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No.34778の一覧
[0] 【習作・チラ裏から】とある未元の神の左手【ゼロ魔×禁書】[しろこんぶ](2013/12/17 00:13)
[1] 01[しろこんぶ](2014/07/05 23:41)
[2] 02[しろこんぶ](2013/09/07 00:40)
[3] 03[しろこんぶ](2013/09/16 00:43)
[4] 04[しろこんぶ](2013/09/16 00:45)
[5] 05[しろこんぶ](2013/10/03 01:37)
[6] 06[しろこんぶ](2013/10/03 01:45)
[7] 07[しろこんぶ](2012/12/01 00:42)
[8] 08[しろこんぶ](2012/12/15 00:18)
[9] 09[しろこんぶ](2013/10/03 02:00)
[10] 10[しろこんぶ](2014/07/05 23:43)
[11] 11[しろこんぶ](2013/10/03 02:08)
[12] 12[しろこんぶ](2014/07/05 23:45)
[13] 13[しろこんぶ](2014/07/05 23:46)
[14] 14[しろこんぶ](2014/07/05 23:47)
[15] 15[しろこんぶ](2013/09/01 23:11)
[16] 16[しろこんぶ](2013/09/07 01:00)
[18] とある盤外の折衝対話[しろこんぶ](2014/01/10 14:18)
[21] 17[しろこんぶ](2014/07/05 23:48)
[22] 18[しろこんぶ](2014/07/05 23:50)
[23] 19[しろこんぶ](2014/07/05 23:50)
[24] 20[しろこんぶ](2014/08/02 01:04)
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[34778] 17
Name: しろこんぶ◆2c49ed57 ID:1c779f28 前を表示する / 次を表示する
Date: 2014/07/05 23:48




 港町ラ・ロシェール。
 トリステインから早馬でも二日ほどかかる、アルビオンへの玄関口とも呼ばれる小さな峡谷の町。
 その薄暗い通りを進み、更に路地を奥へと行った先。一角にたつ寂れた酒場は酔客の声で沸いていた。
 店内にひしめきあう男の顔はどれもまっとうな者とは言い難く、粗暴で荒々しい風体のものばかり。
 それもその筈、アルビオンでのいくつかの内戦を経た戦帰りの傭兵が揃って戦場の垢を落とすべく憂さを晴らしているところだった。

 そんな喧噪の中、隅の席に掛けていた客が深く息を吐いた。
 目深に被ったフードの下で苦々しく顔をしかめたのは『土くれ』のフーケ。
 久しぶりに『家族』に会いにアルビオンへと赴いていた彼女は、ほんの数日の帰郷を終えてトリステインへと戻る途中だった。
 急な行程だった為に航路は遠回り、少々高くつくフネを使ってしまった。
 一晩の宿をこちらで済ますつもりだったがそれにしてもお世辞にもよいとは言えない店だった。フーケも何も、路銀を少しでも安く済ませようとしている――だけではない。
 故郷の動乱をよく思わない彼女は、たとえトリステインにいる時も不穏な話題にはことのほか耳をそばだてていた。
 だが、現状をよく知るには現場の生の声を聞くのが一番に決まっている。
 先程から笑い飛ばされている話によれば、王党派の戦況は芳しくなくますます追い詰められているようだった。
 戦火の手がそこまで伸びるとも思えないがアルビオンのとある集落に身を寄せる家族の心配はフーケにとって未だ頭を占める問題だ。
(子どもたちを放ってはおけないが……せめてあの子だけでも安心して過ごせるようにしてやりたいね)
 フーケの頭にふっと今の仕事先の、そして上役の事が浮かんだ。
 彼女の、そして義妹についてまわる面倒な柵は多いが。あの男なら哀れな境遇の娘一人匿うくらいの伝手と力はあるかもしれない。
(いや! あの子を人目に――あのジジイの前に晒すような危険を冒してたまるもんかい!)
 魔法学院学院長オールド・オスマン。その姿を脳裏に描いたフーケはテーブルを叩くと大きく首を振った。
 もしも。義妹の抱える様々な問題を詳らかにしたとしても、あの老人は動じずにそうかそうかと頷くだけのような気がする。
 現に、フーケとして多くの悪事に手を染めたマチルダにそうしているように。
 煩雑な事情その一切に口を噤み庇護下に置きそうでもある。
 だがそれも、それはそれで困るのだ。
(あんのクソジジイ、テファにおかしな素振りをみせてごらん。男に生まれた事、後悔させてやるよ)
 今まで受けた散々な仕打ちを思い出したのか。フーケは自分の浮かべた想像に対してなんとも酷薄な笑みを浮かべた。
(まあ、学院なんて貴族、メイジの巣窟は無しとしてもだ。今後の事も少しは考えとかないといけないね)
 子どもたちにすれば慣れ親しんだ土地は離れがたいだろうが、この先、荒れていくばかりだろうアルビオンと比べてもトリステインやゲルマニアの方が余程住みよい筈だった。
(金さえあればゲルマニア、って手も前ならあったけど。今のあたしの身の上じゃやっぱりトリステイン一択になっちまうのかね)
 状況は変わり、パトロンが居るトリステインの方が色々と融通も利くかもしれない。
 義妹の事を思えば後ろ盾や備えは充分に用意しておきたいところだ。用心に越した事はない。
 そんな風に頭を悩ませるフーケにふと声が掛けられた。
「こちら、空いてるかね」
 すぐ隣の椅子を引いたのは何とも店に不似合いな、奇妙な風体の男だった。
 白い仮面で顔を隠し、黒いマントの下には杖が覗く。恐らくはメイジだろう。
 それも見るからに訳あり、と言った具合だが店内の傭兵どもとはまるで違う雰囲気をまとっていた。
 有無を言わさぬ男の言葉にフーケはひとまず頷く。
 と、連れらしい女が遅れてやってきた。
 真っ黒なケープのフードを深く被った女は、一度会釈を寄越したきりテーブルの近くに立つと、黙ってじっと二人を眺めるばかりだった。
「貴族様かい? こんな場末の店に、何の用だい」
「フーケと呼ぶべきかな。それとも慣れ親しんだ名の方がいいかね。マチルダ・オブ・サウスゴータ」
 その名で呼ばれるのは久しぶり、しかしついこの前にもあった事だ。フーケは訝しげな眼で男をみつめた。
「何なんだい、最近は落ちぶれた元貴族をこき使うのが流行ってんのかしら」
「理解が早くて助かる。マチルダよ、再びアルビオンに仕える気はないかね?」
 何をふざけた事を、と突拍子のない提案に息巻くフーケ。
 だが、男はゆっくり頭を振って見せる。
「勘違いするな。王家に仕えろなどとは言わんさ。アルビオン王家はじきに倒れるのだ、もし貴様がそれを望んだところでかなうまいよ」
「下らない戦のお陰かい? 空に浮かぶあの国の中じゃずいぶん派手にやらかしてるみたいじゃないの」
「ただの戦ではない、革命だ。古く無能な王家は、有能な貴族によって打ち倒される。アルビオンには新たな風が吹くのだよ」
 まるで酔った者のような言葉だが、男の声には確信めいた響きがあった。
 夢と描いた絵空事を、掲げた理想を現実に出来るのだと信じている。そして今、それは実現へと近づいているようだった。
「だとしたってわたしは関係ない事さ。とっくに貴族の名は捨ててんだ」
「我々の前にそれは無意味だ。家名も、国境さえ問わずただ一つ崇高な目的の為にある。ハルケギニアの為に集い、この世界の舵を取る。アルビオンはその足がかりさ。そんな我らの一員として、お前を迎えようと言うのだよ。マチルダ」
 とっくに捨てた名前に、フーケも未練などない。しかし、その響きはかつて父の負った役目と、今の自分のやるべき事を心の内に思い起こさせる。
「お前は選ぶ事が出来る。我々の同士となり、『レコン・キスタ』に自らの意志で仕えるか……」
 不意に言葉を切ると、仮面の男はちらりと後ろを盗み見た。
 その後をため息とともにフーケが引き取った。
「ここで死ぬか、ってとこだろう? でもねえ色男さん。わたしもそんな安い女じゃないのさ」
 袖の中からするりと杖を取り出すとフーケは挑発的に笑い返す。
「わたしの『錬金』とあんたの魔法。どっちが早いか勝負するかい?」
 『土』系統の初歩である『錬金』は詠唱が短く、ただ対象を土に換えるだけなら小難しい指定もいらない。フーケの得意とする呪文だ。
 目の前の男の杖が崩れるのが先か、フーケの首が落ちるのが先か。
 そんな緊張感が両者の間に走る。
 だが、男の後ろに立つ女は加勢の素振りも見せない。ひょっとしてメイジでさえないただの侍女なのか。
 フーケがそんな風に状況を見ていると男は大仰に肩を竦めた。
 後ろの女に小さく、わかっている、と囁いた。
「マチルダ・オブ・サウスゴータ。その命、今ここで俺が摘むつもりはない。だが、良い返事を期待しているぞ」
 明日また来る、と残して男は立ち去った。
 却って、その潔さが不気味だった。

「あちらさんは最初からこっちを取り込む気で来てんだ。当然外も、張られてんだろうねえ」
 今から逃げるのも厄介そうだ、と店の階段を上りながら呟く。
 フーケが疲れ切った顔で部屋にはいるなり、耳元から小さな鈴のような音が響く。
 小さなテーブルに置かれた水差しを手に取ると、中身をグラスに注ぎながらフーケは首を振った。
「はいはい。こんな時間になんだい。急ぎの用でないんなら後にしてもらえると嬉しいんだけど」
 指輪を嵌めた指を口元に寄せるとフーケはけざらない調子で応えた。
 こいつときたら、またどこぞで覗きでもしていたんじゃないか、と思うくらいのタイミングの良さだった。
『これはこれは。お邪魔じゃったかな』
 イヤリングの金具の擦れる音に混じって、先端に下がった薄緑の石からトリステインに、学院に居る筈のオールド・オスマンの声が発せられている。
 二組一対のアクセサリーに『伝声』の魔法が掛けられたこのマジックアイテムは、オスマン氏がどこからか手に入れたと言うもので。オスマンの駒として働くことになったフーケにはもってこいの一品だった。先に使う相手の精神力で動く事もあって、フーケの側から使うことは滅多になかったが。
 表向きは秘書と言う立場上、教師たちよりは自由に動ける彼女には玉石入り混じった雑多な情報の収集が通常の職務に足されている――と言えばそれなりだが、実際はところ構わない老人の無駄話に小遣い付きで付き合わされているのがほとんどで。
 迷惑なおもちゃがこんな風に役立つこともあるのか、とフーケは少しだけ感心した。
「まったく、おかしな奴から引き抜きの話があったよ。モテる女は困っちゃうわ」
 先ほどの話をオスマンに黙っている事もない、とフーケは男から聞かされた話を簡単に明かした。
 王家に恨みが無いわけじゃないが、彼らを亡き者にしよう、と目論む者たちに与する事よりも。今の状況を考えれば、そんな奴らに弱みでも握られない事の方が優先すべきに思えた。
 だから、何とかうまく立ち回らなければ、と考えていたのだが。
 オスマンの返答はフーケの予想を超えていた。
『おっほう! 随分いい話がきたようじゃな。いやぁ、流石は王都でならしたフーケと言ったとこじゃろうか。まだ断ってはおらんのだろ? 何、君は非常に優秀じゃから二足の草鞋なーんて楽々こなせる筈じゃ』
 手を打つほどの喜びようであっさりと。当然のようにレコン・キスタに入り込めと言ってきた。
 それも、あくまで彼女が付いているのはオスマンの側だと言いたげな口ぶりだ。
「あんたは! そんな簡単に言ってくれるけどね! あんなヤツらが、もしあの子の事を嗅ぎ付けでもしたら――」
 ダン! とフーケの拳がテーブルを打つ。
 今更、この老人に逆らえそうに無い事を。フーケはとうに実感してしまっている。いざとなれば、自分など投げ打つ覚悟だってそれこそ名を捨てたあの時に出来ているが。
 守るべきものの事となれば話は別だ。不満が、焦りが口を吐く。
 それを遮ったオスマンの声はなんとも静かだった。
『その心配は、まだ大丈夫じゃ。抜き差しならぬ状況ならまだしも、平時であれば常と変わらぬ暮らしを――彼女らを不要な心配など要らぬ平穏においてやるのが君の望みじゃろう? マチルダ姉さんや』
 見透かしたような物言いに。まるきり子どもを宥めるような調子にフーケの怒りも勢いを失う。
「……っ、わたしだって、あの子たちを不安になんてさせたかないさ」
『なら異論ないじゃろう? もしあちらで動きがあっても――中に居れば嫌でも耳に入る。それはさておき、こちらもちょっとした事件があってな』
「はあ。どうせあんたの前じゃ、わたしの首は縦にしか振れないんだろうさ。もういい、さっさと話を済ませてくれるかしらね」
『いい知らせと、悪い知らせどっちから聞きたいかね』
「……いい方で」
 やり場を失った憤りにげんなりとしたフーケは、今はない筈の眼鏡を指で直しながら返した。
『ゲルマニアへの訪問の折、アンリエッタ姫殿下がトリステイン魔法学院に行幸なさる事になってな。まあ王宮の考えなんてのは、ついでに気分転換させようって事なんじゃろうけど』
 いいニュースだと言っていながらあまり嬉しくなさそうにオスマンは告げた。
「それでは、悪い方のお話とはなんですの?」
『何分急な話じゃったし、歓迎の準備がこれまた大変そうでな。優秀な秘書がおらんのでますます面倒。ああ、こんな時ミス・ロングビルが二人おればこんなに楽な事はないんじゃが』
 オスマンの軽口に、覗きかけた秘書の顔がすっと引いてしまった。
「わたしゃ『土』メイジだからね。どっかの陰気なスクウェアみたいに自分そっくりの分身なんか作れやしないよ」
 なんなら今から帰ったっていいんだけど、と水を向けるもオスマンはきっぱりと断った。
「流石に、私のところには『一緒に革命起こしませんか』なーんてお誘いはこないんでのう。お前さんにしか出来ないんじゃから、そっちを頼む。学院は、実家の都合で長期休暇って事にしとくでのう」
「ああもう! やればいいんだろうやれば。スパイでもなんでもやってやろうじゃないの!」
『カッカするでないミス・ロングビル。余り怒ると小皺が』
「まだそんなもん出ちゃいないよ!」
 怒鳴って『伝声』での通信を切ると、フーケはくしゃくしゃと頭を掻いた。
 しばらくは学院に戻らなくて済むと思うと――あの学院長の相手をしなくて済むと思えば――ほんの少し気が楽だった。
「あいつ。本当にこっちの事をどこまで掴んで……それで? 一体どこ向いて、どこに付いてるんだろうねえ」
 オスマンは度々、大局を見据えたような事を口にするが。結局はトリステイン側の人間なのだと思っていた。
 だが。マチルダ・オブ・サウスゴータの事を知っていた事を思えば彼は他国ともなんらかの繋がりがあるかもしれない。アルビオン、ゲルマニア、ロマリア。或いはもっと別のどこかだろうか。
「テファ、姉さん頑張るから。大丈夫さ」
 血こそ繋がっていないが、妹のような子どものような存在。

 その柔らかなものを、その未来を守るためなら。きっと自分はなんだってできるのだ。

 心の内にかかる重みを確かめるようにフーケは呟いた。



*  *  *




 眠るルイズは夢を見ていた。
 その最中、ああこれは夢だ、と気付く事のあるそんな夢。
 わかっていてもそれはいい夢だとは限らない。
 今夜の夢も、そのようだった。

 幼いルイズは走っていた。
 生まれ育った屋敷の中を、中庭を、人目を避けて逃げ回る。
 後ろから追いかけてくるのは母親と召使。皆、魔法の出来ないルイズの事を嘆き、なじり、叱る為に探し回っている。

 どんなに叱られたって、魔法は出来るようにならない。どんなに望んでも、杖を振っても魔法は成功しない。
 今のルイズならわかる。それが何故かは、今だってわからない。

 夢の中のルイズは中庭にある池に向かっていた。
 唯一ルイズの心を宥めてくれる『秘密の場所』へ。
 元は舟遊びに使われていたこの場所も、時が経てばもう誰も気に留めなくなっていた。
 池のほとりに浮かぶ小船も、何か嫌なことがあればルイズが身を潜めるお決まりの隠れ場所になってしまっている。
 そんな風に毛布にくるまり、丸くなる幼いルイズと小船に近付く人影があった。
 立派なマントにつばの広い帽子。顔はよく見えないが、ルイズにはそれが誰かすぐにわかった。
「ルイズ」
 名前を呼ぶのは優しい声。ルイズを嫌な気持ちの底から連れ出してくれる、幼い日の憧れの人。
 それは、ルイズがまだ幼い頃にラ・ヴァリエールのすぐ近くの領地を継いだ、子爵に違いなかった。
 確かゆくゆくはルイズと結婚を、と父は彼との間にそんな約束を交わしていた。
「ほら、つかまって。晩餐会が始まってしまうよ」
 泣き顔をみられまいと俯く幼いルイズに手が差し延べられる。
 たとえ両親に叱られようとも彼はルイズを庇い、励ましてくれた。落ち込むルイズの指を温めてくれたのは頼もしく、そして優しい手だった。
 その手をとろうとルイズが立ち上がったその時。
「あ」
 突然の風が羽帽子を奪う。その下から現れたのは優しい子爵様などではなかった。
 そして、夢だからだろうか。ルイズも唐突に今の姿に成長していた。
 立派なマントを翻した少年は思わず引っ込めかけていたルイズの腕を強引に取る。
 きしりと小船が揺れ、静かな池に波がさざめく。
「来いよ」
 自信に溢れたどこかぶっきらぼうな声。
 ルイズが、掴まれた腕から視線を上へと上げると勝ち誇ったような笑みを浮かべる垣根の顔があった。
「俺のルイズ」
 そう言うと、垣根はもう片方の腕をルイズの腰に回すと抱き寄せた。
 あまりの事にぽかんと口を開けていたルイズは慌てて怒鳴り返す。
「だだだ誰があんたのなのよ!」
「お前は俺のもんだ。違うって?」
「ちょっと、離してよ! やめて!」
 振りほどこうとしてもルイズの細腕では垣根の力にかなう筈がなかった。
「うるせえ、ちょっと静かにしてろ」
 暴れるルイズの腕を離して。空いた手の平で膝の裏を支えると、垣根は軽々とルイズを抱き上げる。
 持ち上げられてぐっと近付く垣根の顔にルイズは思わず息を呑んだ。
 なんだかんだ言って垣根はかっこいい。
 すらりと背が高く、整った顔立ちに貴族の装いが見事に似合っている。
 まるで英雄譚の若い騎士のような今の姿はルイズの鼓動を早めるには充分だった。
「なんなの! もう、なんであんたなのよ……」
 真っ赤な顔で文句を言い続けるルイズだが、垣根は勝手なものでそんな様子など大して気にならないらしい。
 夢の癖に変なところで普段どおりなのが何だか余計にルイズの気に障った。
「困ったレディだ。何だよ、黙らせて欲しいのか?」
「え」
 そうか、と呟くと垣根は急に。にっこりと悪戯っぽく笑う。
「エロい事してえの?」


「ちょ、やだ、だめっ……そんな、こんなとこで……ふぇ?」
 ぱちん、と目を開けたルイズは暫く身悶えした後でぼんやりと瞬きをした。
 薄暗い、さっきまでとは違う様子が目に入る。
 そこはルイズの家でも懐かしい秘密の場所でもなかった。
「娘っ子、どうしたね」
 静かな室内にそんな声がやけに響いて聞こえた。
 びくッ! とルイズの肩が跳ねた。
 慌てて振り向くとルイズは口元に立てた指を添える。
 背後の壁に立てかけられたデルフリンガーをそんな仕草で黙らせると。足音を忍ばせてベッドを抜け出す。
 ルイズはそーっと垣根のベッドに近付いて中を覗いた。
 みれば、背中を向けた垣根は眠っているようだ。ルイズはほっと胸を撫で下ろした。
「そ、そうよ。ちょっと変な夢みたくらいで……気になんかならないんだから。だって使い魔よ? こいつは使い魔」
 そう。垣根はルイズの使い魔だ。わざわざ確認するまでもなく。
 見た目も頭もよくってなんでも出来そうなそりゃあオーバースペックな使い魔。
 ただ、肝心の中身に問題がありすぎてルイズにすればマイナス要因の方が大きいのだけれど。
 それもこの数日でちょっとくらいは上方修正されている気が、しないでもない。
 原因でもある事件の幾つかを思い出してルイズは小さくため息を吐いた。
 使い魔は優秀な方がメイジとしては鼻が高いし、ルイズだってそんな使い魔を望んで召喚したのだが。
 ルイズは何となくだが。垣根がこのまま順調に『頼れるかっこいい使い魔』になってしまっては困る気がしていた。
 そんな内心の複雑さを現すように自然と眉が寄る。
「なんなのよ。もう」
 ルイズはベッドの端に一旦座る。
 そうして腹ばいに身を乗り出すと手を伸ばした。手探りで垣根の頬を引っ張る。
 とても普段は出来ない真似だった。これは授業中など、それも垣根がよく寝ているのがわかっているから出来る、ルイズのちょっとしたストレス発散法だった。
 万一起きてしまったら、何て考えるのも恐ろしいがこんないたずらはリスクが高いからこそ面白い。
「ちょ、ま……う、粗挽きハンバーグが……れーぞーこにぃ」
 何やら意味不明な寝言と苦悶の表情を浮かべて垣根はぐしゃあ、とシーツを握った。
 どうやらおかしな夢をみているらしい。
 度々、垣根はこうして寝言を口にしたがルイズには何だかわからない事の方が多かった。
「娘っ子、眠れないのかい」
 様子を窺っていたのかデルフリンガーがそっと声を掛けてきた。静かにして、と伝えたのはちゃんと覚えていたらしい。
「ちょっと目が覚めちゃったの」
「ははあ。さてはお前さん何だかんだ言って相棒がいるのが嬉しいんだろ。んで、ちょっかい出してんだ。やあ、素直じゃないねえ」
「はっ? ちょ、なに言ってんの?」
 振り返るルイズに、何故か得意げにデルフリンガーは続けた。
「だって、相棒が出てった最初の晩、お前さん泣いてばっかでほとんど寝なかったろ」
「なんであんたが知ってんのよ!」
「俺あん時ベッドの下に転がってたもの。次の昼だろ、お前さんが俺を踏んづけたからって壁に起こしてくれたの」
「そ、そうだったかしら? でもそれ言うならあんただって泣いてたでしょ」
「おお。おかげであちこち錆びだらけよ」
 溜め息混じりにそう洩らすインテリジェンスソードにルイズは首を傾げる。
「あんたそれ、元からじゃないの?」
「いいね娘っ子! 相棒そう言うのあんま乗ってくれないんだよ。たまーに無視すんの。寂しくなっちまう」
 デルフリンガーは調子付いて楽しそうに返したが、ベッドの上で垣根が身じろぐと音も立てずにお喋りを止めた。
 一瞬で張り詰める部屋の空気。瞬きもせずじっと様子を窺うルイズの前を、天使が数人通り過ぎていくようだった。
 ふっ、と息の洩れる音がした。
「バーカ。クワガタなんか大した事ねえ、あっちのが百倍カッコいいっつってんの」
 どうやら垣根は得意そうに笑ったらしい、夢の中で。
「ねえ、わたしもさっき何か言ってた?」
「寝言かい? んー、起きてる時と変わんないと思ったけど」
 視線は垣根に向けたまま尋ねるルイズにデルフリンガーは呑気な声で答える。
 思案するように金具がゆっくりと鳴った。
「……どんな?」
「お前さんは大体いつも同じよ。『バカ』『だめ』『バカ』『やめてよね』後たまに相棒の名前呼ぶかね。寝ててもしょっちゅう怒ってんね」
 剣に眠る必要はないからだろう。
 いつも、と言ったからにはデルフリンガーは寝ている間の二人の様子もよく知っているらしかった。
「確かに、わたしはいつもそんな事ばっか言ってる気はするけど」
 軽く顎に手をやるとルイズは寝ている間の事を思い返してみた。

 そう言えば、この前夢に大嫌いなカエルが出てきた事があった。
 夢の中でだって大きな声で叫んでしまったが、そんな失態を寝ぼけて晒していないとは言い切れない。
 うっかりおかしな事を口走ってしまう事だってあるかも知れない。
 ちょうど、さっきのように。
 ルイズだってみた夢をいつも覚えている訳じゃない。

 言いようのない不安がルイズを襲った。
「ま、まあこいつも夜はよく寝てるし。大丈夫よね」
「うん。まあなあ」
 楽観してそう頷くルイズと、歯切れ悪く同意するデルフリンガー。
 両者の気はすっかり抜けていた。
 だからこそ、次の瞬間への対処が遅れた。
「……るせぇ」
 鬱陶しそうにそう呟いて。垣根は目を瞑ったまま寝返りを打つ。
 ごろん、と投げ出された腕がすぐそばで覗き込んでいたルイズの肩を叩いた。
「いたっ! ちょっと、重いわよ」
 つい反射的に叱りつけてしまった。
 ルイズは、はっとして顔を強張らせる。だが幸運にもそれに対する垣根の反応はなかった。
 垣根はルイズの上に腕をのせたまま、シーツに顔を埋めるようにして寝入っている。
「し、しかたないのよ。わたしだって、いたくてここに居るんじゃないもの! ここここいつがはなしてくれないから――」
 誰に向けたのかわからない言い訳を、声を抑えながらも早口でまくしたてるルイズのすぐ隣で。垣根はまた何事か呟いた。
 垣根の一挙手一投足にびくびくしながら。閉じた瞼を祈るようにじっと見つめながら。
 ルイズは体を縮めると慌てて口を噤み、細く息を吐いた。

 今、目を覚まされたらとても困る。
 ルイズにやましいところはないが垣根はきっと良くは思わないだろう。
 デルフリンガーはルイズの味方をしてくれるかもしれないが、勝手に人のベッドにいるこの状況をなんて説明したらいいのか。
 とても上手く出来そうにない。
 ルイズがこの窮地をどうにかするのに残された道は一つくらい。

 垣根が目を覚ます前にチャンスを見つけてこっそり自分のベッドに戻るしかない。

「しっ、静かにしましょう。テイトクが起きちゃう」
「あーあー。折角のおしゃべりはおしまいかよぉ」
 デルフリンガーは心底呆れたような、残念そうな声を洩らしたが観念したらしい。それきり黙ってくれた。

 逃げ出すタイミングを見逃さないようにしなくてはいけない。
 大人しく、眠る垣根はそれは静かなものだった。普段とは別人のように穏やかな顔をしている。
 けど間近の寝顔をじっと見続けるのも何だか落ち着かなくて。ルイズは別の事を考え始めた。
 うっかりさっき見た夢の事など考えてしまっては余計に困りそうだったから余計に。
(テイトク、あれもう着ないのかしら。ふわふわのすべすべで、いいにおいだったのに)
 垣根がこの学院にやって来た時に着ていた服は、こちらで着替えを調達して以来クローゼットにしまわれたままだった。
 「お高いふつーのブランドものだ」と垣根が言っていた、細い毛糸で丁寧に編まれたセーターの肌触りを一度触って以来気に入っていたから、ルイズとしてはちょっぴり残念だったけど。
(うー。もう一回、あっちに向いてくれないかしら)
 そんな事を願っても、なかなか幸運は転がってこない。
 自分の上に乗った腕をどけてしまえば問題の大半は片付くが、それで垣根を起こしてしまってはいけない。それはあまりに危険な賭けだった。
 ベッドの上でルイズが身を縮めてからどれくらい経ったのか。
 何の気なしに垣根の呼吸を数えていたルイズはふとある事に気が付いた。

 規則的に繰り返される寝息が切り替わる瞬間、微妙にこちらにかかる重みが変わるような気がする。
 ただの気のせいかもしれないが、無策に朝を待つよりは狙ってみる価値はありそうだった。
(っていうか、もう限界よ)
 おかしな緊張感でルイズの頭は疲れきっていた。
 ベッドはルイズのものに劣らずふかふかでおまけに温かくて寝心地がいい。すやすや目の前で寝ている垣根が羨ましい。
(このままねるのと、こいつけっとばしてベッドにもどるのどっちがらくかしら)
 おかしな二択が頭に浮かぶくらいにはルイズは参っていた。思わず自棄を起こしそうだ。
 その後の事を思えば、どちらを選んでも悪い方にしか転がらないのはわかりきっている。
 使い魔との生活を始めて、ルイズに身に付いた習慣があるのなら。それは垣根をなるべく怒らせないようにする事だった。
 不機嫌な垣根はルイズにとって、恐ろしいお母様と並ぶようなものだったから仕方ない。
 逃避しようとする思考を必死で押し留めながら、ルイズはゆっくりと呼吸を合わせた。
 垣根が息を吸うタイミングから様子を窺う。
 一呼吸終えたところで、ルイズは先に息を止めた。
 垣根の胸が動く。膨らんで、ゆっくりと吐く。
 ふ、と唇が緩んだ。

 垣根が息を吐ききった瞬間に、ルイズはさっと手を伸ばし肩の上の腕を持ち上げると素早く体を引いた。
 シーツを波立たせ、海老か何かのような身のこなしで見事にベッドの上を後退したルイズは。
 勢い余ってベッドから落ちると床の上に膝を打ち付けた。
 必死に悲鳴を堪えると、そっと顔を上げベッドの上を窺う。
 眼前の標的は……変わらず沈黙を守っている。

 勝った。まんまとやりおおせた。
 ルイズは賭けに勝ったのだ。華麗な、ミッションコンプリートの瞬間だった。

「っしゃあ!」
 思わず歓声を上げ、ルイズは自分のベッドに飛び込む。
 そこはすっかり冷え切っていたが奇妙な達成感と満足感でルイズの頭はいっぱいだった。
 笑みを洩らしながらシーツの上を転がる、なんて狂態を演じ始めても。
 その頭の上には枕も、本も、時計も、ランプはおろか。なんだかおかしな白い物体も飛んでこなかった。
 だが。
 その幸運と引き換えたように、鳴り響く朝一番の鐘がルイズの頭を揺らした。



「うううう……ひどい目にあったわ」
 教室に入り、席に着くなりルイズは机の上に伸びた。
 あれから寝直す事は当然ながら出来なかった。
(それもこれも……こいつが悪いのよ! 勝手に人の夢にでてきて、おまけにあんな)
 自分の隣の席を睨みながらルイズが頭の中で何とも自分勝手な悪態を吐いていると、その当人と目があった。
「なあ」
「な、なによ! 別にわたし何も言ってないんだからね!」
 唐突にうろたえるルイズを垣根は怪訝そうに眺めた。
「お前、変なもんでも食った? いや、おかしなのはいつもか」
「おか、おかしくなんか……ないわよ」
 失礼極まりない言葉もいつもと変わらない。
 もちろんルイズだっていつもと同じ筈なのだが、どうにも調子が違っていた。
 なんでかわからないながらも、垣根と目を合わせないようにルイズは顔をそむけた。
「今日は朝の哨戒が遅れてんなあって思ってたんだが。お前も結構図太いよな」
 眉を上げて小馬鹿にしたように洩らすと、垣根は周囲に視線を走らせた。
 男子が二人、女子は三人。
 左右、前の席から身を乗り出してわざとらしく挨拶し、話しかけてくるクラスメイトをルイズ達は主従揃って華麗にスルーしていた。
「はいはいはいはい! あなた達、どきなさい! フーケの話なら後であたしがしたげるから。ほら、さっさといきなさいよ」
 赤い髪をなびかせて、教室の扉を開けたキュルケはまっすぐにルイズの席の前までやってきた。
 騒々しく声を上げると、ルイズの近くの机に群がる生徒数人を追い立てる。
 散り散りに席を移るのを見届けると、自分はルイズの前の椅子に座った。
「ハァイダーリン。あら、ヴァリエール。あなた朝から元気ないわね」
「あんたは朝からうるさいわね」
 覗き込んでくるキュルケにむくれて返すと、ルイズは組んだ腕を枕に机に伏せる。
 舞踏会以来、フーケから『破壊の杖』を取り返した一件の話は学院内に広まった。その事でルイズと垣根の名前は今まで以上に有名になってしまったらしい。
 公爵家の三女、『ゼロ』のルイズ。その使い魔で平民、貴族を決闘で下したテイトク・カキネ。
 噂好きな生徒の中にはルイズからあれこれ話を聞こうと集まってくる者がいた。
 二人ともただ名が売れただけでなく、見た目も良かった。学園生活に退屈しがちな生徒達の耳目を集めるのも無理ない事で。
 中には、いかにも下心ありと言った様子で近寄ってくるような連中もいた。
 特に、女生徒に対してはライバルの出現を良く思わない『微熱』のキュルケが火消しに奔走する、と言うおかしな構図が出来上がっていた。

 その後の、『風』系統の魔法の授業もルイズはぼんやりと過ごした。
 ミスタ・ギトー。若くしてスクウェアクラスのメイジでもある教師がキュルケをやりこめ、何だかとっても得意げに自分の魔法を披露しようとした時も、まったく授業に集中していなかった。
 自分の使い魔の横顔を睨みながら、考え事の真っ最中だった。
(なによ。テイトクってばまたウトウトしてんじゃないの? わたしのが眠いし……ホントに昨日は大変だったんだからね。あいつにバレたらどんな目に合うかわかんないし……そっか。もし怒られたりしたら困るもの、だからあいつの顔が見れないだけよ!)
 気分の落ち着かない理由は睡眠不足。後ろめたい気持ちのせいで何だかおかしな態度をとってしまうのだ、と自己分析に一生懸命だった。

 急ききったミスタ・コルベールが授業の中断と、大事なお知らせとやらを持って教室に駆け込んでくるその時までは。



<p align=center>*  *  *</p>



 夜。
 垣根はルイズの机を占領して、山のような覚書の束をまとめている最中だった。
 元々、一般の学生とは違い、これと言ったやる事の少ない生活を送っていたがハルケギニアに来て以来、垣根の暇を潰すものは一層限られていた。
 以前取り組み始めた自主製作の『未元物質』の考察はまだ終わりが見えないので、気が向けばメモの山を崩すくらいの事はしていた。
「そう言やあ、ドラゴン、グリフォン、ユニコーンってくりゃ。まさかペガサスとかもいたりすんのか。あれ、ユニコーンとペガサスって仲間だっけ?」
 垣根は独りそう呟くがファンタジー世界にはあまり詳しくない。メルヘンな能力とは縁深くても興味がなければそんなものだ。
 昼間、授業中に突然知らされたトリステイン王女の来訪は学院中の緊張と歓声の渦の中迎えられたが、異世界から来た超能力者にとってみれば、珍しい見世物くらいのものだった。
 パンダか幻獣と同格に扱われた王女様も、今頃は貴賓室とかでのんびりしている頃だろう。物々しい護衛に囲まれて。

 垣根の近くで。朝から落ち着きのなかったルイズは一際浮き足立ったように、真新しい本を棚から取り出した。
 机を垣根に明け渡している為、テーブルの前に掛けるとページを捲りはじめる。
「そんなのあったか」
 ふと目に入った見覚えのない表紙に垣根がそう尋ねるとルイズはばっと顔を上げる。
「あ、ああ。これね」
 そして聞いてもいないのに得意そうに説明を始めた。
「エレオノール姉さまが『勉強なさい』って送ってくれたのよ。出たばっかの学術書ですって。特別に、あんたにみせてあげてもいいわ」
 ありがたいお言葉と共に、分厚い本が幾つもまとめて机の上に置かれる。
「いや。俺はいいや」
「へ? あんたこう言うの好きなんじゃなかった?」
「魔法のお勉強な、大して意味がなくなった」
 断られて余所へ向くのかと思いきや。
 ルイズは怒りもせず首を傾げた。
「そもそもあんた、なんでそんな事してたの?」
「なんでんな事聞くんだか……じゃあ話すから勝手に聞いてろ。まず前提として超能力の話になるんだがいいよな。能力者の使う能力ってのは、外部から妨害出来んだよ」
 垣根もこちらの魔法の知識を漁る理由を別に隠していた訳ではない。だが説明したところで理解が得れるとは思わない。
 それでも手を止め、椅子をずらすとルイズの方へと体を向けた。
 気分転換も兼ねてルイズのお喋りに付き合う事にする。

 この数日で、ルイズはすっかり普段通り振る舞っているように見えた。
 少なくとも、少し前までメイドやキュルケ達が訴えていたようなおかしな真似も、垣根が数日留守にして以来の妙な態度もすっかりなりをひそめているようだった。
 朝からのおかしな態度は、まだ普段のおかしさ、、、、、、、、の範囲内だ。
 だが小うるさいデルフリンガーには、
「たまには相手をしてやらないと。魔法とおんなじに、あの娘っ子は爆発するよ」なんて釘を刺された。
 つまらない事で多少の機嫌が取れ扱いやすくなるなら、垣根としても楽だった。
 少なくとも、騒音に悩むような生活を送りたいとは思っていない。

 ルイズの理解も、興味の有無も関係なく垣根は口を開いた。
 聞かれたから答える。ただそれだけのつもりだ。
「手段は何でもいい、要は演算の邪魔をしてやるだけだ。そいつの思考を阻む、組み上がる計算式がズレるよう細工してやる、現実に干渉する為のAIM拡散力場を乱してやる。後は現象を引き起こす場そのものの環境を、条件を変えてやる。とかな」
 そこまで口にした垣根はふと。
 思考の隅になにか引っかかるものを感じていた。
 どの部分だ、と気を向ける前に、ルイズの声が意識をこちらに引き戻す。
「えーあいなんとかってなに」
「ああ。能力者が無自覚に垂れ流すある種の力場、って言うのか。そいつの微弱な力の種類は能力者によって違うが、観測者が『現実を捻じ曲げる』為に必要な呼び水みてえなもんらしい」
「ふーん。わたし達の精神力みたいなものかしら」
「お前らのは内部のもんじゃねえの? まぁ、外に出ちまってるってだけで役割は大して変わらねえのかな。俺もその辺は専門じゃねえから何とも言えないけど」
 ルイズの勝手な思い付きに垣根は推論で返す。
「まぁ、話はズレたが。俺は系統魔法に対しても同じように工夫次第で妨害工作出来るんじゃねえかって思った訳で」
「ちょっと! そんな事出来るの?! どうやってよ!!」
「だから今話してんだろ。そこで俺が散々気にしてたのは魔法の法則性だ。前も言ったと思うけど、俺にはそれを正しく理解は出来ねえ。それでも系統魔法ってヤツの引き起こす現象を俺なりにでも掴めれば逆手に取れると踏んだんだが――」
 説明を途中で遮ってせっつくルイズにも、調子を変えずに話していた垣根だが。
 そこで言葉を切った。
 不意に、どこか悔しそうな目を見せる。苦心してコツコツ進めていたゲームの、より楽な攻略法を後から知ってしまったような。
 それまでの手間を惜しむように垣根は首を振った。
「どうも、そうまでする意味はないらしい」
「なんで」
 続いて、ルイズの問いにその表情は一変した。
 既に解いてしまったパズルの簡単さを論うように口元が歪んだ。
「元から『未元物質』の性能ってのはいいんだ。格段にな。衝撃、圧力、温度変化……大体の能力者が攻撃手段として使ってくるような物理現象や銃器の攻撃ってのは打ち負けねえどころか釣りが来るように出来る。そもそも造るのも壊すのも俺の意志。対策とるのはこっちの暴走防止と能力使用の邪魔をされねえかどうかだけで済む。悪用どころか俺以外に『未元物質』を好き勝手になんざされる心配がそもそもねえからな」
 自慢気にそこまで語ると垣根は椅子の上で足を組んだ。

 垣根は自ら獲得し育て上げた自身の能力に、その希少性と特異性に確固たる自信と誇りを持っていた。
 だからこそ。それを邪魔される、まして奪われるなどと言う状況は考えただけでも我慢ならない。
 そんな忌避すべき事態への想定と対策はきちんと講じていた。

 例えば。
 演算を阻害する音響装置。
 能力の暴発や能力者の自爆を誘発させるような設備。
 能力者と能力との関係を歪め暴走させる劇薬。
 そんな、表立っては流布しない対能力者用の装備や物資の情報も学園都市の暗がりに身を置けばあっさりと手に入った。
 優秀な能力者を生産するのと同時に、大事な実験動物を管理し首輪をつけるのもあの街の重要な仕事の筈だと、睨んだ通りだった。
(ったく。そんな、チマチマした気遣いしたって、学園都市って限られたスペースから放りだされりゃ状況はまるで変わっちまう。別に、それに気付かねえ程狭く物を見てたつもりはねえんだけどな)
 身に付いた常識なんてものが何に起因するか。

 経験、行動の最頻値。長く観測され続けた標準的なデータに基づいて発生する、一つの社会、決められた枠組みの内で通用する事が前提とされる――疑うべくもない共通認識。
 だが。
 それらの素地からしてまるで違う、こちらに来て得た新たな発見は垣根の常識を覆した。
 当たり前とそれまで目を向けていなかった部分を再認識させるに至った。

 それに自嘲的な笑みを浮かべた垣根は、先程の違和感の一端を捉えたような気がしていた。
「そうか。俺の使ってる演算の基盤は学園都市で、もっと言えば地球上で能力を使うのが前提だ。それ以外の状況を想定しろなんて馬鹿な話もねえだろうけど……案外、学園都市に戻れば本当に何とかなっちまったりすんの?」
 いつかの何かの語った、非現実で不確かな夢語り。
 垣根はバカ正直にそれを信じるつもりはなかったが、不思議と妙な信憑性があるような気がしていた。
 その真偽のほどは別としても。
 こちらに来ても、魔法と言う未知に対する『未元物質』の性質、能力の応用、発展性に気を向けてばかりいたから今の今までそこに至らなかったのか。

 たとえば。周囲からの圧力が変化すれば物質の状態変化に必要な温度は変化する。
 通常、一気圧の状態で水を沸騰させようと思えば水を百度まで温めてやれば済むが。もしも意図せず、なんらかの要因でその周囲の気圧がちょうど圧力鍋にでも掛けたように倍近くになっていれば。
 その変化に気付けなかった観測者は、百度を越えてもあぶく一つ立てない水と温度計を眺めて。想定外の事態に首を傾げる事になるかもしれない。
 条件次第で結果の異なる事象なんてものは山のようにある。
 その前提を改めもせずに通常の、初期条件のままの演算で。思い込みで能力を使えばどうなるか。

「そりゃあ、あちこちズレちまうかもな」
 垣根は。
 初めて『系統魔法』に触れた時の驚きが、その違和感の原因が蓋を開けたら実につまらないものだった。それに気付いた瞬間と同じく、いやそれ以上に馬鹿馬鹿しい気分になっていた。
 だが。
 それだけではない。
 『未元物質』に欠けた何か、、についてはまだそれでは不十分な気がしていた。
 垣根が捕まえたと思ったのは僅か尾の先。その全容をまだ得てはいないようだった。
「テイトク? どうしたの」
「いや……口に出してあれこれ考えてみるもんだな。ただの無駄話のつもりだったんだけど」
 思いがけない収獲に感心しながら。
 首を傾げるルイズの視線に、垣根は脱線していた話を戻す。
「『系統魔法』にはそんな常識が通じるどうか知らねえが、テメェのされたくない事は先手打ってこっちがしてやろうと思ってたんだよ。まぁ、そいつも余計な心配だったらしいけど」
「もうちょっとわかるように言ってよ」
 拗ねたように口を尖らせてルイズは不満を露にした。
 仕方なく、置かれた本を手に取ると垣根はぱらぱらとページを捲る。
「トライアングルクラスの魔法の程度ってのは何度かみたし、いくつかなら俺なりのデータもある。後は推測になるが、魔法っつうのがそうそう大能力者レベル4超能力者レベル5の規模を越えてくるとも思えねえ」
 そう前置きしてから、垣根は言葉を続ける。
「『風』ならまとめた圧をぶつけてくるか電撃だろ。そんなもん効かねえよ」
 ――巻き起こる風を自在に操るだけに留まらず、系統のその真髄はより深いところにあると言われる。
 バン、と机の上に『風』系統の資料が再び置かれる。
「『土』は『錬金』が厄介だと思ってたが。実際掛けられた所で壊れも、変化もしなかった。少なくとも、『トライアングル』クラス程度の魔法や他人の精神力じゃ俺の『未元物質』には干渉出来ねえらしい」
 ――『錬金』にはじまり、多くの加工、生産に携わる事の多い土系統の多彩さは生活にも密接に関わっている。
 その上に『土』。
「『火』はありゃどっかおかしいと思ったんだが、もっと単純な事だった。俺が想定してたのは『燃焼』って化学的な現象であって、魔法使いのそれとは根本が違うってだけだ。まぁ、『土』と同じで簡単には影響されねえみたいだから心配ないだろ」
 ――圧倒的な破壊をかなえるその呪文は戦場において最もその本領を発揮すると言われる。
 更に『火』。
「ってえと一先ず厄介そうなのは『水』くらいか。単純な攻撃手段は大した事ねえけど、こっちの肉体そのものとか精神に影響してくるってのは……あっちもそうだが相手のやり方によって対処が変わってくるだろうからな。まぁ、脅威にはならねえだろうけど要対応っつう感じだ」
 ――水分や氷の操作に留まらず、人の内部にある『水』の流れに関わることで精神や肉体にも働きかける事が出来るとされる。
 最後は『水』。
 積まれたその一番上にばさっと本を放ると垣根は肩を竦める。
 そこまで聞いていたルイズは呆れたように首を振った。
 まあ、他人の力が及ばないなんて能力の。それも自慢話みたいな事をされていい気分はしないだろう。
 引き合いに出された魔法を崇高なものとする貴族なら尚更の筈だ。
「つまり、わざわざちっちぇ事なんざするまでもなく俺の『未元物質』は最強っつう訳。わかったかよ」
「トライアングルメイジをその程度とか。あんたって能力まで相手を馬鹿にしてるのね。それで? ガクエントシじゃ大丈夫だったの?」
 挑むような視線は失敗か、似合わない敗北の話でも期待しているらしいが。
 残念ながらルイズの望みには沿えそうもなかった。
「ああ、やられる前に本人を潰せば大体なんとかなる」
 今のところ、単純な能力での小競り合いだけでみるなら学園都市での垣根の戦歴は綺麗に白星だらけだった。
 下らない『暗部』のお使いの成果は個人の技能や能力の優劣とは関係がないのが惜しまれるが。
「でも、やる前にやっちゃうなんて事が出来るならあんたの言う面倒な事ってわざわざする意味あるの?」
「お前にはその辺わからねえのか。お嬢様には難しいか? 華麗にワンパンKOってのも悪くねえが。相手の余裕面にカウンター決めてやるってのが面白えんだろ」
「あんたねえ」
 ぽかんと開いた口は言葉をつぐのも諦めたのか、ため息を吐いている。
「どうやったってそう言う能力者は他の能力者のAIM拡散力場に一度干渉するからな。その段階でわかればおかしな真似はそうそう許さねえよ」
 洗脳能力マリオネッテ読心能力サイコメトリー念話能力テレパスのように他人の精神に干渉するような能力は直接接触、もしくは能力者自身や他人のAIM拡散力場を媒介とする事が多い、と言うのが垣根の経験則だ。
 それを前提とした能力者同士のぶつかりあいならば。
 そのAIM拡散力場同士の相性によっては無意識下でも、相手の能力の妨害くらいはしてしまうなんてケースがあるかもしれない。
「でもそれって体の外にあるんでしょ? そんなのわかるの?」
「皮膚感覚とか実際の五感ってのとは少し違うけどな。普段意識してねえってだけでそこに集中出来りゃあ他の連中にも異変を察知するくらい不可能じゃねえ筈だ。おまけに俺のAIM拡散力場は完成前の『未元物質』みたいなもんだ。他人にどうこうされればそいつを知るくらいは楽勝なんだよ」
 垣根の見方でそう考えれば。
 矢張りルイズのあの魔法はどこかおかしいのだ。
 AIM拡散力場はもちろん『未元物質』そのものにも、一体どうやって干渉されたか。その是非すら知る以前の問題で感知出来ていない。
 これまで垣根のサーチを掻い潜るように発生した爆発は、観測する暇も痕跡も掴ませずに消失しているようだった。現象そのものが、まるで何もなかったようにだ。
 それでもしてやられた、なんて不快感がそうなかったのは。
 意味がわからなさすぎて笑えるなんて感覚に近かったのかもしれない。
 笑いとは、想定を裏切る驚きが大きな要素を占めるというからあながち遠くもないだろう。
 今現在の能力が垣根の理解を越え、手を離れ変質してしまっている。と言う事を抜きにしても。
 『未元物質』の反応から法則性や情報を逆算し、観測可能かと言う点では。学園都市の能力や系統魔法は可愛いものだった。
 『虚無』と仮定したなにかに比べたらずっと。
 だが、垣根自らみつけた新たな、それも一際手の掛かりそうな設問を前に。それを如何にして解いてやるかと言うのは腹が立つどころか、垣根にすれば愉快そうな事だった。
 与えられる、つまらないものを諾々とこなすだけだった今までよりは、ずっと。
「まぁ、実際の反応みて対『系統魔法』仕様に出来ねえかはこうして考えてっけど。やっぱり魔法なんてもんの情報も足りてねえから今ひとつしっくりこねえ。こっちでの『未元物質』の使い方、っつうのも確かめてみねえことにはな」
「……なんか、楽しそうね」
「楽しいかどうかはまだな。けどまぁ、暇してるよりはやる事があった方がいい」
 書きかけの紙束を小突いて垣根は口端を持ち上げる。
 そうして、愉快なおもちゃに視線を戻した。
「そんな訳で。後興味あるのは『先住魔法』と」
「なによ」
「お前くらいだよ」
 それを聞いて、さあっとルイズの顔色が変わった。
 そりゃもう唐突に。真っ白い肌が朱に染まった。
「何だ。怒ってんの?」
 いまひとつ、垣根にはルイズのツボがわからない。
 かと言って、大半が不機嫌さに振られているだろうそれをあまり知りたくもないが。
 大方先程までの無駄話の中で、貴族の御主人様を魔法なんて物と同列に扱ったのが悪かったのだろうと当たりをつける。
 さて。
 どれがくるか、と垣根はルイズの次の動きを待った。
 仮に、何かお叱りがあるとして。
 いつかと同じ爆発ならそう問題は無いがやかましい怒号なら耳を塞ぐ必要がある。

 何やらモゴモゴと呟きだしたルイズが口を開くより先に。
 唐突に扉が叩かれた。

 長く二回、続けて短いノックが三度。
 それを聞いたルイズは、はっとした顔になるとドアの前に駆け寄っていった。



=======

 垣根はゲームとかさせてもラスダン前にきっちり装備とか回復は固めていそうなイメージ。
 垣根側の『未元物質』のおはなしもちょろっと。
 自分の能力そのものとかAIM拡散力場とか、もちろんねつ造ですが。
 原作の第一位もそうだけど能力に目を向けて細かいところを把握しようとか応用しようとかしなかった感がするのは強者ゆえでしょうか。そんなニーズがそもそもなかったからわざわざ考えるまでもなかったのか。
 その点、レベル1からスタートして努力型だったらしい第三位の幅の広さと言ったら。あちこちの研究所に駆り出されるくらいですから超能力者の中でも段違いですかね。扱いやすいとも言うのか。
 食蜂さんといいJC二人の能力の便利っぷりはみててテンションあがります。
 コミックスの超電磁砲は能力の描かれ方が厚くて好きです。
 体晶って何で出来てて何を引き起こしてるのか。
 拒絶と暴走の原理から、能力開発そのものへの妄想も捗りそうで気になります。
 いつか禁書の方で詳しくやってくれますかね。
 アニレーも1から見た方がいいのかな。

 相変わらずムラ気のある更新ですが、お付き合いいただければ嬉しいです。


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