大きな分岐点。 選択しだいで結末は大きく変わるかもしれない。 未来にそれほどの影響を与えるかは私にはわからない。 とても些細なことかもしれない。 けれども、私の思うままに。 その選択が誰にどんな影響を与えることになっても。 オーク鬼を撃退したミルア達は森の中をもくもくと歩き続けた。 しかし日が沈むまでに人里にたどり着くことはできず、そのまま野宿という形で森の中で一泊することになる。 木々の間から僅かに降り注ぐ双月の明かりの下、虫の音色とたき火から届くパチパチという音だけがあたりを満たし、そんな中で三人は一塊になって眠っていた。 オーク鬼の襲撃以降、どういうわけかエルザはミルアにくっついていた。出会った当初は何処か怯えるようにミルアと距離を取っていたのに、気が付けばミルアの服の裾を掴んでいたのだ。 その光景を見たティファニアは、内心で困惑するミルアを余所に嬉しそうに笑っていた。 そして結局、今現在エルザはミルアの隣を陣取って眠っている。ちなみにティファニアもミルアの隣で、ミルアは二人に挟まれる形で眠っていた。 その後、時間がたち、たき火の火が完全に消えたところでエルザが静かにその身を起こした。 エルザは残りの二人を見て、まだ眠っているのを確認すると静かな足取りで森の中へと入る。 しばらくして戻ってきたエルザの顔には妖艶な笑みが浮かんでいた。 そしてミルアの下へと歩み寄ると、その傍らに腰を下ろす。そのままミルアに覆いかぶさるようにして体を近づけたエルザはその小さな口を開いた。 その口の中には人の物とは違う牙が顔をのぞかせていて、 「お姉ちゃん……いただきます」 興奮したように頬を上気させたエルザは声に出すことなく、口の動きだけでそう告げる。 そのままエルザはミルアの首筋へ小さな口を近づける。 「っ!」 まさにミルアの首筋にその牙を突き立てようとした時、エルザは小さな驚きの声をあげた。 エルザの首をミルアの手が鷲掴みにしたのだ。 ミルアはそのままエルザとの体の位置を変えるように、地面に押さえつける。 困惑の表情を浮かべるエルザ。その表情はこの状況を理解できないでいるようだった。 実の所ミルアはエルザが最初から普通の人間ではないと感づいていた。 理由は簡単でミルアは視覚に任意でいくつかのフィルターをかけることができる。体温や骨格の透視など様々な種類があり、改造人間であることの一種の恩恵だ。 それによってもたらされる情報はミルアに、エルザは普通の人間でないと教えてくれていた。 ただミルアは指し示されたされた情報から、エルザが普通でないと理解しただけで、何者であるかまでは導き出せなかった。 その理由は簡単で、単に知識がなかったからである。 結果として、ミルアは、エルザに対して警戒心を高めるだけにとどめていたのだ。 何せ自分が普通の人間ではないし、今現在はハーフエルフであるティファニアと行動を共にしているのだ。普通の人間とは思えないとはいってもそれをとやかく言う気はなれなかった。。 「状況から察するにあなたが吸血鬼だったんですね」 ミルアはそう言って傍らのデルフに手を伸ばした。 それに気が付いたエルザは必死に抵抗を試みる。 しかし声をあげようにも首を締め付ける力は強く、声は全くでない。首を締め付ける手をどかせようにもエルザの力ではミルアの手をどかせることはできない。 結果としてエルザはその場でジタバタともがくことしかできなかった。 だがそれはエルザにとって思いもかけない好機とつながる。 「あれ? 二人ともどうしたの?」 エルザのもがきはティファニアを起こすことになった。 そしてミルアの意識が僅かにエルザからそれて、エルザの首を押さえつけていた手の力が心なしかゆるんだ。 次の瞬間エルザの口から紡がれたのは先住の呪文だった。 「きゃぁっ!」 ティファニアの悲鳴と同時にミルアの体に、周囲の木々から伸びた枝が絡みつく。見ればティファニアの体にも同様に沢山の枝が絡みついていた。 二人はそのまま近くの木に縛り付けられてしまう。 ミルアは力任せに絡みつく枝を引きちぎるが、 「いいの? お姉ちゃん? こっちのお姉ちゃん、ずたずたにしちゃうよ?」 エルザのその言葉にミルアはぴたりと動きをとめる。 ミルアが視線をティファニアに向けると完全に彼女は枝でぐるぐる巻きにされており、一本の枝が猿ぐつわのようにして口に巻き付き声をあげることすら封じていた。 勝ち誇ったかのように笑みを浮かべるエルザはあることに気が付いた。 ティファニアのフードが取れているのだ。 エルザは驚いたかのように、 「あれ? お姉ちゃんエルフだったの? ん? でも少し耳が短いような……もしかしてハーフとか?」 ティファニアはエルザの問いに小さく頷く。 にやりと笑みを浮かべたエルザは、そのままティファニアに歩み寄る。舌なめずりをしながらの笑みは実に妖艶で、その笑みにティファニアは怯えるしかなかった。 「お姉ちゃんの血の味もすごく興味あるわ」 エルザはそう言い、ティファニアの頬をなでる。 その感触にティファニアは青ざめ、全身の毛が逆立つような感覚に襲われた。 恐怖のあまり目をぎゅっと閉じる。 そんなティファニアにエルザが牙をむいた時だった。 エルザの脇腹に金色の光球が直撃し彼女を大きく吹っ飛ばす。エルザに直撃すると同時に弾けた光球ではあったがその勢いから生み出された威力は相当なもので、エルザは十メイル以上の距離を吹っ飛ばされていた。 目を開いたティファニアが見たのは、何故か枝の拘束から解放されたミルアだった。そして彼女の横にはもう一つの光球……魔力弾が空中に浮かび待機している。 そして、その魔力弾はよろよろと立ち上がろうとするエルザめがけて飛んでゆき、今度は腹部に直撃しエルザは再び吹っ飛ばされ地面の上を転がっていった。 「テファ、大丈夫ですか?」 ミルアはそう言い、ティファニアを拘束している枝に触れる。 すると枝はするするとほどけてゆきティファニアを解放した。 ティファニアは最初きょとんとしていたがミルアがおそるおそるティファニアの頬に触れ再度「大丈夫ですか?」と聞いてきたので、笑みを浮かべ「大丈夫だよ」と答えた。 その答えに、ミルアは相変わらず表情を変えないが何処か安心したような様子に、ティファニアは気が付く。 その光景を地面に倒れたまま見ていたエルザは「何故?」と小さくつぶやく。 ミルアは杖を持っていない。なのに魔法と思われるものを使った。杖を使ったのでなければ先住の魔法という可能性がある。しかし少なくともエルザはあんな光球を飛ばす魔法をしらない。しかもだ、何故、枝の拘束が解けているのか? それがエルザには一番の謎だった。 ミルアを拘束していた枝は引きちぎられたわけでもなく綺麗に「ほどけて」いた。 その上、ミルアが触れただけでティファニアの拘束までとけてしまった。 エルザは再び先住の魔法を唱え、そして唖然とする。 発動しないのだ。 理屈は分からないが封じられたことは理解できた。 魔力弾が直撃したときに何か細工をされたのか。あるいは、その場の精霊との契約が事前に必要な先住魔法の特性上、その精霊との契約が何らかの理由で解除されたのか。 ともかく自らの力を封じられたエルザは次の行動に移した。 逃げるしかない。 そう決断したエルザはミルア達に背を一目散に走り出した。 いくらミルアが動きが早くても、木々の間を縫うように逃げればそう簡単には追いつかれない。 そう判断したエルザは軽い身のこなしで森の中を駆けてゆく。 そしてちらりと後ろを確認したとき、彼女の顔が驚愕でゆがんだ。 人の頭ほどの大きさの魔力弾が木々を行けながらエルザに迫ってきていたのだ。 対象を自動追尾する魔力の塊であるそれは、通常二発同時生成から一発生成にすることにより「障害物をよける」という新たな付加要素を加えられたため森の中のエルザを追う事が出来た。 そしてそれは見事にエルザの背後から腰に命中する。 「あがっ……」 走っていたこともあってか、エルザはそのまま正面の木に突っ込み、そのままずるずると地面に崩れ落ちた。 そこへデルフリンガーを手にしたミルアがやってきた。 仰向けで、顔を鼻血や涙でぐしゃぐしゃにしたエルザにミルアはデルフを突きつける。 「どうして? どうして? 私悪いこと何もしてないのに……なんでよ……」 エルザは疑問の言葉をなんども口にする。 少なくともエルザにとっては悪い行為とは言えないことはミルアは理解していた。 人の血を吸わなければ生きていけないのだから、エルザの行為は当然で、それを悪いなどと言うつもりがないのは以前にも口にしたこと。 ならば何故エルザに刃を向けるのか。 それは至極単純なことで、 「人を、私自身を、そして何より、友人を守る為です」 ミルアはそう口にするとデルフリンガーを振り上げる。 「嫌だ。死にたくない……死にたくないっ! パパやママみたいに死にたくないっ! お願い何処か余所にいくからっ! お姉ちゃんたちとは二度と会わないからっ!」 必死に命乞いをするエルザの言葉にミルアは奥歯をぎりっと噛みしめ、デルフリンガーを握る手にさらに力がこもる。 ミルアは一度目を閉じ、再び明けると勢いよくデルフリンガーを振り下ろした。 「人間と共存できた吸血鬼がいなかったわけじゃねぇ」 そんなデルフリンガーの言葉がミルアの動きを止めた。 デルフリンガーの刃はエルザに触れるか触れないかの位置で止まっている。 「飢えは汗なんかでなんとかできるし、血にしたって偶に飲むぐらいで生きていける。何も毎日飲まなきゃならないわけじゃない。それに吸い殺す必要なんかない。まぁ口封じの意味やグールを作る意味もあって吸い殺してるんだろうが、眠らせておけば、ばれないのにお前さんたち一族は馬鹿だよ。ずっと吸い殺し続けてきたから完全に人間の敵になってる」 デルフリンガーの言葉にエルザは唖然とする。 あまりにも当たり前に吸い殺してきたのだ。無理もない。 ミルアはそんなエルザから視線を外さず、 「吸い殺し続けなければ、人間と殺しあう関係にはならなかったと?」 「少なくとも今よりはましだったろうな」 ミルアはその言葉に頷きエルザを見た。 エルザは怯えた目でミルアを見ながら、 「どう……すればいいの?」 「デルフの言った通りにすることは可能ですか?」 ミルアがそう問うと、エルザは何度も頷く。 生きるため。エルザには他の選択肢が浮かばなかった。 死にたくないという一心で生きてきたのだ。エルザにとっては藁にもすがる思いだった。 そんな様子を少し離れた所から見ていたティファニアがほっと胸をなでおろしている。 ミルアはデルフリンガーの切っ先をエルザからそらすと、エルザに向かって空いた右手を差し出した。 エルザはやや戸惑う様にその手を取ろうとする。 この手を取った先、決して裏切ることは許されない。それは自らの死に直結する。 それを理解したエルザはしっかりとミルアの手を取った。 その時、双月の明かりに反射して何かが真上の方で光ったのがエルザには見えた。 「っ!」 それはミルアも同じだったようでエルザの腕を引き、そのまま抱え上げた。 次の瞬間エルザが倒れていた地面に大きな氷の槍が突き刺さる。 ミルアは上を見上げつつも、とん、とん、と飛び跳ねて後ろへ下がる。 エルザを抱えたままのミルアの視線の先に、現れたのはタバサとイクスの二人だった。 二人は上空を舞うシルフィードから飛び降りると、レビテーションの魔法でふわりと地面に降り立つ。 タバサとイクスの姿を見たエルザは、びくっと震え、エルザを抱えていたミルアもそれに気が付いた。 「その子は吸血鬼。こちらに渡して」 そう言って杖を向けるタバサ。イクスはその隣でいつも通りの笑みを浮かべている。 ミルアは首を僅かに傾げて、 「渡して、どうするのですか?」 「退治する」 エルザを吸血鬼と知っているタバサの言葉、エルザの怯えよう。エルザを追っていたメイジが彼女たちであるのは明らかだった。 タバサの言葉にミルアは首を振る。 小さな声で「どうして」と呟くタバサにミルアは、 「この子はこれから、人の命を奪わずに生きていく道を選びました。それを邪魔されてはかないません」 ミルアの言葉にタバサは首を横に振る。そしてエルザを真っ直ぐに見て、 「仮にあなたの言葉が本当でも、その吸血鬼は既に何人も殺している。その咎は受けるべき」 「お断りします。ただ生きるために、生きたいがために足掻いてきたのです。無知ゆえに人を殺してきました。ですが変わります。変われます」 「殺された人の家族は納得しない」 「身内を殺されて納得など、どうできるのですか? 完全な納得などできるとは思えません。わだかまりは残ります。死んだ人は帰ってこないのですから」 「家族の事はどうでもいいの?」 「どうでもいいともとれますね……ですが正確に言えば何もできないです。死んだ人をかえしてあげれませんから」 ミルアはそう言うとちらりとエルザを見て、 「今の私はこの子を守りたい。ただそれだけです」 その言葉を聞いたイクスは笑みを浮かべながらもため息をつく。まるでやれやれと言わんばかりである。 一方のタバサはミルアをにらみ、 「貴方は我が儘」 「復讐、仇討。それは憂さ晴らしという、そちら側の我が儘です。失った人は帰ってはきません」 ミルアの言葉にタバサは杖を強く握りしめ、イクスは軽く顔を伏せ口の端で大きく笑う。 タバサは小さく前に踏み出すと小さな声で、 「イクス。あの吸血鬼だけを討つ。手を貸して」 「いいけど。タバにゃん、あっちのハーフエルフと思われる耳が中途半端に長い美少女はいいの?」 イクスの言葉にタバサは視線をちらりとティファニアに向けると、 「別にほっておいていい。怯えていて、戦意もない。こちらが仕掛けなければ問題ないはず」 「了解了解。タバにゃんは援護を。私が突っ込むよっ!」 イクスはそう言うと空中に作り上げたジャベリンを掴むと一気に駆け出した。 まだ夜明けまで僅かに時間を残す中、森の中からは硬いもの同士がぶつかり合う甲高い音が響いてきていた。 イクスが振るうジャベリンを、ミルアが左手に持ったデルフリンガーで受け、逸らしていた。 ミルアの動きをけん制するようにタバサのエア・カッターなどがミルアの足元を削る。 いまだに右手でエルザを抱えた状態ではあるが、単純な身体能力ではスタミナ以外は確実にミルアの方がイクスやタバサより上のはずである。 ミルア自身もそこは負けるつもりはなかった。 だが現状、ミルアは苦戦していた。 左腕しか使えないというのもあるが、意外にもイクスの力が強いのだ。 両腕で振るわれるジャベリンの衝撃は僅かではあるがミルアの腕をしびれさせる。 上空への退避も考えたがティファニアもいる上に、シルフィードがずっと旋回している。 消耗が激しい空中戦は厳しいものがあった。 そして、 「てぇえっい!」 そう叫び、イクスは左足を振り上げ、ミルアは上体をそらすようにして、その攻撃を避けるとステップで後ろに下がる。 イクスはジャベリンでの攻撃以外にも足技を駆使してきた。 ミルアが今まで見てきた限りで、ハルケギニアのメイジが体術を使うようなイメージはなかった。現にミルアのイメージはあながち間違いとは言えず、メイジたちは基本魔法の撃ちあいで勝敗が決することが多く、軍人でも杖を剣のように使う事はあっても足技というのは基本ない。 イクスが珍しいのだ。 そしてイクスはただ珍しいだけではなく十分に強かった。 現にミルアは防戦一方だった。 生身の人間で、尚且つ顔見知りでルイズの友人に本気は出せないこと。片腕というハンデ。そして、それなりに実戦経験を積んだ実力者の技。 ミルアが苦戦するには十分だった。 ぶぉん、と空気を裂く音と共に振り下ろされるジャベリンをミルアは後ろに下がることでかわした。 しかしそれと同時に放たれたタバサのアイス・ニードルが地面に突き刺さり、ミルアの足をからめ捕った。 バランスを崩したミルアの左手にイクスのジャベリンが叩き込まれ、デルフリンガーが零れ落ちる。 内心で舌打ちしたミルアは空いた左腕でイクスにパンチを見舞う。 しかし立て続けに放たれたパンチをイクスはその場からほぼ動くことなく横へずらしたり、反らしたりするだけでかわした。 そして、これでもかと放たれたミルアの回し蹴りを、イクスは膝蹴りの要領で受け止めた。 さすがにミルアも驚かざるをえなかった。自分の攻撃をこうもあっさりと全て捌かれるとは思わなかったのだから。 ミルアが足を下ろそうとした時、イクスの方がそれは早かった。 回し蹴りを受け止めた方の足でミルアの軸足を勢いよく払い、ミルアは一瞬空中に浮く形になった、そんなミルアをイクスは思い切り蹴り飛ばしたのだ。 蹴り飛ばされたミルアはそのまま空中を数メイルほど飛んでいきそのまま木に背中を打ち付ける。 ほんの一瞬浮いただけの相手を蹴り飛ばすなど、普通はできる芸当ではない。 だがイクスはそれを平然とやってのけた。 それはイクスの実力の証明でもあった。 しかしミルアはエルザを抱え木に寄り掛かりつつも膝をつくことはなかった。 「ミルアっ……」 ミルアの名を呼び駆け寄ろうとするティファニアをミルアは、 「そこでじっとしていてくださいテファ。私は大丈夫です」 「で、でも……」 「大丈夫です。私は……負けませんから」 ミルアはそう言いながらしっかりと両足で立つ。 そして左手を掲げる。 すると上空に、シルフィードがいる高度より僅かに下に直径一メイル程の、五芒星の魔法陣が一つ展開された。 その魔法陣はみるみる内に数を増やし、目に映る空一面を覆い尽くす。 「なに……これ……」 タバサは唖然として空を見上げ、 「やば……これ今の私には無理ゲーすぎる」 イクスもそういい冷や汗を流した。 「テファっ! その場を動かないでくださいっ!」 ミルアはそう言うとすべての魔法陣が光り輝き、 「降り注げぇぇぇぇぇえっ!」 そう叫び振り下ろされた左手に呼応するように魔法陣から大量の魔力弾が降り注いだ。 地味に痛い。まるで力の弱い美少女に「バカっバカっ!」とポカポカと殴られてるかのよう。でも数が多すぎて地味に痛い。というか数大すぎ。数の暴力反対。 というのはうつ伏せに倒れているイクスの言葉である。 怪我はしていないがタバサも同様に地面に倒れていた。 ミルアは一応、威力の加減はしたのだがやはりそこは数の暴力。 各魔法陣からの十秒以上にわたる一斉掃射はタバサとイクスの両名を地面に縫い付け、周囲の多くの木々が、細い枝をへし折られてなんともさびしいことになっていた。 タバサが自力で仰向けになると、そこへシルフィードが舞い降りてタバサにすり寄る。 シルフィードに捕まる形で立ち上がったタバサの所へミルアが歩み寄り、 「タバサさん……」 「貴方の勝ち。私たちの負け」 「私のまわがまま、押し通させてもらいます」 ミルアがタバサを真っ直ぐに見てそういうと、 「かまわない」 小さくそう言ったタバサはミルアの脇で怯えたように自分を見てるエルザを見て、 「もし貴方がミルアを裏切ったら……今度こそ私は貴方を討つ」 タバサの言葉にエルザは小さく何度も頷く。よほどタバサが怖いようである。 ふいに思い出したようにタバサはティファニアに視線を移すと、 「あの子は?」 「彼女はミス・ロングビルの妹でティファニアです。色々あって学院長に保護してもらおうかと」 ミルアのその言葉で納得したのか、タバサは「わかった」といい小さく頷くと、シルフィードを伴って未だ倒れたままのイクスの下へ行こうとした。 しかし不意に立ち止まるとミルアのほうへ振り返る。 何事かとミルアが首を僅かに傾げると、 「いいわすれてた……まだ此処では早いかもしれないけど、おかえり」 ほんのわずかに嬉しそうな色を滲ませてタバサはそう言った。 その言葉にミルアは小さく頷くと、 「ただいまです。タバサさん」 いつもと変わらぬようにミルアはそう口にした。 「まぁ、これはこれで結果としてはありかな?」 むくりと起き上がったイクスは笑みを浮かべながら、ティファニアに抱きしめられているミルアを見てそう言った。 そこへタバサがシルフィードを伴ってやってきた。 イクスはタバサの方を見ることなく、 「よかったね。タバにゃん」 イクスの言葉にタバサはわけがわからず、 「何が?」 タバサがそう返すとイクスは、あはは、と笑うと、 「自らの復讐すら成し遂げていない君が、他人の復讐の為にその手を汚すことがなくて、よかったね」 「っ! そんなこと……」 「くくくっ……いつになく感情的だよタバサ」 笑みを浮かべながらそう言うイクスは未だタバサと目を合わせようとしていなかった。 それが余計にタバサの神経を逆なでしたようで、タバサはイクスを睨み付ける。 そんなタバサをイクスは横目でちらりと見た後、再び視線をミルアに戻して、 「正直、私も復讐に関しては、あの子と同意見だよ。所詮は自己満足の非生産的な行為だよ。感情任せと考えれば実に愚かな行為だ。人の行いとしては下の下だね」 イクスの言葉にタバサは思わず掴みかかりそうになるのを必死に抑えた。 挑発されているんだと、自分に言い聞かせる。 そんなタバサの葛藤を知っているのか、イクスはいつもとは違う、何処か優しげな笑みをタバサに向けて、 「けどねタバサ。私もあの子も、それが悪いなんて一言も言ってない。行為としては下の下だと思っているけど、同時に人間らしくもあると思っているよ」 イクスはそう言うと立ち上がり、スカートのお尻についた土を払い落とすと、タバサの正面に立ち、 「自覚しておいてほしんだ。覚悟しておいてほしんだ。復讐は何処まで行っても自分のための行為でしかない。そうである以上誰かが君の前に立ちふさがることを止めることはできないんだよ。たとえば誰かがタバサと同じような理由で、復讐としてキュルケを本気で殺そうとしたらタバサはキュルケを助けようとするでしょ? 友達だもんね。大切だもんね」 イクスの言葉にタバサが即頷くとイクスはにっこりと笑って、 「そういう事だよ。君はその時、相手の事情なんて知ったことじゃないんだよ。大切だから、守りたいから守る。君の個人的な事情と相手の個人的な事情がぶつかってしまう。ここまで言えばわかるよね?」 「誰かがジョゼフを守ろうとする」 「うん。そうだね。彼も人間だ。人は一人でいろんな一面を持っている。君が知らないジョゼフの一面もあるだろう。そうである以上彼の事を大切に思っている、守りたいと思っている人間はいないなんて言えない。そしてね、君の前に立ちはだかる者のは何もそれだけじゃない」 イクスはそう言うと、タバサの頭を軽くなでるようにしながら、 「君を大切に思う者たちだ。自らの感情を慰めるための復讐。それを良しとせず君を大切に思う者なら君の前に立ちはだかることもあるだろうさ。ただ君を止めようとする者。本心では復讐なんてやめてほしいと思いつつも君の決断を尊重するもの。君が手を下すぐらいなら自分がと思う者。他にもあるかもだね」 イクスの言葉にタバサは幾人かの顔が頭に思い浮かんだ。 覚悟しておいてほしい。というイクスの言葉をタバサは反芻する。 タバサの中に小さな不安が生まれた。自分が決断したときその人たちはどうするのだろうか、と。 そんなタバサの前に不意にイクスの左手の小指が突き出された。 「なに?」 タバサがそう疑問を口にすると、イクスは笑みを浮かべたまま、 「約束の儀式だよ。ほら私の小指にタバサの小指を絡めて」 なんとなく言われるままにタバサはイクスの小指に自分の小指を絡める。 何を約束するのだろうか? タバサが疑問に思っていると、 「君が決断したその時、私は必ず君の傍にいよう。ただ傍にいる。決して君を一人にはさせないよ」 「……どうして?」 タバサが小さくそう口にすると、イクスは何処か寂しげな笑みを浮かべて、 「知識はあれど、人とのかかわりという点においては私は世間知らずといえるのかもね。だからかな。惚れっぽいんだよ。君も、ルイズも、みんなの事が大好きなんだ」 そう言うとイクスはするりと小指をほどいて、両手を広げると、 「さぁタバにゃんっ! 帰ろう魔法学院へっ!」 笑顔でそう声をあげるイクスの後ろの朝日がまぶしくて、タバサは目を細めた。