それを見てどこか懐かしさを感じた。 意思のある無機物。 彼らはどのような関係を築くのだろうか。 互いにかけがえのないパートナーとなってほしいと思った。 しかし、同時に無機物である彼が振るわれない未来も願って・・・ だが、きっとこの願いはかなわない。 なぜかそう思えてならない。 この出会いに意味があるのなら、きっと私の願いはかなわない・・・ ミルアと別れた後、タバサは自らのベットに座り本を広げていた。 しかし、その視線は、タバサの机で手紙を書いている友人の背中に向けられていた。 友人。 少なくとも表向きは、いつも無表情で寡黙なタバサの、数少ない友人とされているし、周囲の人間もそう認識している。「イクス」「ん~、何かなタバにゃん?」 タバサの呼びかけにイクスは振り返りながら答えた。 普段と変わらないような笑みを浮かべているが、双月の明かりをバックにしたその笑みは、とても怪しく映る。 その表情にタバサは背中がぞくりとするのを感じた。 時折、見せる得体の知れない感じ。 タバサはそのたびに背中をぞくりとさせていた。 いつになっても慣れないことに僅かながら歯がゆさを感じている。 タバサは軽く、そして目の前の人物に気がつかれないようにつばを飲み込み、「何を書いているの」「手紙だよ。見たまんま」 イクスはそう言って机の上の手紙を指でつまみ上げひらひらとさせる。 わからない。 タバサはイクスの表情をみてそう思った。 タバサ自身も無表情ゆえ、よくわからないと言われたりするが、イクスに対するわからないはソレとは違った。 絶対に見たままとは違うことを考えている。 笑みを浮かべているが、心から笑ってはいない。 タバサはイクスのことをそう思っていた。「手紙は見ればわかる。内容を聞いてる」 タバサの問いにイクスは笑みを浮かべたまま、「ここ最近の出来事を書いてるんだよ」 イクスの答えにタバサは僅かに眉をひそめる。 ここ最近の出来事、イクスはそう言った。 ここ最近の出来事で特筆すべきことは限られている。「あの二人のこと、本国に報告するつもり?」「あの二人? ルイズのところのサイトくんとミルミルのこと? 勿論報告するよ」 そうイクスが答えると、タバサは「そう」とだけ呟き視線を本へと落とした。 傍から見れば興味なさ気ではあるが、その実、タバサはかなり警戒している。 イクスはそんなタバサをあやすように、「大丈夫だよ、仮に本国から、あの二人をどうこうしろと言われても、私に従う義務はないし、その気もない。私の役目は、あくまで報告とタバにゃんの監視だから」 そんな言葉にタバサは視線を僅かに上げた。 それを見たイクスはよりいっそうの笑みを浮かべる。 本来、タバサの監視という任務に関して本人には告げるなと本国からは言われていたが、イクスは入学初日からタバサに告げていた。 タバサはその身の特殊な境遇ゆえ、監視されてても不思議ではないと思っていたが、まさか監視してる本人から、あっけらかんと告げられた時は驚いた。 あれから随分たつが本当にイクスという人物がわからない。 最近ではもう理解するのは諦めようかとさえタバサは思っていた。 そんなタバサの心中を、知ってか知らずか、イクスは言葉を続ける。「私はね、ルイズも、この学園も本当に好きなんだよ。だから面倒ごとをこれ以上持ち込むつもりはないの。だから、タバにゃんの友達のキュルケも大丈夫だよ。最も、私の言葉を信用するかしないかはタバにゃんに任せるけどね」 イクスはそう言うと、手紙を手に立ち上がり、扉のほうへ歩いてゆく。 続きは自室で書くつもりなのだろうか、扉の取っ手に手をかけ、「それじゃぁ、タバにゃん、おやすみ。また明日ね」 そう言って部屋を出てゆくイクスの背中を、タバサは無言で見送った。「二人とも街へ行くわよ」 ルイズの言葉に才人とミルアは手を止めた。 二人してルイズの部屋の掃除をしていたのだが、そんな二人をじっと見ていたルイズが唐突に「街へ」と言い出したのだ。 なんの脈絡もなくそんなことを言い出したのだから、当然二人には、ルイズが何故そんなことを言い出したのかわからない。 よってミルアは僅かに首をかしげ、「何ゆえ?」 ミルアがそう疑問を口にするとルイズは才人の腰を指差して、「才人が腰に提げてるソレ、あんたのでしょ?」 ルイズがソレと言って指差したのは、才人の腰に提げられた『双頭の片割れ』 才人がギーシュとの決闘した際、ミルアが地面に突き刺し、才人が使用した物だ。 あの後、才人はミルアに礼を言って、その後はミルアが持っていたのだが、最近になってミルアに持たされたのだ。 と、いうのも原因はキュルケにある。 あの決闘以降、キュルケは才人に興味を持ったらしく、頻繁にアプローチしてくるのだ。 そんなことは、当然キュルケの取り巻きたちにとっては面白くない。 その内、また決闘を申し込まれたり、平民が相手だからと問答無用で襲われるかもしれない、と傍から見ていたミルアが判断して才人に再び貸していたのだった。 そして今現在も『双頭の片割れ』は才人の腰にぶら下がっていた。「いつまでも自分の使い魔が人の物つかってるなんて、ご主人様である私が、なんかお金ケチってるみたいでよくないと思うの」 ルイズはそう言ってぶすっとした表情をする。 そして、才人を見ながら軽くため息をついて、「それにしても、あんた剣士なのになんで自分の剣持ってないのよ」「え? いや、俺、剣士じゃないから」 才人はそう言って首を横に振る。 するとルイズは、は? という顔をして、「だって、あんたギーシュと決闘した時この子の剣使ったじゃない。ものの見事に」 そう言ってミルアを指差した。 才人は頭をかきながら、「いや、俺にもよくわかんないんだよ。この『双頭の片割れ』だっけ? これを握ったらなんか体が自然と動いて・・・」「なにそれ? もしかしてその『双頭の片割れ』ってそういうマジックアイテムだったりするの?」 ルイズの言葉にミルアは首を横に振りながら、「いいえ、その『双頭の片割れ』にそんな特殊な機能はありません。恐ろしいまでの強度と軽さ、持ち運びの便利さが売りです」 ミルアがそう言うと才人が、ふぅん、といいながら『双頭の片割れ』を軽く振り、それをそのままルイズに差し出す。 ルイズはおっかなびっくりで持ってみるが、驚いた顔をして、「なにこれっ? すごく軽いじゃない。私たちが一般的に使う杖と大して変わらないわよ」「はい、軽いですよ。材質は私にもわかりませんが。あぁ、それと持ち手を持ったまま『元に戻れ』みたいな事を念じてみてください」 ミルアの言葉にルイズは怪訝な表情をしながら言われたとおりに『元に戻れ』と念じてみた。 すると、低く鈍い金属音を断続的にあげながら、あっという間にやや長方形で手のひらサイズの金属片へと縮まってしまった。 才人から見ると、ちょうど薄い文庫本といった感じに。 無論この光景に才人とルイズは驚く。「えええぇえぇ? 何これ? 何これっ?」「おおおぉぉっ! すげぇ!」 ルイズはわたわたとしていたが才人は普通に感動していた。 ミルアはルイズの手から『双頭の片割れ』を受け取り、「あと、普通に『伸びろ』とかみたいな事を念じれば―――」 ミルアがそう言いながら手にした『双頭の片割れ』を横へ振ると、先ほどと同じように断続的な金属音と共に、剣のような形状へと変化した。 するとルイズがあることに気がつき、「今、あんたそれを横に振ったけど、念じるだけなら意味なくない?」 ルイズのその言葉にミルアは顔を僅かに赤らめる。 そして、そのまま、ルイズや才人から顔をそらして、「ちょっと、かっこつけてみただけです」 そう呟いた。 そんなミルアにルイズはクスリと笑うと、再び才人の方を見て、「そうそう、あんたが剣を使えたことだけど、もしかしたら、その左手のルーンのおかげかもね」 ルイズが才人の左手を指差し、才人もソレにつられて自らの左手に刻まれたルーンを見る。 ミルアも才人のそばによってきて、その左手を覗き込む。「犬や猫なんかが使い魔になったりすると人間の言葉をしゃべれるようになったりするんだけど、あんたは人間だからね。ある程度の雑務は最初からできるから、使い魔として主を守れるように『剣を使える』って能力が与えられたのかもね。まぁ確証はないんだけど」 ルイズがそう言うとミルアが思い出したかのように、「そういえば決闘の時に『双頭の片割れ』を握った才人さんのルーンが光ってましたよ」「おぉ、そういえば確かに俺のルーン光ってた」 その答えにルイズは驚いたように、「え? そうなの? だったらそうなんでしょうね」 だったらルイズさんのおかげですね、と言おうとしたミルアはその言葉を飲み込んだ。 なんとなく展開が見えたのだ。「ところで街に行くって、いつですか?」 ミルアの問いにルイズはタンスから金貨の詰まった財布を出しながら、「今からよ今から。今日は虚無の曜日だから」 ルイズの答えにミルアはわからないという具合に首を傾げた。 その仕草の意図を理解したルイズは、「要は休日よ。馬で三時間かかるから早めに出ましょ。まだそんなに日も高くないから着くのはちょうど昼ごろになるだろうし、買い物を済ませたらそのまま昼食にしましょ」 そう言うとルイズは財布を才人に押し付けた。 金貨のぎっしり詰まった財布を渡された才人は、その量と重さに驚きながら、「え? 俺が持つの?」 才人が困惑するが、財布は下僕が持つものらしい。 何故か使い魔と下僕がイコールで結ばれていた。 才人は何か言いたげだったが、そこは堪えて財布を自らのポケットにねじ込んだ。「着いたわよ。ここがトリステインで一番大きな通りのブルドンネ街よ」 街の門で、馬を預けたルイズはそう言うと通りの先を指差し、「そして、この先に宮殿があるわ―――って聞いてる? 二人とも」 見ると才人は壁に片手をつき残りの手で腰を押さえていた。 ミルアはあたりをキョロキョロと見渡している。「腰が・・・腰が痛い」 才人がそうぼやくの仕方がない。 馬に乗った経験など皆無にもかかわらず、いきなり三時間も乗り続けていれば腰も痛くなる。 そんな才人を見ながらルイズはやれやれと首を振り、「まったく、馬にも乗ったことがないなんて。で、そこ、あんまりキョロキョロしないみっともないでしょ」 ルイズに諌められミルアもおとなしくした。 白い石造りの街。 やや質素な服を着た人々が通りを行きかっている。 いかにも剣と魔法のファンタジーな世界に似合いそうな街で、通りの幅は約五メートルほど。 そこかしこに露店があり商人たちが声をあげ様々な商品を売っていた。「どう? 街の印象は?」 ルイズがやや得意げに聞くと才人は困ったような表情をする。 その表情をルイズがいぶかしんでいると、「正直に言っていいですか?」 ミルアがそう言い、ルイズが頷く。 通りをざっと見渡したミルアは、「狭いです。人の密度高くてうっとうしいです」 ミルアがそう言うと才人も頷いて、「うっとうしいは別にして、俺も狭いと思った」 二人の答えにルイズは「はぃ?」と声を上げた。 ルイズには悪いが二人が「狭い」という感想を持ったのは仕方がない。 才人の故郷である日本も国土が狭いほうだが、国一番の大通りの幅が約五メートルしかないなんてことはない。 ミルアも才人同様もっと広い通りなんていくらでも見てきた。 しかも約五メートルほどの幅の中で露店があったりするのだから、人が立ち止まっていたりで、かなりの人口密度だった。 才人やミルアの事情を知らないルイズはぶすっとして才人の耳をひっぱり、「ほらさっさと行くわよ。あぁ、それとスリも多いから気をつけてよね。それ私のお金なんだから」 そう言われた才人はルイズの手を振りほどくと、「いや、こんな重い財布簡単にすられないって」「魔法を使われたら一発よ」 そのルイズの言葉に才人はあたりを見渡し、「でもメイジっぽい人いないけど」「そうですね、確かにマントを着たメイジはいないですね」 才人の言葉にミルアも半ば同意した。 学園のメイジは皆マントを着ている。 メイジか、そうでないかを見分けるにはマントが一番手っ取り早いのだ。 するとルイズは二人を壁際まで引っ張ると小声で、「メイジは人口の一割にも満たないし、勘当されたりや何やらで貴族でなくなって犯罪者に成り下がったメイジもいるのよ。そういう連中はわざわざマントを着たりしないわ」 ルイズの言葉に二人とも納得して頷く。 それに満足したのかルイズは軽く手をパンと叩き、「というわけで寄り道とかせずにさっさと行くわよ」 そういってずんずんと前を歩いていくルイズを才人とミルアはあわてて追いかける。 ルイズは狭い路地裏の入り口で二人を待っていた。 二人が追いつくとルイズは路地裏へ入ろうとして、ぼろぼろの服を着た男とぶつかりそうになり、あわてて男をよける。 昼間から酒でも飲んでるのか男は足元がおぼつかない。 ルイズは男をキッと睨みつけるが、その男はそれに気づくこともなくふらついたまま歩き、才人にもぶつかりそうになった。 その男はふらふらと別の路地裏へと入っていく。 才人はそんな男を見ながら、「なんか汚くて酒臭いおっさんだな」「大通りからそれるとあんなんばっかしよ」 ルイズが苦々しくそう言う。 そんな二人を他所にミルアは先ほどが入っていった路地裏の方を見ていたが、やがて何かに気がついたように、急いで才人に駆け寄ると、才人のポケットをポンとたたき出した。 いったい何のことかわからなかった才人とルイズだったが、ミルアが才人のポケットを全て叩き終えると、「才人さん財布がありません」 淡々とミルアがそう言うものだから才人とルイズは「は?」と固まった。 そんな二人を置いて、ミルアは駆け出し、男が入っていった路地裏へと入る。 そして最初に硬化から解けたのはルイズで、あわてて、「サイトっ! スリよ、あんた財布をすられたのよっ!」 ルイズのその言葉に我に返った才人はあわててミルアを追い、そんな才人の後をルイズも追いかけた。 才人とルイズが、男とミルアが入っていった路地裏に入ると、ドンという音と共にミルアが才人のほうへ吹っ飛んできた。 それを才人は抱えるように受け止めたが、勢いあまって尻餅をつく。「おいミルア、大丈夫かっ?」「大丈夫です。追いつきかけたんですが、何か空気の塊みたいなのに吹っ飛ばされました」 才人の腕に抱えられたままのミルアがそう言うとルイズが自らの杖を抜きながら、「それ『風』系統のエアハンマーよ。あの男メイジだったのねっ!」 そう言って走ってゆく男の背に杖を向ける。 すると男は振り向きざまにルイズに向かって杖をふった。 しまった、とルイズが思ったとき、「ルイズっ!」 才人がミルアを後ろに放り投げ、かばうようにルイズを抱きかかえた。 男の杖から放たれた空気の塊が才人に直撃し、その衝撃で才人の足が地面から浮きルイズを抱えたまま吹っ飛ばされて行く。 ルイズを腕の中にしっかりと抱きながら才人が地面を転がっていった。 ミルアはその光景をスローモーションのように見ていた。 僅かに眉を寄せ、歯をぎしりと噛みしめ、鋭い犬歯が顔をのぞかせる。 そして傍らにあった小さな空き瓶右手でをつかみ、左手のひらを再び走り出した男の背に向けた。 次の瞬間、左手のひら正面の空間に魔方陣が展開される。「マジックゥゥっ! ミッスァアアイルっ!」 そう叫び、ミルアは空中に展開された魔方陣めがけ右手にもった瓶を投げつけた。 瓶は魔方陣を貫くと光をまとい一気に加速し、男を追っていく。 自らを追う瓶に気がついた男は、あわてて路地裏を右へ曲がるが、瓶も男を追い右へと曲がり、そのまま男の腰へと直撃した。 突然の衝撃に、男は声も上げることができずに顔面から地面に倒れこみ持っていた杖が前方へと転がってゆく。 ぐぉぉ・・・と、うめき声をながら地面をのた打ち回ったいる男の頭を、追いついたミルアが踏みつけ、「これは返してもらいますよ」 そう言って男の懐からルイズの財布を引っ張り出した。 そして未だうめいている男を一瞥すると元来た道を戻っていった。 ミルアが才人たちの下へ戻ると、そこには尻を抱えうなっている才人がいた。 傍らに立つルイズはケロリとしていることから怪我はないようだった。「二人とも怪我はありませんか?」 ミルアがそう聞くと、ルイズは頷きながら、「えぇ、まぁ私は大丈夫だけど、サイトが・・・」 そういってルイズは、尻を抱えへたり込む才人を指差した。 それを聞いたミルアは才人の横へ並ぶようにちょこんとしゃがみ、「才人さん何処か怪我をしたのですか?」「し、尻が・・・」「尻・・・?」 ミルアが首をかしげると、才人は悔しそうに、「かっこよくルイズを守ったのはよかったけど、受身に失敗したみたいで尻を何処かにぶつけた」 そう言う才人にルイズは大きなため息をついて、「一瞬あんたをかっこいいと思った私が馬鹿みたいだわ」 それを聞いた才人が畜生っ! と言いながら地面をばんばんと叩く。 やれやれといった具合で才人を見下ろしていたルイズだったが、ミルアがその手に財布を持っていることに気がついて、「あんた、その財布とりかえしたのっ? どうやってっ?」「え? 見ていなかったのですか?」 ミルアはそう言いながらルイズに財布を渡し、「まぁ、それは追々話します」 そう言われルイズは怪訝な表情をしながらミルアから財布を受け取った。 そして才人が復活するのを待つと改めて剣を買うために歩き出した。「剣を売ってるのってここ?」「そうここよ」 ルイズにそう言われ軽く見上げる才人。 石段の先、羽扉の上に、銅でできた、剣の形をした看板がぶら下がっている。 いかにもだなぁ、と才人が思っているとルイズとミルアがさっさと店に入って行きあわててその後を追いかけた。 店内は薄暗く、僅かなランプの光が壁や棚に並べられた剣や槍や甲冑などを照らしている。 カウンターの奥で店主であろう五十過ぎかそこらの男がパイプをふかしていた。 男はルイズに気がつき、こんなガキが何しに来たといった感じでジロジロ見ていたが、紐タイ留めに描かれた五芒星に気がつくと途端に愛想笑いを浮かべ、「貴族のお嬢様、こんな下賎な店にどのようなご用件でしょうか?」「彼に持たせる剣を買いに来たのよ」「へぇ、もしかして彼は従者ですかい? ということはお嬢様も『土くれのフーケ』対策に?」 店主の言う『土くれのフーケ』という単語に覚えがないルイズが怪訝な顔をする。 一方の店主もルイズがわかっていないことに気がつき、「最近ここいらで貴族様のお宝ばかりを狙う『フーケ』とかいう怪盗が暴れてるんですよ。どうやらフーケもメイジのようで、貴族様たちは念には念をということで屋敷の従者たちに剣や槍を持たせてるんでさあ」 店主の言葉にルイズがふぅんと頷きながら、「まぁ、私は違うんだけどね。自分の身は自分で守れるように、と思って」「なるほどっ! いやぁお嬢様はしっかりとした躾をなさるんですねぇ」 店主はそう言うと店の奥にひっこみ、すぐに煌びやかな大剣を手に戻ってきた。 その剣に才人は思わず目を奪われる。 鏡のように光る両刃の刀身をしており、ところどころに宝石が散りばめられていた。 武器というより美術品である。 店の雰囲気とは正反対の大剣だ。 その大剣をカウンターに置いた店主は誇らしげに、「これが家の店で一番の業物でさあ」 その大剣を見ながらルイズはうーんと唸っている。 いかにも高そうだと。 実は才人が決闘で負った傷を治すのに水の秘薬やらをふんだんに使ったのだが、その秘薬の費用は全てルイズのポケットマネーから出したのだ。 よって今のルイズはそれほど裕福とはいえない。「悪いんだけど、新金貨で百しかもって来てないわ」 あっさりと懐具合を暴露したルイズに店主は苦笑しながら、「お嬢様、そいつはあんまりですぜ。この大剣ならエキュー金貨で二千、新金貨なら三千はしますぜ?」 店主の言葉にぽかんとするルイズ。 貴族が大きな庭付きの屋敷を買うような値段だったからだ。「三千に対して百・・・たけぇな、おい・・・」 才人がルイズの心情を代弁した。「高いですし、重そうですよ? 才人さんに持てるんですか?」 カウンターに半ばよじ登る形で顔を出したミルアがそう言う。 才人は、いたって標準的な体格で別に鍛えているわけではない。 店主と才人は互いに顔を見合わせると、「無理だな」 と声を合わせた。 店の中を僅かに気まずい空気が流れる。 すると突然笑い声がして、「おいおい笑わせるなよ坊主。おめぇみたいな体で剣を振る? 馬鹿言うなよっ! 剣に振り回されるか手からすっぽ抜けるのがオチさっ!」「なんだとっ!」 頭にきた才人は声のしたほうを見るが誰もいない。 才人が何処だ? と見渡していると、「才人さんこれです。この剣です」 ミルアがそう言って指差すのは、いくつもの剣が乱雑に詰まれた棚。 その中のボロボロの剣から声が発せられていた。 それに才人は驚いて、「うわっ、剣がしゃべってる。何こいつっ!」 こいつ呼ばわりされたことに憤慨した剣は高らかに自らの名を叫ぶ。「こいつじゃねぇっ! 俺の名はデルフリンガーっ! 覚えておけ坊主っ!」 それが才人とデルフリンガーの出会いだった。