『日常』大した起伏のない日常。 スリルとか面白みはないかもしれないけれど、とても大事で貴重ではないだろうか? 戦いや人の死が『日常』な人もいるだろう。 そう思うと今の『日常』を守りたいと思えてくる。 たぶん多くの人が、少なからずそう思ってる。 私の『力』が皆の『日常』を守るために使えるのなら幸いだ。 才人は手にしていた「双頭の片割れ」を地面に突き刺すと、ルイズやミルアがいる方に向かって歩き出す。 おーい勝ったぞー、と言おうとしたら口の中に血の味が広がり思わず顔をしかめる。 怪我の手当てしないとな、と思いつつ右手をルイズたちに振ろうとしたら激痛が走って一瞬間の前が真っ暗になった。その激痛を皮切りに体中に痛みが走り、才人はそのまま意識を失った。 ぐらりと前のめりに倒れてゆく才人をルイズは慌てて受け止めた。 受け止めたが小さなルイズの力では支えきれずに、才人を正面から受け止めたままルイズは後ろに倒れてゆく。 そんなルイズの背中を今度はミルアが受け止めた。ルイズよりも小さい体をしているミルアだったが力だけなら充分ある。しかしバランスだけはどうしようもなかった。 糸の切れた人形のようにぐったりしている才人、それを何とか支えようとして身じろぎするルイズ。 おとなしくしてください、と言おうとしてミルアは自分のバランスが崩れたのを感じた。 あー……これは駄目だ。と冷静に感じつつ背中に衝撃を感じた。 才人とルイズの二人の体の下にミルアは埋もれる。 肺から空気がもれたのか才人とルイズの体の下からぷぎゅ、と不可解な音が聞こえた。 音を出した張本人としてはこのまま上の二人を押しのけることも可能だが約一名がボロボロの為そう簡単にはいかない、けれどこのままというわけにも。 ミルアは埋もれたままどうしようかと考えているとふわりと才人の体が浮き上がった。 対象を浮かび上がらせる魔法、レビテーションでふわふわと浮く才人。 才人の重みから解放されたルイズが立ち上がり、「あー、なんだあんたか……ありがとう」 そう礼を言うルイズの前には一人の少女がいた。 身長はルイズと大差ない少女だが胸部の戦力がルイズより圧倒的だった。 意図的に小さめのサイズを着ているのかブラウスの胸元がぱっつんぱっつんである。 淡い青色をした長い髪を風に流しながら少女は礼を言ったルイズに笑みをかえすと、未だ仰向けで倒れているミルアに近づいて、「立てるかな?」「はい。ありがとうございます」 ミルアは少女の差し出した右手を掴み立ち上がった。「才人さんの手当てしないといけませんよね」 ミルアはそう言いながら、浮かぶ才人に近寄る。「そうね。とりあえずこのまま運ぶわ。あんたもついてきなさい」 ルイズはそう言うと浮かんでいる才人をよいしょと押していく。そんなルイズにミルアは近づくと先ほどの少女の方を見て、「彼女は?」 すると、ルイズはやや照れたように、「一応私の友達かな。彼女だけなのよ、私の事『ゼロ』って馬鹿にしないの」 そう言うルイズは本当に嬉しそうだった。 学院長室から『遠見の鏡』と呼ばれるマジックアイテムで広場での決闘を静観していた学院長であるオスマンと教師のコルベールは二人して唸ってた。「ミス・ヴァリエールが召喚した平民の少年……勝ってしまいましたね」 コルベールがそう言うと、オスマンも自らの長い髭をいじりながら僅かに頷き、「勝ちおったのぉ……」 オスマンがそう答えるとコルベールは興奮した様子で、「いくら相手が一番レベルの低いドットのメイジとはいえ、ただの平民が勝てるとは思いませんっ! やはり彼は私の推測通り伝説の使い魔『ガンダールヴ』っ!」「始祖ブリミルが用いたとされる伝説の使い魔のぉ……」 オスマンはコルベールが持ち込んだ「始祖ブリミルの使い魔たち」をぺらぺらとめくる。 始祖ブリミルが用いる「虚無」の魔法はとてつもなく強力である。強力故にその魔法の詠唱時間は通常の魔法よりも長い。 その詠唱時間をかせぎ、主人の身を守ることに特化しているとされる伝説の使い魔「ガンダールヴ」あらゆる武器を使いこなし、千の軍隊を壊滅させ、並みのメイジでは歯が立たないとされている。 オスマンはこれらのようなことが書かれている『始祖ブリミルの使い魔たち』をぱたりと閉じ、「確かに君のスケッチした、彼の左手に刻まれたルーンはガンダールブの物。それにあの強さ。間違いはないじゃろうな」「ではさっそく王室に報告して指示を―――」「それには及ばん」「何故ですっ? これは世紀の―――」「大発見じゃろうなぁ」「えぇそうです。現代によみがえった『ガンダールヴ』っ!」 興奮しっぱなしのコルベールに対してオスマンはいたって冷静だった。その温度差は、はたから見ても激しかった。 オスマンはやれやれといった具合で、「そのガンダールヴを召喚したのは誰じゃ? 生徒たちの間で『ゼロ』と呼ばれてるミス・ヴァリエールじゃ。彼女は系統魔法どころか初歩のコモンマジックすら使えん」「はい。そうです」「ガンダールヴを用いたのは始祖ブリミルじゃ。で、その始祖ブリミルの系統は?」「伝説とされる虚無の系統です」 そこまで言ってコルベールはあることに気がついて、「も、もしやミス・ヴァリエールの系統はっ!」 さらに興奮するコルベールの眼前にオスマンは手をかざし、「そこまでじゃ。これらのことを暇を持て余してる王室のボンクラどもに報告したらどうなる? 何をするかは確信はもてんが少なくとも生徒であるミス・ヴァリエールにとって良いこととはならんじゃろうな。もしも戦の道具なんかにされたらたまったもんじゃないわい」 オスマンはそこまで言うとふぅ、と息を吐きコルベールを真っすぐ見ると、「で、ミスタ・コルベール。君の職業はなんじゃね?」 その言葉にコルベールは、はっとして、興奮一転、厳しい表情をして、「はい。教師です」「そうじゃ。なら、わしの言いたいことはわかるの?」 オスマンの言葉にコルベールは頭を下げ、「申し訳ありません。私が浅はかでした」「よいよい。君ならわかってくれると思っておったよ」 オスマンがほっほと笑うとコルベールの表情も若干和らいだ。 コルベールは再び『遠見の鏡』に映る才人やルイズたちを見ながら、「しかし、これからどうしましょうか……」「しばらくは静観するしかあるまい。彼らの意思を尊重し、見守る。それだけじゃ」「そうですね……ん?」「どうしたのかね?」 オスマンがそう尋ねるとコルベールは『遠見の鏡』を指差す。 なんじゃ、とオスマンも『遠見の鏡』を見て、「なんと……こちらに気づいておるのか?」「おそらくは……」 二人が見つめる『遠見の鏡』には確かにこちらをじっと見つめる白く小さな少女、ミルアがいた。 ミルアは僅かな間、視線をそらすことはなかったが、ルイズに呼ばれたのか小走りでその場から動いた。 オスマンは少し考えるように髭をいじりながら、「彼女の事も考えねばならんのぉ……青銅のゴーレムを素手で打ち砕き、妙な武器を振りまわす。どう思うかね?」「ただの平民ではないでしょうね……召喚された時に私のディテクトマジックを弾いたことからメイジでは、と思っていますが」「あんな馬鹿力のメイジとか聞いたことがないがの」「まぁ、彼女からは敵意を感じませんでしたし、今はおとなしくミス・ヴァリエールに従っているようですし、多少は警戒しつつ、彼女も静観ということでいいのでは?」 困ったような表情をしながらそう言うコルベール。 オスマンは僅かに頷きながら、「そうじゃの……しかし、あの娘はいつもぱっつんぱっつんじゃのぅ……」 オスマンの視線は才人を浮かべている少女の胸元に移っていた。 その言葉に全身が脱力するのを感じたコルベールだった。 目を開くとそこには知らないような、つい最近見たような天井が広がっていた。 アレ? 俺、何してたんだっけ? と、目を覚ました才人は思い出そうとした。 えぇと確か、ギーシュとかいう奴と決闘して、それで……あぁ、そうだ俺は勝ったんだ。 で……それから?「目が覚めましたか?」 そう言ってミルアが才人の顔を覗きこんだ。 さらさらとした長い前髪が才人の鼻をくすぐる。 近い近いっ! 才人はあわてて返事をする。「あ、あぁ、そうか俺、気を失ってた?」「はい。三日ほど。まぁ、あれだけの怪我をしてたわけですから。見た感じ、いい具合にズタボロでしたけど死ぬような怪我はしてませんでしたし」「ここは?」「ルイズさんの部屋ですよ。見ての通り」 ミルアに言われ才人が首だけを動かして周囲を見渡す。 確かにルイズの部屋だ。 しかも今まで、自分はルイズのベットで眠っていたようで、部屋の主であるルイズは椅子に座り机に突っ伏す形で眠っている。 そこで、才人はふと自分があれだけの怪我をしていたにも関わらず大した痛みがないことに気がついた。「……? 大して痛くないんだけど」「でしょうね。学院にあった秘薬やら水のメイジによる治癒魔法やら、色々したようですから」 才人が魔法すげぇと再認識しているとミルアが才人に頭を下げ、「申し訳ありませんでした」 そんなミルアに困惑したのは当然、才人である。 謝られる理由にまったくもって心当たりがないので困惑して当然なのだ。「え? なんでミルアが謝るの? むしろ俺、決闘のとき助けられた側なんだけど。あ、もしかして横から割って入ったこと? だったら全然気にしてないからいいよマジで」 そう言う才人にミルアは首を横に振る。 なら何、とますます困惑する才人にミルアは、「そもそも才人さんが決闘をする羽目になる前に私が止めるべきだったんです」「なんで?」「私は才人さんより『異世界』というものには慣れてるんです。いわば先輩です。なのにこの有様です。ですから―――」「ちょっと待った」 ミルアの言葉の途中で才人が待ったをかけた。 そして才人は苦笑しながら、「確かにミルアの言うこともわかるけどさ、今考えるとあの決闘は自業自得みたいなものなんだよ。ギーシュだっけか? あいつも酷いことしたけど、俺も俺であいつに対して、このキザ野郎、みたいに挑発してるんだよ。頭に血が上った馬鹿な男同士の喧嘩の成れの果てだよ」 才人が言い終えると、ミルアは僅かに首をかしげ、「男の人は基本馬鹿である。と聞きました」 ミルアの言葉に才人はがっくりと頭を垂れ、「あ、あながち否定できません」 そんな才人にミルアは、「とにかく目が覚めてなによりです」 そう言って才人の手をぎゅっと握る。 ミルアの手ちっちぇぇ、そして白っ! 才人がそう思っていると部屋のドアがコンコンとノックされた。 ミルアがドアを開けるとメイドのシエスタがひょこっと顔を覗かせ、「よかったサイトさん目を覚まされたんですね? 体の方は大丈夫ですか?」 シエスタの言葉に才人はニカっと笑うと、「おう、もう大丈夫だよっ!」 才人の言葉にシエスタもニコリと笑い、「よかった。三日も目を眠ってらしたからもう目を覚まさないんじゃないかって、皆心配したんですよ?」「皆?」「厨房の皆です」 シエスタの言葉に才人はなるほどと納得する。 ルイズやミルアは知らないが、才人はルイズから昼食を取り上げられた際に、厨房でまかない食をもらっていたのだ。 シエスタや厨房の皆とはその時に知り合いになっていた。「ん……うん……?」 不意に要領を得ない声が聞こえた。 声の主はルイズで目をこすりながらその身を起こした。机に突っ伏して眠っていたためかよだれの跡が僅かに頬に残っている。 実にみっともないが、ルイズはこれでも、ここトリステイン王国の公爵家の三女です。いいとこのお嬢さんなのだが寝起き姿に家柄も何も関係はない。「ルイズさん、おはようございます。才人さんも目を覚ましましたよ」 ミルアがそう言うと、ルイズは口元をぐしぐしと拭うと才人が横たわるベットまでつかつかと近寄り、「起きたのならどきなさい」 開口一番容赦のない一言。 才人は意味がわからず、ぽかんとした顔をして、「へ?」「どきなさいって言ったのよ。そこは私のベッドよ」 ルイズはそう言うと才人の首根っこを掴みベッドから引きずり出そうとする。 それを見たミルアは、止めようとルイズに近づいた。 才人は才人で、そう簡単に引きずりおろされてたまるかと抵抗している。 しかしルイズは負けじと、いっそうの力をいれて才人を引っ張った。 その時、ルイズは自らの肘が何かにぶつかったのを感じた。 それと同時にジーンと肘に痛みが広がる。 その痛みに顔をしかめつつ、いったい何が自らの肘に当たったのか確認しようと振り向いた。「いはい(痛い)です……」「げ……」 それを確認したルイズは思わず品にかける声をあげた。 ルイズの視線の先には鼻を押さえたミルアがいた。鼻を押さえる手から赤い血がぽたぽたと滴り床に落ちる。 才人は、あーあ、やっちゃった、と言う顔をし、シエスタはおろおろしている。 当のミルアはいつも通りの無表情で鼻を押さえていたが直ぐにその手を離した。既に血は止まっているのか、流れてくることはないが、口まわりや手が血で染まっている。 ルイズは苦々しい表情をすると、「……ごめん」 そう言って自らのハンカチでミルアの口周りをごしごしと拭うと、シエスタの方を見て、「えぇと、シエスタだっけ? 床も拭きたいから水と拭く物持って来て頂戴。あとこれもよろしく」 そう言って血を拭ったハンカチをシエスタに渡した。 そして再び才人の方を見て、「サイト。あんた、とりあえずあと一日はそのベット使わせてあげるわ。ありがたく思いなさいよ。後、この二つ隣の部屋に私の友達がいるから、動けるようなら礼を言ってきなさい。あんたを此処に運んだり手当てを手伝ったりしてくれたんだから」 ベッドを使わせてもらえるなら、おとなしく言うことを聞くべきだと判断した才人は、ルイズの言葉にこくこくと頷く。 そんな才人にルイズは、左手を腰に当て、右手でびしっと指をさすと、「あと先に釘をさしておくけど、ギーシュに勝ったからって調子に乗らないことっ! あんたは私の使い魔なんだからねっ!」 桃色がかったブロンドをなびかせ、勝気な瞳は、いたずらっぽく輝いている。才人的にはお胸様が残念でならないが、ルイズは美少女だ。 態度がでかくても、かわいいったら、かわいいのだ。 誰がどう見ても美少女なのに言ってる事、きっついなー……と才人とミルアの内心がシンクロしていた。「我らの剣がきたぞっ!」 才人が厨房を訪れると、そう声をあげて歓迎する四十過ぎの太ったおっさん、魔法学院の料理長マルトー。 気持ちのいい笑顔をしてマルトーは才人の肩を、昔からの親友のように抱く。 才人も少々照れた表情を浮かべている。 傲慢な貴族を倒した平民として、同じ平民であるマルトーを始め、厨房の面々は才人を「我らの剣」といって歓迎し、才人が来るたびに食事をふるまっていた。 怪我も完治し出歩けるようになった才人は毎日のように厨房に来ては歓迎され食事をふるまわれていた。というのも才人が毎日のようにルイズに朝食やら昼食やら夕食やらと、どこかしらで食事抜きの罰を受けていたからである。何故そんな罰を受けていたのかと言えば、才人が毎日のように、ご無体なご主人様にささやかな仕返しをしていたからだ。 パンツのゴムに切れ目を入れてみたり、ルイズの顔を洗うふりをして、その綺麗な顔に落書きしてみたり。 実にくだらない、かつ、しょうもない仕返しを色々やった。 そのたびに食事抜きの罰を受けていた。 ちなみにミルアに気付かれると注意されるので、これら仕返しは慎重に行った。 結果として後からミルアに、「あほですか貴方は? 気持ちは理解できますが、その内、私がチクっちゃうかもしれないですよ?」 とキツい警告のお言葉をいただいてはいるが、ルイズに対する仕返しは成功しているので才人はよしとしていた。 ちなみに才人は何度かミルアを厨房に誘ってはいるが、ルイズの機嫌が悪くなるであろうと判断したミルアはその誘いをすべて断っていた。 自分の代わりにルイズのご機嫌取り、申し訳ない。そう思った才人は毎日のように料理長お手製のサンドイッチをミルアにこっそり渡していた。 ちなみにミルアは約四人分はあろうかというサンドイッチをあっという間に胃袋に収めるという技を才人の目の前で披露し、才人は目を点にしたとか。「どうぞサイトさん」「ありがとうシエスタ」 シエスタがグラスにワインをつぎ、才人はシエスタに礼を言う。 シエスタは、魔法が使えない同じ平民である才人が貴族を倒したことによってなのか才人に心奪われているようで、ワインをぐいっと飲み干すその姿をうっとりと眺めていた。 厨房の皆はそんなシエスタに気づいており時折にやにやと才人をシエスタを眺めていた。すぐにでも冷やかしの声をあげそうである。 今まさに恋の花満開のシエスタの目には才人の一挙一動が高感度アップになっており、毎日のように厨房に来る才人に対して、シエスタの乙女心は既に限界を突破し現在進行形で新記録を樹立し続けていた。 恋する乙女というのは時折おかしいようだ。 そんなシエスタの心中に、ヌケている才人は気づくことなく、やはり毎日のように厨房に顔を出し続けていた。 毎日のようにルイズの世話をし、くだらない仕返しをし、厨房に顔を出す。 才人はいつの間にか使い魔としての毎日をすっかり受け入れていた。 何処かヌケている彼の性格は、妙なところで功を奏していた。