フーケ討伐の一行は、森の中を通ります。
深い深い森の中、鬱蒼とした森は昼間だというのに薄暗く、馬車の面々は少なからず気分を悪くしました。
「此処から先は、徒歩で行きましょう」
ロングビルがそう言って皆を馬車から下ろしました。
テオたちもその場に馬をつなぎ、一同と一緒に徒歩で森の中を進みます。
「なんだか、暗くて怖いわ」
そういってキュルケがサイトの手に掴まります。
そしてその様子を後ろで見ていたエルザは、少し何かを考える素振りをした後に、
「こわーい」
と言ってテオの腕にぶら下がりました。
勿論、エルザはその森の暗さに恐怖を感じたりはしませんでしたが、それが子供らしい行動だと思いましたし、そういう子どもっぽい行動をすることが自分の役割であると認識していました。
と…いうのは心の建前で、実際は純粋にテオに抱きつきたかっただけでした。
「これこれ子供ではないのだから」
口では文句を言いつつも、機嫌良さげにテオはエルザを窘めます。
「だってオバケとか出そうなんだもん」
エルザはそう言ってテオにピッタリとくっつきます。
「…!……ふ…ふむ、見え見えの嘘だが…許す。吾の腕に好きなだけ掴まれ」
「テオ?腕が震えてるけど…」
「震える?…ははは、何を馬鹿な…オバケなんて居るわけない…居るわけないじゃないか、ほら、どうしたエルザしっかり吾に掴まっていなさい」
「え?あ、はい」
あっけに取られた様子でエルザはテオの腕に掴まります。
「えっと…ねえ、テオ?間違ってたらごめんね?あの、その…ひょっとしてオバケ怖いの?」
「馬鹿なこと言うな!吾がオバケなんぞ怖がるはずがないだろう!?」
テオは大きな声でエルザの問いを否定しました。
しかしエルザはバッチリと聞いてしまいました。
テオがそう言った後で誰にも聞こえないよう小声で『…なぜならオバケなんて居ないから。居ないから。イナイカラ……』とつぶやいたことを。
エルザは思いました。
果たして、この眼の前の可愛い生物は何なのだろうかと。
確かに貴族というのは意外と怖がりです。世界中にあふれる恐ろしいものから守られて育った貴族は、些細な脅威に対しても過剰に怯える傾向があるのです。普段威張り散らしたり、虚勢をはるのも、その臆病さが故であるとエルザは思っていました。
しかし、流石にオバケに怯えるようなメイジはエルザも見たことがありません。
果たしてこれはテオ流の擬態なのか、それとも本当に怯えているのか。
ドチラにしろこのようにオバケに怯える様子のメイジなど、テオ以外には存在しないとエルザは思いました。
そしてやっぱりテオは特別なメイジなのだなあと、エルザは妙な納得をするのでした。
もし、エルザがそこで後ろを向いていたら、その考えは大きな間違いであることに気がついたでしょう。
なにせその後ろでは、エルザの放ったオバケと言う単語に反応して、まるで生まれたての子鹿の如くプルプルと震えるタバサの姿があったのですから。
◇◆◇◆
さて、しばらく歩くと一同は開けた場所に出ました。
そしてその中心にみすぼらしい廃屋がありました。
もともとは木こりの使っていた小屋だったのでしょう、傍らには朽ち果てた窯と物置がありました。
一行は小屋の死角になる場所に身を隠し、そこから小屋の様子を観察しました。
「私の聞いた情報ではあの小屋の中にフーケがいるそうです」
ロングビルが廃屋を指さしながら言いました。
一同は相談を開始しました。
もし、あの中にフーケが居るのであれば、奇襲をするのが一番です。
フーケはかなりの実力者、戦う際のリスクは少ないに越したことはありません・
「フーム、燃えやすそうな家屋であるな…一気に燃やすと言うのはどうだ?」
テオが小屋を見ながらそう言いました。
テオの言うとおり、小屋は木製でしかもだいぶ朽ちて居ることもあり火をつければ直ぐに燃えるでしょう。
大きめなファイアーボールを小屋に向かって数発撃ちこめば、フーケを焼き殺すことが出来るかもしれません。
しかしその案に対して、キュルケが首を横に振りました。
「ダメよ、破壊の杖まで燃えてしまったらどうするの?」
「では煙で燻すのは?」
「煙に紛れて逃げられたら困るわ」
「その煙に吾の錬金で毒を混ぜるのはどうだ?逃げる前に相手は死ぬぞ」
「それ、私達に危険はないの?」
毒と聞いて不安を感じたルイズがそう尋ねます。
「もちろん風向き次第では吾を含め全員死ぬ」
「当然却下!」
「あれもダメ、これもダメ…ワガママばかり言う娘達だ」
そう言ってテオはため息を一つつきました。
そんなテオに様子に一同が呆れ返る中、タバサが枝を使って地面に絵を書き自分が立てた作戦を語り始めました。
まず、偵察兼囮が、小屋のそばに赴き中を確認。
もしフーケが居ればそれを挑発して外におびき出す。
フーケが小屋から出てきた瞬間、一同による魔法の集中砲火でフーケを玉砕するというものでした。
「なるほど、そこで追いかけてきた盗賊を吾が弓矢でもって射殺せばいいわけだな」
「ところで誰がそのおとりをするんだ?」
「すばしっこいの」
タバサがそう言うと、一同はサイトを見ました。
「俺かよ」
サイトはため息をつきながら、剣を取り出しました。
それは銀の剣、つまりテオの剣でした。
サイトもルイズもその剣を使うのは不本意でしたが約束は約束。ルイズは確かにキュルケに決闘で負けましたので仕方がありません。それを使わないとテオが面倒くさいくらいに騒ぐと言うのも理由の一つでした。
とはいえその剣も全く使えない訳ではありません。
一応は剣の形をしているだけに振りやすく、重さもあるので攻撃力もなかなかです。
切れ味こそ悪いですが、金属特有の粘りでもって割れることはまずありえません。棍棒として扱うならば一級品の武器でした。
そしてある意味ではその切れ味の悪さも利点でした。
切れない剣の殺傷能力は低めです。もしフーケと戦うことになったなら、相手を殺さずに生けどりに出来る可能性はこちらの剣のほうが高いでしょう。
サイトがその剣を持つと、左手のルーンが光りました。
それと同時にサイトは体が軽くなるのを感じました。
そのまま一足飛びに小屋に近づき、窓から中を覗いてみます。
小屋の中は一部屋で、その中には埃の積もったテーブルと転がった椅子が見えました。
しかし、何処にも人の姿はありません。
人が隠れられるような場所もなく、部屋の中に誰かが居る様子はありませんでした。
サイトはしばらく部屋の中を観察しますが、動くものが全く無いことを確認して皆を呼ぶことにしました。
「誰もいないよ」
サイトが窓を指さして言いました。
タバサが周辺をぐるりと一周して杖を振り、そして言いました。
「罠は無いみたい」
そう言いながらドアを開け、中に入って行きます。
キュルケとサイトがその後に続きます。
ルイズは外で見張りをすると言って、あとに残りました。
ミス・ロングビルは辺りを偵察してきますと言って森の中に消えました。
そしてテオたちは。
「ランチにするか」
「ご飯だご飯だ」
「今日は外で食べるということで、素手で食べられるものを用意しました」
そう言ってエンチラーダは、地面にシートを敷いて、テオたちは木陰に料理を並べ始めます。
ルイズ達は、その行為に呆れ果てましたが、無視することにきめました。
小屋に入ったサイトたちは何か手がかりが無いか小屋の中を漁ります。
そしてタバサが、チェストの中からあるモノを見つけ出しました。
「破壊の杖」
タバサはそれを持ち上げ、皆に見せました。
「あっけないわねえ」
キュルケが言いました。
サイトがその破壊の杖を見て、目を丸くしました。
「お、おい、それが本当に『破壊の杖』なのか?」
「そうよ、わたし前に宝物庫を見学したときに見たことあるもの」
そう言ってキュルケが頷きます。
サイトは近寄ってその『破壊の杖』をまじまじと見つめます。
その時でした。
小屋の中にルイズの悲鳴が響きます。
「きゃああああああ!」
「どうしたルイズ!」
サイトはすぐさまドアを開き外に出ようとしますが、その時大きな音と振動が小屋に響きました。
そしてサイトたちの目に青空が飛び込んできました。
一瞬遅れてサイトたちは小屋の屋根が吹き飛ばされたことを理解します。
そしてその青空をバックに、見慣れた巨大な物がありました。
「ゴーレム!」
キュルケが叫びました。
それは昨日も見たフーケのゴーレムでした。
タバサが即座に反応し、魔法を唱え、巨大な竜巻をゴーレムにぶつけます。
しかしゴーレムにはさしたるダメージを与えられませんでした。
同じくキュルケも炎の魔法をゴーレムにぶつけますが、やはりゴーレムを倒すことは出来ませんでした。
「無理よ!無理無理!」
「退却」
自分たちの魔法が一切効かないことが判るとキュルケとタバサの二人は一目散に逃げてしまいました。
サイトはルイズの姿を探します。
そして、サイトはゴーレムの後ろで杖を持ちながらルーンを呟くルイズの姿を見つけます。
ルイズの魔法でゴーレムの一部が弾けますがゴーレムは堪えた様子がありません。
ゴーレムは自分の表面を吹き飛ばしたルイズを標的にしたようで、ずんずんとルイズに近づいて行きます。
「逃げろルイズ!」
サイトが叫びますがルイズは動きません。
「いやよ!アイツを捕まえれば、誰も私をゼロのルイズと呼ばないでしょ!」
真剣な表情でルイズは叫びます。
「無理だ!勝てるわけねえだろ!」
「私にだって!プライドってものがあるのよ!此処で逃げればゼロのルイズだから逃げたって言われるわ」
「言わせとけよ!」
サイトが叫びます。
「私は貴族よ!魔法を使えるものを貴族と呼ぶんじゃないわ!敵に後ろを見せない者を貴族と呼ぶのよ!」
そう言ってルイズは杖を握りしめました。
そして魔法を唱えますがやはりそれはゴーレムの一部を壊すだけでゴーレムの歩みを止めるのに至りません。
ルイズはゴーレムに踏み潰されそうになり、サイトが間一髪の所でそれを抱きかかえ救出します。
「死ぬ気かお前!」
思わずルイズの頬を叩きながらサイトが言いました。
ルイズはポロポロと泣き出します。
「泣くなよ!」
「だって…悔しくて…。わたし…。いつもバカにされて」
目の前で泣かれてサイトは困りました。
その表情を前にサイトは言葉を無くします。
が、その場に声が響きました。
「滑稽だな」
その一言で初めて、ルイズとサイトがすぐ側にテオが居ることに気が付きました。
「「テオ!?」」
「貴族は敵に背を向けない。確かに至言、そのとおりだ。だがな、其れは只無謀に負け戦に突っ込むという意味ではない。どのような敵が現れようと打ち倒し、背を向ける必要の無いという意味だ。何者にも負けない、誰よりも頼れる存在であって初めて平民はその貴族に背中を預けられるようになる」
まるで講釈師が説教を垂れるがの如く、落ち着いた様子でテオは言いました。
「なによ!アンタに私の気持ちなんかわかるわけが無いわ!」
涙を流しながらヒステリックにルイズが叫びますが、テオはその調子を崩さず落ち着いた様子で言い返します。
「わからんしわかる気もない。貴様だって足のない吾の気持ちなんぞわからんだろ?」
そう言いながらテオは杖を振りました。
途端地面が盛り上がり、フーケのゴーレムはバランスを崩し後方に倒れました。
「泣き言を言って事態が解決するならば幾らでも泣いていれば良い。策もなく無謀に挑むことで相手が倒せるならば好きなだけすれば良い。だがそれで事態が解決など絶対にしない。とっとと消えろ、目障りだ」
「おまえ!言い方って物があるだろうが!」
サイトが怒鳴りました。
確かにテオの言うことは正しいかもしれません。
しかし、その容赦のない物言いに、テオに対する怒りを感じまし、思わずテオに怒鳴ります。
それを気にした様子もなく、テオは涙を流すルイズの目を見ながら言いました。
「じゃあ何か?回りくどく言えば良いのか?事実は変わらんぞ。現時点でルイーズは役立たずだ。どんなに言い方を変えた所で、その事実に変化があるわけではない。其れが嫌ならば役に立つようになれば良いだけのことだ、少なくとも吾はそうした。結果を残せ。たとえ無様でも、たとえ滑稽でも、たとえ背中を見せようとも。相手を打ち倒す方法を模索し、それを実行しろ。たとえどのような方法だろうと、目的を達成しろ。さすれば誰もそれをバカにはせんよ。少なくともそれが出来るまでは…
…他人を頼れ。例えば吾とかな」
そう言うテオの表情は、ルイズを馬鹿にする様子は無く、むしろわからず屋の子供を諭すような優しい笑顔でした。
そしてふわりとマントを翻すと視線をゴーレムに戻し、杖を構えて叫びます。
「それにだ!こういった仕事は男が見栄を張る機会でもある。貴族生まれの淑女ならせめて男に華をもたせる事を覚えろ!」
不思議なことに、そのテオの表情を見た時。
サイトもルイズも、その瞬間までテオに抱いていた不快感が、まるでウソのように雲散してしまいました。
何故って、その表情は何時もの軽薄なものではありませんでした。
真剣で、威厳に満ちて、其れでいてどこか慈愛を含んだ表情。
それは嘗てルイズが理想とした、貴族そのものの姿であり、そして、サイトが憧れた英雄の其れでした。
二人は不覚にもその姿を『カッコイイ』と思ってしまったのです。
「エンチラーダ!」
「はいここに」
何処からとも無くエンチラーダが現れました。
「そのわからず屋を連れていけ」
御意にございます。
そう言ってエンチラーダはルイズの襟元をムンズと掴みました。
「え?ちょっと待って?あの、おかしくない?掴むとこ、間違ってない?」
ルイズは先日、同じような光景が目の前で繰り広げられた事を思いだします。
抱きあげるでも、背負うでもなく、掴むという行為。
当然このあと待ち受けるのは…
「ぎゃああああああああ」
引きずるという行為でした。
ルイズは凄い速さで引きずられ、マントとスカートで二重に守られているとはいえ、地面の振動をモロに臀部に感じるはめになります。
幸いなことに途中タバサ達の操る竜に拾われ、ルイズのオイドはその形を崩すには至らずにすみました。
その様子を見て、サイトはホッとすると同時に、あのメイドは本当に容赦がないなと、エンチラーダに対する畏怖の念を覚えました。
「ほれ、お前もとっとと消えろ」
テオはサイトに向かって言いますが、サイトはそこを動こうとはしませんでした。
フーケのゴーレムは体制を立て直し、サイトたちの方に再び迫ってきています。
「正直よ、貴族とか平民とか、そういった事はよくわかんねーけどさ。お前の言った男は見栄を張るってのはすごく納得できた。やっぱりさ、男の子が女の子と一緒に逃げたんじゃあ、カッコつかないもんな」
そう言ってサイトは剣を握る手に力を込めました。
真剣な表情でサイトは剣を構えました。
テオはそんなサイトに苦笑します。
「なんだ、アレを倒すつもりか?だが、お前が手を出すまでもなく、吾がアレを倒してしまうぞ?」
「…また、あのゴーレムを出すのか?」
サイトは目前に迫るゴーレムを指さして言いました。
昨日のように目の前のゴーレムと同じゴーレムを出せばまずテオのゴーレムが勝つでしょう。
であれば、確かに自分は邪魔でしかないなとサイトは思いました。
しかし、テオの口から出たのは予想外の一言でした。
「馬鹿か、出すわけ無いだろ?」
「何でだよ、あれを、いやあれより大きいやつを出せば勝てるじゃないか」
「当然勝てる。事実、昨日勝てた。だがな、其れが問題だ。当然勝てる戦いをして、どうしてその心に誇りを持てるね?」
「はあ!?」
「吾がゴーレムを出して勝って何が嬉しい?わかりきったことほどつまらないものはないだろう?何方が勝つかわかっている試合など見るに値しない」
「お前何言ってんだよ!眼の前にゴーレムが迫ってんだぞ!!」
「五月蝿いやつだ。ゴーレムは出さんが、当然吾は勝つさ。貴族は決して負けんのだ」
そう言いながらテオは背中に背負っていた弓を構えます。
「吾、矢の腕前には自信があるのだよ」
「矢でどうやってあれに勝つんだよ!?」
サイトは呆れたように言いますが、テオの表情は変わりません。
「鏃にウィンドの魔法を込めてある。当たれば盛大に相手の体がえぐり取られる。いかなゴーレムとはいえ、数発当たれば崩れるより他ないさ」
そう言いながらテオはルーンを唱えながら弓を引く手に力を入れます。
その姿は凛としていて、まるで一流の弓道家のようでした。
迫りくるゴーレムの姿に焦ること無く、冷静にその頭部に狙いを定め、
そして、矢を放ちます。
魔法のかかった鏃は、目にも止まらぬ速さで飛んで行きました。
まったく関係の無いの方向に。
「やあ、とお」
続けざまにテオは矢を放ちますが、それらは全てゴーレムに当たることはありませんでした。
全てがゴーレムとは別方向に飛んでいきました。
「…」
「……」
「………」
「…………」
「矢の腕前には自信がある?」
散々な結果にサイトが毒づきます
「…まてまて、之は、アレだ。弓が悪いのだ」
「お前、散々良い弓だって自慢してたじゃねえか…」
「違うのだ、なんかほら、湿気的な要因とかで、駄目になった…ああ、そうだ、これアレだ、フーケの呪いだ。ああ、さすがフーケ、こんなことも出来るのかあ、之はきょうてきダナー」
視線を左右交互に動かしながらテオは言いました。
「もうわかったからとっとと、ゴーレム出せよ!」
「断る!」
「そんな事言ってる場合じゃないだろ!」
「しかし、弓矢が使えないからって、ゴーレムを出すなんて、完全に吾の負けを宣言するようなものではないか!たとえ其れで勝っても試合で勝って勝負に負けているだろ!」
「誰も思わねーよそんな事!」
「吾が思うのだ!!」
サイトは心の底から駄目だこいつ早く何とかしなきゃと思いました。
が、思った所でテオの気持ちが変わるわけでもありません。
テオがあてにならないのならば、自分でやるしかありません。
ある意味、それはサイトの望んだことでもありました。
サイトがあのゴーレムを倒せば、それはルイズの手柄になるのです。
そう考えたサイトは剣を取り出し、構えます。
「ええい!」
そう言ってサイトはゴーレムに突撃し、その腕を切り落とそうと剣を振るいますが…
「やっぱりへしゃげたあ!」
テオの銀の剣は見事に曲がり、ユニークな形をしたオブジェに成り下がります。
「何をしておるんだこの馬鹿者が、その剣はなまくらだと言ったろうが」
テオが怒りを交えた声でサイトに言いました。
「お前が俺に使わせてんだろうが!」
サイトも怒りを含んだ声でテオに向かって叫びます。
二人は口汚くお互いを罵り合いますが、その間にもゴーレムは二人に迫ります。
「サイト!」
ルイズはサイトたちのいる場所に飛びだそうとしますがエンチラーダがその体を押さえつけます。
ゴーレムの拳がテオとサイトの間を掠めます。間一髪の所で二人はそれを避けました。
逃げまわる二人を見て、ルイズは舌打ちをしました。
「サイトを助けないと!」
「危険」
そう言ってタバサがルイズを止めようとしますが、ルイズは居ても立っても要られません。
何とかサイトを手伝える方法は無いだろうか思った時、タバサが抱える『破壊の杖』に気が付きます
「タバサ!それを!」
タバサはうなずいてルイズにその『破壊の杖』を手渡しました。
果たしてその破壊の杖が如何なる力を有しているのかルイズにはわかりませんでした。
しかし、いま頼れるものはその杖以外にはありません。
ルイズは深呼吸をしました。
「タバサ!私にレビテーションを!」
そう怒鳴ってルイズはドラゴンから勢い良く飛び出ました。
タバサは慌ててルイズに呪文をかけました。
呪文のおかげでゆっくりと地面に降りたルイズは、ゴーレムに向かってその破壊の杖を振りました。
「えい!えい!」
しかし、そこから魔法が出ることはありません。
それは、単にルイズが魔法が使えないからという訳ではありません。ルイズの魔法は確かに失敗しますが、爆発という結果を残します。
それすら起きない理由は、純粋に、その破壊の杖が、『杖』では無いからでした。
「本当に杖なのこれ!」
ルイズは怒鳴りました。
しかし怒鳴った所でその杖が反応するわけでもなし。
ただブンブンと風を切る音だけがするばかりです。
突然近くに戻ってきたルイズにサイトは舌打ちをしましたが、その手に持っている杖を見て叫びました。
「ルイズ!それを!」
サイトはルイズに駆け寄ると、その破壊の杖をひったくりました。
「使い方がわからないのよ!」
「これはこうやって使うんだ!」
サイトはその『破壊の杖』を掴むと、安全ピンを引き抜き、リアカバーを引き出します。
発射筒を引き伸ばして照尺を立て、肩に担ぎました。
「伏せてろ!噴射ガスが後ろに行く!」
サイトの言っている意味はよくわかりませんでしたが、真剣な表情に気圧されルイズは言われるままにその場で頭を下げました。
サイトはゴーレムに狙いを定め、
「くらえ!」
そう叫ぶと、
耳をつんざくような音が響き、ゴーレムの上半身はバラバラに飛び散りました。
ゴーレムの破片はまるで雨のように降り注ぎ、辺りは土煙に包まれます。
ゴーレムは上半身が無いままに、腰の部分から崩れ落ち、ただの土の塊になってしまいました。
ルイズはその様子を呆然と見つめていました。
遠くでそれを見ていたタバサもキュルケも呆然とそれを見つめました。
さらには。
サイトも呆然と見つめていました。
彼の手の中には、未発射のロケットランチャーが、弾を中に傭えたままの状態で存在していました。
つまり、目の前の巨大なゴーレムを壊したのは、サイトの破壊の杖ではなく。
巨大な巨大な石の矢でした。
呆然とする一同を前に、その石の矢を放った当事者はカラカラと笑いました。
「言ったろう?吾、矢は得意なんだ、とくにヴレット(石の矢)の魔法に自信がある」
そう言ってテオは笑いました。
「…最初から其れやれよ!」
サイトが怒鳴りました。
そして、その言葉はその場にいた一同の共通の思いでもありました。
「馬鹿が、そうしたら面白く無いだろ…こういうのは駆け引きが楽しいのだから」
「楽しさを要求するなよ!そもそも時間かけた所で楽しくなるわけでも無いだろ!」
「そうか?待ったかいがあって楽しかったぞ貴様はゴーレムに向かって『これはこうやって使うんだあ!伏せてろお!』とか『くらえ!』とかカッコつけて言うし、本当に恥ずかしいなお前。滑稽の極みだったぞ」
「やめろ、其れを言うなあ!」
先程の自分を思い出してサイトは赤面しました。
結局のところ、テオがすぐにゴーレムを出さなかったのは、サイトの反応を見るためだったのです。
ゴーレムに焦り慌てるサイトの様子を観察して楽しんでいたのです。
「お前だって弓が全くの下手くそじゃないか!」
「当たり前だ!人生で初めて使ったんだそ!」
「そんなものをぶっつけ本番で使うなよ!!」
ぎゃあぎゃあと罵り合う二人を、それ以外の一同は遠くから呆れた様子で見ていました。
「テオ楽しそう」
エルザが言いました。
「御主人様は同年代の同性のご友人と言うものがおりませんでしたから」
そう言ってエンチラーダは満足気に頷きます。
「なによ、あの二人なんだかんだ言っていいコンビなんじゃない?」
キュルケがそう呟きます。
「ケンカするほど仲が良い」
ポツリとタバサが言いました。
そしてその様子を見ながらルイズは。
「き…危険だわ」
一人顔を赤くするのでした。
◆◆◆用語解説
・これこれ子供ではないのだから
さり気なく言って皆がスルーしているが、ある意味エルザの正体を明かすようなこの言葉。
一応テオとしてはエルザを一人のレディーとして扱っているのだ。
・吾を含め全員死ぬ
毒ガス錬金について。
作るのは簡単だが、防御は非常に困難。
と言うのも作る際は、単にそこらの空気を毒にすれば良い。
だが次の瞬間にも毒の成分は辺り一面に拡散してしまい、無毒化には非常に広範囲において錬金をしなくてはいけなくなる。
風の魔法で吹き飛ばすことは可能だが、毒がなくなる訳ではない。
その場にいる限りずっと風の魔法を唱え続けてバリアのようなものを作っておかなくてはいけないので、非効率な魔法だと思われる。
・平民はその貴族に背中を預けられる
人間というのは身勝手なもので、自分にとって利益になる者を褒め称えるのである。
たとえどんない無様な手段であっても、自分たちを守ってくれる存在や、有益なものをもたらす存在を重宝するのだ。
平民にとって理想的な貴族は、誇り高き貴族ではなく。自分たちに有益な貴族である。
そして、自分たちに有益な貴族であれば、利権者はその相手を『誇り高い』と褒め称えるだろう。
・臀部、オイド
どちらも尻を表す言葉。
人や動物の胴体の後部で、肛門の付近の肉づきの豊かなところ。
子どもをしかる際に、尻を叩くことがよく行われ。かつてはムチなどの道具も普通に使用された。頭等を殴る行為に比べ安全であるとされているが、近年においては疑問を呈する人も多い
おしりに衝撃を与える行為をスパンキングと称し、性的趣味の1分野ともなっている。
ルイズが臀部の衝撃に性的な興奮を覚えたかは不明。
・破壊の杖
見た目からM72LAWらしい。
一度展開しても元の形に収納可能。ただし防水機能は無くなるらしい。
原作アニメではコッキングの動作がなかったが、発射しているということは安全装置の解除はしているのだろう。
・こういうのは駆け引きが楽しいのだから
たとえ格下の相手でも、それなりに戦いを楽しむ。
これは相手をバカにしているわけではない。
しばしば実力者と初心者との戦いで行われるハンデ戦のようなものに近い。
・き…危険だわ
もし期待している人が居るといけないので此処できっぱりと言っておく。
その展開は無い。