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No.33077の一覧
[0] 空を翔る(オリ主転生)[草食うなぎ](2012/06/03 00:50)
[1] 0    プロローグ[草食うなぎ](2012/05/09 01:23)
[2] 第一章 1~5[草食うなぎ](2012/05/09 01:22)
[3] 第一章 6~11[草食うなぎ](2012/06/03 00:32)
[4] 第一章 番外1,3[草食うなぎ](2012/06/03 00:34)
[5] 第一章 12~15,番外4[草食うなぎ](2012/05/09 01:30)
[6] 第一章 16~20[草食うなぎ](2012/06/03 00:34)
[7] 第一章 21~25[草食うなぎ](2012/05/09 01:32)
[8] 第一章 26~32[草食うなぎ](2012/05/09 01:34)
[9] 幕間1~4[草食うなぎ](2012/05/09 01:39)
[10] 第二章 1~5[草食うなぎ](2012/05/09 02:22)
[11] 第二章 6~11[草食うなぎ](2012/05/09 02:23)
[12] 第二章 12~17[草食うなぎ](2012/05/09 02:25)
[13] 第二章 18~19,番外5,6,7[草食うなぎ](2012/05/09 02:26)
[14] 第二章 20~23[草食うなぎ](2012/05/09 02:28)
[15] 第二章 24~27[草食うなぎ](2012/05/09 02:29)
[16] 第二章 28~32[草食うなぎ](2012/05/09 02:30)
[17] 第二章 33~37[草食うなぎ](2012/05/09 02:32)
[18] 第二章 38~40,番外8[草食うなぎ](2012/05/09 02:32)
[19] 幕間5[草食うなぎ](2012/05/17 02:46)
[20] 3-0    初めての虚無使い[草食うなぎ](2012/06/03 00:36)
[21] 3-1    ラ・ヴァリエール公爵の目的[草食うなぎ](2012/05/09 00:00)
[22] 3-2    目覚め[草食うなぎ](2012/05/09 00:01)
[23] 3-3    目覚め?[草食うなぎ](2012/05/09 00:02)
[24] 3-4    ラ・ヴァリエールに行くと言うこと[草食うなぎ](2012/05/09 00:03)
[25] 3-5    初診[草食うなぎ](2012/06/03 00:40)
[26] 3-6    再診[草食うなぎ](2012/06/03 00:40)
[27] 3-7    公爵家にて[草食うなぎ](2012/06/03 00:52)
[28] 3-8    決意[草食うなぎ](2012/11/06 20:56)
[29] 3-9    往復書簡[草食うなぎ](2012/11/06 20:58)
[30] 3-10    風雲急告[草食うなぎ](2012/11/17 23:09)
[31] 3-11    初エルフ[草食うなぎ](2012/11/17 23:10)
[32] 3-12    ドライブ[草食うなぎ](2012/11/24 21:55)
[33] 3-13    一段落[草食うなぎ](2012/12/06 18:49)
[34] 3-14    陰謀[草食うなぎ](2012/12/10 22:56)
[35] 3-15    温泉にいこう[草食うなぎ](2012/12/15 23:42)
[36] 3-16    大脱走[草食うなぎ](2012/12/23 01:37)
[37] 3-17    空戦[草食うなぎ](2012/12/27 20:26)
[38] 3-18    最後の荷物[草食うなぎ](2013/01/13 01:44)
[39] 3-19    略取[草食うなぎ](2013/01/19 23:30)
[40] 3-20    奪還[草食うなぎ](2013/02/22 22:14)
[41] 3-21    生きて帰る[草食うなぎ](2013/03/03 03:08)
[42] 番外9    カリーヌ・デジレの決断[草食うなぎ](2013/03/07 23:40)
[43] 番外10   ラ・フォンティーヌ子爵の挑戦[草食うなぎ](2013/03/15 01:01)
[44] 番外11   ルイズ・フランソワーズの受難[草食うなぎ](2013/03/22 00:41)
[45] 番外12   エレオノール・アルベルティーヌの憂鬱[草食うなぎ](2013/03/22 00:42)
[46] 3-22    清濁[草食うなぎ](2013/08/01 20:53)
[47] 3-23    暗雲[草食うなぎ](2013/08/01 20:54)
[48] 3-24    誤解[草食うなぎ](2013/08/01 20:57)
[49] 3-25    並立[草食うなぎ](2013/08/01 20:59)
[50] 3-26    決別[草食うなぎ](2013/08/01 21:00)
[51] 3-27    緒戦[草食うなぎ](2013/08/01 21:01)
[52] 3-28    地質[草食うなぎ](2013/08/01 21:02)
[53] 3-29    ジョゼフの策 [草食うなぎ](2013/08/01 21:03)
[54] 3-30    ガリア王ジョゼフ一世[草食うなぎ](2013/08/01 21:03)
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[33077] 第二章 28~32
Name: 草食うなぎ◆ebf41eb8 ID:e96bafe2 前を表示する / 次を表示する
Date: 2012/05/09 02:30


2-28    東進



 北辺の地の朝、ウォルフはいつも通り早朝に目が覚めた。ボルクリンゲンなら太陽が昇るかどうかの時間だが、かなり東に来ているのと緯度が高い為に外はもう大分明るくなっていた。
いつものように枕元のメモ帳を手に取り、寝ている間に考えていた事を纏めてメモしておく。もうずっと続けているウォルフの習慣だ。まだ寝ているメンバーを起こさないように静かに外に出る。北国の冷涼な朝の空気がウォルフの意識を覚醒させた。
 顔を洗おうと水場に近づくとドーム屋根の上にキュルケが座っているのに気が付いた。朝日を見ていたようだ。朝日を浴びるキュルケの事を、黙っていれば美少女なんだよなあ等と思いながら見ているとキュルケもウォルフが出てきた事に気付いてこちらに飛んできた。

「おはよ。はい、タオル。朝は一段と冷えるわね」
「おお、ありがと。早いね」
「デトレフの歯軋りがうるさくて目が覚めちゃったわ。明日からはあんなパーテーションだけじゃなくて女子は完全に別の部屋にしてちょうだい」
「…贅沢にするなって言ってたくせに」
「あら、必要なものは贅沢とは言わないのよ?」
「はいはい、仰せのままに」

 いつもの朝ならばジョギングに行くのだが、ここは走れるような場所がないので省略する。そのかわりいつもは第一か第二のどちらかをやっているラジオ体操を二つともやった。
ラジオ体操は本気でやるとそこそこの運動になるが、音楽がウォルフの頭の中だけで鳴っているのではたから見ると珍妙である。サウスゴータにいる時はエルビラの人形コレクションの一つ「笛吹アルヴィー」に伴奏をさせているのだがさすがに持って来られなかった。

「その変な運動毎日やってるの?」
「魔法使ってると運動不足になりがちだからな。せめてこれくらいは体を動かそうと思ってるんだ」
「ふーん。ちょっとそれが終わったらまた私の魔法見てよ」
「ああ、いいよ」

 キュルケが調査隊に参加することになったとき、ウォルフは毎日杖合わせをさせられる事になるのではないかと危惧したが、今のところそれは無い。キュルケは勝てる見込みのない勝負はしない質のようである。
代わりにこうして時間が空いた時に家庭教師のような事をさせられている。ウォルフはキャンプ用の警戒装置やモーグラの自動操縦システムやらの改良、安全航行支援装置の開発、採取した鉱物の分析など色々と忙しいのだが、時間が許す限りは相手をする事にしていた。



 キュルケの主力魔法は『フレイム・ボール』である。これまで大きくする事を主眼に置いて練習してきたというそれをウォルフは圧縮するように要求してきた。

「どうかしら。結構集束できるようになったと思うのだけど」
「うん、おかげで速度が上がるようになったな。その状態で温度を上げて行ければ良いんだけど」
「酸素を出すとか言うのは良く分からないわ。青い炎ってのも好みじゃないし、何か他に良い方法無いの?」
「んー、じゃあ、あいつの真似をしてみるか…」

 杖を構え炎を出す。いつもの青いプロパンの炎から酸素の供給を止め、普通のメイジと同じオレンジ色の炎にする。

「キュルケの炎だとこんな感じだろ?ここから精神力を直接熱エネルギーに変換していくと…」

 杖の先から出る炎は次第に輝きを増し、やがて真っ白に輝く炎となった。 

「これが、キュルケを襲った傭兵メイジが使っていた炎。多分、より高い温度を求めて実現したんだと思う。大丈夫?」
「え、ええ、大丈夫。…この炎、私も使えるようになるの?」
「それはキュルケ次第だな。やってみる?」
「もちろん。これが出来る様になるのなら何かが変わる確信があるわ」

 かつて自分を襲った炎を硬直して見つめていたキュルケだったが、ウォルフの誘いには力強く肯いた。その瞳には力への恐怖と力への渇望とが渦巻いて映し出されているようだった。
その渇望に応じ、ウォルフは精神力のエネルギー変換を詳しく教える。ブリミルの粒理論を元に質量とエネルギーとの関係を明らかにし、精神力と呼ばれている体内に溜め込んだ魔力素をエネルギーに変換して放出する事を教えた。

「精神力で火を喚ぶんじゃなくて、直接エネルギーってのに変換するのね?」
「そう、熱はエネルギーであり、光はその放射形態なんだ。温度のあるものは全て光を放射している。放射される光には目には見えない光もあるけど、オレら火メイジが温度を認識するのはこの目には見えない光を見ているんだよ」
「わかった、やってみる…《ファイヤ》!」
 
 キュルケが練習を始めたのでウォルフはその場を離れてお茶を入れる。もうリア達も起き出して朝食の準備を始めていた。

「お早うございます。朝から精が出ますね」
「おはよう、全くだねえ。キュルケはデトレフさんの歯軋りで起きたって言ってたけど、気になった?」
「いいえ、キュルケ様はここの所ちょっと眠りが浅いみたいですから」
「うーん、そうかー」

 表面上は明るくなっていても色々とまだ大変そうである。人数分のお茶を入れて自分の分をカップに注ぎ、椅子に座って飲みながら練習するキュルケの様子を見守った。やがて朝食の準備が整い、キュルケも練習を切り上げて戻ってきた。

「全然感じがつかめないわ。何かこつとか無いの?」
「うーん、とにかく温度を上げるようにイメージしてみたらどうかな。エネルギー変換の事を頭の隅に置きながら」
「おはよー、何の話してるの?」

 イメージをつかめないキュルケに更にアドバイスを与えていると、起きてきたマリー・ルイーゼが訊いてきた。誰も倒せなかったという襲撃メイジの魔法を教わっていると聞くと俄然興味を持ったみたいで、食事中は火メイジ三人でずっと話をしていた。クリフォードはバルバストルと風魔法の話をし、その他二人はどちらかの話に耳を傾けるといった感じだ。
話題はこれまでの戦いの検証に移り、キュルケには腑に落ちない点が有るみたいで訊いてきた。

「そう言えば、何でウォルフは日頃あの炎を使ってないの?あれ使えばもっと楽に勝てるんじゃない?」
「まあ、そうなんだけど、威力が有りすぎて延焼が怖いし、あれは肌に悪いんだよ」
「「……は?肌?」」

 キュルケとマリー・ルイーゼが硬直する。突然肌と言われてもすぐには何の事か分からなかった。

「簡単に言うと日焼けしちゃうんだ、あれは。オレら白人種は日焼けに弱いからな、日頃は使う事無いと思っている」
「キュルケ、わたし何だかやる気が無くなって来ちゃった」
「…わたしは日焼けに強いから大丈夫よね。気にした方が良い?」
「まあ、出来たらの話だけどね。もう少し温度下げるとかサラの化粧品を使えば問題ないと思うけど」
「サラ?……ああ、「sara」ね!まだ良いかと思っていたけど、買ってもらおうかしら」
「高すぎて私のお小遣いじゃ無理ー」
 
 六千度もの高温になれば放射される電磁波には紫外線も多く含まれる。一つイメージのステップが多いのでその分ほんの僅かではあるが魔法の発動が遅れるし、白人のくせに顔だけ真っ黒とかになりたくない、というのがウォルフが魔力素エネルギー変換を行わない理由であった。 
 話題がサラの化粧品の事に移り、何であんなに若返るのかいろいろ聞かれた。ウォルフは自分が開発した訳じゃないのでこまかいところまでは知らないと言ったのだが、この話題に対する女性陣の食いつきは凄くて、特に途中から会話に割り込んできたリアは熱心に色々聞いてきた。やはり水メイジとしては興味があるのだろう。



 ちょっと話が長くなって出発が遅れたので急いで片付けて出かける支度をする。ドームハウスはこのまま誰もが使える山小屋的施設として残していくつもりだ。出発前に利用に当たっての注意事項を壁に書き込んだ。

「えーと、清潔に利用して下さい…利用後は利用前より綺麗になるように清掃してから退去して下さい…あと何か書く事有るかな」
「細かいわねえ、どうせこんな所人なんて来ないわよ」
「いいんだよ、気分だ気分。季節はずれの吹雪とかで難儀した人がこのドームハウスで助かるかも知れないじゃないか」

 細々と書き込んでいるウォルフの後ろで茶々を入れていたキュルケが、ふと、真面目な声になり、訊ねてきた。

「ねえ、ウォルフ、私の戦い方はどうかしら。ちゃんと戦えてる?」
「んー?まだちょっと、亜人相手だとオーバーキルになってんな」
「それは、問題があること?」
「冷静になれてないって事だし、最小限の精神力消費で倒す事が数を相手にする時には必要だと思うから、もっと戦況を客観視した方が良い」
「…わたし、絶対にあの炎を使えるようになるわ。この旅の間には必ず」
「頑張れ。魔法にとって"思い"ってのは凄く大事な要素だ」
「……うん」

 ドームハウス利用上の注意事項を書き終わり、出発しようと後ろを振り向く。丁度、キュルケが少し離れた所に駐めてあるモーグラに乗り込む所だった。



 いよいよ東進を始める。これまでは幻獣の調査の為低い高度を飛ぶ事が多かったが、今日は高々度で一気に距離を稼ぐ。
速度を増しながらモーグラが徐々に高度を上げる。眼下に広がる大陸には延々と森林が続き、何処までもそれが続いているように見えた。いくら進んでも変化のない、単調で退屈なフライトだ。狭い機内で強ばった体をほぐす為、そろそろ休憩にしようかという頃、ようやく変化が現れた。
 前方遙か彼方に南北に続く山脈らしき物が見えたのだ。

「来ましたよ?変化。あの雲の上のは山だろう」
「来たねー。もうこのままずっと森が続くかと思ってたよ。このままあそこまで行っちゃうのか?」
「いや、まだ五百リーグ以上はありそうだから一回休憩入れよう」
「ウォルフ!見た?山が見えるわよ!」
「おー、こっちでも確認していた所。休憩にしよう」
「オーケー、高度下げるわ」

 各機に積んである遠話の魔法具からキュルケの声が飛び込んでくる。向こうも興奮しているみたいだ。今日のモーグラ割りは女子とバルバストルが二号機だ。休憩後はその時話していた内容によって女子がばらける事もあるが朝の出発時は大体この割り振りになっている。
あの山の高さは分からないが、今の高度を考えるとまだまだ距離があるので一旦休憩を取り、すぐにまた出発する。最近は午前中の休憩は軽く取り、午後の休憩を長めに取るようになっている。

 休憩から二時間程飛ぶといよいよ山脈が近づいてきた。前方の山は標高三千メイル位、北に行く程標高は低くなり、南に行くにつれ高く、また何重にもなっていて何処まで続いているのかは見えない。

 徐々に近づいてくるまだ雪が残る山肌には竜はいないようだ。やがて山脈を飛び越えると高度を下げ、山頂より少し下がった平らな雪原に着陸した。

「いやーったぜーっ!!ついに脱出ハルケギニア!」
「これは一人の人間にとっては小さな一歩であるが、ハルケギニア人にとっては偉大な飛躍であーる!」
「何言っちゃってんの?ウォルフ」

 キャノピーを開けて叫んでいるクリフォードを尻目にウォルフはさっさと一番乗りで雪面に降りた。キュルケに突っ込まれるが気にせず見晴らしの良い所まで走った。アポロの話なんてハルケギニア人で分かる人間はいないだろう。
眼前には何処までも続く地平線とこれまでと変わらない大森林が広がってた。空から見ていた景色ではあるが、改めて地に足を付けて見るとまた、違った物に見えてくる。
 暫く東の方角を眺めているとキュルケも横に来て一緒にこの雄大な景色を眺めた。
 
「人間はいなそうねえ」
「エルフもな。ハルケギニアの外は全部エルフの住む砂漠だとか言ってた奴らにこの景色を見せてやりたいよ」
「そう言う人はこの森のまだまだ向こうにサハラがあるって言うんじゃない?」
「はは、行った事もないくせに良く言うよな」
「こんな所まで来たけど、こんな遠くに入植する気はあるの?」
「今のところ無理っぽいけど、将来的には鉱山開発位はするかも知れない」
「はあー、物好きねえ、こんな遠くで…」

 ハルケギニアは封建領主制なので鉱山開発をするのに一々土地土地の領主と交渉し、許可を得なくてはならない。おかげで調査するだけでも大変で、ウォルフが必要とするタングステンなどのレアメタル等、いつまで経っても見つけられそうもなかった。
その点誰の物でもないこの地なら、広大な範囲を調査し、必要な資源を得る事も可能であろう。前世の記憶でロシアや中央アジアと言えば資源が豊富という印象が有り、ついこちらの世界でも、と期待してしまう気持ちもある。
 ウォルフは色々と妄想を広げているが、キュルケは全く興味が無い様子である。キュルケ程好奇心旺盛でも外の世界に対する興味というのは薄いらしい。さすがは六千年もあの世界に留まり続けた生粋のハルケギニア人ということだろうか。

 見晴らしの良いこの場所で朝に作ってきた昼食を摂り、方角を変え今度は山脈に沿って南下する。二百リーグ程進むと時々トロル鬼などがいるのが見え始め、更に進むと山脈に風竜が巣を作っているのが見えた。山はますます高くなりその裾野も広がっている。
竜のいる所に着陸するのは危険なので少し戻った川のほとりで野営した。ここは山からの土砂が長い年月深い谷に堆積して出来た平地で、荒々しい山々に囲まれた清らかな川の流れと新緑の木々は中々の景勝地だ。その眺めのよい場所に前日と同じようなドームハウスを建てた。
 夕食はクリフォードが捕ってきた鹿がメイン料理だ。キュルケとバルバストルと三人で狩りに行って、キュルケが勢子となって仕留めたそうだ。
 クリフォードがせっかく捕った鹿の皮を持って帰りたいとごねたので山育ちのリアが皮を剥がして処理してくれた。『リムーブ』というウォルフも初めて見る魔法で皮下組織を取り去り、水魔法で洗浄乾燥し更に『タンニング』という魔法でなめす。『タンニング』には鹿の脳みそを併用して皮を柔らかくする魔法だが、脳を取り出して煮込むのがちょっとグロい。仕上げに薪の上に櫓を組んで燻せばできあがりだ。これはメイジなめしと言ってふつうの毛皮よりも高級品になるそうだ。

 翌日も南下を続け、竜を避けて高々度を飛びながら時折山脈の東西を行き来して地上を観察した。南下を始めた地点から八百リーグ程来たあたりで山脈は最も高くなり、恐らく六千メイル級と思われる偉容を見せていた。
このあたりを境に南から北へ流れていた川が北から南へと流れるようになり、南側では山脈の左右に二筋の流れを作っている。更に南へ二百リーグ程来たあたりに六千メイル近い火山があり、噴煙を上げていた。その火口付近は大きなカルデラとなっており、大量の火竜が巣を作っている。
 この火山がこの山脈の最も新しい山のようで、ここで山脈は終わり南側はなだらかな斜面が続いている。その斜面の途中までは背の低い森があるが、その先は二筋の川に挟まれた広大な草原になっているのが見える。草原の西を流れる川の西側は辺境の森が続いているが、東側の森は火山の辺りから徐々に草原に移行している。この辺りの緯度ではこの川が辺境の森の境界と言っていいだろう。
 
「お!あそこ温泉湧いているんじゃないかな。噴煙とは違う湯煙が上がってるぞ!あ、あっちにも」
「いいですなあ、私もガリアにいた頃は良く火竜山脈の野湯に行ったものです。いつ火竜に襲われるか分からないのがちょっとなんですが、良い物でしたよ」

 火口から南へ大分下がった辺り、標高二千メイル付近の西斜面で広い範囲にわたって無数の噴気が上がっているのが見える。火山にはつきものの温泉だ。東側斜面にも同規模の温泉が見え、どちらの温泉も滝となって川に流れ込んでいるのが良く見えた。他にも斜面のあちこちで湯煙が上がっているのが見え、ここは温泉天国のようだった。

「火竜と混浴は嫌だけど、こっちにはいないみたいだし、降りてみるか」
「ええー、ちょっと離れた所にあんなに火竜がいるのよ? 温泉なんてゲルマニアのテルメで良いじゃない」
「ぐるっと回り込んで高度を下げてから近づけば奴らからは見えないから大丈夫だよ。火竜の勢力範囲では他の飛行性の幻獣もいないだろうしね」

 キュルケの懸念を一蹴し、慎重に高度を下げる。そう、ウォルフは温泉に目がなかった。火竜山脈に行った時は地質調査をかねて温泉地を結構回ったし、ゲルマニアでも虚無の曜日に近くのテルメに出かけるなんてのはしょっちゅうだ。
せっかく見つけた温泉に入らない選択肢など無いのだ。近くにモーグラが駐められる平地のある東斜面の温泉を選んで降下する。

「うわ、なにこれ変な臭い」 
「うおおー、良い匂い…《ディテクトマジック》」
「ちょっとウォルフ何で降りないの?」

 キャノピーを開いたとたんに漂う硫黄の匂いにキュルケとマリー・ルイーゼは顔を顰め、ウォルフとバルバストルは目を細めた。

「あ、ちょっと待ってて、今、毒の濃度を測ってるから」
「ど、毒?! 何でそんなのがあるの!」
「お嬢様、火山から吹き出す風には毒が入っている事があるのです。むやみに動かないで探査してから行動するようにして下さい」
「んー、大丈夫だ。火竜山脈の温泉地並みだな。一応、この毒は下の方に溜まるからむやみにしゃがみ込んだりしないように。へたに高濃度のを吸い込むと死ぬから」
「…火竜が来るかも知れない、毒が吹き出す所に何でわざわざ行くの? ねえ、何で?」
「さあ、行こう! 丁度良い温度だと良いなあ!」

 キュルケの呟きはウォルフの耳には入らなかったようだ。ウォルフはタオルを用意してとっとと降りると『ディテクトマジック』で硫化水素濃度を調べながら源泉の方へ歩いていった。

「ああ、もう、行っちゃった。なんなの?あの子」
「あいつ昔から異常に温泉好きなんだよ。魂の故郷とか言っていた事もある位」
「お嬢様、昼食は私が用意していますから、温泉に入ってきたらいかがかしら?」
「うーん、一応見に行くか」

 周囲は火山性ガスの為草一本生えていない荒れ地だ。ここには温泉以外見るべき物は何もない。ただぼんやりと待つのは性に合わないのでキュルケ達も源泉見学に行く事にした。一応タオルを持って。
やはり『ディテクトマジック』で探査しながら歩くバルバストルを先頭にキュルケとマリー・ルイーゼそれにデトレフが続く。リアは昼食の準備、クリフォードは火竜警戒のため長距離音響兵器を持ってモーグラに待機している。みんなクリフォードが自分からそんな事を言い出したので驚いたが、実はウォルフが行く時に遠話で頼んでいたとの事だ。
 五分も歩かないうちに方々から噴気が吹き出す地帯に入り、足元には源泉が川となって流れるようになる。源泉はそこら中にあり、地面から音を立てて湯が噴き出している様は初めて見るキュルケには不気味な物に見えた。

 更に少し上ると作った湯船に魔法で近くの源泉から湯を注いでいるウォルフを発見した。その湯船は十人程は入れそうな大きな物で、既に半分程湯が入っている。この分ならばすぐに湯を張れそうだ。

「ウォルフ、何やってんの? もしかしてこれがバスタブなの? ゴミが浮いているわよ」
「遅いじゃないか。ゴミじゃないって、これは湯ノ花」
「ええー? なんかちょっとやな感じね」
「もうすぐ入れるけど、キュルケ達も入る? だったら仕切りと脱衣所位作るけど」
「仕切と脱衣所って、こんな大きい湯船作るくせに浴室作らないの? こんなところで裸になんてなれないわよ」
「あー、ほら毒の風があるから、湯小屋作るのちょっと難しいんだ。毒が籠もると死ぬ可能性があるからさ」
「……」

 作れない事はないがウォルフとしては硫化水素対策に窓を増やすと『練金』で作るのは大変になるので我慢してもらうつもりで言っている。他に人も居ないんだし、仕切と脱衣所が有れば十分だろうと思ってのことだ。ぶっちゃけ、面倒くさい。
 キュルケとマリー・ルイーゼは後ろを振り返った。この斜面は開けた所にあり、標高も二千メイル程有るので眼下には深い峡谷を挟んで辺境の森が延々と広がっている。地平線まで見渡せるその開放感たるや相当な物で、二人はここで服を脱いで裸になる自分を想像できない。微妙な年頃なのだ。
湯船を振り返り、今度は上を見る。空は何処までも青く、時折火竜が飛んでいて太陽が眩しい。絶対に無理だと思った。

「ごめん、ウォルフ。せっかくのお誘いだけど、ちょっとこれには入れないわ」
「私もちょっと…」
「残念だな。じゃあ下で待ってて、ひとっ風呂浴びたらすぐ戻るから」
「うん…」
「戻る時は飛んで行くと毒風に当たる心配がないよー」
「「……」」

 フラフラとキュルケとマリー・ルイーゼが帰って行く。ちょっとカルチャーショックを感じているみたいだ。そうこうしている内に湯が張れたので温度を確認して残った三人は早速入る。服を脱ぎ、かけ湯をしていよいよ至福の時間だ。
 
「あ゛ー、良い湯だあ…」
「や、これは生き返りますなあ」
「熱っ、これ下から湯が沸いているんですか」
「そうそう源泉の上に湯船作ったから、足元湧出温泉だね。熱い所は避けて入って」
「新鮮な温泉という事ですな。こんな形式は中々見た事無いですね」
「もったいないよなあ、キュルケ達も入ればいいのに」
「ははは、女子にはこの豪快な風呂の良さは分からないでしょう。この素晴らしい景色! 命が洗われるようです」
「全くだね。あ、また火竜が飛んだ。ここは火竜の湯だな」

 そのままのんびりと景色を楽しみ時折飛び交う火竜を眺めながら暫しこの贅沢な時間を楽しむ。リラックスして時々会話をしながら湯につかり、熱くなったら湯から出て風に当たり、涼しくなったらまた湯に入る。バルバストルのガリア時代の武勇伝などを話していると、クリフォードが『フライ』で飛んできた。

「あれ、兄さん、兄さんも入る?」
「ウォルフ! いつまで入ってんだよ! キュルケ達すっげえいらいらしてるぞ」
「あれ、もうそんなに時間経った?」
「や、一時間も経ってる。これは不味いですな、思わず時間を忘れました」

 慌てて風呂から上がって戻ったのだが、キュルケ達の機嫌はひどく悪い。既に自分達は昼食を終えて、憮然として待っていた。
いろいろと機嫌をとってみるが中々直らないのでこの日はもう移動する事をやめてここに泊まる事にし、夜までに女子用の風呂をウォルフが責任を持って作る事を約束するに至ってようやくキュルケの機嫌は直ったのだった。



 ウォルフが女子浴室を作る間、キュルケはマリー・ルイーゼとバルバストルをつれてセグロッドで山を降りる事にした。森まで行って何か獲物を狩って来るつもりだ。

「ここら辺、本当に何も出ないわね」
「身を隠すような物がありませんから、ネズミのようなのしかいませんね」
「それって、火竜がよく飛んでいるから?それだと、私達も危なくない?」
「注意は怠らないようにしましょう。やはり狩りをするなら西の森ですね」

 温泉の停泊地から南方面へ下ってみたのだが、腰程の高さの灌木がまばらに茂り、時折イタチやネズミのような小動物や蛇などを見かけるだけで幻獣や亜人はいないようだ。
進路を変更して西側、ハルケギニアの方向へと向かう。暫く下り坂を勢いよく走っているとやがて深い峡谷の上に着いた。行く手には高さ五十メイルもの崖が大地に深く刻まれ、その下を綺麗な水色をした川が滔々と流れていた。
どうやら温泉の成分が流れ込んでいるようで、崖の下まで降りてみたが生き物の気配を全く感じない川だった。
 『フライ』で崖を登り、西側ゲルマニア方面へと出ると暫く灌木混じりの草原を走ってその先の深い森へ入る。ゲルマニアと接している辺りの森とは多少植生が違うようであまり大径木は生えてないが、その印象は全く変わらない深い深い森だ。

「この森は…出ますね。お嬢様方、お気を付け下さい」
「あー、またこの森に入るのね。キュルケ、獲物って何を狙ってるの?まだお肉は昨日の鹿が一杯残っているみたいだけど」
「分かんないわよ、とにかくクリフの毛皮よりもゴージャスなのが良いわ」
「あの毛皮見て自分も欲しくなったのね?でもキュルケの魔法だと毛皮が燃えちゃうんじゃないのかしら」
「う…『マジック・アロー』があるわよ」
「『マジック・アロー』ですと大きい獲物には通用しないでしょう。毛皮ならば先程のイタチの類が良いのではないですか?」
「いやよ、あんなちっこいの…って何か来たみたいね」

 深い森の中、前方の茂みに何やら複数の気配がある。キュルケ達はセグロッドから降りて迎撃する体制を整えた。
茂みの中から飛び出して襲ってきたのはオーク鬼、豚の頭と肥満した肉体を持つ亜人だ。二メイルもの巨体を持ち、魔法にもある程度耐性があるので厄介な相手だがこっちにはスクウェアメイジもいるのでさしたる脅威ではない。

「はっはーっ! 燃えなさい! 《フレイム・ボール》」
「キュルケったら随分とテンション高いわね、《フレイム・ボール》」

 キュルケとマリー・ルイーゼでオーク鬼に次々と魔法を撃ち込む。飛び出した勢いのまま激しく燃え上がったオーク鬼は醜い悲鳴を上げて地面に転がり、それを見た後続のオーク鬼は恐れを成して逃げ出した。

「ふん、逃がすもんですか。追うわよ!」
「え、逃げてくなら追わなくても良いんじゃ」
「あ、お嬢様お待ち下さい」

 バルバストル達の制止を振り切ってキュルケはセグロッドで逃げたオーク鬼を追い立てた。一匹、一匹と火達磨にして最後の一匹を追って森の中の少し開けた草原に出ると、そこには今キュルケが追ってきたオーク鬼を頭からくわえた地竜がこちらを見つめていた。

「ラ、ランドドラゴン!」
「お嬢様、お下がり下さい!」

 セグロッドを急停止させたキュルケを後ろから追いついたバルバストルが庇う。二メイルもの身長と肥満した巨体のオーク鬼がまるで虎に捕まったウサギのようにプラプラと揺れている。その巨大な竜は、圧倒的な存在感でこの森に迷い込んだ人間を睥睨していた。
 地竜とはハルケギニアではもう野生の個体をほとんど見る事が無い竜である。飛ぶのを苦手としているが幻獣の中で最も走るのが速いと言われ、地中に潜る時にも使う前足には鋭い爪がありその爪での攻撃は素早く強力だ。火竜程ではないがブレスも吐くし、鉄よりも遙かに固いと言われる分厚い鱗で守られている為倒すのは相当難しい。通常十人以上のメイジで討伐するものというのが一般的な認識だ。
どさりと咥えていたオーク鬼を地面に落とし、ゆっくりとこちらに近づいてくる地竜。長年にわたりこの森の最強覇者として君臨してきた幻獣の迫力に、キュルケとマリー・ルイーゼは身動きすら取る事が出来なくなっていた。
 地竜の縦に裂けた瞳孔が細まる。この竜がただの餌としてキュルケ達を認識している事が何故だかよく理解できた。

「ミス・ペルファル、お願いします、キュルケ様を連れて逃げて下さい。ここは、私が食い止めます」
「わ、わかった。お願い、ホラ、キュルケ早く!」
「う…あ……」
「早く! 《エア・シールド》!」
「ああ、もう《レビテーション》」

 何とか体を動かせたマリー・ルイーゼが未だ硬直して動けないキュルケを『レビテーション』を使用して浮き上がらせ、そのまま後ろ向きに膝の辺りを抱え上げて連れ去る。移動は片手運転のセグロッドだ。
逃げようとした人間に地竜が炎のブレスを吹きかけたが、間一髪でバルバストルが魔法で食い止めた。

「ふふふ、これほど強い相手とやるのは久しぶりだな。風のスクウェアの実力、その身で思い知るが良い」

 バルバストルとて一人でこの竜を仕留められるなどとは思っていない。キュルケを逃がすためだけの戦いが、始まった。




2-29    ドラゴンバトル



 ゲルマニアから遠く離れた深い森の奥、バルバストルは一人地竜の前に立つ。
地竜の走る速さはセグロッドよりも速い。地竜にキュルケ達を追わせる訳にはいかなかった。

「《ウィンディ・アイシクル》!」
「シャーッ」

 杖の先から生み出された何十もの氷の矢が地竜を襲う。目、鼻、口、喉、腹、腕の付け根、肘の内側、地竜の体の弱そうな部分を正確に狙って放たれた魔法ではあるが、それは尽く強固な鱗にはじかれた。
攻撃された事に怒った地竜が素早く襲いかかり、その強力な爪で必殺の一撃を繰り出す。バルバストルは何とかその一撃を躱して間合いを取るが、一発でも掠れば即死の攻撃である。
 風メイジにとって地竜は最も相性の悪い幻獣だ。大昔の地竜討伐の様子を記した書にもまず風メイジは出てこない。大抵は土メイジが穴を掘って罠を作り、そこに地竜を誘導して罠に嵌った時に複数の火メイジで炎を浴びせ、蒸し殺すというのが地竜の退治方法だ。
通常の風魔法だと効果がないかと思って『ウィンディ・アイシクル』にしてみたのだが、全て跳ね返されてしまった。

「ふん、キュルケ様が逃げおおせるまで、もう少し付き合ってもらうぞ《エア・カッター》《マジック・アロー》!」

 どちらの魔法も鱗にはじかれ、また爪での攻撃を受ける。

「ではこれならどうだ、《ライトニング・クラウド》」

 攻撃を躱して放った電撃は一定の効果を地竜に与えたみたいで、多少嫌がる様子を見せたがそれだけだった。攻撃が緩くなる事も動きが鈍くなる事もなく、ますます盛んに反撃してくる。
恐らくこの様子ではスクウェアスペル『カッター・トルネード』でも効果はなさそうだ。対人戦ではその速度で優位な風魔法もこの最上級の幻獣には効果が薄い。バルバストルはキュルケが逃げた距離を計算し、何時自分も撤退するか、地竜の攻撃を躱しながら慎重にその機会を覗っていた。


 
 一方キュルケを肩に担いだままマリー・ルイーゼは必死に森の中を駆ける。もう少しで森を抜けるはずだった。

「下ろして」
「え? ちょっと、大人しくしてて。もうすぐ安全なところに出るから」

 キュルケを抱えているので咄嗟の襲撃には対応しづらい。周囲の警戒に意識は向けている。
幸い先ほど倒したオーク鬼が撒き餌になっているのか、幻獣が襲ってくる気配はなかった。

「下ろしてってば、わたしはまだ闘ってない!」
「わ、わ、っちょっと!」

 突然暴れ出したキュルケにバランスを崩され、やむなく急停止する。二人がもつれて転んでしまったが、キュルケはすぐに起き上がって自分のセグロッドに乗ろうとした。

「ちょ、ちょっとキュルケどうするつもりよ、そっちはダメよ」
「戻らなきゃ。置いて来ちゃった」
「何言ってんの、何のためにバルバストルが残ったと思っているの」

 走り出そうとするセグロッドを掴んで止める。こんな森の中で立ち止まっているだけでも嫌なのに、戻るなんて正気とは思えなかった。

「だから、戻るの!・・・あれは、わ、わたしの獲物なのよ!」
「怖くて身動きが取れなかったくせに何言ってるのよ!バルバストルもきっと後から逃げてくるから」
「怖いから、怖いからこそ戻るのよ。ここで逃げたら、また外に出られ無くなっちゃう。あのベッドの上に戻る事になっちゃう」
「で、でも、死んじゃったら元も子もないから、ね?」
「行かせて、マリー。バルバストルがヴィリーみたいになっちゃったら、わたしはもう二度と杖を握れない」

 ヴィリーは襲撃事件で命を落とした家臣の一人だ。彼がキュルケに覆い被さって庇ってくれたからキュルケは死なずに済んだ。
ヴィリーの事を口にする、その表情は怒りでも悲しみでもない。感情を全く感じさせず、まっすぐに睨み付けてくる顔はマリー・ルイーゼが初めて見るものだった。
 何を言えばいいのか、どうすればいいのか、分からなくなったマリー・ルイーゼの腕を、とうとうキュルケが振り解いた。

「…わたしは行く。マリーは一人で逃げれば良い」
「あ、キュルケ、待ちなさい!」

 制止するマリー・ルイーゼを振り切り、キュルケは地竜のいた草原へとセグロッドを戻らせる。その顔には悲壮な決意が浮かんでいた。



 草原に戻ったキュルケが見たものは圧倒的な力で攻撃する地竜と、それを何とか躱しながら時折反撃するバルバストルとの激しい戦いであった。地面はえぐれ、木はなぎ倒され、所々ブレスが焼き払ったのであろう焦げた地面はブスブスと煙を上げている。
暫く呆然とその激しい戦いを見ていると、戦闘中のバルバストルがこちらに気付いた。

「っ! お嬢様、何故戻ってきたのですか、早くお逃げ下さい」
「ほら、ね? キュルケ、バルバストルもああ言ってるし、逃げよ?」

 なおも下がらせようとするマリー・ルイーゼの手を振り払い、地竜に向かってセグロッドを進める。ゆっくりと近づくキュルケに地竜が気付き、振り向いた。
バルバストルが自分に注意を向けようと魔法で攻撃するが、地竜はうるさそうに首を振っただけで、キュルケとバルバストルを見比べてどちらを攻撃すべきか迷っている。

「たかが、トカゲの親玉じゃない。偉そうにしてるんじゃないわよ! 《フレイム・ボール》!」
「ああ、もうキュルケったら! 《フレイム・ボール》」
「ギュルルッ」

 地竜と目があった瞬間、キュルケは奥歯を噛みしめて睨み返し、己を鼓舞するように叫ぶと魔法を放った。以前のようなそこそこの大きさだけが自慢の『フレイム・ボール』ではない。小さく集束し、高速でそのエネルギーを一点に撃ち込む、ウォルフ直伝の『フレイム・ボール』である。
事ここに至ってはマリー・ルイーゼも説得を諦め、キュルケに続いて地竜を攻撃した。こちらの『フレイム・ボール』も旅に出る前より威力が上がっている。
 地竜はキュルケとマリー・ルイーゼの攻撃を受け、少し嫌がるそぶりを見せたがすぐさま炎のブレスで反撃する。火竜には劣るとは言っても竜のブレスである。途轍もない攻撃力な訳だが、キュルケはそれがあのメイジやウォルフが見せた白い炎よりも温度が低く、自分の『フレイム・ボール』よりも速度が遅い事に気が付いた。
それだけでこの竜を倒せるという訳ではなかったが、その事実はキュルケの緊張に囚われ硬直した体を解き放った。マリー・ルイーゼと共にセグロッドを鋭くターンさせて展開し、難なくブレスを避ける事が出来た。

「ふ、ふふ、やってやるわよ、トカゲ。覚悟なさい」

 再び放たれたブレスを躱すと草原を縦横に走行しながら次々に魔法を放つ。連続して放たれる火球は面白いように地竜に当たった。

「ちょっと嫌がってるみたいなんだけどな、マリー!着弾点を集中してみましょう」
「うわったっ、た。危ない危ない。オッケー、じゃあ、喉を狙うわ。《フレイム・ボール》」
「喉ね、了解《フレイム・ボール》!」

 ちょこまかと走り回りながら二人で攻撃を放つと、地竜は的を絞れずに幻惑される。火球を受けるのは嫌なようで避けようとするが、キュルケ達が避けさせない。
地竜のブレスが途切れた瞬間にキュルケが懐に飛び込み、急停止して魔法を放つ。魔法が喉に当たった瞬間には後退してその鋭い爪を躱して安全圏に離れ、今度はその前をマリー・ルイーゼが魔法を放ちながら横切る。そちらを追いかけようとするとした地竜に今度は反対側からキュルケの砲撃が襲いかかる。
 セグロッドの機動性を最大限に利用して二人は絶え間ない攻撃を続けた。地竜のトップスピードは速いが、その体重故にゼロから三メイルくらいまでの加速はセグロッドに分があり、細かいターンも得意ではない。僅かな利を最大限に生かしたぎりぎりの攻防だ。

「うわ、《エア・ハンマー》危なっ! お嬢様、危険です、今すぐ下がって下さい!」
「ありがとう、助かったわ《フレイム・ボール》! 何で下がるのよ、今良い所でしょう、マリー!」
「チャーンス! 《フレイム・ボール》」

 草原に飛び出していた岩に足をぶつけてバランスを崩したキュルケが転倒し、それに追いつこうとしていた地竜をバルバストルが横から『エア・ハンマー』で殴り倒した。もんどり打って倒れた地竜にマリー・ルイーゼが魔法を集中させ、キュルケは素早く起き上がってまた走り出す。
さっきまでキュルケを止めようとしていたマリー・ルイーゼも今となってはノリノリで攻撃している。バルバストルはこの少女もキュルケに負けず劣らずの戦闘狂だった事を思い出した。

「いや、今だって私がいなかったらキュルケ様はやられていました。お願いです、下がって下さい」
「でも、今みたいにあなたが守ってくれるんでしょう? 《フレイム・ボール》マリー、左から絞って!」
「いや、しかし…」

 いつのまにか、キュルケの顔は笑っていた。マリー・ルイーゼも笑顔で魔法を放っていて、護衛対象が指示を聞いてくれずに危険に突っ込んでいくこの事態をどうすればいいのか、バルバストルは泣きたい気分になった。

「バルバストル!」

 なお何事もなかったように立ち上がる地竜を前にキュルケが声をかけた。

「はっ」
「あいつの喉が大分赤熱しているわ。『ジャベリン』を撃ち込んでみてくれる?マリー、注意を引きつけて!」

 キュルケに言われて地竜を見てみると確かに喉の鱗が繰り返された攻撃により集中的に熱せられ、赤くなっている。今ならあの馬鹿みたいに硬い鱗も強度が下がっているかも知れない。

「《フレイム・ボール》ほら、今!」
「くっ…《ジャベリン》!」

 『ジャベリン』は氷の槍を投擲する魔法だ。太く長い氷の槍は『ウィンディ・アイシクル』よりも威力が高い。その魔法をキュルケの『フレイム・ボール』が当たった直後に寸分違えず同じ場所に当てた。
激しい音と水蒸気が立ち上がり、丁度目の前を横切るマリー・ルイーゼの方に体を伸ばしていた地竜は、後方へはじかれるようにして倒れた。

「やったか? …ちっ」
「いいじゃない、利いてるわ。ホラ、喉の鱗にひびが入ってる。もう一回やってみましょう」
「オッケー、また温度が上がるまで喉を炙るのね」
「そうね、バルバストルは合間に『エア・カッター』で攻撃して注意を逸らして。炙るのは私達がやるから、鱗が赤熱したらまた『ジャベリン』をお願い」
「くっ、これでダメだったら逃げますよ? 《エア・カッター》!」

 鱗のひび以外には『ジャベリン』のダメージを感じさせず、地竜は勢いよく起き上がってきた。しかしバルバストルが放った『エア・カッター』はこれまでと違って鱗の破片と血を散らし、明確なダメージを地竜に与えた。
またキュルケ達の機動攻撃が始まり、今度はバルバストルも加わってさらに地竜を追い詰める。地竜はかなり攻撃を受ける事を嫌がり、細かく動くキュルケ達に対しブレスで反撃しようとするが、喉にある油袋が先ほどの攻撃でダメージを受けたのか上手くブレスを吹く事が出来ない。次第に受ける火球の数は多くなり、その喉は再び赤熱の度合いを増していった。

「バルバストル!」
「今度こそ、くらえ、《ジャベリン》!」

 再び放たれた『ジャベリン』は、今度こそ水蒸気をあげながら深々と地竜の喉に突き刺さる。どう見ても致命傷を喉に受けながら、それでも地竜は暫く立ち上がろうともがいていたが、破れた油袋から漏れた油が引火して、喉で爆発が起きるともう動かなくなった。

「死んだ、のね?」
「死にました」
 
 倒れてから結構な時間キュルケ達は警戒を解かずに地竜の周囲を回っていたが、バルバストルがその死を確認してようやくセグロッドから降りて地竜の側まで来た。
 
「きゃあああー!!やってやったわ!」
「やったやったやったー!!」

キュルケとマリー・ルイーゼは両手を高く上げ、飛び上がって喜ぶと二人で抱き合って更に感情を爆発させる。

「まったく、最初から分かってたわよ、こんなの余裕で倒せるってね!」
「良く言うわ、キュルケ。あなた、ギリギリだったじゃない。膝から血がにじんでるわよ」
「こんなのかすり傷ね。次はもう少しスマートに倒すわ」

 けらけらと笑い合う二人の後ろで、バルバストルは二度と地竜なんかと闘いたくないと思っていた。



 その後、地竜のどの部分を持って帰るかでキュルケとバルバストルの間で少し揉めた。

「だーかーらー、爪は当然として、皮も全部持って帰りましょうよ。これだけあれば三人分の軽鎧が出来るでしょ?ドラゴンキラーズとして三人で揃えましょう」
「それは魅力的な案ですが、モーグラの荷室がもう一杯になっています。これを持って帰るのなら他の荷物を捨てなくてはならないです。爪と、何か小物が出来る位の一メイル四方位にしておきましょう」
「取っておいて、後で取りに来たら良いんじゃない?」
「ここは、ツェルプストーから往復で五千リーグ以上離れたハルケギニアの外です。ウォルフ殿のモーグラならともかく、普通のグライダーで往復するのは私は敬遠したいのですが」
「むむむ、一応、ウォルフに頼んでみるから、さっきの所までは運んで頂戴」
「…わかりました」

 解体は結構大変だった。というか、バルバストルが苦労した。皮の外側からは刃が通らなくても内側からは意外に簡単に切る事が出来たのだが、大きいし向きを変えるのもかなりの試行錯誤を要した。
地竜の匂いのおかげか、解体中に他の幻獣が寄ってくる事が無かったのはラッキーだった。
 キュルケが驚いたのは胃の中から大量のダイヤモンドなどの原石が出てきたことだ。バルバストルは知っていたが、食物をすり潰すのに固い鉱石を飲み込む習性があるらしく、これがハルケギニアでかつて地竜が乱獲された原因と言われている。しかもこの宝石を少しずつ消化して鱗の成分にしているらしく、野生のランドドラゴンの鱗は飼われている個体とは比較にならないほど硬く、珍重されている。
剥がした皮を乾燥させて折り畳み、食用にするレバー・秘薬の原料と言われる胆嚢・武具の素材になる爪と一緒にバルバストルが『レビテーション』で持ち上げてセグロッドで帰った。軽く乾燥させはしたが、それでも結構な重量だ。かなり大変な思いをバルバストルがして、何とか停泊地まで持って帰った。



 キュルケを見送った後ウォルフは女子の浴室を作り上げ、その後はクリフォードを助手にしてモーグラの点検を行っていた。
それもそろそろ終了という頃、停泊地の下の斜面から元気な声が聞こえてきた。

「たっだいまー!帰ってきたわよー」
「おお、お帰り。何だか凄いのを獲ってきたな」
「ふっふー。なんと、ランドドラゴンよ。苦労したわ」

そう答えるキュルケの顔は満面の笑顔だが、三人ともあちこち擦り傷がついているし服も汚れている。一目で大変だっただろう事は分かる。

「いや、良く倒したな。相当硬いって聞いていたけど」
「硬いの硬くないのって硬いわよ。三人が揃ってなかったら無理だったわね」
「ん、後で話を聞こう。とりあえずその傷リアに直してもらって、風呂入ってこい。凄い臭いしてるぞ」
「あらそう? 解体を手伝ったりしたからね。じゃあ、そうするわ」
「あ、リア、これ今日の晩ご飯にして欲しいんだけど、ランドドラゴンのレバー。それとこっちは胆嚢。これは持って帰るから乾燥して頂戴」
「うわ、すごいですね。じゃあ早速治療しましょう、二人ともこちらへ」

 リアが二人を伴って出来たばかりの今日の宿、ドームハウスへと入っていった。
それを見送ると、バルバストルは大きく溜息をついて椅子に腰掛けると皮鎧を外し始めた。バルバストルもよく見れば傷だらけだ。

「何だか随分と疲れてますね。やはりランドドラゴンは手強かったですか?」
「ああ、そう、ですねえ。やり合うつもりはなかったんですが、キュルケ様が突っ込んで行っちゃって」
「それは……良く無事でした」
「まだ事件が尾を引いていたのでしょう。しかし、途中からは随分としっかりなさっていたので今後はもっと冷静になってくれそうですが」

 大きく溜息をつくと、バルバストルは先程の戦いを振り返る。戻ってきてからのキュルケはまさに戦女神のようだった。自分達の魔法で何が出来るのかを見極め、三人の位置を常に把握して最も効果が高まるように指示を出す。途中からはバルバストルも自分がキュルケの意のままに動いているのを感じた。あれは生まれながらの将の器なのだろう。

「ふふ、しかし、キュルケ様の将来がとても楽しみになりました。どうやらキュルケ様には将の才がおありのようです」
「ふーん、中々楽しそうな戦いだったみたいだね」
「いやいや、戦っている最中はとても楽しめませんでしたけどね」



 この夜の食事の後、キュルケによって戦利品がお披露目された。ちなみに魔法によって完璧に血抜きされたレバーのソテーは脂っぽくないフォアグラといった感じでかつて味わった事のない美味だった。 
まずは胃の中から取れた宝石の原石の数々。内臓系の秘薬の原料になるという胆嚢や、杖の素材として最上級と言われる爪。そして一番の自慢はやはり、美しい鱗で覆われた皮である。

「じゃーん!これがランドドラゴンの皮でーす」
「相当硬い…けど鱗だから自由に動くのか。確かにこれで軽鎧を作ったら上等な物が出来そうだな」
「フフフ、野生のランドドラゴンの軽鎧なんて今やコレクターくらいしか持ってないわ!レアよ、レアものよ」
「しかし随分と量があるから嵩張るな。どうやって持って帰るつもりなんだ?」
「問題はそこなのよね…ウォルフ、何とかならないかしら」
「荷物が一杯だから無理…って言いたい所だけど、キュルケのトロフィーだしな。んー、ここにデポしていけばいいか」
「デポ?」
「ここに置いてって、帰りにここを経由して帰るんだ。帰る時ならキャンプ道具とかもう必要ないから置いてけば荷室に余裕が出来るだろう」
「あ、そうよね、このまま南まで行って帰るつもりだったけど、ちょっとここまで戻ってくればいいのか」

 ウォルフが割と気楽に持って帰る事を認めたので、キュルケの気分も軽くなる。バルバストルにごちゃごちゃ言われたけど持って帰ってきて良かったと思った。

「ん、多分もうサハラまで千リーグもないと思うから、ハルケギニアから取りに来るより楽だと思う。キャンプ道具置いていけばここが次にこっちに来た時の拠点になりそうだし」
「いやもうこんな所来ないんじゃない?」
「それは分からないじゃないか。ここの温泉は観光資源として有望だよ」

 こんな地の果てまで観光に来る物好きなんているものか、と思ったが自分達がその物好きである事に気付いて苦笑する。
確かにここの温泉は気持ちよかったけど、と先程入った温泉を思い出す。硫黄の匂いは確かに臭いんだけど、何故か入っていると気にならなくなり心身ともにリラックスする事が出来た。

「確かに慣れると良い温泉だって言うのは分かったけど、本当にウォルフったら温泉好きねえ。なんかテルメにいるおじいちゃんみたい」
「ほっとけ。貧乏性なのか日頃は何かしら頭の中で考えているんだけど、温泉に入るとスコーンって何も考えない状態になれるんだ。ホント、最高の贅沢だよ」
「…ウォルフって早死にしそうよね。二十歳位にはもうよぼよぼのおじいちゃんになっちゃうんじゃないかしら」
「だまれ。二十歳やそこらで老け込んで堪るか。ちょっと気にしてるんだから言わないでくれ」
「あはは、気にしてるんだ。気にしなくても大丈夫よ、ウォルフおじいちゃん」

 不機嫌な顔のウォルフをからかいながら、キュルケは昨日までよりも軽くなっている自分の心に気が付いていた。




2-30    南下



 早朝まだ日が明け切らぬ頃、ウォルフは大量の竜の声で目を覚ました。まもるくんが作動しないのでまだ距離があるのだろうとは思ったが、念のため様子を見に外へ出た。
ハルケギニアとは時差が結構有り、ウォルフの感覚としてはまだ夜中なので結構辛い。体はまだ子供なのだ。
 外に出ると、上空を無数の火竜が西の森へと飛んで行く所だった。おそらく毎日この時間に狩りに出るのだろうが、東から差し込む朝日を背に浴びて百頭以上の火竜が一斉に飛ぶ姿は圧巻だ。起きてきたバルバストルとリアと共に暫くこの光景に見入る。

「これは一見の価値がありますねえ。まもるくんがいなかったらちょっと本気で怖いですが」
「露天風呂に入りながら見たかったですね」
「ああ、それはいいねえ。昨日の夕日も良かったけど、これも絵になるな」

 昨夜警戒区域内に迷い込んだ火竜を一匹追い払っているので、まもるくんの実力は証明済みだ。これほど沢山の火竜がいる所で危機感も無くいられるというのはまもるくんがいてこそと言える。
 
 この日は今いる火山の南側に広がる大草原を探索し、サハラが見える所まで移動してそこで泊まるつもりだ。更に翌日、草原の東側の荒野を調べてこの温泉に帰って来る予定となる。
そこまで調べれば後は帰るだけなので、ようやく今後の日程の見込みが立った事になる。一応最後に候補地の詳しい調査をしてからと言ってはいるものの、皆上機嫌で出発の支度をしていた。ちなみにウォルフが上機嫌なのはせっかく早く起きたので朝からのんびりと温泉に入っていたからである。

 飛び立ってすぐに南の草原が目に入る。暫く上空を飛んでみるが、切り立った崖の下を流れる川に挟まれて台地になっているようで、全く木もない草原が何処までも何処までも続いている。木が無いのは乾燥帯だからか台地には川も小川もなく、台地の端は崖になっていてその下を強酸性の水色をした川が流れているだけだ。
温泉の辺りでは、川のすぐ側まで辺境の森が迫っていたが、少し南下すると川に近い辺りも草原になっていて森は十リーグ以上後退している。

 幻獣もいなそうだし草原に着地してみると、ステップ気候に相当するのだろうか、そこは豊かな土壌の草原だった。土は黒土で、穴を掘って暮らしているらしいネズミのような小動物を時々見かける。そしてそのネズミを狙っているだろう猛禽類が上空で悠々と滑空していた。
地上に立ってみると草原しか見えない。ここまで何もない地平線を見るのは全員初めてだった。

「おお、これだよ。こういう所を求めていたんだよ。幻獣の気配は全くないし、この土なんてちょっと耕せばすぐに麦畑になりそうじゃん」
「…地中にも幻獣の気配はありません。ここを領地にするならば、あの森から十リーグ以上離れていますし、幻獣の脅威はハルケギニア以下かも知れないですね」
「ハルケギニアとは遠すぎますが、この草原が全て畑になるのなら、この地だけで自給自足が出来るかもしれませんな」
「ちょっと待ってよ、そんなに良い所が何で森になってないの?何で幻獣がいないの?」

 マリー・ルイーゼの疑問に地中を探っていたリアが簡潔に答えた。

「水です。どうやらあまり雨が降らない所らしいですが、空気中も地中も水分が少ないです。私は集中すれば三十メイル位離れた所まで水の流れを感じる事が出来ますが、この草原の地下に水の流れを感じる事が出来ません」
「あ、でもそれなら両端の川から水を汲めば良いんじゃない?」
「あの川は温泉の毒が流れ込んだ川で、生命の息吹を全く感じませんでした。とても畑を潤す事は出来ないでしょうし、飲用にも適さないでしょう」
「う、水がないのは辛いわね。あっちの森に小川でもないの?」
「あちらの方が標高が低くなっていて、見た感じはありませんでしたね。それにもう一つ問題が。これだけ木が何もないと、平民が薪を得る事が出来ません。平民は暖房も調理も薪に頼っていますのでちょっとこちらで暮らすのは難しいと思います」
「うーん、地下水があるとしても崖下の川面と同じくらいだとすると深さ百メイルくらいか。しかも量が少なそうだし、水がなければ家畜を飼う事も出来ないな。なかなかそう簡単にはいかないか」

 薪の方はこれだけ広い土地だしどこかで石炭でも出れば何とかなるかも知れないが、水の方は中々大変だ。どこかから水を引っ張ってきて灌漑するにしてもこれだけ広大な土地を潤すには生半可な工事ではなくなるだろう。

「とりあえず保留かなあ。こんな所に拠点があると色々便利そうなんだけど」
「いや、水がないのは無理だと思いますよ?」

 ウォルフの目的である世界周航に於いて最大の難関はサハラにいるというエルフであるが、ノイゾール伯爵領で聞き込みをしてもぼかされたりして未だ情報は不足している。どのような種族なのか、話が通じるのか、ハルケギニア人を見かけただけで攻撃してくるのか、その攻撃力はどの位なのか、とにかく全く謎のままである。
 ここに拠点を持つという事は、この大草原を農地にすると言う事の他に情報収集の為にも利点が有りそうだ。ハルケギニアでエルフについて調べていると常に異端の疑いをかけられる危険があるが、ここならば教会の目は届かないだろう。
今回の調査で、サハラを経由しなくても世界周航へ出られるということは判明したのでサハラなどは無視してもいいのだが、エルフがサハラ以外にも住んでいるのかどうか、知ることは重要だと思っている。もしエルフがハルケギニアで言われているように凶暴で獰猛な種族だった場合、世界周航の最大の危険であることは確かなのだ。
しかし、情報収集をしたくとも、ウォルフは世界周航に出かけるのを魔法学院卒業後と想定して準備をしている。両親との約束で魔法学院に行く事は確定事項なので、それまでにそこそこ開拓できるような所でないと手を出すわけにはいかなかった。

「エルフじゃないマッサゲタみたいな遊牧民の人達はいないのかな。ちょっと話をしてみたいんだけど」
「蛮人ですか。とりあえずこの草原にはいなそうでしたね。じゃあ、南へ向かってみますか」
「家畜も水を飲むからなあ」

 とりあえずこの土地の問題点が分かったので、土壌を採取して移動する事にした。

「兄さん、キュルケー、もう行くぞー」
「ええ!ちょっと待ってよもう少しだからー」
「お、よし、来たっ!」

 ウォルフ達が話している間、キュルケとクリフォードはネズミを捕まえに草原へと行っていた。少し離れた所にいた二人に声をかけたのだが、丁度クリフォードがつかまえた所みたいだった。

「やったわね、ちょっとわたしにも見せてよ」
「おお、大人しいな、ホラ」

 キュルケがクリフォードからネズミを受け取る。観念しているのか大人しくなっていて、渡される時に少しもがいただけだった。
ウォルフも興味を持ったので側に来てのぞき込む。黒くて耳が丸くて顔が白っぽいベージュで手が白い。何となく千葉あたりにいるネズミに似ていて前世の世界に持って行ったら受けるだろうなと思った。赤いパンツをはかせれば完璧だ。
詳しく観察してみるとネズミと言うよりはちょっと大きめなモルモットといったところだ。森にいた幻獣達に比べると随分と癒し系といった感じで、キュルケの顔も緩む。

「あら、この子中々可愛いじゃないの。連れて帰って飼おうかしら」
「いやもう無理だよ、勘弁してくれ。これって穴に潜ってなかった?どうやって捕まえたの?」
「ん?最初『フライ』で捕まえてやろうと思ったんだけど、すぐに穴に潜るからわたしが火で炙り出して、逃げ出した所をクリフが捕まえたの」
「へへ、地上に出ちゃえばこっちのもんだからな」
「二人とも段々狩りになれてきてるな。これ今夜食べるつもり?」
「うーん、毛皮も小さいし、あまり美味しそうじゃないから良いわ。クリフはいる?」
「いや、俺もいらない。まだ鹿肉もあるし」

 結局観察しただけで、すぐに離してやった。暫くもぞもぞと歩き回っていたが、たーっと、走って逃げ、すぐに近くの穴の中に逃げ込んだ。その様子は何となく微笑ましく、やはり癒し系である事が確定した。

 その後、転々と着陸しながら地質や水脈を調べたが大きな変化は無く、水場を見つける事も出来なかった。

 南下するにつれ段々と気温が上がり、ますます乾燥が進んだ頃、大草原は唐突に終わりを迎えた。火山から五百リーグと少し行った辺りで草原の東端と西端を流れる川は海かと思う程広大な湖に流れ込んでいた。そしてこの湖の南には何も生えていない広大な平地があり、その先はどこまでも黄色い砂が続いていた。エルフの住む地、サハラである。 

「おおー、あれがサハラかあ…エルフってどんな建物に住んでいるのかな、なにも見えないね」
「んー、砂煙しか見えないな。ちょっと、遠すぎだろう。しかしこの辺も誰もいなそうだな」
「ウウウウォルフ殿、サハラには行きませんよね、そうですよね?」
「ああ、エルフは危険だって言いますからね。今回はサハラには入らないつもりです」

 ついにサハラが見える所まで来たわけだが、不安がるデトレフを安心させて機首を返すと湖の畔に着陸する。昨日の停泊地より五百リーグも南に来ている上に標高も二千リーグ近く下がっているおかげで春だというのに大分暑く感じる。
モーグラから降りて薄着になると周囲を散策する。と言っても草原と茫洋たる湖が広がっているだけだが。
 湖の水を調べてみると、川よりも更に酸性が強くこの湖にも生命が住んでいる事は期待できそうになかった。

「パッと見は水色で綺麗なんだけどねー。魚も捕れないわ、畑に使えないわじゃこんなに広くても意味無いわね」 
「うーん、随分浅そうだけど、これだけ巨大な酸性湖を中和するのは現実的じゃないよなあ…」
「ちょっと広い土地があるからって、こんなハルケギニアから離れた所で開拓するなんて夢みたいな事言ってないで、マイツェンの所をどうやって開拓するか算段付けた方が良いんじゃない?」
「む、出来なくはない、出来なくは。ただ、大変なだけだ」
「それを普通は出来ないって言うのよ」

 キュルケに諭されるが、ウォルフの頭の中はグルグルとここで開拓した場合のシミュレーションをしている。
穀物を栽培するなら水を何とかしなくてはならないが、この乾燥地帯では灌漑に使える程の地下水は期待できない。川の水を中和して使うとすると莫大な量の石灰が必要になるだろうし、硫黄などを除去する工程も必要だろう。
ゲルマニアの中央からは二千リーグ以上離れているし間にあの森がある事もあり、鉄道を敷く事は難しい。そうすると必然的に空輸する事になるのだが、ここで風石が出なかった場合、ハルケギニアの風石相場で輸送費が決まる事になる。穀物は機械化で大規模に栽培するとしてどの程度競争力を持った価格に収まるのか。
 結論としては、今やるべき事では無いと出た。

「ん、やめとこう」
「よくできました」

 湖岸からモーグルの側に張ったテントに戻り、幾分すっきりした気分でテーブルに地図を広げて今日来た所を新たに書き込んでいく。地図というか大まかな概略図であるが、図の中にサハラと書き込むのは感慨深い。

「はあー、よくぞこんな所まで来たものね。モーグラがなかったら考えられないわ」
「ノイゾール伯爵領なら多分西北西に千五、六百リーグ位の所にあるから、今日中に帰る事も可能だぜ」
「そう考えると案外近いわね。でもダメよ、わたしの竜皮取りに戻らなくちゃ」
「オッケーオッケー、もう今日はここに泊まるし、オレちょっとこの辺を見てこようかな」

 そう言ってウォルフが示したのはこの停泊地の東にある何も書いてない所だ。

「まだ東に行くの?好きねえ」
「明日も行くつもりだけど、時間があるなら鉱石のサンプルを取っておきたいんだよね」
「私も行くわ。ここにいても退屈そうだし、マリーも行くでしょ?」 
「わたし、ちょっとパス…」

 先程から机に突っ伏していたマリー・ルイーゼが力なく返事をした。さっきからどうも元気がないと思っていたら熱が出ているらしい。リアがすぐに様子を見るが、大事ないらしい。

「昨夜、温泉ではしゃぎすぎたのよ」
「うう、わたし以上にはしゃいでいたキュルケに言われると腹が立つ…」
「ホホホ、誰かさんとは鍛え方が違っててよ」
「何とかは風邪を引かないだけでしょ」

 デトレフはまたドームハウスを作っているし、リアはマリー・ルイーゼの看病と夕食の支度をすると言うので、その他の四人でちょっと東の様子を見に行く事にした。



 飛び立ってすぐ前方に妙なものが見える。湖岸が湖に向かって半島のように突き出ているのだが、そこに蟻塚のようなものが多数立っているのだ。

「お、なんだろあれ。ちょっと降りてみるか」
「大丈夫? エルフのお墓とかじゃない?」
「どう見ても自然物だな。じゃあ降りまーす」

 近くに着陸し、『ディテクトマジック』で確認しながら近づいてみると、それは高さ二メイルくらいの泥の塔だった。いくつかの塔の頭からはポコポコと断続的に泥が泡と共に吹き出し、今も成長している最中のようだ。

「なによこれ…」
「土の精霊のおならだろう。ちょうど泥のところに吹き出してこんな事になっちゃってるんじゃないか?」
「へぇー、土の精霊っておならするんだ」
「…兄さん、適当な事を言わないように。確かにちょっと成分は似ているけど、これは天然ガスだな『ファイヤ』」

 ウォルフが杖の先から細い火を出して一番近くの塔の頭にかざすと泥の泡がはじけるのにあわせて杖の火が断続的に強くなった。

「わ、何これ燃える空気が出ているって事? 面白いじゃない」
「やっぱりおならじゃないのか? おならって燃えるんだぞ、俺は火を着けてみた事があるから知っている」
「兄さん何やってんだよ……別におならだと思っててもいいけどさ。ハルケギニアでも利用している村とかはあるらしいよ、調理に使っているくらいみたいだけど」

 天然ガスが出ているという事は石油もこの地下に眠っている可能性が高いという事だ。開拓をあきらめたばかりでこんなのが出てきてまたウォルフの心はざわめく。キュルケが面白がってあちこちの塔で火を付けているのを眺めながらやはり惜しいと思うのだった。



 再びモーグラに乗り込み東を目指す。もう周囲にはめぼしいものがないのでぐんぐん高度を上げると遠くまで見通せるようになる。東の川を越えた地域はやはり草原であるが、灌木などが茂っている所もあり、ちょっと様子が違っていた。
遠くに見える東の山を目印に暫く飛んでいると、外を見ていたクリフォードがそれに気付いた。

「あそこ、何か村があるぞ」
「え…ホントだ! こんな所に人が住んでる!」
「行ってみよう」

 目指していた東の山から少し北に逸れた所に、環状に柵を巡らした集落らしき物が見えた。すぐにウォルフは機首をそちらに向けるとゆっくりと高度を落とす。

「ああ…羊と、人が居るなあ。これは、レッツ異文化交流だな」
「ちょ、ちょっと大丈夫なの?エルフじゃ無いの?」
「うーんと、耳は、普通。人間みたいだ」

 上空から近付きすぎないようにして確認する。水場を中心にして簡易な柵で囲まれた三十程のテントの集落だ。遊牧民らしき人達がこちらを見上げている。遊牧民ならいきなり攻撃してくる事はないだろうと接触してみる事を決めた。刺激しないように集落のすぐ上を跳ぶ事は避け、少し離れた所に着陸する事にする。

 ここの人達からならエルフの情報が得られるかも知れない…不安げな一行の中で、ウォルフのみが満面の笑みを浮かべていた。




2-31    異文化交流



 遙かなる東の地、ハルケギニアと同じ程の面積を持つ広大な森を越えた草原のそのまた隣の草原。ウォルフ達は遊牧民と思しき部族の集落を訪ねていた。
 集落から離れた所に飛行機を駐め、クリフォードを万一の時の備えとして飛行機に残して三人で歩いて集落へと向かう。
太陽はまだ高く、じりじりと強烈な日差しが照りつけ地面には陽炎が立ち上っている。キュルケは大分暑さに弱いらしく、この時点でもうグロッキー気味だ。
村を囲っている柵に付いている簡易な門まで来ると、門の前で一人の女性が立っていた。第一村人発見である。上空からはもっと大勢がいる事を確認しているが、どうやら彼女が代表して応対してくれるようだ。
 
「止まれ。アルクィークに何の用だ」

 言葉は通じそうである。この辺はこちらの世界の便利な所だ。
 言われた通りに立ち止まり、三人並んで女性の前に立つ。その女性の姿は足に脛まである編み上げのサンダルを履き、布を巻き付けたようなスカートに上半身は胸元を隠す大きな首飾りをつけただけの半裸だ。
 スカートに使われている原色の布といい、瑪瑙やらガラスやら沢山の石で出来ている首飾りに指で描いたような白い顔料の化粧はウォルフにアフリカの原住民を思い出させた。
肌の色はそれ程黒くなくキュルケと同程度。目鼻立ちははっきりしていて大きな目に高い鼻梁、きりりと引き締まった口元でアーリア系の美人と言った感じだ。ただ、ここがファンタジーの世界だと思わせるのは、半裸であるはずのその腹にはヘソが無く、その豊かな胸には乳首が見あたらず、滑らかな肌が続いているだけと言う事実であった。 
 この世界なら肌のように見える服くらいはあるかもしれないので、取り敢えず乳首とヘソの謎は置いておいて慎重に言葉を選んで挨拶をする。精一杯の笑顔で第一印象を良くしようと頑張った。

「初めまして、私はアルビオン王国サウスゴータ竜騎士隊ニコラス・クロード・ライエ・ド・モルガン男爵が次男、ウォルフ・ライエ・ド・モルガンと申します。本日はこちらの方々と友好関係を結びたいと思い、参りました」
「アルクィーク族長カミラの娘、ルーだ。アルビオンとは初めて聞くが、何処にある国だ」
「ここからずっと西方へ三千リーグ以上・・・ここと西の大きな川との間の三十倍程行った所にあります」
「そんなに遠くの人間がアルクィークに何の用がある。友好関係を結ぶことは構わないが、お前達の目的は何だ」
「目的は二つあります。我々は商売をしておりまして、このような布から穀物やもっと大きな物まで取り扱っております。一つ目の目的としましては出来ればこちらとも交易をしたいと考えております」

 持ってきた荷物からアルビオン製のウール生地を取り出して恭しく差し出した。アルビオンで作っている物ではかなり上物である。

「こちらをお納め下さい。これは友好の印として差し上げます」
「どれ…ほう、これは上等な物だな。ここまで細かな目は中々無い」

 紺色に染め上げられた滑らかな布を自分の腰に当ててみたりしている。どうやら気に入ってもらえたようだ。

「ふむ、布は一流だが染料が今ひとつだな、鮮やかさが足りない。我々の染料を少し分けてやるから持って帰って染めてみると良い」
「そのようなものがありますか。これは早速良い交易が出来そうですね」
「しかし、交易といっても毎回そんな遠くから来るのは大変ではないのか?ここには東方からもキャラバンが来るが、年に一度か二度程だぞ」
「我々が乗ってきた乗り物、飛行機といいますが、あれなら三千リーグの距離も一日で飛ぶことが出来ます。距離はそれ程問題有りません」
「……竜でも一日でそんな距離は飛べん。それはどんな速度なんだ一体。想像が付かん」
「風石という風の魔力が結晶した石を利用しています。風石はご存知ですか?」
「風石なら羊たちを暑さから守るのに使っているぞ。この辺りでは採れないから西の耳長から手に入れている」

 耳長。おそらくはエルフのことだろう。ハルケギニアを出て初めて聞いたその名前にウォルフは興奮を隠せなかった。

「耳長とは、エルフのことでしょうか?こちらはエルフとも取引しているので?」
「そのような名前だな。西の砂漠の部族とは数年に一度、彷徨える湖が小さい時期に湖岸を越えて向こうの街まで交易に行っている」

 詳しく地理を聞くとあの草原の南に広がっていた広大な湖は「彷徨える湖」と呼ばれ、季節や年によりその大きさを大きく変えているらしい。火山による強い酸性の水質により生命のいない湖で、その水が引いた時にサハラまで行くそうなのだが、飲める水や木も草も無い地を抜けるのは大変なことだそうだ。

「あの湖の水は飲むと歯が溶けるのでラクダにも飲ませられんし、かといってあの地を迂回すると行程が増えすぎるので大変なんだ」
「風石でしたら我々も用意することが出来ますよ。そんなに大変な思いをしなくても良くなるように出来ると思います」
「おお、それはいい話だな。いいだろう、お前達を歓迎する。村の中へ入ると良い」

 ルーが門の方を振り返り右手を挙げると今まで誰もいなかった門からぞろぞろと村人達が出てきた。弓と矢を持っており、こちらを警戒していたことを伺わせる。
またルーが何か手振りで伝えると、矢を矢筒に仕舞い、弓を肩にかけてこちらに笑顔を向けた。

「兄さん、歓迎してくれるって。エンジン止めて兄さんもおいでよ」
「お、マジかおっけー、すぐ行く」

 ウォルフが『伝声』の魔法で伝えると退屈していたらしいクリフォードから勢いよく返事が来た。

 集落の中央にある大きなテントで食事などをもてなしてくれるとのことで、色々と話をしながら移動する。
お互いの地理のこと、気候のこと、幻獣のこと、食料のこと、話題には事欠かなかった。




「成る程、それでお前は領地を開拓する為にハルケギニアを出てきたとい言う訳か」
「はい。この年で生意気なとお思いでしょうが、多少の困難ならば克服できる力はあると思っています。この辺で我々が住むのにどこか適した土地はありますでしょうか?」
「畑を作り人が定住する、か。ふむ」

 テントの中で出された冷たいお茶を飲みながら、ウォルフはもう一つの目的である開拓のことを切り出した。もちろんこちらの部族の意思を尊重することを事前に伝えてある。
今、族長は放牧に行っているらしく帰ってくるのはもう少し後とのことで応対は引き続きルーが行っている。
このテントは人々が集まる為に有るようで、天井が高くその上部には穴が空いていて、外よりは大分涼しかった。その大きなテントの中にぐるりと輪を描くように大きなソファーが置いてあり、植物で編んだようなフレームに布がかけられていて座り心地は中々良好だった。
 三十人は座れそうなそのソファーにウォルフ一行は並んで座り、ルーは少し離れた所に座っている。

「アルクィークの民ならばどこに住もうと勝手にすれば良いと言うものだが・・・」

 ウォルフの話を受けたルーは立ち上がっておもむろにキュルケに近づくとじろじろと観察し、キュルケにも立つように促した。何事かといぶかしげに立ち上がったキュルケのシャツの裾を両手でつまむ。
生地でも確認するのかと思いきや、何の躊躇もなく思いっきりそのシャツの裾をめくり上げた。暑くてだれていたこともあってキュルケの反応は遅れ、最近ふくらみ始めた乙女の秘密は衆目の下にさらけ出されてしまった。

「っ!!」
「ふむ、やはり無袋人か」

 慌ててキュルケが腕を振り払いシャツを下げるが、ルーは気にした風もなく冷静そのものだ。

「ち、乳、乳…」
「兄さんだまれ。こういう時は見なかったふりをするもんだ」

 キュルケはキッとクリフォードの方を睨んだが、すぐにルーの方へ振り返り、おそろしく柔和な笑みをその顔に浮かべた。
 
「…わたし、こんなに分かり易く喧嘩を売られたのって初めてだわ。……覚悟はよろしくて?」
「よせ、キュルケ。バルバストルさん、ちょっと向こうへ連れて行って下さい」
「お嬢様、こちらへ」
「あ、こら、ウォルフ杖返しなさい! バルバストルもちょっと離しなさいったら」

 キュルケが杖を構えたので、ウォルフは横から手を伸ばして素早く杖を奪うとバルバストルに頼んで後ろへ下がらせた。キュルケはじたばたと抵抗するが、こんな他所の集落のど真ん中で喧嘩始められても困るのでバルバストルは口を押さえて抱え込んだ。

「そういえば無袋の女は胸を出すのを嫌がるんだったかな。失礼、確かめただけだ」
「いえ、お気になさらず。彼女もすぐに落ち着くと思います。ところで、無袋人とは?」
「もがっ、気にしなさいよっ! むぐぐ…」
「袋を持たない人間のことだ。東のルークレック山から西のニトベ川までは神が我々アルクィークに約束した土地だ。無袋人が住むことは許されない」
「その、袋を持たない、というのが何のことだかわからないのですが」

 ウォルフが言うと、ルーはきょとんとしてこちらを見返す。彼女にとっても意外な問いだったようだ。

「そうか、アルクィークに会うのも初めてか。私は未婚なので本来異性に見せるものではないのだが、お前位の年なら問題はないだろう、ちょっとこっちへ来い」
「え?は、はい」

 ウォルフを移動させ、クリフォード達に背を向けるとルーはおもむろに胸元を隠している首飾りを背中へと回した。
露わにされた胸元にはやはり乳首も胸の谷間もなく、そのかわり鎖骨の合わさるあたりの下に一本の切れ込みがあった。

「我々アルクィークは子供を産んだ後三年程この胸にある袋で子供を育てる。お前達の女にはこの袋がないのだろう?」

そういうとルーはその切れ込みに指をかけ、グイッと下に引っ張った。横一直線の、十サント程のただの切れ込みだったものが丸く広がり、中にはピンク色の綺麗な肌が続いていた。

「うおおお、すげえ! これ中に乳首があるんですか? 見たいっ!」
「バ、バカモノ! いくら子供とはいえ、そんな所まで見せるはずは無かろう!」
「あ、そうですよね、すみません興奮しまして」
「何よー、わたしの胸は見せたくせに! あんたもみんなに乳首見せなさいよね!」
「アルクィークの袋は神聖なものなのだ。お前達のように外に放り出しているものとは違う」
「放り出してなんていないわよっ! ちょっとウォルフ杖返しなさい、その女の乳首見せてあげるから!」
「キュルケお願い落ち着いて」
「乳首……ぶほっ」

 興奮するキュルケを宥めるのに時間が掛かったが、ルーが悪いと思い直したのかきちんとキュルケに謝ってくれて何とか落ち着いた。怒りが収まったわけでは無さそうだが、暴れる事はなくなった。
 それにしても有袋類の人類がいるというのは、この世界に来てからたいがいのものには慣れてきたウォルフにとっても非常な驚きだ。
この後詳しく聞いてみたが妊娠の期間は約一ヶ月とのことで、ヘソもないことから彼女らがほぼ胎盤を持っていないだろうという事がわかった。
 進化論では有袋類と人類が属する有胎盤類とが分岐したのは遙か太古とされている。そこらのネズミよりも人類とは遺伝子的に遠い存在なのだ。そんな遙か昔に分岐した生命がここまでそっくりに進化して同じ言葉を喋っているなんて事があるのだろうかと思う。
確かにフクロモモンガやフクロオオカミ、フクロアリクイなど有胎盤類の種とそっくりの有袋類がいることは知っていたが、人類となると話は別だ。
 冒険に出て以来の発見にウォルフは興奮して次々に質問を浴びせた。

「三年も袋の中で育てるって事ですけど、その間に次の子を妊娠しちゃうって事はないんですか?」
「妊娠することはあるが、袋が空くまでは出産することはない」
「えっ…受精卵のまま持ってるって事かな?袋が空くと自動的に出産するんですか?」
「そうだ。双子を妊娠した時は三年の間を空けて出産する事になるな。五つ子を妊娠した時は一番下の子が袋を出る頃には一番上の子は十五才で成人になっている」
「うおおお、すげえ…その、赤ちゃんの排泄物とかはどうなるんですか?妊娠期間一ヶ月とかだと赤ちゃんすごく小さいでしょう?自分でコントロールできるとは思えないのですが」
「ん?袋の中にいる間は排泄などしないぞ?アルクィークの袋の中は世界で最も清潔な場所だ」
「魔法でどうにかなっているのかな…すると外に出ていきなりうんちとかするようになるんですか?」
「そうだ。小さい方はその日の内、大きい方は翌日以降に初通じがある。トイレの訓練には大体一週間位かかるな」
「はー、一週間位で済むなら随分と子育ては楽そうですね」

 転生したおかげで乳児だった頃の記憶が何となく残っているウォルフは本気でこちらの赤ちゃんを羨んだ。あの悟りを開かねばとても耐えられない時間がないのは素晴らしいことだ。

 話が脱線してしまったが、ルーが言うにはこの辺り一帯は彼女らアルクィーク族の土地なので、有袋人ならともかくウォルフ達無袋人が住むのは認められないそうだ。
詳しく範囲を聞くと東は遠くに見えている山地から西は先程越えてきた川まで、南北も相当広い範囲にわたって遊牧して暮らしているとのことだった。その西の川の更に西の、今日ウォルフ達が調べた草原は好きにすれば良いと言われたが、そこに水がないのはアルクィークも分かっていることのようだった。

「分かりました。こちらの土地は把握しましたので勝手に住み着いたりはしないことを約束します」
「うむ、他の土地ならばどこに住もうと我々が文句を言うことはない」

 この後も色々話をしたが、残っているメンバーが心配するといけないので適当な所で戻る事にする。有意義な出会いに再訪を約束してウォルフ達はモーグルに乗り込むのだった。




2-32    そして日常へ



 アルクィークに出会った翌日、草原の東側の土地を探索しながら温泉まで戻り、温泉でまた旅の疲れを落とした。
マリー・ルイーゼの熱は一晩寝たらもう下がっていて、一日モーグラから降りることもなく安静にしていたのがよかったのか、温泉に着いた頃にはすっかり元気を取り戻していた。
温泉でもう一泊して体調を整え、辺境の森を一気に飛び越えゲルマニアへと戻った。マイツェン周辺の候補地の地質を詳しく調査した後、探索者の街リンベルクで最後の観光と土産物などを購入していよいよツェルプストーへ帰る。結局三週間程で全ての調査を終えたので、予定よりは大分早く帰れる事になった。

 今回の調査はウォルフにとって大変有意義なものとなった。開発予定地では当初の目的である鉱山開発に有望な山が見つかっているし、広さ的にもそこそこの伯爵領よりも広い地域を開拓する予定なので、社会実験も十分に実施できる。
 東の様子も多少知る事が出来たし、いざとなったらハルケギニアから脱出できるルートがあるというのは、いつ異端審問に掛けられるか分からないウォルフにとって心強い事だ。
そして何よりエルフを知る人に直接エルフの事を聞けた事も大きい。ルーの話によると一言でエルフと言っても色々な部族がいるらしく、アルクィークの東や南の地方にも住んでいるそうだ。魔法技術に優れ高度な文明を発展させている反面、自尊心が高く傲慢な態度を取る事もあるという。
しかし、アルクィークと戦闘になった事はなく、ハルケギニアで言われている程好戦的な種族でもないようだ。今後開拓地をベースにしてアルクィークと交易を続ければもっと詳しい情報も得る事が出来るようになるだろう。
 鉱石のサンプルも多数手に入ったし、幻獣や亜人の脅威がどの程度なものかもよく分かった。万全の備えが必要ではあろうが、音響兵器もあるし開拓を断念する要素は何もなかった。
 


「あー、もうじきこの旅も終わっちゃうのねえ。楽しかったなあ」
「随分とリンベルクで暴れ回っていたみたいだしな」
「うふふ、ちょっと探索者として働いただけよ」

 ゲルマニアに戻って来て、開拓予定地の鉱山や水脈の詳しい調査をしたのだが、ウォルフとデトレフ、リア以外の知識のない他の四人はやる事が無く暇になった。
調査に付いてきたのは最初の一日だけだが、ウォルフ達が調査をする後ろで暇そうにしていたものだ。先に帰っても良いと言ったのだが四人とも先に帰る事を良しとせず、何故だかリンベルクに行って探索者登録をしてしまった。養成所を一日で卒業し、ウォルフ達と宿では一緒だが昼間はずっと辺境の森で狩りや採集をして過ごしていた。
 初心者パーティーの癖に毎日華々しい戦果を上げるキュルケ達はリンベルクの話題となっていたものだ。 

「何だったらウォルフ、開拓する時に護衛として雇われてあげても良くってよ。学院に入るまでなら時間もあるし」
「…キュルケを雇えばバルバストルさんが護衛に付いてきそうだからお得だよなあ」
「ちょっとちょっと、ウォルフ殿わたしには給料払わないつもりですか」
「えー、だってバルバストルさんはツェルプストーの家臣なんだからオレが勝手にお金渡したら不味いでしょ」
「それはそうね。バルバストル、ウォルフからお金受け取ってるの見たら叛意有りと見なすから」
「あの森で竜とか相手にして神経すり減らして通常手当ですかそうですか…ふふふ、勤め人なんて所詮そんなものですよね」
「あはは、冗談よ、冗談」

 キュルケは結局、魔力素の熱エネルギー変換が出来るようにはなっていない。しかし、焦った様子は見せず、今後も練習していくそうだ。曰く、「あんな傭兵に出来た事なら、いずれわたしも出来るようになるはずでしょ」とのことだ。
お前は何様なんだと聞きたくなるが、多分キュルケ様なのだろう。

「あー、お城が見えてきた。なんかゲルマニアが随分と狭くなった感じがするわ」
「もっともっと狭くするよー。目標時速千リーグだな」
「それはいくら何でも無理でしょうって言いたいけど、ウォルフならやりそうで怖いわ」
「出来るのは随分と先になりそうだけど、いつか絶対にやるから。お、お迎えご苦労さん」

 減速しながら城に近づくと竜騎士が二騎上がってきたので翼を振って合図する。すぐに竜騎士もこちらを確認したようで護衛するように両脇に付き、キュルケがキャノピーを開けて手を振るとそれに応えた。
プロペラを止めて城の上空に入る。中庭を目指して高度を落とし、最後はプロペラを逆転させて減速、風石を少しだけ励起させてふわりと着陸した。
 今日この時間に帰る事は連絡済みで、中庭でお茶を飲んで待っていたツェルプストー夫妻はゆっくりとモーグラの方へ歩いてきている。キュルケはすぐにモーグラから飛び出すとそちらへと飛んでいった。

「おお、キュルケよ、よくぞ無事で帰ってきた」
「母さま、父さま、ただいま帰りました!」
「お帰りなさい、キュルケ」

 両手を広げて待つ辺境伯の横をすり抜けてキュルケは母の胸に飛び込んだ。辺境伯は暫く広げた両手を所在なげにしていたが、キュルケに近づくとその頭を撫でた。

「…どうだキュルケ、危ない事はなかったか?」
「うん、地竜戦以降はそんなに危険な目には遭わなかったわ」
「そうか。それにしても地竜だなどと、おお、あの皮がそうか」
「他にも色々取ってきたのよ!母さまも見て見て」
「あらあら、そんなに引っ張らないでよ」

 ツェルプストー組の荷物を下ろしているモーグラの方へ母の手を引っ張って行くキュルケ。辺境伯はその後ろから一人とぼとぼと歩いて続いた。



 メンバーから辺境伯へ帰還の報告を済ませ、キュルケの戦利品の披露なども終わり、預けていた荷物も受け取ってウォルフとクリフォードはボルクリンゲンに帰る。

「じゃあ辺境伯、キュルケは確かにお返ししましたから」
「別にキュルケの安全など気にせんで良いと言っただろう」
「そうは言われても、預かった方としたら気になりますよ」
「ふん……で、どうするんだ?開拓する気になったのか?」
「はい。これから準備を進めて夏のバカンスが終わった頃には取り掛かりたいと思います」
「うむ、分かった。手続きを進めておく。お前はヴィンドボナへ行く必要はない。開拓団員の引き取り以外全てこちらで手続きが済むだろう」

 よろしくお願いします、と辺境伯に頼んで、勢揃いしているメンバーの方へ向き直る。これで調査隊は解散なのでウォルフは一人一人に思いを込めて感謝を述べた。

「リア、君が来てくれたおかげで道中の食糧事情はとても充実したものになった。水脈調査にも力を貸してもらって本当に助かった。感謝している」
「中々楽しかったですよ。まもるくんのおかげでキャンプ地では安心して過ごせましたし」

「デトレフさん、毎日の宿舎建築お疲れ様でした。おかげで快適に過ごせました。地質調査でも貴重な助言を下さり調査の効率が随分と上がりました」
「いやあ、わたしごときの意見がウォルフ殿の役に立ったなら光栄です」

「バルバストルさん。色々な意味でお疲れ様でした。多分今回のメンバーで一番疲れた事でしょう」
「ははは、今日は一杯やってさっさと寝る事にしますよ」

「キュルケとマリー…えっと、君たちが来てくれてとても楽しかった。では、これで調査隊は解散します。皆さんお疲れ様でした」

 ちょっと私達の扱い雑じゃない? と不満げなキュルケとマリー・ルイーゼを尻目にモーグラに乗り込む。クリフォードも二号機に乗り込んで離陸準備を進めた。

「ウォルフ、早くそのモーグラ市販しなさいよ。ちょっとそれに乗り慣れたらグライダーじゃまどろっこしそうだわ」
「グライダーにはグライダーの良さがあるんだけどな。まあ、頑張るよ」

 最後に挨拶を済ませると、モーグラを勢いよく発進させる。初めての冒険の旅が終わった。数多くの収穫があったが、より遠くへの冒険のための第一歩を踏み出せたことにウォルフは満足していた。

 
 
 ボルクリンゲンの工場に帰ると三日程かかって雑務を終わらせ、すぐにアルビオンへと帰る。帰りは一機でクリフォードと二人旅だ。
 出発したのが既に夕方だったので到着は夜になったが、サウスゴータの空港に着陸して迎えの自動車に荷物を積み替え、家へと帰った。


「ウォルフ様、お帰りなさい!」
「ただいま、サラ」

 ド・モルガン邸に入って自動車から降りるなり、走ってきたサラが勢いもそのままにウォルフへ飛びつく。

「《レビテーション》」

 とっさにウォルフがかけた『レビテーション』によりサラはふよふよと宙を漂ってウォルフの腕の中にポスンとたどり着いた。

「ウォルフ様、そこは頑張ってドーンと胸で受け止めましょうよう」
「無茶を言うな、お前と俺の体格差を考えろ」
「わたしの方が年上なんだからしょうがないじゃないですか。男の人はそう言う時にちょっと頑張るものですよ」

 サラはこのところ背がニョキニョキ伸びているのでウォルフとは十サント以上差が出来ている。サラのタックルをウォルフが生身で受けたら押し倒されるのは分かりきっていた。

「ウォルフの今後の成長にご期待下さい。で、留守の間変わりはない? 宿題はできた?」
「遠話でも話しましたけどみんな特に変わりはないです。宿題は…ウォルフ様が早く帰ってきちゃったからまだ終わってませんよ。まったくもう、寂しくなっちゃったんですね?」
「はいはい。父さん達にも挨拶に行こう」
 
 メイド達に荷物について指示を出し、サラと連れだって母屋へと向かう。その後ろからクリフォードも付いてきていた。

「一応、俺も居るんだが…」
「あ、クリフ様もお帰りなさい。忘れてました」
「ただいま……ぐすん」



 ウォルフ達兄弟の帰りを待っていたのはサラだけではない。ニコラスとエルビラは玄関ホールで二人の帰りを待っていた。

「父さん、母さん、クリフォードとウォルフ、ただ今戻りました」
「無事に帰って何よりだ。クリフ、いい顔になったな」
「はい。凄く沢山の経験を積めました。トライアングルにもなったし、メイジとしてとても成長できたと思います」

 実際クリフォードにとっても今回の東方行は実に為になった。領地持ちの貴族の子供ならばある程度魔法が使えるようになった段階で、討伐などで実戦経験を積む事が出来るが、ド・モルガン家には領地がない。
経験も積めたし、帰ってきたばかりだがまたリンベルクに行きたいと思う程には幻獣相手の狩りは楽しかった。

「それは何よりですね。早速明日私がその成長を確かめてあげましょう」
「え゛…母さんと?」

 ニッコリと笑うエルビラを前にクリフォードが固まる。どうやらエルビラは怪鳥ロックよりも怖いみたいだ。

「ははは、クリフ、成長したと言ってもまだエルビラは怖いか。ウォルフも成果があったみたいだな、顔に出ているぞ」
「うん。夏の終わりには開拓を始めようと思ってる」
「うーん、本当に東方開拓などに手を出すとは…俺も昔は考えたんだけど、一万エキューを用意できなかったから諦めたんだよなあ」
「そうなんだ。初めて聞いたよ」
「結婚する前の話だしな。今は手を出せなくて良かったと思ってるよ。ウォルフ、ちゃんと魔法学院には行くんだぞ?」
「約束を忘れてはいないよ。学院に行くまでに人を育てれば問題ないと思ってる」
「人を育てると語る九歳児…まあいい、今年の夏はガリアに行くけど、ゲルマニアで開拓すると聞いたらラ・クルスのじじいが激怒しそうだな。そっちは自分で何とかしてくれ」
「う、そう言われても俺の人生だしなあ…だけどさ、そもそも地質調査させてくれなかったの爺様だし。たぶん大丈夫だよ」

 夏休みにガリアに行くというのは既に決定事項だ。無理矢理約束させられたものだが、両親なりに仕事一辺倒の息子を心配しているらしい。
 この後、家の人間みんなに土産品を配ってこの日はゆっくりと夜を過ごした。サラに贈った布は気に入ってもらえた様で、スカートに仕立てると嬉しそうに話した。



 翌日、早朝からチェスターの工場へ出かけ、ここでもいなかった間に溜まった仕事をこなす。
 自動車の売れ行きはすこぶる悪いらしく、何とまだ五台しか売れてないとの事だった。やはり価格が高いのが一番の理由で、それに加えて風石の価格が暴落した為にちょっとの距離でもフネを使う貴族が増えた事も理由の一つである。

 今馬車業界の話題は自動車ではなく、ガリアのモンテーロ商会が開発した帆走車だ。風石を動力とし、地上を走行する事も出来るし、普通のフネのように空を飛ぶ事も出来る空陸両用の車だ。飛行している時は乗り心地が良いわけだし、グライダー程速さを求めない貴族には十分な性能だ。帆に貴族の紋章を刺繍するサービスが特に好評で、ほとんどの帆走車が紋章付きだ。
車軸のベアリングにはガンダーラ商会で生産・市販している高精度なものを使用しているが、思わぬライバルの出現である。 ガリアではかなり売れているらしく、既にゲルマニアでも真似して作る所が出ているという。

「うちの自動車もガーゴイル機能を外して価格を下げましょうよ。このままじゃシェアを取られちゃいます」
「帆走車だと操縦が相当難しいだろう。性能的にも競合するようなものじゃないから問題ない。ガーゴイルレスはもう少しハルケギニアの人が電気になれてからにするよ。電気が異端の技術じゃなくて魔法で制御できるものだってアピールするのは大事だと思うんだ」
「うーん、それじゃ工場の仕事はどうなるんですか日産一台位は想定していたのに全然です。最近はベアリングの注文ばっかり入ってきてますよ」
「仕事があるなら良い事じゃないか。それに当面は俺の重機を作る仕事が入るから忙しくなるよ」

 リナが自動車が売れない事による仕事の減少を心配するが、ウォルフはボルクリンゲンでタニアと開発に必要な船、ダンプカー、ショベルカー、ブルドーザー、掘削機の売買契約を結んできた。今後はその生産で暫く忙しくなるはずである。
全部ウォルフが開発したものなので領地の産品の優先販売の約束と引き替えに商会に負担がかからない程度に格安としてもらったが、ウォルフの貯金は随分と目減りしてしまった。風石鉱山発見による配当が出ていたので何とかなったが、開拓には金がかかる。今後も空いた時間にはタレーズなどをひたすら作って内職に励む事になりそうだ。

「あ、昨日連絡がありました。今、材料を手配してますよ。あれ、ウォルフ様のだったんですね」
「うん。東方開拓なんて重機やゴーレムがなけりゃ百年かかりそうだったよ。重機使って一気に開拓しないと何時までも安全にはならなそうだった」
「開拓も良いですけど、ちゃんと自動車の販売の事も考えて下さいね」
「おう。まあのんびりやるさ。とりあえずは開拓地で使う船の設計だな」

 船はこれから造るのだが、リベット技術の開発も兼ねて風石エンジンで推進するアルミ製の双胴フェリーにするつもりである。リベット止めと言えば、こちらの世界では平民向けの廉価品に使われる技術と見られがちだが、元の世界では未だに航空機に使われている立派な接合方法だ。
船体はボルクリンゲンで作るとしてこちらでは船舶用大型風石モーターとスクリュープロペラの開発、リベットの基礎研究をするつもりだ。

「さあ、設計するぞ」 

 作業着に袖を通し、製図板に向かう。ウォルフはまたいつもの日常に戻ってきた事を実感した。



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