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No.33077の一覧
[0] 空を翔る(オリ主転生)[草食うなぎ](2012/06/03 00:50)
[1] 0    プロローグ[草食うなぎ](2012/05/09 01:23)
[2] 第一章 1~5[草食うなぎ](2012/05/09 01:22)
[3] 第一章 6~11[草食うなぎ](2012/06/03 00:32)
[4] 第一章 番外1,3[草食うなぎ](2012/06/03 00:34)
[5] 第一章 12~15,番外4[草食うなぎ](2012/05/09 01:30)
[6] 第一章 16~20[草食うなぎ](2012/06/03 00:34)
[7] 第一章 21~25[草食うなぎ](2012/05/09 01:32)
[8] 第一章 26~32[草食うなぎ](2012/05/09 01:34)
[9] 幕間1~4[草食うなぎ](2012/05/09 01:39)
[10] 第二章 1~5[草食うなぎ](2012/05/09 02:22)
[11] 第二章 6~11[草食うなぎ](2012/05/09 02:23)
[12] 第二章 12~17[草食うなぎ](2012/05/09 02:25)
[13] 第二章 18~19,番外5,6,7[草食うなぎ](2012/05/09 02:26)
[14] 第二章 20~23[草食うなぎ](2012/05/09 02:28)
[15] 第二章 24~27[草食うなぎ](2012/05/09 02:29)
[16] 第二章 28~32[草食うなぎ](2012/05/09 02:30)
[17] 第二章 33~37[草食うなぎ](2012/05/09 02:32)
[18] 第二章 38~40,番外8[草食うなぎ](2012/05/09 02:32)
[19] 幕間5[草食うなぎ](2012/05/17 02:46)
[20] 3-0    初めての虚無使い[草食うなぎ](2012/06/03 00:36)
[21] 3-1    ラ・ヴァリエール公爵の目的[草食うなぎ](2012/05/09 00:00)
[22] 3-2    目覚め[草食うなぎ](2012/05/09 00:01)
[23] 3-3    目覚め?[草食うなぎ](2012/05/09 00:02)
[24] 3-4    ラ・ヴァリエールに行くと言うこと[草食うなぎ](2012/05/09 00:03)
[25] 3-5    初診[草食うなぎ](2012/06/03 00:40)
[26] 3-6    再診[草食うなぎ](2012/06/03 00:40)
[27] 3-7    公爵家にて[草食うなぎ](2012/06/03 00:52)
[28] 3-8    決意[草食うなぎ](2012/11/06 20:56)
[29] 3-9    往復書簡[草食うなぎ](2012/11/06 20:58)
[30] 3-10    風雲急告[草食うなぎ](2012/11/17 23:09)
[31] 3-11    初エルフ[草食うなぎ](2012/11/17 23:10)
[32] 3-12    ドライブ[草食うなぎ](2012/11/24 21:55)
[33] 3-13    一段落[草食うなぎ](2012/12/06 18:49)
[34] 3-14    陰謀[草食うなぎ](2012/12/10 22:56)
[35] 3-15    温泉にいこう[草食うなぎ](2012/12/15 23:42)
[36] 3-16    大脱走[草食うなぎ](2012/12/23 01:37)
[37] 3-17    空戦[草食うなぎ](2012/12/27 20:26)
[38] 3-18    最後の荷物[草食うなぎ](2013/01/13 01:44)
[39] 3-19    略取[草食うなぎ](2013/01/19 23:30)
[40] 3-20    奪還[草食うなぎ](2013/02/22 22:14)
[41] 3-21    生きて帰る[草食うなぎ](2013/03/03 03:08)
[42] 番外9    カリーヌ・デジレの決断[草食うなぎ](2013/03/07 23:40)
[43] 番外10   ラ・フォンティーヌ子爵の挑戦[草食うなぎ](2013/03/15 01:01)
[44] 番外11   ルイズ・フランソワーズの受難[草食うなぎ](2013/03/22 00:41)
[45] 番外12   エレオノール・アルベルティーヌの憂鬱[草食うなぎ](2013/03/22 00:42)
[46] 3-22    清濁[草食うなぎ](2013/08/01 20:53)
[47] 3-23    暗雲[草食うなぎ](2013/08/01 20:54)
[48] 3-24    誤解[草食うなぎ](2013/08/01 20:57)
[49] 3-25    並立[草食うなぎ](2013/08/01 20:59)
[50] 3-26    決別[草食うなぎ](2013/08/01 21:00)
[51] 3-27    緒戦[草食うなぎ](2013/08/01 21:01)
[52] 3-28    地質[草食うなぎ](2013/08/01 21:02)
[53] 3-29    ジョゼフの策 [草食うなぎ](2013/08/01 21:03)
[54] 3-30    ガリア王ジョゼフ一世[草食うなぎ](2013/08/01 21:03)
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[33077] 第一章 21~25
Name: 草食うなぎ◆ebf41eb8 ID:e96bafe2 前を表示する / 次を表示する
Date: 2012/05/09 01:32


1-21    再会



 マチルダ達一行がヤカの城について驚いた人間が二人いた。
マチルダの従者タニア・エインズワースとウォルフ達の教師パトリシア・セレスティーナ・ソルデビジャ・ド・バラダである。

「タニア、いなくなっちゃったと思ったらアルビオンなんかに行ってたの?」
「あんたこそド・バラダのお嬢さんがこんなところで何してんのよ?もう結婚したもんだと思っていたわ」

 ヤカに着いた夜パトリシアの部屋で顔を合わせる。二人はリュティスの魔法学院で同級生だった。
学科の成績は悪いが圧倒的に優秀な実技のパトリシアと、実技ではパトリシアに一歩譲るが学科は常に学年トップのタニア。二人はまさにライバルといえる関係だった。

「私は父さんがあんな事になっちゃったからね、普通に国外で就職です。今の職場結構条件が良いのよ」
「ふーん、私は今ちょっとあれよ、家出中?じゃなくて、教師目指して鋭意修行中よ」
「教師!あんたが!あんた人に魔法なんて教えられるの?」
「お、教えられるに決まってるじゃない、スクウェアよ、私は」
「いや、自分が魔法使うのは得意だったけどさ。あんたメリッサに"あなた何で系統魔法が使えないの?"とか真顔で聞いてたじゃない。あの子一晩泣いてたわよ?」
「う、あれは悪かったと思っているわよ。しかたないじゃない、信じられなかったんだから」
「だから教師やるって事はあの子みたいな子も相手にしなくちゃならないんでしょ?信じられないで済ます気?」
「今は違うわよ!最近はウォルフにも褒められてるんだから!」
「あ、ウォルフに教えてるんだ。あの子なら魔法見せるだけでどんどん覚えていきそうね」
「・・・・・・」

 およそ三年ぶりに顔を合わせた二人であったが、さすがは学生時代の旧友ですぐに以前と同じ調子で喋り始めた。
しかし、その旧友が語る昔の自分を今のパトリシアは恥ずかしいと感じる。
ウォルフの説教を受けた後では以前の自分がいかに何も考えてなかったかが分かるのだ。

「たしかにウォルフには魔法を見せてるだけよ。あの子のことは私には分からないわ。でもクリフには違う!クリフが何を分かって何を分からないのか把握しながら、習熟度に合わせた教え方をちゃんとしているわ!」

 ぐいと胸を張って言うパトリシアにタニアは驚く。以前の彼女なら他人が何を考えているかなどに頓着するような性格ではなかったのだ。
ウォルフの事も分からないと言った。"有り得ない""信じられない""~に決まってる"とはいつも言っていたが"分からない"と彼女が言っているのを初めて聞いた気がする。
確かに以前の彼女とは違うようだった。

「ふーん、親元を離れて少しは苦労したって所かしら?」
「ま、まあね。あなたも苦労したみたいじゃない?」

目と目を見交わすとお互いに笑みがこぼれた。タニアが持ってきたワインを開ける。楽しい夜になった。



 マチルダ達は三泊ほどしてリュティスへ旅立っていった。滞在中一緒にあちこちに出かけ、良く懐いたティティは寂しがって泣いた。マチルダはキャラに似合わず子供にやさしいので良く慕われる。
パトリシアも少し寂しそうにしていたが、何も言わなかった。

 それから一週間ほどして漸くド・モルガン夫妻(+サラ&アンネ)がヤカにやって来る日になった。
その日ウォルフは時折『フライ』で上空に上がっては『遠見』の魔法で街道を見張っていた。
何度目かの飛行中、街道のずっと遠い場所で岩陰から馬車が出てくるのを見つける。そしてその馬車の御者の後ろの席に座っているのがサラである事を確認すると一目散に飛んでいった。
そして馬車のそばまで来ると速度を落として馬車の上を併走して飛ぶ。三週間ぶりに見るサラはぽーっと景色を眺めていて、こういう時のサラは本当に何も考えてない事が多い。
生まれてからずっとサラの成長を見守ってきた。ちょっと思いこみは激しいが、とても優しく良い子に育っていると思う。
サラが嫁に行くときは絶対にオレ泣くなあ、などと完全に父親のような感慨を抱きながら高度を下げ、サラの隣にそっと座る。サラは横を見ていて気付かない。

「良い子にしてた?サラ」

 声を掛けるとサラはびくっと反応し、即座に振り向いた。
ウォルフはその視線の鋭さにたじろいで思わず後ろに下がるが、すぐにサラに捕まって抱きしめられた。
すんすんと鼻を鳴らしながらぐりぐりと頭をこすりつけてくる。

「あー、寂しかった?」

そんなサラを持て余し、頭を撫でながら尋ねるといきなりカプッと首筋を噛まれた。

「いたたた!サラ、痛い痛い!」
「・・・・・」

すぐにサラは離してくれたが直ぐにまた頭をぐりぐりとしてくる。
なんだか子犬みたいになっちゃったな、と困惑はしたがくすぐったさを我慢して好きにさせておいた。

「お、なんだウォルフ迎えに来たのか」

騒ぎを聞きつけたニコラスが馬車の中から顔を出しサラに抱きつかれているウォルフに声を掛ける。

「あ、父さん久しぶり。今、中に行くよ」

 そう言ってサラごと『レビテーション』を掛けると馬車の中に入った。
両親とアンネに挨拶をして、暫く話をする。ヨセフも無事にサウスゴータに帰ったらしい、ちょっと心配だったので良かった。やがて馬車はヤカの町中に入りアンネの実家の前で停車した。
サラとアンネを降ろし城へ向かう。サラは少し寂しそうだったが最後に笑顔を見せてくれた。
両親に会ったときクリフォードは少し涙ぐんでいた。ウォルフは気付かなかったが地味にホームシックになっていたらしい。
まあ、十一歳の男の子が三週間も両親と離れていればそんなものかと思う。
その日は久しぶりに家族で一緒にサウナ風呂に入った。



 翌日、ウォルフは宝石屋へ行くために街へと向かった。帰りにサラに会ってくるつもりである。

「いらっしゃいませ、ガンダーラ様。お待ちしておりました」

店に入ると店長が即座に応対し、間違えずにウォルフの偽名を呼んだ。本当に待っていたようで少しホッと安堵した雰囲気が出ている。

「ああ、ちょっと遅くなっちゃったかな?このあいだはありがとう。マチ姉がとても喜んでいたよ」
「いえいえ、とんでもございません。実は昨年お譲りいただいたダイヤモンドに良い値がつきまして、ささやかな利益還元をというところでして・・・」
「あー、やっぱり三十万人って言うのは適当かー」
「ははは、まあ、喜んでいただけたのなら重畳至極、と言う事で・・・ところで本日はどのようなご用件で?」

今にも揉み手をしそうな勢いで尋ねてくる。ていうか実際にしている。
彼にとってウォルフはとても大きな儲けをもたらす取引相手なのだ。

「この間のより大分小さいんだけどね?いくつか手に入ったからまた持ってきたんだ」

そう言って懐からダイヤを取り出す。美しい輝きに彩られたそれは全部で六つあった。
これらは去年のダイヤを作る時に一緒に作ったのだが、どうしても欲しい高価な魔法具などがあった場合に備えて一応今年も持ってきていた。
魔法により生成された純粋な炭素の結晶を正確に五十八面体にカットした物である。特筆すべきはその六つの大きさ、重さが全く同じ点であった。
早速店長はルーペと杖を取り出すと鑑定にはいる。その表情は真剣その物だ。

「うーむ、いずれも不純物ゼロの完璧なガンダーラカット。パーフェクトですな」
「ガンダーラカット?」
「ああ、これは失礼しました。実はこの輝きを生み出すカットをガンダーラカットと呼んでおりまして、最近では宝石商組合の方でもカット出来るようになりました」

そう言って棚にある指輪を一つ取り出して見せる。そこにはダイヤが着いていて、確かに同じカットをしていた。
少し色がついていてウォルフのダイヤ程美しくはないが、それでも他のダイヤよりは数段美しい輝きを放っていた。

「ダイヤというのはカットが大変な為高価になってしまい今まではそれほど人気がなかったのですが、このカットにして以来人気が急上昇中でございます」
「ふーん、そんなに違うんだ」
「特にこの指輪のように下から光が入るようにセットした物が人気が出ております」
「ああ、これはこのカットに一番相応しいセットだね」
「ご存じでしたか」

その指輪は六本の立て爪でダイヤを持ち上げるように支える、いわゆるティファニーセッティングをしていた。
ウォルフはそんなことは知らなかったが、その構造からそのセッティングだと全ての光が前面から抜けるので最も美しく見せるだろう事は分かった。結構ハルケギニアでも工夫する人は工夫しているんだな、と考えながらさらに懐からルビーとサファイヤを取り出す。

「えーっと、こっちも鑑定して欲しいんだけど、これで最後。当面手にはいる事はないってわかったから最後だと思って値段をつけて欲しいんだ」
「ぬ、これは・・・最後ですか・・・・むう」

 ウォルフが懐から新たに宝石を取り出して目を輝かせたものが、最後と聞き落胆する。しかしテーブルの上のルビーを手に取り絶句する。
そのルビーとサファイヤは見た事がないくらいの鮮やかな赤と青をしていて、光を当てると六条の星状に光を返す。
その透明感、色、光、全てが店長がこれまで見た事がないレベルの物が揃っていた。
これもウォルフが『練金』で生成した宝石で酸化アルミニウムの結晶である。不純物として入れる金属イオンの量を調整して色を出し、六条の光も二酸化チタンの針状結晶を三方向に入れる事によって出していて、エルビラの結婚指輪であるスタールビーを研究して作った。
カットも全く同じ大きさ・形の楕円形に正確に磨いているのでまるで双子のように見える、これもまた天然を超える人工物と言って良かった。

「本当にもう最後なのでしょうか?もう手に入らないのでしょうか?」
「いや、将来的に絶対にというわけじゃないけど、当面全くない事は確定と思ってくれ」

 元々あまりにも簡単にお金が手に入ってしまうために自粛しようと思っていたのだ。
今回も来るつもりはあまりなかったのだが、マチルダにプレゼントされたのを恩に感じたし、あまり詮索されたくもなかったので比較的小粒の物を少量なら良いかと判断したのだ。
ダイヤも四つ分でやっと前回のと同じ重さだし、ルビーも前回の半分くらいの大きさだ。これで継続的な商売が出来ないとなれば買いたたかれるだろうけど、それで良いと思っていた。
店長は暫く悩んだり調べ物をしたりしていたのだが、やがて値段を決めたようでウォルフに向き直った。

「それでは、お値段なんですけれども、合計で十万エキューでいかがでしょうか」
「っ・・・・・・」

思わず吹き出しかけた。あれからウォルフも勉強して宝石の世界では重さが倍になったら価格は四倍になる物だと知った。
その計算方法ならダイヤは一個二千五百エキューで計一万五千エキュー、ルビーとサファイヤは種類が違うから分からないがそれでも合計で一万エキューを超える事はないと思った。
つまり全部で二万五千エキューの品物を、買いたたかれる覚悟で来ているのに四倍の値段をつけられてしまったのである。

「・・・・内訳は?」
「・・・・分かりました、ダイヤで六万、ルビーとサファイヤも三万ずつ、合計十二万エキューでどうでしょうか」

・・・増えてるし。
ウォルフは知らなかったがガンダーラカットの登場以来ガリアのダイヤモンド相場は過熱気味で、連日トリステインやゲルマニアからもバイヤーが押しかけていた。
そのためあまり質の良くない原石でもガンダーラカットに加工され高額で取引されてはいるが、やはり市場はより高品質の品物を望んでいた。
そこに真性のガンダーラダイヤモンドである。しかもセット。貴族はセットで揃えるのをことのほか好む。
これをバイヤーのオークションに出せば相当な値段になるのは分かりきっていたし、ルビーやサファイヤもいくらでも買い手はつくと判断していた。

 結局ウォルフはその値段で引き取って貰い、今度は手形を六枚に分けて支払いを受けた。
ウォルフの前世ではダイアモンドなど研磨剤としか認識してなかったのであまりの金額に引いてしまい、なるべく宝石を『練金』しないようにしようと決めた。
いくら何でも高すぎる。手の中の手形が貧しい平民から搾取した成果かと思えてきてしまう。
去年も同じような気持ちになりはしたが、正直お金を手に入れた喜びも大きかったのであまり気にはならなかった。それが今年は気になるのは二度目だからか、去年のお金をまだ使い切っていないからか。
しかし、まあ悪い貴族を騙して巻き上げてやったと思うことにして考えることをやめた。どうせこんなものに大金を払う貴族はろくな事に使わないだろうから。


 帰り道は少し落ち込んでいたが、サラの所に着く頃にはいつもの調子になっていた。今回のことは前世の常識で物事を判断するととんでもない結果になる場合があるという事と、魔法と科学が融合した場合の優位性をウォルフに教えたが、元々長く悩む男ではない。

 ホセの家に着き、サラと二人きりになって分かれてからのことを報告し合う。

「ドリルはもう終わった?」
「うん、全部。」
「おーやるなあ、帰ったら見てやるよ」
「持ってきたよ?全部」
「持ってきた?重かったろうに・・・」

アンネにはさんざん重いから置いて行けと言われたのだが、サラは頑として譲らなかった。
旅行中も、もう終わってしまったドリルを開いては計算し直したりしていた。
ウォルフがパラパラと確認しているのを不安げに覗き込んでいたが、出来を褒められるとやっとはにかんで笑顔を見せた。

「ウォルフ様これからどうするの?」
「遍在も見せてもらったし、魔法道具が作れるっていうメイジは逃げちゃったけど、お爺様が詫びにって魔法道具作成の書籍を一杯くれたんでもうガリアにいる必要はないなあ。早く帰って旋盤の続きを作りたいよ」
「えー、ラグドリアン湖には行こうよ」
「ああ、そうだな精霊様にも挨拶しなくちゃな、とにかく今週はもう魔法の練習は適当にして色々必要物資を買い集めるか。サラも付き合う?」
「勿論!ウォルフ様専属メイドですよ?当たり前です」
「メイドは見習いだろう」

ウォルフはサラに帰ったら寺子屋のような物を始めるつもりだと明かした。将来サラを代表とした商会を作るときの中核となる人材を育て始めるのだ。
当然サラにも教師を務めてもらうつもりであることを告げる。

「えー、教師って私まだ七歳ですよ?」
「それがどうした、オレは六歳だ。松蔭吉田寅次郎は十一歳で王様に講義をしたそうだ。子供相手なんだから余裕で出来る」
「ショーインって誰ですか、知りませんよ、そんな人」
「立志尚特異、志を立てるためには人と異なることを恐れてはならないって教えた東方の偉人だよ、兎に角やるから。紙とか一杯買って帰るから手伝ってね?」
「うわ、ウォルフ様影響されすぎてませんか?人と違いすぎます」
「オレが人と違うのは最初からだ。もうサラだって相当他人と違ってきているぜ」
「私は普通の女の子です!だいたいウォルフ様が私をそんな風にしたんでしょう!」
「いいじゃないか、七歳で教師でも。初めてはみんな怖いもんだよ。一緒にしよう?」
「・・・しょうがないから手伝ってあげますよ」
「よし!じゃあ、そうと決まりゃがんがん子供集めて・・・」
「あくまで、しょうがなくですよ!あんまり大掛かりにしないで下さい!」
「えー」
「えーじゃないです」


 残りの滞在日数はずっと時間が出来るとサラと一緒に街に買い物に出かけて過ごした。
時には近隣の街まで出かけ、ヤカに無かった物を探し、買ったのは主に魔法道具、秘薬の原料、書籍、紙などである。
帰る時はもう一台自分の荷物用に馬車をチャーターするつもりになっていたので遠慮無く買えた。去年の分の手形の残り二万四千エキューも換金したので持って帰るつもりでいる。

 それとつい勢いでアンネの実家の隣の家も買ってしまった。来る度に狭さが気になっていたのだ。
何せアンネの両親がいて、ホセの夫婦がいて、その子供が七人もいるのだ。それが狭い平民用の家に住んでいて、そこにさらにアンネとサラが世話になっているのだ。
総計十三人の家族というのは壮絶で、サラは楽しいと言っていたがウォルフなどは軽くカルチャーショックを受けてしまったくらいだ。
取り敢えず隣の家を買って、『練金』で簡単な補修をして、間の壁を消して二つの家を繋げた。ホセに鍵を渡し、貸してやるから好きに住めと伝えた。
買った物資を城に持って帰るのも面倒なので一部屋はウォルフ用の一時保管所としているが、全くもって気分はプチ成金という感じだ。

 しかしホセはいたく感激したようで娘を二人連れて行って欲しいと頼まれた。サラからウォルフの事業計画を聞いていたのでそれの役に立てて欲しいとの事である。
何だか人買いな気もするが今後信頼出来る人間はいくらでも欲しいので了承し、連れていくことになった。
ホセはウォルフが大金持ちであることを知っているので安心なのだろう。
ホセの子供は八人姉弟で、娘が七人続いた後最後に男の子が一人だ。一番上はもう働きに出ていてここにはいなく、次女のラウラ十二歳と三女のリナ十一歳がウォルフに仕えることになった。
二人とも少し暗めの金髪をした少女で、下町の子らしい気っぷの良さを持っていた。
これで十三人いたのが九人になって更に家の広さは二倍以上になるのだからゆとりが生まれるはずである。これ以上子供が生まれなければ。
ラウラとリナの荷物もウォルフが揃えた。何せ二人ともろくに物を持っていないので一から揃える必要があった。
初めは遠慮していたのだが、ウォルフが自分の従者になったからには恥ずかしい格好はさせられないと伝えると、バンバン新しい服を買い始めた。
生まれて初めて思いっきり買い物をして恍惚としているのを見るのは面白かったのでよしとする。

 ラウラとリナを連れて帰ると両親に告げると案の定もめる事となった。
ニコラスはそんな責任の取れないことはするなと言い、エルビラは彼女たちの年齢が親から離れるには低すぎるのではと心配した。
ホセから持ちかけられた話であること、二人一緒なので心強いのではないかということ、当面は給金の心配はないことを説明し、追加の馬車代とラグドリアン湖での二人の滞在費、アルビオンへのフネ代として百エキューを渡してさらに足りなかったら請求するように頼むとニコラスも黙った。
何でこんな大金を持っているのかと問い詰められたが色々と作ったものをホセに協力して貰って売った、とだけ言っておいた。
兎に角二人が自分の意志で退職するまではウォルフが面倒を見るし、年頃になったらちゃんと嫁ぎ先を探すと言うことで何とか了承してもらった。

 忙しく色々と動いていると、あっという間にまたヤカを離れる日が来たのだった。





1-22    正義



「ウォルフには謝らんといかんな、今回は竜騎士を送れないわ、教師には逃げられるわ、ワシは良いとこが何もなかったわ」
「とんでもないです、お爺様。オルレアン公を連れてきたときは本当に驚きました。それに魔法道具の書籍もたくさん頂いて・・・ありがとうございました」

  ガリアから帰る当日、馬車の前で昨年とは違い和やかに別れを惜しんでいた。パトリシアは昨日リュティスへと旅立ってしまったのでここにはいない。
今年はアンネ親子の話題が出なかったので穏やかな雰囲気でいることが出来た。

「為になったのなら良かったが・・・そのオルレアン公もお前には驚いていたわ。来年にはワシを相手にせぬかも知れんな」
「お爺様の期待を裏切らぬよう、努力いたします」
「うむ、お前なら誰も上ったことの無いような高みへと行くことが出来ると信じておる。精進せいよ」
「はい」

自慢の孫を見つめ眼を細める。その表情はフアンを知る人ならば誰しもが驚くような軟らかいものだった。

「クリフ、お前もこの一月で大分上達したな。お前の魔法も十一歳とは思えないレベルだ」
「ありがとうございます」
「ワシの訓練をやり通したんだ、お前程きつい思いを経験したことのある子供はそうはおらん。苦しいときはこの経験を思い出せ」
「とても、良い経験を積ませていただきました」

きつすぎだよ!と突っこみを入れたくなるのをぐっと堪えて殊勝に答えておく。
そんないい雰囲気の中別れをすませ、さあ出発、と言うところでレアンドロが口を開いた。

「父上!ちょっとよろしいですか?」
「何だ、レアンドロこんな時に」
「アンネとサラのことです。やはり僕は二人に会いたいのです。ラ・クルス家として彼女に謝罪する許可を下さい」

その瞬間フアンのこめかみにぶっとい血管が浮かび上がり、顔がサッと赤く染まる。
((ちょっ伯父さん空気嫁!!))ウォルフとクリフォードの頭の中に全く同じ突っこみが浮かんだ。

「そのことは、去年答えておろうが。どういう了見だ?こんな時に持ち出すとは」

その眼光はまさに人も殺せそうな程で、よく見るとレアンドロの膝はぷるぷると震えていた。
誰も何も言えず息を呑んで見守り、ティティアナは怯えてしまい母のスカートに抱きついている。
しかし、レアンドロは更に一歩前へ出て続けた。

「こ、こ、ここに、ラ・クルス家として正式に彼女に謝罪する旨をしたためた書類を用意しました。あとはこれに父上のサインと花押をいただければ、後は私が名代として謝罪に行きますので、父上を煩わせる事はいたしません。お願い申し上げます」

そう言って頭を下げ両手で用意してきた書類を差し出す。その書類も震えていた。
フアンはゆっくりと腕を上げ、書類に手を掛ける。その瞬間書類が音を立てて燃え上がった。

「!!ちっ父上ッ!!」
「読めんな。読めもしない書類を用意するとはなんたる無能。下がれ」
「お願いです!!父上!お願いでございます!!」
「下がれと言っておる!!」

そう言って睨め付けると出口を杖で指す。
レアンドロは暫く何かを言おうと口を動かしていたが、やがてがっくりと頭を下げその場から出て行った。その手には燃えかすを握りしめたままだった。
残された面々に沈痛な空気が漂う。最早さっきまでの和やかな雰囲気は欠片もなかった。

「・・・場もわきまえず、己の我が儘を声高に言い立てる。あんな無能がラ・クルスの嫡男とはな」
「・・・そうでしょうか?」

不機嫌MAXのまま溢すフアンにウォルフが異を唱える。

「なんだ?お前は違うとでも言うのか?通る見込みがない物をこんな時に出してくる、これが無能でなくて何なんだ!」
「確かに有能な人なら無駄なことはしないでしょう。しかし無駄なことをしない人が正しい人、であるとは限りません」
「ふん、言葉遊びか?無駄なことをするヤツが正しいとも限らんわ」

 こんな状態のフアンに反抗する人間など今までいたことはない。
エルビラでさえフアンが激昂したときは何も言わず黙っているのが常だった。

「お爺様は燃えさかる王城へ王を助けるために戻る騎士を無能と呼びますか?すでに百万の軍勢に囲まれているからと言って早々に甲を脱ぐ騎士が正しい人でしょうか」
「ぬぅ・・・お前は、あれを救国の騎士だとでも言うのか?子供の頃から何かあるとめそめそと泣いてばかりいたあれを!」
「あくまで喩えです。レアンドロ伯父さんは彼が正しいと思ったことをしようとしているだけです。オルレアン公歓迎の采配は見事でした。彼は乱世の姦雄には成れないだろうけど治世の能臣であると思います。決して無能ではありません。そして何より心に正義ある人を、その結果だけを見て無能と誹ることは貴族として正しいこととは思えません」
「ワシが、正しくないというのか?・・・・ワシが王を守る騎士を無能と呼び甲を脱ぐ者を褒め称えると・・・」

目を見開きウォルフを睨みつける。それに対しウォルフは何とニコッと笑いかけた。

「お爺様にもお爺様の正義があるのでしょう。そして伯父さんにも伯父さんの正義があって彼はそれに従っただけです。彼は確かに過ちを犯した人ですが、それを知り己の正義に従って正そうとしています。そして私はそういう人が好きなのです」
「・・・・・」
「レアンドロ伯父さんの望みを聞くか聞かないかはラ・クルス当主であるお爺様の判断で決めるのは当然と思います。しかし無能と誹るのはやめるべきだと思います」
「・・・・・」

 フアンは踵を返すとそのまま何も言わずその場を後にした。
またもどんよりと重苦しい雰囲気に包まれてしまったが、ウォルフは努めて明るく振る舞い残った人に別れを告げると馬車に乗り込んだ。
そのまま馬車は走り出し、街へと向かった。アンネの実家に先に来て荷物を積み込んでいた馬車と合流するとそのまま二台で連なって街道へ出てラグドリアン湖へと急いだ。
ヤカの街から初めて出るラウラとリナの二人は物珍しげに外を眺めはしゃいでいて、親と別れた寂しさを感じさせなかった。
ウォルフは取り敢えず前の馬車に乗っているが、後で後ろのアンネ達の様子を見に行くつもりでいる。

「しかし、お前良くあの状態のお爺様に向かってあんな事が言えるよな。俺なんかもうチビリそうだったぜ」
「まったく、俺もエルもいざという場合のために杖を握りしめてたよ」
「だってレアンドロ伯父さんちょっと可哀想だったじゃないか。まあ、伯父さんが悪いんだけどね。お爺様の機嫌の良い時を狙ってたんだろうけど、もう少し空気読むべきだったね」
「うーんそうだな、なまじ機嫌が良かっただけに水を差されて激怒って感じだったな、あれは」
「まあ、いつか彼の熱意がお爺様に伝わることを期待しましょう」
「・・・・やっぱり上から目線だ」

昨年より一台当たりの荷物が少ないため馬車は快調に街道を進んだ。



 一方その夜、ヤカの城でレアンドロは自室の寝室に引きこもって酒をあおっていた。
昨年以来妻のセシリータには寝室を別にされてしまい、もう独り寝にも慣れてしまっていた。
かつて二人で過ごした部屋を睨みつけてグラスをあおる。
その眼には涙が浮かんでいた。
空になったグラスにワインを注ごうとして、その手を止められた。

「もう、およしになったら?ちょっと飲みすぎのようですよ?」
「・・・セシー」

いつの間にか部屋に入ってきていたセシリータだった。
ネグリジェにガウンを羽織っただけ、という出で立ちの彼女は優しく微笑むとふわりとレアンドロの隣に腰を下ろした。空のグラスを自分の前に移動させ、ワインを注ぐとそれを飲んだ。

「どうしてここに?」
「あら、妻が夫の元に来るのはいけない?」
「いや、そうじゃなくて・・・・ほら君は僕のことを・・・・軽蔑しているだろう?」
「そうですわね・・・確かにあんな事を聞いたら軽蔑しましたし、とても悲しかったですわ」
「すまない・・・本当に君にも申し訳無いことをしたと思っているよ」
「私よりももっとあやまらなくてはならない人が居るんでしょう?」
「そうだ・・・でもあれが唯一の方法だと思ったんだが、もう、どうしようもないのか・・・・」

そう言ってレアンドロは頭を抱え込む。彼にはフアンを説得する方策など何も無いように思えた。
セシリータはそんな夫の様子を黙ってみていたが、やがて軽くため息を漏らすと口を開いた。

「明日もう一度願い出てみてはいかがですか?聞いて下さるかも知れませんよ?」
「フッ・・・君も見ただろう?今度こそ燃やされてしまうよ」
「あら、燃やされるのが怖いから諦めてしまうのですか?ウォルフさんの言っていたのとは随分違いますわね」
「?・・ウォルフが何と?」
「王を助けるため燃えさかる王城に飛び込む勇者に喩えていましたわ。心に正義を持ちそれに従う信念の人、と」
「ええ?僕はそんな立派な者じゃないよ!」
「ふふ、そうですわね、お養父様も絶句していましたわ」
「父さんにもそれを言ったんだ・・・」
「ええ、自分が正しいと信じることをする人だと、そして彼はそんな人が好きだとも」
「・・・・・」
「それを聞いて私もそんな風に生きてみたいと思ったのです。あなたの妻として、私が正しいと思うことをしようと」

そう言ってグラスを飲み干すと懐から小瓶を取り出しレアンドロの前に置いた。

「これは?」
「水の秘薬です。ウォルフさんが別れ際に下さいました。何故彼がこれをくれたのかは知りませんが、私も水のトライアングルです、命ある限り直して差し上げますから安心して燃やされてらっしゃい」
「君は・・・・」

セシリータに向き直り涙のこぼれる眼で見つめる。

「しょうがないでしょう。私はあなたの妻で、あなたはティティの父なのです。あなたが間違ったのならばそれを正すのが私の役目なのです」
「うん、ごめん、本当にごめん」

涙を指で拭ってくれるセシリータをそのまま抱きしめる。
セシリータはそのままレアンドロの胸に納まった。

「明日の朝、お養父様にお願いするのです。許して下さるまで何度でも」
「うん、君がいてくれるなら僕にはそれが出来る」

この夜から十ヶ月の後、ラ・クルス家に待望の第二子が生まれるのだが、それはまだ先の話である。



 翌朝ここの所遅れがちな執務をこなす為執務室に籠もっていたフアンの元へ突入したレアンドロは、予想通り盛大に燃やされた。
文字通り火達磨になってドアからたたき出されたのだが、ドアが閉まる寸前「書類とやらを持ってこい、読むだけは読んでやる」というフアンの声が確かに聞こえた。
何とかセシリータに火傷を治して貰い、書類を提出すると今度は「ラ・クルスの嫡男が一々ビクビクするな!」と怒鳴られまた火達磨となって叩き出された。

 夕刻自室でセシリータに治療をしてもらっていると窓からくしゃくしゃに丸められた紙くずが投げ込まれた。
レアンドロが手に取り開いてみると、果たしてそこにはフアンのサインと花押が押してあった。
セシリータを抱きしめ涙を流して喜んでいたのだが、アンネ達がまだガリアにいることを思い出し、急いで支度をしてラグドリアン湖へド・モルガン家を追いかけることにした。
急に宿など取れないと思われたが、丁度キャンセルが出たとのことなので、ティティアナも連れ家族三人で出かけることになった。
朝を待って馬車を仕立て、突然の旅行に喜ぶティティアナと少し表情の硬いセシリータを乗せ旅路を急いだ。



 一方のド・モルガン家は快調に街道を進み、去年より一日早くラグドリアン湖へと着いた。
途中ラウラとリナが寂しそうにしていたが、ラグドリアン湖に着いて水着に着替えたらホームシックなど吹っ飛んだみたいで元気にはしゃいでいた。
宿は昨年と同じところで部屋も同じだった。急に部屋が取れなかったのでラウラとリナ、サラとアンネでベッドを一つずつ使ってもらうことになったが皆あの狭い家で過ごしていたので気にしていなかった。

 大人達は思い思いに湖岸で寛ぎ、子供達は湖で遊ぶ。今年は水竜くんを持ってきていないのでニコラスものんびりと寛ぐことが出来た。
子供が増えたのでビーチボールでバレ-を楽しみ、ボールを落とした人は罰として『レビテーション』で持ち上げ湖に放り込んだ。サラはいやがったものだが、ラウラとリナは喜んでしまい罰にはならなかったが。
最後には大人達も参加し、『練金』でネットまで作って四対四の本格的なビーチバレーをしたりして、一日を楽しく過ごした。

 さんざん昼間遊んだので夕食を食べるとみんなさっさと眠ってしまったが、ウォルフは一人起きていて、窓からそっと抜け出すと湖へ『フライ』で飛び出した。
人目につかない入り江まで移動すると着地し、水の精霊を呼ぼうとナイフを出したが、指に傷を付ける前に湖面から精霊が現れた。

「やはりお前か、"ウォルフ"よ。お前がここに来ているのは感じていた」
「やあ、精霊様。顔を見せに来たよ」
「あれから月が十二回交差した。"ウォルフ"よ何の用だ?」
「・・・えーと、ここまで来たからついでに顔を見せに来ただけなんだけど・・・」
「・・・・・何か我に望むことがあるのではないのか?」
「いや別に。この間は色々ありがとうね。おかげで謎が一杯解明出来たし、水の秘薬でお爺様の怪我を治すことが出来たよ」
「お前は本当におかしなヤツだ"ウォルフ"よ。単なるものは我にして欲しいことがあるから呼び出すものだ」
「あ、そうだ、色々研究した成果があるんだった。見て貰えるかな?ちょっと待ってて」

杖を取り出し『練金』でバケツを作る。次に『凝縮』で水の玉をその上に作り出し、空中に静止させた。その上から更に『練金』を唱え、周囲にある魔力子を相変化させて質量とマイナスの電荷を与え、それを空中の水にぶつけることによって水分子中の電子とを入れ替えていく。こんな事が出来るのは『遍在』を分析したおかげで、魔力そのものが術者の意志に応え質量を有する事が出来るというのは大きな発見だった。
普通の『練金』に比べると成功率が低いが、入れ替えに成功した水分子は何故か魔力子が多いほど下に溜まっていくので続けていると下部分の濃度が濃くなる。最後に一番下の部分だけをバケツに取り、その他の部分は地面に落とす。

「ほら、これで大体湖の底の水とほぼ同じのが出来たと思うんだけどどうかな?」
「・・・その水を湖に注いでみよ」

言われた通り湖にバケツの水を注ぐ。
一瞬その周辺が薄青く光ったがすぐに元の暗い水となった。

「確かにこれは我が一部、この湖の深淵に沈む水。これを単なるものが創れるというのか、今目の前で見ても信じられん」
「色々試してみてここまでは出来る様になったんだ。ミスリルとかも割と簡単に作れるようになったよ。精霊様のおかげだね」
「お前は何をしようというのだ、"ウォルフ"よ」
「前に言ったろ?知りたいんだよ。もしかしたら魔力とは生命の起源に密接に関わっているのかも知れない。精霊も人間も生命全ては本質的に同じなのかもと思うと、知りたくてたまらなくなるんだよ」

 このハルケギニアに溢れている魔力、そしてどんな小さな原生生物からも感じられる魔力の存在。
ウォルフは昨年水の精霊に会ってから生命の起源における魔力の影響についてずっと考えていた。進化論にしたって魔力の存在が前提に有れば簡単に理解出来るだろうと思う。
宇宙の片隅の或る惑星で魔力素が集まって原始的な自意識を獲得する。或る者はそのまま大きくなって精霊となり、或る者は周囲に影響し、有機物を己の体として進化を始めた。
生命とは魔力のことだという推測はウォルフの心を捕らえて放さなかった。

「我と単なるものが同じだというのか。面白いことを言う」
「本質的にね?生命とは何だって考えると一緒かもしれないって気がするんだ。何で生命が、精霊が存在するのかって考えるとね」

水の精霊は生命を司る精霊だとも言われている。だとすると有機物にとりついて進化した魔力素とは水の魔力素なのかも知れない。水の魔力素から進化した生命が、何故火や土や風の系統魔法も使えるのか。謎はまだまだ沢山有って、ウォルフは楽しくなってくる。

「本当に知りたいことが沢山有って大変だよ。また何か聞きたいことが出来たら来るから、よろしくね?」
「我にはお前の言うことは分からぬ。だが我はお前を面白いと思う"ウォルフ"よ。我はもう戻る、これを持っていくといい」

精霊がそう言うと精霊の体から水が飛び出し、空となっていたバケツを満たした。

「うわ、こんなに。えーと、ありがとうございます?」
「我は太古よりただここに在るもの。その我に何故在るかなどと問うた者はお前が初めてだ。我も考えてみる事にする。また来るが良い"ウォルフ"よ、小さな賢者よ」

そう言い残し精霊は湖へと沈んでいった。
後に残ったウォルフは取り敢えず瓶を十個ほど作り大量にもらった水の秘薬を分けて詰め持って帰った。いつかこの秘薬も作れるようになるのかしらと考えながら。

 翌朝起こしに来たアンネが大量の秘薬を見つけ、精霊に会いに行っていたのがばれたのだが何も言われなかった。
ニコラスなどはこれを売れば一財産だと興奮していたが、研究用に貰った物だからダメだというと落胆していた。元々ニコラスの物でもないだろうに。
換金しきれない手形がまだ十二万エキューもあるのだ、ウォルフが売る必要はなかった。

 そしてラグドリアン湖について三日目の夕刻、エルビラの元を兄レアンドロが訪れた。




1-23    謝罪



「これが、ラ・クルス家の正式な謝罪状だ。僕のやったこととそれに対する謝罪が記してあり、ラ・クルスの花押も押してある。アンネに渡して欲しい」

 夕刻突然現れた兄はホテルのロビーでそう切り出すとその謝罪状を手渡してきた。
なんでも隣のホテルに宿泊し、セシリータとティティアナも来ているという。
エルビラは内容を確認し驚きにため息を吐いた。

「良くあの父が許しましたね、これでは白紙委任状みたいではありませんか」
「ははっ、こっぴどく燃やされたよ。セシリータが治してくれなければ今頃まだベッドの上さ」
「お義姉さんが治してくれたのですか」
「ああ、後ウォルフが水の秘薬をくれたらしくてね、そのおかげもあるな。彼には後でお礼を言わないと」
「・・・分かりました。アンネに渡してきます。彼女が望んだら連れてきますので、お兄様はここでお待ち下さい」

 暫くロビーで待っているとエルビラが一人で戻ってきた。アンネは会ってはくれないのかと落胆したが、人目の無い個室で会いたいとのこと。
そう言えばロビーではいきなり子供達に会ってしまう可能性もある。
そのままエルビラについて行き、示された部屋の前で深呼吸をしてノックする。中から女性の返事がして扉を開いた。

 そこにいたのは美しい金髪を頭の後ろで纏め、少し緊張した面持ちで立つ一人の美女だった。見覚えのある垂れ気味の目に薄い唇、間違いなくアンネだが少し印象が柔らかくなったように思える。
八年の歳月は少女を大人の女性へと変えていた。

「ア、アンネ、僕だよ、レアンドロだ」
「はい、お久しぶりにございます」

 鈴の鳴るような声で返事が返ってくる。そういえばあの頃この声で朝起こされるのがとても好きだった。
思い出す。朝起きて会う笑顔、励ましてくれた声、慰めてくれた手、全て自分が壊した物だ。
グッと喉に何かがつかえて声が出ない。
でも言わなくてはならない。アンネに、一言を。

「・・済まな、かった・・・」

 絞り出すように謝罪の言葉を口にすると、そのまま這い蹲りアンネに向けて頭を床に擦りつけた。目からは涙が溢れている。
謝罪の言葉を繰り返しながら土下座を続けるレアンドロを前にアンネも困っていた。

 確かに当時は憎んだし、このまま自分は死ぬんだろうと思ったりもした物だが、今はサラと幸せに暮らしている。
レアンドロのことは忘れたい過去でしか無く、サラの父親であるという点でのみ会う気になったのだ。
ここで関係をちゃんとしておけば、もうヤカに行ってもこそこそとする必要はなく、サラも堂々とウォルフに会いに行けるだろう。
サラの未来を広げるために過去を克服しようとしているのであるが、今足元で泣いている男をどうすればいいものか。正直鬱陶しい。

 エルビラを見るが無表情にレアンドロを見下ろしていて何も言ってはくれない。やはりここは自分が何とかしなければならないのか。
ふーっと大きく息を吐いて覚悟を決める。もう自分はあの時の無力な少女ではないのだ。

「立って下さい、レアンドロ様。今更そのように謝られても困ります」
「あ・・あ・・・」
「相変わらず良くお泣きになるのですね。でも知ってました?あなたはいつも自分のことを可哀想だと思った時に泣いているんですよ?」
「な・・ちがっ・・」
「お父様に怒られて可哀想、妹より魔法が出来なくて可哀想。お父様にばれないように、手をつけたメイドを捨てなくちゃならないなんて可哀想。いつもいつもご自分のために泣いていました」
「・・・・・」
「誠意を見せるためにこんな所まで来たのに、私にこんな事言われて可哀想ですか?まだ泣きますか?」
「僕は、君に憎まれるのは、当然、だと・・・」
「思い上がらないで下さい。私はあなたのことなど何とも思っていません」

 大きく息を吐き、レアンドロを見つめる。
レアンドロは必死に涙を止めようとしているが、うまくいかなかった。

「一つだけ、レアンドロ様に感謝していることがあります。それは、赤ちゃんを堕ろさせなかったことです。自分でそうさせるのが怖かっただけかも知れません、アルビオンに向かう途中で野垂れ死ねばいいと思ったのかも知れません」
「ぼ、僕はそんなことは・・・」
「でも、おかげで私はサラと出会うことが出来ました。ド・モルガンの皆様と出会うことが出来ました。そのことだけは感謝しています」
「・・・・・・」
「賑やかで、明るく、温かい家庭。男の子達はちょっと元気が良すぎますが、いつも笑い声の絶えない家。そんな中に私とサラはいて幸せに暮らしています。謝罪は受け取りました、貴方達がサラに手を出さないというのなら、もうそれで良いです」
「僕は、サラに、僕の娘に会えるのだろうか・・・?」
「今夜サラにあなたがしたことを全て話そうと思います」

 レアンドロの表情が凍り付く。七歳の娘に話すような事では無い、という自覚はあるようだ。

「その上でどうしたいかはサラに決めさせます。サラが会いたくないと言った時は二度と私たち親子の前に姿を見せないで下さい。今話せるのはこんなところです。今日はもうお引きとり下さい」
「・・・・・」

 レアンドロは暫くエルビラとアンネを見比べて何か言いたげにしていたが、何も言うべき言葉がないことを知り、がっくりと肩を落とし部屋を出て行った。
アンネは大きく息を吐いてソファーに座り込むと魂が抜けたように呆然と宙を見つめた。
そんなアンネの隣に座り肩を抱いて語りかける。

「よく頑張ったわ、アンネ。あなたは強くなった。何も出来なかったあなたはもう、いない」

 エルビラはアンネがまだ時々魘されているのをサラから聞いて知っていた。心と体に刻みつけられた恐怖は八年の歳月を経ても残っている。
その恐怖を克服するには、レアンドロと対峙し過去の自分と決別する事が必要だと思っていたのだ。

「ふふ、恐怖も、憎しみも、過去の物に出来たみたいです。あんな小さい人なんですよ、あの人。いつもオドオドしてて、こっちの言う事にビクビクして。今なら口だけで泣かせられそうです」
「あら、私は昔から口だけで泣かせてたけど。ふふ、でもそうよ、私たちは強いのよ。私たちは母親なんですからね!」

今ならアンネにも分かる。あの時恐怖で身を竦ませるだけでなく、レアンドロを殴るなりフアンのことを口にするなりしていれば身を守れたはずだ。
身を守れなかったのは自分の弱さ。何時までも弱いままでいるわけにはいかない、サラにこんな思いをさせないためにも。

「さあ、食事に行きましょう、子供達が待っています。」
「はい」



 
 食事が終わり、部屋に戻ろうとするサラをアンネが呼び止め、ロビーに誘った。何故かウォルフも一緒だ。
食事の時から何か考えている風だったのに気付いていたので二人とも大人しく座り、アンネの言葉を待った。

「サラ、そしてウォルフ様これから大事な事を話します。心を落ち着かせて最後まで聞いて下さい」
「はい」

アンネは胸に手を当て、深呼吸をしてから続ける。

「先程レアンドロ・フェルナンデス・デ・ラ・クルス様がいらっしゃいました。サラの・・・父親です」

サラが息を呑む。ラ・クルス家が自分の出生に関わっているのでは、とは思っていたが、レアンドロと言えば次期当主ではないか。

「サラ、私は十三の時、今のラウラの一つ上ですね、その春からラ・クルス家にメイドとして入って、レアンドロ様の担当として働いておりました。レアンドロ様は気が弱いというか、大変お優しい方で、とても良くしていただいたのを覚えています」

そう言って言葉を切る。言葉を選んでいるようだ。

「だけど二年後、今から八年前のあの夜、御館様に叱られた彼は、とても荒れていて人が変わったようでした。突然私に向かってお前も自分の事を馬鹿にしているんだろうと怒鳴りつけ、押し倒し、そのまま無理矢理・・・」

 アンネの手はきつく握りしめられ、少し震えているようにも見える。

「私の妊娠が分かると彼はとても狼狽し、父にばれたら殺される、母にばれたら嫌われる、妻にばれたら離婚されると、まあ、パニックになっちゃってました。それで、私がラ・クルス領にいたらまずいと思ったみたいです」
「そして私に幾許かの路銀と手紙を渡してアルビオンにいるエルビラ様の元へ行くように命じたのです。私はラ・クルス領から外に出た事など有りませんでしたが、他に頼るところもないのでその命に従ったのです」
「長時間の移動で途中雨にうたれた事もあってサウスゴータに着いた時は体調を崩してしまい、お腹の子も危ないと言われたのですが、エルビラ様が必死に看病して下さり、水メイジにも見せて下さったので母子ともに生き存える事が出来たのです」
「そうして生まれたのが、サラ、あなたです。あなたは間違いなく私とレアンドロ・フェルナンデス・デ・ラ・クルスの血を引いています」

サラの目からは涙が零れていた。母の過酷な過去が辛いのだ。

「ウォルフ様、サラにあなたから見たレアンドロ様の事を話して下さいませんか?」
「ああ、いいけど・・・うーん一言で言うなら弱い人だね。優しいんだけれども、その優しさも弱さから来ていて自分にも優しいのが欠点だね」
「なんかダメダメな人って感じなんですが」
「ああ、全く無能って訳じゃないよ。事務処理能力はかなり優秀みたいだし、自信さえ持てばラ・クルス領位ならうまく統治出来ると思う」
「もっと大きいところだとダメなんですか?」
「もっと大きくなると人に任せる事も多くなるからね。お爺様みたいな人が居てその下で采配を振るうとかだったら向いてるんだけど、彼自身が当主だと部下次第でどうとでもなっちゃうかな、彼優しいし」
「うーん、政治能力はそこそこ、人としてはダメダメですか・・・」

サラは何だか残念な感じだ。父親の事をやっと知れたと思ったら、金持ちだけどレイプ犯のダメダメ人間だったのだ、仕方ないだろう。

「もう少し自分に厳しく出来れば、あの弱さも武器に出来るんだけど。あ、でもここに来たって事は厳しく出来たのかな?」
「どういうこと?」
「オレ達がラ・クルスを発つ時はお爺様が認めていなかったからな、アンネ、ラ・クルスの謝罪文は持ってきたの?」
「はい、領主様の署名入りでした」
「ふーん、じゃあちょっとはマシになってるかな?それを持ってきたって事はお爺様と散々ぶつかって何度も燃やされたと思うんだ。その程度には自分に厳しくできるようになったっていう証拠だな」
「じゃあ、ダメダメからは脱却しかかっていると・・・」
「まあ、そうかな?去年はダメダメだったけど。正しい事をしたいっていう思いはあるんだよ、弱いからなかなか出来ないだけで。サラに会いに来るのに七年もかかったのは彼の弱さのせいだし、たとえ七年経っていても謝罪に来たのは彼の良心がさせたことだよ」
「うーん、お母さん、お母さんはその人の事を憎んでいるの?」
「いいえ。昔は憎んだわね。このまま死んだら呪い殺そうと思ってたわ。今はそんな感情はないけど」

そう言い切るアンネの顔は何の気負いも感じさせずさっぱりとした物だった。
しかしサラには分からない。どうして殺されそうになった相手を憎まずにいられるのか。

「何で?何で憎まないでいられるの?そんなに酷い事をした人なんでしょう?それなのに何の罰も受けないで幸せに暮らしているんでしょう?」
「あなたよ、サラ。あなたがいたから憎しみなんて消えちゃったの。あなたの笑顔はどんな時も私を最高に幸せにしてくれる。あなた達と楽しく暮らしているのにあんな人のことを憎んでいたら時間がもったいないでしょう」

そっと手を握り娘に諭すように語りかける。その顔はとても幸せそうな笑顔だった。その笑顔にサラも頬を染めて応える。

「んー、お母さんが良いなら、私もいいや。あんまりその人の事考えないようにする」
「いやいやサラ、せっかく父親が名乗り出てきたんだ。ここはニャーンって甘えて見せてだな、父親からいかに効率よく金を引き出すかっていうのも娘として必須の技能だぞ」
「やですよ、何で私がそんな真似しなきゃならないんですか。お金なんてウォルフ様がたくさん持っているじゃないですか」
「ええ?あれってオレの金じゃなかったっけ?」
「ウォルフ様と私は主従なんだから一心同体なんです!ウォルフ様の物は私の物、私の物は私の物、です!」
「お前はどこのジャイアンだー!」

笑いながら、やいやい言い合う子供達を見てアンネも一緒に笑う。大丈夫だ、レアンドロが現れてもこの子達は何も変わらない。

「でね、サラ。そのレアンドロさんが明日あなたに会いたがっているんだけど、どうする?」
「うーん、どうしよう。あーでもそのダメダメっぷりを見てみたい気もする」
「別に良いんじゃない?会ってみれば。普通のおっさんだよ」
「あはは、おっさんなんだ。うん、いいよお母さん、そのダメダメおっさんに会ってみる」
「分かったわ、伝えとく。本人にダメダメとか言っちゃダメよ?一応偉い貴族様なんだから」


 サラは結局ラ・クルス家の非嫡出子として認知されることになった。対外的には公表しないと言うことではあるが、サラはサラ・デ・ラ・クルスと名乗る権利とマントを纏う権利を手に入れた。最も本人にはそんな権利を行使する気はなく、今まで通りウォルフのメイドを続けるつもりだ。
ラ・クルスからは養育費として毎年五百エキューが支払われることになったがアンネが受け取りたがらなかったのでエルビラが管理し、サラの将来のために貯蓄する事にした。

 翌日湖で遊んでいる時にレアンドロ一家も来て一緒に遊ぶ事になった。
ティティアナはウォルフ達と一緒に遊び、アンネはセシリータと何かを話し、サラはレアンドロと会った。
レアンドロはサラに父と呼んで欲しいみたいだったが、サラはレアンドロ様としか呼ばなかった。
セシリータはアンネに謝罪し、アンネはそれを必要のない事と断った。
サラはレアンドロとは二言三言しか話さずにウォルフ達に合流、ティティアナと顔を合わせた。

「ティティ、ほらこの人はサラ、君のお姉ちゃんだよ」
「よろしく、ティティ」
「お姉ちゃんって、お姉ちゃん?」
「そうだよ、レアンドロ伯父さんの娘だよ」
「私、お姉ちゃんいたんだぁ・・・あれ?お父様また泣いてる、ダメだなあ」
「「プッ・・・・」」

 ティティアナは初めて知る事実に呆然とするが、優しく笑いかけてくるサラにすぐに懐くようになった。
思わず吹き出したサラだがホセの家で小さい子の相手には慣れていたので、初めて接する妹に戸惑わずに可愛がる事が出来た。
今日初めて会った姉妹はウォルフ達と一緒に湖で泳いだり砂で遊んだりと、楽しい一日を過ごした。





1-24    決裂



 さらに翌日、ド・モルガン一家とラ・クルス一家はオルレアン公の招待で彼の屋敷で開催されるパーティーに参加する為馬車でその屋敷へと向かった。サラ達平民組は留守番である。

 ラグドリアン湖畔に建つその屋敷は荘厳でオルレアン公の権力を感じさせた。
馬車が車寄せに着くと衛士が勢揃いして迎え、下級貴族であるニコラスなどは居心地が悪そうな程だった。

「やあ、エルビラ殿、久しぶりだねお互い結婚してから初めてじゃないかな」
「これはオルレアン公様、ご機嫌麗しゅう・・・」

エルビラが優雅に挨拶を返す。

「堅苦しい挨拶はなしで行こう、僕の事も昔みたいにシャルルと呼んでくれ、こちらが君の御主人かい?」
「ご挨拶が遅れました、オルレアン公様。エルビラの夫でニコラス・クロード・ライエ・ド・モルガンと申します。アルビオンで男爵を頂戴いたしております」
「あはは、堅苦しいのは無しだと言ったろう、気楽にしてくれ、ニコラス」
「は、はあ」
「レアンドロ達にも先日は世話になったからな、今日は楽しんでいってくれ」

オルレアン公は不自然な程上機嫌で次々に訪れる訪問客の相手をしていた。様々な話題に花を咲かせ、料理を勧め共にグラスを傾ける。時折ウォルフの方に視線を送り何かを考えているようだったがそれを他人に気取られる事はなかった。
ウォルフは時折自分に向けられる視線に気付いてはいたが、どう対応して良いのか分からずシャルロットやティティアナの相手をして過ごしていた。

「やあ、ウォルフ楽しんでいるかい?」
「これはシャルル様。私のような者までご招待いただきありがとうございます」
「どうだい?この屋敷は」
「素晴らしいですね。景色を楽しむための屋敷といった感があります。特にここのベランダから見る夕景は最高なのではないのでしょうか」
「ははは、そうなんだよ、もうじき見られるけどラグドリアン湖に沈む夕日はこの屋敷の自慢でね。ここに建てたのは先々代の・・・」

やはり何か言葉が軽い。突然話し掛けてきたシャルルは少しアルコールで頬を紅潮させ、ウォルフが聞いてもいないような事をぺらぺらとしゃべり始め一人で納得してうんうんと頷いている。
まあ王子なんてやってれば色々とストレスが溜まる物なのだろうと思い直し、適当に相槌を打っておいた。

「・・・時にウォルフ、ラ・クルス伯爵から聞いたんだが、君はラグドリアン湖の精霊を呼び出す事が出来るというのは本当かい?」
 
急にシャルルの声のトーンが下がり、ウォルフの背中にざわっと悪寒が走る。

「・・・お爺様は勘違いをしたのではないのでしょうか。確かに水の精霊に会った事はありますが、呼び出した事はございません」
「おや?そうかい?君は精霊から大量の秘薬を貰う程だと聞いたんだが」
「私が湖にいる時に向こうから出てきて、帰り際に勝手にくれたのです。精霊にとっては水の秘薬など大した物ではないように思えました」
「ふむ、しかしそうだとしても聞いた事のない話なのには違いないな。水の秘薬は精霊の体の一部だと言うし、大した物でない筈はないだろう。僕には君が精霊に愛されているように思えるよ。どうだい?今ここで精霊を呼び出してみてくれないか?」
「今、ここで、ですか?」

パーティー会場を見回す。急に開いたのだろう、それほど参加者は多くないが、それでもこんな中で精霊を呼び出せばガリア中の話題になる事は間違いない。

「そうだ、今、ここでだよ。水の精霊との交渉は長年トリステインが独占してきた。彼らはその権益に胡座をかき不当な高額で水の秘薬を流通させている。ガリアでも水の精霊を呼び出せる事を示せたら、彼らも考えを改め水の秘薬の価格も下がるだろう」
「この、大勢のパーティー中に、ですか・・・」
「もちろん!証人は多い方が良いだろう?貧しい病人が救われ、ガリアの国威も上がる。どうだい、やってみてくれないか?」

ガリアの国威じゃなくて自分の名声だろう、と言いたくなる。新たにラグドリアン湖の精霊の祝福を受けたガリアの王子、なんてのはトリステイン併合の名目に出来そうな程のインパクトだ。ただでさえ高い国内での人気が跳ね上がる事は間違いない。
要請の形を取っているがシャルルとウォルフの身分の違いを考えればこれは命令だ。もしここで水の精霊を呼び出してしまえば、なんだかんだと理由を付けられてガリアに幽閉されてしまう可能性すら有り、少なくとも今までのような自由な身分ではいられなくなる。それどころかジョゼフ王子やトリステインからの暗殺の対象になるかも知れない。

 まだ六歳の子供だからと気楽に王族に恩を受けたのだが、こんな高い礼を払わされるとは思わなかった。
助けを求め両親の方を見るが、何故か二人ともシャルルの家臣に囲まれて談笑していてこちらに気付く様子はなく、自分で何とかするしかないようだ。
人が良さそうと思っていたシャルルの違う一面を見せられて、王家というものの持つ闇に触れた気がした。

「・・・お断りします。出来るかどうかも分からないし、申し訳ないのですが、水の精霊を見せ物のようにする事には協力出来ません」
「何故だい?多くの貧しい人が救われるんだよ?人間はお互いに助け合って生きる物だ。僕だって君に『遍在』を見せただろう」
「そのことについては感謝しています。しかし私一人の事ではなく水の精霊という相手がいることですから」
「水の精霊と言ってもちょっと先住の魔法が使えるだけだろう、そんなに気を使わなくても良いんじゃないかな」
「水の精霊は知性を持ち、我々と対話が出来ます。普通の人間にするような気遣いは最低限するべきです。更に彼の存在が強大な力を有しているならば徒に刺激するのは避けるべきだと思います」
「必要な事なんだ!水の精霊が強大な力を持っているというのなら尚更従わせるべきだろう!」

「父様、ウォルフ嫌がっている。無理矢理は良くない」

声を荒げるシャルルをそれまで黙って聞いていたシャルロットが諫める。シャルルがシャルロットの願いを聞かなかった事はない。

「黙ってなさい、シャルロット。今は大事な話をしているんだ。どうだろうウォルフ、トリステインの交渉役は自らの血を湖に垂らして精霊を呼び出すという。君がそこまでやってくれたら一万エキューを払おう」

シャルルが声を荒げているので周囲に増えてきた人々からその金額に驚きの声が上がる。
シャルロットは父親が顔も向けずに拒絶した事が信じられなかったし、お金でウォルフを説得しようとした事にも愕然とした。
そんな周囲の様子を確認しながらウォルフはシャルルを真っ直ぐに見据え、返事をした。

「申し訳ありませんが、重ねてお断りします。水の精霊を従わせるという考えは間違っています。彼の存在はそのようなものではありませし、私の血は金貨のために流すものではありません」
「・・・僕がこんなに頼んでいるんだよ?それでも・・・」

「シャルル様。どうして私の息子の血を流させるような話になっているのかしら?」

能面のように無表情になったシャルルが更に言い募ろうとするのを遮り、エルビラが割って入る。ニコラスもすぐに隣に来た。
エルビラは微笑んではいるが明らかに殺気をまき散らしており、それを見た周囲の人はエルビラ・アルバレス・デ・ラ・クルスの伝説を鮮やかに思い出し後ずさった。

「・・・やあ、エルビラ。何、大したことじゃないよ、ちょっとウォルフにラグドリアン湖の精霊を呼び出して貰おうと思ったんだが、断られちゃってね」
「あなたが要請し、ウォルフが断ったのならそこで話は終わったはずでは?」
「彼は中々強情だよね。君ももう少し社会というものを教えた方が良い。高々男爵の息子が僕の依頼を断るなんて想像すらした事がないよ」
「・・・ご忠告ありがとうございます。シャルル様も新しい経験を積めて良かったのではありませんか?」
「こんな子供に蔑ろにされるのが良かった?・・・ははは相変わらず君は冗談が下手だね。笑えないよ」

なんでこんなにシャルルが暴走しているのかウォルフには分からないが兎に角尋常な事ではない。
招待客も呆然としているし、シャルルの部下達も狼狽えている。シャルロットは泣いているしティティアナも泣きそうだ。ここは多少強引にでもこの場から去るべきだ。

「母さん、もういいよ帰ろう。シャルル様は大分お酒を過ごしてらっしゃるようだ」

シャルルの部下に目配せをしてエルビラを引き下がらせる。が、案の定まだ絡んでくる。

「なんだと、僕は酒なんてまだそんなに飲んでないぞ!」 
「酔っている方は皆そう言うのです。シャルロットが泣いているのに気がつかないなんて酔っている証拠でしょう」
「な・・・」

慌ててシャルロットを探すと確かに泣いていて、夫人に抱かれて退出するところだった。シャルルがそちらに気を取られている隙にド・モルガン家は退出する事に成功した。
シャルルはすぐに気付いて呼び止めようとしたのだが、大量に出てきた家臣達に強引に奥へ連れさられてしまった。




「何なんだよ、シャルル様、お前一体何やったんだよ!」
「何なんだろね、全く。とんだ見込み違いだよ」

ホテルへと帰る馬車の中、クリフォードが詰め寄った。

「何なんだろねじゃないだろ!お前がなんかやったからシャルル様があんな風になったんだろ!」
「ちょっとクリフは黙って。ウォルフ、見込み違いって?」
「三週間前魔法を教えて貰った時はもっと人の良さそうな坊ちゃんって感じだったんだけど、今日会ったら全然違っていて吃驚しちゃったよ。あれは・・・野心なんだろうなあ」
「野心、ですか」

ウォルフが窓の外を見ながら呟くように言った言葉をエルビラが繰り返した。しかし、あのシャルルに野心というのがしっくりと来ない。

「そう、野心。お爺様にオレが水の精霊から秘薬を貰った事を聞いたみたいで、精霊を呼び出させようとしてきたんだ。うまく周りの人を言いくるめてラグドリアン湖の精霊の祝福を受けたガリアの王子とでも言わせようとしたんだろうね」
「ああ、それは人気が出そうだな・・・」
「うん、それでオレの事を強引にでも配下にしちゃえばトリステインの併合だって出来そうだろ?その利に惹かれる人は多いだろうからすんなりと王様になれそうだ」
「・・・・・」

エルビラ達はシャルルがウォルフを従えてトリステインに攻め込む姿を思い浮かべた。自分たちの息子がガリアによるトリステイン侵略の旗頭にされるなどぞっとしない光景だ。

「でも何で焦ってそんな事しなくちゃならないのか分からないんだよなぁ。今だって長男より大分有利なんだろ?」
「ええ、そうね。第一王子のジョゼフ様は魔法が出来ないという噂で、貴族達の支持が集まっていないらしいわ」
「まあ、よっぽど兄貴と仲が悪いのかも知れないけど、シャルル様は王様には向かなそうだね」
「今日の事だけでそう判断する事はないだろう、魔法は凄いらしいし、日頃はとても高潔な人格だと人気だ」
「高潔ね。・・・精霊呼べば一万エキュー出すとか言ってきたよ?」
「・・・子供相手に出しすぎだよなあ」
「まあ、今日居た人は簡単に金を出す人だと思うだろうね。オレに仕事をさせるにしても、オレにメリットがないんだよ?酷い依頼だよ。王様なんてみんなの利益の代表なんだから、他人がどんなものを求めているか分かる事は一番必要な能力だよ」
「恩賞か」
「うん、名誉が欲しい人には名誉を、領地が欲しい人には領地、金には金。王様の仕事で一番大事な事だね。彼も努力はしてるみたいだけど、それが分からない上に謀略の才能もないなら王様なんてやらない方が良いって」
「お前・・・シャルル様にまで上から目線・・・だったらどんな報酬だったらやったって言うんだ」
「リスクが大きすぎるから通常の報酬でやることはないよ。やるとしたら・・・兄さん辺りを誘拐して腕の一本も送ってきたらやるしかないかな。あの人だとそこまではしなそうだけど」
「うげえ・・・嫌なこと想像させるなよ・・・」
「・・・・・・」

皆一様に黙り込んでしまい暫く沈黙が続く中、エルビラが口を開いた。

「さあ、それでどうしましょう?オルレアン公領で領主様に敵対的態度を取ってしまったわけですが」
「うーん確かにこの後もちょっかい出してくる可能性はあるなあ」
「まあ、ホテルに帰ってから考えよう」

そう言うとウォルフはちらっと御者の方に目を向ける。今やここは敵地のまっただ中と考えてもいいかもしれない。いくら用心をしてもしすぎと言うことはないだろう。
ホテルに帰り、あまりに早い帰還を訝しがるアンネ達を制してニコラスとエルビラ、ウォルフの三人で客室に籠もり今後の方針を話し合う。

「えーと、オレは朝を待たないでここを出ようと思っているんだけど・・・」
「でも怪しまれないか?ここのフロントはどうせオルレアン公に通じているだろう。なんか罪をでっち上げられて捕まったりしないかな」
「まあ、やるなら捕まえてから罪をでっち上げるだろうね。そこまではしないと思うけど」
「ウォルフ、さっきも言っていましたけど何でしないと思うのですか?」
「あの人いい人でいたいって想いは強いみたいだし、正しいと思うことをやろうとしているんじゃないかな。今回の事もオレが受けるデメリットの事なんて考えてないで気楽にやって貰えると思ってたんじゃないかな?それで断られて切れた、と」
「そんな単純な話なのか?えらい迷惑な人だな」
「今日の最後のほう思い出してよ。あれ、思い通りにならないで駄々を捏ねる子供だろう」
「・・・・じゃあ、出て行く必要はないんじゃない?」
「それでも、オレがいると余計な事を考えちゃうかも知れないから。確かにガリアにとってメリットはあるんだ、精霊を呼び出す事には。・・・みんなでいきなり逃げると反射的に捕まえに来ちゃうかも知れないから、逃げるのはオレとサラとアンネの三人、馬車は対岸で一台用意。父さん達は予定通りここで優雅に休暇を過ごして堂々と帰る、いい?」
「それなら私も行った方が・・」

自分だけ帰るというウォルフにエルビラが心配して一緒に帰りたいと言う。しかしウォルフはそれを断った。

「母さんはシャルル様の抑止力として残った方が良いよ。大人が必要だからアンネと多分サラは置いてくって言っても納得しないから連れていく。連絡はピコタンで。ラウラとリナを頼みます」
「分かった、その方針でいこう。お前の事だから心配要らないと思うが、気をつけるんだぞ」
「うん、勝利条件は全員が何事もなくアルビオンに帰る事。オレが逃げても父さん達が人質にされたりしたら意味がないからね。父さん達も無駄に戦闘したりするなよ?」
「こっちは大丈夫だろう・・・大丈夫だよね?エル、いきなり攻撃したりしないよね?」
「・・・・私が先制攻撃を仕掛けて、その隙にみんなで逃げるというのは?」
「「絶対にやらないで!!」」

ニコラスは了承したが、エルビラはなお不安そうであった。逃げるだけというのが性に合わないのだ。

 夕食後、全員を集めてこれまでの経過と今後の方針を説明する。皆一様に不安そうだがウォルフが気楽そうにシャルルが駄々を捏ねただけと説明すると幾分雰囲気が和らいだ。
ラウラとリナも不安そうだったが、十エキューずつ渡して、もし万が一何かあったらこれでヤカに帰るように言うと嬉しそうにしていた。現金なものだ。
早朝まだ暗い内に出発する事にして、今夜は早めに寝る事となった。




 ウォルフ達が去った城内は暫く騒然としていたが、冷静になったシャルルが戻ってきてようやく落ち着いたかに見えた。
しかしシャルルから遠い場所、会場の其処此処で声を潜めて様々な噂が飛び交った。

「・・・先程のはどういう事なのですかな、あなたは近くにいたんでしょう?」
「何やらどこぞの子供がラグドリアン湖の精霊を呼び出せるなどと吹聴したのを、オルレアン公が信じてしまったみたいで呼び出させようとしたんですよ」
「ははは、そんな馬鹿な事を信じるわけはないでしょう」
「いやいや、それが信じているようでして・・・」
「なんと?ではまさか本当にその子が?」
「いやいやいや、その子も相当困ってしまって必死に断っていましてな、それなのにオルレアン公がごり押しするものだから、見ていて気の毒になりましたよ」
「ああ、そういうのは大人が分かってあげないと・・・」


「私もそばで聞いていたのですが、その子というのがあの"業火"のエルビラの息子らしいですよ」
「"業火"といえばラ・クルスの・・・オルレアン公はラ・クルスに恥でもかかせるつもりでそんな事を?」
「まだ六、七歳でしたよ?どちらかと言えばやらせる方が恥でしょう」
「ううむ、一体何故そんな事を・・・」


「しかしつい最近ラ・クルスに滞在なされたのではなかったですかな、オルレアン公は」
「その時に何か確執が・・・」
「私はラ・クルスのパーティーに最後までいましたが、とても楽しげに過ごしていらしたぞ」
「貴殿はまだ若い。このガリアで、楽しそうにしていた、など何の意味もない」


「ではシャルル様が支持を求めたのにラ・クルス伯爵が断ったと?」
「あの方は堅物だからこの時期に一方の王子に荷担するとも思えんが。それを分からぬシャルル様でもあるまい」


「何とかエルビラ殿に杖を抜かせようとしていらした」
「そうそう!彼女の旦那の事も高々男爵と罵ってましたぞ」
「まさか!シャルル様がそんな事を仰るはずがない!適当な事を言うと身を滅ぼしますぞ」
「落ち着きたまえ、声が高いですぞ。・・・男爵云々は私も聞きました。私も男爵ですからな、耳を疑いましたよ」
「そんな・・・」


「今シャルル様と話しているのはラ・クルスの嫡男ではありませんか?」
「ああ、中央政府にも入れず、伯爵がもういい年なのに領地の経営もまかせて貰えないという・・・」
「そう言えば・・・昔ラ・クルスでは廃嫡してエルビラ殿に継がせるのでは、と噂になっておりましたな。彼女がアルビオンに行ってしまって消えましたが」
「もしや、その話がまた・・・まさか、それで嫡男がシャルル様と組んで伯爵を排しようと?」
「シャルル様も自分を支持しない伯爵よりも、自分が据えた嫡男の方が都合が良い・・・」
「まさか、そんな、シャルル様ですぞ!シャルル様がそんな事をするはずが・・・・」
「しかしそれが一番しっくり来る話ですな。暫く姿を見せなかったエルビラ殿が何故、今ガリアに現れたか、という事だ」



 会場に戻ったシャルルは激しく後悔していた。
ガリアの王族としてラグドリアン湖の精霊を呼び出し、衆人の前で跪かせる。とても魅力的な案をウォルフに持ちかけたのだが、あの子供が断って全てが台無しになった。
ついかっとなってエルビラにもあたってしまったし、醜態を晒してしまった。
彼らが泊まっているホテルの支配人からの連絡でウォルフが夜中に湖に一人で出かけ大量の水の秘薬を持ち帰っていることは把握していた。その情報はウォルフが水の精霊を呼び出せるだろう事を確信させるには十分だった。
呼び出しが成功しなかった場合のリスクはあると思ったが、その時は笑い話にしてしまえばいい話だ。誰にとっても試してみるだけの価値のあることだと思っていたのにまさか断られるとは。
ガリアの王子たる自分からの依頼という名誉を断る人間がいるなど考えもしていなかったのが原因だが忌々しい事だ。

 こんな筈ではなかったと思いながら何とか挽回しようと会場に戻って見れば、酷い噂が飛び交っている。こんな時は自分の良い耳が疎ましい。
せっかくのラ・クルス伯爵との友誼が台無しになってしまう話が聞こえてきて、あわててレアンドロの元に行き友好関係をアピールしようとすれば、噂は更に酷い方向へと独り歩きしていく。
こんな事なら家臣達の言う通りあのまま引っ込んでしまえば良かった。
耐えられなくなったシャルルは酒を煽り、酔った振りをしてその場から逃げ出した。全て酒の所為となってくれる事を期待して・・・。




「くそっ!くそっ!くそっ!ふざけやがって・・・・精霊を呼べるだと?呼べばいいじゃないか!僕のために!力があるなら使えば良いんだ!」

 会場から逃げ帰ったシャルルは家臣達を振り切って一人書斎に閉じこもった。

「何なんだ、あの子供は!全てを見透かしたような目をしやがって!ああ、そうさ!僕は兄さんに勝ってガリアの王になるんだ。その為ならなんだってやってやるさ!ガリアを正しく導き一つにまとめることが出来るのは僕しかいないんだ」

あの目を知っている。あれは父が兄さんの魔法を見る時にいつもしていた目だ。あれは落胆。何故この僕がそんな目で見られなくちゃならないんだ。

「僕は兄さんに勝つんだ!勝たなきゃいけないんだ!みんなヘラヘラしやがって!僕は兄さんのスペアじゃない!僕こそがガリアの王だ!・・・・・・」

 嫉妬、羨望、焦燥、憎悪、恐怖、様々な感情が衝動の儘にシャルルの口から吐き出されいく。
それは最早シャルルでも何を言っているのか分からない、言葉の形をなさないものであったが、叫んでいると心が落ち着いてきた。
やがてシャルルは大きく深呼吸すると書斎から出て行った。

書斎からつながる書庫に"イーヴァルディの勇者"を読もうとシャルロットが入り込んでいた事には最後まで気がつかなかった。







1-25    アルビオンへ



 翌朝、ラグドリアン湖にはお誂え向きに霧が出ていた。
まだ太陽が昇るどころか殆ど薄暗い時間だが、対岸の馬車屋は早朝から営業しているというのでこの時間に出ればちょうど良いだろう。なんでもラ・ロシェールまでは通常は途中で一泊の旅程だが、早朝に出発すればぎりぎりロサイス行きの夜便に間に合うので急ぎの人用に開けているという事である。

 昨夜レアンドロが訪ねてきてその後のパーティーの様子を教えてくれたのだが、そこで流れていた噂を聞いてエルビラは顔を顰めた。
フアンがレアンドロの廃嫡を図るなど冗談じゃない。更にレアンドロがシャルルと結託してフアンの排除を試みるなど冗談にしても有り得ない話だ。
シャルルが後悔していて、謝っていたとは聞いたがエルビラもウォルフと一緒に一刻も早く帰りたくなった。

 今ウォルフは『練金』で作ったボートに自分の荷物を積んでいる。
逃げるのに邪魔だから捨てて行けと諫めたのだが、それほどの事態ではないと譲らなかった。

「じゃあ、お先。母さんくれぐれも自重して。ラウラ・リナ父さん達の指示には絶対に従ってね」
「気をつけてね、ウォルフ。何があるか分からないわ」
「うん、絶対にアンネとサラは守るから。それにいざとなったら投降するよ、命懸ける程の事じゃないし」
「ああ、それでいい。父さん達ももう一泊したら帰るから」

見送る人に笑顔で応え、対岸目指して船を出した。
サラとアンネが水を動かし船を進ませ、それにウォルフが帆に風を送って速度を増やす。
朝靄の中するするとボートは進んでいき、直ぐにその姿は見えなくなった。



 残った方は遊ぶような気分ではなかったのだが、周りの貴族の目もあるし昨日までと同じように湖で過ごした。
しかし子供達に限っては最初は大人しかったもののすぐに元気よく遊び始め、特にクリフォードは同年代の女の子二人と一緒ではしゃいでいた。

 そんな家族連れで賑わう湖岸に突然騎馬の一団が現れた。
さすがに砂浜までは入ってこなかったがゆっくりとその外側を誰かを捜すように移動している。
周囲のざわめきにエルビラ達も直ぐに気付き、その一団の中にシャルルの姿を確認すると緊張を高めた。
シャルルも直ぐに気付いたようで、馬を下りると家来に預け一人でこちらに歩いてきた。

「やあ、エルビラ殿、昨日はどうやら失礼をしたみたいだね。謝りに来たよ」

爽やかな笑顔で言うその人はいつものシャルルであった。
エルビラも幾分緊張を緩め、答える。

「いいえ、大分お酒を過ごしていらしたようですし、気にしていませんわ」
「いや、本当に申し訳なかった。暫く酒は控えるつもりだよ」

エルビラは黙ってお辞儀で返した。
この会見は周囲で多くの貴族が見ており、また噂として広まる事だろう。

「ド・モルガン男爵、君にも失礼な事を言ったようだ。酔ってたとはいえ恥ずかしい事をした、許して欲しい」
「何の事ですかな?私も昨日は飲み過ぎていたようです。とんと覚えておりません」
「ははは、それでは酔っぱらい同士だったと言う事で容赦して貰う事にしよう」
 
にこやかに、二人の間には何の障りもないように会話をする。周囲の貴族達の中には本当に昨日の事がただの酔った上での出来事だったのかと思うものもいるほどだ。

「それでウォルフにも謝罪をしたいんだが、彼は湖かい?よほど精霊と仲が良いのかな」

湖で泳ぐ子供達を眺めシャルルが尋ねる。エルビラはその目がそれまでとは違う光を放つのを感じ、悪寒を走らせた。

「酔った上での事です、ウォルフも気にしていませんし、お気遣いなさいませぬよう」
「いやいや、そういうわけにもいかないよ。これは僕の良心の問題だ。あれ、クリフはいるのに見あたらないなあ・・・」
「・・・ああ、ウォルフは用がありまして、先に帰りました」
「帰った?アルビオンに?君たちが此処にいるのに、彼だけが帰ったというのかい?」

シャルルの目つきが鋭くなる。
ウォルフ達がまだ此処にいると家臣に聞いて、謝意を表すところを他の貴族にも見せるつもりで来ただけだ。ウォルフに何かをしようとしてきたわけではない。それでも、シャルルは感情がざわめくのを止める事が出来なかった。

「ええ、前から言っていたのです、なんでも世話になっている先生の誕生日で友達と約束があると。私たちも今日帰ろうかと思ったのですが、クリフが駄々を捏ねまして」
「はは、それじゃあ謝れないなあ。・・・いや、残念だ。君たちから伝えておいてくれ」

絞り出すように言い、顔の下半分だけで笑顔を作る。そんなシャルルの様子を見てエルビラ達はウォルフを先に帰した事は正しかったと判断した。
何故だかは分からないが、ウォルフの存在がシャルルの心を乱すようである。

 シャルルはそれから二言三言エルビラ達と言葉を交わして屋敷に戻った。周りの貴族の目からはとても和やかだったように映った事だろう。
しかし、帰り道でのシャルルの表情は厳しく、家臣が何を話し掛けても碌に返事をせずにずっと考え込んでいるようであった。

「そうだよ・・・兄さんはいつも僕の一つ先の手を打つんだ・・・・」

シャルルの独り言は誰の耳にも届かなかった。



 その頃ウォルフ達は順調に街道を進んでいた。
対岸までは一時間もかからずに行けたし、馬車屋は話通りすでに営業していたので一番早いという馬車を頼んだ。

「ハイヤーッ!かっ飛ばしていくぜっ!しっかり掴まっていて下せえ、この"疾風"のセヴラン、何人たりともオラの前は走らせねえ!」

平民のくせに何故か二つ名を持つ御者が操る馬車は勢いよく走り出し、あっと言うまにラグドリアン湖から遠ざかった。
セヴランの馬車は最悪の乗り心地であったが、ウォルフがかつて経験したことのないスピードで街道を進み、予定通りラ・ロシェールでロサイス行きのフネに乗り込む事が出来た。
 セヴランの馬車のせいですっかり疲れた三人は航海中ぐったりと船室で寝ていたが、アルビオン大陸が近づくとウォルフは甲板に出て雲の中から姿を現し朝の光を浴びる空中大陸を見つめていた。
その姿は荘厳で神懸かって見え、ウォルフがハルケギニアに来て一番好きな景色であった。

「ウォルフ様大丈夫?」
「ああ、サラ。見ろよアルビオン大陸だよ。・・・やっぱり良いよなあ、いつかカメラも作りたいなあ」
「?シャルル様の事を考えてたんじゃないの?」
「え?シャルル様?何で?」

シャルルの所為で逃げてきたというのに、残ったエルビラ達がどうなったかも分からないのに、ウォルフはあまり気にしていない様子である。

「何でって、心配じゃないの?」
「そりゃ心配だけど、シャルル様だってそんな根っからの悪人って訳じゃないだろうし、多分大丈夫だよ。オレ今こんなとこにいるからどうせ何も出来ないし。松井やイチローも言っていたけど、自分が関与出来ることと出来ないことを分けて考えて、関与できないことについては思い悩むべきではないってさ」
「知りませんよそんな人・・・それでも心配しちゃうのが人間じゃないですか」
「逃げるのを決める時に十分シミュレーションはした。一番怖いのは人質を取られることだけど、子供三人くらいなら父さんが守れるだろ。アレでも優秀な風メイジだからね。それに加えて母さんがいるんだよ?シャルル様が前線に出るとも思えないし、心配なのは衝突が起きないかどうかであって安全についてはあんまり心配してないなあ」
「・・・エルビラ様ってそんなに凄いの?」
「とりあえずオレだったらあんなのとはやりたくないね。オレ達の爺様もスクウェアとして相当優秀だけど、母さんには手も足も出ないんじゃないかな?アセチレンの炎だって「それ、いいわね」の一言で真似して出していたし、それにあの圧倒的な魔力。シャルル様が何を考えているのかは分からないけど、あんな歩く戦術兵器みたいなのと正面からぶつかるのを選ぶ程馬鹿じゃないと思うよ」

エルビラの特徴はフアンを凌ぐ圧倒的な魔力を基にした熱量である。アセチレンの炎も操るし、更にその有り余る魔力を直接エネルギーに変換する事も出来るので、本気になったらどこまで温度を上げることが出来るのかウォルフには分からない。
優秀なスクウェアメイジであるフアンとウォルフが渡り合えるのは、従来の炎を操るフアンに対して魔力を効率的に運用しているからなんとかなるのであって、あんな危険な炎をあんな膨大な魔力で使われてしまったらウォルフ程度の魔力の火の魔法では対抗出来ない。

「アセチレンってウォルフ様が危ないからって使わなくなったヤツ?」
「そうそれ。父さん燃やす時とか風呂焚きの時は普通の火を使ってるけどね。オレ達が逃げてきたのだってシャルル様のためって事もある。うっかり母さんと衝突しちゃったらとても大変な事になるよ」
「で、でもシャルル様だって凄いメイジなんでしょう」
「王族自ら襲ってくる事はないと思うけどなあ。でもそしたらどうやって母さんを倒すつもりなんだろう。ちょっと見てみたい位だな。風なんて当てたらますます温度上がるし、あの炎。簡単に地面とか溶けるよ?」

台風と火山、どっちが強いのかはウォルフには分からないが、ウォルフの知っている風魔法でエルビラを倒すのは至難の事のように思えた。
ウォルフの研究では風魔法には欠点があって、高温に熱せられた気体は風魔法の制御下から外れるのだ。水や土も同じで高温下では火こそが唯一の魔力なのであって、『炎の壁』が防壁として機能する理由でもある。
大きな魔法でエルビラの膨大な魔力ごと吹き飛ばせればいいが、そうでないのなら『エア・シールド』ではエルビラの炎を止めきれないだろうし、遍在を出したところで各個撃破されて終わるだろう。勝機があるとすれば速度で上回りエルビラの隙を突くことか。
人質に取るつもりなら隠密行動にしたいだろうけど、エルビラがいる限り絶対にそんなことにはならない。必ず大騒ぎになる。向こうもそれは分かっているだろうから仕掛けてくる確率は低いと踏んでいるのだ。

「まあ、どうせ心配してもオレ達には何も出来ないし、そろそろ出航前に母さんの所に行ったピコタンが戻ってくるからそれを待とう」

ウォルフがそう言ってから程なくしてエルビラの使い魔であるフェニックスのピコタンが戻ってきた。
暫く上空を旋回していたが、ウォルフの姿を認めると降りてきてウォルフの目の前の柵に止まった。

「クルルッ」
「やあ、お帰りピコタン、お疲れ様」

ピコタンの首に掛かっている手紙を受け取る。エルビラと視界を共有しているかも知れないのでサラを抱き寄せて手を振っておいた。

「クルルッ」
「えーと・・・・ああ、大丈夫だったみたいだね。シャルル様来たけど何もしないで帰って行ったって」

サラが、ほーっと息を吐いた。

「シャルル様に一体何したのかって書いてあるけど、オレが聞きたいよ」
「ウォルフ様が偉そうにしているところ聞かれちゃったんじゃないの?」
「そんなんであんなになっちゃうの?大丈夫かよ、シャルル」
「ほらそういうところだよ、きっと」

そうこうしているうちにもうロサイスの上空だ。鉄塔型の桟橋が近づいてくる。
急な帰郷だったので家人の迎えもなく、また馬車を仕立ててサウスゴータへと向かった。今度の馬車はゆっくりと街道を進んだ。

 その後も何もなくサウスゴータのド・モルガン邸に着き、ピコタンをエルビラの元に戻すと荷物を降ろし旅の疲れを癒した。
何も問題のない旅でサラなどは拍子抜けする程だったが、まだエルビラ達が帰ってきていないので晴れやかな気持ちにはなれなかった。




――― 翌日 ―――

 ウォルフはサラを伴ってマチルダの下を訪れていた。

「マチ姉!久しぶり!」
「ああ、久しぶりだね、どうしたんだい?ウォルフ、サラ。予定では明後日あたりに帰ってくるんじゃなかったのかい?」

 ウォルフは笑顔で気楽そうな様子だが、サラは若干堅くなっていた。

「うん、母さん達はまだ帰ってきてないんだけどね、オレとサラだけちょっと訳ありで先に帰ってきたんだ」
「訳ありってあんた達だけで?いったいどうしたんだい」
「それが・・・」

サラが話を引き取って説明する。アンネと一緒に三人で帰ってきた事、ウォルフが何かをやってオルレアン公に絡まれた事、これ以上オルレアン公を刺激しないために先に帰ってきた事、などを順序立てて話した。
マチルダは話が進むにつれ驚きで目を丸くしていた。ガリアの王族を怒らせるとは一体何をやったのだ、この子は。

「オ、オルレアン公ってあれだろ?ガリアの王族だろ?この前魔法を教えて貰ったって自慢していたじゃないか」
「うん、とても親切で人が良すぎるんじゃないかって思ってたんだけど」
「一体何をしたんだい?身に覚えはあるんだろ?」
「うーん、パーティーでラグドリアン湖の精霊を呼び出して欲しいって言われて断った」
「は?」

なんだその難癖は。ラグドリアン湖の精霊を呼び出す事が出来るのはトリステインだけだというのはハルケギニアの常識である。
そんな事を要求されるなんてその以前に怒りを買っているとしか思えない、とそこまで考えてふと相手が色々と常識からは外れているウォルフである事に気付いた。

「もしかして、だけどあんた本当に呼べるのかい?そういえば去年水の秘薬を貰ったとか言ってたねえ」
「呼んだ事はないけど多分呼べる。今年も行ったら会いに来たし、精霊様に名前覚えて貰ったし。オレ精霊様とは結構話が合うんだよ。ただ、シャルル様はそのことは知らない筈なんだ」
「はー、あんた常識知らずとは思っていたけど・・・」

マチルダは絶句している。恐らくシャルルというのは野心家で、ウォルフを利用しようとしたのだろうと思った。

「そんなのが相手なら逃げてきて良かったじゃないか。きっと利用するだけ利用しといて用が済んだらポイッて捨てられるよ」
「うん、そうだね。まあもうその話は良いよ。マチ姉、仕入れはちゃんと出来た?」

マチルダの中でシャルルが極悪人になってしまっている事に気付きはしたが、放っておいて話題を変えた。
今回ここに来た目的である商売の話である。

「ああ、バッチリだよ!五千エキュー全部使い切ってやったさ。今タニアを呼んでいるから、来たら説明するよ」
「ん?何でタニア?」
「ああ、彼女なかなか計算に強いし相場に詳しくてね。ホラ、元はガリア人だろ?どういうものが便利かとか彼女に仕入れを手伝って貰ったんだ」
「へー、意外な特技だな」
「リュティスの魔法学院じゃ座学は主席だったらしいよ。何でウチなんかで護衛なんてやってるんだろ」
「一度貴族から落ちると色々大変みたいだからなあ・・・」

ド・モルガン家も元はトリステインの貴族だったが一度爵位を失っている。その辺の苦労話をよくニコラスに聞かされていたので能力と地位とが比例する物ではないと言うことは分かる。

 やがてタニアが資料を持ってきて、四人で連れ立って輸入してきたものが置いてある部屋へ向かった。
マチルダはガリアから三日前に帰ってきていたのだが、まだ何も売ってはおらず全て揃っていた。
そこには香辛料の大樽や様々な魔法道具が並んでいた。

「おお、結構あるな」
「まあ、まだフネには積めたんだけどね、お金が先に無くなっちゃったのさ。船主がこれ以上積むなら割増料金取るって言うしこれで良いかと思って」
「へえー結構色々買えたんだなあ・・・あれ?香辛料五種類だけ?」

現物とリストを見比べていたウォルフが疑問の声を上げた。たしかマチルダはたくさんの種類を買いたいと言っていた気がする。

「ああ、タニアのアドバイスでね、たくさんの種類を集めるよりも価格差が大きくてアルビオンでの人気が高いものに集中して仕入れをした方が利益が大きいって言うから」
「なるほど。しかも纏めて買うから仕入れ価格は更に下がるという訳か」
「そうそう、面白いんだよ、五リーブル仕入れるのと五百リーブルとじゃ全然値段が違うんだ」

マチルダはすっかり商売の面白さに引き込まれているみたいで頬が紅潮している。
仕入れてきた物をアルビオンの相場価格で捌けるとすると相当な利益になる。

「だけどちょっと問題があってね、お父様がサウスゴータの名前で商売するのは許さないって言うんだ」
「まあ、こんだけあるとねえ。いよいよ商会を作るか。名前はサラ商事で良いかな」
「何で私の名前なんですか!そんなの恥ずかしいです!」とサラ。
「えー、あたしの名前も入れておくれよ」こちらはマチルダ。
「じゃあ、マチサラ商事ですか?」タニアが答える。
「なんだよその街金みたいな名前は・・・・名前は後回しだな。タニアも一緒にやんない?ガツンと儲ければ男爵領くらいは買えるようになるかもよ?」
「ここまで乗りかかった船ですからねえ・・・ふふふ、面白そうですし、良いですよ参加しましょう」
「うん、よろしく。商会長はサラとして、タニアは会長秘書だな」
「やっぱり私は会長なんですか・・・」

サラがどんよりと落ち込んでいる。七歳で商会の会長をやれと言われたらプレッシャーがあるのだろう。

「実際に人と会ったりするのはタニアにやって貰うから、事務処理と、後は名前だけだから大丈夫だよ」
「その事務処理だって不安です。私まだ七歳なんですよ?教師だってやれって言ってたじゃないですか」
「サラが五人ぐらいいたら楽なんだけどな・・・大丈夫、サラには出来る!オレが何のため色々教え込んだと思っているんだ」
「えっと・・・・あ、愛情?」
「・・・ボケが出る位ならまだ余裕はあるな、じゃあよろしく」

 結局一応サラが会長と言う事で商会が発足する事になった。ただ、サラはまだ納得していないようでこそこそとタニアを口説いている。何とか代わって貰いたいらしい。
今のところ名前もなく人数も少ない商会ではある。しかし、いよいよウォルフのハルケギニアの外まで行きたいと言う夢を叶える第一歩を踏み出す事になるのであった。


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