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No.33077の一覧
[0] 空を翔る(オリ主転生)[草食うなぎ](2012/06/03 00:50)
[1] 0    プロローグ[草食うなぎ](2012/05/09 01:23)
[2] 第一章 1~5[草食うなぎ](2012/05/09 01:22)
[3] 第一章 6~11[草食うなぎ](2012/06/03 00:32)
[4] 第一章 番外1,3[草食うなぎ](2012/06/03 00:34)
[5] 第一章 12~15,番外4[草食うなぎ](2012/05/09 01:30)
[6] 第一章 16~20[草食うなぎ](2012/06/03 00:34)
[7] 第一章 21~25[草食うなぎ](2012/05/09 01:32)
[8] 第一章 26~32[草食うなぎ](2012/05/09 01:34)
[9] 幕間1~4[草食うなぎ](2012/05/09 01:39)
[10] 第二章 1~5[草食うなぎ](2012/05/09 02:22)
[11] 第二章 6~11[草食うなぎ](2012/05/09 02:23)
[12] 第二章 12~17[草食うなぎ](2012/05/09 02:25)
[13] 第二章 18~19,番外5,6,7[草食うなぎ](2012/05/09 02:26)
[14] 第二章 20~23[草食うなぎ](2012/05/09 02:28)
[15] 第二章 24~27[草食うなぎ](2012/05/09 02:29)
[16] 第二章 28~32[草食うなぎ](2012/05/09 02:30)
[17] 第二章 33~37[草食うなぎ](2012/05/09 02:32)
[18] 第二章 38~40,番外8[草食うなぎ](2012/05/09 02:32)
[19] 幕間5[草食うなぎ](2012/05/17 02:46)
[20] 3-0    初めての虚無使い[草食うなぎ](2012/06/03 00:36)
[21] 3-1    ラ・ヴァリエール公爵の目的[草食うなぎ](2012/05/09 00:00)
[22] 3-2    目覚め[草食うなぎ](2012/05/09 00:01)
[23] 3-3    目覚め?[草食うなぎ](2012/05/09 00:02)
[24] 3-4    ラ・ヴァリエールに行くと言うこと[草食うなぎ](2012/05/09 00:03)
[25] 3-5    初診[草食うなぎ](2012/06/03 00:40)
[26] 3-6    再診[草食うなぎ](2012/06/03 00:40)
[27] 3-7    公爵家にて[草食うなぎ](2012/06/03 00:52)
[28] 3-8    決意[草食うなぎ](2012/11/06 20:56)
[29] 3-9    往復書簡[草食うなぎ](2012/11/06 20:58)
[30] 3-10    風雲急告[草食うなぎ](2012/11/17 23:09)
[31] 3-11    初エルフ[草食うなぎ](2012/11/17 23:10)
[32] 3-12    ドライブ[草食うなぎ](2012/11/24 21:55)
[33] 3-13    一段落[草食うなぎ](2012/12/06 18:49)
[34] 3-14    陰謀[草食うなぎ](2012/12/10 22:56)
[35] 3-15    温泉にいこう[草食うなぎ](2012/12/15 23:42)
[36] 3-16    大脱走[草食うなぎ](2012/12/23 01:37)
[37] 3-17    空戦[草食うなぎ](2012/12/27 20:26)
[38] 3-18    最後の荷物[草食うなぎ](2013/01/13 01:44)
[39] 3-19    略取[草食うなぎ](2013/01/19 23:30)
[40] 3-20    奪還[草食うなぎ](2013/02/22 22:14)
[41] 3-21    生きて帰る[草食うなぎ](2013/03/03 03:08)
[42] 番外9    カリーヌ・デジレの決断[草食うなぎ](2013/03/07 23:40)
[43] 番外10   ラ・フォンティーヌ子爵の挑戦[草食うなぎ](2013/03/15 01:01)
[44] 番外11   ルイズ・フランソワーズの受難[草食うなぎ](2013/03/22 00:41)
[45] 番外12   エレオノール・アルベルティーヌの憂鬱[草食うなぎ](2013/03/22 00:42)
[46] 3-22    清濁[草食うなぎ](2013/08/01 20:53)
[47] 3-23    暗雲[草食うなぎ](2013/08/01 20:54)
[48] 3-24    誤解[草食うなぎ](2013/08/01 20:57)
[49] 3-25    並立[草食うなぎ](2013/08/01 20:59)
[50] 3-26    決別[草食うなぎ](2013/08/01 21:00)
[51] 3-27    緒戦[草食うなぎ](2013/08/01 21:01)
[52] 3-28    地質[草食うなぎ](2013/08/01 21:02)
[53] 3-29    ジョゼフの策 [草食うなぎ](2013/08/01 21:03)
[54] 3-30    ガリア王ジョゼフ一世[草食うなぎ](2013/08/01 21:03)
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[33077] 第一章 6~11
Name: 草食うなぎ◆ebf41eb8 ID:e96bafe2 前を表示する / 次を表示する
Date: 2012/06/03 00:32
1-6    初めての気絶



――― 魔法を習い始めて一年が経った ―――

 ウォルフはその後すぐに『発火』の魔法を成功することが出来た。
燃やす物質については取り敢えずイメージしやすかったのでプロパンにする事にした。
イメージ通りの気体を発生させる事が出来るのは『練金』に似ているが可燃性の気体に限定されるわけでもなく、酸素や窒素なども高温なら発生させる事が出来た。
アセチレンと酸素の混合気体も出す事が出来たのだが、温度が高くなりすぎるので危険と判断し日頃は封印する事にして、プロパンと酸素で練習している。
ラインスペルもすぐに成功させ、火のラインメイジであり、それどころか風・土・水の系統魔法も使える、四系統全てを操る希有なメイジとなっていた。
お気に入りの魔法は『練金』で、最近は暇さえあれば様々な物質を『練金』している。
原子や分子、結晶構造などを知ってさえいればどんな物質でも創ることが出来るのだ。
まさに神にでもなった気分で金や白金、タングステンなどを『練金』し、ダイヤモンドの板に六方晶ダイヤモンドで落書きしていたら、カールに金などを『練金』出来ることは他の人間には言わないように注意された。
その時はそんなに神経質にならなくてもいいんじゃないか、とも思ったが、純粋なウラン238を作ってみてそれがあまりも簡単にできることを知り、この魔法の危険性に気付いた。
この知識が普及してウラン235やプルトニウム239をそこら中で好き勝手に作っている社会などには住みたくない。

 サラは水のドットメイジのままである。
しかし、火は使えないものの風・土を使え、ウォルフには及ばない物の優秀な万能型のメイジへと成長していた。
勉強も日々ウォルフの薫陶を受けたせいで読み書きはばっちりだし、計算もすでに数学と呼べる物までこなすようになっていた。
お気に入りの魔法は『フライ』で、時間が出来るとウォルフを誘い公園や町のそばの森などを『フライ』で散歩している。

 マチルダは最近やっとラインメイジになれた。
ウォルフに負けたままではいられない、と猛練習をしてきた成果であり、風以外の魔法を使いこなせるようになった。
ウォルフの『ブレイド』に耐えることの出来るゴーレムは未だ創れていない。
最近は斬られない物を創ることは諦めていて、例え斬られても直ぐに修復できるように素材を土にし、また多少斬られても関係ないように大型化を図っている。
ウォルフにはマチ姉と呼ばれている。
有る程度親しくなった頃「お姉ちゃんと呼べ」と提案(強要?)したのだが、サラが涙ながらに「だめぇ・・・私だってお姉ちゃんって呼んでもらえなかったの・・」と抗議したために現状に落ち着いた。

 三人の仲は良好でウォルフがエルビラの息子だと分かってからは城に呼ばれて遊んだりもしている。
ちなみにウォルフの兄のクリフォードは風のドットメイジになっていて、マチルダはまだ彼とは面識がない。

 勉強したり、遊んだり。そんな、子供らしい日々を過ごしていた。




「気絶したい?」

サラは驚きで目を見開きやがて可哀想な人を見る目でウォルフを見つめた。

「ごめんなさい。サラ、それを治す魔法は知らないの・・」
「いや、そうじゃないから。別に頭がおかしくなった訳じゃないから!」

ウォルフは「でも、水の秘薬ならもしかしたら・・・」などと言いかけるサラを遮って続けた。

「ドラゴンボールを見て育った世代としては、サイヤ人的超回復を一度は試してみなきゃならないって事なんだけど・・・」
「ドラゴン?サイヤ人?」
「ああ、通じないか、つまり・・・」

ウォルフは最近自身の魔力量について悩んでいた。足りないのだ、魔力が。

 『練金』という「魔法の力」を手に入れて以来、日本人としての物づくりの心を刺激されたウォルフは、ここ納屋の二階でちまちまといろんな物を作っていた。
樹脂製の軽いバケツやじょうろ、チタンワイヤで作った洗濯ばさみ、各種温度計や湿度計などの生活向上用品。
定盤やノギス、万力にヤスリといったここで使う基本的な工具。
それだけでなく材料そのものにも目を向け、元々持っていたある程度の石油化学の知識と魔法で得られる知識を駆使して、様々な実験を繰り返すことにより数多くの樹脂のレパ-トリーを得ていた。
そして最近開発に成功したのがFRP・ガラス繊維強化プラスチックである。
この材料の利点はもちろん軽量で、強度が高いということではあるが、それ以上に型を作るという工程が有るため『練金』に比べ寸法精度が高い、と言うことがあげられた。

 『フライ』によって空を飛ぶ魅力を理解した事もあって、ウォルフはグライダーを作りたくてしょうがなくなってしまっていた。
何せここは風の国アルビオン。上空三千メイルに浮かぶ大陸の端近くにあるサウスゴータである。
ひとたび飛び出せば風に乗ってハルケギニアのどこへでも飛んで行けそうなのだ。
問題があるのはその帰りで、風石を積めれば問題ないのであるが家は下級貴族であるためコスト的に厳しい。
『グラビトン・コントロール』ならば楽に高度を稼げそうだが、翼長が長くなるため端の方まで魔法が掛からないので難しい。
そうすると、重力制御を可能な限り効かせた『レビテーション』で、と言うことになるとウォルフの魔力量が現状では心許ないのである。

「えっと、つまり、気絶するまで精神力を使い切って、気絶する前と後で魔法の力が増えるかどうか確かめてみたいって事?」

うんうんと頷くのを見て、やっぱりこの人は可哀想な人なんじゃないかしら、と思い直した。
それを感じ取ったウォルフが「いや、科学だから!実験だから!」などと言いつのるのを無視してしゃがみこみ、目を合わせる。

「いい?精神力を使い切るっていうのはとっても危ないものなの。何日も起きられなくなったり最悪だともう目を覚まさなかったりするらしいの。そんなことウォルフ様はしないで、ね?」

両肩をつかまれ、優しげに首をかしげ微笑みながらそんな事を言われてしまっては、思わず頷きそうになるが、ウォルフは負けるわけにはいかなかった。

「いや、オレが調べたところじゃ魔法の練習をしていて気絶したくらいじゃ、そんなに酷いことになった例はなかったよ。死んだのは戦場で無理をして頑張りすぎたってヤツだけだったよ」
「そんなの知らないわよ!本当に全部調べたかどうかなんて分からないじゃない」
「いや、でも」
「だめ、絶対。どうしてもやるっていうならエルビラ様に言いつけるから。大体そんなことして魔力が増えるわけない!」

声を荒げるサラの腕を外し、その手を握りしめた。

「増えるわけないかどうかは実験して見なくちゃ解らない。人間を真実から遠ざけるのは先入観と偏見だよ。人間の筋肉は一定以上に酷使されて筋繊維が傷つくと元の水準を超えて筋力を出せになるという超回復という性質を持っていることが知られているんだ。このような性質は人間が環境に適応していくために必要な性質で人間がいや生命が進化していく為に本来持っている特性なんだ。つまり人間が進化していく生物である以上そして魔力がそれに必要な物である以上魔力についてだって同様な性質を持つということが推測されるわけでただの思い付きなんかじゃないんだ。つまり何が言いたいかっていうとこれはオレにとって絶対に必要な実験だって事だよ」

滔々と六歳児では反論できないように難しい語彙を使って説明し、さらに、絶対にやるということ、親にばれた場合は隠れて一人でやるということ、正確性と安全性を確保する為にサラに立ち会って欲しいということを告げた。

「ウォルフ様、ずるい・・・」
「ごめんね?でもサラにしか頼めないんだ」

そこまで言われてはサラに選択肢は残っていなかった。
泣いてしまったサラを何とか宥め、『グラビトン・コントロール』で浮かせていたテーブルを下ろす。
慰めながらも魔力を使い切るためにコントロールが難しくその制御に激しく魔力を消費する魔法を選んで実行していたのだ。
そして部屋の梁に巨大なバネ秤をセットする。ウォルフ自作の大きな目盛りの五千リーブルまで計れる精密なやつだ。そこに二十リーブルほどの錘をつり下げた。
この部屋はド・モルガン家の納屋の二階で、ウォルフが占拠して工房として使っている場所であり、今は夕食後、寝る前の時間であり二人ともパジャマを着ていた。

「今から僕は『念力』でこの錘を下げるように力を入れるから、サラはその値を読んでノートに記録して」
「うーんと、ここがひゃくだから・・・・・うん、分かった。・・・・本当に大丈夫なんだよね?」
「大丈夫だって、じゃあ試しにやってみるね?・・・・《念力》!」
「えーっと、二千七百三十・・五くらい、っと、どこに書くのかな?」

サラがノートを開くとそこには一ヶ月分の毎日のデータがすでに書き込まれていた。
その数値は多少の増減はあるが緩やかに増加していて、この一ヶ月でおよそ五十リーブル増えていた。

「こんな前から測ってるんだ・・・」
「うん、この実験方法で信頼できるデータが取れるか確認したかったからね。十分なデータが集められたよ」
「そういうことを言ってんじゃないんだけど」
「そう?じゃあそろそろいい感じに魔力が抜けてきたから本番いくかな。いい?どんな現象が起こったのか逐一記録してね。特に気絶する間際の魔力の変化は詳しくね・・・いくよ・・《念力》!」

再び錘が引っ張られ、先程と同じ位の値を秤が示す。三分ほどはそのままだったが、やがて徐々に減り始めた。

「二六七〇・・ウォルフ様、もういいんじゃない?」
「今集中しているんだから話し掛けないで。ここからが大事なんだから、サラも集中して」
「・・・・二六六〇・・」

時々横目でウォルフの様子を窺うが、かなり苦しそうにしている。
その様子を見ると、サラは今すぐに止めたくなるが何とか堪えて続け、徐々に減る数値を記録し続けた。
そんな状態が暫く続いた後、それは突然起きた。
突然目盛りが上下に激しく振られたと思うと、それは勢いよく上昇を始めた。

「ふ、増えてます。二千七百・・・・ろ、六十・あっ・・・・・」

大きな音を立てて秤が解放された。ガチャガチャと音を立てて揺れ、目盛りは二十リーブル辺りを指していた。
ウォルフの方を向くとソファーに横向きに倒れ込んでいるのが見えた。

「ウォルフ様っ!!」

慌てて近寄ると呼吸を確認する。その胸が緩やかに上下しているのを確認するとホッと息を吐き、震える手で最後の部分を記録した。
そして『レビテーション』でウォルフを浮かせるとそのまま母屋に連れて行った。



 その夜ド・モルガン夫妻はいつものようにリビングで寛いでいた。

「今年の夏もラグドリアン湖に行こうか、去年子供達もまた行きたいって言っていたしな」
「いいわね、でもそれでしたらお父様が去年顔を出さなかった事を怒っていましたわよ」
「あー、去年はトリステイン側をあちこち回っていたら日が無くなっちゃったんだよなぁ。ウォルフが生まれてからまだ一度も行っていないなぁ」
「今年はラ・クルスに行ってからラグドリアン湖を回って帰ってきましょう。リュティスまで行くのは無理だけど、私も子供達にガリアを見せたいの」

ニコラスの話にエルビラは編み物の手を止め答えた。
久しぶりに実家のラ・クルスに帰れるかと思うと、嬉しくなってくる。

「ああ、そうしよう。今年もお養父様に子供達を会わせなかったら僕は燃やされてしまうよ」
「ふふっ結婚を申し込みに行ったときは凄かったものね」
「あー思い出させないでくれー。あの時はマジで死んだと思ったよ」

あそこまですることは無いじゃないか、などとブツブツ言っているニコラスを楽しげに見ていたエルビラだったが、ふと懸念が浮かび、口にした。

「あ、でもやっぱりアンネとサラは連れて行けないわよねぇ・・・どうしましょうか」
「うーん、アンネの両親がまだ城下にいるって言ってたから、一緒に連れて行って二人はアンネの実家に帰せばいいんじゃないかな。それで帰りに合流してラグドリアン湖へ一緒に行けばいいよ。アンネも里帰りだな」
「そうね、兄さん達には黙っていればいいものね」

うんうんと頷きながら楽しい夏の旅行に思いを馳せていると、突然廊下からサラの呼び声が聞こえた。
ほとんど叫び声に近いその声に驚いて、様子を見に行くと、そこには泣いているサラと宙に浮かんだまま気を失っているウォルフがいた。

「「ウォルフっ!!」」

その真っ青な顔色と泣きじゃくるサラの様子に最悪の事態を予想をするが、幸いウォルフの小さな身体はゆっくりと呼吸を繰り返していた。

「あなた、早く『ヒーリング』を!」
「分かってる。ああくそ、どうしてこんな・・《ヒーリング》!」

ウォルフの身体を抱きかかえ、ニコラスの魔法がその身体を包んだことを確認するとエルビラはサラの方を向いた。
サラは泣きじゃくりながらも必死に『ヒーリング』を唱えようとしていたが、成功していなかった。

「サラ、何があったの?説明して」
「ウォっ・・・さまっ・・ヒックまほう・・・」
「エル、ウォルフの身体から魔力が殆ど感じられない。魔力を使いすぎて魔力切れを起こしている感じだ」

サラはまともに話すことが出来なかったが、ニコラスの言葉に何度も頷いた。
エルビラはそれならば大丈夫かと少し安心すると、ふと夕食後ウォルフに渡された手紙のことを思い出した。
明日の朝かサラが来たら読んで、と悪戯っぽく笑っていたウォルフを思い出し、慌てて自室に取りに行った。
戻りながらその手紙を読んでみるとそこには、どうしてこんな事をしたのかということと、サラには無理を言ってしまうかもしれないので怒らないでほしいということが書いてあり、最後に謝罪と、大したことじゃないので心配しないようにとの希望が綴られていた。
ウォルフの元まで戻り、その顔色が少し良くなっていることに安心してサラに語りかけた。

「サラ、ウォルフに脅されたの?」

サラは何度も頭を振っていたが、何とか言葉を絞り出した。

「・・・一人でっ・・隠れてっ・やるって・・言った」

その言葉にエルビラは顔を歪めるとサラを両手で抱きしめた。

「ありがとうね、サラ。ウォルフを一人にしないでくれたんだね。もう、大丈夫だから。きっと直ぐにウォルフは目を覚ますわ」

その言葉にサラはまた激しく泣き出してしまったが、やがて疲れたのかそのまま寝てしまった。
エルビラはその寝顔を暫く優しげに眺めて、様子を見に来ていたアンネに手渡した。







1-7    初めての謹慎



 罰として言い渡されたのは十日間の謹慎だった。

 ウォルフが目が覚めたのは二日後の早朝で、三十時間以上気を失っていたことになる。
目覚めて最初に目に飛び込んだのは何故か同じベッドで寝ているサラの顔であった。
朝の光を受けて輝くその白い肌を暫くぼうと眺めていたが、その頬に涙の跡を見つけて目を逸らした。
サラを起こさないようにそっとベッドを抜け出し、ノートを探すが、見つからない上に杖も無かった。
納屋に探しに行こうかと部屋を抜け出したところでアンネと鉢合わせした。

「あ、おはようアンネ。オレの杖が無いんだけどアンネ知らない?」
「おはようじゃありませんよ・・・」

アンネは近づくとしゃがみこみ、ウォルフを抱きしめた。

「皆さんを心配させて・・・ああ、よくぞ目を覚ましてくださいました」
「あ、ごめんね、心配掛けちゃった?」
「・・・・・・」

アンネはそのまま何も言わず黙って抱きしめていたが、ウォルフは少し居心地が悪かった。

「もう、しないからさ。で、杖なんだけど・・」
「杖ならばエルビラ様が預かっております。暫くは返すつもりはない、とのことでした」
「うえっ、マジ?カール先生の授業とか有るし杖無いと困るんだけど」
「ご自分でエルビラ様にお尋ねになればよろしいかと存じます」

アンネにツンと冷たく言い放たれ困ってしまったが、取り敢えず気を取り直し、納屋にノートを探しに行くことにした。

「うん、後で聞いてみるよ。それと今日ってイングの曜日?」
「オセルの曜日でございます、ウォルフ様」
「あー、一日以上寝ちゃったか。まあ、いいや、じゃあまた後でね」

 ノートは納屋の机の上にあった。急いで開き、中に書かれている数値を確認する。
二七六〇。記された数字に思わずにんまりする。
記録は二七三五から始まり、十二分かけて二六六〇まで下がった後一気に二七六〇まで達し、その直後ゼロになっていた。
二六六〇から二七六〇まではおよそ五秒とのことである。
今すぐ現在の魔力を計ってみたいが、杖が無いので出来ない。
悶々とした気持ちの儘自室に戻ると、起きていたのか飛びかかってきたサラに抱きしめられた。
サラは何も恨みがましいことを言わず、ただ無言で抱きしめてきた。
さしものウォルフもその様に罪悪感にかられ、そのまま黙って抱かれていた。

「もう、あんなことしないでね?」
「うん、おかげでちゃんとデータが取れたからね、もう無理する必要はないかな」
「怖かったんだからね?」
「うん、ごめんね?・・ありがとう」
「じゃあ・・許してあげる」



 朝から色々と大変だったウォルフだが、朝食に行っても大変だった。
父と母に抱きしめられ、叱られ。兄には馬鹿にされ、その全てを甘受した末に言い渡された罰は、謹慎十日間、その内三日間は杖没収というものだった。

「ちょっ・・お母様、十日間って長すぎるんじゃないでしょうか?杖没収ってのもちょっと・・・」
「いいえ、この罰はお父様とも相談して決めました。これでもまだ少ないのではないかと思うぐらいです」
「う、でもほらカール先生の授業とか有るし杖ないと・・・」
「謹慎中です。休みなさい」
「う・・」
「魔法の練習をしていてつい、と言うのならまだしも態とだなんて論外です。もう二度とこのような事はしないようにこの程度の罰は当然です。おまけにサラを脅迫して泣かせるなんて、恥ずかしいとは思わないのですか!」

それを言われるとウォルフもどうしようもなかった。

「わかりました。お父様、お母様、申し訳ありませんでした」
「ん、もうするんじゃないぞ。エル、もういいだろう食事にしよう」

 ちょっと暗い雰囲気になってしまった食事中、ウォルフは杖のない三日間をどう過ごそうかと悩んでいた。
魔法を覚えて以来こんなに長く杖を手にしなかったことはないのだ。
取り敢えず今日は作りかけのグライダーの模型を完成させることにして、明日以降のためにエルビラになんか本を頼んでおくことにした。

「母さん、また本読み終わっちゃったから新しいの頼みたいんだけど。できればその、物語じゃなくて専門の魔法書がいいんだけど」
「あら、"イーヴァルディ千夜一夜"は面白くなかったかしら。」
「いや、全く面白くないって事もないんですが、魔法書が読みたいです」
「そうはいっても貴方はもう火の魔法の専門書も全般的な魔法書も、太守様の蔵書にあるものはほとんど読んでしまったのよ」
「土・風・水の専門書はまだ読んでいないと思うのでそれでいいです」

エルビラは日頃から魔法書ではなく普通の男の子が好むような物語の本を薦めてくるが、現代日本で生まれ育った記憶を持つウォルフにはこの世界の物語は大げさで冗長で眠くなるものが多かった。
それよりはたとえ難解であっても魔法書の方が今そこにあるファンタジーであり楽しかった。

「何でお前そんなに勉強するんだよ!十日位サラと遊んでいればいいじゃないか!」

横からクリフォードが口を挟んできた。
優秀すぎる弟にあっという間に魔法でも抜かれてしまった彼は、何とも言えない焦燥感を感じていて何かとウォルフに当たる事が多い。

「うーん、結構面白いんだけどな、魔法書。結構勘違いしていたり適当な理論とかもあって、案外楽しめるよ。風の魔法書なら解ると思うから、兄さんも一緒に読んでみる?」
「・・・お前が読むような魔法書を俺が解るはずが無いじゃないか」
「うーん大丈夫だと思うんだけどなぁ」

確かにウォルフがここのところ読んでいる魔法書は、魔法学院の最高学年からそれを卒業した人間を対象とした物だったので、八歳のクリフォードには難しすぎた。
しかしウォルフから見るとこの世界の魔法書は、内容の多くを著者の妄想や先入観に囚われた理論の説明に費やされ、無駄に難解になってしまっているだけであった。
ウォルフはいつも魔法の結果とその著者の世界観から魔法の内容を類推し、その本の内容を羊皮紙に纏めているのだが、どんなに分厚い魔法書でも羊皮紙十枚を超えることはなかった。
だから、いつも説明しながら読んで聞かせているサラもかなり難解と言われている魔法書を理解できているので、クリフォードもウォルフの説明付きでなら理解できる筈と思っていた。

「私は火の魔法書以外はよく分かりませんから、他の人に聞いて持ってきます。それでいいですね?」
「はい、お願いします。なるべく実践的な物がいいです」




 朝食後からずっと、午後になってもグライダーの模型を作り続けた。今作っているのは翼の部分のパーツだ。
少し加工しては定盤に乗せ、翼断面を確認する為に作った数十枚の定規を順に合わせて形状を確認する。
ちなみにこの定盤は白金とイリジウムの合金製で精度を出すのにはかなり苦労をした。
模型の材料はフォルーサという高さ二十メイルにもなる大きな草の幹を乾燥させた物で、ちょうど元の世界のバルサ材そっくりの性質を持ち、『練金』で作った物ではなくサラと二人で森に行って伐採してきた物だ。
ウォルフは金属の組織構造の変化などは自由に行えるようになっていたが、まだ木や土などという複雑な構造の物を『練金』することが出来なかった。
完成すれば翼幅一メイル半にもなる大型の模型である。左右で翼の形状が違うなど有ってはならないことなので慎重に加工していた。

「ウォルフ様、マチルダ様がお見えになりました」

午後も遅くなったころ、マチルダが訪ねてきた。ここに来るのは初めてである。

「ふーん、マチ姉ならここでいいか、通して」
「はい「ふん、もう来てるよ。なんだい、ごちゃごちゃしたところだねぇ」」
「マチ姉、いらっしゃい。どうしたの?」

サラの後ろから突然現れたマチルダは腰に腕を当てウォルフを見下ろした。

「どうしたのじゃないだろう、あんたが馬鹿をしたってエルビラに聞いたから様子を見に来たのさ」
「心配してくれたんだ、ありがと」
「べ、別に心配した訳じゃないから・・・それ何作ってるの?」
「グライダーの模型。前に話しただろ、風に乗ってハルケギニアのどこにでも飛んでいけるフネの雛形」

ウォルフは以前マチルダにグライダーのことを帆を横に張ったフネ、と説明していたが、そこにあった部品をどう組み合わせてみてもマチルダの想像していた物にはなりそうもなかった。

「えっと、これがそれかい?こんなんでどこに帆を張るのさ」
「この長いのが帆っていうか翼だよ。これは鳥みたいに空を飛ぶんだ。ほらこんな感じで。この前の羽と後ろの羽とのバランスが大事でさ、この大きい模型を実際に飛ばして色々実験するんだ」

そういうと隣の棚からもっと小さい模型を取り出して飛ばすまねをして見せた。
今作っている模型の前に作った翼長三十サントほどのアルミ製のものだ。

「そんなのが人を乗せて飛ぶようになるのかねぇ、信じられないよ」
「まあ、そうだろうね」

ハルケギニア人に魔法ではない科学技術を理解させることは困難なので、実物を見せるまでは大体こんなもんである。
マチルダが菓子を持ってきてくれたということで、サラにお茶を入れてもらい休憩することになり、暫しいつものように駄弁った。

「はー、しかしあんたも馬鹿だねぇ。気絶するまで魔力使って鍛えるなんて、考えついても普通しないよ」
「本当に、もうやめて欲しいです」
「オレとしては考えついたのに試してみない方が信じられないんだけど」
「あっ、でも前に本で同じ事してるの読んだことあるよ」
「えっマジ?読みたい!なんて本?」
「ええと、たしか"アルグエルスアリの新解釈魔法理論"だったかな?なんか弟子が無理矢理いろんな実験させられているやつ。火のメイジは熱さに強いのか、とかいって両手掴まれて熱いもの食べさせられたりしてた」
「上島かよ・・・それって確かトンでも本って事で禁書判定に引っかかったヤツじゃない?」
「うん、でも認定はされなかったみたいだよ。ぎりぎりセーフだったみたいね」
「うわー、そんなの持ってんだ。なんで母さんそういう面白そうなの持ってきてくれないかなぁ。お願い、貸して?」
「ああ、いいよ。エルビラに渡しとく」

帰るというマチルダを見送りに出た中庭で事件は起きた。
丁度外から帰ってきたクリフォードと鉢合わせしたのだ。

「あ、兄さん丁度良かった、紹介するよ。マチ姉、兄さんのクリフォードだよ。兄さん、こちらオレの友達のマチルダ」
「よろしく、クリフォード」
「ふーん、俺より大きいのにチビのウォルフと友達なんて変なヤツー。小さい子集めて威張ってんのか?友達いないんだろ」

日頃太守の娘ということでちやほやされるのがいやだと言っていたマチルダのために、家名を省いて紹介したのがまずかった。
さらに、なまじマチルダがクリフォードの好みどストライクの美少女だったことも災いした。
日頃ウォルフに対し鬱憤がたまっていたクリフォードは、自分でも制御できない感情の儘に憎まれ口をたたいてしまったのだ。

「《クリエイト・ゴーレム》!」

地面から音を立てて巨大なゴーレムがせり上がり、クリフォードをその手に掴み立ち上がった。
ウォルフとサラが「あ」っと言う間もないほどの早業である。

「はぁーっはっはっ今日のゴーレムはいい出来だよ・・誰が小さい子集めて威張っているってぇ?もう一度大きな声で言ってもらおうじゃないか」
「うわー、えげつな・・・」

クリフォードが何か叫んでいるが、二十メイル超級のゴーレムの更に頭上に掲げられているために何を言っているのかは聞こえない。
見ていると『ブレイド』や『エア・カッター』などでゴーレムを攻撃し始めたが、もちろん全く効いていない。

「ふん、ぬるい攻撃だね。本当にウォルフの兄貴かい?ほら、シェイクだよ!」
「兄さんは普通の人だから、あんまり無茶しないであげて欲しいなぁ」

ゴーレムがクリフォードを持ったまま、腕を激しく上下させた。
最初は悲鳴を上げていたがやがてそれも止み、杖もどこかへと飛んで行ってしまった。

「ホラ、何か言うことがあるんじゃないのかい?」
「ちょ・・調子乗って・・ましたっ・・・すみません・・したぁっ!」

訳が分からないうちに捕まりさんざん揺さぶられ、いい感じにぐったりとしたところをマチルダの前に転がされたクリフォードにはもう逆らう気力は残っていなかった。

「まあ、これからは初対面の相手に喧嘩売るようなことを言わないこったね」
「・・・はい・・」
「兄さん、マチ姉のフルネームってマチルダ・オブ・サウスゴータなんだよ。だまっててごめんね」
「ちょっ、おまっ・・お転婆姫なら、そうって最初から言えよ・・・」

マチルダはもう一度シェイクしようとゴーレムでクリフォードを掴んだが、もう気絶しているのを見ると放置して帰って行った。
この日以降クリフォードは土メイジを大の苦手とするようになってしまった。




 三日後、まだ謹慎中なので屋敷からは出られないが、ようやく杖を返してもらった。

「いいですか、今度態と気絶するまで魔力を使うなんてまねをしたら二度と杖を返しませんよ」
「はい、お母様。しかと肝に銘じます」

杖を返してもらうと、一目散に納屋に飛んでいって秤をセットした。
逸る心を抑え『念力』を唱えると、秤の数値は二七六五を指していた。

「増えてる・・・」

三十リーブルの増加である。
体の成長に伴う基本的な魔力の増加量を除けば、おそらく一%程の増加ではあろうが、ウォルフが期待していた数字よりも遙かに大きかった。
今は無理だが、もしこれを毎日続けることが出来れば望んだ魔力量を手に入れることが出来る。

 マチルダに貸して貰った"アルグエルスアリの新解釈魔法理論"には特に参考になることは書いていなかった。
熱いものを食べさせられたり、熱湯風呂に放り込まれた火メイジのジョンソン君。土に埋めたら魔力が増えるかと一週間土に首まで埋められた土メイジのリヒター君などアルグエルスアリの弟子達には敬意と同情を感じるが、なにしろ数値を取っていないので結論が"増えた気がする"などの曖昧なものでしかないので参考にしようがなかった。まあ、大笑いしながら読んだのであるが。
まあ、それほど期待はしてなかったので気にせず次の実験に取りかかる事にした。
取り敢えず実験のために魔法をバンバン使うことにして、納屋の地下で石材を『練金』しまくった。
ここはここは将来の工房用にとウォルフがこつこつと『練金』してはスペースを広げている場所で、比重の軽い土から比重の思い金属や大理石を『練金』することによって空間を生み出す、という作業をしている。
作った大理石は将来納屋を増築するときに使うつもりである。
『練金』し、ゴーレムを使って等しい大きさに切りそろえる、という単純作業を繰り返しているとメキメキと魔力が減ってきたので、また秤の前に移動した。

 今度の実験の目的は、魔力を使い切る寸前の最後に魔力が上昇する五秒間、そこで魔法を止めたときの状態を調べるということだ。
使い切る前に止めるのだから気絶はしないだろうし、しかしその瞬間魔力が強くなっているわけだからその後はどうなるのか。
目を瞑り集中する。気絶するまでやるわけにはいかない。
サラや両親の顔が脳裏に浮かびほんの少し躊躇するが、それでも未知のことを知りたいという欲求の方が上回った。

「《念力》!」

秤が音を立てる。その秤を睨みつけ、僅かな変化も見逃すまいと集中する。
そのまま何も変化のない時間が暫く経過したが、突然前回と同じように目盛りが急上昇した。

「!!っ」

間髪を入れず、数値が上昇しきる前に『念力』を解くことが出来た。

「ぐあぁ・・・」

前回は何も感じずにそのまま気を失ったのに、今回は魔力を解放すると同時に激しい苦しみが胸から脊髄にかけて走った。
気絶しちゃった方が楽かも、などと考えながら蹲って吐きそうなほどの苦しみを堪えていたが、幸いなことにそれは暫くして霧散した。
しかしその後も体がひどく怠いことには変わりなく、まだ午前中なのに、もうベッドに入って眠ってしまいたかった。

「いやしかし、ここで寝ちゃうと絶対勘違いしてサラが泣く。せめてサラが来るまでは起きていなくちゃ・・・」

何とか椅子に座り、うつらうつらとしているとようやくサラがやってきた。

「ウォルフ様ー、杖返してもらったー?」
「・・・はっ、お、おおサラ、おお、返してもらったぞ!ほら」
「?・・ウォルフ様寝てたの?」
「あ、いやほら杖が帰ってくると思うと夕べ中々寝付けなくてな、それでちょっと・・」
「・・・今朝は普通だったのに」
「まだ興奮してたんだよ。・・・それよりこれ見てよ、これ。今最大魔力計ってみたら二千七百六十五だったんだ!実験前より三十リーブルも増えてたぜ!」
「ふーん、良かったね。でもあんな目にあったのにそれっぽっちじゃ割に合わないんじゃない?」

興奮してしゃべるウォルフに対しあくまでサラは冷静だ。

「何言ってんだよ、一%の増加だぜ!毎日これ出来れば一年後にはどうなっちゃうと思ってんだよ!」
「・・・もうしないって言ったよね?」
「え?あ、はい・・・」

すでに毎日出来るかもしれない可能性を見つけていたので、思わず口走ってしまったが、サラの反応を見てこれ以上この話をするのは無理と判断した。

「うーん、何かやっぱり眠いや。ちょっと寝るから、お昼に起こして?」
「えー、今日は久しぶりに散歩行こうって思ってたのにー」
「ごめん、ちょっと無理。っていうかオレまだ謹慎中だから外へは行けないよ?」

結局昼まで寝てサラに心配されてしまったが、午後も「怠い」と主張してごろごろ過ごした。
結局一日を無駄にしてしまった上に可成り辛い思いをしたウォルフは、今度やるときは絶対に夜寝る前にしよう、と決めていた。



 翌日早朝秤の前、何時になく気合いを入れるウォルフが居た。
これで魔力が増えていれば、気絶しないで超回復ができる方法を手に入れることになる。

「《念力》!」

軽く音を立てたそれは二七九〇を示していた。前日より二十五の増加である。

「やったぜ!これでいける!」

四百リーブルを超えるであろうグライダーを、少なくとも千メイルまで持ち上げるためには最低でもトライアングル以上の魔力が必要である。
おそらく千メイル分の位置エネルギーがあれば、上昇気流を探してそれに乗れるまでの飛行が出来るのではないかとウォルフは考えた。
将来的には風石を積んで上昇することを考えていたが、今までの儘では試験飛行すら行う目処が立っていなかった。
魔力の最大出力とため込む事が出来る精神力が比例している事は確からしいので、これでウォルフがトライアングルになることが出来れば、何とかなりそうである。
その時を想像し、ウォルフは興奮してくるのを止めることが出来なかった。

「見てろよ、オレのグライダーはハルケギニアの空を飛ぶんだ!」




1-8    フライング・ハイキング



「ようし、次は主翼B+1.5、尾翼A0、錘3、風力70から」
「ふー、まだやんの?」

 謹慎九日目、ウォルフ達は完成した模型を使って実験を行っていた。
まず、納屋の中に作った直径三メイル弱の風洞の中央に前方から糸で繋いだ模型を、サラが『レビテーション』で浮かせる。
それにウォルフが魔法で風を起こし『レビテーション』を解除する。
ちょうど模型が風洞の中央で飛ぶように風力を調節し、風洞内にセットされた風力計と糸に付けられた秤の数値を記録する。
そんなことを長さや形状が違う三種類の主翼と二種類の尾翼について僅かずつ角度を変えて計測した。
それが一通り終わったら今度は錘の種類を変えてまた一通り、それが終わったら錘の位置を変えて、またそれが終わったら今度は引っ張る糸の角度を変えて、と言う感じに膨大な数の実験をこなしていった。
ウォルフには結構楽しい時間だったが、サラには辛い日々だった。

「ウォルフ様、休憩しましょうよー。昼からもうずっとやってますよ」
「あー、分かった、もうちょいね。尾翼のAが終わったらにしよう」
「それってまだまだじゃないですか、もういやぁー」



 その後やっと一区切りが付き、休憩を取ることが出来た。
サラがもう納屋はいやだというので中庭にテーブルを出してお茶にした。

「まったく、ウォルフ様は異常です。あんなに細かくやること無いじゃないですか」
「いや、普通だよ。実物作ってからだめだった、じゃしょうがないだろ。作る前に出来ることはやっておくべきだ」
「はー、もういいです。まあ私も今更あれが必要無かったなんて言われたくないです」
「いやいや、ご協力感謝します」
「これが終わったらすぐに出来るの?」
「・・・いや、まだまだだよ。部品の試作とか強度試験とかもしなくちゃならないし、大体あそこじゃ部屋が小さくて作れないからもっと広い場所を確保しなくちゃいけないし」
「え、あそこに入ら無いの?」

目を丸くしてサラが尋ねる。
納屋の部屋は物が多いとはいえ七メイルくらいはあるので、そこに入らないというのは想像していなかったみたいだ。

「今一番イケテるっぽい主翼Bを採用した場合、全幅は十八メイルになるよ。主翼は取り外し式にするけど、それでも十メイル以上の部屋が必要だよ」
「十八メイル・・・そ、そんな大きな物、風石もなくて飛ぶわけ無いんじゃない?」
「模型は飛んでるじゃん。同じだよ」

そうなの?と聞くサラにそうなの、と答え、続ける。

「まあ、半年以上は懸かると思うよ。主翼にフラップは付けないつもりだけど、舵を操作する機構とか一から作らなくちゃならないし、もしかしたらもっと懸かっちゃうかも。まあ、どっちみちまだオレの魔力が足りないし、のんびりやるさ」
「はぁ、大変なんだね。でもそれじゃ今こんなに急いで実験すること無いんじゃ・・」
「別に急いでるつもりはないんだけど・・ま、まあ実験は一気にやっちゃう物なんだよ」

サラは軽く睨まれ慌てて言い繕うウォルフを見て、ふう、と息を吐いた。
模型を見てもグライダーという物がどういう物なのか今一分からないし、そのために行われる実験も退屈だ。空を飛びたいのなら普通のフネの形で良いのじゃないかとも思う。
しかし、グライダーを作るために夢中になっているウォルフを見ることは好きだった。

「あ、そう言えば夏の旅行私たちもガリアに行けることになりました」
「アンネの家から連絡来たんだ。じいさんばあさんに会うの楽しみだな」

初めて会うんです、と言ってはにかむサラ。
元々アンネはエルビラの実家で働いていて、そのままアルビオンに来てしまったので、サラは親戚というものに会ったことがなかった。

「オレもじいさんばあさんに初めて会うんだよなぁ。従姉妹がいるらしいよ」
「私も結構いっぱいいるらしいです。覚えきれるかしら」
「グライダーが完成すれば五、六時間ぐらいで行けるようになると思うから、もっと頻繁に遊びに行けるようになるよ」
「グライダーってそんなに早く飛ぶんですか!?」
「最高で一時間に二百リーグ以上の速度で飛ぶことができるよ。特に行きは早いと思う」
「風竜よりも早いじゃないですか・・」

魔法を使わずに風竜よりも早く飛ぶ。
サラはますますグライダーのことが分からなくなってしまった。




 ようやくウォルフの謹慎が解けた。

「それでは、本日より貴方の謹慎を解きます。これからは自覚ある行動をとるように」
「はい!」

ウォルフは満面の笑みである。
まあ、謹慎十日間はきつかったが、やったかいはあった。
あれから連夜超回復を行い日々魔力を増強していて、大体一日二十五リーブル位、率にして一パーセント弱ではあるが確実に増えている。
だが超回復をした翌日に回復する魔力の量が少なくなるという副作用がある事が分かった。瞬間的に出せる魔力は増えるのだが、通常の半分強位しか回復しないようなのだ。
他にどんな副作用があるのかは分からないので、三日やったら一日は休む、翌日に用がある時はしないという事にしてしばらくは様子を見る事にした。
それと、やたらと腹が減るようになってしまったが、それは成長期と言うことで目立たなかった。

今日は謹慎開け記念にサラと森へ散歩に行く約束をしている。そのため昨夜は超回復を休んだ。
サラはバスケットにお弁当を詰めて持って行くんだと朝から張り切っていた。

「ウォルフ、どっか出かけるのか?」

クリフォードが話し掛けてきた。

「うん、サラと約束しててね。森まで『フライ』で散歩に行くんだ。」
「そ、そうか、・・・その、マチルダ様も一緒に行くのか?」
「何でマチ姉?いや、別に約束してないけど」
「いや、その、もし一緒なら、オレも行きたいって言うか・・・」

ごにょごにょと言いつのるクリフォードに驚くが、これはマチルダと出かけたいと言っていると理解する。

「あー兄さん、マチ姉と一緒に行きたいってんなら誘ってみるけど、どうする?」
「行きたいって言うか、聞いてみるだけ聞いてみて欲しいっていうか・・・・」
「分かった。取りあえずマチ姉を誘ってみるよ」

まだ何かごにょごにょ言っているクリフォードにそう告げると、厨房に向かった。
サラにマチルダも誘うことを告げると微妙な顔をされたが、クリフォードのことを話すと目を丸くして了承した。

「マチ姉のところに行って聞いてくるね。一応お弁当は六人前をお願い」
「わかりました。気をつけて行ってきて下さい」

ウォルフはそのまま飛行禁止区域まで『フライ』で移動し、後は歩いて城まで向かった。

「ごめんください。マチルダ様にお会いしたいのですが」
「ああ、ミセス・モルガンの息子か、ちょっと待っておれ、取り次いでやる」

暫く待っているとマチルダが直接門までやってきた。

「謹慎解けたんだね、ウォルフ。どうしたんだい、こんな朝からやってくるなんて」
「マチ姉、お早う。今日暇?サラと兄さんとで森に『フライ』で散歩に行こうって言ってるんだけどマチ姉も一緒に行かない?」
「なんだい、急に。何時頃出かけるんだい?」
「この後直ぐ、かな?何か森に綺麗な泉があるらしくて、そのそばの草原でお弁当食べるんだってサラが張り切ってた」
「ふうん、まあいいかしらね、一緒に行くよ。支度が済んだらそっちの家に行くから待ってておくれ」

家に戻り支度を済ませて待っていると、程なくしてマチルダが着いた。
クリフォードは何故かやたらと緊張していたが、マチルダを見るとスムースに挨拶をかわした。

「お早うございます、マチルダ様。本日はお日柄も良くこんな良き日にご一緒出来るとは、このクリフォード光栄の極みにございます」
「・・・・この前ちょっとやり過ぎちゃったかしらね。気持ち悪いからもっと普通にしゃべっておくれ」
「えっと・・はい分かりました」

自分で考えて精一杯紳士的な挨拶をしてみたが、気持ち悪いと言われてしまってクリフォードは軽くへこんだ。

「じゃあいこうか、あれ?マチ姉、従者さん一人?」
「ああ、こないだから頼んで減らしてもらったんだ、私ももう十二歳だしね」

私はもういらないって言ったんだけどね、などと言っているのを聞きながら、思春期になったら別の危険が増えてくるんじゃないかなぁ、と思ったが口には出さなかった。

「マチルダ様、ご安心下さい。このクリフォードがいる限り、どんな危険も貴女に近づくことを許しません」
「だから普通にしゃべれって言っただろ!」



 今日行く森はちょっと遠くの森。
サウスゴータの街を出て北に向かい、畑を越え、村を過ぎ目的の森に着いた。
途中元風石の鉱山だったという洞窟などを見物していたら目的地の泉に着く頃には、昼を大分過ぎてしまった。

「あー、やっと着いたー。腹ペコペコだぜ!」
「ああ、確かにここは綺麗だねぇ」
「直ぐにご飯の支度しますねー」
「・・・・・・」

上からウォルフ、マチルダ、サラ、クリフォードの順番である。
クリフォードのテンションが低いのは『フライ』が一番下手で、道中足を引っ張っていたことを自覚しているからだ。この中で唯一の風メイジなのに。
サラはマチルダの従者から荷物を受け取ると二人でてきぱきと支度をしていた。
この従者はタニアという名の元ガリア貴族で、サラとは気が合うのかよく一緒に話をしている。お互い苦労が多いらしい。
マチルダは座り込んで景色を眺め、ウォルフは泉に向かって水切りをしている。

「ウォルフ!せっかく綺麗な泉に石を投げ込むんじゃないよ!」
「えー、ちょっとくらいいいじゃん。あ、兄さんもやんない?これ」
「・・・・・おぅ」

クリフォードは一瞬マチルダの方に目をやったが、ウォルフと一緒に遊び始めた。

「まったく・・」

もう少し文句を言いたいマチルダだったが、あまり仲が良くないと聞いていた兄弟が一緒に遊ぶのを見て黙っていた。

「用意が出来ましたよー」

サラに呼ばれて行くとそこには森の中とは思えない豪華な料理が並んでいた。
『練金』で作ったであろうテーブルに並んだ、灰色をした変な器に入っている色とりどりの料理。スープなどは湯気を上げている。

「ちょっと、なんだいこれ。こんなに持ってきたのかい?」
「はい、ウォルフ様の作ったチタンの食器なら軽いので負担が少ないんですよ」
「なにこれ、金属?金属なの?これ」

マチルダが驚いていると、ウォルフ達もやってきた。

「あー腹減った。うぉっうまそう!」
「ちょっとあんた、なんだいこれ。こんな金属見たこと無いよ!」

ウォルフの鼻先にチタンのスプーンを突きつけて問いただす。

「あぁ、いいだろそれ。チタンっていうんだ。軽くて舐めても味がしないんだぜ」
「そう言う事じゃなくて・・何であんたこんな金属知ってんだい。土メイジのあたしだって見たこと無いのに」
「なんでって・・・知ってたから、かなあ。まあ、いいじゃんご飯食べようよ」
「・・・後で教えなさいよ」

 美しい景色を眺めながらの食事は普段以上においしく感じられ、それぞれに楽しい時間を過ごした。
マチルダは日頃有り得無い主従一緒の食事を楽しみ(従者のタニアは可成り遠慮していたが)、クリフォードはチラチラとマチルダを見てはため息をつき、サラはウォルフの横に座って嬉しそうにし、ウォルフはただひたすら食べまくっていた。

「しかしウォルフ、あんたは良く食べるねえ。あんなにあったのが全部無くなったよ」
「育ち盛りなのです」

けして毎晩気絶しそうなことをしているから、ではないのです・・・と心の中で呟きながら遠くを見つめる。
そんな食べっぷりが嬉しかったのか、サラは鼻唄を歌いながら後片付けをしていた。

「こいつは色が付いているけど、これもチタンっていう『練金』で作った金属だね?」

マチルダが手にしたカップをこつこつと叩いて聞く。
カップは少しだけしゃれた形をしていて綺麗な青色をしていた。

「うん、これは新作なんだ。スープを入れてきたポットもそうだけど壁を二重にしてね?断熱効果を持たせたんだ。ホラ、直接持っても熱くないんだぜ」

この色は二酸化チタンの層を作ってその厚みで色を・・・と嬉々として説明するウォルフを遮って尋ねる。

「そう言うことを聞いているんじゃなくて、何であんたはこんな物を知っているんだい?」
「だからそんなこと言われても・・・結構そこら辺の石ころにも入っているよ?例えば、うーん《ディテクトマジック》」

泉のそばの石に『ディテクトマジック』をかけ、その中から一つを選ぶとマチルダに見せる。

「ほら、このカップの青色は言ってみればチタンが錆びた物なんだ。極僅かだけど同じ物質がこの石にも入っているから『ディテクトマジック』かけてみて?」
「本当かい?信じられないよ。まあ、やってみるけど・・・《ディテクトマジック》」

最初は何も分からなかったが、集中力を高めて精査すると確かに何かが感覚に引っかかった。
それは優れた土メイジのみが分かり得る物で、確かにカップと同じ物がこの石に含まれていることを示していた。

「本当にあった・・・・」
「ね?みんな気付いていないだけなんだよ。オレに言わせればブリミル様が魔法を伝えて六千年も経つのに、こんな身近な石の成分一つ調べていない方が驚きだよ」

そんなことを言われても、何の役に立つわけでもないそこらの石を一々調べるメイジなんて居るわけがない。
それに何の意味があるのか分からない。

"あの子は我々とは全く別の世界を見ている"

突然にかつてのカールの言葉が思い出され、ぞわりと鳥肌が立つのを感じた。




19    初めての闘い



「そう言えばクリフは何か特技はあるのかい?」

 食後のまったりとした時間のなか、何気なくマチルダが聞いた。

「と、特技?」
「そうさ、こんだけ変なのを弟に持ってんだ、兄貴のあんたには何かないのかい?」

クリフォードの顔がゆがむ。

「俺は、別に普通だから・・・」
「ふーん。まあ、そうか。風メイジだってのに『フライ』も一番下手だったものね」
「は、は、そうだね・・・」
「一応は、兄貴なんだから、もうちょっと頑張った方がいいよ」

マチルダは何の気なしに言ったのだが、クリフォードは急に立ち上がってマチルダを睨む。目尻には涙が浮かんでる。

「な、なんだい」
「オレだって頑張ってんだ!何も知らないお前にそんなこと言われたくねーよ!」

そう叫ぶと泉の横を通って森の中へ走っていってしまった。
残された四人に微妙な空気が漂う。

「急に叫んだりして、クリフも変なヤツだね。頑張れって言っただけなのに」
「マチ姉、兄さんはね、"出来すぎた弟"の存在に重圧を感じながらもそれを克服しようと、一所懸命に頑張っているんだよ。兄さんが魔法を本気で練習しだしてまだ一年だし、他人が気軽に馬鹿にしていい事ではないよ」
「クリフォード様が可哀想です」
「いや、今のはマチルダ様が悪いと思います」

ウォルフ、サラ、タニアの順に責められ、マチルダは怯んだ。

「なんだいウォルフ、あんた達仲が悪かったんじゃなかったのかい」
「別に仲なんて悪かった訳じゃないよ、ただ関係が作れていなかっただけだ。兄さんのことは気の毒だなぁって思っているよ。マチ姉、こっちはそろそろ帰り支度してるから兄さん探してきてよ」

「な、なんであたしが・・・」
「「マチルダ様が行くべきだと思います」」




「クリフー!どこ行ったー!・・・もう帰るよー!」

 結局マチルダが森の中に探しに来ていた。
クリフォードが走っていった方に来てみたのだが、中々見つからない。

この辺は木々が茂っている合間合間に草原が点在し、見通しはあまり良くない。

「はあ、やれやれ何であたしがこんな事を・・・」

ブツブツといいながら歩いていくと前方の茂みががさがさと音を立てた。

「はあ、やれやれそんな所にいたのかい。まあ、私もちょっとは悪かったからさ、一緒に帰ろ・・・きゃーっ!」

突然茂みから巨大な亜人が飛び出してきてマチルダをはたき飛ばした。
それは、アルビオン北部の高原地帯に住むという、トロル鬼だった。
獰猛で人間を見れば襲ってくるといわれているが、サウスゴータ周辺でこれまで見られたことはなかった。
身長五メイルにもなるトロル鬼の張り手は一撃で人間を殺しかねない物だったが、とっさに後ろに跳んで避けようとしたおかげでマチルダは一命を取り留めた。

「うぅぅ・・・」

しかし、五メイルも跳ね飛ばされたせいで意識は朦朧とし、杖もどこかへと飛ばされてしまっていた。

もう、だめだ。

途切れがちになる意識の中で、自分を見下ろし目の前に立ちはだかるトロル鬼を見上げてそう思う。
タニアやウォルフならこいつを倒すことも出来るだろうけど今は遠くに離れてしまっている。
きっと彼らがここに来るより早くこいつは私の首を引っこ抜くだろう。
マチルダが絶望の中、目を閉じようとした時その声が響いた。

「《エア・カッター》!」

クリフォードだった。トロル鬼の背後から攻撃し、傷を負わせると大声を上げてその注意を引いた。
その姿は草の中に倒れ伏しているマチルダからも確かに見えた。

「オラぁ、このデカぶつ!このクリフォード様が相手だ!こっちきやがれ《エア・カッター》!」

最初のクリフォードの奇襲にこそ背中を斬られ、悲鳴を上げたトロル鬼だったが、向き直ると片手で『エア・カッター』を叩き消した。
背中の傷はかすり傷でしかないようで、旺盛な敵意を向けてくる。

「うわ、まじかよ!《エア・カッター》!《エア・カッター》!」

必死に『エア・カッター』を連発するが、獰猛なトロル鬼は何でもないことのように、片手で魔法を叩き消した。
そのまま大きく吼えるとクリフォードに向かって突進を始めた。
そのあまりの迫力に呑まれ、クリフォードはその場に硬直してしまう。

「《エア・ハンマー》!」

後二メイル・・・見る見るクリフォードとトロル鬼との距離が縮まり、クリフォードを跳ね飛ばすかと見えた瞬間、トロル鬼の斜め後ろから放たれた魔法がトロル鬼を吹き飛ばした。
マチルダの悲鳴を聞いて、急いで『フライ』で飛んできたウォルフが間に合ったのだ。
サラとタニアも飛んで来てマチルダを介抱しようとしている。

「兄さん、大丈夫?」

呆然とトロル鬼が自分の直ぐ横を吹き飛ばされて行くのを見ていたクリフォードだったが、こんな時に、やけに冷静な弟の声を聞いて思考を取り戻した。
トロル鬼は十メイルも吹き飛ばされてしまった先で顔を押さえて悶えている。

「お、お、今のお前か、き、気をつけろよ、また来るぞ。何かすげえ怒ってるし!」

その言葉通り、二度も背後から攻撃され傷ついたトロル鬼は、大きな叫び声を上げながら両手で地面を叩き怒りを全身で表していた。
この森で一番強いのは自分だとでもいうように地を震わせ怒りを木霊させるのだった。

「うん、あれはオレが始末してくるから、兄さんはマチ姉達の所まで下がって。多分ハグレだと思うけどまだ他にも居るかもしれないから一ヶ所に固まった方がいい」
「お、おう」

あくまでも平静に、まるでその辺の石を拾ってくるとでもいうようなウォルフに、あれ、こんなに緊張しているオレの方が間違っているのかなあ、などと思ってしまう。
しかし、自分の『エア・カッター』が容易く叩き消される様を思い出し、トロル鬼の叫び声に背中を押されるように慌ててマチルダ達の元へ向かった。
マチルダをタニアが膝の上に抱え、サラと二人で『治癒』を掛けていた。
もう少しで合流出来る、という時後ろでウォルフの声が響いた。

「《マジックアロー》!」

クリフォードには普通に話をしたウォルフだったが、実は結構緊張していた。
彼が本当に冷静だったらトロル鬼を吹っ飛ばした時にそのまま止めを刺していただろう。冷静に対応したのは、パニックに陥らない様にと思ってしただけだ。
魔法の力を手に入れたといっても前世を含めて戦った事などないのだ。相手は身の丈五メイルの凶暴な亜人。対峙するだけで足が震えてくる。
ウォルフをいつものように動かし魔法を使わせたのは背後の者達を絶対に守る、という強い思いだった。



「マチ姉、大丈夫?」

 ウォルフがみんなの所へと戻って来た。
タニアとサラがまだ集中して治療をしている。

「ああ、もう大分楽になったよ。・・・あいつはもう死んだのかい?」

そういうマチルダの顔色は大分良くなっており、ウォルフを安心させた。
サラはドットとはいえ優秀な水メイジだし、タニアが水の秘薬を携帯していたので受けた傷は殆ど直っていた。

「うん、『マジックアロー』で胸を貫いたから、もし生きててももう動けないと思うよ」
「ああ、あのえげつないヤツ・・あれをもろに食らったんなら大丈夫か」

ウォルフの放ったのは改良版の『マジックアロー』でウォルフの『ブレイド』をそのまま射るような形に改善したもので、物理的な対象には最強で貫けない物はない、と言う代物だった。
初めてカールの家で放ったときは的を貫通し、さらに固定化の掛かった壁も突き抜け使用人の居る厨房に入ってしたために大騒ぎになったもので、その威力で獰猛なトロル鬼も一撃でしとめることが出来た。
トロル鬼はクリフォードの『エア・カッター』の時のように手で払いのけようとしたのだが、極めて薄いが濃密な魔力で構成された矢はその手を切断しそのまま胸を貫通したのだ。

「マチルダ様、はいこれ」

ようやく立ち上がったマチルダにクリフォードが探してきた杖を渡す。
幸いなことにトロル鬼の一撃を食らっても折れてはいなかった。
マチルダはちょっと恥ずかしそうに下を向いた後受け取った。

「あ、ありがとう。・・・・後、さっきはごめん。それと、助けてくれてありがとう」
「いや、こちらこそ・・そんな、オレなんて・・・・・」

もじもじと下を向きながらチラチラとクリフォードに目をやり礼を言うマチルダと、やはりもじもじと下を向きながら答えるクリフォードに周りは生温い視線を送るが、二人はそれに気付かなかった。




「本当にそれ持って帰るの?」

 泣きそうな声でサラが聞く。

「ああ、もちろん。役所にこれ持ってくと三十エキュー貰えるんだぜ。切り落とす時は吐きそうになったけど、これは見逃せないでしょ」

みんなで分けよう、と言うウォルフに他の四人は声が出ない。
荷物を纏めてさあ帰ろう、という段になってウォルフがトロル鬼の生首を持ってきたのだ。
マチルダとクリフォードはそれを見ると受けた恐怖を思い出したし、タニアとサラもそんなものは見るのもいやだった。

「三十エキューくらいなら、無理して持って帰らなくてもいいんじゃないかい?」
「一ドニエを笑うものは一ドニエに泣くんだ。最近羊皮紙が欲しいっていうと父さんいやそうな顔をするんだよね」
「羊皮紙くらいなら、あたしが分けてあげてもいいんだよ?」
「施しは受けん!・・・・・寄付は別」

結局ウォルフを説得することは出来なかったが、ウォルフも気を遣って黒色のビニール袋を『練金』し、それに入れて持って帰ることにした。

「本当にみんなお金いらないの?独り占めだとなんか気が引けるんだけど・・」

いらない、と口々に言われセレブめ、と呟くが、その意味が分かる人間は居なかった。

帰り道、マチルダは途中までタニアに背負われていたが、もうすぐサウスゴータが見えてくる、という辺りで背中を降り、自分で飛んだ。
一際低い高度で飛ぶクリフォードの横を飛びながら話し掛ける。

「どうも効率が悪いね、魔法のイメージが悪いんじゃないかい?」
「そんなこと言ったって、凄く集中しているんですが」
「そんなふうに、後ろから風で押すばかりだから却ってスピードが上がらないんだよ。目の前にある空気の層を左右に切り分けて自分の後方に押しのけるイメージを持ってみてご覧よ。その上で、後ろから風で押すんだ」
「目の前の空気を左右に押しのけるイメージ?・・・うん、やってみるよ・・・《フライ》!」

一度魔法を切って再び掛けてみる。
するとどうだろう、一度魔法を切った分高度は下がったがスピードがぐんと増した。
それはクリフォードが今までに経験したことがないレベルで、ちょっと怖いほどだった。

「うわわっ、マチルダ様、凄いよ!マチルダ様の言う通りにしただけでこんなに!」
「ほら、凄く良くなったじゃないか。それを自分の下に押しのけることが出来ると高度も簡単に上げられるようになると思うよ。」
「自分の下に・・・うわわ本当だ!」

また、イメージを変えると高さも自由に上げられるようになり、みんなと同じ高さまで来ることが出来た。
クリフォードはこんな簡単なアドバイスでこんなにも魔法の効果を上げさせてくれたマチルダを心から尊敬した。

「マチルダ様ありがとうございます。・・・マチルダ様は凄いです」
「いや、あたしもウォルフに教えてもらっただけだよ?元々あたしは土メイジだからね、風は苦手なんだ」
「なんだってー!」

 ウォルフによれば、『フライ』は風魔法でもありコモンマジックでもある魔法で、重力制御に加えて『念力』それに気圧制御をすることによって完成する魔法とのことである。
気圧制御を『念力』で行えばコモンマジック、『風』で行えば風魔法、というわけである。本来風魔法なのにルーンだけではなくそれを簡略化した口語の呪文があると言われていたが実は魔法としては別のものらしい。
重力制御とかは虚無の魔法に分類出来るのではないかとウォルフは思うが、ハルケギニアのメイジは皆無意識に使っていた。
その事に気付いたのは父ニコラスが「『フライ』を唱えていれば高速で衝突しても比較的被害が少ない」と教えてくれたからである。風の魔力素には慣性を制御する事は出来ないはずなのだ。
ちなみに、『サモン・サーヴァント』も絶対に虚無の系統だと考えている。
マチルダはウォルフの教えを朧気ながらも理解することによって、土メイジでありながらも『フライ』を使う事が出来るようになっていた。

「おい!ウォルフずるいじゃないか!こんな楽に飛ぶ方法知っていたのに、オレには教えないなんて」
「兄さんに教えるような機会がなかったじゃないか。大体オレが教えても兄さん聞かなかったんじゃない?」
「う、確かに・・・で、でもこれからは特別に教わってやるから、教えろよ、いいな!」
「兄さん・・・あんた一体何様なんだー」
「もちろん、お兄様だ!」

兄弟は初めて笑いあった。




1-10    自分の城



 サウスゴータに帰ったウォルフはトロル鬼の首を役所に提出し、三十エキューを得ることが出来た。
この地方でトロル鬼が出ることはほとんど無いので手続きに手間取ったが、マチルダが口添えしたこともあり、タニア名義で問題なく支払われた。
さらにマチルダから結構な量の羊皮紙を貰えたこともあり当面羊皮紙不足は解消された。

 マチルダは両親から暫く街から出ることを禁止されたみたいだが、特に堪えた様子はなく、今まで通りの生活を送っていた。
クリフォードはウォルフに話し掛けることが多くなった。
魔法で悩んだときなどに尋ねることが多い。ウォルフのアドバイスは分からないことも多いのだけど嵌ったときには強力なので、真剣に聞くようになった。
屋敷のそこここで見かけるようになった兄弟が一緒にいる姿を見て、両親はことのほか喜んだ。


 その日上空で模型の飛行試験をしていたウォルフが屋敷に帰ってくると、非番で家にいたニコラスが出迎えた。

「ウォルフ、また実験かい?」
「うん、改良した翼の飛行試験を空で行っていたんだ」
「職場で、最近変な子供が空を飛んでいると連絡があったけど、お前か。しかしそんなのが本当に飛ぶのかね」
「それが飛ぶんだよ、見てて」

そう言うと『フライ』で舞い上がり、少し遠くから水平飛行で勢いを付け、屋敷の近くまで来ると手を離す。
模型はそのまま滑るように空を飛び、やがて屋敷を越えた辺りで先回りしていたウォルフの手の中に収まった。

「結構なめらかに飛ぶでしょ」

戻ってきたウォルフが自慢げに言う。頬が少し赤い。

「はー、確かにあれは"飛んでる"な。竜が滑空しているときに似ている」
「グライダーって滑空するって意味なんだよ」
「そうか、本気で人が乗れるようなのを作るつもりなのか」
「うん、で、お父様、相談なんだけど・・・」

ウォルフがニコラスの顔色を窺いながら切り出す。グライダーを作るための広い作業場を確保しなくてはならない。

「うわっ出たよ"お父様"。あんま無茶なことは勘弁してくれよ?」
「いやいや、そんなことはないですよ?実は、本物を作るに当たって作業するスペースが足りないのです。そこで納屋のスペースをちょっと増やしたいのですが・・・・」
「え、あれで足りないって言うのか?ちょっと物が増えすぎているんじゃないのか?」

最近納屋の部屋の中に巨大な風洞が出現していることは知っていたので、そのせいでスペースが足りないのかと思ったのだ。

「いや、今ある物全て処分してもちょっと足りないのです。もちろん今ある納屋としての機能には全く影響を与えません。空間の有効利用といいますか、なんということでしょう!って感じにスペースを広げ、必要な空間を確保するつもりです」
「今あるところには影響を出さないんだな?確かにお前が新しく作った棚のおかげでとても便利になったと使用人達も言ってた。・・・まあ、いいか。好きにやりなさい」
「ありがとうございます、お父様。必ずや迷惑の掛からないようにいたします」
「まだ"お父様"なのがちょっと怖いな。・・・時にウォルフよ、最近クリフと仲がいいみたいじゃないか」
「うん、中々現状を受け入れることが出来なかったみたいで足掻いていたから心配したけど、自分は自分として受け入れることが出来た見たい。これで正しく自分を認識出来れば、卑屈にならずに成長することが出来るんじゃないかな」
「何でそんなに上から目線なんだ・・・まあいい、なにかあったのか?」
「恋というものはいつだって男の子を成長させる物なのです」
「ほほーう」

親子で目と目を見交わし、にやりとする。
ニコラスはもっと詳しく知りたがったが、本人に聞けと拒否し納屋へと戻った。

「サラ!やったぜ!納屋の増築に父さんの許可が下りた」

 ウォルフに出された課題を解いていたサラは疑わしそうに顔を上げた。

「本当にあんな計画が許可されたんですか?ニコラス様は何を考えているのでしょうか・・」
「ああ、もちろん!今あるところに影響を与えないで、"ちょっと"スペースを増やすって言って許可をもらったぜ」
「・・・・それは本当に許可を得ていると言えるのでしょうか」
「そりゃそうだよ。なんだよ、テンション低いな!いいじゃないか、誰に迷惑掛けるわけでもなし」
「そりゃそうかも知れないけれど、不安なんです。あと、お役所の許可とかも必要なんじゃないですか?」
「サラは不安がりだからなぁ。お役所は大丈夫だ。五階までの建物は許可がいらないらしい。三階以上の建物には固定化を掛けるように指導しているみたいだけどな」

ウォルフ様が脳天気すぎるんです、と膨れるサラを尻目に完成までの日程を考える。
途中で予定を変更してグライダーの格納庫も併設する事にしたのでそれまでに作った大理石の石材はみんな不要になってしまったが、まあ、いつか必要になるかもと思ってそのまま取っておくことにしてある。
今回増築するのは贅沢にもオールチタン製にすることにした。
どんな住み心地になるかは分からないが、それはそれ、作ってみることに意味がある。
実はウォルフにとっては石材を作るよりもチタンを作る方が楽、ということがあり、どうせならかつて無いものを、という風に盛り上がってしまったのだ。
納屋の周りにチタンの柱を建て、納屋の上に三階と四階に相当する部分を作る、というのが今回の計画だ。
どう考えても"ちょっと"スペースを増やすというレベルの工事ではない。
できあがれば、縦二十メイル、横八メイルのスペースが二層という広大な物で、全体の外観を舟形にしたために屋根の部分ではさらに縦二十メイル幅二メイルも広がっている。まさにノアの方舟っといった風情である。
とにかく柱もチタンなら壁もチタン、床もチタンで天井もチタンという前世の世界なら絶対に頭が悪いと思われる仕様で、しかも全部純チタンではなく64チタンと呼ばれる合金である。

もう全部設計をすませ、あと外装用材を少し作れば組み立てられる、というところまで出来ているのでいつ取りかかってもいいが、チタン材を『練金』で繋ぐのが多分ウォルフにしかできないので、十分に魔力をためておく必要がある。
ということで、建てるのは三日後のダエグの曜日にすることにした。
その日はニコラスもエルビラも仕事なので、途中で邪魔をされる心配がない。建ててしまえばこちらの勝ちだ。

「よし、三日後のダエグの曜日に建てよう!後でマチ姉にも手伝って貰いたいからお願いしてみよう」

 結論から言えば手伝って貰えることになった。
カールの授業が終わった後、マチルダの目を見つめながら上目遣いで"お願い"したら一発でOKだった。
マチルダが案外可愛い物に弱いことを知っていたので狙ってみたのだが、サラには悪辣と言われた。
マチルダだけでもかなりの戦力だが、カールも午後から見に来る、といっていたので取りあえず一日で建つ目処は立った。
更に家に帰ってクリフォードにマチルダが手伝いに来ることを伝え、「兄さんもマチ姉と一緒に手伝ってくれないかな」と頼むともちろん一発OKだった。

 決行前日・オセルの曜日

 下準備を進め、柱を建てるための穴を掘った。
『練金』を使い納屋の周りに十ヶ所。慎重に垂直を取り、それぞれの寸法を測りながらである。
四メイルと少し掘ったところでアルビオンの岩盤に当たり、更に掘り進めて深さは五メイルに達した。
全てを掘り終わると大人にばれないよう、それぞれに石でふたをしてごまかしておいた。

 決行当日・ダエグの曜日

 いよいよ当日である。ウォルフは朝から可成り興奮していたが、何とか抑えて両親を見送った。
門を閉めてしまえばこっちの物である。

 まず、中庭の地面に穴を開け地下から柱を取り出す。四十サント程の太さのH型の断面をしたもので屋根までの長さの物が四本、四階の床までの長さの物が六本である。
それをそれぞれ昨日掘った穴に差し込み、次は梁を用意する。
これは最長で四十メイルにもなるので、いくつかの部材を現場で接着しながら仮組みする。
ここらで納屋の上に巨大な構造物が組み上がっていくのを見て不安になったメイド達が話を聞きに来た。納屋の半分は使用人用の家屋になっているのだ。
納屋には何も手を付けないから心配しないように諭し、作業を続ける。

 一番大本の骨格に当たる部分を仮組みし、垂直や水平を確認する。
微調整をしてきちんと全ての柱で水平・垂直が出たら柱の根本に練ったセメントを流し込み固定し、仮組みした部分を接着していく。
そこからはひたすら地下から部材を運び出しては組んで接着する、という作業で、ウォルフはほぼずっと『練金』で接着作業をしていた。
柱と梁を全てくみ終わったら外装に取りかかる。
外装は酸化被膜で赤く発色させていて、この辺はエルビラの好みを勘案しておいた。
外装が終わった頃ようやく昼になった。全て予め加工済みだったとはいえ予想以上の早さである。
もう、外から見ると殆ど出来ているように見えるので、屋敷の外には見物人が集まりだしていた。
突然住宅街の空中に真っ赤な船が出現したのだから当然である。

「うっああああ・・・疲れたぁぁ」
「ほらしっかりしなよ、クリフあんた一番働いてないんだから」
「うわぁ、マチルダ様非道いです。不肖クリフォード必死にやっておりましたのに」
「まあ、兄さんも今日一日で大分レビテーションうまくなったんじゃない?」
「何でこの野郎はこう、しれっとした顔してやがるんだろう・・・」

 簡単な昼食を摂りながらだべる。
誰がどう見ても一番働いていたのはウォルフで、マチルダ、サラ、クリフォードと続いていた。
この辺は魔法の関係でしょうがなかった。
サラも疲れているからかアンネに支度をまかせ一緒に食べている。

「うーん、しかし出来上がってくると嬉しいねぇ。後どれくらいで出来るんだい?」

出来上がりつつある建物を見上げ、マチルダは楽しそうだ。
これだけ大きな物を作りあげる、という作業はかなり楽しい物だ。

「えーっと、もう赤いのは全部張り終わったよね。次は屋根を張って、断熱材と内壁を張って、床を張って窓を付ければおしまい」
「・・・張ってばかりだね。なんだいまだまだ結構あるじゃないか」
「でも、気を遣う必要があるのはあと屋根くらいだからもう大分気が楽だよ」
「あれ、でも階段がないね、どうなっているんだい?」
「これはメイジ用の建物なので必要ないのです・・」
「うそだよ、ウォルフ様忘れてたんだよ。昨日、あっとか言ってたもの」
「・・・・後で付ければいいじゃん」

色々と喋りながらの昼食を終え、軽く昼寝もして、作業を再開しようとしているとカールがやってきた。

「おい、子供ら。もうこんなに出来たのか。外で可成り話題になっとるぞ」
「あ、先生こんにちは。はい、まあ予定通りです。丁度半分って所でしょうか」
「ふーむ、こんなにでかい物じゃったとは、良くニコラスが許したのう」
「・・ええ、まあ。・・先生はこれを『練金』でくっつけられますか?マチ姉は無理だったので」
「ふむ、これがマチルダが言っとったチタンという金属か。どれ『練金』!」

ウォルフが差し出した二つのチタン片は一つになって固まった。
さすがに土のスクウェアともなれば未知の物質でも変形くらいはお手の物らしい。

「やった!じゃあ先生もオレと一緒に建材を接着する作業をお願いします」
「まあ、二時間くらいしか出来んが手伝ってやるわい」

 カールが来たことで大分スピードアップがなされたが、クリフォードがいよいよ限界近くなっていた。
もう魔法は使わず、地下の建材を地上に手でも持って来るという作業を一人でしている。

 屋根と床にはチタンハニカム構造材をサンドイッチして強化した物を使用し、カールと二人だと効率よく張ることが出来た。
断熱材にはポリスチレンのフォーム材をぐるりと全ての壁や床、天井に入れ、その後内壁、床と張っていった。
この辺りの作業は、クリフォードとサラが地下から部材を出し、サラが設計図と工程書を確認し、マチルダが現場まで運ぶという流れで行われた。
床まで全て張り終わり、全員で格納庫用の巨大な扉をセットしたところで、カールが帰り、ここでマチルダとクリフォードがギブアップした。
この扉は高さ三メイル半で横幅が二十メイルもある巨大な物で、床と同じチタンハニカム材をチタンパイプのフレームに組み込んである。
開くときは外に向かって倒れて開き、そのまま四階の床として使えるようになっている。
今回一番苦労した部分で、回転軸の反対側にタングステン製の錘を付けて開くときにバランスを取ったり、横に長いので五ヶ所で支えるようにしたり、その軸用にローラーベアリングを開発したり色々と大変だったものだ。
この扉を四階の両側に付けたので、両方を開け放すと相当な開放感を感じることが出来るようになっている。
一枚につき三つの部品に分かれて取り付けたそれをウォルフが一人で接着し、窓をはめて漸く一応の完成を見た。窓は殆どが二枚ガラスのはめ殺しの丸窓で、開閉出来るのは四階の一部だけにした。

「で、出来た・・・・」
「やりましたね・・・」

最後の窓をはめ、床に倒れ込む。何とか日が沈む前に終えることが出来た。
ウォルフもさすがに疲れていたし、サラはもう魔力切れ寸前だ。
しかし、両親が帰ってくる前に中庭の穴を塞がなくてはならない。
きしむ体に鞭を打ち立ち上がると出来たばかりの格納庫の扉を開け外に出た。後ろからこわごわとサラが着いてくる。

「こんな先っぽに乗ってもびくともしませんね」
「そりゃあね。一応五千リーブル位までは耐えられるように作ってある」
 
数値は概算だったが子供が二人乗ったくらいではどうにかなるはずはなかった。
端まで来て下をのぞくと、中庭のベンチでマチルダとクリフォードが何かしゃべっていた。

「何かあの二人、いい感じじゃない?ここで下に降りていったら、オレ邪魔者かなぁ」
「あら、ふふふ。まあ、あまり気を回さない方がいいですよ。マチルダ様!クリフォード様!完成しましたー!」
「うわ・・・取りあえず下の穴塞いでくるからここで待ってて。みんなでここでお茶しよう」

そう言って『フライ』で下に降りると何故かワタワタとしているマチルダ達にも伝えると穴を手早く塞ぎ、メイドにお茶を貰ってきた。

「あれ、まだ上に行っていないんだ」
「あたしもクリフももう魔力が殆ど無いからね、あんなとこまで行けないよ」
「んじゃ、オレが送るよ・・《レビテーション》!」

四階の、扉の外になっている部分でちょうど今、夕日が綺麗に見えている場所に移動して座る。
大きめのグラスに氷とレモンを入れ、砂糖をたっぷり入れたお茶を注ぐ。

「えー、それじゃあ皆さん!今日はお疲れ様でした!おかげさまでこうして立派な建物が建ちました!乾杯!」
「「「乾杯!」」」

「くー、よく冷えてておいしいねぇ!これは」
「はー、風が気持ちいいです・・・」

思い思いに寛ぐ。疲れた体に甘く冷たいお茶がおいしい。
ウォルフが少し前に放射冷却を利用した無電源の冷蔵庫を作っていたので氷が何時でも使えるのだ。
もう夏が近いが、夕方の風は涼しかった。

「いやしかし、本当に良く一日で出来た物だよこんなの」
「まあ、結構前から準備してたからね。今日は組み立てるだけってとこまでやっておいたわけだから」
「もう全部終わったのかい?」
「いやほら、まず階段付けないと。今三階と四階の間は穴が空いているだけだし、下から上がってくるのも付けるつもり」
「ウォルフ様はこんなに凄いのを作れるのに詰めが甘いと思います」
「ぐはっ・・でも致命的なミスはしたこと無いでしょ・・」
「まあ、でもこれは凄いよ。グライダーってのも楽しみにしてるよ」
「今日手伝ってくれたメンバーにはもれなくグライダー試乗の権利がプレゼントされます」

そんなことを話していると下からニコラスの呼び声が聞こえてきた。

「うわ、やっぱ怒っているっぽいなぁ」
「何で怒ってんだよ。お前、父さんの許可を取ったんじゃないのかよ」
「取ったよ?納屋が狭いから"ちょっと"スペースを広げたいって言って許しをもらった」
「「うわ・・・」」
「まあ、下に行って説明しよう。だめならおとなしく怒られればいいだけだし」
「まさに確信犯ですね」

全員に『レビテーション』を掛け、ニコラスの元に向かった。

「ウォルフ、なんだあれは。私はあんな物を作る許可を出した覚えはないぞ」
「お父様、納屋の上の利用されていない無駄なスペースを有効活用したのです。なんということでしょうあの狭かった納屋がこんなに広く、って感じです」
「広すぎだ!有効活用ってレベルじゃないだろう!届け出とかもしなくちゃならないかも知れないし、大体あれ危なくないのか!」
「こちらが関係法規の写しです。ここサウスゴータでは高さ二十メイル以下、五層以下の建物に関し、届け出は必要ないことになっています。強度に関しては十分な物を確保しています」

そう言ってウォルフは懐に入れていた羊皮紙を広げて示す。
関係法規の写しから建物の構造、チタン材の強度試験結果までそろっていた。

「・・・・計画通り、と言う訳か・・・」
「はい、お父様が好きにやれ、と仰って下さったので予定通りの物が建てる事が出来ました。ありがとうございます」

にっこり笑って言うウォルフに絶句する。何か悔しいが、よく考えれば話を通されていなかったので腹立ちはしたものの確かに何か問題があるというわけではなかった。

「どうしても必要だったのか?」
「はい、グライダーの制作場所、完成後の保管場所、発着に便利な形を考慮した結果、このような形が最善であると結論しました」
「そうか、あれだけの物をお前達だけで建てたのか?」
「ここにいるサラ、マチルダ様、兄さんとで建てました。あと途中で少しカール先生が手伝ってくれました」

 子供達だけであれだけの大きさの物を一日で建てたとなると、その異常さが目立ってしまう恐れがあるが、土のスクウェアであるカールが関わっていたとなるとその恐れが大分減る。
ニコラスは同僚にはカールが主に作ったと説明しようと決めた。
子供達には今更なので隠さずその懸念を伝え、周囲に話すときはカールが手伝ってくれたことを必ず話すように言い含めた。
後にカールの元に建築依頼が多数来て困る事になるのだが、そんな事はニコラスの知った事ではなかった。

 ついにウォルフは"自分の城"を持つことになった。
空中に浮かぶその城を彼は"方舟"と呼ぶことにした。




1-11    ガリア行



 夏休みに入り明日からガリアへ向かう、という日ウォルフはまだ方舟の改修を行っていた。

「ウォルフ様、またこっちに来ているけど支度は終わったの?」
「おう、ばっちりだぞ。支度って言っても着替えと洗面道具位だからな、トランクに詰めて寝室においてある」

新しく制作した換気扇を取り付けながらウォルフが答えた。
方舟が完成してから一ヶ月とちょっと、殆どずっとその改良に費やしてきた。
まず全体を詳しく『ディテクトマジック』で調べながら、接着の甘いところをやり直していく。
これはカールがやったところに特に多いのだが、表面だけ綺麗で内側はっくっついていない、というところがあったのだ。チタンは表面が酸化物で覆われているので接着面のそれを綺麗に取り除かないとしっかりとは接着出来ないのだが、カールがやった所には不十分な箇所があった。
一つ一つそう言うところを直していき、断熱材を入れ忘れている所などに詰め直したりするだけで一週間くらいかかった。
納屋の出入り口の外に方舟用の螺旋階段を設け、それを屋上までつなげる。四階部分に出入り口を作り、内部にも三階から四階へと続く階段を設置。
前後の舳先に避雷針を設置、更に避雷針同士を金線で繋ぎ建物全体をカバーする。しっかりと絶縁した金線をそこから地上まで繋ぎ接地した。建物自身が避雷針みたいなものではあるのだが。
エルビラの使い魔であるフェニックスのピコタン(エルビラ命名)が眺めの良いこの場所を気に入って日中はここにいるようになった。トリステインでは伝説の不死鳥とか言われているフェニックスだが、普段はただの鳥にしか見えない。
屋上には排水溝を設け、四階に雨水タンクを設置。そこから地上の元から納屋に併設してあった雨水タンクまでパイプで繋ぎ発電機を設置した。
発電機は何度も試作を繰り返し、ネオジム磁石と金線で作成、これの開発でだけで二週間掛かった。
無駄に大型だしまだまだ改良の余地だらけなのであるが、取りあえずは良しとし、鉛蓄電池に繋ぎ電気の利用が可能となった。
なまじチタンなんかで作ったために気密性が高すぎて、二十四時間換気にする必要があると判断したため、その動力を確保するためだけの作業だった。
そしてその発電機を改良小型化してモーターとして使用した換気扇がようやく完成したのであった。

「良し、完成!」
「あ、やっと出来たんだ。でも空気が澱まないようにするだけなら穴を開けるだけで良かったんじゃない?」
「ふ、ふ、ふ。そう思うのが素人の浅はかさよ。こいつは冬は暖かく、夏は涼しい風を供給する冷暖房設備も兼ねているのだ!」

まだ冬期の熱源については検討中であったが、そのためのスペースは確保してあり、夏期についても吸気側にもファンを設け断熱材にくるまれた吸気ダクトを延々と地上まで下ろし、さらに地下二十メイルまで通して地下の冷気を取り入れることにしてあった。

「ふーん、じゃあやっとこっち使えるの?」

ウォルフが熱く語ってもサラの感興をそそることはなく、普通に尋ねられた。
元々なにを説明しても実物を見せるまでは通じないことが多く、モーターの概念をいくら説明しても全く理解されず回して見せて初めて驚く、といった感じの事が多かった。
なので説明するのは半ば諦めて吸気用の送風口にサラを移動させる。

「ほら、こっちに来てみなよ。こっちはさっきからスイッチを入れておいたからもう結構涼しい空気が出てるよ」
「わぁ・・・・」

吸気口が方舟内の方々に空いているために風量は極僅かではあったが、確かに涼しく新鮮な空気がそこから出ていた。
そういえばこんなに金属にくるまれている建物なのに、いつもそんなに熱くなっていないことに今さらながら気がついた。

「過ごしやすいように作っているんだ。・・・」
「当たり前だよ。オレは軟弱な現代人だからね。快適のための手間は惜しまないものさ」

軟弱なことが蔑まれる風潮のあるハルケギニアで、何の衒いもなく自身をそうだと断言するウォルフに眉を顰めるが、昨年の旅行で始終馬車の乗り心地について文句を言っていたことを思い出し確かにそうなのかも知れないと納得する。

「せっかくこんな立派なの建てたのに全然使わないで何してるのかと思ったら・・・まあ、凄いは凄いかなあ」
「おうよ!まあ、これでやっと旅行明けには引っ越せるなあ。」
「まあ、それより今は旅行だよ!終わったんなら忘れ物がないかチェックしてあげるから、いこ!」

 ウォルフを引っぱって寝室まで来るとウォルフの前でチェックを始め、その量の少なさに驚いた。
着替えがシャツとパンツが三枚ずつに上着とズボンが二組、正装用とパジャマが一セットずつ。それに洗面道具とタオルである。
ウォルフのサイズが小さいこともあって、小さめのトランクはまだまだスペースが空いていた。

「全然着替えとか入ってないじゃないですか!半月以上も出かけているんですよ?何ですかこれ下着三枚って、一週間パンツ一枚ですか!」
「・・・順番に洗濯して着れば十分だよ。足りなかったらガリアで買うのも楽しいと思うよ?」
「・・・洗面器とかも入ってないし、・・・ホラ、鏡だって入ってない」
「そんなの誰か持ってるだろ。借りればいいし、なけりゃ『練金』で作ればいい」
「使用人の私よりご主人様の方が荷物が少ないのは変だと思うの・・・」
「そんなの気にする事じゃないし、女性の方が荷物は多い物だよ」
「・・・・・」

ウォルフは結局そのままトランクを閉めてとっとと馬車に積んでしまった。

 そして翌日。まずは港町ロサイスに向かう。
ド・モルガン一家とアンネ親子計六人で馬車に乗り込み、使用人が御者を務めるド・モルガン家所有の馬車でロサイスまで移動し、そこからフネに乗り換える。
御者を務めた使用人は一人馬車でサウスゴータに戻れば夏休みに入ることになる。
ロサイスはアルビオン屈指の軍港であり、トリステインやガリア方面に多数の航路が出ている港町だ。
ウォルフはここに来るのは三回目だが改めてその鉄塔型の桟橋を見上げ、効率の悪そうなフネの形に嘆息した。

「いやあ、あのフネってヤツはいつ見てもデタラメな姿をしているよね」
「何がデタラメなんだ。風石で浮き上がり、帆で風を受けて航行する。実に理に適った姿じゃないか。」
「うーん、まあアレじゃスピードが出せないでしょ。風石の消費が多すぎると思うんだ」
「いや、たしかに風上に向かうのは困難だが、風に乗ったときは風竜もかくやというスピードが出るモンなんだぞ」

これ以上言ってもニコラスを説得することは無理だと思っているので、いつか分からせてやる、と心に決めて今は黙った。
桟橋に着き荷物を下ろし、予約していたフネの船室にはいると漸く一息付けた。空を飛んできたピコタンもマストに止まり羽を休めている。
ここからはラ・ロシェールまでは直ぐで、夜間飛行を楽しむ事になる。



 ラ・ロシェールからガリアへと向かう馬車でサラはウォルフと一緒に座席から外に出て、御者の直ぐ後ろに座っていた。
何か新しい物を見かける度にウォルフは馬車から『フライ』で飛び降りて見に行ってしまうので、そのたびにサラは後を追いかけ馬車からはぐれないよう注意し連れ帰る、ということを繰り返していた。
今は地層が露出した崖で石をいくつもの瓶に詰めているウォルフをせかしていた。

「ホラ、ウォルフ様急がないと。馬車があんなに先まで行ってしまいました」
「うん、分かった分かった。今行くよ」
「ほら、早く!」

仕方なく切り上げ、二人で『フライ』を使い馬車に追いつく。

「はー、やっと追いついた」
「もうちょっと大丈夫だったんじゃない?あそこの地層は面白いんだよ、もしかしたら伝説の大隆起の跡かも知れないよ」
「そんなこと解るわけ無いじゃないですか・・・」
「いやいや、ホラこれ見てよ。風石から魔力が抜けるとこんな感じの石になるんだ。これがあんなに古い地層に入ってたってことは・・・面白いことが解るかも知れない」
「もう、いいですから馬車から離れないで下さい・・・」

目を輝かせるウォルフに釘を刺し、早く着かないかと願うサラであった。


やがて馬車は国境を越え。途中一泊しようやく目的地であるラ・クルス伯爵領の町ヤカに着いた。
アルビオンとは全く違う温暖な気候、良く整備された道、開放的な、どこか明るい雰囲気の漂う町だった。

「ここが、お母さんの生まれ育った町なんだね」
「そうよ、ほらあそこに見える大きな建物が教会よ。その奥に見えているお城でおじいさま達が待っているわ」

久しぶりに帰ってきた故郷にエルビラは楽しそうにしている。
クリフォードとウォルフも楽しそうにあちこち指さしてはエルビラに尋ねたりしていたが、その横でニコラスだけが一人緊張した面持ちだった。

「ニコラ、緊張してるの?」
「あーいや、ちょっとだけな?親父さんとは会う度にアレだから・・・」
「うふふ、きっともう大丈夫よ。前回もクリフに会わせたらただの爺馬鹿になっていたじゃない」
「それでも結構燃やされたからね。あの炎の壁を思い出すと自然に体が緊張しちゃうんだよ・・・」

「お父様、エルビラただ今帰りました」
「うむ、よくぞ帰った。もうアルビオンに帰りたくないというのなら、そのままこちらで暮らしても良いぞ」
「お義父様、お久しぶりにございます、ニコラスです。ご無沙汰しており、申し訳ありませんでした」
「なんだ、ニコラスお前もいたのか。《フレイム・ボール 》」
「《エア・シールド》お義父様もお元気そうで何よりです、《エア・カッター》」
「「あなた!!」」

城に着き場内に入るなり迎えに来たラ・クルス一家との対面だったわけだが、いきなり始まった戦闘にはさすがのウォルフも驚いた。
いきなり攻撃を仕掛けてきたのはエルビラの祖父フアン・フランシスコで、エルビラの髪を少し明るくしたような髪色と堂々たる体躯を誇る老人で、エルビラ達には久しぶりに会うというのに全く老いを感じさせなかった。
戦闘はそれぞれの妻が静止させたのだが、二人はまだ笑いながらにらみ合っていた。
ちなみに、アンネとサラは途中で降ろしたのでここにはいなかった。

「全く貴方達は・・・ああ、驚かせちゃったわね、気にしないでちょうだい。貴方がウォルフね、私がおばあちゃんよ、初めまして」
「あ、はい!お爺さま、お婆さま、ウォルフです。初めてお目に掛かり嬉しいです」

ペコリとお辞儀する。
こちらはフアンとは対照的に柔和な笑顔が印象的な老婦人で、ウォルフの髪色を更に濃くしたような髪をしていた。

「あらあらしっかりしてること・・・よろしくね?クリフも大きくなったわね、こんにちは」
「はい、お爺さま、お婆さま、お久しぶりにございます」
「ああ、うむ、ウォルフ、ワシが当主のフアン・フランシスコ・デ・ラ・クルス伯爵だ。お前の祖父に当たる。・・・紹介しよう今のがお前の祖母のマリア・アントニア・デ・ラ・クルス。そこのが息子のレアンドロ・フェルナンデス・デ・ラ・クルス今は子爵を名乗っておるがお前の伯父だ。そしてその妻セシリータ・エンカルナ・デ・ラ・クルスと娘ティティアナ・エレオノーラ・デ・ラ・クルス四歳だ。ティティアナは従姉妹になるな。クリフもティティアナは初めてだろう、可愛がってやってくれ」

少しばつの悪そうなフアンに紹介を受けて、それぞれと挨拶を交わし、最後に小さいティティアナの前に出ると話し掛けた。

「初めましてティティアナ。僕はウォルフ。ウォルフ・ライエ・ド・モルガン。よろしくね?」

ティティアナは母セシリータのドレスに隠れてしまっていたが、そっと顔をのぞかせるとスカートをつまんでお辞儀した。


 その後城内に移動し、サロンでお茶を飲みながら話をしていたが、ふとウォルフが杖を腰に差しているのに気付いてフアンが話し掛けてきた。

「何だウォルフお前もう魔法を使っているのか」
「はい、週に一回ですが魔法の先生の所に通わせてもらっています」
「まだ五歳だろう、少し早すぎる気もするが・・・お前ほどしっかりしていれば大丈夫なものかな。どんな感じだ?」
「はい、たしかにまだ魔力・・・精神力が足りないのが目下の課題で、成長するのを待っている感じです」

うむうむそうだろう、と頷くフアンを横目で見ながらクリフォードは、最近のもうトライアングルになってるんじゃないのか?と思わせる魔法を連発するウォルフを知っているため、絶対にニュアンスが正しく伝わっていないと思っていた。

「まあ、精神力というのは魔法を使っていると増える物だ。ワシも若い頃は良く気絶するまでつかったものだよ。・・・よし、後でクリフと一緒に魔法を見てやろう。何、遠慮は要らん、ワシも火のスクウェアだ。そこらの魔法教師に劣るものではない」
「「はい、よろしくお願いします」」


 夕食前 ― クリフォードとウォルフは城の中庭に連れ出されていた。

「遠慮は要らん、それぞれ得意な魔法を全力で放つが良い!まずはクリフからきなさい!」
「はい!・・・・・《エア・カッター》!」
「ふむ・・・十歳にしては中々のスピードと威力だ。ただ、詠唱が遅いな。攻撃系の魔法はスピードが命だ。練習で改善出来る物なのだから精進しなさい。では次、ウォルフ」

軽くクリフォードの魔法を火でたたき落とすとアドバイスを与え、続いてウォルフを促す。
ウォルフはクリフォードよりも五メイルほども後ろに下がると杖を構えた。

「ではお爺様、いきます《フレイム・ボール》!」
「ぬお!・・・・」

完全に油断していたフアンは咄嗟に魔法を使うことが出来ず、かろうじて身を反らして躱した。
それでも速さと熱量を兼ね備えたウォルフの『フレイム・ボール』を躱しきる事は出来ず、髪や腕は焦げてしまっていた。
ウォルフの魔法は、ドーナツ型をした光の玉が自身回転しながら真ん中の穴から炎を吹き出しつつ高速で飛来するという物で、フアンが躱したそれは後ろの壁に当たって爆発し大きな穴を空けていた。

「・・・・・なんだ?今のは!」
「『フレイム・ボール』です。高圧を掛けて質量を収束し、ドーナツ型にしてその場で回転させることにより燃焼が促進されつつ高速で飛ぶように工夫しました」
「・・・・・」

呆然と穴を眺めていると、穴の空いた建物では大騒ぎとなっており、こわごわと中から覗いてきた家臣と目が合った。

「ああ、すまん。ちょっと魔法の練習をしていてな、怪我人はおらんか?おらんのなら仕事に戻りなさい、そこはこちらで直しておく」
「お爺様、私が直してきましょうか?」
「なに、『練金』も使えるのか?」
「はい、最近一番使っている魔法です。あの程度ならすぐに直せます」

そう言うと『フライ』飛んでいき、『練金』で穴を塞ぎ戻ってきた。

「火に風に土も使えるだと?」
「それらは皆ラインスペルまで使えます。水はまだドットスペルだけです。《ヒーリング》」

見る見る腕の火傷が治っていくのを見ながらフアンはまだ信じられない思いだった。
五歳を半年ばかり過ぎただけの子供が、スクウェアメイジである自分が躱しきれないような魔法を放ち、さらに四系統全て使えるという。
そのあまりの異常性にかける言葉に迷った。

「あー、威力とスピードは十分だな、詠唱も問題ない。よほどブリミル様に祝福されているようだ。自分で工夫も行っているようだし、確かに今は精神力が増えるのを待つしかないのか」
「ありがとうございます。お爺様に認めていただき光栄です」



 夕食時、フアンが難しい顔をして黙っていたので妙な雰囲気になってはいたが、やがてフアンが口を開いた。

「エルビラ、お前は知っていたのか?ウォルフの魔法を」
「ええ、もちろんです。火の系統については私も教えていますし、風はニコラスに、その他はカール・ヨッセ・ド・ストラビンスキーという土のスクウェアの方に教えていただいております」
「ふむ、それで?」
「それで、とは?何のことでしょう」
「だから、ウォルフをどう育てるつもりなのかを聞いておる!この子ほどの才能があるならば、どのような地位にも就く事が出来るようになる。お前やあのオルレアン公の幼い頃よりも明らかに勝っているほどだ。週一などと言わずもっと優秀な家庭教師を付けるべきだし、なんなら魔法研究が盛んなガリアへと留学させても良い」

目を剥いてフアンが主張する。彼は週に一回しか魔法を習っていないというのがエルビラ達の経済状況のせいだと思いこんでしまっていた。
そんなフアンを見て一呼吸置いてからエルビラが口を開く。

「別に、何も」
「なにも、だと?」

ギリッと音がしそうな程フアンの拳が握られる。

「ええ、ウォルフが望むのならばお父様が仰ったようなこともよろしいかとは思いますが、今はこの子が必要だという物を揃えるようにしています」

ニコラスは聞きながら、先日ウォルフに羊皮紙をねだられた時渋った事を思い出し、エルビラにばれないことを願った。

「まだ五歳でしかない我が子に全ての判断をゆだねるというのか、親として怠慢ではないのか?その資質を見極め、相応しい道を選ばせる、というのは親の義務だぞ」
「ウォルフの事を私のような凡庸な女が量ろうとすることの方がよほど愚かしい事と思います」
「はっ!凡庸!十代でスクウェアに目覚め、オルレアン公と並び称されたほどのお前が凡庸ならば世の女は全て凡庸であろう」
「・・・・確かに魔法の才に於いてならば私は他に秀でていると言えましょう。しかしそれ以外においては私は夫を愛し、子を愛する平凡な女でしかありません」
「ならば平凡な女なりに子のために考え、行動するがいい。考えることを全く放棄するなど論外だ!」
「誰が何も考えていないなどと言いましたか?考え抜いた上で何もしない、そのつらさを、己が何も出来ないつらさをお父様は理解出来ないようですね」
「ワシが、何を分からんと言うんだ?」

チリチリと親娘の間の温度か上がっていく。
このままだと不測の事態が起きかねないと感じウォルフは間に入った。

「あー、お爺様、ありがとうございます。そのような高い評価をいただけて正直嬉しいです。しかし私は私を愛してくれる両親の元で育つ事が出来る事に最も喜びを感じています。将来のことを考えても今の環境に何の不満もございません。何分まだ若年である事もありますし、今はのんびりと親子共々見守っていただきたく思います」

若干険悪になってしまった親娘の間の緊張が少し解ける。

「ふむ、将来か。お前はどのように考えておるのだ?」
「まだ具体的には考えていませんが・・・ゲルマニアにでも渡って商売でもしようかなと思っています」
「「商売だと!?」」

フアンだけでなくニコラスも声をそろえて驚いた。
他の者達も目を丸くしている。

「ちょっちょっちょっと待て、商売って貴族やめるつもりなのか?」とニコラス。
「男爵家の次男です。貴族やめても不思議はないでしょう」ウォルフが返す。
「魔法が必要ないじゃないか!」フアンが声を荒げる。
「物を作ったり測定するのにあると便利です」
「・・・・・・」

フアンは大きく息を吐き出すと、椅子にもたれた。
あると便利だと?始祖ブリミルがもたらしたこのハルケギニアを支配する大いなる力を、この子供は、靴を履くのに椅子を見つけた時のように言うのだ。
もう一度大きく息を吐き、天井を見つめ、それからウォルフに目をやる。
そうだ、子供だ。自分の持つ力の意味や大きさをまるで理解していない子供。あまりにも卓越した魔法の才や大人びた口ぶりに惑わされていたがこの子はまだ五歳の幼児なのだ。

「あると便利か・・・・ウォルフ、お前は自分の持つ力の大きさを良く理解していないようだ。エルビラ」
「はい?」
「今後は毎年この子をここに寄越しなさい、費用はワシが持つ。魔法という物がどういう物なのか、貴族がそれを持つことにどんな意味があるのか、教えるに相応しい教師をワシが用意しよう」
「短期留学ということですね?ウォルフ、どうですか?」
「はい、お爺様の厚意を喜んで受けたいと思います」
「うむ、期間は一ヶ月くらいでいいかな、エルビラ達の夏休みの前にウォルフとクリフがここに来て、エルビラ達と一緒に帰る、と言う形がいいな。来るときは竜騎士を迎えに寄越そう」
「ありがとうございます」

 結局エルビラ達も毎年ガリアまで帰省することが決定されてしまった。
ウォルフはかねてよりガリアの魔法道具についての知識を得たいと思っていたのでそのことをお願いしておいた。
さらにラ・クルスの蔵書の閲覧の許可と街への外出の許可を得ることに成功した。


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