お風呂は好きです。 服だの何だの邪魔なものは全部取っ払って暖かいお湯につかる。 あのなんともいえぬ高揚感、癖になります。 あんまりにも気持ちいいから、ついつい、うとうととしてしまうのは仕方ないことなんです。 仕方ないったら仕方ないんです。 ミルアは表情の変化もほとんどないうえに感情の起伏も大してない。 感情の起伏が大してないものだから表情の変化のなさに拍車がかかっている。 ミルアが才人と共に召喚されてから数日、才人が使い魔としての仕事もそこそこに学院の平民と仲を深めたり、いつの間に決闘相手のギーシュと仲直りして友人になってたりとしてる中、ミルアはただ黙々とルイズの身の回りの世話をしていた。 そんなある日の夕食後、ルイズの部屋で、ふとミルアがぼそりと呟いた。「お風呂に入りたい」 と。 そばでそれを聞いていたルイズは、「平民用のお風呂、教えたはずでしょ?」「違うんです。サウナで汗を流して、水でばしゃぁ……違うんです」 やはりミルアの表情に変化は見れないが声のトーンが僅かに沈んでいる。 さすがにルイズもそれに気がついていた。 ルイズの言う平民用の風呂とはミルアの言葉通り、サウナで汗を流し、その汗を水で流す。というものだった。 それはミルアにとって、もの足りないというより、じっくりくつろぐというものではなかった。「もしかして、お湯につかりたいの?」 ルイズの問いにミルアはこくんと頷いた。「ん~、でも、お湯につかれるのって貴族用のお風呂なのよね。あんたはよく働いてくれるから、それに報いてあげてもいいんだけど、お風呂は他の生徒も使うからなぁ……」 う~んと頭を悩ませながら、ルイズは不意にミルアを頭のてっぺんからつま先まで見た。 小さいなぁとルイズは思った。 自分の胸と見比べてとか、そんなむなしいことはしていない。 全てが自分より小さいのだ。 自分の身の回りことをてきぱきとこなすミルアだが、その仕事内容の中には多少力のいることもあったりする。 それを自分よりはるかに小さい子がこなしているのだ。 自分は貴族で目の前のミルアは平民。 それほど遠慮することでもないのだろうし、何より本人が申し出ているのだから、特に気にすることなくこき使っていたが、考えてみるとどこか釈然としないものがある。 せめて日々の生活ぐらい少しは向上させてやってもいいのではないのか? と、ルイズの中で出てくるがいい案が浮かんでこない。 考えているうちに天井を見上げいたルイズは再び視線をミルアに戻した。 自分より頭一つ以上は小さいのではないのか? そう思ったルイズはあることを思いつき、「大きな釜に湯を沸かせば、あんたの体なら充分お風呂として使えるんじゃないの?」 そう言いつつ、なんか罪人放り込むみたいだけど、と自分の案に内心突っ込んでおく。 ルイズの内心は余所にミルアはこくりと頷くと、「それいいですね。では早速大きな釜を探してきます」 ミルアはそう言うとルイズの部屋を後にし、使わない釜がないかと、それがありそうな厨房を目指していった。 使わない大きな釜はあっさりと見つかった。 厨房を覗きこむと才人がおり、その才人を伝手にミルアは大きな釜を手に入れることができた。 手に入れた釜はミルアよりも、はるかに大きく、頭上に担ぐようにして、ミルアは釜を運んだ。 えっちらほっちらと、ミルアはその釜をヴェストリの広場、その隅っこの地面を軽く掘り、そこに出来た穴にはめ込む。 人気もないようだし、邪魔にもならないしちょうどいい。濡れた体を拭くためのタオルも用意した。あとは湯を沸かすだけ。 せっせ、せっせと井戸で組んだ水を釜に放り込み、さて沸かそうかと、ミルアは右手の袖をまくりあげた。 ミルアの右手が淡く光りはじめ、低く空気を震わせるような音と共に約五十センチほどの刃状の光が、ぴんと伸ばした指先からのびる。ライ○セイバーやビー○サーベルといった具合に。 ミルアはソレをおもむろに水の中へと突っ込んだ。 水の中へ突っ込むと同時にジュウ……と音がし、わずかに水が蒸発する。 よし、あとは待つだけだ。ミルアがそう思っていると、「そこで何をしているのですか?」「えぇと、コルベール先生でしたか?」 不意に現れたコルベールにミルアが逆に問うとコルベールは頷いた。 コルベールはミルアに近づくと釜の中を覗き込むと驚いたような顔をした。 そして水の中で光り続けているミルアの右手を指差し、「こ、これはっ? いったいっ?」 その問いにミルアはわずかに首をかしげ、「一応、私が使える魔法の一つ。ですかね……」「すると、やはり君はメイジだったのですねっ?」「魔法を使えるという点ではそうなのですが……まぁそこはいいです。ただ、あなた方の使う魔法と私の使う魔法はまったく違うものですけど」 ミルアの答えにコルベールは怪訝な顔をして、「我々と違う? もしや先住魔法?」「私にはそれがどのような魔法かはわからないのですが……私はこのハルケギニアの生まれでも育ちでもありませんから」 そうミルアは答えるがコルベールは理解できていないようだった。 まぁ仕方ないか。ミルアはそう思い、右手を水の中に突っ込んだまま、自分が此処、ハルケギニアに来た経緯をコルベールに話すことにした。「ふむ、異世界のメイジですか……なんとも信じ難い話ですね……」 ミルアの話を聞いたコルベールは難しい顔をする。 そしてあることに気がつき、「ミス・ヴァリエールには話したのでしょう? 彼女はなんと?」「とりあえず信じる。といったところでしょうか。証明が困難な話に時間をかけたくなかったのでしょう。本心では信じてないと思いますよ? まぁそれが賢明だと思いますが」 ミルアの言葉にコルベールは苦笑して、「彼女は賢い生徒ですからね」「コルベール先生はルイズさんをどう思っているのですか?」「どう、とは?」「ルイズさんのあの爆発です」 ミルアの言葉にコルベールは首を横に振る。 その顔に浮かんでいる表情にミルアは疑問を抱き、「どうしてそんな表情を?」「私はどんな表情をしていましたか?」「くやしそうな……そんな表情だと私は感じました」 ミルアの答えにコルベールはわずかに頷き、「確かに私は悔しいです。教師でありながら彼女を導いてあげることができない。私にはどうして彼女の魔法がすべて爆発という結果になるのかわからないのです。彼女は周囲から馬鹿にされても涙をこらえ努力を続けているというのに……その証拠に彼女は座学に関しての成績はトップなのですよ。私は彼女が決して無能などではないと信じています」「無能などではない……ですか」 そうつぶやいたミルアに今度はコルベールが問う。「あなたはミス・ヴァリエールの事をどう思っているのですか?」「無能ではないと思っています。先ほどの信じられない話に戻りますが、異世界にいる才人さんの前に召喚のゲートを開き、このハルケギニアに召喚したのです。他の方が信じていなくても私はルイズさんが無能でないと確信しています」 その答えにコルベールは嬉しそうな表情を浮かべる。 しかし、「ところでメイジが扱う魔法の系統には『土』『水』『火』『風』の四つしかないのですか?」 ミルアのその問いに表情をかたくした。 その表情が答えと受け取ったミルアは確認するように、「他に系統があるのですね? その反応を見るに答えづらい事のようですが」 コルベールはほんのわずか黙っていたが、ミルアの目をまっすぐ見ると、「君はミス・ヴァリエールの味方であってくれますか?」「質問の意図がわかりません。ですが……そうですね。知り合って間もないですが、ルイズさんは悪い人間とは思えません。まっすぐで、あの虚勢を張ったような態度の下にも優しさのようなものを感じるときもあります。私は心云々はとても苦手なのですが……ルイズさんの味方でありたい。そう思えるものが確かにあります」 ミルアがそう答えるとコルベールの表情が和らいだ。「ミス・ヴァリエールの系統に関してはまたの機会ということでかまいませんか? 私の一存で話せることではないので」 コルベールがそういうとミルアはこくりと頷いた。「ところで最初の質問になるのですが、君は何をしているのですか?」 そう言ってコルベールは釜を指差す。「お風呂に入りたくて湯を沸かしているのですよ」「君の故郷ではそんな熱湯に入るのですか?」「はい?」 ミルアは首をかしげて釜の中をみた。 ぐつぐつぐつ――― 沸騰していた。 釜につめた水が沸騰し熱湯と化した後、ミルアは素直に冷めるのを待った。 たわいもない雑談をしながらコルベールもミルアに付き合った。 コルベールの話によれば彼は自らの属性である『火』を研究しているらしい。 そんな話をしているとミルアは釜の熱湯が程よく冷めてきたことに気がついた。 コルベールもそれに気がつき、「おや、ミルア君、どうやら冷めてきたようですよ……え?」 驚きの声を上げるコルベール。 彼の視線の先には既にすっぱだかのミルア。病的なまでに白い肌が夜空に浮かぶ双月の光で怪しく映る。「み、ミルア君? 女の子がそう恥ずかしげもなく……」 うろたえるコルベールに対して、ミルアは何のことかわからない、といった具合に首を軽くかしげ、よいしょ、と釜の淵をまたぐ。 コルベールは考えた。 男として紳士として、羞恥心の欠片も持たない少女に対してどうするべきか。 そして彼は結論を出した。 早々に立ち去ろうと。うろたえてはいけない。何故なら私は紳士だから。「そ、それではミルア君、私はそろそろ失礼するよ」「はい、それでは。おやすみなさい」「あぁ、おやすみ」 コルベールはそう言い足早にその場を後にした。「月が二つというのも悪くないですね」 コルベールが立ち去った後、ミルアは夜空に浮かぶ双月を眺めながら呟く。 こんな、なんでもない日常が続くというのも悪くない。「のんびりと過ごす日々も悪くない。悪くないですよ」「ん~? でも、世界はそうやさしくはないよ? 今も他所の国では内戦で大変みたいだし。え~と何処だっけ?」「アルビオン」 思わず心中を声にしたミルアに誰か答え、その誰かの疑問に、更に誰かが答えた。 その誰か達がいる方向へミルアは視線を向ける。 そこにいたのは、短めの青い髪をしていて、眼鏡をかけ、大きな杖を持った、ルイズ並みに小柄な少女、タバサと、タバサよりも長く、薄い青い髪、ルイズ同様の背丈だが胸部の物量が圧倒的にルイズよりも上な少女。以前ギーシュとの決闘でボロボロになった才人をレビテーションで運んでくれたルイズの友人。 よく考えたらミルアは二人の顔を知っているだけで名前を知らない。「そうそう、アルビオン。さすがタバにゃん~」 そう言いタバサに抱きつこうとする少女を、タバサは手にした大きな杖で押しのけながら、「うっとうしい」 ばっさりと斬り捨てた。 タバサにばっさりと斬り捨てられた少女は、がっくりとひざをつく。ご丁寧に両手も地面につきうなだれている。がっくりとひざをついてはいるが、どうにも真剣に落ち込んだ様子がない。 タバサにいたっても手馴れたように少女を斬り捨てた。 なるほど、この二人はいつもこんな感じなのでしょうね。ミルアはそう思いながら、「こんばんは」 ミルアがそう声をかけると少女はがばっと顔を上げ、「こんばんはミルミルっ!」 満面の笑みでそう返す。 一方のミルアは内心、ミルミルって何だ、と突っ込んでいた。 そんな中、タバサが一歩進み出て、「はじめまして」 ミルアの目を見てそう言った。 それを見た少女が目を輝かせ二人の間に割って入ろうとしたが、タバサの杖がその眉間を捉え、少女はその場で悶絶する。「はじめまして。私はミルア・ゼロといいます。貴方は?」「タバサ」 一言で自己紹介を終えるタバサ。 そこへ復活した少女が、「私も自己紹介はまだだったね。イクス・ニーミス。よろしくねミルミル」 と、にこにことしているイクスに、だからミルミルってなんだ、と再び心の中で突っ込んでおくミルア。 そんな中、タバサはミルアが入っている釜を指差し、「お風呂?」「はい。お風呂ですよタバサさん」「ふ~ん、自作のお風呂か。なかなか賢いねミルミル……て、タバにゃん?」 イクスの視線の先には既に全裸のタバサ。なんたる早脱ぎ。 双月に照らされるタバサの体。 ほっそりとしていて、無駄な肉がついていない体。無駄がないといっても女性特有の曲線はしっかりとあり、小柄な体格とあいまって愛らしく、保護欲をかきたてる何かを放っていた。 そんなタバサは釜の淵をまたぎ、そのまま湯につかる。 そして、双月を見上げ、「悪くない」「それはよかったです」 心地よさそうに目を閉じるタバサに、ミルアも僅かに頷いた。「ところで、先ほどアルビオンという国が内戦状態と聞きましたが、ここから遠いのですか?」「ハルケギニアの地理に関しての知識は?」 そうタバサから返された質問にミルアは首を横にふった。 それを見たタバサを夜空を指差し、「アルビオンは浮遊大陸、常に移動していて時期によっては近い」 そう答えたタバサはミルアの瞳を覗き込むようにして、「何か気になるの?」「いえ、その内戦の火が何かしらの形でこちらに飛び火でもしたら嫌ですし」 ミルアの答えにイクスも頷いていた。 だが、すぐに苦笑しながら、「まぁ、この国で何かあっても、最悪私たち留学生は自国に帰るって選択肢もあるけど」「私たち? イクスさんとタバサさんは留学生なんですか?」「そうだよ、私とタバにゃんはガリアのからの留学生」 イクスはそう答えるが、地理に関しての知識がないミルアは「ガリアですか」と呟いて僅かに首をかしげた。「貴方の国は?」「え?」 タバサからの問いにミルアはなんと答えたらいいのかと、わずかに詰まった。 そして、しばらく考えた後、「根無し草みたいなものですから、なんとも言えないです」 そう答えるミルアに、イクスは興味がわいたのか身を乗り出して、「もしかしてずっと旅とかしてたの? だったら聞かせてほしいな」「ぜひ」 イクスの提案にタバサも乗り気だった。 一方のミルアは非常に困った。 ミルアの旅というのは、もっぱら異世界から異世界へというものだったからだ。 どう説明したものかと頭を悩ませた末、当たり障りのない出来事を話すことにした。 森で野宿して、翌朝目が覚めたら森の外が戦場と化してて危うく流れ弾に当たりそうになった。とか。 地上を疾走する巨大な竜に追いかけられた。とか。 適当に選んだエピソードだったが二人には思いのほか好評だった。 しばらくすると、タバサが立ち上がった。「タオルでしたら、そこに持ってきてますよ」 そう言いミルアが指差す先には脱ぎ捨てた服の山の中にタオルがあった。 タバサは「ありがとう」というとそのタオルで素早く体を拭き、服を着てマントを羽織る。 そして、「旅のこと、またいつか聞かせてほしい」「私もお願いね」 タバサとイクスはそう言うとミルアに軽く手を振りその場を後にした。 残されたミルアは再び双月を見上げる。冷たい風が頬をなでてゆく感覚。 こんな日々、本当に悪くない。 ミルアはそう思いながら僅かに目を閉じた。