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No.33077の一覧
[0] 空を翔る(オリ主転生)[草食うなぎ](2012/06/03 00:50)
[1] 0    プロローグ[草食うなぎ](2012/05/09 01:23)
[2] 第一章 1~5[草食うなぎ](2012/05/09 01:22)
[3] 第一章 6~11[草食うなぎ](2012/06/03 00:32)
[4] 第一章 番外1,3[草食うなぎ](2012/06/03 00:34)
[5] 第一章 12~15,番外4[草食うなぎ](2012/05/09 01:30)
[6] 第一章 16~20[草食うなぎ](2012/06/03 00:34)
[7] 第一章 21~25[草食うなぎ](2012/05/09 01:32)
[8] 第一章 26~32[草食うなぎ](2012/05/09 01:34)
[9] 幕間1~4[草食うなぎ](2012/05/09 01:39)
[10] 第二章 1~5[草食うなぎ](2012/05/09 02:22)
[11] 第二章 6~11[草食うなぎ](2012/05/09 02:23)
[12] 第二章 12~17[草食うなぎ](2012/05/09 02:25)
[13] 第二章 18~19,番外5,6,7[草食うなぎ](2012/05/09 02:26)
[14] 第二章 20~23[草食うなぎ](2012/05/09 02:28)
[15] 第二章 24~27[草食うなぎ](2012/05/09 02:29)
[16] 第二章 28~32[草食うなぎ](2012/05/09 02:30)
[17] 第二章 33~37[草食うなぎ](2012/05/09 02:32)
[18] 第二章 38~40,番外8[草食うなぎ](2012/05/09 02:32)
[19] 幕間5[草食うなぎ](2012/05/17 02:46)
[20] 3-0    初めての虚無使い[草食うなぎ](2012/06/03 00:36)
[21] 3-1    ラ・ヴァリエール公爵の目的[草食うなぎ](2012/05/09 00:00)
[22] 3-2    目覚め[草食うなぎ](2012/05/09 00:01)
[23] 3-3    目覚め?[草食うなぎ](2012/05/09 00:02)
[24] 3-4    ラ・ヴァリエールに行くと言うこと[草食うなぎ](2012/05/09 00:03)
[25] 3-5    初診[草食うなぎ](2012/06/03 00:40)
[26] 3-6    再診[草食うなぎ](2012/06/03 00:40)
[27] 3-7    公爵家にて[草食うなぎ](2012/06/03 00:52)
[28] 3-8    決意[草食うなぎ](2012/11/06 20:56)
[29] 3-9    往復書簡[草食うなぎ](2012/11/06 20:58)
[30] 3-10    風雲急告[草食うなぎ](2012/11/17 23:09)
[31] 3-11    初エルフ[草食うなぎ](2012/11/17 23:10)
[32] 3-12    ドライブ[草食うなぎ](2012/11/24 21:55)
[33] 3-13    一段落[草食うなぎ](2012/12/06 18:49)
[34] 3-14    陰謀[草食うなぎ](2012/12/10 22:56)
[35] 3-15    温泉にいこう[草食うなぎ](2012/12/15 23:42)
[36] 3-16    大脱走[草食うなぎ](2012/12/23 01:37)
[37] 3-17    空戦[草食うなぎ](2012/12/27 20:26)
[38] 3-18    最後の荷物[草食うなぎ](2013/01/13 01:44)
[39] 3-19    略取[草食うなぎ](2013/01/19 23:30)
[40] 3-20    奪還[草食うなぎ](2013/02/22 22:14)
[41] 3-21    生きて帰る[草食うなぎ](2013/03/03 03:08)
[42] 番外9    カリーヌ・デジレの決断[草食うなぎ](2013/03/07 23:40)
[43] 番外10   ラ・フォンティーヌ子爵の挑戦[草食うなぎ](2013/03/15 01:01)
[44] 番外11   ルイズ・フランソワーズの受難[草食うなぎ](2013/03/22 00:41)
[45] 番外12   エレオノール・アルベルティーヌの憂鬱[草食うなぎ](2013/03/22 00:42)
[46] 3-22    清濁[草食うなぎ](2013/08/01 20:53)
[47] 3-23    暗雲[草食うなぎ](2013/08/01 20:54)
[48] 3-24    誤解[草食うなぎ](2013/08/01 20:57)
[49] 3-25    並立[草食うなぎ](2013/08/01 20:59)
[50] 3-26    決別[草食うなぎ](2013/08/01 21:00)
[51] 3-27    緒戦[草食うなぎ](2013/08/01 21:01)
[52] 3-28    地質[草食うなぎ](2013/08/01 21:02)
[53] 3-29    ジョゼフの策 [草食うなぎ](2013/08/01 21:03)
[54] 3-30    ガリア王ジョゼフ一世[草食うなぎ](2013/08/01 21:03)
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[33077] 第二章 12~17
Name: 草食うなぎ◆ebf41eb8 ID:e96bafe2 前を表示する / 次を表示する
Date: 2012/05/09 02:25


2-12    技術立国



 ウォルフがボルクリンゲンの商館に着くと、もう先に送った機械類は全て工場に運び込まれていた。

「ありがとう、フークバルト。何か変わったことはある?」
「昨日機械類を工場に搬入したのですが、夕刻ツェルプストーのデトレフ殿がいらして是非稼働している所を見たいと仰っていました」
「ああ、まあデトレフさんはどのみち見に来るだろう。他には?」
「特にないですね、指示通り鉱山の開発許可は取ってありますし、雇ったメイジや平民も明日工場に集合します」

 いよいよ鉱山の採掘開始である。まずは機械類の操作に習熟して貰う必要があるのが面倒だが、まあ習うより慣れろの精神で行こうと思っている。何せショベルカーの操作など教えられる人間がいないし、ウォルフさえ習熟しているとはとても言えない有様なのだ。

 翌日から輸送の為いくつかのブロックに分解されていた機械類の組み立て、兼整備講習、その運転教習、アルミナ精錬施設の建築、水酸化ナトリウム生産工場建設とこなしていった。計四箇所でほぼ同時に開始したのでそれら全てを監督するウォルフは忙しい毎日を送ることになった。



「いやあ、あのキャタピラというのは素晴らしいですなあ。道無き道も進めるとは。あれがあれば街道などいらないのではないですか?」
「ありがとうございます。確かに進むことは出来ますが、車輪に比べエネルギー効率が良くないので通常の移動には街道を車輪で進む方が良いですね」
「おお、車輪の物も作っているのですか」
「ええ、今アルビオンでウチの技術者達が乗用のものを開発しています。風石が値上がりしているのでなるべく風石を使わないで済むように研究をしている所ですよ」

 教習開始から三日目、この日はデトレフがボーキサイト鉱山に見学に来た。今は丘の上から走行するダンプカーを見学しているが、やたらとキャタピラを褒めそやし、興奮気味だ。
それもそのはず彼はウォルフの機械の価値を正確に理解していた。馬を必要とせず風石だけで走行する強固で重量物を運べる車体にどんな荒れ地でも関係ない無限軌道。最高で時速五十リーグ以上も可能とのことなので、砲亀兵の代替に使用した場合機動力が著しく向上するだろう。
そう、あのダンプカーの背に砲を乗せるだけで地上戦の戦術を変えるほどの兵器となるのだ。

「ちなみに、なんですが・・・あれは販売する予定はおありですか?」
「え、あれですか?いや、あれはそんなに数が売れるものでもないだろうし、量産しないとなるとちょっとコストが掛かりすぎるので今のところ考えていませんね。車輪を使った乗用のものは販売するつもりで開発していますが」
「うーん、そうですか。キャタピラの走行部分だけでも販売すれば買う人間はいくらでもいると思うのですが」

 食いつきの良さからなんとなくウォルフにもデトレフが戦車に使いたがっていると言うことは分かる。確かに戦車用にパッケージして売り出せば売れるのだろうとは思うが、ガンダーラ商会としては多国籍企業という性格上兵器などの取引には参加すべきではないと考えている。
あちこちの国で兵器を売り捌けば儲けは出るかも知れないがそれ以上にトラブルに巻き込まれそうなのは明らかだ。この世界では個人や商会の権利は往々にして国や領主によって制限されるものなのだから。

「風石と仰いましたが、動力として風石を使ってらっしゃるのですか?土石ではなく」
「走行に関してはそうです。アームなどは土石やメイジの魔法を使っていますが」
「ふうむ、ちょっと見せて貰っても・・・」
「ええ、構いませんよ。どうぞこちらへ」

 デトレフを誘ってダンプカーへが一台止めてある所へと向かった。
ダンプカーまで着くと蓋を開き、風石発電機を見せる。スイッチを入れて発電を開始するとデトレフの目の前で風石を取り付けた出力盤が回転を始めた。

「ほうほうなるほど、一部だけで励起させて回転をさせているのですな。それでこのゆっくりとした回転をどうやってキャタピラに伝達しているのですかな」
「あー、それはちょっと、企業秘密と言うことにして下さい」
「おお、そこに秘密があるのですな」

 デトレフは残念そうだがウォルフとしては電気の事を説明するのが面倒くさかっただけである。まあデトレフも車輪を回転させるだけなら土石でも出来るので絶対に知りたいと言う程のことではなく、それ以上訊ねることはなかった。
そのまま運転もさせてあげたのだがデトレフはまたまた絶賛し、興奮したまま帰って行った。




「とにかくですね、素晴らしいのですよ。多少の藪だろうが水たまりだろうが坂道だろうが思うがままにグイグイと走ることが出来るのでこれが何とも楽しくて。馬車よりも大きいくせに馬よりも気軽に御せるのです」

 城に帰ったデトレフはツェルプストー辺境伯に視察の報告を行っていた。まだ興奮しているのか口数が多く、自分の主人がいささか渋い顔をしていることにも気付いていなかった。

「十平方メイル位の広さはありそうな荷台に岩石を満載しても滑らかに走っていましたので、重量的には大砲を積んでも全く問題はないでしょうな」
「・・・・・」
「ウォルフ殿が言う所では量産すればコストは下がると言うことのなので、是非ともフォン・ツェルプストーとして働きかけをして購入できるようにするべきでしょう。あれに大砲を積んで百台も配備出来れば我が領の安全は約束されたようなものです」
「・・・・・」

 デトレフに喋らせておいてツェルプストー辺境伯はその戦術的な価値を検討していた。現代における戦闘ではまずフネと竜騎士にて制空権を得て、しかる後に砲亀兵などの陸上部隊を展開し、地上を制圧するというのが一般的だ。年々兵器の開発が進むと共にメイジや一般歩兵の戦略的な価値は低下し続けているが、今後その流れはますます加速するだろう。
そのキャタピラ車とやらに大砲を搭載した物を考えてみると、やはり一番の利点はその速度であろう。最高速度五十リーグというのは砲亀兵とは比ぶべくもなく、フネよりも速い。
移動するのに地形的な制約をあまり受けないとのことなので、進軍や撤退が自由に、迅速に行える。フネとは違い移動の時にしか風石を消費せず、その量も浮上しない為に圧倒的に少ないというのも利点だ。

 ざっと考えても利点しか思い浮かばないのだが、一番の問題点はそれを開発したのがゲルマニアの技術ではなく、アルビオンの男爵の倅だということだろう。
 
「それで・・・ガンダーラ商会としては市販するつもりはないと言っているようだが、お前はワシにあの子供に頭を下げてお願いをしろとでも言っているのか?」
「え、いやその、お願い、とかじゃなくてですね、株主として意見を・・・」
「やかましい!出来上がっている実物が目の前で動いているんだ。売らんと言う物をわざわざ売ってもらうことはない。お前が作れ」
「うっ・・・いやしかし、グライダーもまだ出来ていませんし・・・」
「ふん、どうせすぐに出来る見込みもないのだろう。取り敢えずこっちを優先しろ。こっちは変な素材は使って無くて鉄で出来ているだけなのだろう?」
「えっとまあ、そう言われればそうなんですが、ウォルフ殿の作る物は鉄と言っても部品によって感触が違いまして、その通り出来るかどうか・・・」
「機能さえ満たしていればその通り作る必要など無い。最高の土メイジと鍛冶が集まっているんだ、すぐに出来るだろう」
「は、はい、おそらくは」

 技術の内製化。ツェルプストー辺境伯が拘っているのはこの点であった。

ゲルマニアは他のハルケギニア諸国に対してメイジの比率が低い。そのことは取りも直さず国力が低いという意味になるが、その不足を補ってきたのがゲルマニアの技術である。
常に新しい技術を求め発展させてきたからこそ、今やハルケギニアでガリアに肩を並べる程の強国に成り上がったのだ。
それが自分も出資しているとはいえアルビオンを出身母体とする一商会に技術で劣ったままという事は許容できなかった。一時的に先行されるのは良い。しかし他人が作れる物を何時までも作れないまま、ということはこの国で有って良いことではなかった。
 だというのにデトレフ達がここずっと取り組んで出た成果というのは、FRPの主材の一つである無水マレイン酸らしきものを『練金』出来ただけだ。
それを聞けばウォルフならば凄い進歩だと思うものだが、ツェルプストー辺境伯には不満だった。何であんな子供が開発したものを一流の土メイジが何人も集まって開発することができないのかと。デトレフは「ウォルフ殿も何年もかかったと言いますし」などと言い訳するが、ゼロから開発するのと現物がそこにあるものを真似するのとでは全然違うはずである。

「いいか、一ヶ月だ。一ヶ月で取り敢えず試作品を見せろ」
「は、はい、分かりました」

いつも以上に強く命じられ、デトレフは胃がきりきりと痛むのを感じて顔をゆがませる。しかしそれを辺境伯に見せるようなことはなく、挨拶をして下がると急いで研究室へと向かった。

 確かに碌に成果は上げていなかった。唯一の成果である無水マレイン酸の『練金』も一流の土メイジが大量の精神力を使ってやっと少しばかりを生成させる事が出来ただけだし、グライダーその物の研究もはかばかしくはなかった。
FRPの実用化に目処が立たなかったので木から削りだして試作してみたらとんでもない重量になった。千メイルの高さから試験飛行してみたが百メイルも進まずに墜落した。
それならばと木で骨組みを作り、帆布を張ることで軽量化した機体を作ってみたがそれでもガンダーラ商会の機体より大分重かった。しかも試験飛行してみたらやはり飛行と言うよりは墜落と言った方が良い有様だ。
形に秘密があるのかと精密にガンダーラ商会製の機体を計測し、時間が掛かったが翼から胴体までほぼ同じ形状で制作したのだが、試験飛行でいきなり翼が折れて墜落した。『強化』の魔法をかけていたというのに。
今は翼を補強して、より念入りに『強化』の魔法をかけた機体を制作しようとしている所だが、これも成功するという保証は無い。

 そんな中での新たな命令ではある。確かに今度のは慣れ親しんだ鉄で作られている。しかし、出来るかも知れないという思いよりは失敗できないというプレッシャーの方が強くなってしまうのはここのところの経験上仕方のないことかも知れない。
しかし命令は命令である。作るしかないと己を奮い立たせるとまずは火メイジの鍛冶職人の元へと相談に向かった。




 デトレフが下がった後の執務室でツェルプストー辺境伯は考え込んでいた。
キャタピラのことはもう良い。直ぐにコピーできるだろうと思っている。ウォルフが思いついたアイデアをいち早く手に入れ、ツェルプストーでも実用化する。これまでと同じ方針だ。
 今、辺境伯の手にはアルミニウムのインゴットがあった。デトレフが参考にとウォルフにねだって貰ってきた物で、ハルケギニア人がかつて見たことがない軽さの金属だ。
これまで辺境伯はウォルフのことを早熟な天才なのだろうと考え、あまり深く考えることは放棄してきた。ツェルプストーが欲しいのはウォルフのアイデアであり、それは現状のままでも十分に得られそうであったからである。
しかし、こうもグライダーの開発が難航し、さらに新たな技術を次々に提示されてしまうとそうも言っていられなくなってきた。ツェルプストーにいる土メイジが誰もこのアルミニウム合金でさえろくに『練金』出来なかったのだ。

「うむ、もっとよく観察する必要があるな」

誰に言うともなく呟くと手元のベルを鳴らし秘書を呼んだ。

「お呼びでしょうか」
「再来週のキュルケの誕生パーティーだが、ガンダーラ商会のウォルフ・ライエに招待状を送ってくれ。アルビオンに行った時に世話になったそうだ」
「は、ウォルフ様ご本人にでしょうか?確かアルビオンの男爵家であったと思いますが」

 通常貴族のパーティーの招待というのは爵位を持つ者に対して行われる。子供同士が友達だからと言って子供だけ招待するなどということはあまりない。
しかし、ウォルフとツェルプストーの関係は親を介していないという特殊な物であったし、ごく内向きなパーティーならそういう前例が無いわけでもないので今回はウォルフだけを呼ぶつもりにした。

「まあ、それ程堅苦しいパーティーではないからかまわんだろう。あれの親のことなど全く知らんしな」
「ではキュルケ様の個人的な招待と言うことにいたしましょう」
「ああ、そうしてくれ。それと、ウォルフについてもっと詳しい資料が欲しい。本人だけではなく親兄弟親戚の好みや性格なども詳しく分析して纏めてくれ」
「は、アルビオンやガリアでの調査になりますので多少時間が掛かると思いますが、よろしいでしょうか」
「かまわん。徹底的に調べろ」
「畏まりました。早速手配いたします」

 ウォルフをもっと良く見極める必要がある。まだ八歳でしかないというのに異常な知識量を持ち、ハルケギニアの常識を次々に変えてくる。メイジとしても二歳年上のキュルケを軽く一蹴する程でその実力はデトレフ達には量れなかったという。
ツェルプストーにとって福音なのか、脅威なのか。制御できるのか、暴走する可能性があるのか。

「将来このまま商会に収まっているつもりなのか、それとももっと大きくなるつもりなのか・・・」

 そう呟くツェルプストー辺境伯の目は、戦闘を前にした時のように鋭く光っていた。




2-13    キュルケ生誕祭



 ツェルプストー辺境伯の思惑など知らず、ウォルフはゲルマニアでずっと忙しく働いていた。

 教習開始から一週間後にはボーキサイトの採掘が本格的に始まった。ショベルカーにはアームが二つ装備してあり片方には削岩ユニットが取り付けてあるので、表土を取り除きむき出しになったボーキサイト鉱床を壊しながら採掘する。表土は一箇所にまとめておいて採掘が終わったら埋め戻すつもりだ。
最初は変形ゴーレムのショベルカーに怯んでいた鉱夫達であったが、すぐにその扱いにも慣れ効率よく作業を送れるようになった。

 同時期にイェナー山の深深度調査も開始している。トリベルグの滝の横、高さ三百メイルの大断層の下に採掘拠点を設置し、断層面から地底奥深くを目指し掘り進めていった。一日十二時間掘削機を稼働して約四十メイル掘り進めるというペースだった。
土・風・水のメイジ三人を含む十人で一チームを作り掘削機の操作と土砂の排出を行う。メイジの三人は事掘削現場での落盤・有毒ガス・出水といった事故に対処するために配置している。これは普通の鉱山でもよく行われていることで、ハルケギニアの鉱山で事故率が低いのはやはりメイジのおかげであると言える。
 風力発電機の設置も終わり水酸化ナトリウム製造工場も完成し、今は大量に購入した塩が入荷するのを待っている状態で入荷次第稼働する予定である。
 クロムやニッケルなどは精錬方法を研究中で、まだ目処は立っていないので採掘はしていない。



 そんなある日ボルクリンゲンに滞在しているウォルフの元にキュルケが訪ねてきた。その時ウォルフは自室でアルビオンから送ってきたリナの図面を添削していたのだが、突然扉を開けて乱入してきたキュルケにその作業は中断された。

「はぁい、ウォルフ久しぶりね、元気?」

 あくまでにこやかにキュルケが挨拶するが、後ろで商会の事務員達が困った顔でこちらを窺っている。この部屋は事務室の奥を透明アクリルのパーテーションで区切っているだけなので事務員達は丸見えだ。まあ、キュルケのすることを気にしてもしょうがないので商館員に手を振って仕事に戻らせる。

「おうキュルケ、久しぶり。相変わらずだな」
「ご挨拶ね。友達が久しぶりに訪ねてきたって言うのに。あら?この絵は何?」
「んー、アルビオンの工場で設計してる機械の設計図。ちょっと添削している所」

 キュルケがウォルフの机の上に広げられた図面に興味を示すが、ウォルフはさして気にもせずに視線を机の上に戻すと作業を続ける。
いくつかの箇所に×を入れ、数値を書き換え、注意事項を記入する。大きく変更する所には横に簡易な図を書き込んだりもした。キュルケは暫く黙ってその作業を眺めていたが直ぐに焦れた。

「だから、それが何の機械か聞いているのよ」
「これは転造盤の一部だな。ネジを量産する機械だ」
「ネジって何よ」
「物と物とを接合する仕組みの一つ。魔法溶接と違って平民にも扱えるし、分解可能な所が利点」

その後もキュルケがあれこれと聞いてくるので簡潔に答えていたが、結局キュルケはその図面に書いてある物がどういう物であるか理解できなかったようだ。三面図も見るのが初めてらしいのでそんなもんだろう。

「ふーん、あなた本当に普通に働いているのねえ。まだ八歳だってのに」
「普通かどうかはよく分からんが、確かにここん所働きづめではある」
「男爵家っていうのも大変なのねえ・・・」
「そう大変・・・ん?」

 何か変なこと言われたような気がしたので顔を上げるとキュルケが憐憫を含んだ目でこちらを見ていた。

「ちょっと待て。ド・モルガン家は別に大変じゃない」
「そうなの?でも、こんな子供の頃から働かせるなんて、農村の方ではそりゃ普通かも知れないけど貴族の間ではあまり聞いたことがないわ」
「商会はオレが好きでやっていることだから、実家とは何の関係もないよ」
「え?でも商会始めるお金は実家が出しているんでしょう?」
「うんにゃ。びた一文出していません。全部オレが稼いだお金です」
「全部?あなたが?」

キュルケとしては貧乏な男爵家が優秀な息子のアイデアに全てを賭けて一発逆転を狙って借金して商会を立ち上げた、というストーリーを頭の中で作っていたので驚いた。ウォルフの親の話を聞いたことがないのは金策で忙しいからだろうと勝手に想像していたのだ。

「あなたみたいな子供が、そんな大金どうやって稼いだっていうのよ」
「色々と物を作って売ったんだよ。物を作るのは得意なんだ」
「はあ・・・物を作って売ったって言ったって、ガンダーラ商会って結構大きな商会じゃないの」
「今はね。最初はそうでもなかったんだ。まあ、借金もあるけど・・・ところで、何か用があって来たの?」

どうやって稼いだかを一々説明してると長くなっちゃいそうなので強引に話を振る。キュルケは興味がポンポン飛ぶから放っておくと相手をするのが大変だ。

「ん?そうそう、来週わたしの誕生パーティーがあるから招待しに来たのよ」

話を振られたキュルケは懐を探り招待状を取り出した。しかしそれは既にウォルフが知っていることだった。

「知ってる。昨日招待状を貰ったから」
「え?お父様がド・モルガンを招待したの?」
「いや、家は関係なくてオレだけを招待したみたいだね。君が」

ウォルフが言いながら机の引き出しから招待状を取り出す。そこにはキュルケの名前が使われていた。

「この封蝋は・・・お父様ね。ふうん、何かあなたに用があるみたいね」
「うーん、やっぱりそうなのか・・・多分キャタピラのことだと思うんだけど」
「あ、それよそれ。何かまた新しい乗り物作ったんだって?それにも乗せて貰おうと思って来たのよ」
「あー、あれは仕事で使っている分しかないから、今日は無理。虚無の曜日になら乗せてあげられるけど」
「えー、また来るなんて面倒くさいじゃないの」

 キュルケは一頻りごねたが仕事している機械を止めてまで遊ばせてやるつもりはない。びしりと説明すると何とか分かってくれたみたいだった。

「ふう、わかったわ、虚無の曜日ね。まったく、融通が利かないんだから。そんなんじゃ出世できないわよ?」
「出世なんて望んでないから関係ないね」
「まーねー、今更ウォルフにおべっか使われても気持ち悪いわね。仕方ないから今日は帰るわね、パーティー、来るんでしょ?」
「おお、貴族のパーティーって出るの久しぶりだから楽しみにしてるよ」

思い出すのは二年前のオルレアン公邸でのパーティーではあるが、まああんな事は滅多にないことだろう。
ウォルフはまだ年齢が年齢なので公式な晩餐会などには出たことがないが、今回のような私的なパーティーはガリアとアルビオンとで経験している。美味しいものも食べられるし色んな人を観察できるのでパーティーは結構好きだ。ゲルマニア有数の貴族であるツェルプストー辺境伯がどんなパーティーを開くかと言うことには少し興味があった。

 この日はキュルケはそのまま帰り、虚無の曜日に再び訪ねてきたので約束通りダンプカーやショベルカーの試乗をさせてあげた。キュルケはダンプカーよりもショベルカーの方が気に入ったようで、ひたすら楽しそうに穴を掘っていた。



 そして翌週、週の初めから忙しく働いているとあっという間にキュルケの誕生日当日となった。パーティーは夕刻からなのでそれに合わせてウォルフはボルクリンゲンを馬車で出発する。グライダーの方が早いので飛んでいきたかったが、パーティーの時は馬車で行くものらしいので慣例に従った。

「いらっしゃい、ウォルフ。良く来てくれたわね」
「誕生日おめでとう、キュルケ。今日は招いてくれてありがとう」
「ふうん、意外ね、結構ちゃんとしてるじゃない。いつもパッとしない格好をしているし、こういう所は苦手なのかと思っていたわ」

 言われてウォルフは自分の格好を見る。正装などはほぼ一年ぶりなので今着ている服は今日の為に新しく仕立てた物である。商会で扱っているアルビオン製の生地を使ってボルクリンゲンで縫製した一張羅だ。
特に華美であるというわけではないが、おかしい所はないはずだった。

「確かにこの服は今日の為に仕立てた物だけど、オレだってちゃんとする時はちゃんとするさ」
「意外と似合ってるわよ?ふふ、今日は楽しんでいって頂戴ね」
「ん、いやしかしすごい人だね。こんなに大きい規模のパーティーは初めてかも」
「私の誕生日は毎年これくらいの人が集まるわよ。ゲルマニア西部の貴族はほとんど来ているんじゃないかしら」
「はー、大したもんだな。あ、そうだ、デトレフさん、いる?珍しい鉱石を色々貰ったんでお礼を言いたいんだけど」
「警備には入っていなかったわね、何か最近忙しいらしいわよ?デトレフなんか良いじゃない、こっちにいらっしゃい、私の友達に紹介するわ」

 キュルケはウォルフの手を掴むと引っ張って子供達が集まっている一角へと連れていった。知り合いがいないウォルフの事を気に掛けてくれているらしい。
連れて行かれた一角にはキュルケの親戚やら近所の貴族の子弟達だという子供達が集まっていた。キュルケがウォルフを連れてくると男の子達は若干の敵意を含んだ目で、女の子達は好奇心を含んだ目で見てきた。
しかし、ウォルフがアルビオンの男爵の次男であると自己紹介すると皆興味を無くしたみたいだった。適当な挨拶を返すだけでキュルケを取り囲んであれこれと話し掛けはじめ、ウォルフはすぐに一人になってしまった。

 一人になったウォルフはキュルケを取り囲む輪からはずれ、パーティー会場をふらふらと歩いて回った。大きな城ではあるが特にこのホールはウォルフの背では端が見渡せない程に広く、来る前に想像していた以上の人数がこのパーティーに参加しているらしい。
これがゲルマニアにおけるツェルプストー辺境伯の権勢かと感心しながら参加している人々を観察する。大体近所の領地持ちの貴族が多いようだが、中にはあきらかに商人上がりらしい者や神官のような者、中央の役人らしき者もいてバラエティーに富んでいる。それらが雑多に混じり合い絶えず変化しながら二人から十人程の規模で会話に花を咲かせていた。
 この様なパーティーに参加する人間の目的はコネクションの獲得と情報交換だ。参加者達は皆楽しそうに会話をしているが、その目はギラギラと輝いている。特に情報については皆餓えているようで、ひっきりなしに話す相手を変えているような手合いも多い。
 ゲルマニアはハルケギニアでは比較的若い国だ。まだ成長期にあるこの国に住む人々はウォルフから見ると驚く程のバイタリティーに溢れていた。

 コネクションはともかくウォルフも当然情報を仕入れようとこの場に来ているので、料理を食べながら周囲の大人達の話に聞き耳を立てた。
都合良く今一番欲しい情報である東方開拓団のことを話題にしている人などは居なかったが、色々と興味深い話題が会場の其処此処で花を咲かせている。子供なのでそうそう会話に参加するわけには行かないが、料理を食べながら会場内を回遊し興味深い話題を探した。
 今聞いているのは左後ろの青年貴族の一団で、グライダーを購入した貴族がその自慢をしているところだった。グライダーに対する貴族達の評価は価格が高すぎるという人もいれば、お抱えの職人に作らせればいいのではないかという人も居てまちまちだ。何人かの貴族は購入を迷っているようだったので(買えー!)っと念を送りながら新しい料理を手にしていると今度は正面の夫人達の間でタレーズが話題に上がっている。
グライダーにしろタレーズにしろユーザーや購入検討者の生の声は色々と興味深かった。

「タレーズは普通にしていても凄く良いのだけれど、何が凄いって言ってその真価は仰向けに寝たときに有るわ」
「そうそう、わたくしも初めて着けて仰向けになったときには驚きましたわ!ちょっと最近だらしがなかったのが、あたかも火竜山脈のように、ツン、と」
「まああ・・・ツン、ですか」
「ツン、ですわ。それも固くなったり無理に引っ張ったりするのでは無くて、あくまでも自然な感じで、ですの」
「まあまあ、それは素晴らしいですわね。それは、あの、伯爵様の反応も違います?」
「それは、もう・・・実はね、今週だけでもう・・・(ゴニョゴニョ)・・・」
「そんなに!わたくしなんて、まだ今年に入ってからでもそんなには・・・」
「あらあら、あなたまだお若いのに。ちなみに私も今週は・・・(ゴニョゴニョ)」
「(ゴクリ)・・・」

 しばらくその場所に留まって話を聞いていたのだが、奥様達の話が声を潜めてやや赤裸々な内容になってきたのでまた移動する。奥様達が週に何回いたしているかなんてことには興味がない。
 新しい料理を手に取り、今度はどちらに行こうかと周囲を見回していると丁度料理を取りに来た少女と目があった。さっきの子供達の一団にはいなかった顔で年の頃は十三、四歳位、キュルケのように真っ赤な髪とキュルケとは違う真っ白な肌、黒曜石を思わせる真っ黒な瞳を持つ美少女だった。
賑やかなパーティー会場で一人でいるウォルフが気になった様子である。

「あら?僕、一人なの?」
「こんばんは。まあ、一人だけど楽しんでいるから気にしないで」
「気にしないでって、友達はいないの?ご両親は?」
「両親は来ていないし、知り合いはキュルケだけなんで」
「キュルケだけって・・・あっ!もしかしてあなたガンダーラ商会のウォルフ?」

 少女の声が結構大きくてウォルフは自分たちに視線が集まるのを感じた。ガンダーラ商会はやはり注目の的らしい。

「うん、そうだけど、お姉さんは?」
「あ、あらごめんなさい。私はマリー・ルイーゼ・フォン・ペルファルよ。隣のペルファル子爵領の長女、キュルケとは従姉妹になるわ」
「ん、オレはウォルフ・ライエ・ド・モルガン。そっちの仰る通り、ガンダーラ商会で技術開発部の主任をしている。よろしく」
「技術開発部の主任って・・・まだ子供なのに」
「子供ならではの自由な発想から商品化しているんだよ。ミス・ペルファルもグライダー一機お買いになりませんか?」
「あっはっは、あれって凄く高いらしいじゃない。私のお小遣いじゃ買えないわ」

 ウォルフが軽く営業してみると子供がそんなことを言うのが可笑しかったのか、からからと笑った。
彼女と挨拶している間に周囲の話はピタリと止んでいて、ウォルフは今度は自分の話を聞かれるのだろうということを覚悟した。アルビオンの男爵の次男と言った時は誰も反応しなかったのに。
 マリー・ルイーゼはそんな周囲の様子には頓着せずに話を続ける。

「ねえねえ、あなた、キュルケに決闘で勝ったって本当?キュルケは詳しく話したがらないんだけど、こんなに小さな男の子だったなんて思わなかったわ」
「決闘って言っても軽く杖を交えただけだよ。キュルケはオレのこと舐めきっていたしね」
「へーえ、本当なんだ。キュルケの相手は私だって苦労するって言うのに・・・ねえ、どうやって勝ったの?」

 声が大きい。気楽に聞いてくるが、周囲の貴族は耳がダンボになっている。ウォルフはシャルルの時に懲りて注目を集めたくないのであまりこの話題を続けたくなかった。

「いや、どうしたもこうしたも無いよ。キュルケが油断していた所にガツンと魔法を当てただけ。『エア・ハンマー』だったかな」
「キュルケったらどんだけ油断してたのよ・・・でも油断していたとはいえキュルケが捌ききれなかったんでしょう?」
「防がれる前に当てた。ただそれだけだよ。詠唱の早さってのは大事だね」
「ああ、まあねえ。でもキュルケも結構早いと思うけどねえ」

 その後何とか話題を逸らし、魔法全般についてとりとめのない話をしていると徐々に周囲の注目度も下がり始め、ウォルフは胸を撫で下ろした。
彼女は火メイジだそうで、ウォルフも火メイジだと知ると色々と悩みを相談してきた。目下の悩みは『ファイヤーボール』の威力向上だそうだ。威力を高めようと魔力を込めると玉が大きくなって速度が遅くなり、かといって炎の大きさをそのままで温度を上げても威力はあまり変わらないのだと言う。
キュルケに勝ったという一点だけでウォルフのような年下の子供に相談してくるなんて随分と気さくな人のようだ。

「火の大きさや温度で威力の大小をイメージするんじゃなくて、熱量という考えを元にすると良いんじゃないかな」
「熱量?温度じゃなくて?」
「そう。温度を上げても希薄な炎になっちゃうなら意味がない。ただ炎の温度を上げるんじゃなくて、対象の温度をどれだけ上げることが出来るかと言うことを意識してみると良いんじゃないかな」

 たとえば発光している蛍光灯の内部温度は一万度にも達する。しかし、希薄なガスである為にそれだけの温度であるにもかかわらず危険はない。
ハルケギニアの火の魔法も温度だけを上げようとしてみても全体の熱量は上がっていない、という事は良くあることだった。
特に『ファイヤーボール』は高温の可燃性ガスを球形に圧縮して保持し燃焼させながら制御して対象に当てるという魔法である為、どんな種類のガスをどれだけ高圧に圧縮できるかと言うことが威力向上に直接響く。ガスの量を増やさずに多少大きさを大きくしたり温度だけを上げても効果は少ない。
 ウォルフは一時期アセチレンガスをファイヤーボールに使用してみた事があったが、アセチレンは高圧を掛けられないので使用を諦めた事があった。
燃焼温度の高いアセチレンよりも多少温度は低くとも大量のガスをファイヤーボールに詰められるプロパンの方が物理的な威力は上なのだ。

「うーん、何となくイメージできるかも。ありがとう、今度試してみるわ」
「いえいえ、どういたしまして」

 そのままあれこれと二人で話してすごした。もう周囲から注目はされていないとウォルフは思っていたが、会場の反対側、ウォルフから大分離れた所からその様子を窺っている人物がいた。このパーティーの主催者、ツェルプストー辺境伯である。
彼はパーティーの最初から来場者の相手をしつつ視界の端でずっとウォルフの様子を観察していたのだ。キュルケに挨拶をし、所在無げに会場を彷徨い、今マリー・ルイーゼと楽しそうに話している、その全てを。




「よお、ウォルフ久しぶり。ガンダーラ商会は調子良さそうだな」
「や、これは辺境伯、本日はご招待いただきましてありがとうございます」

ウォルフの視界から見えるように近づいてきたツェルプストー辺境伯がおもむろに声を掛けた。辺境伯がウォルフのような子供を気に掛けると言うことはまず無いのでその声に振り返ったマリー・ルイーゼは驚いて目を丸くした。

「うむ、楽しんでいるみたいだな。マリー・ルイーゼに目をつけるとは中々・・・若いのに情熱を理解していそうだ」
「一人でいたのでミス・ペルファルが気に掛けて下さったのですよ」
「伯父様、私はまだ十三歳です。私が男の子と話す度に色々言うのはやめて下さい」
「もう、十三歳だろう。駆け落ちの一回や二回はしていてもおかしくない年頃だぞ?ワシの初恋は六歳だった。それは電撃的に激しく恋に落ちた物だ」
「私の歳で、駆け落ち経験者なんて聞いたことがありません!」
「どうだろうウォルフ、マリー・ルイーゼは色恋沙汰より杖を振っているのが好きという一族の変わり者でな。君、情熱を教えてやってはくれないか?」
「伯父様!」
「いや、済みません、私も情熱はまだちょっと早いみたいで・・・」

 情熱も何もウォルフはまだ八歳である。まあ軽い冗談なんだろうが、辺境伯が来てまた注目度が鰻登りになっている。程ほどにして欲しかった。
そんなウォルフに構うことなく辺境伯は更なる燃料を投下した。

「ふむ、君は年の割には随分と優れたメイジだそうだが、アルビオン人であるという欠点を持っていたな。どうだ?見事マリー・ルイーゼを落として見せたらペルファル子爵領を君に継がせてやるぞ」

 おおっ、と周囲の貴族達がどよめく。
 ウォルフは辺境伯の軽口だと思っているので苦笑いをするだけだが、マリー・ルイーゼには冗談では済まない話だ。大体彼女には兄がいるのだし、こんな五歳も年下の男の子を恋愛対象などとはとても考えられない。繰り返すがウォルフはまだ八歳なのだ。

「ちょ、ちょっと、伯父様!うちにはお兄様がいるんですよ?そんな勝手な」
「うん?あいつはキュルケを狙ってるんじゃないのか?それなら最低でも伯爵位には出世して貰わんとならんのだから、かまわんだろう」
「ええ?でも出世できるかなんて分からないんだから・・・」
「ふん。マリー、良く聞いておけ。出世できるか出来無いかなどと考えることに意味は無い。出世すると決めることが大事なのだ。後は決めたことを如何に"成す"か。そこに男子の生涯がある」
「うーん、わかります。志を立てる事が大事ということですね」

 言葉がないマリー・ルイーゼに代わってウォルフが返事をする。
子爵領に恋々とする位ならキュルケのことは諦めろと言うことだろう。貴族にとって領地の事はその程度の事とは言い切れない位には大事ではあるが、この一族にとって優先順位の最上位ではないと言うことだ。
キュルケからも聞いてはいたが、そんな全てに優先して恋に生きるというこの一族の思いきりの良さをウォルフは嫌いではなかった。まあ、真似しようとは思わないが。

「彼女に相応しい身分を手に入れて迎えに来ればいいわけだから、分かりやすいと言えば分かり易いですね」
「まあ、キュルケを愛するというのならその程度の"情熱"は当然見せて貰わんとな」
「うう・・・あ、兄には伝えておきます」
「ん?心配せんでもあいつもツェルプストーの血を引いておる。元々そのつもりに違いないわ」
「ホ、ホホホ・・・」

 キュルケは今日やっと十一才になったばかりである。今年十九才になる兄が本気でそんな幼女を愛しているとでも思っているのだろうか。
兄が聞いていたら泡を吹いて倒れるかも知れない。わははと豪快に笑う辺境伯に乾いた笑いを返しつつ、マリー・ルイーゼは兄がキュルケのことを諦めるであろう事を確信していた。




 その後も色々と話をしたが、会話が途切れたときにふと、辺境伯が尋ねた。

「ウォルフ、君はその若さで色々と才を発揮しているようだが今後アルビオンで出世したいとか考えているのか?」
「貴族としてですか?それはないです。でも・・・」

辺境伯の様子はさりげなく、しかしそう尋ねるその顔はどこか鋭さを持っていたが、それに対してウォルフは珍しく言い淀んだ。

「でも?」
「ああ、すみません。今、興味があるのは東方開拓団についてなのです。それだと出世するって事になるのかな?」
「東方開拓団?応募したいって事か?」
「取り敢えず調査してその結果次第ですけど」

 近い内に行ってみたいんです、とはっきりと答えるウォルフに辺境伯は意表を突かれ黙り込んだ。周囲の貴族達もざわざわと囁き合っている。
ガンダーラ商会で金を稼ぐことが目的なのか、その稼いだ金が可能とする更なる野望を持っているのか、見極めようと意気込んでいたが、辺境伯は目の前の少年がまだ八歳でしかないことを思い出した。
確かに人跡未踏の地を開拓すると言うことにロマンを感じて東方開拓団に応募するという者もいるとは聞く。しかし恋愛以外では徹底的なリアリストである辺境伯にとって成果の見込めない冒険など何の価値もない事であり、そんなものにかまけている者も利用しやすい相手でしかなかった。
 大人びた少年の意外な稚気に思わず笑みがこぼれる。これならコントロールすることは容易かも知れない。

「ふむ、開拓の達成率は当然知っていてそんなことを言っているのだな?」
「ええと、とても低いとは聞いています。正式な数字は知りませんが」
「それを知りながらなお応募するというのは何か成算があるのか?」
「今はまだ何もないです。ただ、そこがどんな場所なのか知らなければ判断が出来ないことだとは思っています。まあ、一番の理由は私が行ってみたいって事なのですが」
「それで調査か・・・それは当然ガンダーラ商会としてやると言うことだな?」
「いえ、これは私個人でやるつもりです」

タニアには先に断られました、と何気なく言ってくるウォルフの顔をまじまじと見つめた。八歳の子供があの森の開拓を自分個人の力でやると言う。正気なのかと疑ってしまうが至って真面目なようだった。

「個人で、か。亜人や幻獣の駆除経験はあるのか?」
「あまりないですね。トロル鬼を駆除したことがある位です」
「トロル鬼・・・その年で。ふうむ、面白い。かつてあの森に挑んでは跳ね返されてきた男達と君とでなにが違うのか見てみたくはあるな」

 ガンダーラ商会でやるというのならば株主の一人として反対せざるを得ないが、ウォルフが個人でやるというのならばツェルプストー辺境伯にとっては何も言うことはない。
ウォルフが成功するのならそれはそれでゲルマニアにとって良いことだし、失敗したってツェルプストーは何も痛まない。ガンダーラ商会の株保有率を上げる好機になるかも、という位だ。

「来週我が領で大規模な山賊討伐を行うのだが、君も参加しないか?」
「最近東の方で出没するという山賊ですか」
「そうだ。景気が良くなるのは良いが、ダニも増えてきたからな。東方開拓団の申請にはゲルマニア貴族の推薦が必要だろう。君の実力が問題ないと判断できたらワシが推薦してやっても良い」
「そう言うことであれば是非参加させて下さい。メイジとして山賊の討伐程度には問題ない力量があることを証明しましょう」
「ふふふ、戦闘が出来ずにあの森の開拓など出来るわけもない。それがどの程度なのか見せてくれ」

ツェルプストー辺境伯は満足げに笑みを浮かべ、ウォルフの肩を叩いた。




2-14    蠢動



 キュルケの誕生パーティーの少し前、とある秋の一日、ライヌ川を一隻の船が下っていた。ブリミル教の教会旗を掲げたその船はゆっくりと川の流れに乗り下流にあるボルクリンゲンへと向かっていた。
その船の中にはこの度新たにボルクリンゲンに設けられることになった司教区を統べる司教とその司祭、助祭達が任地に着くのを待っていた。

「司教様、甲板に出てみませんか?対岸はもうツェルプストー領らしいのですが、なにやら面白い物が走ってますよ」
「面白い物とは何だ。ジャイアントワームがスキップでもしているって言うのか?」
「まあまあ、そう仰らずに。ずっと船室に籠もりきりだと気分が滅入ってしまいます。さあさあ、どうぞこちらへ。良い天気ですよ」
「ええい、引っ張るでない。面白い物など知らん。あ、こら、引っ張るなと言うに」
「ほらあれですよ、ご覧下さい。さすがは技術大国ゲルマニアです、珍しい機械ですな」

 ブルキエッラーロ司教は興味がないので断ったつもりだったのだが、司祭に強引に連れ出され、甲板から対岸を眺めた。
 司教は相当機嫌が悪い。それもそのはずつい先日までクルデンホルフ大公国の司教であったのであるがゲルマニアなんぞへと転属させられたのである。ブリミル教では同じ司教でもロマリアに近いほど地位が高く発言権を持つ。ゲルマニアはハルケギニアで最も野蛮であるなどと言われ、この移動は事実上の左遷である。
 大体こうしている間にもこの船がロマリアから離れているという事実が司教を滅入らせる。それなのに部下になったゲルマニア生まれの司祭達が故郷に戻れることで何となく浮きだっているのも気にくわないし、あれこれとこちらに気を遣ってくるのも気に入らない。
 つまり、機嫌が悪いのである。

「うん?何だ、あれは」
「うーん、何でしょうなあ。土石で走らせているとは思うのですが、高価な土石をあんな勢いで消費する理由が分かりませんな」

 そこには確かに奇妙な物が走っていた。一見すると荷馬車のようではあるが馬は無く、車体の側面に複数付いてある車輪には何やら金属製と思しきベルトが巻いてある。上部の荷台には何やら赤っぽい岩を大量に積んでいて、それが結構な速度で砂煙を上げながら走っていた。
訊かれた司祭は首をひねって近くにいる助祭達にも聞いてみるが誰もあんな物は知らないそうである。しかし、誰も見た事がない中で司教だけはどこかで見たことがあるような気がして記憶の中を探った。
 走っているのはガンダーラ商会のダンプカーで、この日初めてゲルマニアを走行しているという物である。見たことがあるはずはないのだが、司教は一つの記憶に思い当たった。
それは現在の教皇が選出される以前、まだブルキエッラーロ司教が教会権力の中枢に近い位置にいた頃ロマリアで見た・・・ガンダールヴの槍と呼ばれる物の一つだった。

「何であんな物がこんな所にあるんだ・・・」
「え?司教様あれをご存知だったのですか?」
「う・・・いや、昔見た物にちょっと似ているだけだ。それよりあそこはもうツェルプストー領なんだな?では司祭、君はボルクリンゲンに着き次第あの荷馬車のことについて調べてみてくれ。誰が、何時、どこで作ったのということをだ」
「は、はあ、分かりましたが・・・司教様随分と気に入ったみたいですねえ」
「まあ、ちょっと気になるという程度だ。私はちょっと手紙を書くので船室に戻る」
「あ、でももうじきボルクリンゲンに着きますよ!」

 司祭が注意するが司教は気にせずその太った体を船室に戻した。慌ててレターセットを用意し、誰に手紙を送るべきか一瞬躊躇した。
ここで普通ならば直接の上司である枢機卿に送るべきであるのだが、ブルキエッラーロ司教は前回の教皇選出の際その枢機卿を推薦していた為にその後辛酸をなめている。それに彼の枢機卿はもう年を取りすぎていて今後権力に返り咲くことがない事は明らかだ。
 彼は頭の中の候補からその老人の顔を押し出すと一人の野心家の枢機卿を思い出した。まだ四十をいくつか超えたばかりでいながらその能力と人柄で次期教皇にも近いのではと言われる人物・・・エウスタキオ枢機卿である。
もしあの荷馬車の秘密を解明し、ガンダールヴの槍の運用法を見つける事が出来ればエウスタキオ枢機卿が教皇に選ばれるのに十分な実績を付加するし、ブルキエッラーロ司教も新教皇の覚えめでたく中央に復帰すると言うことも夢ではなくなるかも知れない。エウスタキオ枢機卿は野心家ではあるが自身に対して功があった者に報いる事で有名である。
 考えを纏めるとすぐにペンを走らせた。現教皇は最近健康に不安があると言われている。何があるのかは分からないのだから工作するのならばなるべく早い方が良い。
 



 ボルクリンゲンに着き、新築された教会に入り自室に落ち着くと直ぐに手紙を出した。何時返事が来るかと心待ちにしていたのだが、何と三日後に使者が来た。恐るべき早さである。何故かトリステイン経由でトリステイン商人のフネに乗ってきたらしい。
この三日のうちに司祭に頼んだ調査もある程度進んでいて、例の荷馬車がガンダーラ商会というゲルマニア・ガリア・アルビオンで売り出し中の商会が開発したもので、最近アルビオンで製造されたということまで分かっていた。
ガンダーラ商会についてブルキエッラーロ司教は知らなかったが、ゲルマニアの人間には既に有名らしく、地元出身の助祭には知らないというと驚かれた。グライダーというものが飛んでいるのを見て新しい乗り物を開発する商会なんだなと認識した。
 そのような商会の人間にガンダールヴの槍を見せればもしかしたら何か分かるかも知れないと期待は高まっている。

「初めまして、ブルキエッラーロ司教様。エウスタキオ枢機卿の元で神に仕えていますヴァレンティーニと申します。一応助祭の地位を賜っています」
「これはこれは、わざわざこんな地の果てまでようこそ、歓迎します」
「この様な格好で失礼いたします。エウスタキオ枢機卿からとにかく急ぐように言われ、取る物も取り敢えず参上いたしました」

 ブルキエッラーロ司教の前に姿を現した使者は陰鬱な雰囲気の中年男だった。一応助祭とのことだが、教会で正規の教育を受けているとはとても感じさせない、どちらかと言えば傭兵であると言われた方がしっくりと来るような男だ。後ろに控えている供の者達も同じでどう見ても荒事を仕事としている人間にしか見えない。
ロマリアの人間の筈だが服装は上から下までトリステイン辺りの傭兵がよくしているような装備で、聖職者たる助祭が司教の前に出るときにするようなものではない。トリステイン商人のフネに乗ってきたこともあり、何かしらトリステインで任務に当たっていた人間を急遽こちらに寄越したのだろうと判断した。

「ああ、お気になさらず。これだけ速く対応していただけたのです、無理もありません。そうですか、エウスタキオ枢機卿にはそんなに関心を持っていただけましたか」
「ええ、停滞している始祖の研究に一石を投じられるかも、と期待を寄せておりまして、私に詳しく調査するように命ぜられました。司教様にも協力していただけますよう、要請いたしております」
「おお、確かに。もったいないお言葉、痛み入ります」

 エウスタキオ枢機卿のサインの入った手紙を受け取り、ブルキエッラーロ司教は笑みを堪えるのに多大な努力を要した。
手紙には司教の心遣いに感謝するとともに今後ともよろしくという内容のことが記されていた。具体的なことは何も書いていないが、これは始祖のことを扱う時には普通のことである。この手紙こそ司教が欲しかったものだった。

「何でも仰って下さい、何せ始祖の謎が一つ解明できるかも知れないのですから」
「ありがとうございます。私は早速調査に入りたいと思いますので、司教様にはこちらの特命調査依頼書にサインをお願いします」
「うん?これは私の調査権をあなたに委譲するというものですか?」
「ええ、私の身分はただのロマリアの助祭でしか有りませんですので、この地で大っぴらには調査が出来ません。この書類が有ればガンダーラ商会であろうとツェルプストー辺境伯であろうと私が直接調べることが出来ます」
「ふむ、調査権限は新型の馬車に関するもの限定ですか。問題は無さそうですな、良いでしょう」

 さらさらとサインをされた命令書をヴァレンティーニは恭しく戴いてから懐にしまった。
 教会の調査と言っても公式に強制力のあるものではない。しかしブリミル教徒には教会に奉仕する義務があるとされているので、ブリミル教徒を名乗っている者ならば教会の要請を無碍には出来ない。
始祖の謎が関わっているので教会側もあまり情報を開示できないが、この教区を管轄する司教直々の調査命令書であり、たとえ領主といえども蔑ろには出来ないはずである。

「では、確かに」
「調査するとの事ですが人員は足りていますか?何人か融通する必要はありますか?」
「いえいえ、ロマリアから部下を連れてきておりますのでお気遣い無く。それではこれで。私は早速調査へ向かうとします」
「もうですか。さすがに出来る人の元にいる方は仕事ぶりが違いますな」
「性格でしてね、目の前の仕事はさっさと片付けたい質なのですよ」

 長旅の疲れも見せず任務に就こうとするヴァレンティーニに驚くが、もちろん司教に異存があるはずはなかった。



 その後ヴァレンティーニはツェルプストー領内で色々と調査をしていたが、ブルキエッラーロ司教がその調査に一切関わることは無かった。司教がその調査結果を知ることになるのはおよそ十日後の夜、ヴァレンティーニが報告に来たときだった。
調査はガンダーラ商会の商館から工場、ダンプカーその物、ツェルプストーの城から領内の噂まで広範にわたり、現時点で調査できる事は全て調べ尽くしていた。

 教会の奥まった一室で司教と二人きりになったヴァレンティーニが重々しい口調で切り出した。

「これまで徹底的に調査してきて解りましたが、中々巧妙に情報を偽装しているようで、このままここで調査を続けていても真実には到達できないとの結論に達しました」
「なんと。私の所の司祭がここの商館で尋ねた所では、あれはガンダーラ商会のアルビオンにある工場で生産されたと聞きましたが、それも嘘の情報であるというのですか?」
「おそらくは。部下の土メイジの話では、あれに使われている鉄は見たこともないほど高品質で、とてもアルビオンで製造できるような物ではないとのことです。ゲルマニアで製造していると考えるのが自然ですし、更に言えば私は使い魔を使いツェルプストーの工房であれらしき物を製造している現場を確認しました。私が尋ねたときにはツェルプストーはまったく関わっていないと証言していたものですが」
「ああ・・・敬虔なブリミル教徒であるはずのツェルプストー辺境伯が、そんな偽証をするとは・・・嘆かわしいことです」
「ガンダールヴの槍、ということは兵器であるということです。辺境伯がその事に気付いているのならば仕方のない事かも知れません」
「なるほど、新型兵器ならばたとえ教会といえども領主としては全てを話すわけにはいきませんか」
「ええ、そしてツェルプストーが本気で情報を秘匿しようとしているのならば、通常の手段では打つ手は無いということです」

 何だか随分と真実からは離れてしまっているが、当然二人は気付かない。しかしそれも無理はなかった。真実が一番嘘っぽいのだから。
ヴァレンティーニがツェルプストーの説明を信じず、使い魔のコウモリを使って城内を探った時にデトレフがウォルフの真似をしてキャタピラを作ろうとしている現場を見た事もあり、すっかりツェルプストーで作っていると信じてしまっている。
ボルクリンゲンにいる貴族の子供(=ウォルフ)がダンプカーやグライダーを開発した、という噂も耳にしていたが、聞いた時に一笑に付しただけで真実であるとは思わなかったのだ。

「そして真実が分かったとしても司教様の仰るようにガンダールヴの槍が運用できるようになるのは難しいかも知れません」
「それは・・・なぜですか?あれほどそっくりな物を作れるのならば、当然その謎を解明し、構造にも詳しい人間がいるのでは?」
「私はあの荷馬車もガンダールヴの槍も直接調査しました。外側の構造には驚くほど類似点が多いのですが、内部構造はまったく別物でした。内部の動力などは仕組みを解明できなかったのでしょう」
「そう・・・ですか。・・・それは残念です」
「まあ、そう気を落とさずに。あの荷馬車を作った人間が、それが何者であるにしろガンダールヴの槍を見た事がある、ということは間違いないと思います。継続調査の必要はあるでしょう」
「確かに。辺境伯が見たのはロマリアにある本物か、もしかしたら別に同じ物を持っている、と言う可能性もありますな。もしそんなことがあるならばこれは大変なことです」

 落ち込む様子を隠せずにいた司教だったが、慰められて少し気を取り直した。
全く無駄骨だったというわけでは無いし、エウスタキオ枢機卿と繋がりを持てたのは喜ぶべき事だ。もし今後この地でガンダールヴの槍と同型の兵器を発見する事が出来たらまた中央復帰の可能性は高まるだろう。大事なのは今後この繋がりを切らないことだ。

「ええ、色々と可能性はありますが今回はここで調査を打ち切り、私は一度ロマリアに戻ろうかと思います。また何か新しい情報がありましたら知らせていただくよう、お願いします」
「残念ですが、仕様がありませんな。色々と気をつけてみることにします。エウスタキオ枢機卿にはよろしくお伝え下さい」
「あなた様の信仰心を枢機卿に伝えますことをお約束します・・・ブリミル様に感謝を」
「ブリミル様に感謝を・・・」

 丁寧に挨拶を済ませるとヴァレンティーニは従者二人を従えて教会を辞した。このまま馬で街道へ出てロマリアへと向かうと言う。
そろそろ夕刻にさしかかろうという時間なので、司教が心配し、出発を明日にしたらどうかと言ったのだが、早く報告をしたいからとヴァレンティーニは馬上の人となった。
 司教はそんなヴァレンティーニの事をとても仕事熱心な、信者の鏡であると評価した。



 ブルキエッラーロ司教は知らなかった。

 そのまま街道へ出てロマリアへと向かったはずのヴァレンティーニが何故か途中で道を変え、国境を越えたラ・ヴァリエール公爵領の街・ティオンの傭兵ギルドへと入っていった事を。
これまでの調査期間中、彼が何度もティオンへと足を運び、とある傭兵団を雇い入れていた事を。
その傭兵団が金さえ払えば非合法活動でも躊躇無く行う悪逆非道な集団である事を。
ヴァレンティーニとその傭兵団が夕闇に紛れるようにティオンの街から姿を消した事を。

 ブルキエッラーロ司教は、知らなかった。




2-15    覚悟



 ハルケギニアの中央、大国ガリアとゲルマニアの間に挟まれた小国トリステイン、その東部にあるラ・ヴァリエール領にて領主であるヴァリエール公爵が部下達から調査の報告を受けていた。
この調査は数日前に公爵自らが指示した物で、ここ数日領内に流れる不穏な噂について、噂の出所と真偽を確認させる為の物だった。

「ふむ、では噂の出所はティオンの商人達という事なのだな?」
「はっ、おそらくは。しかし、噂は既に東部国境地帯に広く流れていまして、中には家財道具を持って西部に避難する者も出始めています」
「馬鹿馬鹿しい。今この時期にツェルプストーが攻めてくるなどと・・・」

 公爵が苦虫を噛み潰したような顔で吐き捨てる。
その不穏な噂とは、ここの所好景気に沸く隣国のツェルプストー辺境伯が不足する資源を得る為にラ・ヴァリエールに侵攻する準備を進めている、と言うものだった。
 有り得ない、と公爵は思う。ここ数世紀ツェルプストーとの国境はずっと変わらず、国境について争った事はない。大抵は領主間の感情の縺れによる小競り合いである。
トリステインは始祖の血を継ぐ歴史と伝統のある国家である。一時的な感情の暴発以外で戦争を仕掛け、その土地を己のものとしようというならばそれ相応の大義名分が必要だ。さもなくば、他の始祖の血を継ぐ三国、ガリア・アルビオン・ロマリアをも敵に回す事になる。
 卑しい商人のような真似をする国だとは思っているが、その程度の計算は出来るはずである。現在のツェルプストーとの関係ももちろん良好ではないが、お互いに戦争を仕掛ける程関わり合っていない。有り体に言えば無関心、と言っていい状態なのだ。

「一応、念のため調査を続けろ。使い魔を使って見張らせ、向こうの城に何か動きがあったら知らせるように。あと各地の騎士団も何時でも参集出来るようにしておけ」
「は、了解しました。鳥の使い魔を持つ者に交替で見張らせましょう」
「ああ、あと念のため各地の傭兵ギルドにどの程度兵を用意できるか聞いておけ」
「あ、その事でまだ報告していないことが・・・ティオンの傭兵ギルドで耳にしたのですが、数日前に大口の契約があったそうです」
「何?・・・契約したのは誰だ?」
「分かりません。ギルドは雇用主の情報は漏らしませんので。ただ・・・酒場で聞き込みをした所によると、複数の傭兵が近々ゲルマニアで大きい仕事があると話していたそうです」
 
 この世界の傭兵とは金で雇われる戦闘を生業とする者で、ギルドを組んではいるがいずれの国家にも属していない存在である。
日頃は商人の護衛をしたり、各地の領主が行う討伐などに雇われたりしているが、いざ戦争となるとより多くの金を出す領主とそれぞれ契約して戦争に参加する。
ラ・ヴァリエールを拠点にしている傭兵が全て戦争時にヴァリエール軍に属するわけでは無い。
 何者かがこのラ・ヴァリエールでまで傭兵を集めているという事実は公爵の緊張感を一気に高めた。
部下達を一睨みすると、腹に力を入れて声を張る。

「他に何か情報はあるか?」
「いえ、今のところは、以上です」
「指示は概ね先程出した通りだ。ただ、西側にいる騎士団はこちらに詰めさせろ。見張りは二十四時間態勢、気を抜くなよ。ゲルマニアの田舎者どもめ、もし攻めてくるつもりならば国境を越えた瞬間に皆殺しにしてくれようぞ!行け!」
「「はっ!!」」

 公爵の激しい檄にその場にいた者達が応え一斉に持ち場へと散っていった。これよりラ・ヴァリエール領は防衛体制に入る事になる。
まだツェルプストーが攻めてくるという事には懐疑的な思いもあるが、もし戦う事になれば公爵には負けるつもりなど微塵もなかった。

「・・・さて、カリンはどこにいるかな・・・」

ラ・ヴァリエール公爵は愛する妻を捜し、城の奥へと姿を消した。



「じゃあ、行ってくるから今日はよろしく」
「はい、お任せ下さい。ウォルフ様もくれぐれもお気をつけて」

 ツェルプストー辺境伯軍の山賊討伐当日のまだ早朝、ボルクリンゲンの工場でウォルフは作業の指示を細かく出した後、自分のグライダーに乗り込んだ。
 ウォルフにとっても本気の戦闘は久しぶりであり多少緊張していたが、それ程激しい戦闘になることはないと聞いていたので幾分気は楽だ。
と言うのも今回はキュルケの初陣であり、確実な勝利が求められている為にそれなりの相手を選んでいるとのことだ。ウォルフは魔法の実力を示す事が参加目的なので遠目から火の魔法で砲撃すればいいのかなと気楽に考えていた。
 しかしそんな気楽な気分は集合場所であるツェルプストーの居城まで来て、中庭に勢揃いした兵士達を見た瞬間に霧散した。
皆一様に気合いの入った表情で武器の手入れや装備の確認をしていて、この討伐隊が紛れもなく命のやりとりをするんだと言うことをウォルフに思い出させた。

「ああ、ウォルフお早う。今から今日の作戦のブリーフィングを始めるらしいからあなたも参加して」
「お、キュルケおはよ。ミス・ペルファルもお早うございます。今いくよ」
「お早う。今日はよろしくね」

 暫く中庭をうろうろしているとキュルケとマリー・ルイーゼに出会い、そのままこの討伐隊の本部に連れて行かれた。
 本部と言っても建物に入ってすぐのロビーに大きな机を出して地図を広げただけの物だが、既に大勢の人が集まり地図を前にあれこれと確認していた。
そこにウォルフ達も到着し、暫く経つと全員が揃ったらしく説明が始まった。
 今回の賊はツェルプストー辺境伯領東部二つの街道の間の山中の洞窟を根城とし、その入口に簡易な砦を築いているとのことだ。洞窟が崖に囲まれている上に巨木が立ち並んでいる為に発見しにくく、砦への攻撃経路は崖の正面からの一方向のみとなる。洞窟の上部の崖がオーバーハングしているので上方からの攻撃も無理なのだ。
賊の人数はおよそ五十、その内メイジは約五人と典型的な中小規模の山賊で、今はそれ程の脅威はないが今後放置すると規模を拡大しそうではある。

 洞窟から二つの街道へ出るルートがそれぞれあるので攻撃部隊を二つに分け、それぞれから進軍させる事になった。
一つ目の部隊は当然ツェルプストー辺境伯が指揮を執るが、もう一つの部隊長はキュルケである。もちろんキュルケには経験豊かなメイジが複数指導に付くのであくまで名目上ではあるが。
 ウォルフはツェルプストー辺境伯の部隊に配属さた。辺境伯直々に闘いぶりを見てくれるらしい。ちなみにマリー・ルイーゼも一緒の部隊だ。 
この二つの部隊とは別にもう一つメイジだけで編成された三十人ほどの部隊を崖の上部に配置している。賊が砦から出て来るようなら上部から攻撃、砦に籠もるようなら上部から穴を掘り直接洞窟内へ侵入する予定であり、この部隊はもう夜の内に配備済みとの事だ。
 三つの部隊を合わせると総数三百名を超え、メイジだけでも八十人以上いる。装備も最新であるし確かに戦闘と言うよりは討伐と言うのがしっくり来る戦力差だ。



「じゃあウォルフ、砦の前で会いましょう。あんまり来るのが遅いようなら私の部隊だけで攻撃しちゃうから」
「スタンドプレーには走るなよ?少ない人数で攻めて討ち漏らしても詰まらないんだからな」
「ふふふ、ウォルフったら自信がないのかしら?私は討ち漏らしたりしないわよ。うふふ、フルパワーで撃っていいのよね・・・最近の私の魔法、凄いのよ?」
「だから落ち着けって。道中にも罠とかあるかも知れないし、亜人や幻獣だって襲ってくる可能性はあるんだから」

 部隊長に任命されてキュルケの気合いが入りまくっている。ちょっと入れ込みすぎの感じがする牝馬を何とか宥めようとするが、効果はあまりないようだった。先発隊の情報では山賊達に気付いた様子は全く無いらしいが、戦闘なのだ、いくら警戒しても足りないという事はないだろう。
今回の作戦で一番の懸念はキュルケとキュルケの部隊に配属された子供メイジ達だ。昨日のパーティーに出ていた子供達の内、十二、三歳の子供達三人が参加している。それぞれに護衛が付いているとはいえ不安である事は間違いない。
 ウォルフにとってあんなに小さな子供達が戦闘の場に立つと言う事自体不安が一杯だ。優秀と言われているキュルケの魔法でさえ、空賊討伐時のクリフォードに劣っている。エルビラなら参加を許さないだろうし、他の子供達は言うまでもない。出来れば子供達のそばにいて守ってあげたいところだ。

「何か心配になってきたよ。オレ、今からキュルケの部隊に変えて貰えないかな」
「あら寂しいの?でも無理じゃないかしら。お父様道中の退屈しのぎにウォルフがいると丁度良いって言ってたし」
「うわ、それはそれで大変そうな・・・」
「せいぜいしっかり相手してらっしゃい。あなた一人がこっち来たからって何が変わるって訳じゃないんだから」
「へーい・・・本当に気をつけろよ?」

 配置転換の願いはかないそうもないので諦めて、キュルケにくれぐれも気をつけるように言い含めてそれぞれ出発した。
 
 討伐隊は列を成して街道を進み、やがて山中へと分け入った。街道からの入口は偽装されていたが、山中をずっと細い山道が続いていたので一列になりながら砦を目指した。
ウォルフはセグロッドなのであまり地形の制約を受けず、ずっとツェルプストー辺境伯の乗騎の隣を高さ一メイル位を維持しながら行進して話し相手になっていた。

「山賊って言うのは日頃からそんな洞窟に住んでいるものなのですか?」
「いや、日頃は奴らも街に住んでいる事の方が多いらしい。洞窟は略奪品や攫ってきた人質なんかを一時留め置く為に使っているみたいだな。日頃は精々見張りが数人いるだけだそうだ」
「それでは今回襲撃してもあまり効果はないのでは・・・」
「いやいや、ここ一月以上前からボルクリンゲンや周辺の街で大々的に取り締まりをしていてな、盗賊のアジトになりそうな所は徹底的に潰していったんだ。それでやつらは嫌気して、ほとぼりが冷めるのを待って山に籠もっている。そこを叩くのだ」
「なるほど、安心しました。下準備はしっかりとしているわけですね」
「あたりまえだ。三百人からの人間を動かして、いませんでした逃げられました、では話にならん。領民に対するアピールもある。ワシが動くからには目に見える形での成果が必要なのだ」

 いつも一人でよく話すのでウォルフの中では辺境伯は話し好きのおっちゃんと言うイメージだが、中々辺境伯の話は蘊蓄も含まれていておもしろい。
出発前は相手をするのは大変かもと思っていたが、今は全く気にならなかった。

「いいか、お主も領主になりたいというのならば心しておけよ。領主というものは特別な存在なのだ」
「はい」
「力を示し、敬意を集め、家中を統率する。親しまれるのは良いが馴れ合うわけにはいかん。判断一つ間違うだけで多くの領民が路頭に迷い、部下が死ぬ。最終的にその判断を下すのはただ一人、領主だけなのだ」
「・・・肝に銘じます」

 ウォルフも領主の責任について考えないわけではないが、実際にツェルプストーという広大な領地を治めている者の言葉には重みがあった。

「敵を破り領地を富ませる。弱みを見せず強さを示す。そんな領主こそ常に孤独だ。そしてその孤独から逃げず、受け止めている」
「・・・」
「敵に接して怯まず、兵の中央にあってこれを鼓舞する。領民に愛され兵を熱狂させるが、時にその領民の犠牲に目を瞑り兵を死地へと赴かせる。それを決めるのは一人だ」
「・・・」
「孤独に慣れる事は無い。何年領主をやっていようともだ」

 辺境伯は前方を歩く兵達に目をやり、次いで遠くの空を見つめ呟くように語る。ウォルフとマリー・ルイーゼはただ黙って頷いた。

「どんなに屈強な男であろうとも、それが永く続けば打ち拉がれてしまう。しかし、そんな孤独を癒せる唯一の存在がある。それが、愛なのだよ」
「・・・結局そこですか。そうですか愛ですか。情熱ですか」
「そうだ、情熱だ。その女の前では領主ではない、ただ一人の男でいられる。ただの男として泣き、笑い、愛を語れる。そんな存在が必要なのだ」

 何だか色々と台無しである。どんな話でも女性の話につなげる傾向のある人であるとは思っていたが今回はウォルフも虚をつかれた。

「ふう・・・辺境伯は随分とあちこちでただの男になっているようですね」
「ん?わはは、ワシはどうも情熱が溢れているらしくてな。しかし、ワシが女を口説く時は常に本気だぞ?」
「本気だろうと、そんなに沢山いたら一人一人に掛ける情熱は減っちゃうでしょうに」
「それはお前が情熱のなんたるかを知らんお子ちゃまだからそんな事を言うのだ。情熱とは割り算できる物ではない。掛け算なのだ!十ある情熱を五と五に分けるのではなく、こっちに十、一人増えたのならそっちにも十だ。いくら人数が増えてもそれは変わらん」

 すぐ後ろでマリー・ルイーゼが呆れた顔をしている。女性としてはそんな理屈で方々で浮気されたらたまった物ではないのだろう。辺境伯は自信満々の顔だがせっかくのいい話が残念なことだ。
まあ、この一族が過剰に愛を求めるのはトリステインとの国境地帯という立地で闘いに明け暮れてきた歴史がそうさせているのかも知れない、と納得する事にした。

 その後マリー・ルイーゼも交えてツェルプストー辺境伯の恋愛講座が始まってしまったのだが、その内容はとても八歳の少年と十三歳の少女にするような物ではなかった。
マリー・ルイーゼは暫く我慢して聞いていたが、怒って部隊の先頭の方へ移動してしまったし、ウォルフも八歳の身で女性をベッドに誘う実践的なテクニックとやらを講義されても対応に困る。
色々と突っ込みたいが、取り敢えず「隣に座った女性の膝が自分の方に倒れていたら最後まで行ってもOKというサイン」というのは絶対に勘違いだと思う。

 ツェルプストー本隊はとても戦闘行動中とは思えない緩い空気に包まれながら行軍していた。




 亜人や幻獣などにも遭遇せず至って平和な雰囲気の中、あと四リーグほどで砦に着くという時、突然遠くで雷がおちたような爆音が鳴り響いた。

「!!っ全軍停止!!偵察!」
「・・・キュルケの部隊がいる方角ですね」

 連続して鳴り響いたあきらかに爆発物のようなその音に、辺境伯は行軍を止めて偵察の報告を待った。
 ジリジリと苛立つ時間が過ぎ、鳥を使い魔にするメイジによってもたされた偵察の結果はかなり悪い物だった。

「報告します!東方五リーグほどの山中にてキュルケ隊が襲撃を受けています!爆発物にて本隊を寸断され、混乱に陥っています!」
「敵の数は、被害はどうなっている!」
「およそ三十から五十、連絡は取れず、被害は不明ですが複数の倒れている人間が確認できます」
「くっ、気付かれたというのか!伝令、砦の様子はどうなっている!」
「はっ、砦の山賊達も驚いているようで、慌てて洞窟から出てきてキュルケ隊の方角を窺ってるとの事です!」

 どうやらこの襲撃は山賊達にとってもイレギュラーだったらしい。崖の上部に潜んでいる部隊からの報告によるとかなり焦っている様子で右往左往しているとの事だ。
第三の勢力が戦闘に介入してきた事により事態は複雑な様相を呈してきた。敵の数も目的も分からないのだ。普通の山賊ならば領主の軍に奇襲を掛ける危険を冒す事はない。
 迂闊な行動は取れない為、辺境伯は慎重に指示を出した。

「城に連絡して竜騎士隊をキュルケの救援に向かわせろ。我々は予定通り行動して砦の山賊を討伐する」
「伯父様そんな!竜騎士隊が城から到着するのは十分以上掛かります。その間にキュルケがもたなかったら・・・」
「ここから『フライ』でメイジを救援に向かわせても五分以上かかる。しかも精神力の多くを使ってしまい、万全な闘いは出来ないだろう」
「そんな・・・だからってキュルケを見捨てるなんて・・・」
「先手を取られたとはいえ相手は少数だ。混乱から立ち直って部隊を纏めればキュルケ隊だけでも十分に戦えるはずだ。向こうは囮でこちらに本命の奇襲があるかも知れないのだ、部隊を割る事など出来ん」
「・・・」

 マリー・ルイーゼの意見は多くの家臣達も思っている事だ。誰もがキュルケを、あの小さな領主の娘を助けに行きたいと思っている。だから辺境伯も明確に理由を示して答えた。
皆が納得はしていなくとも理解はしたようなので辺境伯が進軍を伝えようとした時、更に最悪な報告が届いた。城と連絡を取り竜騎士隊の救援を要請したメイジからだった。

「報告します!」
「今度は何だ」
「ヴァリエール軍が軍事行動を開始!竜騎士が多数国境付近で威嚇行動を取っているという事です。我が方の竜騎士は既に殆どが国境の防備に向かっていて城には二騎しか残っていません!指示を待つとの事ですが、いかがなさいましょうか!」
「っ・・・ヴァリエール!!」

 ギリッと音が出るほど歯を噛みしめ、西の空を睨む。このタイミングは偶然とは思えなかった。

「・・・竜騎士はそのまま領地の防衛に当たれ。国境の部隊は守りに徹し、先に攻撃しないよう徹底しろ。我が隊は予定通り砦の攻撃に向かう」
「・・・今すぐ城へ帰還した方が良いのでは?」
「奇襲を受けるとすれば、ここで引き返した所を狙われる可能性が一番高い。このまま砦の山賊を殲滅し、キュルケと合流し、まだ賊がいるようならばそれも殲滅して城に帰る。全てを薙ぎ払え!進軍!」
「「はっ!!」」

 ヴァリエール軍の行動によりキュルケに救援を送ることは不可能となった。誰が絵を描いたのかは知らないが、必ずこの報いは受けさせる。厳然たる決意を胸に、まずは目先の敵である山賊をどのように皆殺しにしてやろうかと考えた。



「フォン・ツェルプストー!!」

 部隊の先頭が動き出し、辺境伯も馬を動かそうとしたその時、ウォルフが辺境伯に声を掛けた。ツェルプストー辺境伯は返事をせずにじろりとウォルフの方を向いた。

「本日はお誘い下さいましてありがとうございました。ただいまより私、ウォルフ・ライエ・ド・モルガン、指揮下から抜ける事をお許し下さい。森を抜けてキュルケ隊の救援に向かいたいと思います」

 キュルケ隊までは直線でおよそ五リーグ。『フライ』で行くには魔力を消費しすぎるし、馬で行くには森が深すぎる。しかしウォルフのセグロッドならば問題なく抜けられる。風魔法を併用すればそれ程魔力を消費しなくても五分以内にたどり着くはずである。
辺境伯はじろりと冷たい目でウォルフを眺めたが、一言「好きにしろ」とだけ返して馬を進ませた。

 ウォルフは辺境伯に軽く頭を下げると、その場からセグロッドで森へと分け入った。風の魔法を併用して加速し、あっという間に部隊から離れる。 

 無事でいて欲しい。

 キュルケや子供達、部隊の人々の顔を思い浮かべながら、ウォルフは滑るように森の中を進んだ。




2-16    火



 ウォルフが抜けた後、ツェルプストーの本隊は警戒を強めながらも少しペースを上げて進軍する。
その隊の中央付近でツェルプストー辺境伯にマリー・ルイーゼがウォルフを一人で行かせた事を詰っていた。

「伯父様、何でウォルフを一人で行かせたの?危ないし、ウォルフ一人が行ってもしょうがないでしょう」
「あれはツェルプストーの人間ではないからな。部隊を抜けたいというのなら抜けさせてやるわ」
「でも!・・・あんな小さな子供を一人でそんな危ない目に遭わせるなんて」
「ふん・・・危ない目になど遭わんかもしれんぞ?」
「え?どうして?」

 辺境伯は冷笑を浮かべながら吐き捨てるように言うが、マリー・ルイーゼは理由が分からず困惑する。ウォルフはキュルケの所に行ったのだから戦闘に巻き込まれるはずである。危なくないはずはない。

「あれはどうも年の割に"賢い"からな。"賢い"人間というものはどうしても損得というものが見えてしまう。この部隊がこの先勝ち目の薄い戦闘をする事になるのなら、今の内に抜けた方が得という物だろう」
「!!ウォルフが逃げたというのですか!」
「可能性の話だ。まあ、まだ子供だ。怖くなったという事もあるかも知れん」
「そんな・・・私は、ウォルフを信じます・・・」
「お前はウォルフの何を知っている?ろくに知りもせん人間の事を信じているなどと、そんなことは自分の希望を口にしてるに過ぎん。繰り返して言うが、あの子は"賢い"。五十人からの敵がいる所に一人で乗り込んでいって、どうにか出来るなどと考えるほど子供だとは思えん」
「・・・それでも、です。だってあの子はキュルケの所へ行くって言いました!」

 怖い。辺境伯に向かって叫んだ後馬を進め、辺境伯から離れるとマリー・ルイーゼは両腕で我が身を抱いて呟いた。
 彼女の心を今占めている感情は、まさしく恐怖である。今キュルケが直面しているだろう戦闘が怖いし、ウォルフが裏切ってたらと思うと怖い。
さっきまで二人で仲良さそうに話していたくせに、ウォルフの事など全く信じてないと言い切る辺境伯も怖かった。
 今日もし無事に帰れたら、昨日までの自分とは全く違う人間になってしまっているかも知れない。そんな事を考えるとマリー・ルイーゼは言いようのない恐怖に体を震わせるのであった。


 


 当然ながらツェルプストー辺境伯の懸念など杞憂に過ぎない。ウォルフはキュルケ救援の為一直線に現場に向かっていた。

 あと五百メイル足らずで煙が上がっている場所に着くという時、ウォルフの火メイジとしての感覚が前方の森に違和感を感じた。

「《フライ》!」

 咄嗟に魔法を使い、セグロッドを掴んだまま上空へと飛び上がった。その瞬間、間一髪でウォルフの進路上だった空間を複数の『エア・カッター』が切り裂いた。

「ほう、今の攻撃を躱しますか。随分と良い勘をしていますね」
「ヴァレンティーニ様、こいつ、ガンダーラ商会の所のガキですよ。つかまえますか?」
「そうですね、この子も交渉材料になるかも知れません。お願いします」

 嫌らしい相談をしている男達をウォルフは上空で静止して見つめた。人数は三人、内二人が風メイジの様で三人とも手練れだ。ウォルフの行く手を阻むように上空に上がってきた三人は、まず間違いなくキュルケ隊を襲っている連中の一味と考えて良いだろう。
そしてウォルフにはヴァレンティーニという名前に聞き覚えがあった。

「ロマリアの人間がこんなところで何をしている」
「いやあ、キノコ狩りをしていたんだ。まだちょっと季節が早いみたいだね」

 くつくつと笑いながらあっちのキノコは随分とじゃじゃ馬みたいだが、などととぼけた答を返す。ふざけて見せながらもその構えに隙はなく、三人とも慣れた様子で杖剣を構えている。十メイル位の距離で正面に一人、そこから五メイル位間隔を開けて左右に一人ずつ、その姿には一分の隙も無い。

「・・・」
「ちょっと君らの身柄を確保する必要があってね、良い子だから大人しく捕まってくれ。今なら手足の腱を切るだけでそんなに酷い事をしないつもりだよ」
「そうそう、下手に抵抗すると死んだ方がマシだと思うような目に遭っちゃうかも知れないぞーw」
「おいおい、あんまり脅すなよ、可哀想に怯えているじゃないか」

 ウォルフが黙っているのを怯えていると受け取ったのか、にやにやと嫌らしい笑みを浮かべながら降伏勧告をしてくる。
どうにも話す内容や表情が真っ当な人間には思えない。ウォルフが黙っていたのは周囲の森にまだ伏兵がいないかを探っていただけだ。丹念に調べたが風の動きも人が発する熱も感じない。どうやらこの三人以外にはここらにはいないようなので、ウォルフの事を舐めきって油断している彼らを排除する事にした。

「《フレイム・バルカン》」
「なっ!!」

 ウォルフが放った魔法は連発式の『フレイム・ボール』である『フレイム・バルカン』だ。単発の火の玉ではなく連なる火の玉をイメージする事によって連射を可能にし、燃焼剤であるプロパンを高圧で圧縮して空気抵抗を減らして、さらに後方に向かって燃焼ガスを噴出する事によって飛行中も加速するようにした。その結果、速度は時速三百リーグ以上、連射速度は秒間五発以上を可能としている。こんな距離で躱しきれる人間はそういるものではない。
最初に撃ち込んだメイジはそのまま『フライ』で躱そうとしたが躱しきれず、一発目が当たり炎に包まれた瞬間消えていなくなった。風の『遍在』だったらしい。残る二人は『フライ』を解除して地面に落下しながらも防御魔法で防いだが、いずれも五発以上持ちこたえる事は出来なかった。中央にいたヴァレンティーニも『遍在』であったらしく一人目と同様にかき消えたが、右端のメイジは上半身に火の玉を受け落下した。

 急がなくてはならない。
この位置に伏兵を配しているという事は、敵がこちらの作戦行動を把握して動いているという事だろう。落下していく襲撃者には目もくれずウォルフはまたキュルケの元へと急いだ。



 そこは岩だらけのガレ場の斜面を道が横切るように通っている場所だった。
その細い道を一列になって行軍している所を爆弾らしき物を使って奇襲されたらしく、酷く岩が崩れて道が無くなっていた。岩に押しつぶされた人もいるようだし、周囲には人が転々と倒れていて呻いている。ようやくたどり着いた現場は酷い有様で、ウォルフはグッと唇を噛みしめた。

「救援だ、キュルケはどこだ」

 比較的軽傷そうな者を抱き起こして尋ねる。比較的軽傷と言っても足に酷い火傷を負っていて、苦しそうに呻き声を上げた後山道の奥を指し示してウォルフに答えた。

「ガンダーラ商会の子供か・・・あっちだ。キュルケ様を含む本隊は戦闘しながら街道方面に撤退していった」
「襲撃者の数は?どんな奴らだ?」
「傭兵みたいだが、数は分からない・・・三十人以上はいたと思う。辺境伯はこっちに向かっているのか?」
「ああ、オレはキュルケの方に行く。救援を待っててくれ」
「ちょっと待て、お前みたいな子供が行ってどうなる。ここで一緒に救援を待て」

 残れと言ってくれる男に心配ないと告げて先を急ぐ。何よりもまず襲撃者を撃退しないと被害者が増えるだけなのでこの辺の負傷者の救命活動は後回しにせざるを得ない。
 
 風の魔法を最大限に併用して急ぐウォルフの目が遂に戦闘中の部隊を捉えた。襲撃者達がツェルプストー軍を圧倒しており、随分と一方的な戦いになっていた。
撤退していくツェルプストー軍の中にメイジに抱きかかえられたキュルケの姿を見つけた。キュルケは右半身が酷く焼けただれ、気を失っているようだ。キュルケ隊は半ば包囲され、戦闘と言うよりは何とかキュルケを逃がす為の時間稼ぎをしている最中だった。
 どうやら少し遅かったようだ。ギリッと奥歯を噛みしめ、ウォルフは魔法を唱える。

「うわははは、早く逃げないと全滅だぞ?そおら!燃えろぉ!」
「《フレイム・バルカン》!」
「な!うおおっ」

 キュルケ隊に更なる攻撃を仕掛けようとしていた指揮官らしき男をウォルフは全力で攻撃した。
『フライ』で敵主力を飛び越えながらその指揮官に十発以上を撃ち込み、こちらに対応しようとした周囲を取り囲む敵にも上空から掃射した。
今日の為に魔力はずっと溜め込んでいたし、道中も魔力の消費をセーブしてきたので魔力切れの心配は少ない。思いっきり撃ち込んだ。

「キュルケの様子はどうだ!生きてるか?」
「あ、ウォルフ殿、は、はい。何とか・・・しかし、すぐに治療しないと危ないです」

 キュルケの部隊の前に降り立ち、更に魔法を敵に向かって掃射しながら後方でキュルケを抱えたメイジに尋ねた。他のキュルケ隊の兵達はウォルフの魔法の威力に唖然として声もない。今や敵のいた森は大きく燃え上がっていた。
敵からの反撃がないのでウォルフも一度後方へ下がってキュルケの様子を診たが、右上半身の火傷が酷い。その容態は一刻を争うものだった。
 ちらりと燃えさかる炎の方を見る。炎の向こうからあの高らかな笑い声が聞こえてきて、敵が無事である事が分かる。あれを倒すのには少し時間が掛かってしまうかも知れない。

「水メイジは何人いる?」
「二人です。あとは部隊の前方にいたので連絡が取れません」
「その二人、付いてきてくれ。安全な場所まで撤退してキュルケの治療をしよう。他の人は時間稼ぎをしながら徐々に撤退してきてくれ」
「分かりました。キュルケ様をよろしくお願いします。あと子供達も一緒に連れていって下さい」
「分かった。キュルケが大丈夫そうになったらすぐに戻ってくるから、それまであれを止めといてくれ」

 そのあれ、は「良い炎だあ!」等と言いながら炎の向こうでまだ笑っている。どうやら変態らしい。
変態である事は間違いないのだが、強力なメイジである事も皆先程までの戦闘でよく分かっている。残る者達は断固たる決意をその顔に漲らせてウォルフに頷いた。

「いえ、そのままキュルケ様と一緒に撤退して下さい。やつは我々が刺し違えてでも倒します」
「オレの事は心配ない。すぐ戻ってくるからそれまで無理はしないでいてくれ」
「体勢を立て直す時間をもらえました。無理なんか無いですよ」

 急襲からの連続攻撃で混乱し、防戦一方だった為に良いようにやられていたが、ここにいるメイジ達はほとんどがトライアングル以上である。体勢を立て直した今ならばそうそうやられるつもりはない。
ウォルフは戦闘を彼らに任せてキュルケを治療する事にし、『レビテーション』で浮き上がらせたキュルケを連れて街道の方角へと急いだ。




 子供メイジ達とその護衛、それに治療役の水メイジ二人と共に道をそれて小川のほとりまで逃げ、『練金』でステンレスのバスタブを作りその中にキュルケを下ろす。
護衛には周囲に散って辺りを警戒してもらい、ウォルフと水メイジ二人でキュルケの治療を始める。子供達はそれぞれの護衛について行った。
 火傷の治療は魔法で行う場合も通常と同じようにまずは熱を取る事が大事だ。一人の水メイジが川の水を操ってバスタブに常に新鮮で清潔な水が流れるようにし、火傷の熱を取る。同時にもう一人が慎重に鋏を使って焼け落ち体にまとわり付いている服を全て脱がし、ようやく火傷の全貌が明らかになった。

「これは、酷い・・・急がないと」
「う・・・キュルケ様」

 キュルケの火傷は右半身の肘の辺りを中心に頭から膝あたりまで広がっていて、特に腕の損傷が激しかった。年若い方の水メイジは絶句して涙ぐんでしまったが、年配の方は冷静に携帯している水の秘薬を取り出すとルーンを唱え火傷の治療を始めた。
年若いメイジも慌てて自身の携行している水の秘薬を取り出すと年配のメイジに手渡し、自分は再び水を操り火傷の熱を取るように水を動かす。その間ウォルフはもう一つバスタブを作り、その中に水を満たす作業をしていた。

「《コンデンセイション・ラグドリアンウォーター》」
「・・・ええ?」

 ウォルフが静かにルーンを唱えるとバスタブの水が神秘的な光を放った。ウォルフの魔法により一瞬でただの川の水だったはずのものが、あのラグドリアン湖の湖底の水となった。
以前より改良された魔法によって大量に作り出されたこの水には水の秘薬程の力はないが、その水の中にある対象に術者の意志をよく通すようになる。熱を取る、治癒するなどの魔法の通りが通常の水とは比ぶべくもないレベルに高められるのだ。

「こちらにキュルケを移しましょう。《レビテーション》」
「え、はい、あれ?何だ、これは・・・」
「・・・」

 年配のメイジはウォルフが何をしていたのか見ていなかったので一体何故ラグドリアン湖の水がこんなにここにあるのか理解できていないし、年若い方も目の前で見ていたにも関わらず信じ切れずにいた。
水メイジであるので感覚的にそれが本物である事はすぐに分かるのだが、理性が中々受け入れない。ウォルフはそんな二人を無視してキュルケをラグドリアン水のバスタブに横たえる。

「ほほほ、ホントにこの水ラグドリアン水ですよ!一体君、何したんですかあ!」
「落ち着いて。キュルケの治療を急がなくちゃならないのに変わりはないんだから。あとこれ、オレが携行している水の秘薬です。これだけあれば足りますね?」

 狼狽える年若いメイジを落ち着かせて治療を続ける水メイジにミスリル製のフラスコに入った秘薬を渡す。その量はこのメイジ達が持っていた十倍はある程でキュルケのこの酷い火傷でも治せそうな量だった。

「確かにこれだけあれば綺麗に直せそうだが、いいのか?こんなに」
「はい。辺境伯のつけにしときますので、じゃんじゃん使っていいですよ。少しの傷も残らないように綺麗に直してあげて下さい」
「・・・まかせてくれ。ブリミル様に誓って一筋の傷も残さない事を約束する」
「お願いします。オレは戻ってあの変態を退治してきますから」

 すでに『治癒』の魔法に集中しているメイジに背を向けウォルフは急ぎ戦場へと戻っていった。



 ウォルフが戻ってみると少し開けた場所でまだ戦闘が続いていた。
敵はもう一人しかいないようなのだが、その一人にこちらの部隊は押されていた。開けた草原でこちらは岩陰に隠れて四方八方から攻撃を仕掛けているのだが、敵は落ち着いてその全ての攻撃を捌き、こちらを一人ずつ倒そうとしてくる。
 最後尾で風の魔法を駆使して各部隊と連絡を取りつつ指揮を執るメイジに近づき声を掛ける。

「どんな感じ?苦戦しているようだけど」
「や、ウォルフ殿。なかなか厄介な相手でしてな、ちょっと手こずっています」

そう答えるメイジにはウォルフは見覚えがあった。キュルケやデトレフと一緒にグライダーでチェスターの工場まで来た一人だ。中々ハンサムな青年であったが、今やその顔は煤で汚れあちこちに火傷を負っていた。

「あいつはオレに任せて貴方達は怪我人を連れて撤退してくれ。この先の岩場から川に下がった所にキュルケを置いてある」
「な!あなたのような子供を一人で残すなんて・・・」
「味方がいるとオレも思いっきり魔法を放つ事が出来ない。あいつを倒す為に今は黙って撤退して欲しい」

 一人であの強敵を倒すというウォルフを唖然として見返すが、まだ幼いその顔には些かの気負いも見受けられない。
こんな子供が一人で闘うというのは非常識だが、先程垣間見たウォルフの強力な炎を思い出し、確かに倒せる可能性があるのはウォルフだけかも知れないと思い直した。

「・・・そう言えばあなたはあの"業火"の息子でしたな」
「ん?母さんを知っているの?」
「私はガリア出身でして。昔見たあの炎は今もよく覚えています」
「母さん程じゃないかも知れないけど、あいつ程度ならオレでも倒せると思っているし、あいつもオレとやりたいみたいだから」
「わかりました。申し訳ありませんが、お任せします・・・撤退!」

 ウォルフに背を向け今も闘っている味方に向かうと撤退の指示を出す。岩陰に隠れて魔法や銃を撃っていた味方が一人二人と集まってきた。
岩陰から出てくる時は絶好の好機の筈なのだが敵のメイジは特に気にした様子もなく追撃も掛けてこなかった。広場の中央で仁王立ちしたままニヤニヤとこちらの様子を見ていた。
 集まりつつある部隊と入れ替えにウォルフが前へと出る。その背中に先程のメイジが声を掛けた。

「では我々はこれで撤退します。くれぐれもお気をつけて。やつの特徴はやたらと高い温度の炎です。我々には対処方法が見つけられませんでした」
「ん、任せて」

 ウォルフは短く答えると近づいてくる敵メイジを待ち受ける。ゆっくりと近づいてきた男は筋骨隆々とした偉丈夫で、対峙するとウォルフの小ささが際だった。
その男は涎を垂らさんばかりに喜色満面の笑顔を浮かべ、ウォルフに語りかけた。

「よくぞ戻ってきた、少年よ。あいつらではどうも歯ごたえが無くて退屈していた所だ。お前のあの炎なら、楽しめそうだ」
「はあ、こっちは別に楽しくも無さそうだけどね」
「さっき見た時も小さいとは思ったが、こんなに小さな少年だったとはな。成長すればどれほどのメイジになっていた事か・・・残念な事だ」
「えーと、あんたに残念がられる覚えはないんだけど?」
「いやいや、実に残念な事だよ」

 互いに杖を構えてゆっくりと歩きながら話をする。ウォルフは敵のメイジが視力を持っていないらしい事に気付いて驚いたが、あくまで普通に話し掛けた。
二人はゆっくりと円を描きながら歩いていたが、互いに隙を見せなかった。
 
「さっきあんたの依頼主っぽいやつの『遍在』を倒したんだけど、本体はどこにいるか知ってる?」
「傭兵が依頼主の情報を漏らすわけ無いだろう。まあ、あの耳障りなトリステイン訛りを話す奴らだったらとっくの昔に逃げ出したがな」
「そういう情報も話すものじゃないと思うけどね」
「ははは、お前はここで死ぬのだしこの位は構わないだろう。それはともかく、さっきの娘を返してくれないか?あいつらが逃げたとはいえ、あれを持って行けば成功時報酬が入るんでな」
「キュルケなら今治療中だよ。死体でも持って帰るつもりだったのか?」
「ああ、それはすまないな、ちょっとした手違いだ。あの娘が可愛らしい炎を使っていたので、本物の炎を教えてやろうとしたら燃えてしまったのだ。お前にも教えてやろう、少年よ。さあ、さっきの炎をまた見せてみろ!」

 敵メイジが両手を大きく広げてウォルフに隙を見せる。
ウォルフは全く遠慮せずにフルパワーの『フレイム・バルカン』を二十発ほども撃ち込んだ。 
 ウォルフの魔法は爆発するように激しく燃え上がり、その夥しい熱量はそこに激しい上昇気流を生み出す程で、人間がそこで生存する事は不可能であるかの様に見えた。
 陽炎のように熱気が揺らめく中、しかしその傭兵メイジは何事もなかったようにそこに立っていた。

「確かに速いし、威力も中々だ。連射速度も素晴らしいし、全てがオレの見た事のないレベルにある事は間違いない。だが、ただそれだけだ」

にたりと笑ってその傭兵メイジは一歩ずつウォルフの方へ歩き出した。その杖の先から激しく輝く白い炎を出して尋常ではないその威力を誇示する

「教えてやろう、少年よ。火の魔法というものは、温度こそが全てだ。いくらお前の炎に威力があろうともこのオレの『白炎』に触れれば霧散する」
「《フレイム・ボール》」
「ふん」
 
 試しに今度は単発の『フレイム・ボール』を撃ってみたがその炎で軽く迎撃された。
たしかに『フレイム・ボール』が当たった瞬間に激しく燃え上がるのだが、その炎はほとんど上部へと燃え上がるのみで敵には全く届いていなかった。あの高温の炎に当たった瞬間、ウォルフの魔法はその制御を失ったのだ。

「ふふふ、少年よ、お前の炎の温度はおよそ二千九百度。普通に比べれば飛び抜けて高い温度ではあるが、このオレの炎は六千度を超える。全ての炎を貫き燃やし尽くす最強の炎だ」
「そんなに細かく炎の温度が分かるのか・・・六千度まで測れるなんて放射温度計いらずじゃないか」
「その気の強さもまた良い・・・お前が焼ける臭いはどんなかな?くくく、そろそろレッスンツーといこうか。今度はお前がオレの炎を受けてみろ!《白炎》!!」
「《土の壁》」

 ウォルフはまだそこまで細かく温度を測れないので素直に感心していたのだが、敵は虚勢を張っていると思ったようだ。
杖の先から伸びる白い炎はウォルフが咄嗟に張った『土の壁』に当たって激しく燃え上がった。

「んー、中々良い判断だ!お前の『炎の壁』ではこのオレの『白炎』には全く無力だろうからな。・・・しかし!」

 ウォルフが張った『土の壁』は地面を剥がして縦にしただけのような、質より量といったものだったが、それだけに大きく分厚いものだった。
しかし、傭兵メイジがそのまま炎を当て続け、更に一段炎を大きくすると、たちまちの内に表面が溶けだしその姿を崩していった。

「この様に、『土の壁』などこのオレの炎の前では何の意味もない・・・そろそろレッスン修了で良いかな?」

 念入りにウォルフの『土の壁』を溶かし、遮るものをなくした上でニタニタと笑ってみせる。

 その『土の壁』があった地面は赤く輝く溶岩のプールと化していた。




2-17    決着



 『土の壁』が溶けた溶岩のプ-ルを避けるようにゆっくりと歩きながら傭兵メイジが近づいてくる。その真っ赤な池の周囲では水蒸気が立ち上り、時々周囲の草に火が付いては燃え尽きている。
もしこの場面を他に見ている人間がいるとしたらウォルフの死は確定したもののように見えるだろうが、ウォルフに慌てた様子は全くなかった。
 いつも通りの様子で周囲を観察し、敵との間合いを計りつつ使うべき魔法を考察する。おそらくこのメイジの言う六千度の炎というのは掛け値無しだ。火の魔法に対してはずば抜けて高温の炎で気体である敵の炎を吹き飛ばし、その核にある魔力素も破壊する。それ以外の魔法ならばその圧倒的な熱量で魔法を構成する物質を高温にして土・水・風の魔力素を無効化する。
実に理に適った事で、確かにこのメイジの魔法は無敵であるかのように見える。化学反応としての炎でそれ程の高温を発する事象をウォルフは知らない。おそらく魔力素を直接エネルギーに変換しているのだろうと推測した。
物質のエネルギー変換などという事を感覚で行えてしまうメイジがいる事は凄いと思うが、エルビラも似たようなことをしているときがあるし、それを六千度という高温までやるメイジがいたとしても今更驚くような事ではない。 
 魔法を物理的な事象として見ているウォルフにとってこの敵の炎は対応策が全く無いという程のものではなかった。簡単に言えば、炎で吹き飛ばせない程の質量を持って、なおかつ温度が上がっても問題のない魔法で攻撃すれば良いだけなのだから。

 近づいてくる傭兵メイジを一瞥すると溶岩のプールへと杖を向けた。最強のゴーレムを呼び出す為に。

「今度はオレの番だろ?《クリエイト・ファイヤーゴーレム》!」
「・・・何?」

 煮えたぎる溶岩の温度は千三百度以上。それほどの高温にまで熱せられて溶けた地面が立ち上がって人形をとる。土の魔法を行使している時と同じ様な事象が土の魔法では有り得ない温度で顕現する。随分と長い事戦場に身を置く傭兵メイジといえども見た事も聞いた事もない魔法だ。

「ちょっと待て、なんだその魔法は!火のゴーレムなど聞いた事無いぞ!」
「オレだって六千度の炎を操るメイジがいるなんて知らなかったよ。じゃあ、逝ってみようか」
「だから待てと・・・うおお《白炎》!」

 身長二メイルを超えるゴーレムが意外な素早さで傭兵メイジへと襲いかかった。慌てて炎で迎撃するが、灼熱のゴーレムはその輝きを一段と増すだけで制御を失うような事は無かった。気体の炎ではより温度の高い炎に霧散させられても、液体で構成されているゴーレムには通用しない。いくら炎を当ててもその魔法の核を破壊する事は出来ないのだ。
 あっという間に間合いを詰めたゴーレムは、素早い動きで次々に蹴りや突きを繰り出す。傭兵メイジはそのゴーレムが放射する熱にジリジリと焦がされながらも間一髪でそれらの攻撃を躱し、何とか間合いを取ろうとする。余裕の表情は消え失せ、熱せられている事もあり今やその顔は汗でびっしょりと濡れていた。
長い戦闘経験を誇る傭兵メイジから見てもこのゴーレムには対処法が無い。自身の炎が効かない相手など初めてであり、攻撃を躱すのが精一杯だった。

「これは、火の魔法で、ゴーレムを作ったとでもいうのか!貴様、何故そんな事が出来る!」
「さあね。そんなこと気にしてる場合か?まだオレのターンだぞ《ファイヤー・ブレット》!《フレイム・バルカン》!」
「な、ぐおお!《炎の壁》!」

 何とかゴーレムの間合いから脱し、元凶を絶つべくウォルフの方へと回り込もうとしたがウォルフはそれを許さない。ゴーレムの指先から連射した溶岩の弾で牽制しつつ、同時にウォルフからも『フレイム・バルカン』で掃射し、十字砲火を浴びせた。
『炎の壁』では『フレイム・バルカン』を防げるが、『ファイヤー・ブレット』は速度こそ若干遅いもののその質量故に防御を突き抜けてくる。熱せられても制御を失わない溶岩の弾は『炎の壁』では吹き飛ばせない。
傭兵メイジは信じ難い反射神経でそれを躱していたが、ついにその場から一歩も動けなくなった。
 相手に余裕が無くなった事を見て取ってウォルフは、止めを刺す為に自分の側からも『炎の壁』を突き破る事の出来る魔法を用意する。容赦する気は一切無い。表情は変わっていないが、ウォルフは今怒っているのだ。

「ずっと、オレのターン《スーパークリティカル・ウォータースピアー》!」
「がっ!・・・」

 弾幕を張りながら間合いを詰めたウォルフが最後に放った魔法は火の魔法によって高温高圧にされ超臨界状態になった『水の槍』である。
通常の『水の槍』であればここまで強固な『炎の壁』であれば貫く事は出来ない。ただ蒸散してしまうだけだが、この槍は六千度に達する『炎の壁』を易々と貫き、傭兵メイジの腹へと突き刺さった。
 超臨界とは水が約二百二十気圧・三百七十四度を超えて高温高圧状態にされた時に、液体と気体の区別が付かなくなる現象である。既に臨界点を超えている為、それ以上熱せられたからといって気体に戻って蒸散するという事はない。
高温の水蒸気並に高速で飛翔している水分子が、液体の水のような高密度で次々と衝突する。この水の中に溶かし込まれた酸素は強力な酸化剤として働き、人間の細胞を構成する有機質を一瞬のうちに二酸化炭素などへと分解してしまう。水の中でありながら燃焼してしまうのだ。

「馬鹿な・・・このオレが、こんな、小僧に・・・」

 最強であるはずの『炎の壁』ごと貫かれた傭兵メイジは、大きな穴の開いた腹を抱えて前のめりに倒れた。最期に何事かを呟いていたが、ウォルフがそれを聞き取る事は出来なかった。



 敵が倒れたのを確認し、ウォルフは大きく息を吐いた。
強敵を前にしても普段通りに判断し行動できたとは思うが、それなりに緊張していたらしい。

「《発火》」

 周囲にもう敵がいない事を確認すると、最も基本の火の魔法で杖の先から炎を出してみた。
先程の戦闘で最後の魔法を放った時に少し違和感を感じたので、その確認だ。その違和感とは高温・高密度になるようにイメージして放った魔法が、今までよりも遙かに高いレベルで実現したことだ。
 自分の中の箍が一つ外れたような感覚・・・それは今小さな炎を出してみても感じる事が出来た。いつもより格段に消費される魔力が少なく感じられるのだ。
試しに『マジック・アロー』でまだ燃えている木を切り倒してみても、これまでとは速度大きさとも格段に優れたものが出せた。

「どうやらスクウェアになったらしいな・・・最後の壁を破る鍵は心の底からより強い魔法を行使できるように願う事か」
 
 実はここの所ウォルフの魔法は伸び悩んでいた。溜められる魔力の総量は日々の鍛錬もあって順調に伸びてはいたのだが、スクウェアスペルを使おうとしてもどうしても成功しなかったのだ。
既にトライアングルとしては有り得ない程の莫大な量をため込めるようになっていても使える魔法はトライアングルまでという、少々アンバランスな状態になっていた。
まだ八歳なんだしさして気にしてはいなかったが、そろそろスクウェアになる条件というのを研究してみたくなっていた所である。

 止めを刺す時にウォルフの脳裏を占めていたのは激しい怒りである。焼け爛れていたキュルケを思い出し、絶対にこのメイジをここで倒すと決意して『超臨界水槍』がより高温・高気圧になる様に強く願った。
その感情の高ぶりこそがスクウェアになれる鍵だということに納得する。確かに何が何でも強い魔法を使いたいと願ったことは今まで無かった事だ。強敵との戦いがウォルフに成長をもたらしたのである。
確認した結果に満足すると付近一帯を消火してキュルケの元へと戻る。スクウェアスペルはまた今度試してみるつもりである。



 川原へと戻ってみるとそこにはいつの間にか天幕が張られていた。その天幕から少し離れた所に兵達は屯しており、子供メイジ達もその中で所在なげにしていた。
キュルケはどうなっているかと近づいてみると、先程指示を出していたメイジが声を掛けてきた。兵達の視線が集まる。

「おお、ウォルフ殿・・・ここに戻って来たという事は、奴は」
「ああ、倒してきた」
「っ!!・・・オイゲンがきっと倒してくるからテントを張って待っていようと言っていましたが、まさか本当になるとは」

 兵達がどよめき、特に子供メイジ達は驚きで声もないと言った風で目をまん丸にしてウォルフを見つめていた。

「キュルケの様子はどう?気がついた?」
「いえ、まだですがもうほとんど治療は終わったそうです。どうぞお入り下さい」
「あ、そうだ。ざっと火は消してきたけど、まだ燻ってる所もあるみたいだから確認してきて欲しいんだけど」
「お任せ下さい」

 天幕の入口にウォルフを案内し、自身は部隊の人間に指示を出す。情報を集めて死傷者の収容や、離ればなれになっている部隊との連絡も試みるつもりだ。
ウォルフはそんな彼にまだ敵がいるようならばすぐに伝えて欲しいと伝えて一人で天幕の中に入る。内部には先程分かれた二人がそのまま残っていて、丁度キュルケをラグドリアン水のバスタブから上げて簡易な寝台に移そうとしている所だった。
一人が『レビテーション』で浮かせてもう一人が水の魔法で水分を飛ばし、シーツにくるんで寝台に寝かせようとしている。先程より大分キュルケの顔色が良くなっていてウォルフはホッと息を吐いた。

「ただ今戻りました。治療はもう終わりましたか?」
「お帰りなさい。おかげさまで全部直せましたよ。もうすぐ目が覚めると思います」
「うーん、素晴らしい腕前ですね。どこが火傷だったのか、もう全く分かりません」
「はっはっは、跡が分かると言う事は完全には元に戻ってないという事ですからな。あれほどの量の秘薬を提供されたのです。これくらいは出来ますよ」

 年配の水メイジ・オイゲンとウォルフは何事もなかったかのように会話をする。
一言で肌の再生と言っても、今回程激しく損傷したものを全く違和感なく回復する事はかなり難しい。肌のきめ、毛穴の間隔、果ては水着の跡まで再現されている事には驚きを禁じ得ない。
髪が半分程燃えて無くなってしまっているのが気の毒だが、『ディテクトマジック』で見てみるとちゃんと毛根が再生されているのでこれもすぐに生えてくるだろう。
 しかし、そんな事よりも気になる事がある人間もいた。

「ちょ、ちょっと、二人とも何普通に話しているんですか!ウォルフ君、君、戻ってきたのは良いけどあのバケモノはどうしたの?私たち逃げなくても良いの?」
「ん、倒してきた。怪我人の収容を始めるみたいだから君たち忙しくなりそうだよ」
「リア、大声を出すでない。無事に帰ってきたんだ、どうなったかなど明らかだろう」

軽く返され、年若い水メイジ・リアは唖然としてウォルフを見つめるが、オイゲンの方は全く動じずに腰を上げる。

「さて、では私は他の怪我人を見てきます。ウォルフ殿、キュルケ様を見ていてもらえますか?」
「わかりました、目が覚めたらお知らせします」
「お願いします。リア、お前も付いてこい」
「あ、あれ?何か、みんなあんなの倒せないって言ってなかったっけ?あれ?」
「リア!いつまで呆けている!さっさとこんか!」

 オイゲンに続いてリアがあわただしく出て行くのを見送り、ウォルフはキュルケの傍らに椅子を作り出して腰を掛けた。自分も手伝いに行こうかとも思ったが、また戦闘になる可能性が残っているので魔力を温存する事を優先した。
ためられる魔力量が莫大なものになっているとは言っても、さすがに先程の戦闘では結構消費した。ウォルフが苦手な水の魔法は魔力消費量が格段に増加するので他に水メイジがいるのなら自重しておきたい。
 キュルケの寝顔を眺めながらこれまでの経緯を整理する。
あのヴァレンティーニという遍在の伏兵はおそらく商館に来たという教会の人間であろう。ウォルフは会っていないが、商館長のフークバルトが対応してボーキサイト採掘現場まで案内しダンプカーを見学したという人間に風体と名前が一致する。
トリステイン訛りの特徴と言われる話し方をしていたが、元トリステイン貴族を父に持つウォルフからすれば違和感を感じるものであった。フークバルトからの報告によればトリステインの人間のようだとの事だったが、裏があるような気がする
 ダンプカー等が目的なのかとも思えるが、それだとキュルケをターゲットにしていたらしい事の説明が付かない。ウォルフの事も拘束しようとしたが、あくまでもついでという感じだった。
 ロマリアの教会の人間が大々的に傭兵を雇いゲルマニアの辺境伯軍を襲撃し、辺境伯の娘を攫おうとする。普通に考えれてばれればとても大きな政治問題になりそうなものだが、その当人達は隠れる様子も見せず堂々と作戦に参加している。
 言い逃れする気なのか、失敗するとは思っていなかったのか、色々と推測を重ねてみても今は情報が少なすぎる。取り敢えずチェスターやボルクリンゲンの工場は警備を増やすことにして今はそれ以上考えることをやめた。

 それから暫くして少々ウォルフが退屈し始めた頃、ようやくキュルケが目を覚ました。
暫くぼうっとして目蓋をぱちぱちとしていたのでウォルフは立ち上がって顔をのぞき込んだ。

「お早う、キュルケ」
「お早う、ウォルフ。どうして私のベッドにいるのかしら。夜這い?」
「いやまだ昼だし、君は十一歳でオレは八歳だ」
「恋に年齢は関係ないものよ。でも残念ね、あなた友人としてなら良いけれど、わたしのタイプじゃな・・・ここ、どこ?」

 キュルケはまだ状況が分かっていないらしく、ゆっくりと身を起こした。上に掛けていたシーツが滑り落ち、自身が一糸も身に纏っていないことを確認するととシーツを身に巻き付けながらウォルフに微笑んだ。

「ウォルフ、あなたのことは信じていたのに。まさか女の子にこんな事をする人だったなんて・・・でも、その年ならしつければまだ間に合うかしら」
「別に何もしてないし。ここはさっきの山道から少し外れた川原。君を治療する為にテントを張ったんだ。今オイゲンさんを呼んでくるから待ってて」

 左手でシーツを押さえながら右手で杖を捜して枕元を探っているキュルケに呆れて出て行こうとするが、キュルケはその言葉で気絶する前のことを思い出したみたいだった。

「え?・・・あ、あ、あ、いやぁー!!」

 両手で自分の顔を抱えてキュルケが叫ぶ。胸を隠していたシーツは落ちてしまったが、もうそんなことは気にしていない。その両目は真っ直ぐ前方を見つめていて、ウォルフには見えない何かに怯えていた。
キュルケは思い出してしまった。自分の魔法が無造作に叩き落とされ、圧倒的な熱を放つ炎が自身を焼く所を。自分の髪や皮膚が燃え上がる臭いと強烈な痛み、その激痛の中見上げた更なる暴力を振るおうとニタニタと笑いながら近づいてくるメイジの姿を。全て今経験したばかりのように鮮明に思い出してしまっていた。

 ウォルフは素早くベッドの上で泣き喚くキュルケに近づくとその頭を胸に抱きしめた。

「大丈夫だから。もうあいつは倒したから大丈夫。君を攻撃する者はもういないから」
「うううー」

 キュルケは必死に、たぐり寄せるようにウォルフの体に縋り付いた。強い力で背中を掻き毟られて正直かなり痛い。
しかしそれは我慢して何度もキュルケの耳元で大丈夫だと繰り返す。騒ぎを聞きつけてテントに入ってきたオイゲンに代わって貰いたいがキュルケが強く抱きついていて離してくれない。
 オイゲンがリラックスさせる魔法を使ってようやくキュルケは落ち着く事が出来た。

「ほ、本当ね?あいつはもう来ないのね?」
「ええ、大丈夫です。ウォルフ殿が倒してくれました、心配要りません」

 何度も何度も繰り返し大丈夫か訊ねるキュルケはウォルフから見てとても痛々しいものだった。
十一歳になったばかりの少女が殺されかけたのだから当然なのだろうが、いくら魔法が使えるとはいえこんな小さな子を戦場へ送るのはリスクが大きい。
 未だ縋り付いてきて離れないキュルケの頭を撫でながら、ウォルフは無理にでもこっちの部隊に入るのだったと後悔した。


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