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No.33077の一覧
[0] 空を翔る(オリ主転生)[草食うなぎ](2012/06/03 00:50)
[1] 0    プロローグ[草食うなぎ](2012/05/09 01:23)
[2] 第一章 1~5[草食うなぎ](2012/05/09 01:22)
[3] 第一章 6~11[草食うなぎ](2012/06/03 00:32)
[4] 第一章 番外1,3[草食うなぎ](2012/06/03 00:34)
[5] 第一章 12~15,番外4[草食うなぎ](2012/05/09 01:30)
[6] 第一章 16~20[草食うなぎ](2012/06/03 00:34)
[7] 第一章 21~25[草食うなぎ](2012/05/09 01:32)
[8] 第一章 26~32[草食うなぎ](2012/05/09 01:34)
[9] 幕間1~4[草食うなぎ](2012/05/09 01:39)
[10] 第二章 1~5[草食うなぎ](2012/05/09 02:22)
[11] 第二章 6~11[草食うなぎ](2012/05/09 02:23)
[12] 第二章 12~17[草食うなぎ](2012/05/09 02:25)
[13] 第二章 18~19,番外5,6,7[草食うなぎ](2012/05/09 02:26)
[14] 第二章 20~23[草食うなぎ](2012/05/09 02:28)
[15] 第二章 24~27[草食うなぎ](2012/05/09 02:29)
[16] 第二章 28~32[草食うなぎ](2012/05/09 02:30)
[17] 第二章 33~37[草食うなぎ](2012/05/09 02:32)
[18] 第二章 38~40,番外8[草食うなぎ](2012/05/09 02:32)
[19] 幕間5[草食うなぎ](2012/05/17 02:46)
[20] 3-0    初めての虚無使い[草食うなぎ](2012/06/03 00:36)
[21] 3-1    ラ・ヴァリエール公爵の目的[草食うなぎ](2012/05/09 00:00)
[22] 3-2    目覚め[草食うなぎ](2012/05/09 00:01)
[23] 3-3    目覚め?[草食うなぎ](2012/05/09 00:02)
[24] 3-4    ラ・ヴァリエールに行くと言うこと[草食うなぎ](2012/05/09 00:03)
[25] 3-5    初診[草食うなぎ](2012/06/03 00:40)
[26] 3-6    再診[草食うなぎ](2012/06/03 00:40)
[27] 3-7    公爵家にて[草食うなぎ](2012/06/03 00:52)
[28] 3-8    決意[草食うなぎ](2012/11/06 20:56)
[29] 3-9    往復書簡[草食うなぎ](2012/11/06 20:58)
[30] 3-10    風雲急告[草食うなぎ](2012/11/17 23:09)
[31] 3-11    初エルフ[草食うなぎ](2012/11/17 23:10)
[32] 3-12    ドライブ[草食うなぎ](2012/11/24 21:55)
[33] 3-13    一段落[草食うなぎ](2012/12/06 18:49)
[34] 3-14    陰謀[草食うなぎ](2012/12/10 22:56)
[35] 3-15    温泉にいこう[草食うなぎ](2012/12/15 23:42)
[36] 3-16    大脱走[草食うなぎ](2012/12/23 01:37)
[37] 3-17    空戦[草食うなぎ](2012/12/27 20:26)
[38] 3-18    最後の荷物[草食うなぎ](2013/01/13 01:44)
[39] 3-19    略取[草食うなぎ](2013/01/19 23:30)
[40] 3-20    奪還[草食うなぎ](2013/02/22 22:14)
[41] 3-21    生きて帰る[草食うなぎ](2013/03/03 03:08)
[42] 番外9    カリーヌ・デジレの決断[草食うなぎ](2013/03/07 23:40)
[43] 番外10   ラ・フォンティーヌ子爵の挑戦[草食うなぎ](2013/03/15 01:01)
[44] 番外11   ルイズ・フランソワーズの受難[草食うなぎ](2013/03/22 00:41)
[45] 番外12   エレオノール・アルベルティーヌの憂鬱[草食うなぎ](2013/03/22 00:42)
[46] 3-22    清濁[草食うなぎ](2013/08/01 20:53)
[47] 3-23    暗雲[草食うなぎ](2013/08/01 20:54)
[48] 3-24    誤解[草食うなぎ](2013/08/01 20:57)
[49] 3-25    並立[草食うなぎ](2013/08/01 20:59)
[50] 3-26    決別[草食うなぎ](2013/08/01 21:00)
[51] 3-27    緒戦[草食うなぎ](2013/08/01 21:01)
[52] 3-28    地質[草食うなぎ](2013/08/01 21:02)
[53] 3-29    ジョゼフの策 [草食うなぎ](2013/08/01 21:03)
[54] 3-30    ガリア王ジョゼフ一世[草食うなぎ](2013/08/01 21:03)
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[33077] 第二章 20~23
Name: 草食うなぎ◆ebf41eb8 ID:e96bafe2 前を表示する / 次を表示する
Date: 2012/05/09 02:28


2-20    地下からの風



 その日ウォルフはいつものようにボルクリンゲンの工場での雑務を終えた後、イェナー山の地下採掘現場へ来て排出される岩石を調べていた。
三十度の角度で地下に伸びるトンネルは既に長さが一リーグを超えており、深度五百メイルを突破してなおも地中の奥深くへ向かって掘り進めていた。
 地上では巨大な風石回転盤がゆっくりと回転し、そこから動力を得た横向きの滑車が回って地中から伸びているワイヤが動く。ワイヤに取り付けられたバケットリフトは次々に坑道から姿を現し、崖から離れた場所に岩石を排出してはまた地中へと姿を消している。
排出された岩石はそこで選別してサンプルを取り、残りはベルトコンベアで運ばれて少し離れたところにボタ山を築いていた。
 ウォルフの予想通り地下の地層も礫岩や砂岩、泥岩、石灰岩などの堆積岩が続いており、それが何処まで続くのかは今のところ全く分からなかった。

「もう掘り始めからずっと何の価値もない、代わり映えのない岩しか出てきませんよ。こんな石ハルケギニアの何処ででも採れますって。これ一体いつまで続けるつもりなんですか?」
「変わらないなあ・・・一応、変わるまでは掘ってみたいと思っているけど」

 出てきた岩を調べ、出てきた深さの記録と照合しているウォルフに商会の土メイジ・ジルベールが尋ねる。
一応手伝ってはくれているが、どうもうんざりとしている。彼はこんな地味な岩ではなくて結晶など派手な鉱物が好きなのだ。
ここの地層は褶曲などもしているので同じ層が出てきたりもする。ウォルフはそれを面白いと思うが、ジルベールにはいっそう退屈に思えてしまう。
 地層とは地殻変動の証拠だ。地層が変わる度にそこでは何かしらの出来事があったという事が分かる。とれた岩石の特徴を調べながら過去の事を類推するのは楽しいが、生粋のハルケギニア人には理解しにくい話らしい。

「ボーキサイトがあったって事はあの辺の平野は元熱帯雨林だったって事で、ここはどう見てもずっと海の底だろ? 火竜山脈の生成も関係していそうだけどあの平野とここでは何が違ったのかとか、色々と興味が出てこないか?」
「何を言っているのか分かりませんが、ここは昔から陸地であって、海の底になったことなどありません。火竜山脈も神が創った時から火竜山脈です」
「・・・まあいいや、結局もっと詳しく地層を調べなきゃ分からないんだし。取り敢えず温度が上がったりして掘れなくなるまで掘ろう」
「あ、そう言えば温度が徐々に上昇しているそうです。ウォルフ様は予測しておられたのですか?」
「ん。それでダメならここは諦めよう。オレはこれで帰るけど何か変わった物が、例えば岩塩とかセレナイトとか出たらまた呼んでくれ。今とあまり変わらないようなら・・・呼ばなくていいや」
「セレナイトって・・・ウォルフ様まだ風石諦めてないんですか」

 セレナイトとは教会の窓ガラスなどに使われているほど透明な石膏の結晶だ。しばしば風石と共に産出され、風の魔力を呼ぶ石と珍重されている。教会の窓に使われるのもその透明度ももちろん理由ではあるが、そういった伝承が関係していた。
風石がセレナイトそのものに凝縮して結晶している物もよくあり、その場合魔力の消費と共にセレナイトも崩壊する。ウォルフがガリアの露頭で発見したのもこれの石ころで風石から風の魔力が抜けた後の物だった。
 一応そんな根拠を元にウォルフはここを調べているわけだが、ハルケギニアの地下に風石の大鉱脈があるのではないかと言う説は何もウォルフ独自の考えというわけではない。アルビオン大陸がハルケギニアの一部であったという話は昔からあり、その原因はハルケギニアの地下に眠る風石の大鉱脈だとも言われている。
 もっとも一般にはおとぎ話と思われているが。

「諦めるわけ無いだろう、何の為に掘っていると思っているんだ」
「・・・いえ、失礼しました。セレナイト、出ると良いですね」

 生温いジルベールの目がむかつくが、地殻変動など知らないハルケギニア人にはウォルフの言うことが理解できなくても仕方がない。ジルベールの事は無視してグライダーに向かおうとしたが、その時突然坑道へ潜っているワイヤが激しい音を鳴らし、次いで辺り一帯に地鳴りが轟いた。
瞬く間に地面が激しく揺れだし、作業員達は激しく狼狽えた。アルビオンの大地がゆったりと揺れるのとは全く別のその振動は、ウォルフには久しぶりとなる地震であった。

「ウウウウォルフ様なな何ですかっこここれはっっ!」
「総員退避!崖から離れろ!」

 ウォルフ達が今いるのは高さ三百メイルの崖の下である。岩石を排出する作業をしていた平民の作業員達は皆ヘルメットを被ってはいるが落石が直撃したらひとたまりもない。
ウォルフは『フライ』で直ぐに宙に浮き地震の影響を受けないようにすることが出来たが、平民達は激しい揺れに身動きが取れずその場にしゃがみ込んでいた。
作業をしていた四名とメイジのくせに『フライ』が使えないジルベールを『レビテーション』で持ち上げ崖から離れた場所まで移動する。警備の傭兵までは手が回らなかったが彼らはさすがに身のこなしに長けていて自力で安全圏まで脱出していた。
 全員が脱出した直後、作業場には次々と岩が落下してきて辺りは凄まじい土煙に覆われた。
 そしてウォルフ達の目の前で崖は隆起を始め、坑道からは凄まじい勢いで風が吹き出し始めた。しばらくは風だけだったが、やがて大量の土煙が吹き出るようになった。

「あ、ハンス!」

 いつまでこれが続くのかと思った頃、作業員が声を上げた先には一抱えもある風石に抱きついて宙を舞う作業員の姿があった。
文字通り坑道から飛び出してきたその作業員は抱えている風石が励起しているらしくそのまま落ちることなく上昇していく。そのまま飛んで行ったら大変なのでウォルフが慌ててつかまえに飛んでいった。
 
「一体何があった?中の人間は無事か?」
「あ、いや何が何だか・・・」

 ハンスはあちこち擦り剥いて骨折もしているみたいだが、命に関わるような大きな怪我はないようだ。しかしあまりに突然の事態に現状を把握できていない。頭に被っていたジュラルミン製のヘルメットは所々大きくへこんでおり、彼が受けた衝撃の大きさを物語っていた。
初め中々離そうとしなかった風石はハンスの手を離れると勢いよく上空へと飛んでいった。

「突然掘削機が前に落っこちかけて、地上と繋がっているワイヤで何とか持ってるって状態になったんだけども、その後えらい揺れて、前の方から石ころとか色々飛んできて訳分からなくなって・・・」
「お前さんは風石抱えて坑道から飛び出てきたのさ。運が良かったな、ガリアまで飛んで行くとこだったぞ」
「ええええ!」

 どうやら風石の鉱脈に当たったらしい。話から推測するとそれが空洞になっていてその上部から穴を掘っていった掘削機が落ちかけたと言う所のようだ。構造的には前面の岩が無くなっても掘削機は落ちたりはしないはずだが、それが落ちたということは床が崩れるとかしたのだ。落下防止のワイヤがあって良かった。
揺れが収まったのを見て取ると二十メイル程も上昇した坑道の入口へ近寄り『伝声』の魔法で中にいる四人に声をかけた。風メイジが無事ならば返事があるはずだ。

「ウォルフだ、状況を教えてくれ。今からそっちに行くが、必要な物はあるか?」

 少しの間を開けて穴の中からやはり『伝声』で返事がきた。

「こちらは四名が無事です。怪我はしていますが緊急を要する者はいません。一名、ハンスが行方不明で今周囲を捜索しております」
「ハンスはこっちにいる。無事だ。必要な物はないんだな?」
「ああ、そっちまで行きましたか、良かった。はい、大丈夫です。掘削機が宙吊りになっていますので対策をお願いします」
「ああ、まかせろ。風石はそっちにあるのか?」
「・・・そうです!ウォルフ様、やりました!見たことも無い程の風石の大鉱脈ですよ!」

 地の底から聞こえてきた声に離れて聞いていた作業員達から歓声が上がる。
念のためもう一度確認をしてみたが、とにかくフネが何千隻も飛ばせる程の大鉱脈に間違いはないとの事だ。もちろんウォルフも嬉しくはあったのだが、そこまでの大鉱脈は想定していなかったので今後の成り行きに思いを巡らせた。
今すぐタニアに連絡を取りたいが、最近外回りに出る時は遠話の魔法具を工場に置いてきてしまっている。雑多な連絡が頻繁に入ってくるのを敬遠してのことだが、しょうがないのでジルベールに連絡を取らせることにした。

「ジルベール、お前はハンスを連れてオレのグライダーでボルクリンゲンまで戻ってデトレフに風石鉱脈発見を伝えろ。タニアにも遠話の魔法具で伝えさせるように。それが終わったらボーキサイト鉱山へ行ってショベルカーとブルドーザーを一台ずつこっちへ回してこの辺の落石を撤去するように手配してくれ」
「ブルドーザーは分かりましたけど、何で先にタニアさんなんですか?」
「風石の取引を停止するべきだし、ツェルプストーが情報操作をしようとするかも知れないじゃないか。我々はツェルプストーの為だけに働くわけにはいかない。ヤカのギルドやマチ姉だって株主なんだ」
「分かりました。でもここの埋蔵量がそんなに凄いのなら結局ツェルプストーが価格を握りそうですね」
「どうかな・・・お前、ここの岩石をハルケギニアの何処にでもあるって言ってたろ? …その通りだよ。つまり深くさえ掘ればハルケギニアの何処ででも風石が採れる可能性があるって事だ」

 あっと、ジルベールが声を上げる。彼はたまたまここで風石が見つかったのだと思っていて、何処ででも見つかるな可能性などは考えていなかった。
もしこの後風石鉱脈が次々に発見されたら風石の価格暴落は避けられそうもない。ツェルプストーがこの鉱脈を掘り尽くすまでその事を隠そうとすることは十分にあり得るかも知れない。

「ほほ本当に何処ででも見つかるんですか!?どうなっちゃうんですか?」
「知らんよ。有るのかも知れないし、無いかも知れない。ここで出るようならハルケギニアの何処でも出る可能性があることはタニアに伝えてある。それで商会がどう動くべきか判断するのはタニアの仕事だな。政治的なことも絡んできそうだし、オレ達技術者は予見しうることを伝えるだけだ。良いから早く行ってくれ」

 まだ何か話したそうにするジルベールを追い払う。考え過ぎかも知れないがツェルプストーが何か言ってくる前に外と連絡を取っておきたかった。



「凄いな、これは」
「凄いですね。これ今の風石の値段で全部売ったら商会大儲けですね」
「いや相場が下がるだろう。それ程の量だ」

 地下六百メイル程の掘削機がある地点まで潜り、風石の空洞内へ入ったウォルフの素直な感想である。風メイジが出迎え、彼と共に空洞内を飛んでみたがとにかく広い。
空洞の高さは三百メイル近くもあり、縦は二リーグ横方向は大規模に落盤しているところもあるがそれ以上。おそらくは地上で隆起している分の多くがここに空間としてあるのだろう。そしてこの大空洞の天井にびっしりと風石の結晶が張り付いており、採掘するだけで大変そうな量だった。
地底には所々天井から崩落した風石の結晶や岩石が散乱している。『ライト』の魔法で照らし出される洞窟内の光景は幻想的でウォルフは今度サラ達を連れてこようと思った。

 掘削機は取り敢えずワイヤから外し、風石を使って三百メイル下の地底まで下ろした。巻き取り機が落石で破壊された為坑道内にある二リーグ以上のワイヤを排出するのに時間が掛かりそうだったからである。

 莫大な量の風石があることは分かったし、いったん地上へと戻る。平民の作業員達を『レビテーション』で連れて行くのはウォルフが担当した。

 地上に出てみるとそこにはツェルプストーの竜騎士が二騎いた。来たのはウォルフとは顔なじみの騎士達だったが、先程の地震はツェルプストーの城でも結構揺れたらしく領内の様子を見に来たそうだ。その途中、励起状態が収まりかけてゆっくりと降下しつつあった風石の塊を見つけてこちらに来てみたという。

「やあ、ウォルフ殿おめでとうございます。風石の鉱脈を発見なさったそうですな。辺境伯も喜びましょう」
「ありがとうございます。近いうちに報告に参りますよ」
「いやしかし運が良い。掘り始めて一発でこんな大きな風石が採れる鉱脈に中るとは・・・ところで、先程の地震はこちらと関係が?」
「はい。鉱脈のまっただ中に掘削機が突入してしまったらしく、周囲の風石が一斉に励起したようです」
「あれほどの地震を、風石が?」
「・・・はい。ちなみにあの坑道は、先程までこちらと同じ高さにありました」

 ウォルフが崖の途中にぽっかりと口を開ける形になった坑道を指さす。その事実が意味することを理解した騎士は表情を引き締めてウォルフに向き直った。

「鉱脈を確認したいのですが、よろしいですか?」
「もちろん。ここはツェルプストーです」

 ウォルフが坑道の入口に案内し、ライトの魔法具を手渡すと、騎士達は一リーグ以上も直線で続く地底への穴に一瞬躊躇したもののすぐに『フライ』を唱えて地中へと降りていった。
 


 騎士達を見送ってウォルフ達は地上の片付けを始めたのだが、『レビテーション』で大きな岩石をどかす作業をしていると騎士達を待っている竜達が進んで手伝ってくれた。竜にしては随分と大人しい気質らしいが、可愛い奴らである。
宿舎や事務所、バケットリフトの動力である風石回転盤は幸い無事であったが、これらの施設と坑道との間に設置した選鉱施設とその間の滑車は手ひどく破壊されてしまった。
竜達とコミュニケーションを取りながら楽しく作業をしていると程なく騎士達が戻ってきた。騎士達は二人ともひどく興奮しており、挨拶もそこそこに竜に跨ると城へ飛んで帰っていった。

「はあ、大騒ぎになるかな、こりゃ」
「なるでしょうな」
「あんまり目立ちたくはないんだけどなあ」
「・・・その割にはやってることが派手すぎますな」

 今の価格で見積もればどんなに低く見積もっても数千万エキューを超える規模の発見である。相場価格は大幅に下がるだろうが、様々な思惑が交錯する事は間違い無い。
それを面倒と思うと同時にウォルフはやはりこの発見を喜んでいた。地下にこれだけの規模の風石が眠っているということでこの辺の大地もアルビオンのように大空に浮かぶ可能性があるということが明らかになった。
後は風石が地下に溜まる理由が解明されて、過去アルビオンに何があったのか明らかにできればハルケギニア七不思議の一つ、アルビオン誕生の謎が解けることになる。
 遠い空を眺めながらウォルフは水の精霊のように人間とコミュニケーションがとれる風の精霊とかがいれば良いんだが、などと夢想していた。




2-21    沸騰中



 風石の大鉱脈を掘り当てた翌日、崖から落盤してきた岩はあらかた片付け終わり、作業員達は持ってきた重機で宿舎の後方に大規模な選鉱場を造るべく整地に忙しく働いていた。
 そんな中ツェルプストー辺境伯本人が早くも鉱脈の視察に来た。ウォルフは壊れた搬器や滑車、支柱の修理などで忙しかったのだが、仕方なく直接案内をする。ちなみに午後にはアルビオンからタニアがこちらに来るという。



「おおう、あれが坑道の入口か。ポッカリと口を開けてまるでワシを誘っているようだ。中々色っぽいのう」
「・・・えと、はいそうです。地震であそこまで上がりました」
「ほほーう。風石の力だけでこの大岩盤があの高さまで持ち上がったのか。これは、すごいのお」
「そうですねえ、穴から風の力が逃げなかったらアルビオンみたいになっていたかも知れないです。そう考えるとラッキーでした」
「アルビオンだなどとそんな馬鹿な、と言いたいがこれを見るとそういう訳にもいかんな。さあ早速入ろうではないか。男子たる者穴が有れば入りたくなるものぞ」
「・・・はい、移動しましょう」

 視察に来た辺境伯はとにかく上機嫌だった。それも当たり前のことで、もともと辺境伯側としてはこのエリアにそれ程の収益を期待してはいなかった。ボーキサイトが出たと聞いた時もさほどの感慨もなくその報告を受けたものだ。
辺境伯領に現在風石が産出する鉱山は無い。重要な戦略物資である風石を得ることは長年の悲願ではあったが半ば諦めかけてもいた事なのである。そこにこの大鉱脈発見の報で、辺境伯の口が軽くなるのは止まりそうもなかった。

 そのまま辺境伯とウォルフ、それに鉱山担当のメイジや護衛数人で坑道の入口に移動した。
連れだって入口の少し平行に掘ってある場所に立って穴をのぞき込む。地下からは今も時折弱い風が吹いてきた。

「掘ったのお・・・千メイルと言ったか?」
「千二百弱になりますね。三十度の角度で掘ってますので深さで六百メイル程になります」
「よくぞこの短期間でそこまで掘るもんだ。ウォルフは穴掘り名人だな。マリー・ルイーゼには注意するように言っておこう」
「だから何でここでミス・ペルファルが出てくるんですか。いい加減そっちから離れて下さい」
「わはは、照れるな照れるな。この穴はジャイアントモールは使っとらんのか?」
「機械堀りです。話に聞くことはある幻獣ですけど、見たことはないですね。相当珍しいんじゃないんでしょうか」
「そういえばワシもそうそう目にすることはないのう。ガリアなどでは使い魔にしているメイジもいるとは聞くが。ところで・・・」

 ジャイアントモールを嫁にしたメイジの話を知っているか、とまた話が脱線しそうになったのを制してウォルフを先頭にして地下へと降りる。往復二リーグ以上の飛行になるが、もちろんそんな距離を飛ぶのが不安な者はここにはいない。左右にリフトが停止しているその中央を一行は割とゆっくりとした速度で降下していった。
やがて狭い坑道から抜け、目の前に大空間が広がると辺境伯も思わず声を上げた。

「これは・・・何と、ここまでとは・・・ウォルフよ、よくぞやってくれた」
「予想していたより遙かに大きい鉱脈でしたね」
「おお、あれが採掘機か!随分と立派だな、男だな、あいつは!」
「は、はは・・・」

 採掘機は直径二メイル程の細長い茶筒のような形状をしている。ハイテンションな辺境伯にウォルフは苦笑いをするしかない。

「いやいやこれは凄い。一体何処までこの鉱脈は続いているのかのう」
「相当広いと思いますね。ていうか、私の予想ではハルケギニアの半分以上の土地にこの鉱脈がある可能性があります」
「何だと・・・半分以上というのはどういう事だ?」

 莫大な量の風石を前に上機嫌だった辺境伯の表情が変わる。ちょっと今のウォルフの言葉は聞き逃せなかった。

「そのままの意味です。ハルケギニアの大地は深く堀りさえすれば風石が採れる可能性があります」
「馬鹿な!そんなことは信じられん」
「ですよねえ・・・オレもこんなの見るまではそこまでじゃないって思ってたんだけど」

 地殻変動によって細切れになってはいるが、ここの地層はハルケギニアで最も一般的な岩盤だ。イェナー山のように山になっている場所は無論だが、平地も多くの場所がこの地層の上に山の土や砂が堆積しているとウォルフは推測している。

「大量に採れて喜んでいたら実はありふれた物だったということか?そんな馬鹿な」
「まあ、価格がどうなろうと風石の価値に変わりはないですよ。ただ、領内の地下は調査をすることをお勧めします。風石を放って置いて領地が全て空に飛んでったなんてことになったら大変ですから」
「お前は・・・それがどの位の可能性であると思っているのだ?」
「分からないです。風石が結晶する条件が分かりませんし、鉱脈見たのもここが初めてですからここが特別なのかそうでないのか判断できません。更に言えば風石の蓄積が増えているのか止まっているのかも現状では分かりませんし」
「では、何故お前はこんな深くまで掘ったんだ。何の当てもなくここまでの労力をつぎ込んだ訳ではないだろう」
「セレナイトが採れる可能性があるとは思ってました。それに風石が付いているのではないかとも。他の地域に風石があるかどうかは分かりませんがセレナイトは出てくる可能性が高いと思っています」
「セレナイト・・・教会のガラスか。確かに風石と一緒に取れるとは言うが・・・」
「可能性があるのが分かっていたので確認したかったのが一番ではありますが、今後はここでの実績をふまえラ・クルスなどでも試験採掘を勧めるつもりです」

 前回フアンに頼んだ時は根拠を示すことが出来なかったので諦めたが、今回はこれほどの実績がある。ウォルフではなくヤカのギルドが採掘にあたれば許可が下りる可能性は大いにある。もしそれが適わずにラ・クルス自身での採掘になっても良いからそこに風石があるのかどうか、知りたかった。

「・・・待て、ちょっと待て。ここで風石が出たことは我が領の機密だ。他へ知らせることは許さん」
「お言葉ですが、契約にそのような条項はございませんでした。ヤカの商人ギルドは当商会の株主なのです。既にあちらには知らせてしまってますし、当商会が採掘機と人員を派遣してヤカギルドの出資で採掘会社を設立するという話が動き始めています」
「くっ、その契約は風石が出る前の物だろうが。こんなに出るとは思わんかったわい・・・他には何処に伝えた?」
「当商会の支部には通達を出して風石の購入にストップをかけています。特に機密事項扱いにはしてませんでしたので、そこから先はどうなっているか分かりかねます。後はマチルダ・オブ・サウスゴータに。彼女は今魔法学院で学ぶ学生ですが当商会の設立から関わる株主の一人ですので」
「むう、もう手遅れか・・・ここでの採掘はいつから始められるんだ?それと掘削機というのは何台ある?」
「採掘は、地上の施設を修理して一週間といった所でしょう。掘削機はそこにある一台きりです。これはこのあと縦坑を掘って地上に戻そうと思っていますので二十四時間稼働させたとしても二週間以上はここから出られません」
「むーう、貞淑な貴族の娘をやっと落としたと思ったら、実は男が一杯いたっていう気分だな。まあいい、そういう娘にもそういう娘なりの良さがあるものだ。肝心なのは如何に楽しめるか、だ」

 ウォルフの返事を受けて辺境伯はグルグルと歩き回りながら考え込んでしまった。この人は何処までが本気なのだろうか。
ツェルプストーとしては風石の相場が下がりすぎないように供給量を調整しながらなるべく高価格で長く売り続けたいと考えていたのだが、ウォルフの言うことがもし本当であったならば遠からず価格が暴落することは避けられそうもない。

「ウォルフ、風石の在庫を早急に捌きたいが、出入りの商人だけでは限界がある。ガンダーラ商会に協力を頼めるか?」
「出来る、とは思いますが、我々は商人で信用が第一ですから売る時はここで風石が出たことを伝えてからになりますよ?取引先に一方的に損をさせるわけにはいきませんので」
「それでかまわない。他所でも採れるかも知れない、というのは当然話すべき事の内には入っていないよな?」
「そうですね。それは私の予測に過ぎませんから」
「ならいいだろう。ツェルプストーで風石が出たと言って売りまくってくれ」
「分かりました。タニアに伝えておきます」

 ガンダーラ商会も貿易を生業としているので当然風石は大量に備蓄していたが、ツェルプストーほどの貴族となるとその桁が違ってくる。風石の採掘を待たず、価格が高い内に余剰を捌いてしまおうと考えるのはある意味当然と言えた。 

「うむ。帰ったら担当をそちらに行かせよう。あと、あの掘削機だが売って欲しい。値段はそちらの言い値を出そう」
「申し訳ありません、あれは売れないのです。今回のことを受けて鉱山開発専門の子会社を創ることになりまして、あれはそこの飯の種になりますので」
「ぬう、領内の他の場所で採掘するにはそこに依頼しろということか」
「はい。それか今回のように採掘権を与えていただくか、ということになります」
「むうう・・・いいだろう、採掘を頼むことにする」
 
 辺境伯にとって実に悔しいことだが、ゲルマニアには現在この深度まで掘削する技術は無い。ゴーレムでここまで掘るとしたらどれほどの時間が掛かるか分からないし、ジャイアントモールはあまり地下深くへは潜りたがらない習性があるという。
必然的にガンダーラ商会の技術に頼らざるを得ないわけだが、そうなると何時までも技術がない方が下風に立つことになる。その屈辱を自分達で技術を確立するまでの我慢と割り切って受け入れた。

 視察を終えた一行は地上に戻り、辺境伯は自分のグライダーに乗り込んだ。

「では詳しい話は担当と詰めてくれ。時間が勝負だ、他の場所で風石が出る前には今の在庫を全て売り払ってしまいたい」
「まあ、大丈夫じゃないですかね。今は風石不足ですから。いやしかし、風石不足は解消されたしこれからますます貿易は盛んになっていくだろうし、万々歳ですね」
「ふん、お前はツェルプストーに風石が出たことの意味を理解しておらん。今後ゲルマニアは多少騒がしくなるだろう」
「と、申しますと?」
「元々このツェルプストーがあるゲルマニア西部はゲルマニアで最も豊かで諸侯は独立自尊の気風が強い。それがゲルマニア帝室に従っているのは帝室が南部に保有する金山と風石鉱山の存在が大きい。この地方では昔からアルビオンを攻略すべしという征アルビオン論が根強いのだが、それの目的はあの大陸にある風石鉱山だ」
「おーう、ゲルマニアが割れると言うんですか」
「まあすぐに割れることはないだろうが、西部諸侯の発言力が強くなることは間違いない。もしかしたらトリステイン攻略の話がぶり返すかも知れん」
「それは・・・勘弁願いたいですね。いいじゃないですか、商売で儲ければ」
「そう考える者ばかりでは無いということだな」

 ツェルプストー辺境伯は一抹の不安をウォルフに残して去っていった。

 その辺境伯と入れ違えるようにガリアからタニアが到着したが、彼女の機嫌もこれ以上無い程に良好であった。
それもそのはずで新たに立ち上げた美容品事業はサラのおかげでうまくいっているし、本業である貿易業も今後は風石が安定供給されるので収益は改善するだろう。それに加えて深深度開発専門の鉱山会社という新たな収入源まで出来そうなのである。笑いが止まらないのも無理はなかった。

 この夜はタニアと今後の方針について話し合い大いに盛り上がった。これだけの風石があり、今後も発見できそうだとなると色々と出来そうなことが多い。
パッと思いついたのはアルビオン観光だ。アルビオンそのものの景観に加えて始祖縁の街シティオブサウスゴータ・美しい自然美の北部ハイランド地帯など見所は多く、渡航費用が安くなればもっと観光客を呼び込めそうな資源がこの国にはある。風石の量にものを言わせた大型の豪華客船を使ったハルケギニア一周クルーズやロマリア巡礼クルーズなども良いかもしれない。
観光だけではなく輸送費も大幅に安くなるので遠い地域、例えば辺境の森など、での鉱山開発なども行いやすくなる。これから開拓を始めるつもりのウォルフには間違いなく有利だし、夢は膨らむ一方だ。
 ウォルフは取り敢えずスターリングエンジンの開発中止を決定し、風石自動車の生産・販売と同様に風石を動力とする航空機の開発を決めた。

 風石の相場は暫く下降を続けたが、それまで需要に対応して増産していたアルビオンが供給を一時的に止めたので一定の水準からは下がらなくなった。

 採掘が始まったのは発見から十日が経った頃だ。急遽破壊された部品をアルビオンで製作し直し、索道を再始動するのにそれだけの時間が掛かった。
 今のところ採掘は人力で行っている。風石を使った浮遊装置を装備して天井に生えている風石を採取しているのだ。通常採取する時には風石を残さないように生えているセレナイトごと岩盤から剥がすのだが、ウォルフが再結晶するかどうかを知りたがった為にセレナイトは岩盤に残す方針で採取を行って採取跡は記録を取って経過観察をすることにしている。

 地下から縦坑を掘り、採掘機を地上に出すまではやはり二週間掛かった。
 ガリアでの試験採掘はヤカのギルドが主体となって深深度調査を申し込むとさすがにフアンも拒みきれなかったので、採掘機を整備してガリアへと送った。
 ツェルプストーからの依頼には新型の機体を作成して対応する。落下防止の為に全長を伸ばし、伸縮しながら掘り進むようにして直径も三メイルと大径化するつもりだ。

 新たに掘られた縦坑の上に櫓を組み、こちらからも人員の出入りと風石の搬出が出来るようになったのは発見から一ヶ月を超える頃だ。車輪のダンプカーとブルドーザーを分解して坑内に持ち込み、地底で組み立てて天井から剥離して地底面に落ちている風石を集めて搬出している。天井採掘用の機械が完成したら天井からどんどん地底に落としてそれを集めるつもりである。



 風石発見で沸き立つツェルプストー辺境伯領から遠く離れたロマリアの地で、一人の枢機卿がある報告書を読んでいた。神経質そうなその顔からは何の感情も読み取ることは出来ないが、空いた指はコツコツと机を苛立たしげに叩いていた。その目の前には報告書を提出した男が神妙そうな顔をして立ち、主人からの指示を待っていた。

「成る程。フォン・ツェルプストーではなくガンダーラ商会、それもこのウォルフ・ライエ・ド・モルガンという少年が異常ですか」
「は。我々も当初騙されましたが、ツェルプストーは隠れ蓑に過ぎません。ツェルプストーで開発したデトレフの戦車というものを詳しく調べましたが、ガンダーラ商会の物と比べるとあまりに稚拙な作りをしておりました」
「しかし、風石の鉱脈ですか。この少年は一人で大隆起を防ごうとでもしているのですかな」
「グライダー、キャタピラときてそんな深深度まで採掘できる技術を持っているというのですから驚きです」
「気に入りませんね。来るべき大隆起から民を救うのはロマリアであり、始祖の奇跡でなくてはならないはずです。この少年の信仰は?」
「ガンダーラ商会として教会に寄付はしていますが、この少年が足繁く教会に通うようなことはないようです」

 ふー、と大きく息を吐いて報告書を机の上に置く。目を閉じて親指と人差し指とで目頭を押さえつけながら尋ねた。

「それで、火メイジということですが、それは確かですか?」
「はい。見たこともない青い『ファイヤーボール』を見たこともない速度で撃ってきました。私の遍在は為す術無く打ち倒されましたし、雇った傭兵達もほとんど彼に敗れたようです」
「虚無ならば『ファイヤーボール』は使えないはず」

 ゆっくりと立ち上がり、窓際まで歩く。窓の外にはロマリアの街並みが広がっていた。

「虚無ではない。虚無では有り得ない。では、彼は何者なのだ?」

 その呟きに答える者はいなかった。




2-22    開拓のための調査のための準備の日々



 ボルクリンゲンのグライダー工場でウォルフはその日新型のモーターグライダー・略してモーグラに搭載した風石エンジン(こう呼ぶ事に決めた)の最終調整に没頭していた。
季節は既に春となり、この機体は二台目の試作機で風石エンジンもこれが三台目の試作となっている。回転盤の円周上に取り付けた風石を順に励起させて回転力を得るという風石エンジンの構造その物はとても簡素な物なのだが、風石の特性上小型化と高速回転することが難しい。歯車を使って増速しているのだが重量と大きさ・出力と機体とのバランスが最適な物になるようにするのが苦労した。
今回のエンジンには機体の姿勢に関わらず安定した出力を得られるように回転盤を傾斜させる機構が組み込まれている。錘を載せての試験滑空、エンジンを載せての試験飛行と予定を滞りなくこなし、この作業が終われば完成である。

「ふぃー、こっち終わりましたー」
「おっし、こっちも終わったぞ。完成だな」
「おめでとうございまーす」

 作業が終わると同時に周囲で見ていた工員達から歓声が上がる。彼女らも新しい機体を作るということは楽しいようだ。その列の中に入り少し離れて機体を眺める。今日はリナがアルビオンから手伝いに来ているのでリナも一緒だ。

 新しい機体は全長九メイル・全幅十八メイルで二列席が二つ計四つの座席があり、風石エンジンの大きさもあり胴体が随分と太くなっている為にこれまでの物より大きく見える。後部に荷室があり、後部座席を折り畳めば結構な量の荷物を積むことが出来るようになった。
折りたたみ式のタイヤを装備しているので離着陸が素早く行え、利便性が向上している。重量は千八百リーブルと重くなり、巡航速度は時速二百リーグ以上を予定している。
 この機体で東方へ調査に行こうと思っているのであまり目立たないように色はモスグリーンと控えめだ。
 工具などを片付けると早速試験飛行に出て、風石エンジンの確認をした。試験飛行の結果バランスなども問題がなかったのでリナを連れてアルビオンまでこれで帰ることにした。明日サウスゴータでパーティーがあるので今日中に帰らなくてはならないし、長距離の試験を兼ねての飛行だ。

「んーじゃあ、行きますか。忘れ物はないな?」
「ほいです。ボルクリンゲン名物の串焼きも買いましたし、燻製肉も腸詰めも大量に手に入れました。抜かりはないです」
「お前、ずっと一緒に作業してなかったか?・・・何時の間に」
「ウォルフ様が作ったって言う『ボルクリンゲンB級グルメマップ』が役に立ちましたよ。便利ですね、これ」
「お、おお、役に立てて良かったよ・・・じゃあ、いこか」

 リナを乗せて工場の中庭から出発する。風石浮上装置で浮き上がり、車輪を格納しつつ風石エンジンを始動させた。プロペラが回転速度を上げるに連れて機体も飛行速度を増してこれまでにない加速感を味あわせてくれた。

「ふにゅ、変な振動もないですし、グライダーに比べて離陸がスマートですね。さっき速度はどの位出ましたか?」
「二百五十位だな。まあボチボチだろう」
「そうすると、サウスゴータまで今の時期で三時間位ですか。これは速いですね」
「ホントは四百リーグ位の性能は出したかったんだけどなあ・・・」

 新しい機体はプロペラの力を借りてぐんぐんと高度を上げていく。上昇気流も使い、あっという間に高度を稼ぐとプロペラを回しながらの滑空に入る。暫くそのまま滑空してデータを取るとその後はプロペラを止めたり、回したり、ピッチも変化させて様々なデータを取りながら飛行した。

 ウォルフは当初ジュラルミン製の機体で一気に時速四百リーグ超えの飛行機を作ってしまおうと考えていた。風石エンジンの出力は搭載できる風石の量を増やす事によって容易に上げる事が出来るし、特に技術的な障壁は無さそうに思えて既に模型まで作っていた。
四百リーグを超える速度からの急降下や急旋回に耐えられる強度を持つ機体ならば竜などの脅威はかなり減ることになる。
 機械加工でジュラルミンの精密な部品を作り、メイジによる魔法溶接で組み立る予定だった。しかしこの工程に意外な盲点が有ったことにより計画は頓挫した。商会で雇っているメイジ達がジュラルミンや超ジュラルミン・超超ジュラルミンの魔法溶接が出来なかったのだ。
 ジュラルミンとはアルミにマグネシウムや銅等を添加した合金である。軽量でありながら鋼材に匹敵する機械的強度を有し、今後飛行機を開発する上で必要不可欠な素材であるが、アルミに他金属を混ぜただけでその強度が出るわけではない。
熱処理をして必要な強度になるように調質する事が必須なのだが、ハルケギニアのメイジはその事を理解してくれない。せっかくウォルフが調質しても魔法溶接する時には素の状態に戻してしまう。鋼の焼き入れなどを例にとって金属の組織について説明しても出来るようになったメイジはいなかった。
どうやらそこまで理解しているのはハルケギニアでは名工と呼ばれている一部のメイジだけらしい。
 ウォルフが商会で生産する機体の全てを組み立てるというのは現実的ではなく、結局魔法溶接を諦めてまたFRPで作ることになった。ちょっと心が折れていたので一から設計し直す気にはなれず、以前に設計した図面をベースにして一号機の基本設計をモーターグライダーへ転用するという方針で開発を進めた。
増加した速度と重量による機体への負担にはFRPハニカム材を応力のかかる部分に使用する事で対応し、強度を上げつつ最小の重量増加に止めている。

「まだジュラルミンの事を引きずっているんですか?いくら軽いとは言っても金属で作るよりもこっちの方がいいとは思いますけど」
「大型機を作る場合にそなえてジュラルミンで作る技術は必要なんだよ。仕方ない、東方の調査が終わったらリベット止めの研究をしよう」
「ほえ、また研究ですか。好きですねえ」
「ほっとけ。必要な技術を持ってないんだから研究するしかないだろう」
「この機体のおかげで随分とボルクリンゲンとの往復時間が節約できそうですから、頑張って研究でも何でもして下さい」
「グライダー飛ばしている時間はいい息抜きだったんだが・・・そうかこれからは減ってしまうのか・・・」
「楽しみの時間を自ら削って仕事の時間を増やす。企業人の鑑ですね」
「オレの仕事が増えれば、必然的にお前達の仕事も増えるって事を忘れるなよ?」
「にゅう、これ以上増えるのは勘弁して欲しいっす」

 不機嫌そうなことを口にしていても、からかうリナに答えるウォルフの声は明るい。今回アルビオンへ帰ればやるべき事がほとんど終わり、いよいよゲルマニアに東方の調査を申請できそうだ。
思えばここまでの道のりは長かった。調査に出る為にこなしてきた仕事の量を思うとウォルフ自身でさえ良くやった物だと感心する程だ。

 まずは調査の足となるこのモーグラの制作だ。
中々良好な性能で、プロペラを止めた時の滑空比は三十を下回り純グライダーに比べると随分と落ちるが、その分速度が上がっている。燃費も思った程悪くはないようで、これなら普通に飛行機としても使えそうだった。グライダーとしてもそこそこの性能なので搭載する風石が乏しくなっても安心だ。
 ただ、時速二百五十リーグの速度だと目視だけの飛行では安全性に不安が残る。視界が悪くなった時でも安全を確保できるようにしないと販売するのはちょっと難しそうだった。解決する案はあるので時間が出来たら対策してみようと思っている。

 アルミ精錬も材質の調整など随分と大変だったが今では順調に行われている。精錬時に出る廃棄物であるアルミドロスとマグネシウムの鉱石であるドロマイトからマグネシウムを精錬することにも成功し、ボルクリンゲンの工場ではグライダーに使うアルミ-マグネシウム合金の板材と棒材を生産している。これでグライダーの部品は全てウォルフが関わらなくても生産できるようになった。
マグネシウム精錬の副産物としてアルミナセメントという耐熱性のセメントが得られるようになり、これは炉の材料として飛ぶように売れた。ドロマイトはツェルプストーの石灰鉱山から購入しているが価格が安い為に当初あまりツェルプストーは協力的ではなかったのだが、アルミナセメントの販売以降は積極的に掘り出してくれるようになった。
ボーキサイトを掘り出した穴は順次アルミナを溶出した後の泥を中和して乾燥したもので埋め戻している。跡には塩に強い牧草の種をまいて草原に戻るようにしている。

 イェナー山での発見を受けて風石の試験採掘をヤカとボルクリンゲン近郊で行ったが、ヤカは千百メイル、ボルクリンゲンは九百メイル掘った所で風石の鉱脈とぶつかった。イェナー山の断層下のように空洞にはなっていなかったが、どちらも巨大な風石鉱脈だった。この発見で一時期に比べて随分と下がっていた風石相場は更に一段と下がった。
海から程近い河口の街ドルトレヒト近郊でも掘ってみたが、セレナイトは出たが風石は付いてなかった。この採掘現場では常に出水に悩まされ、セレナイトの層も水に浸かっていた。どうやらこのような状況では風石は析出しないらしい。この結果を受けて当面試験採掘は標高の高めの所を優先していくつもりだ。
これらの試験採掘を行った採掘会社「ダッド」は百パーセントがガリアの街ヤカの商人ギルド出資会社であるが、肝心の採掘機械はガンダーラ商会からのリースで社員もほとんどはガンダーラ商会からの出向だ。この会社は今後ハルケギニアで風石が採れそうな所を掘りまくるつもりである。
 イェナー山の風石鉱山の採掘も順調に行われており、商会に安定した収入と風石の供給をもたらしている。

 自動車の量産については車両その物は早い段階で形が出来ていたのだが、生産機械を作るのに時間が掛かっている。ネジなどの量産機械はもうできていて様々な種類のネジを量産しているが、部品ごとに生産機械を作っているので時間が掛かっている。やっと機械が完成したと思ったらまた新しい技術が開発されたり効率の良い工程が提案されたりして仕様変更するなど色々と大変なのだ。
自動車の仕様は風石発電機による発電で後輪のモーターを駆動するタイプで、床下に鉛蓄電池を搭載している。蓄電池用の鉛は軍需物資である為に必要量を確保するのには苦労したが、当面の需要に対する必要量は何とか確保している。タニアのコネや地下開発の約束などと引き替えに今後も調達先を増やしていく予定だ。
 なお、スターリングエンジン関連は全て開発をストップしてお蔵入りとなった。現在の風石の価格、今後の供給量を考えると風石以外のエネルギーは考えづらい。

 その生産を行う工場は結局アルビオンのチェスターに増設した。ヤカのギルドやツェルプストーからかなり熱心に誘致されたのだが、シャーシ用の加工機械がかなり大型になってしまって移動するのが大変だったのと機械関係はあまり分散したくないのとで諦めた。
ボルクリンゲンでは蓄電池の電極といくつかのプラスチック製部品を生産している。

 リナ達以外の機械工二期訓練生の少年達も機械工へと昇進した。一期生と比べると随分訓練期間が短いが、当時とは商会が保有する機械の数が違う為機械を操作する時間が圧倒的に多く取れるようになったおかげだ。機械工に昇進したと言っても技術的にはまだまだだが、今後は商品を作りながら技術を向上していくことになる。工員は今後も三期、四期と工員を増やしていく予定である。

 ウォルフには関係ないがサラの化粧品工場も順調なようで、どんどんと人を増やしている。おかげでウォルフの工場とも相まってチェスターが大分大きな街になってきている。工場を建てた頃は昼食を食べる店もない程のさびれた村だったのに今では数多くの店が軒を連ね、賑わいを見せている。

 順調にいっている事業を考えれば魔法溶接のことなどほんの小さな停滞に過ぎない。いよいよ近づいた出発を前にウォルフはリナと綿密に生産計画を打ち合わせた。



 予定通り三時間以内でチェスターの工場に到着し、早速出迎えたラウラ達飛行学校の教官に新型機の操縦法を教えた。何度か一緒に飛行して注意点を指摘してから工場へ移動し、今度はリナと一緒に自動車の生産準備に取り掛かった。
なんやかやとやることが溜まっていたので、ウォルフがサウスゴータの自宅へ帰り着いたのは夜もかなり更けてからだった。この日は早朝から一日中働いていてかなり疲れていたのだが、そんなウォルフを出迎えたのはチリチリと炎を纏う母・エルビラであった。

「ウォールフ!ようやく帰ってきましたね。明日はお城でパーティーだから早く帰ってきなさいと伝えていたでしょう」
「ただいま、母さん。だからちゃんと帰ってきたんだけど。パーティーは明日の夕方でしょ?」
「あなた、今年に入ってから一着も服を仕立ててないでしょう。一体何を着ていくつもりなのですか」
「去年ボルクリンゲンで仕立てたのを持ってきたけど・・・」
「その服は去年の物でしょう。成長期に何を言っているのですか。明日は朝から仕立屋を呼んでますから、予定を空けておいて下さいね」
「えっ、明日は朝からプレス機の試運転があるんだけど・・・ちょっと位丈が短くても気にしなければいいんじゃない?」
「空けておいて下さいね?」
「・・・イエスマム」

 予定はずっと詰まってはいるのだが、ウォルフといえども怒れる母には逆らえない。更にぐったりと疲れるとその日は早々に眠りについた。

 
 翌日、朝から服を仕立てて、合間に工場へ行き予定を少しだけでもこなして夕刻、ド・モルガン家そろってサウスゴータの城へ出かけた。工場へはこっそりと遍在を送って何とか予定通り作業をこなした。
貴族という物は何かに付けパーティーを開く物だが、今回はマチルダが一年を終了した祝いとのことだ。内向きの略式で行われる会であるが、マチルダの適齢期がそろそろ近づいているので次男三男を抱える貴族が比較的多く詰めかけていた。
 
「良く来てくれたね、クリフにウォルフ。嬉しいよ」
「マチルダ様久しぶり・・・」
「マチ姉久しぶり・・・何か随分と美人さんになったね」
「おや、ウォルフがそんなおべっかを言うなんてどういう風の吹き回しだい?」
「いやいやお世辞言ってるつもりは無いんだけど。なあ、兄さん」
「う、うん、綺麗だ・・・」
「ふふ、ありがと。まあ、サラのおかげさね」

 久しぶりに会うマチルダは一目で見る人を引きつける魅力的な美少女に成長していた。元々十分に美少女ではあったのだがその美しさには磨きがかかり、ボリュームのある美しい緑色の髪は艶やかに輝いていて、滑らかな肌は何処までも透き通っているかのように見える。穏やかな微笑みに出迎えられ、クリフォードは胸が高鳴るのを止めることが出来そうになかった。

「あー、サラの化粧品かあ。何か人気有るみたいだね」
「人気があるどころじゃないさ。学院でもしょっちゅう訊かれるよ、増産しないのかって」
「サラも随分と忙しく働いてるみたいだけど、当面は品薄だってさ」
「人気が出すぎるってのも大変なもんだ。じゃあ今日は楽しんでいっておくれよ。クリフもまた後で」
「ん、また後で」

 マチルダは忙しく次の客を迎える。どこぞの貴族の子弟達がちやほやとマチルダの回りを取り囲んだ。
数年前まではサウスゴータ家は太守といえどもあまり実権のない地位だったのであまり意識はされていなかったが、ガンダーラ商会の成功によってその影響力は飛躍的に上がっている。
 ガンダーラ商会がゲルマニアやガリアで次々と風石の鉱脈を掘り当てていることは、既にここアルビオンでも周知のことだ。風石価格の急速な低下によってここの所増産に次ぐ増産によって需要に対応していたアルビオン王家が供給を絞っていることもあって、これまでガンダーラ商会とは取引の無かった商人達も次々と取引を始めている。そのガンダーラ商会に強い影響力を持つと目されているサウスゴータ家に取り入ろうとする者が増えるのも無理無からぬ事であった。

「いやー、マチ姉凄い人気だね、兄さん」
「そうだな」
「学院でもパーティーでしょっちゅうダンスに誘われて大変だって言ってたけど、美人ってのも大変なんだね」
「そうだな」
「お、あの人イケメンだなあ。あれならマチ姉もくらっと・・・こないか」
「・・・お前、わざと言ってるだろう」

 ウォルフに言われるまでもなくクリフォードは気が気じゃない。美しく羽化を遂げたマチルダに対し、二歳も年下の自分はまだまだ少年の面影を色濃く残す。今マチルダを取り巻いているマチルダよりも年上の少年達の間に割って入る気にはなれなかった。

「ウォルフさー、俺にもっと魔法を教えろよ。何かこう、ガツンと来てビシッとしたやつ」
「何それ? 結構兄さんには教えてる気がするんだけど」
「うーん、まあそうなんだけど、俺にしか使えない凄いのとかないの?」
「兄さんにしか使えないなら兄さんが考えるべきだろ」
「それが出来ないから聞いてるんじゃないかー」

 クリフォードはずっと熱心に魔法の練習を続けているが、魔法学院をもう卒業しているであろう年上のライバル達を前に焦る気持ちを抑えられない。
ウォルフと二人で料理を平らげながらあれやこれやと魔法について話をしていると、ようやくマチルダが解放されて二人に合流してきた。

「はー、やれやれ、どうしてこう貴族ってのは話が長いのかね。あ、ウォルフあたしにもそれ取っておくれよ」
「ほい、お疲れ様。主賓なんだからしょうがないね」
「学院だとダンスの代わりに死合をしようって言うと大抵すぐに引いてくれるようになったんだけどね、こっちでそんなこと言うわけにもいかないし」
「だめだよマチ姉、嫁入り前なんだから、あんまり暴れ回っちゃ」
「あたしの評判なんてどうせもうとんでもないことになっちゃってるからね、せめて決闘の相手位にはなって欲しいもんだよ」
「お、俺ならいつでもマチルダ様の相手がつとまるのに。学院の生徒と言っても案外だらしないんだな」
「まったくだね。学院に来ている貴族なんてろくなのがいないよ。ちょっと『ブレイド』で斬った位でピーピー泣くんだから困ったもんさ」
「はは、マチ姉の『ブレイド』は怖いから」

 久しぶりに会ってもすぐに昔と同じように話すことが出来るのが幼なじみの気楽さだ。マチルダも先程までの張り付いたような微笑みを捨て去ってとても楽しそうだ。
そのまま三人で学院の話や商会のことなど近況を報告し合ったりしていたが、やがて話題はウォルフの東方開発団の話になった。

「じゃあ、来月にはその、東方調査へ行くつもりなんだ」
「おお、超楽しみだよ。いよいよオレもハルケギニアから一歩外へ出るんだから」
「その・・・ハルケギニアから出ると、エ、エルフとかいるかも知れないじゃないか。ウォルフは大丈夫なのかい?」
「んー、サハラ行く訳じゃないから会えるかは分からないけど、いつかは会ってみたいね」
「会ってみたいんだ・・・」
「そりゃあね。怖いって言われてるけど、どんな相手だか分からなければ何も始められないからね。マチ姉?」
「・・・ん? ああ、何でもないよ。まあ、気をつけて行っておいでよ」

 その後マチルダはどこか上の空になってしまい、何か考えているようだった。ウォルフはそんなマチルダのことは気にはなったが放っておいてクリフォードに話を振った。

「そうだ、兄さんも一緒に行かない? 幻獣とか一杯いる森らしいから魔法の鍛錬になるかもよ」
「・・・面白そうだな。誰も切り開くことの出来ない森で魔法の修行か」
「うん、マンティコアとか竜とか出てくるらしいけど、今の兄さんなら何とかなるんじゃない?」
「簡単には勝てないかも知れない。でも、だからこそ挑戦する意味がありそうだ」
「そうそう、奥義とかに目覚めちゃったりして」
「・・・行く。俺はゲルマニアの黒き森で俺だけの魔法を身につける!」

 今回はウォルフ個人の活動の為商会の人間を使うことが出来ない。万が一に備えて戦力になるメイジが欲しかったのでウォルフはクリフォードに白羽の矢を立てさせてもらった。
竜などに襲われた時のことを考えて魔法で反撃する為に新型機の後部キャノピーは飛行中でもスライドして開閉できるように作ってある。操縦する人間と反撃する人間とで最低一人人員が欲しかった所だった。ゲルマニアで傭兵を雇おうと思っているが、気心の知れた人間がいる方がやりやすい。
 グッと拳を握りしめるクリフォードを横目に、これで一人確保と心の中で呟いてウォルフは新しい料理を皿に取った。

 


 楽しく談笑するマチルダ達を広間の反対側の壁際で見ている一組の親子がいた。サウスゴータ市議会議員・コクウォルズ男爵親子である。
彼らとその取り巻き達はあまり周囲と交流を図ろうとはせずに自分達だけで固まって何やらぼそぼそと情報交換をしている。あまり楽しくはなさそうに料理をつつき、パーティーが散会になると真っ先に馬車に乗り込んで帰って行った。
 
「父上、太守様のご令嬢へ挨拶に行かなくても良かったのでしょうか」
「必要ない。今日のパーティーなど顔さえ出せばいいような種類の物だ。太守には挨拶したのだからな、娘のことなど考えんでも良い」
「・・・しかし、彼女は次期サウスゴータ太守になるのですから、親しくしておいた方がいいのでは」
「いいか良く聞けよ、ギルバート。太守などという地位は私が市長になったら真っ先に廃止すべき旧弊だ。政治という物は貴族の中で最も優れたる者が行うべきで、家柄だけのお人好しが名目上とはいえトップに立つなど何時までも続けることではない。お前が成人する頃にはあの娘そこらの貴族の娘の一人になっているわけだから、お前が結婚するような女ではないぞ」
「でも、彼女のやっていた商会の評判はとても良いみたいで、彼女が太守を継ぐなら安心だと出入りの業者が話しているのを聞きました」
「あんな商売など、それこそ何時までも続くものではない。あそこのせいで商売の規模を縮小せざるを得なかった所はごまんとある。今はうまくいっていても、一回ミスをしただけでアルビオン中から総スカンを食うだろう」
「そういうものなのですか」

 帰りの馬車の中で語って聞かせるコクウォルズ男爵に息子であるギルバートは一応素直に肯いて見せたが、彼はここ数年でサウスゴータにおいて知らぬ者はいない程になったガンダーラ商会がそんな状況になることなど想像できなかった。もしそんなことがあるのならばそれはよっぽどのことなのだろうと思う。

「いいか、お前が娶るのは貴族派の娘だ。モンローズ公爵やノルマンベイ侯爵あたりの娘を私は考えている。くれぐれも下らない娘に引っかかったりするなよ」
「そんな、公爵や侯爵って身分が違いすぎるのでは・・・それに貴族派とは?」
「貴族派とは旧態依然としたこの国を先進的な国家にしていこうとする有志の集まりだ。改革を進めるには身分などあまり意味はない。個々の実力こそが評価されるのだ」
「はあ・・・」

 そう言われてもギルバートには自分の父がそれ程能力のある人間にはとても思えなかった。魔法の方はライン止まりだし、家臣達の評価も総じて低い。
もちろんそんなことを直接父に向かって言えるはずもなく、曖昧に返事をするのが精一杯だった。

「政治にとって何が一番大事であるか、お前は分かるか?ギルバート。それを分からぬものが政治をやる事程国家にとって不幸なことはない」
「一番大事なことですか・・・優れた指導力で皆を導くことでしょうか」
「何をもって優れているのかと聞いているのだが・・・まあいい。政治とはな、利益の配分のことを言うのだ」
「利益の配分ですか」
「そうだ。力のない所から利益を奪い、力の強さに応じてその利益を配分する。多すぎても少なすぎても上手くない。ちょうど良い配分が出来る者こそ優れた政治家と呼ばれ、支持されるのだ」

 コクウォルズ男爵は今あるパイをどう分けるかということをひたすら考えるタイプの政治家であって、足りない時はよそから奪ってくればいいと考えていてパイを増やす知恵は無いようだった。

「それなのにあの小娘は「政治家たる者最大多数の最大幸福を追求するべきで、平民を含めた個人の幸福の和の総計を最大化する事が社会全体の幸福となる」等とぬかしおった。ああいう平民に媚びるような貴族にはもっとも政治をさせてはいけないのだ」
「でも・・・彼女の所は平民に喜ばれながら随分と利益を上げているようですが」
「その利益を何処に配分しているのかと言っておる! 平民の買うパンの価格が下がったからと言って何の意味があるというのだ。あいつらが色んな物を安く売るせいで追随して安売りせねばならん所の不満は日に日に高まっておるのだぞ」

 ギルバートの感覚では利益を誘導し領地の物価を下げて皆が暮らしやすくなるのならとても良い領主のような気がするのだが父の見解は随分と違っている。

「あいつらがポンポンフネを飛ばすものだから風石の相場はガンガン上がったんだぞ。今後も上がり続けると信じて多くの貴族が風石を買い占めていたというのに、今度はゲルマニアで風石鉱山を見つけただと?おかげで風石の相場は大暴落だ。抱え込んだ風石をどうすりゃ良いって言うんだ!」

 なおも男爵の怒りは収まらない。どうやら当人も風石を買い占めていた貴族の一人のようだ。
 逆恨みだよなあ、とギルバートは思う。自分がなりたいような理想の貴族像と父の語る貴族像が随分離れていて、思わず溜息が漏れた。彼の理想とする貴族は優れた魔法で領地を守り領民からは尊敬され国王の信任が厚い、といったものだ。少年らしい少年であるギルバートにとって父の口からそのような言葉が一つも出てこないことには落胆を感じざるを得ない事だった。

「おかげでここ数年王家の収入は凄かったともっぱらの噂ですね。なんでも複数の大型艦を建造するとか」
「その王家だって今後の風石収入は激減するんだがな・・・まあやつらのことはもういい。来月にはノルマンベイ侯爵の城でお嬢様の誕生パーティーが開かれる。お前の一つ下だそうだからそれまでに気の利いたことの一つでも言えるようになっておけよ」
「・・・はい」

 男爵はノルマンベイ侯爵令嬢の好みの花や本のこと、お気に入りの劇など細々と調べてきた事をギルバートに教えて聞かせたが、ギルバートはもう生返事を返すだけであった。




 ウォルフはこの日は辺境の森で予想される幻獣やそれに対抗する魔法の話などで大いに盛り上がり、楽しい気分で帰宅したのであるが、クリフォードを東方探検に同行させる許可を両親から得るのは結構大変だった。
父ニコラスは割と理解を示してくれたが、母エルビラは探検というものに否定的だった。
 結局許可が取れたのは父の「男の子が冒険に出たいと言ったのなら、親は黙って見送ることしかできないんだよ。どのみち出て行っちゃうんだから」という言葉が決め手となってクリフォードも参加を許された。
決してウォルフの「母さんもまだ若いんだし、暫く二人きりになるんだから弟か妹をもう一人位作っちゃえば?」という言葉がエルビラの心を動かしたわけではない。




2-23    納車して



 自動車の生産にはまだまだ課題は多かったが、二週間程最終的なチェックや工場の調整をして、ようやく販売を開始できる事になった。一号機はサウスゴータの商館で使用することにして、まずはロンディニウムの魔法学院までマチルダを送るのが最初の遠出になった。
一番安いモデルでも六千エキューと随分な高額になってしまったのでそうそう数が売れるとは思ってはいないが、既に新しもの好きの貴族からは何台か注文が入っている。
とにかく乗り心地がこれまでの馬車とは段違いなので、試乗した貴族達の評判はすこぶる良い。値段を除いての話だが。馬糞の臭いもしなければ五月蠅い蹄の音もなく、実に洗練された乗り物であると貴族の目には映ったようだ。

 自動車の発売後はウォルフは東方調査の準備に専念したが、発売から二週間経っても特に大きな問題は起きなかったので、いよいよ東方調査へと出発することにした。新型のモーグラで行くし、いざとなればさっさと帰ってくればいいのでその辺は割と気楽である。
同行するのは結局クリフォード一人である。クリフォードの友達とかで行ってみたそうにしていたのもいたのだが、親の許可が下りなかった。もう少し調査隊に人数が欲しいと思っているのでゲルマニアで傭兵を雇おうと考えている。
 クリフォードはこの一ヶ月、日課である魔法の訓練の他に、ラウラの元で新型機の操縦訓練にいそしんだ。一目見ただけで男の性質を見極められるようになっているラウラによれば、クリフォードは「才能がある」そうである。何の才能であるのかは言わなかったが、ウォルフはラウラに絶対にその才能を花開かせないように頼み込んでおいた。

「じゃあ、父さん、母さん、行ってきます。多分一ヶ月位で一度は帰ってくると思う」
「うむ。クリフ、男が行くと決めたんだ、絶対に弱音を吐くなよ。諦めなければ何かしら方法はあるもんだ。お前が何かをつかんで帰ってくることを信じてる。ウォルフは・・・まあいいや、お前はいつも通りだろう、気をつけて行ってこいよ」
「はい。行ってきます」
「父さんも頑張ってね。弟でも妹でもどっちでもいいから」
「ははは、何を言っているのかなお前は、ゲホンゲホン」
「ホホホ、クリフもウォルフも気をつけて下さいね。ゲルマニアの森には幻獣が多いと言うから」
「「はい」」

 そのまま空港まで見送りに来るというサラと三人でセグロッドに乗り城壁の外のある空港に向かう。空港の目立つ場所に止められた新型機には人だかりが出来ていて、皆ガンダーラ商会の新型機に興味津々といった所だった。

「じゃあ、ウォルフ様、これお弁当です。機内でクリフ様と食べて下さい」
「おお、ありがと。事業の方も忙しいとは思うけど、ちゃんと勉強するんだぞ」
「一杯宿題出してもらったから、頑張ります。さっさと終わらせちゃうので、ウォルフ様も早く帰ってきて下さいね?」
「はは、サラが宿題終わらせるのとオレが調査終わらせるのとどっちが早いか勝負か」
「はい。負けませんから。気をつけて行ってきて下さい」

 ウォルフが一月位いないことにはサラも慣れてきたものだが、今回は行き先に危険が待っているので少し心配そうである。ウォルフは一度軽くサラの頭を撫でて、モーグラに乗り込んだ。

「ウォルフー、この四角い板なんだ?ちょっと場所とってるんだがこの上に荷物を置いても良いのか?」
「あ、それは襲撃された時用の武器だから、すぐに取り出せるようにしておいて」
「これが武器・・・魔法具か?」
「そうだよ、火竜の群れとかに襲われた時用の装備。火竜って火の魔法だとあまり効かないじゃん。『マジックアロー』も魔法で防御できるし」
「おいおい火竜の群れなんているのかよ」
「いや、いるかどうかは分からないけど、対策しておくのは必要だろ?」

 先に乗り込んだクリフォードが荷物を収納しようとして先に積んであった魔法具について尋ねてきた。この魔法具はウォルフがこの調査の為に用意した武器の一つで、長距離音響装置である。
風石を使って高音圧の超音波で指向性の高い可聴音を発生させ、そのスピーカーを複数並べることによってさらに指向性を高めている非殺傷の兵器だ。常人ならば一瞬で行動不能にすることができるし、幻獣や亜人にも効果がある。
『拡声』の魔法をトリガーにしているので風魔法が使えるメイジにしか扱えないが、三半規管の発達した飛行性の幻獣には特に効果が高い。
 アルビオンの高地にいる竜で実験してみた所、火竜だと三百メイル以上離れた所にいても飛行不能になる程の威力があった。風竜にもそれなりに効果があり、一度この魔法具の攻撃を受けた風竜は二度と近づいては来なかった。
将来領地を持つことを考えた場合幻獣は確かに脅威なのだが殺してしまえばいいかというとそうとは言い切れない面がある。領地周辺の幻獣を殺せばその縄張りに後から新たな幻獣を呼び込んでしまう恐れがあり、そうすると延々と幻獣を殺し続ける羽目になりそうなのである。この魔法具で何度か追っ払えばその個体は人間のいる範囲に近づかないようになることが期待できるので、恒久的な幻獣避けになるのではないかと考えている。
 今回辺境の森で更に実地テストを行い、問題がないようならば開拓地の防備にも活躍するだろう。この他にも一応もっと強力な秘密兵器を作ったので荷室の奥に積んではあるが、こちらは使うつもりが無いので音響兵器だけで道中の安全を確保するつもりである。

「だだだ大丈夫なんだよな?これで火竜を追っ払えるんだよな?」
「多分大丈夫、後で使い方教えるから兄さんも覚えてね? さあ準備完了、出発するか。済みませーん! グライダーそっちに動くんでどいてくださーい!」
「そこは絶対大丈夫って言う所だろう・・・火竜の群れか・・・はあ」

 プロペラを始動させると人混みをどけて、そちらに機首を進める。クリフォードが黄昏れているが放っておいた。

「じゃあ、サラ! 行ってきます!」
「はーい! 行ってらっしゃーい!」 

 速度を増しながら浮上し、手を振るサラに別れを告げるとキャノピーを閉めて一気に速度を増す。サラは暫くその姿を追っていたが、あっという間に雲に隠れ、見えなくなった。

 遠ざかるアルビオン大陸を背にしながら滑空し、機体は一気に最高速度へと達する。

「サラも連れてってやれば良かったのに。行きたがってたぞ?」
「死ぬ可能性だってあるってのに、サラをそんな危険な目に遭わせるなんてとんでもない」
「ちょちょちょちょー! 死ぬって何だよ、そんなこと聞いてないぞ!」
「言ってないしね。はっはっは、多分大丈夫だよ、多分」
「うわあ・・・」

 何処までも続く晴天の下、ウォルフとクリフォードを乗せた機体は一路ゲルマニアへと向かった。



 ボルクリンゲンに到着したウォルフがまずしなくてはならないことは調査隊の結成と東方調査の許可証を受け取ることである。既に許可証はヴィンドボナから届いてるとのことなので、傭兵を雇うのは後回しにしてツェルプストーの城に受け取りに行くことにする。
丁度、ボルクリンゲンの商館から一台目の自動車を納車するとのことなので、ボルクリンゲンに着いた翌日に一緒に乗っていくことにした。帰りはセグロッドになるが、それ程大した距離ではないので気にはならない。クリフォードは別に付いていくような事でもないので朝から街へ出かけてしまっている。

 さて、自動車である。今回納車するのは、発売した中で最も高級な機種である。
発売した自動車の基本的なラインナップは高級機と廉価機の二機種で、そのうち高級機をストレッチして八人乗りのやや大型の車体にしたのがこのモデルだ。ドライブトレインは全ての機種で共通で、前部に風石発電機を積み、床下にバッテリーを積んで後輪をモーターで駆動して走行する。
 高級機は受注生産で内装や外装の塗装などを仕上げ、廉価機は仕様を統一して価格に訴求力を持たせている。ガーゴイルの中枢部を埋め込んで充電の管理をさせているが、高級機は更にクルーズコントロールやアンチロックブレーキシステムなどの運転支援機能を搭載している。おまけで上り坂では風石を自動で励起させることによりストレスのない登坂を実現していて、さらには回生ブレーキもこちらにだけ採用しており、その省エネ効果で航続距離が長くなっている。
二機種ともその外観は馬車職工ギルドに車体の制作を依頼している為随分とクラシカルでこちらの風景に合う物だ。座席などの内装も全て外注で貴族好みに仕上げ、特にこの高級機では念入りな装飾が施されている。
 一見しただけでは大きくて短いボンネットが目に付く位でこれまでの馬車とあまり変わりがないが、高剛性なラダーフレームと独立懸架のサスペンションは空気入りのタイヤと相まって別次元の乗り心地を提供している。



「毎度お買い上げ下さいましてありがとうございます。こちらがご注文の品になります」
「ほほーう、これが自動車というものか。では早速乗せてみろ。一体何が違ってて馬や竜がないだけでそんなに高いんだ?」
「あ、はい。じゃあちょっとその辺を走らせましょう」
「ちょっと待って、父さま、私も連れてって下さい」
「お、キュルケか構わんぞ、いっしょに行くか」

 ツェルプストーの城に着くと、挨拶する間もなく試走に出かけることになった。商会の販売員に運転を任せ、ウォルフは辺境伯と一緒に後部座席に乗り込もうとしたのだが、そこにウォルフの来訪を聞きつけたキュルケが駆けつけた。

「ウォルフ久しぶりね、これがずっと言ってた自動車なのね」
「おお、やっと完成したんだ。元気が出たみたいだな、良かったよ」
「心配かけたわね、もうバッチリよ」

久しぶりに会うキュルケと挨拶しながら、辺境伯とキュルケは一番後ろの席、ウォルフはその前列の後ろ向きの席に座った。

「ふむ、内装も馬車とそう変わりはないのう。本当に馬がいないと言うだけか?」
「まあ、見てて下さい」

 自動車が発車すると、それまで胡散臭げにしていた辺境伯もその静かさに驚いたようだった。走行音に耳を澄ませたり、窓から顔を出して車輪で走行しているのを確認したりする。自動車は城を出てボルクリンゲン方面へと街道を進み、キュルケは落ち着いて深々と椅子に腰掛け、流れる景色を楽しんでいる。

「成る程、この静かさと乗り心地は洗練されているな。ダンプカーとやらは時速五十リーグも出るとの事だったが、これもそのくらいは出せるのか?」
「五十リーグならすぐに出ますよ」
「だったらもっとスピード上げてよ。これじゃあ、つまらないわ」
「驚くなよ?じゃあ、フル加速して下さい」
「畏まりました」

 ウォルフが運転手に頼むと瞬く間に車体は加速し、時速八十リーグに達した。まだモーターには余力がある。

「む、むむ、これは・・・速いのう。地上でこの早さだと地竜並ではないか?」
「高性能な衝撃緩衝装置のおかげでこの速度でも安定して走行できます。コーナーでも」
「お、おい、ひっくり返るぞ!」「きゃあ!」

 丁度道がカーブになっていたが、車体は若干減速しただけでそのままカーブをクリアした。
車体に掛かる横方向の加速度で辺境伯とキュルケはもつれあって横に倒れたが、ウォルフは掴まっていたので何事もないように座ってたままだ。

「馬車のようにすぐにひっくり返ったりはしないように設計してあります。馬車の車輪とは比較にならない程グリップ力の強いタイヤを履いていますので操縦者の意志をそのままに路面に伝えることができます。急ブレーキお願いしまーす」
「了解しました」
「うおお!」「きゃあああ!」

ゴッゴッゴッと鈍い音を響かせて自動車は時速八十リーグから急停止した。辺境伯親娘は今度は前方に投げ出され、椅子から滑り落ちてしまった。

「このようにいざというときは急停止することができますので馬車よりもはるかに安全です。何か質問はございますか?」
「狙ってたな?」
「何のことでしょう?」

 椅子と椅子の間にはまり込んだ辺境伯が恨めしげな目を向けてくるが、ウォルフは何処吹く風である。最近辺境伯に対する遠慮が無くなってきた。

「ね、ね、今度は私に運転させて? 中々楽しそうじゃないの」
「この後、今運転している商会の係がお城で運転教習をやるから、それを受けた後にしてくれ。正しく運転しないと結構危険なものなんだよ」
「ちょっと位良いじゃない、相変わらずけちね」
「成る程、馬ならばある程度自分で危険を回避してくれるがこれは全て運転者が注意しなくてはならないのか。操作次第では崖から落ちたり衝突したりする危険があるな。動力は本当に風石だけなのか?デトレフによると風石だけだと細かいコントロールが難しいとのことだったが、かなりきめ細かく速度調整をしているな」
「風石だけですよ。仰る通り、そのままでは細やかな制御が難しいですので、一度エネルギーを変換して使用しています。効率は落ちますけどね」

 ウォルフは車から降りると車体側面下部の扉を開け、バッテリー室からバッテリーユニットを一つ取り出した。

「風石から小さな雷の力に変換して車輪を回していますが、これはその雷の力をいったん溜めるものです」
「雷の力だと? そんなことができるのか?」
「《練金》・・・この銅線でこことここを繋げると・・・」

 バッテリーユニットは一つ十二ボルトのバッテリーを縦に五つ繋げたものだ。その内一つの電極を外し、陽極と陰極を『練金』で作った銅線で一瞬だけ繋げる。
その瞬間、銅線からバチッと音を立てて火花が散った。

「何と・・・」
「この雷の力、我々は電気と呼んでいますが、これを利用して走行しています」
「ちょ、ちょっともう一度やってみてくれ」
「ええ、いいですよ」

 辺境伯とキュルケが『ディテクトマジック』をかける中、同じように火花を散らす。魔法とは全く関係のない火花に二人は驚くがその原理には二人とも心当たりはなかった。

「これは、雷の精霊をここに閉じこめたと言うことなの?」
「えーと、雷の精霊というのは存在しないんだ。これは純然たる物理現象で、水が流れているように小さな雷が流れていると思ってくれ」
「確かに『ライトニング・クラウド』は風魔法だが、雷が出るな。そうか、雷利用の乗り物か」
「はい。その雷の管理にガーゴイルの運用技術を使用しておりまして、このガーゴイルを作れるメイジは少ないので価格が高くなる原因になっています」
「ふーむ、これは魔法具でもある訳か。それならば高いのも分かるな」

 理解はしないまでも納得してくれたようなので、バッテリーを元に戻し再び車に乗り込んで城へと戻った。




「こちらがゲルマニア政府発行の調査許可証で、こちらが辺境の貴族に協力を依頼する書類になっている。あの森はまだゲルマニアではないのだから本来は誰が調べようと勝手なものなのだが、この許可証が有れば蛮人と接触した時にゲルマニアの名前を出しても構わんというものだ。調査協力依頼書はワシの名義で、もう根回しは済んでいるからこれを見せれば協力を得られる手筈になっている。全ての貴族とは言わんが、既に森の開拓を停止している所をいくつか選んでおいた」
「ありがとうございます。調査協力まで取り付けていただいて心強いです」
「うむ、お前には大分借りがあるからな。まあもっとも、この程度で返せたとは思っていないが」

 城に帰って早速調査許可証を受け取った。商会の販売員は家臣の人達に運転講習をする為に再び試乗に出かけたので、キュルケもそちらに行くのかと思ったのだが、何故だかこちらに来ていて、辺境伯の横で神妙な顔をしている。

「で、だ。恩があると言っておいてすぐにこんな事を言うのは何なのだが、お前に願いがある」
「えーと、何でしょう。すぐに出かけてしまうのであまり時間は取れませんが」
「あー、その出かける事についてだ。この、キュルケを一緒に連れて行って欲しい」
「えっ・・・」

 ウォルフとしては今回の調査行で危険な目にも遭うことを覚悟している。キュルケはお転婆とはいえお嬢様だ。彼女の安全を確保しながらの調査となるとその大変さは相当なものだろうし、調査速度の大幅な低下が予想される。行程には野宿も当然あるだろうし、トイレや風呂の問題も無視できなくなるだろう。
キュルケが遊び気分で行きたいと行っているのならばご遠慮願いたいというのがウォルフの本音だ。

「辺境伯もご存知の通り、今回の行き先はどんな危険が待ってるか分からない森です。幻獣や亜人も多いと聞きますので、私としてはキュルケの安全を保証できません。その申し出はお受けかねます」
「危険だから頼んでおるのだ。キュルケの安全は保証しなくて良い。こちらで腕の立つ護衛をつけるつもりだ。もちろん、見つけた土地にこちらが手を出すつもりも無い」
「いや、しかし」

 ウォルフがなおも渋ると、キュルケが歩を進めウォルフの正面に歩み出た。

「父さま、この先は私が自分で言います」
「む、大丈夫か? キュルケ」
「はい。・・・ウォルフ、これはね、私の我が儘なのよ。私も行ってみたいというのが一番だわ」
「あー、我が儘って分かっているんだ…」
「でも、それだけじゃないの。私ね、大分回復してきたのよ。魔法も前みたいに使えるようになったし、目の前で火を見てもパニックにならないようになったわ。でもね、まだやっぱり戦闘は怖いのよ」
「うん、無理も無い事だよ。焦る必要はないと思うんだよね」
「別に焦っている訳じゃないのよ。ただ、私はツェルプストーだし、戦えなくちゃ話にならないわ。でも、家臣達の前でこれ以上無様を晒すわけにはいかない。何より、たかが辺境の森に行く事を怖がっている自分を許せないの」
「いや、無様とか考えることはないよ」
「うん、でもやっぱり私が今のままだといやなの。キュルケ・フレデリカは闘うことによってしか取り戻せないと思っているのよ」
「うーん・・・」

 言いたいことは分かる。確かに以前のキュルケなら、ウォルフが辺境の森へ行くのなら我が儘言いまくって付いて来ようとしたかも知れない。好奇心だけでアルビオンまで飛んできてしまうようなお転婆なのだ。
ツェルプストー領内でキュルケの復帰戦を行った場合、キュルケに掛かるプレッシャーが並では無い事も容易に分かる。多くの家臣達が見守る中で領主の娘としての力を示し、強敵を打ち倒さなくてはならないのに失敗は決して許されないのだ。
 しかし、今現在まともに戦えない人間が辺境の森に行くというのは無謀としか言いようがない。家臣達の目のない所で復帰戦を行って、自信を取り戻してから披露したいのだろうが、そもそも復帰戦の難度自体はえらく上がることになる。
 無理に以前と同じような行動をとって戦闘が有るであろう所へ飛び込んでいくというのはどうなのだろうか。

「辺境伯、分かっているんですか?下手をしたら命を落としてしまうかも知れないんですよ?そうでなくても二度と闘うことができなくなるかも知れない」
「分かっている。もしそうなったらそれがキュルケの運命だったと思うことにする」
「ふう・・・分かりました。護衛につけるメイジの中に土と水のメイジを入れて下さい。それで手を打ちましょう」
「うむ、感謝する。メイジについてもまかせてくれ」
「キュルケも、オレは特別扱いはしないのでそのつもりで来てくれよ」
「わかったわ、ありがとう、ウォルフ」

 決心が変わらないようなので、仕方なくキュルケの同行を許可した。まあ、ウォルフにもメリットがないといやなので、該当地域の鉱物調査の為土メイジを、水源調査の為に水メイジの同行を希望しておいた。
その後打ち合わせを済ませ、キュルケを含めて四、五人のメイジがツェルプストーから参加することになった。元々モーターグライダー二機六人程度で調査隊を作ろうと思っていたのでもう傭兵は雇わなくても良さそうだった。
 すぐにでも出かけたい所だが、二機目のモーターグライダーの調整がまだ済んでいないので、出発は三日後に決めた。


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