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No.34778の一覧
[0] 【習作・チラ裏から】とある未元の神の左手【ゼロ魔×禁書】[しろこんぶ](2013/12/17 00:13)
[1] 01[しろこんぶ](2014/07/05 23:41)
[2] 02[しろこんぶ](2013/09/07 00:40)
[3] 03[しろこんぶ](2013/09/16 00:43)
[4] 04[しろこんぶ](2013/09/16 00:45)
[5] 05[しろこんぶ](2013/10/03 01:37)
[6] 06[しろこんぶ](2013/10/03 01:45)
[7] 07[しろこんぶ](2012/12/01 00:42)
[8] 08[しろこんぶ](2012/12/15 00:18)
[9] 09[しろこんぶ](2013/10/03 02:00)
[10] 10[しろこんぶ](2014/07/05 23:43)
[11] 11[しろこんぶ](2013/10/03 02:08)
[12] 12[しろこんぶ](2014/07/05 23:45)
[13] 13[しろこんぶ](2014/07/05 23:46)
[14] 14[しろこんぶ](2014/07/05 23:47)
[15] 15[しろこんぶ](2013/09/01 23:11)
[16] 16[しろこんぶ](2013/09/07 01:00)
[18] とある盤外の折衝対話[しろこんぶ](2014/01/10 14:18)
[21] 17[しろこんぶ](2014/07/05 23:48)
[22] 18[しろこんぶ](2014/07/05 23:50)
[23] 19[しろこんぶ](2014/07/05 23:50)
[24] 20[しろこんぶ](2014/08/02 01:04)
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[34778] 15
Name: しろこんぶ◆2c49ed57 ID:c6ea02e3 前を表示する / 次を表示する
Date: 2013/09/01 23:11



 暗い室内は静かだった。
 そんな中ゴトン! と唐突に、音を立てて四角いシルエットが揺れる。
 続いてばさばさと紙の舞う音が辺りに響いた。
 それにつられるようにして薄暗い部屋の中で人影が身じろぐ。
 くしゃくしゃになった毛布を剥ぎ取るようにして頭を覗かせた垣根は、顔に掛かる髪を鬱陶しそうにはらいのけた。
「ん……今、何時だ」
 蹴り倒した木箱の横で寝返りを打つと。
 垣根はズボンのポケットを探って携帯電話を取り出した。
 重い瞼を擦りながら液晶に視線を落すと、時刻はおよそ夕方近く。
 はっとして体を起こした垣根は腰に走る鈍痛に顔を顰めた。
「そっか。ここは」
 つい何気ない、いつもの習慣に流されていた垣根は辺りを見回してそう洩らした。
 雑多な物に囲まれた室内の一角。
 それは垣根がよく知った部屋でも、数ある隠れ家の内のどれとも違っていた。
 トリステイン魔法学院の中に立つ小屋の中で垣根は目を覚ました。
「こっからじゃ、時間はわからねえな……ってて、床に直寝とかするもんじゃねーな」
 したくもなかった惨めな経験に舌打ちながら体を起こすと、垣根はがしがしと髪に手櫛を入れた。
 かろうじて昼間だと言う事はわかるが、小さな窓から見える範囲には太陽も視認出来ない。
 そもそもここに時計などあっただろうか、と垣根は首を傾げる。
 必要そうな試料の棚の並びは目にして覚えていたが、時間などまるで気にしていなかったからそんな事もわからなかった。

 今の垣根は気分に任せて動いている。予定は垣根の気が済むまでいっぱいで。そこに合わせる相手も都合も、まして時間など関係がない。
 一応、それらしい生活のリズムだけは整える為にルイズにはきちんとした置き時計を用意させていた。
 始業終業食事の時間、それら節目を知らせる鐘の音は学院の生徒の為のものであって垣根個人の目安にはあまりならなかったからだ。
 生活用品諸々、お喋りな剣を調達した帰りに覗いた店にも懐中時計くらいあったのだが。無駄に豪奢なデザインの割りに粗末な造り、おまけに笑えるような値段の物しか並んでおらず垣根がわざわざルイズに買わせようとまで思えるものがなかった。
「魔法も便利だが、規格を揃えた量産には弱いみてえだしな。物作るのは一握りの職人っつーと値は上がるのは当たり前か」
 確立された信用に支えられたブランドや希少なもの、そんな良いものへの価値は根本では変わらないがその対象がこちらでは随分と違う。機械による自動化、大量生産品に囲まれた暮らしとの差を垣根はそんな所でも思い知らされていた。
 『錬金』に限らず。あくまで人の手によるものだからこその曖昧さ、なんてものがあるのか。メイジ個人の感覚の差は魔法の完成にも反映されるらしい。
 その辺りの感想を思い返しながら垣根は床に散らばった紙を拾い集めていた。
 丁度手にした一枚には、キュルケ達に手伝わせた対・系統魔法に関する『未元物質』の性能確認についてが書きなぐってある。
「あっちはもういいとして。こいつも考えとかねえとなあ」
 服をはらい、近くの棚の角に掛けておいた上着を着て、机代わりにしていた空箱にこの数日で出来上がった紙束の山を集めて詰め込む。
 それだけで仕度は済んだ。
 集中して現状を確認し、考え、整理するのに充分な時間も取れた。
 垣根は一先ずの目的を果たす事が出来た。
「取りあえずゆっくり休ませて……はくれねえな。あいつらにそんな気遣いが出来るとは思えねえ」
 部屋に置いてきたままの荷物のうち、特に扱いの面倒な二つを思い浮かべた垣根は残念そうに首を振った。


「ああ。おはようミスタ」
 突然掛けられた声にそちらを振り向く事もせず。垣根は視線だけを向ける。
 ごちゃごちゃとした室内を突っ切る途中の垣根を見とめたここの主は、あちこちに広げた図面を前に朗らかな挨拶を寄越した。
 その顔は、声に反して疲労の色が強かった。傍目にも休んでません、寝てません、と言った様子のコルベールはよく眠れたかね、などと形式ばった事を口にする。
 一昼夜以上一つ屋根の下で、同じように机に齧りついていただろう事は互いに今更確かめるまでもない。
「まぁな。アンタは随分景気のよさそうな顔してんな」
「見直すところもアイデアもまだまだ尽きそうにない。時間が足りないくらいだよ。君のおかげだ」
 嫌味のつもりが、げっそりした顔で礼を言われては垣根としても返す言葉に困る。
 曖昧に頷くと、垣根の抱えた箱を眺めてコルベールはふっと息を吐いた。
「そうか、戻るのかね。彼女のところに」
「まぁ、まともに寝るところくらい確保しときたいんだよ」
「それは良かった。ミス・ヴァリエールも安心するだろう。君の事を気に掛けていたようだったからな」
 人のいい、教師の顔でコルベールは頷く。
「折角だ。お茶の一杯もどうかな。今更帰る頃になって客人をもてなすと言うのもおかしな話だが」
 カタン、と椅子を少し引いたコルベールは近くに立てかけてあった杖に手を掛けた。
 続いて呟きながらそれを振ると、近くの実験台の上に並んでいた機材がかちゃかちゃと動き出す。
 空の小鍋に水が張られ、近くの炉に火が灯る。その上に浮かんだ鍋がふよふよと移動していった。
「『集水』、『発火』、『念動』……ドットとコモンスペルか。いちいち使う度に切り替えなきゃならねえっつうんならいっそ全部まとめて一度にやってくれるマジックアイテムでも作れば早いんじゃねえの? 却って魔法でやるほうが手間な気がすんだけど」
「それは……また面白そうだ。複数の機能を一つにまとめたマジックアイテムか。専門のメイジの意見も聞きたいところだ……ううむ、茶葉はどこにやったのだったかな」
 薬品棚の側を探しながらコルベールは嬉しそうに呟く。
 現代の日本人なら当たり前に抱きそうな考えも、異国の魔法使いには珍しいものがまだまだありそうだった。
 適当に荷物を置くと、垣根は物で溢れたテーブルの前に椅子を引っ張り出す。
 まだ早い時間を潰す事に加え、あれこれ勝手を許してくれたお人よしにもう少しくらい付き合ってもいい。そんな気分だった。
「味の保証された俺専用ドリンクサーバーの用意があるってんなら、こっちの融資をしてやるよ」
 こめかみを指で叩きながら垣根は冗談めかして言った。
 知識も自身も能力も。安売りをする気はないが、使えると言う宣伝をしておいて損はない。
 技術、情報、能力の占有。それら限られた価値あるものへの優遇の篤さ。
 その信頼性を超能力者である垣根はよく知っている。
 それも、勝手のまるで違うこの環境では多少の足がかりでもないよりはマシ――そんな程度のものだったが。

 湯を沸かす以上にたっぷりと時間を使って見つけ出した茶を注ぎながらコルベールはひどく上機嫌だった。
 柄の違うカップをそれぞれ机の上に空いたわずかなスペースに置くとそっと書きかけの図面を移した。
「君の持つ知識は実に素晴らしい。君の倍以上生きていても、いやきっとこの先も私にはその一端すら知り得なかったろう」
 コルベールは実に素直に、教え子ほどの相手に称賛を口にする。
「別に。物を知ってるってのは偉い事でもなんでもねえだろ。こっちの話になるが、分子結合や化合なんて考えがなくても冶金技術は生まれてるし、化学反応や燃焼のメカニズムなんて知らねえどころか猿と変わらねえような昔から人間は火を使ったなんて言われてんだ。大事なのはそこじゃねえ」
 それを受けた垣根の方は、馬鹿馬鹿しいとばかりに首を振った。
「足りねえもんは経験で。それもなけりゃテメェで考えてどうにかする。実験と観察、推論を繰り返して人間は学ぶ事が出来るってのは特別なもんじゃねえ。誰しも持ってんだろ」
 コルベールはすっかり垣根の与えた知識に心を奪われたらしいが、垣根が洩らしたのは現代日本なら義務教育に毛の生えた程度の事でしかない。
 根本的な知識、いや認識のない相手に未知のものを伝えるのは難しく、他人から齧った程度のものは人間そう頭に残らないものだ。
 だが、地道な観察と実践を積み上げ科学の道を切り開いた地球の過去の研究者達と同様に。
 叩き上げの独学であんなものエンジンを作り上げてしまった男相手には、それでも充分過ぎたようだった。
「知恵の有る無しも、中にどれだけ詰め込んでるかどうかってのも大した問題じゃねえ。頭ってのはただの機能だ。それを上手い事扱えるヤツの方がその質としちゃよっぽど上等だろ。勿論両方備えてりゃ言う事なしだろうが」
「そうか……そうだな。我々の魔法にも同じような事が言えるだろう。力はあってもそれを活用しよう、などと考える者はメイジの内には少ないがね。生徒達もそうだが魔法のクラスが上がる程にわかりやすい成果にばかり目が向けられがちだ」
 しみじみと、残念そうに洩らしたコルベールは乱雑な室内に目を向けた。
 彼の『研究』と言うのは何でも「魔法を平和的に利用する事」のようだった。
 そしてコルベールが目を付けたのは魔法そのものではなく、炎の持つ熱とエネルギーを活用する事。おそらくは、その着想からして異端だ。
 その特異な発想と行動力はそれなりに評価するが。
 やはり垣根にすればその程度。他人にただ親切に手を貸してやるなんて考えは起こりそうになかった。
「いや。そう言った意味では君も実力者だろうが、国が違うとそう言った考えもずいぶんと違ってくるものかね」
「一応どっちも人間だろうから大本はそう違わねえだろ。まぁ、俺もそこは特別じゃねえし万能でもねえ。わからねえ事や足りねえもんくらいあるんだけどな」
 垣根の話に耳を傾けていたコルベールは改めて感服したように目を細めたが、垣根は反対に苦笑いを浮かべる。
 どうにもおかしなところで過大評価をされているような気がしていた。

「そうだ、ミスタ」
 中身をほとんど減らさないままカップを眺めていた垣根に、コルベールはまだ話したりない事があるらしい。
「何だ。アドバイスならもうしてやったろ」
 睨む垣根に何やら咳払いを一つ。
 コルベールはほんの少し垣根の顔を窺うと遠慮がちに口を開く。
 今までの、研究や持論を一方的に持ち出してきた時よりは随分と遠慮がちな様子だった。
「君は、ミス・ヴァリエールの事をどう思っているのだね」
「は? なに、そんなツラしておっさんも意外とゴシップ好きだったりすんのか」
 唐突な話題転換に垣根が胡乱な目を向けると。コルベールは心外だ、とでも言いたげに大袈裟に首を振った。
「いや。おかしな意味ではない。知性のある生き物を召喚した例は多いが人間が、それも異国のものがメイジの使い魔になった事はない。君と言う人間が主人である彼女をどのように思っているのか、と言うのは教師としても気になるところなのだよ」
 そのある意味単純な問い掛けに。
 垣根はふと眉を寄せた。
「どうって言われてもよ」
 そんな事は今まで考えもしなかった。
 けれど。ルイズがまだ無事に、五体満足で垣根の前にいるのだから。とりあえずムカつくような対象ではないのだろう。
 他人を近くに置いたと言う点で。かつて暗部などでは垣根にとって気に入らない対象は比喩でなく物理的に、切って挿げ替える事も出来たのだから。
 あの、やかましくて扱いづらい面倒なゴシュジンサマの事を思い浮かべながら。 垣根は漠然とした質問の答えを探していた。

 二百三十万人に及ぶ学園都市の頂点、その一角を担う垣根帝督は超能力者レベル5だ。
 多くの人の上に立ち、その中心に立つ事は出来ても混じる事は無い。
 圧倒的な力を手にし、それを振るう強者に足りないもの。
 そんなものは、馬鹿馬鹿しいくらいありふれたお話だった。

 学園都市には家族はいない。
 友人と呼べるような相手もいない。
 一般的には当たり前だとしても。垣根には親近感を覚える、精神的に近い距離を許す対象がそもそも存在しない。
 それくらい垣根にも、同業の少女の能力などを使わなくても分かる事だ。
 それだけに、何かと比べてみようにも比較対象が、基準となる物差しが垣根には思いつかなかった。
 過去の人間関係と言ったらそれまで所属していた研究機関の人間、研究者、暗部の人間――そんなものは比べる以前の問題だ。
 垣根帝督が相手として同じ目線で語るような評価をそもそもしていない。

 しかし、ここに来て出会ったあの少女――ルイズはその点で不思議だった。
 暗部組織『スクール』のリーダーが、序列第二位の超能力者が、垣根帝督が。
 まるで対等のように扱って接してしまう。
 思い返せば、一目見た時からそうだった。
 まるでそうするのが自然なように警戒心は緩み、敵意は向ける前に薄れてしまった。
 害意が感じられないからか、とも思ったが垣根自身に向けて攻撃――何らかの魔法を使われてもそれは変わらなかった。
 垣根は学園都市にいる時にも能力で、銃器で攻撃されるなんて事は仕事や立場柄よくあった。
 勿論自らの能力の恩恵でダメージはほとんど負わない。
 それでも相手が歯向かってきた事実、苛立ち程度の理由で気が向けば相手を潰す位の事は簡単に出来る。
 そんな苛立ちや不快感が全くもってなかった訳ではない。
 だが、垣根はルイズに手を下そうとは思いもしなかった。
 そして。
 今ではすっかりルイズの言葉を、行動を。
 存在を許してしまっている――らしい。少なくとも、垣根はルイズ自身に不満をぶつけてはいないのだから。
 そう振り返ってみれば。
 垣根の中で今まで埋まらなかった自分により近い、他者の位置。
 このごくごく短い時間の中でどうやらルイズはそのスペースに収まってしまったようだとさえ、思えた。
(ちょっと前ならありえねえって言いたいところだろうが……ああ、なら仕方ねえな)
 巡らす思考の中でふっと頭に過ったイメージ。
 それに眉間にそれまでこもっていた力を抜いて。
 垣根は心底下らない思いつきに口元を歪めた。
「そうだな……アイツは足元でキャンキャン吠え立てる小型犬、ってとこだな」
 それを聞いてぽかんとした表情でコルベールが見返してくる。
 仮にも貴族の、公爵家の令嬢を犬扱いとは流石に思いもしなかったのかもしれない。
 一方の垣根は自分で口にしておいてなんだが、おかしさが増していた。
「いや。予想以上にしっくりくる。構え構えってうるさい犬いるだろ? アイツはああ言うのだ。猫はもっと他人に干渉しないイメージだし」
 こみ上げる笑いを抑えながら垣根はそう続けたが。コルベールは相変わらず信じ難い、と言いたげな顔をしていた。

 自分でも思いがけず得た感覚をどうにか掴もうとあれこれ考えた挙句。垣根の頭にひとまず浮かんだのが『ペットみたいなもの』と言う馬鹿げた発想だった。
 垣根は自分の立ち位置は表側ではなく裏、それもより暗く澱んだ場所だと自負している。
 無差別に敵意を振りまく気はないが他人を傷つける事に躊躇いはない。
 しかし、垣根は足元に寄ってきた野良猫を訳もなく踏み潰すような人間ではなかった。
 こうして振り返ってみてもそれまでの、自分以外の存在に向ける感情としてはそれが一番近いような気がしていた。
 気が向けば餌を恵んでやろうかと言う気になるような、そんな程度の距離。
 あくまで格下の、弱者に向ける意識だ。
 なにより。垣根は人間の醜い部分を多く見てきている。だからこそ場合によっては単純で裏表のなさそうな動物の方が、対人間よりは余程親しみや好感が持てるかもしれない。
 そう思ってしまえば、ルイズに対しての感覚に疑問も不愉快さも感じなかった。
 そんな動物よりは少し上、だからペット程度。
 あの、おかしな存在にもそんな風に思っているんだろう。
 垣根は覚えた事のないその感覚をそんな風に捉える事にした。

「彼女の事を、仮にも主人であっても……君はそうなのか」
「ああ。一応契約なんてしてやったけどな。それだけだ。俺は見返りもなしに進んで他人に従うような趣味はねえよ」
 垣根の言葉に呆気にとられたような、しかしどこか納得したようにコルベールは首を振る。
 垣根が散々とってきた今までのコルベール自身への、後は学院長への態度などを考えればわかるだろうに。
 それとも、コルベールも主人であるルイズには期待していたとでも言うのだろうか。
 ルイズは垣根を『使い魔』と言うが、彼女より下に居るつもりなど勿論なかった。
 垣根は超能力者である自分のポジションは勿論自分自身にもそれなりのプライドを持っている。
 実際、ルイズがあの奇妙な現象を起こせなかったら契約するどころか一蹴していただろう。
 ルイズのあの失敗、、に興味があるからこそ、こんな評価が出来たと言っていいかもしれない。

 右も左も訳のわからない異世界です。
 魔法です。
 頭の痛くなるようなトンデモ、非常識。そんな状況に放り込まれた時たまたま近くに居たおかしな存在。
 唯一かもしれない、害意を向けず意思疎通を図れる相手。
 それに一種の親しみを覚えてしまう。
 そんな事があるのかもしれない。

 とりあえずペットらしきポジション。
 なんて当のご主人様が知ったら、またうるさく怒鳴りつけてきそうなそんな考えを一旦おいて。垣根はふとコルベールに顔を向ける。
「お、そうだ。食うかこれ」
 荷物の上に載せていた小さな籠を差し出すと、コルベールは首を傾げつつも受け取った。
「何だね?」
「サンドイッチ。昨日厨房の奴に夜食のつもりで作らせたんだが、余った。スライスしたパンに薄切りの鶏なんかが挟んである。ナイフもフォークもいらねえし、忙しい時は片手が空くだろ」
 一晩置いたからと言ってそう痛んでもいないだろう。
 残り物も籠も改めて食堂に返しに行くには面倒だったので、垣根はそれを押し付ける事にした。
 被せたナプキンをつまみ上げ中を覗いたコルベールは残りものと垣根とを交互に見て、いたく感動したように頷いた。
「食事の手間を省いて研究に打ち込もうとは、私も思いつかなかった。いや、これは便利だ。君もなかなかの」
「おっと、テメェと一緒にするな」
 何だか不名誉な勘違いをされそうで垣根はすっぱりと否定する。
 常人とは違うと自認していても。流石の垣根も変人にお仲間認定などされたくはなかった。
「あっちじゃ普通なんだよ、こう言う手軽なの。別に優雅に飯食えない事もねえんだけどな」
 そう口にした途端、垣根は何だか似たようなファストフードの味が懐かしくなった気がした。
 ああ言ったものはちょっと盛りすぎだと言うくらい強気な値段でも、格別旨い訳ではない。
 垣根もいつだったかバカ高いホットドッグを食べた事があるが、特別感動するような違いはなかったように思う。
 グルメを気取るつもりもないし、ここの食事もまあマズくはないが、日本とは味付けもなにもまるで違う。
 良し悪しではなく舌が慣れた味、と言うのは意外と恋しくなるものらしい。
「……今度マルトーにでもなんか作らせっかな。アイツ、多少無理言っても聞くだろ」
 向けられる好意の有効活用も悪くないかもしれない。
「おお、コック長のマルトーとは私も馴染みでね。意外と君も顔が広いのだな」
 サンドイッチを眺めていたコルベールは嬉しそうにそう言うと。
 改めて不思議そうな目を垣根に向ける。
「本当に。君は何者なんだね」
「別に。俺はただの平民だ。普通の、、、平民じゃねえけど。そう言うアンタは……いや、なんでもねえ」
「何だね」
「そっちこそ、まだあれこれ聞き出したくて仕方ねえって面してるように見えんのは俺の気のせいか?」
 言いかけた言葉を飲み込んで、垣根はにやりと笑う。
 結果、自分に都合よく垣根が動いたから今は態度は緩んでいても、コルベールの目は以前とそう変わっていない筈だった。
 窺い、警戒し、観察する視線に少し好奇の色が乗った程度。そのほとんどは垣根もよく知っている、散々向けられていたものだ。
 それを指摘するとコルベールは苦笑を返した。
「いや、いい。思いがけず研究に助言が貰えただけでなく少し君の見方が変わったのでな、私も今のところは満足だよ。矢鱈に詮索するような、そんな失礼な真似はするまい」
 コルベールが貴族で教師でその上おかしな研究者でも。
 相手が使い魔で怪しさ満点な平民相手でも一応、人間性を尊重するような頭はあったらしい。
「なんだそりゃ。じゃあ人生のセンパイってやつに一個だけ聞いとくわ。悩みとかあるとそう言うのは早くクるもんなのか?」
「何がだね」
「アンタの……頭の話だ」
 垣根としては最初の一言で何らかのリアクションを期待したが伝わらなかったらしい。流石に直接的な表現はマズいだろうと避けた。
「? 何の事だね?」
 しかし、オブラートに包みすぎてしまったのか。コルベールは寂しい頭を傾けるだけだった。
「いや、アンタどうみたって四十そこそこだろ? それでその進行、いや後退具合はちょっとおかしいんじゃねえの。やっぱこう、日頃ストレスとかあるとだな――」
「何の事だね?」
 繰り返される機械音声のように画一的な返事に垣根は息を吐く。
「……何でもねえ。忘れろ」
 心底不思議そうに首を傾げるコルベールの不気味さに垣根はとうとう諦めた。
 何となく、これは触れてはいけないものだと頭に入れて。垣根はその場を後にした。


 垣根が寮塔の螺旋階段を上がっていると、タイミング悪く降りてきた誰かとぶつかった――らしい。
 と言うのも。胸の前で荷物を掲げた垣根の視界にはその誰かさんは運悪く映っていなかった。
「……なによ、気をつけなさ」
 垣根は舌打つと石段の脇にずれる。その横を通りすぎようとしていた女生徒はちらっと向けた視線を上げて二度見した。
「テイトク?! あんた……ッ」
 キン、と頭に響くような声で名前を呼ばれて垣根は顔を顰めた。
 生返事をして部屋へ向かう垣根の後を、なぜか律儀についてくるルイズはぶちぶちと小さな声で独り言を続けていた。
 珍しくうるさく騒ぎ立てないのは不思議だったが、垣根にすればありがたい事だったので放置している。
 ようやくルイズの部屋のドアをあけ、ベッドの横に箱を置くと。垣根はコキンと首を鳴らす。
 クローゼット、置時計と順に目をやってからほんの少し考える。
「取りあえず風呂より飯だな」
 丁度、ルイズも朝食を取りに食堂に行く所のようだったし便乗する事にした。

 食堂の前に着くなり、ルイズは厨房へ向かおうとしていた垣根の腕を引いた。
「何だよ」
「いいから。あんたこっちで食事しなさい」
 どうやら、やっと目の前に戻ってきた使い魔の様子を監視しておきたいらしい。
 席に着く垣根に満足げに頷くと、ルイズも少しは落ち着いたのか普通に話し出した。
「ちっとも帰ってこないで何してたんだか……ご飯は一応食べてたみたいね。シエスタから聞いたわ」
「あっそ」
 垣根も流石に飲まず食わず、と言う訳にはいかないから何度か厨房に顔は出した。
 そんな話をする辺り、どうやらルイズはメイドと随分仲良くなったらしい。
 使用人と言う立場を考えると、単に知り合いの使い魔の動向を報告しておいただけかもしれないが。
 まだ何やら不機嫌そうなルイズを後目に垣根は黙々と腹を満たす事に集中する。
「あ! ミス・ヴァリエール。カキネさん戻られたんですね」
 皿を二度ほど換えた辺りで。デザートを配っていたシエスタがルイズと垣根に気付いて寄ってきた。
「召し上がりますか?」
「おう」
 ルイズの前にケーキを置くとシエスタは垣根にも笑顔を向けた。
「やっぱ疲れた時は甘いもんだよな」
 そんな風に洩らして垣根が久々の糖分を補給していると。
 ふと、ルイズが自分の前の皿を垣根の方に押しやった。
「あーもうお腹いっぱい。テイトク、これ片付けといて」
「は?」
「後、今日は授業に集中したいから来なくていいわ。あんたは部屋の片付けでもしといて頂戴。自分のベッドくらいはきれいにしておいてね。後でチェックするから、ちゃんとね」
 呆れかえる垣根は無視して一方的にそう言うと、ここに来るまでの態度が嘘のようにさっさとルイズは食堂から出て行った。
「なんだあれ。気持ち悪」
「ミス・ヴァリエールったら」
 豹変ぶりに眉を寄せる垣根とは対象的に、シエスタはおかしそうに口元を押さえていた。
「お部屋は昨日ピカピカにお掃除したばかりです。カキネさんに部屋でゆっくりしていただきたいならそう、素直に仰ればいいのに」
「面倒なヤツだ。マジで」
 欠伸混じりの息を吐くと垣根は遠ざかるルイズの背中を見送った。


「あー……変に頭がぼーっとすんな」
 食事も終えて朝から使用人用の蒸し風呂を借りてきた垣根は、がらんとした部屋の中で息を吐いた。
 サウナで汗を流しても今一つ疲れが抜けた気がしなかった。
 特別好きだとか思い入れがある訳ではないが、こう言う時は熱い風呂が恋しくなる。
 垣根も一応とは言え使い魔で平民なので余り贅沢も言えた立場ではない。
 さっぱり出来ただけマシか、などと呟くと垣根はだらしなくテーブルに凭れた。
「相棒、久しぶりだね」
 ふと、そんな声が聞こえて垣根は辺りを見回した。
 暖炉脇の壁には見覚えのある長い剣が立て掛けられている。
「なんだお前、居たのか」
「俺は部屋から出ちゃいないよ。相棒が連れてってくれないもんだから」
 何だか静か、と言うか。いつになくテンションの低いデルフリンガーに垣根は首を傾げる。
「何、お前拗ねてんの? え。剣の癖に?」
「剣だって拗ねるんだぜ。久しぶりに使い手に渡ったと思ったらこのガンダールヴ、握るどころか碌に触ってもくれねえんだもの」
「錆だらけのお前に何が斬れんだよ。そもそも俺に武器なんかいらねえっつーの」
 またその話か、と垣根は二言目には、
「俺を握って戦場に立とうよ!」みたいな事を言ってくる伝説の剣にぶっきらぼうに返す。
 よく喋る愉快なオブジェ扱いを散々されているからか、デルフリンガーは武器としての自分のポジションを貫きたいらしい。
「武器と言えばよ。あー、何だっけなあ。相棒の使うさあ、すっごいの」
「俺の使う、って『未元物質ダークマター)』か?」
「それそれ。何だっけなあ。ちょっと違うけど似たようなのを……あの感じ、どーっかで覚えがあるんだよなあ」
 それまでの期待を裏切って、デルフリンガーはほんの少し垣根の興味をひいた。
「何でお前そんな事がわかるんだよ」
 訝しむ垣根の前で得意そうに、デルフリンガーはかちゃかちゃと続けた。
「だって俺伝説だもの。相棒にくっついてりゃ武器のあれこれくらいちょっとはわかるのよ」
「そんな事言ったかお前」
「あれ。言ってなかったっけ」
 呆けたこの剣にそんな事は今更過ぎて、垣根はそれ以上追求しなかった。
 喋る以上の特殊仕様があると言うのは確かに前にも言っていたが。垣根もその時はますます剣である必要性がないように思った程度だった。
「まあ何にせよ相棒が娘っ子のとこに帰ってきて良かったよ。俺はもう心配で心配で……貴族の娘っ子もかなり気にしてたね」
「別に。用があるからちょっと出てくって言っただろ。それをお前ら一々大袈裟なんだよ」
「相棒そんな事言った?」
「言ったろ。俺の記憶力舐めるな」
「でもちょっとにしちゃ長いだろ? 何日もいないとは思わないって」
「お前のよく言う六千年に比べりゃ一瞬だろ」
 そう返されては流石にそれ以上の文句は言えなくなったらしい。
 少し黙ったデルフリンガーはまるで溜息でも吐くように小さく金具を鳴らした。
「でもよぉ。俺はさっぱりわからねえけど、その調子じゃあこの前の事は何とかなったみたいだね。俺ぁそれだけでほっとしたよ」
「……人の心配より自分の心配したらどうだ? あんまうるせえとなあ」
「よ、余計な事は言わないぜ? 何で『使い手』ってみんな意地悪言うんだよお」
 嘆くデルフリンガーに垣根はふと笑みを洩らした。
 この剣の指摘どおり、ではないが。確かにどこか吹っ切れているのは間違いないらしい。
 この部屋を出た時と比べれば、気兼ねなく軽口を叩ける程度には悪くない気分だった。


「それでよー、相棒聞いてる?」
「おー」
「相棒が話だけは聞いてくれるもんだから。帰ってきたら話せる事はねえかなって俺も頑張って思い出してたんだけどな」
「……お前の『伝説』とやらの講釈、いい加減飽きたんだけど」
「いいから聞いてくれって。最初に俺を使った『使い手』はな、そりゃもうすごくって。でも『行使手』だったばっかりに問題もあったもんだから、ブリミルのやつがそりゃあ手を焼いてだな。ルーンが何とか上手い事馴染まねえもんかと……ねえ相棒ってば」
「んー、だから俺にはどっちもいらねえんだって」
 テーブルの上で組んだ腕を枕にしたまま、垣根はデルフリンガーの話を聞き流していた。
 デルフリンガーが記憶の底から折角掘り起こしてきた六千年前の昔話にも大した興味はなかった。
 頑張ったよ! とでも言いたげなデルフリンガーには可哀そうな話だが、今は眠気が勝っている。
 連日のハードな頭脳労働はそれなりに堪えていた。
「相棒寝てるだろ? なあ、後でもっかい聞きたいって言われても俺困るよ?」
「お前のもの覚えには期待しねえし。俺こまんねーから」
「後で怒るなよ。俺聞いたかんね。それで、ブリミルはそいつの為に『先住』と『系統』を上手い事合わせてやれるようにだなあ……えっと、何かが別のような事を言ってたんだよ。確か使ってるなんかがこう、違うからってのをブリミルも誰だかに教えてもらったって」
「やっぱ肝心の所抜けてんだよお前。もういいか?」
 重い頭を起こすと垣根はデルフリンガーに背を向ける。
 ベッドに潜る垣根に、お喋りを遮られた剣は遠慮がちに返事を寄越した。
「お、おう。夕方には起こすから」
「……なんで」
「お前さん、今日何の日か忘れてない? 舞踏会だよ。娘っ子をほったらかすと、留守にした分合わせて倍怒られるよ? 俺ぁおっかないのは御免だって」
「面倒な事思い出させるんじゃねえ」
 お節介さに呆れ、垣根は悪態で返す。
 元からそんな場に出る気などなかった。そもそも使い魔の席も平民の席もないだろう。
 だが、すっぽかせばルイズは黙っていないだろう。体面がどうの見栄えがどうのと熱弁をふるった上わざわざ服まで用意させ垣根をせっついていたのだから。
 そんな余計な事はとりあえず置いて目を閉じると、疲れた頭はたちまち眠りにおちていった。





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