「流石にアヒルのスープじゃあのナベに吊り合わない!」
厨房のコック長マルトーがある日エンチラーダにそう言いました。
「どうしたのですか?」
突然そんなことを言われたのですから、顔には出しませんでしたがエンチラーダも流石に戸惑いました。
「今日まで使ってきて思ったんだが、アノ鍋は使いやすすぎるんだよ、錆ないし、直ぐ煮えるし、取っ手の位置とか、形とかが絶妙で使い勝手が良すぎるんだ、どう考えてもこの前の礼じゃあ釣り合っていない」
「別にご主人様は対価を求めてはおりませんよ」
「俺の気が済まないんだよ、無理矢理にでも何かを受け取ってもらいたいんだ、何だったらアイツは受け取ってくれるんだ?」
それはマルトーの気質だったのでしょう。
彼はとにかく、あの鍋に見合うお礼をテオにしたいと思ったのです。
マルトーのその言葉に対して、エンチラーダはしばらく考えたあと、こう言いました。
「ではココにご主人様をご招待しましょう」
その言葉に、厨房に居た全員が固まりました。
彼女の言っていることが理解できなかったのです。
貴族を厨房に招く。それはどう考えても失礼に当たることです。
お礼どころか、完全に馬鹿にされていると思われるでしょう。
「それはさすがにまずいんじゃねえか?」
マルトーが言いました。
「いいえ、むしろご主人様は口にはだしていませんが、こういった人が多く猥雑な場所が好きな方です」
「いやしかし…」
マルトーが唸っていましたが、エンチラーダの行動は迅速でした。
「それでは今夜にでもご主人様をココに連れてきます、特にいつもと違うものを用意する必要はありません、せいぜい食事を一人分大目にして頂けたら結構です、では、私はご主人様にそれを伝えに行きますので」
そう言って彼女はそそくさとその場を後にします。
そのあまりにも迅速な動きに、マルトーは否定も反論もする事が出来ず、ただ、呆然とその場を後にしたエンチラーダの背中を見ることしか出来ませんでした。
◇◆◇◆
そそくさと廊下を歩くエンチラーダのを見て彼女に声をかける物がおりました。
シエスタです。
「エンチラーダさん、調度良かった、実はテオ様が前に食べたがっていたお菓子が手に入ったので持って行ってもらおうと厨房に行くところだったんです」
そう言ってシエスタはお盆の上に乗ったお菓子と紅茶をエンチラーダに見せました。
「シエスタ女史。ふむ…よろしければ、一緒に参りませんか?私一人で行くより説得力が出ると思いますので」
「説得力?」
「ええ、じつは今日、厨房でご主人様にあのナベの『お礼』をしたいそうなのです。私一人がそれを伝えるよりは学院のメイドである貴方が一緒にいたほうがご主人様も気分が良いかと思いまして」
エンチラーダの言葉にシエスタはなるほど納得しました。
テオの部下であるエンチラーダが礼を言うよりは、学園側の人間であるシエスタがお礼を言ったほうがテオに対しても感謝の意をより表せるでしょう。
「なるほど、それはそうですね。わかりました、コレは私が運びます」
そう言ってエンチラーダとシエスタはテオの部屋へと向かうのでした。
二人はテオの部屋に入り。
そしてエンチラーダは主人に向かって開口一番こう言いました。
「あのナベの礼に厨房の一同がご主人様を食事に招待をしたいそうです」
「はあ!?」
エンチラーダの言葉に一番驚いてつい叫んでしまったのはシエスタでした。
確かにテオに「お礼」とは聞いていましたが、その内容がまさかそんなことだとは思いもしなかったのです。
食事に招待と言えば聞こえはいいですが、それは使用人の食事を食べさせると言っているわけで、お礼どころか完全な侮辱です。
事実、テオはエンチラーダの言葉に対して不機嫌そうに顔を歪めます。
「つまり吾に使用人に混ざって飯を食えと行っているのか!」
「はい」
「ガクガクブルブルガクガクブルブル」
シエスタはエンチラーダの後ろで震えっぱなしです。
「不敬にも過ぎるな」
テオが一段と低い声で言いました
「はい」
「ひい」
エンチラーダはその低い声に当然のように返事をし、
一方シエスタはその声に怯えました。
「…で、何時行けば良いんだ?」
「今日の夕食など如何でしょう」
「そうか…」
そう言うと、テオは椅子の背もたれに体重をのせ、フンっといらただしげに鼻を鳴らしました。
「ところで、本日のお菓子ですが…「いらん。茶だけ置いて帰れ」」
「かしこまりました」
そう言ってエンチラーダはお茶だけをテーブルに置くとそのままシエスタと共に部屋を出ていきました。
「ダダダ、大丈夫なんですか!?ものすごく不機嫌そうでしたよ!?」
部屋を出ると同時にシエスタはエンチラーダに聞きます。
「問題ありません」
「でもお菓子も要らないって!」
「大丈夫です、むしろ大丈夫です。」
「むしろって…」
エンチラーダは気がついていました。
テオが普段だったら絶対に食べるオヤツを今日に限って食べなかったこと。
テオが怒っていたわけでも不機嫌なわけでもなく。
今晩の夕食に備えて腹をすかせておこうとしていることに。
◇◆◇◆
厨房はザワついていました。
なにせ今日貴族が賄いを食べに来るのです。
そんなこと、学園始まって以来の大事件です。
「やっぱりほら、貴族だから、料理もそれなりのものにしたほうがいいか?」
不安そうにマルトーがエンチラーダに聞きました。
さすがのマルトーも、特別な物を出すことを提案します。
マルトーは確かに貴族嫌いでしたが、テオには鍋を直してもらった借があります。
彼が嫌がる物を出せば、その借に報いる事にはなりません。
しかしエンチラーダはそんなマルトーの提案を否定します。
「いえ、不要です。普段我々が食べているものと同じものを出してください」
「いや、しかしさすがにそれは…」
「中途半端な気遣いをあの方は嫌います。ココに招待するからにはココの流儀で持て成していただきたいのです」
「いいのか?いっちゃあ何だが、貴族のお坊ちゃんが喜ぶとはとても思えないぜ?」
不安そうにマルトーが聞きますが、エンチラーダの答えは変わりません。
「あの方は誰よりも貴族ですが、同時に誰よりも貴族ではありませんので」
エンチラーダはそう言いました。
マルトーはその意味がよくわかりませんでしたが、兎に角、いつも通りの賄いを作るべきであるというエンチラーダの意見を尊重することにしました。
そして 夕刻。
貴族たちの夕食の時間も終わり、使用人たちが賄いを食べる時間です。
今日のメニューはシチューでした。
とはいっても、それは生徒たちに出した料理の材料のあまりで作った物です。
シチュー用の食材を集めたわけでも無ければ、食材の良い部位を使ったわけでもありません。
一般の家庭であれば確かに上等な部類の食事でしょうが、貴族からすればとても食べるようなものではないのです。
厨房の皆は不安でした。
さすがのテオも激怒するのではないかと。
そこにエンチラーダに連れられて少し不機嫌そうに顔を歪めながらテオがやって来ました。
「ふん、吾がこんな下賎な者共と一緒に食事など…おい、今日のメニューは何だ」
「シチューでございます」
そう言いながらエンチラーダはテオを食卓に座らせます。
「シチューだと?全く、良くもそんなものを吾にだそうと思ったものだ。せめて大盛りなんだろうな?あと人参は少なめで」
「心得ております…マルトー氏お願いできますか?」
「お…おう」
そう言ってマルトーは言われたとおりシチューを大目に皿に盛ります。
「だいたい作りからして質素で粗野で…ほれ、一同何をしている、サッサと食卓につけ、コレではいつまで経っても吾が食べられんだろ」
「いや、流石に貴族様の前で俺達が飯を食うのは…」
貴族と平民が一緒に食事をする。
それは明らかな不敬です。
本来平民は貴族の食事が終わった後に、別室で食事をするものなのです。
しかし、テオはそれを許しませんでした。
「吾に毒見をさせる気か?」
怒気を交えた声でそんなことを言われては、他の人間も食卓に付かないわけには行きません。
一同恐る恐る食卓に付き、食事を開始ししようとします。
「こら待て、その席がまだあいてるだろ、席に皆ついてからだ。仲間はずれは宜しく無いぞ…ほれ、エンチラーダお前は吾の隣だ」
「かしこまりました」
「一同席についたな、では食べ始めよう」
テオがそう言って夕食が始まります。
しかし、そこにはいつもの食事風景のようなザワメキはありませんでした。
まるで葬儀の時のように静まった、静かな夕食でした。
みな、テオの機嫌を損ねないように、何も喋らず黙々と食事だけをするのでした。
その場で唯一、テオだけが言葉を発していました。
「ああ、全く、所詮は平民用の食事だこののっぺりとした味が!」
「ふはは、粗野、粗野」
「ふむ、野菜の切れ端ではないか、貧相な部位を入れるものだ」
「この肉は内蔵だな、全く酷い材料だ歯ごたえがありすぎる」
「食事が足りない奴はいるか?いないな?シチューまだ鍋に残ってるのか?おかわりもらっちゃうぞ?もらっちゃうからな?アレだぞ、あとでお前だけ多く食べたとか言いっこなしだからな!エンチラーダ、頼む」
それは口汚く、その場の一同もあまり良い気持ちはしませんでしたが、だれもそれに文句は言いませんでした。
マルトーですら、コレが鍋の借を返すためだと思い、その言葉をただ黙って聞くだけでした。
ただテオだけが喋りとおし、そして、彼は三杯のシチューを食べきるのでした。
そして食事が終わるとテオは、気怠げにこう言いました。
「ふむ、まあこんなものか。まあこれが礼だと言うのならば、確かに受け取った。もともとアノ程度のナベに礼など不要なのだ」
「お帰りになられますか?」
そう言いながらエンチラーダがテオの車椅子に手をかけようとすると、テオがそれを拒否しました。
「いらん、腹ごなしに一人で帰る、お前は後片付けでもしていろ」
そう言ってテオはそのまま厨房から出て行きました。
その姿を、厨房の一同は呆然と見送ることしか出来ませんでした。
「大丈夫なのか?アイツ無茶苦茶怒ってなかったか?」
テオの姿が見えなくなると、マルトーが囁きました。
「まさか、あれほどに上機嫌なご主人様は久しく見ます」
「上機嫌?あれが?」
その場の一同が驚きます。
「あのかたは小さなの頃からこういった状況を望んでいたのです」
「コレを?」
流石に信じられないと言った様子でマルトーが聞き返します。
「そうですね、この際ですからあのお方の過去を少し語りましょう…」
そう言ってエンチラーダはテオの過去を語り出します。
その内容は兎に角テオに対する賛辞であふれていましたが、要約するとこのような話でした。
◇◆◇◆
トリステインのある場所にホーエンハイムという貴族の領地がありました。
そして、そのホーエンハイムの家にはテオという一人の少年が居ました。
テオは聡明で、元気で、優しくて、そして才能豊かでした。
だから誰もがテオを愛しました。
両親はテオをホーエンハイムの誇りであるとまで公言し、
母は出来た息子を自慢しました。
妹は兄を慕い、使用人たちもテオに仕えるべき未来の主人として接しました。
テオ少年の未来は輝いていました。
彼の人生は順風満帆だったのです。
ある時点までは。
ある日。
病気でテオは足を無くし。そしてそれと同時にそれまで持っていた全てを無くしたのです。
幸せな毎日はまるで蜃気楼のように消え去って行きました。
父の期待。
母の慈愛。
妹の尊敬。
使用人の忠誠。
輝かしい未来。
幸せ。
愛情。
それまで当たり前に持っていた全ては反転してテオにふりかかります。
足のない人間。
それは、存在自体が一種の罪悪でした。
身体障害は、身体障害を負っている当人やその先祖が罪を犯した結果であると考えられていたからです。
つまり、それはホーエンハイムの家として、許されないことだったのです。
自分の一族から出来損ないが出た。それは一族を揺るがす問題です。
結果、テオは。
隔離されました。
テオは領地の端にある小さな塔にすこしばかりの使用人と共に閉じ込められたのです。
そしてホーエンハイム家はテオを隠し。彼はそもそも居ないものとしました。
別に不思議なことではありませんでした。
身内に身体的な欠損や障害の在ったものが生まれた時、その事実を隠すために隔離されるか、最悪殺されるなんてことはこの世界では珍しいことではありません。
むしろ、殺されなかっただけテオはマシな部類だったのでしょう。
テオは飼い殺しにされる予定でした。
その残りの一生をその塔で暮らし、
そこから見える景色と、いくらか与えられる本を人生の慰みとして、一人寂しく死んでいく。
そう、誰もが思いました。
しかしそうはなりませんでした。
ホーエンハイム家の誤算は、
テオを監禁することで、テオが何も出来なくなると思ったこと、
エンチラーダという存在を所詮一介のメイドであると侮ったこと、
そしてテオの才能を見誤まったことでした。
ある日。
トリステインで開かれたとあるパーティー。
各国の来賓はもとより、各国の王族までもが姿を見せたそれはそれは豪華なパーティーでした。
貴族の中でも本当に名門とされるものだけが呼ばれ、ホーエンハイムの当主でさえ出席がかなわなかったほどの、それはそれは格式高い宴でした。
その中のメイドの中に、エンチラーダは紛れていました。
彼女がいかなる経緯でそこに紛れ込めたのかは分かりません。
しかし彼女は違和感なくそこにおり、そして、クロッシュの乗ったお盆を片手に一直線にある場所に向かいます。
それは、パーティーの主賓の前でした。
「本日顔を見せることが出来なかったお詫びにとテオフラストゥス様より贈り物をあずかっております」
そう言って彼女は盆の上のクロッシュを取り、それを見せました。
大抵のものであればそのようなことは歯牙にもかけられなかったでしょう。
贈り物など、貴族の世界ではありふれていて、それをこんな席で突然渡されても困ると言うものです。
貴族社会には贈り物をするにもそれ相応の手順というものが必要なのです。
ましてや相手は王族です。
取り入るためにパーティー会場で突然贈り物等の小細工は今まで飽きるほどに受けてきました。
しかし、パーティーの主賓はその贈り物を断るようなことはしませんでした。
なぜならその贈り物は、そんな手順を忘れさせるだけの物だったのです。
それは虹色に輝く水晶の白鳥でした。
古今東西、お伽話の中でだってそんな美しい水晶は存在しませんでした。
それはまるで光に照らしたダイヤモンドのように美しく輝き、見る人間を魅了したのです。
その白鳥の今にも動き出しそうな造形と相まって、それはもう神々しいまでの存在感を放っていました。
その場にいた誰もがその白鳥に目を奪われ、まるでその白鳥こそがパーティーの主賓のような存在感でした。
そこですかさずそのメイドが言葉を発します。
「我が主人、テオフラストゥス様より
ココに居る皆様の分、あずかっております。
どうぞ、お帰りの際にはクローク部屋におよりください。」
そう言ってから、エンチラーダは皆が呆然としている間に颯爽とその場から消えてしまいました。
誰もがテオフラストゥスとは何者で有るのか知りたがりましたが、その質問に答えられる人間はその会場にはおりません。
その後のパーティーはテオの話題で持ちきりです。
一体何者なのか、
何処の国の者なのか、
どんな人間なのか、
貴族か、
王族か、
そもそも人間なのか、
なぜそれほどのメイジを誰も知らないのか、
誰もその答えが解らぬまま、その日は更けていくのでした。
その日を境に、
世間にテオフラストゥスの作品が少しずつ現れはじめました。
それは装飾品であったり、
日用品であったり、
あるいは武器であったり。
トリスタニアの各店に少量ずつ卸されるその商品は、どれもが美しく、それでいて実用的なものでした。
如何なる国の如何なるメイジであっても、それ程に素晴らしい物は作れませんでした。
直ぐに噂は広がります。
ホーエンハイム伯がその噂を知るころには、もうその噂は止められないところまできていました。
『トリステインに天才有り、その名はテオフラストゥス』
誰もがテオの作品を求め、誰もがテオの正体を知りたがりました。
そうなってしまうとホーエンハイム家はもうテオの存在を隠しとうすことは出来ません。
こうして、天才、テオは表の舞台に現れるのです。
人々はテオの正体を知り驚きました。
テオは出来損いとされる人間でした。
その人間が、史上最高の錬金の天才である。
テオの評価は侮蔑と賞賛の入り交じった何とも歪なものになりました。
しかしその後も、彼の作品は依然として求められます。
その出来は、他のどんな製品よりも素晴らしかったからです。
特に、武器を扱う者からの支持は絶大でした。
なにせ武器の良し悪しには彼らの命が掛かっていたからです。
いつの間にか、テオの存在はトリステインにおける大きな外貨収入元にまでなりました。
そしてテオが17歳の時。
彼にとって大きな転機が訪れます。
テオがトリステイン魔法学園に入学することになったのです。
それは異常な事態でした。
学院とは一種の社交界です。
貴族の子供たちは、そこで勉学以外に貴族社会のイロハを学びます。
足の無いテオにとって社交界は決して入れる場所ではなく、即ち魔法学院にも行く必要は有りませんでした。
いや、必要がないどころか、それはハッキリ言ってホーエンハイム家にとってマイナスでした。
なにせ、そんな事をすれば、自分たちの家に「出来損ない」が存在することを強調するようなものなのですから。
そもそもそんな出来損ないを社交界に送るなんて馬鹿にしてくださいと言っているようなものです。
しかし、その頃にはテオの存在はホーエンハイムだけの問題では無くなっていたのです。
テオが17歳になる頃。
ガリアとゲルマニアのそれぞれの魔法学園から入学推薦状がトリステインに届いたのです。
珍しいことではありましたが、前例がないわけではありません。
どの学院もどの国も優秀な生徒を欲しています。
他国の優秀な人間を自国の学院に推薦することは、別に不思議なことではないのです。
学院は社交場です。
他国の学院に通うということは、それ即ち他国の社交場に通うということです。
言い換えればその国に染まると言うことです。
つまりテオが他国の学院に入学すれば、その後のテオが相手の国に奪われることは火を見るより明らかでした。
学院に推薦と言えば言葉は穏やかですが。
それはテオをトリステインから奪おうとしているに等しいことでした。
無理も無い話です。
足がなかろうが、出来損ないだろうが、錬金の天才テオは金の卵を生むガチョウです。
どの国だって欲しがる人材です。
しかし、トリステインからすればたまったものではありません。
万能の天才、テオが他国に奪われるということは、即ち、トリステインの力が減り、他国の力が増えると言うことでした。
トリステインとしても、そのガチョウを手放す気はさらさら有りません。
他国の学院にテオをやるなど言語同断です。
しかし。理由なくそれを断ることは出来ませんでした。
それは国家間の関係を悪くすることだったからです。
「お前の国に盗られそうだから入学させたくない」など国家間の交渉の中で言えるはずもありません。
理由が必要でした。
テオが他国の学園に入学できないという「正当な理由」が。
こうしてテオのトリステイン魔法学院に入学することになりました。
自国の学院に入学させる。
他国からの推薦を断るコレ以上に無い正当な理由でした。
つまりテオの入学は、なかばトリステインという国からの要請でもあったのです。
こうして足の無いテオは魔法学園に入学するに至ったのです。
本来認められていない専属のメイドを一人引き連れて。
◇◆◇◆
「ご主人様は
社交界に入ることは出来ません。
家を継ぐことも出来ません。
貴族として扱われることはありません。
ですのでせめて心だけは、誰よりも貴族で有ろうとしています。
故に主人様は、平民に頭をさげることは出来ません」
そうなのです。
如何に、貴族らしくないと言われているテオであっても。
平民に頭をさげることは出来ないのです。
それは貴族の絶対の決まりでした。
貴族が平民に頭を垂れるということは、即ち貴族制度そのものの否定につながるからです。
たとえ自分が悪くても謝らない傲慢さが貴族には求められているのです。
「ですが、あの方は間違いなく皆様に感謝をしています。口にも態度にも出しませんが確かに感謝しているのです。
この学院に来るまで、ご主人様は塔から出ることは出来ませんでした。
今日のような、多人数での食事は、あの方が憧れていたことの一つなのです。感謝しないはずがありましょうか」
そう言いながらエンチラーダは立ち上がり、皆が見える位置に移動すると言葉を続けました。
「ですから主人に代わって私が言わせていただきます。
ありがとうございました」
そう言ってエンチラーダはきれいなお辞儀を一同に向けるのでした。
◆◆◆用語解説
・食べたがっていたお菓子
乾パン
お菓子と言うよりは保存食に近く、普通は貴族は食べない。
別に特別美味しい物というわけでは無いが、偶に食べたくなる不思議な魔力をもっている。
防災セットの中にあるのをついつい食べて、怒られた経験があるのは筆者だけではあるまい。
・クロッシュ
よく外国のパーティーとかで料理を隠すようにして盆の上にのってる、ドーム状のあの、あれ。
皿にのった料理が冷めたり、ほこりかぶったりしないようにかぶせるもの。
鐘を意味する言葉でもあり、ドーム状の帽子なども同じくクロッシュと呼ばれることがある。
ちなみにキルギス相撲もクロシュと呼ぶ。
・虹色の水晶
人工的に着色した石英
真空内において、水晶を熱し、その後高温に熱しイオン化した金属の蒸気を添加する。すると金属原子が水晶の表面に蒸着し独特の金属光沢を水晶に与える。オーロラオーラと呼ばれる水晶。
現代社会では容易に作れ、値段も然程高価ではない。が、自然産出することがないため、ハルケギニアではそれはそれは重宝されることだろう。
・白鳥
羽ばたくギミック付き白鳥
おまけ機能として、年に一回だけ深夜に白鳥の湖を歌いだす
夜中便所にいこうとして、歌う白鳥と遭遇し気絶した貴族がいたとかいないとか。
・クローク部屋
1、元々はクロークやコートなどを掛けるための部屋のことである。が、今ではコートを始めバッグやその他、荷物の保管場所として機能する部屋をクロークルームという。
2、便所の隠語
勿論エンチラーダは1の意味で言った。間違っても2ではない。パーティー会場の客の中にトイレで白鳥を探した人間がいたかは不明。
・金の卵を生むガチョウ
あるところに一日一個ずつ黄金の卵を産むガチョウがおり、その持ち主は金持ちになる。しかし、一日一個の卵が待ち切れなくなり、腹の中の全ての卵を一気に手に入れようとしてガチョウの腹を開けてしまう。ところが腹の中に金の卵はなく、その上ガチョウまで死なせてしまう。という内容の童話に由来する
あくまで比喩表現であり別にテオが本当にガチョウの遺伝子を持っているわけでも、金の卵を尻から出すわけでもない。