛇の口はルイズの目前で動きを止め、そのまま地面にビタンっと落ちた。 見ればミルアが蛇のしっぽを掴んで蛇の動きを止めている。 動きを止められた蛇は標的をミルアへと変更して跳びかかるが、ミルアは机の上をぴょんぴょんと跳びまわり逃げ回った。 なんだっけ? 牛若丸? と才人は身を起こしながら逃げ回るミルアを見ていたが、その逃亡劇は蛇の主人である生徒の制止の声によって終わりを告げるのだった。