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No.34778の一覧
[0] 【習作・チラ裏から】とある未元の神の左手【ゼロ魔×禁書】[しろこんぶ](2013/12/17 00:13)
[1] 01[しろこんぶ](2014/07/05 23:41)
[2] 02[しろこんぶ](2013/09/07 00:40)
[3] 03[しろこんぶ](2013/09/16 00:43)
[4] 04[しろこんぶ](2013/09/16 00:45)
[5] 05[しろこんぶ](2013/10/03 01:37)
[6] 06[しろこんぶ](2013/10/03 01:45)
[7] 07[しろこんぶ](2012/12/01 00:42)
[8] 08[しろこんぶ](2012/12/15 00:18)
[9] 09[しろこんぶ](2013/10/03 02:00)
[10] 10[しろこんぶ](2014/07/05 23:43)
[11] 11[しろこんぶ](2013/10/03 02:08)
[12] 12[しろこんぶ](2014/07/05 23:45)
[13] 13[しろこんぶ](2014/07/05 23:46)
[14] 14[しろこんぶ](2014/07/05 23:47)
[15] 15[しろこんぶ](2013/09/01 23:11)
[16] 16[しろこんぶ](2013/09/07 01:00)
[18] とある盤外の折衝対話[しろこんぶ](2014/01/10 14:18)
[21] 17[しろこんぶ](2014/07/05 23:48)
[22] 18[しろこんぶ](2014/07/05 23:50)
[23] 19[しろこんぶ](2014/07/05 23:50)
[24] 20[しろこんぶ](2014/08/02 01:04)
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[34778] 06
Name: しろこんぶ◆2c49ed57 ID:c6ea02e3 前を表示する / 次を表示する
Date: 2013/10/03 01:45



 本塔の最上階。
 学院長室の中では、重厚なセコイア製のテーブルに肘を着いたオールドオスマンが難しい表情を浮かべて掛けていた。
「ううむ」
 長い白い髪と髭を揺らし、そんな風に時折唸る学院長は、遠い過去の思い出に浸っている訳ではなかった。
 だからと言って、学院の運営や生徒の教育、はたまた各国の情勢。そんな多くの問題に頭を悩ませているのでもない。

 老人は皺だらけの指で、苦心しながら鼻毛を抜いていた。
 暇だった。

 若くて有能、おまけに美人の秘書にいつものようにスキンシップをしようにも、忙しい彼女は丁度出かけている。
 つい先程慌てた様子で入ってきたコルベールは、すぐにまた出て行ってしまって今は部屋に一人だ。
 ぼんやりと、その事についてオスマンは考えを向ける。
「あいた!」
 うっかり引き抜いた一本が思った以上に痛かったのか、宙を仰いだ目に涙が滲んだ。


「オールドオスマン!」
 慌ただしいノックの後に飛び込んできたのは中年の教師だった。
「何じゃね。えーと……コル、コル」
「コルベールです! そんな事より大変な事がわかったんです。あの、ミス・ヴァリエールの使い魔について」
 息巻くコルベールに、いつものボケの調子を崩されたオスマンはゆっくりと首を振った。
 差し出された本の表紙を目を細めて改める。
「『始祖ブリミルの使い魔たち』、フェニアのライブラリーにしまわれとった古い資料をわざわざ引っ張り出してくるとは。また君は随分彼を気にしているようじゃの」
 本塔内部にある図書館、ハルキゲニアが始祖によって開かれて以来の歴史が収められているとすら言われるその中の一画。
 教師のみ閲覧を許された貴重な文献を収めた書庫の名を上げて、オスマンは呆れたようにコルベールを見た。
「それは……人を使い魔にするのはかつてない事です。考えられるものだけでも問題も多いでしょう。加えて彼の性質は見る限りでも――温厚な聖人君子とは言い難いものだ」
 コルベールは彼にしては珍しく、苦い顔をしてそんな風に言葉を濁した。
「いや。気にするほどの事もないじゃろう。私もちょくちょく様子をみとったが……昨日の夜も、それこそなーんにも無かったからのう。なーんにも」
 つまらん、と洩らすと途端にコルベールの目が厳しくなった。

 はっとして、オスマンは目の前の教師の人柄を思い出していた。
 ジャン・コルベール。『火』系統の『トライアングル』クラスメイジ。奉職して二十年になろうかと言う、学院でもベテランの真面目な教師だ。
 いい歳をして浮いた話とも無縁の堅物で、奇妙な研究に血道を上げている事も学内では有名な話だった。
 そんな男にオスマン得意のこの手の冗談が通じないのは、まさに火を見るより明らかだ。
 責めるような視線から顔を背けると、オスマンは余計な追求をされる前に口を開いた。
「いや、いやいや? なんじゃあの。君は心配し過ぎる所があるらしいな? そんな事だから頭が……オホン! いやいやいや! ほら、彼は大丈夫じゃろ、今だって大人しく授業を受けて――ん?」
「……どうしました」
「あー、何やらあったようじゃなあ」
 オスマンが壁に掛かった『遠見の鏡』で丁度彼らがいるだろう『土』の塔の教室を見てみると、騒がしい室内の様子が映し出された。
 教室の中は何やら物が散乱し、あちこちが荒れていた。
 使い魔が暴れ、生徒は取り乱している。
 その惨状を目にするや、顔色を変えたコルベールは慌てて駆け出していた。
 声を掛ける間もなく、オスマンはそれを見ているしかなかった。


「なんと言うか。いやはや、若いの」
 長く生きた彼からすると、コルベールのような男でもまだまだ青いと思うくらいだ。
 勢い、情熱、活力。
 人生において、足を前に進めるそれは、なくなりこそしないがそんな熱も年とともに段々と鈍ってしまう。
 子どもに囲まれたこの環境では余計に気付かされるものだった。
 オスマンがぼんやりとそんな事を考えていると、控えめに扉が叩かれた。
「おー、コルベール君。待っておったよ」
 二度目の来訪に、オスマンはふざけてウインクなどしてみたが堅物教師から特にリアクションは返ってこなかった。
「遅くなって申し訳ありません」
 どうだった、と問い掛けると、コルベールは安心したような顔で首を振った。
「恥ずかしながら、私の早合点だったようです。しかし、ミス・ヴァリエールの事はまだ気がかりですね」
「おや、今度は彼女の心配かね。使い魔の方の話をしとった気がするんじゃが」
 机の上の『始祖ブリミルの使い魔たち』を手に取ると、コルベールは紙面を捲り始める。
「ええ、あの少年に刻まれたルーン。気になって調べてみたんですが――」
 あるページに差し掛かると手を止め、オスマンの前に広げた本を置いた。
 それを覗き込んだオスマンは目に留まった記述に顔を上げ、コルベールを見つめる。
 頷く彼の顔は真剣そのものだった。
「『ガンダールヴ』、始祖ブリミルの使い魔の一つに刻まれていたとされるルーンと一致しました」
 隣に並べられた、ルーンのスケッチと見比べてもそれは確かだった。
 ギョーフ、ウル、ニイド、ダエグ、オシラ、ラグ、フェオ。
 一字も違わず刻まれたルーン。
 その事が示す可能性にオスマンは眉をひそめた。
 刻まれたルーンによって、使い魔がそれまでなかった能力を得る事は珍しい事ではない。
 通常の寿命より長く生きる事や早い成長も、種族によっては言葉を解し話す事も有り得る。
 ならば。
 伝説とされた使い魔のルーンは、あの少年に何を齎すと言うのだろうか。
「確かそれは、戦闘に特化した使い魔だった。そうじゃな?」
「ええ。姿形は伝えられていませんが、呪文詠唱の間、無防備になる身を守る為に始祖はその使い魔の力を用いたとされています」
「そう、『ガンダールヴ』は並みのメイジでは歯も立たぬ強さを誇り、千人を相手取り戦ったともされる。時に、コルベール君」
 オスマンは視線を上げると、おもむろにテーブルの天板を叩いた。
 魔法によって修理されもう目立った傷はないが、間違いなく昨日使い魔の少年、垣根が背から生やした翼で両断したものだった。
「彼が君の魔法を退け、これを壊したのはルーンが刻まれる前じゃったかな」
「はい。『コントラクト・サーヴァント』は確かにその後、私とあなたの前で行われましたね」
 その時の学院長室の出来事を思い返しながら二人は頷きあう。
 あの少年が起こした奇妙な現象は、『ガンダールヴ』とは無関係なのだろうか。
 そんな疑問と、新たな不安が胸中に起こる。
「彼は何者なんじゃろうか」
「私も、それが気になっているんです」
 数秒の沈黙の後。
 はあーっと大きく息を吐くとオスマンは髭を撫で始める。
「ルーンが同じだからと言って、決め付けるには早計かもしれん。しかし、もしそうだとしたら」
「どう思われますか」
「今は何とも言えんが……面倒な事になりそうじゃなあ」
 それまでの退屈を吹き飛ばす出来事を前に、オスマンの顔は浮かなかった。
 その時、扉が大きくノックされた。
「オールド・オスマン」
 耳慣れた秘書の声に、オスマンはふっとそれまでの緊張を解いたようだった。
「なんじゃ、ミス・ロングビル。あー、昼食なら、ちょっと間に合わなかっただけじゃ。私もまだそこまで耄碌しておらんよ」
「それでしたら、後で食堂の者に申し付けておきますわ。でも、伺ったのはその事ではありません」
 扉を開けたミス・ロングビルは眼鏡の奥の理知的な目に僅かな疲倦を浮かべているように見える。
「広場で生徒達が騒いでいます。止めようにも、騒ぎが大きく上手くいかないようです」
「どこの貴族も皆同じか。暇を持て余すとどうにもなあ。で、誰が暴れておるんじゃね」
 挙がった名前は当代の当主が元帥を勤めるグラモン家の三男坊。
 戦でも色事でも有名だった親の血は争えないのか、と呆れたオスマンだったが、続くミス・ロングビルの言葉にその態度は一変する。
「それと、ミス・ヴァリエールの召喚した平民の少年です。何でも、これから決闘を始めるとか。教師達は事態の収拾に『眠りの鐘』の使用許可を求めておりますが、いかがなさいますか」
 ロングビルの問い掛けに二人は顔を見合わせた。
 険しい顔をするコルベールに、オスマンは首を振った。
 いやに落ち着いた、そう見える態度だった。
 普段の飄々とした姿が嘘のように。オスマンは毅然とした口調で続けた。
「いや。逆にいい機会かもしれん。少し様子をみるとしよう。ミス・ロングビル、『眠りの鐘』の使用は許可しよう。但しこちらの合図を待ってもらいたい。無論、次第の責の一切は私が負う。仮に何が起きても、じゃ」
 オスマンがそう言って目配せすると、ミス・ロングビルの足元に小さな影が駆け寄る。
 白いネズミはちょろちょろと彼女の足の周りを回ると、ちゅうと一鳴きして前足を振った。
「合図はモートソグニルに任せる。ああ。おかしな事はさせんから邪険にせんでやってくれ」
「わかりました。くれぐれも、、、、、お願いします」
 ネズミをしっかりと捕まえた上で即座に出て行った秘書を見送ると、二人の教師はそれぞれ興味と不安に満ちた面持ちで鏡を覗き込んだ。


*  *  *




 余計な事を考えるのが嫌になるくらい天気がいい。
 高い日差しを浴びながら、垣根は青々とした芝生に目をやった。
(寝転んで昼寝とかしたら、気持ちいいもんなのか?)
 今まで余り縁の無かった長閑な光景に、垣根の頭にも似合わないそんな発想が浮かぶ。
 実に呑気な事を考えながら足を進める垣根は、ヴェストリの広場に差し掛かった。
 視線を前に向ければ、遠目にも興奮を抑えきれないと言った様子の観衆が目に入る。
 垣根が薄暗い中庭に足を踏み入れると熱のこもったざわめきが波のように広がった。
 集まった生徒達の好奇の視線を一身に受けて、垣根は少し不服そうに眉を寄せた。
「注目されんのは別に慣れてるけどよ、ギャラリーが揃ってナメきっていやがるのはな。ムカつくぜ」
 そんな事の発端は、ついさっき。
 昼食時の食堂で起きた。


「また床って訳にもいかないでしょ。まあ、取りあえずお昼は別のところで食べなさい」
 教室の片づけもそこそこに、食堂にやってきたルイズは朝同様に床に座ろうとした垣根を制した。
 きょろきょろと辺りを見回すと、近くで給仕をしていた使用人に声を掛ける。
「ああ、そこのあなた。黒髪のあなたよ」
「へ? 私ですか? あっあのミス、何の御用でしょうか」
 銀のトレイを抱えたメイドはルイズの声に気付くと早足で寄ってきた。
 派手な髪色の多い学院内でも珍しい、黒い髪のメイドだった。
 それで目立つせいだろうか、垣根はその顔にどこと無く見覚えがあった。
「ええと、あなた名前はなんて言ったかしら」
「あの、シエスタと申します」
「そう。シエスタ。あなたは今朝部屋に来たから知ってるでしょうけど。こいつは私の使い魔のテイトク・カキネよ」
「え、ええ。存じてます。ミス・ヴァリエール」
 見覚えがあるのもその筈。
 そう言われれば、朝ルイズが着替えを手伝わせていたメイドだったような気がした。
 正直、使用人や下っ端の顔などいちいち見ていないから垣根にも断言出来ないが、本人達がそう言うのだからそうなんだろう。
「見ての通り人間で、その上平民だから食堂で席に着かせるのもどうかと思って。テイトクにどこかで食事をさせて欲しいんだけど頼めるかしら」
「はっ、はい! かしこまりました」
 どことなく、びくびくしているメイドにルイズはツンと澄ましてそう命じた。
 こう言う所は確かに貴族のお嬢様らしい、と垣根は少し感心した。
「ありがとうシエスタ。何か用意させるのも面倒でしょう。このテーブルから適当に持っていって構わないから」
 すっかりお嬢様な顔のルイズの言葉に繰り返し頭を下げてからメイドは恭しく料理を取り分け始めた。
 そんな様子を垣根がぼんやり眺めているとルイズがふと視線を向ける。
「いい? 食事終わったら真っ直ぐここに戻って来る事。ちゃんと待ってなさいよ? くれぐれも、勝手な事しないでよね」
「あー、わかったわかった」
 適当に返すと、垣根は準備を終えたメイドの後をついて行く事にした。


 食事は、厨房の隅でとる事が出来た。
 どこから持ってきたのか、使い込まれた厨房には似合わない小奇麗な小さなテーブルが並べられた。その上にはきちんとしたセッテングがされている。
 勧められたワインを断ると、垣根は小さく息を吐いた。
「観察されながら、ってのは落ち着かないんだけどよ」
 さっきからじっと見つめてくるメイドにそう洩らす。
すると黒髪を揺らしてカチューシャを着けた頭が勢いよく下がった。
「あっ、すみません! 失礼しました」
「別に出てけとまでは言ってねえけど。後、酒より熱い茶の方がいいな。砂糖抜きの」
 恐縮して後ずさるのがあんまり哀れで、垣根はそう付け足した。
 垣根が食べ始めてから少しして。メイドはポットを持って戻ってきた。
 カップに茶を注ぎながらそっと垣根の顔を窺ってくる。
「あの、ミスタ・カキネは本当にその……平民なんですか?」
「杖無し、マント無し、魔法も無し。生まれが違うからどう言ったもんか知らないが。そう言う意味ならここじゃ俺も平民だな」
 何でだ、と聞き返すとメイドはおずおずと答えた。
「いえ、朝もそうでしたけどミス・ヴァリエールとも何だか対等に話してらしたし、ミスタはとっても堂々としてらっしゃるから。『ミス・ヴァリエールが平民を使い魔にした』って話は本当なのかって気になったんです」
「生まれで相手に引け目感じる事なんてなかったからな。相手に媚びへつらうなんてした事もねえし」
「勇気がありますわね」
 感心したように洩らすメイドはもちろん知らないだろうが、生まれも身分も能力も、他人に対して引け目も負い目も感じた事は垣根にはほとんど無かった。
「あいつの話って使用人の間でも有名なのか?」
 魚の形をしたパイ包みにナイフを入れながら、ふと垣根は尋ねた。
 まあ、貴族だらけの学校でもあの身分、その上魔法の事があっては名が知れていない方がおかしな事態かもしれないが。
「それは、その……お気を悪くしないで下さいね? ですけど、ミス・ヴァリエールは噂なんかよりずっと素敵な方ですね」
「……そうか?」
 うっかり落しかけたナイフを持ち直して、垣根は半分呆れ、残りは真剣に聞き返す。
「ええ。とっても偉い方なのに私なんかを気に掛けて下さったし、ミスタの事も大事にしていらっしゃるじゃないですか」
 にっこりと笑って言うメイドの顔は屈託の無い、実に明るいものだった。
 それからさっさと目を逸らすと、垣根は食事を再開する。

 知らない人間からはそんな風に見えるのか。
 それともこちらの平民事情がそこまでのものなのか。
 垣根にはその点の判断がつかなかったが、能力者に置き換えて考えてみればなんとなく納得出来た。
「無能力者にも隔てなく接する超能力者レベル5、なんてのが居るなら、まあ低いヤツらからはそう思われんのかね」
 ある意味では、そんな事で差別はしない垣根も似たようなタイプと言えるかもしれない。限りなく悪い意味で、と余計なものがつきそうな自分の事は棚に上げて垣根はしみじみと呟いた。


 食事を終えた垣根は先程の言いつけを守ってルイズの所へ向かっていた。
 後でうるさく言われる事を考えれば、従っておいた方が厄介が減る、くらいの理由だ。
「あ? 何だ」
 コツン、と靴に何かぶつかった。
 下を見ると、床の上にガラス瓶が転がっていた。
 中には鮮やかな紫の液体が入っている。
「香水か何かか?」
 蓋を軽く外して手で仰いでみれば、華やかとでも形容できそうな強い香りが立ち上った。
「ふうん。まぁ、悪く無さそうな趣味だな」
 見知らぬ持ち主をそう評してから、垣根は瓶の中身を手首の上に一滴垂らしてみた。
 軽く擦って少し馴染ませてやるとふわっと香りが広がる。
 女物と言うほど甘さも強くなく、上品そうな印象だ。
「おっと、あいつ拾ってくんだったな」
 道草を食っていてつい忘れるところだった。
 朝、ルイズの座っていた辺りに足を向けたが、既に食事を終えてしまったのかその姿はない。
 垣根が小柄なルイズを探して二年生のテーブルの間を歩いている時だった。
「おい、君」
 突然の背後からの呼びかけに振り返ると、何やら険しい顔をした男子生徒が垣根を見ていた。
 巻き毛の金髪に派手なシャツが特徴的だったが見覚えはない。
 マントの色からしてルイズと同学年のようだから、すれ違うくらいの面識はあったかも知れない。
 だが、垣根の頭も興味の対象外まで一々記憶している程暇ではなかった。
 無視してやり過ごそうとした垣根の背中に苛立った声が繰り返される。
「君、ちょっといいかな」
「ああ? 何だよ」
 その少年は立ち上がると、垣根の目の前までやってくる。
 じろじろと眺め回してからもう一歩寄った所で急に顔を顰めた。
「その香水だがね。まさか君――」
「香水? ああ、これか」
 垣根はポケットから先程拾った小瓶を出すと翳して見せた。
「……そうだ。どう言うつもりでそれを着けてるんだね。こっちに渡して貰おうか」
 睨みつけてくる生徒にも、何やら因縁をつけられている内容にも覚えがなく。
 垣根は眉をひそめた。
 その時、垣根が出した瓶を目にした近くの生徒が驚いたように声を上げた。
「おお? その香水はもしや、モンモランシーの香水じゃないのか?」
「そうだ! その鮮やかな紫色は、モンモランシーが自分のためだけに調合している香水だぞ!」
「ん? なんだどうした、そいつ使用人か?」
 そんなやりとりを聞いて、垣根の頭の中でパチンとピースが噛み合った。

 恐らくは女だろう、その香水の元の持ち主と関わりがあるらしいこの男。
 軽く着けた程度の垣根からそれを嗅ぎ取った辺り、余程よく知っているのだろう。
 特別なもの、と言う所から察すれば色々と想像も出来る。
 多分この男に、と言うか気に入った相手にその女が贈った物なんだろう。

「なんだ。心配すんなよ色男、こいつはちょっと拾っただけでテメェの女に手なんか出してねえから」
 落としたプレゼントを探しているだけとは思えない相手の不機嫌さも合わせて、垣根はそんな風にかまを掛けてみた。
 垣根がにやっと笑いながら瓶を振って見せると、金髪の取り巻きらしい数人が揃って顔を見合わせる。
「ギーシュ、お前決まった相手はいないなんて言って、モンモランシーとつきあってるのか!」
「なんだよ、さっさと言えよな」
「違う。いいかい? 彼女の名誉のために言っておくが……」
 何だ、どうやら予想は概ね当たりらしい。
 しかしだからどうと言う事もない。
 見知らぬ他人の浮いた話如き、垣根はさしたる興味も抱かなかった。
「何が違うんだよ。そいつのお気に入りと同じ匂いが俺からしたくらいでカッカしてんなよ」
「うわ? わっ、とと」
 背を向けて歩き出しながら、垣根が肩越しに瓶を放り投げるとギーシュは慌てた声を上げる。
 割れる音がしなかったから宙を舞った瓶は無事受け止められたらしい。

 問題は解決した。
 そう判断して早々に立ち去ろうとした垣根の背後で、不意に鋭い音とざわめきが上がった。
「さようなら!」
 涙混じりの少女の声を残して、場が一瞬静かになる。
 そして少し遅れて、水音と鈍い殴打の音が響いた。
「うそつき!」
 今度は別人の、呆れ果てたような怒鳴り声が響く。
 
 耳をそばだて無くとも聞こえるそんな小うるさいやり取りにも、我関せずと食堂内を見回していた垣根に再び憮然とした声が向けられる。
 既にテーブルの間を進んでいた垣根が律儀にも振り返ってやると、ワインに塗れたギーシュが何故かわざわざもう一度椅子に座り、気障ったらしく足を組んでいるのが見えた。
「君のおかげで、二人のレディの名誉が傷付いたじゃないか。どうしてくれるんだね?」
「傷付いたのはテメエのだけだろ。それも自業自得じゃねえか」
 どうやら意地でも自分の非を認めたくないらしい貴族様に、垣根は呆れた声で返す。
 しかし、ギーシュはなおも食い下がった。
「君が軽率にも瓶を拾い、勝手に中身を使ったからこんな事になったんだろう。僕が渡せと言った時に黙って従っていれば良かったんだ」
「元はテメエの勘違いだろうが。小さい事言ってんなよ二股ヤロー。挙げ句一貫して保身しか頭にねえとか情けなさ過ぎだろ」
 面倒なことになった、と垣根がうざったそうに返すとギーシュは真っ赤な顔をしていた。
 図星を突かれて余程頭に来たのか。
 それとも被った酒が回っているのか、どうでも良かった。
「女の方もそこそこ頭に来てるって事は、少なくともお前は掛けられてなかったんだろ? 不安の種が減って良かったんじゃねえの」
 モテる男を気取っていたのか。そんなギーシュの程度の低さにうんざりしながら、垣根は形だけは慰めるような言葉をかける。
 しかしそんな気遣いもお気に召さなかったらしい。
「どうやら君は、とことん貴族に対する礼を知らないようだね。ん? なんだ。見た顔だと思ったら、ルイズの使い魔か」
 じろりと垣根を眺めまわして、ギーシュは鼻を鳴らした。
「まあ、あの『ゼロ』のルイズの使い魔の……それも平民に貴族の機微を理解しろなんて、無理が過ぎるね。期待した僕がいけなかった」
「何だよ。人が親切に落とし物を返してやったってのに喧嘩売ってんのか。俺にふっかけたところでテメェの憂さは晴れねえと思うけどな」
 そんな風にギーシュに馬鹿にした態度をとられても、垣根は何も感じなかった。立っている位置が違いすぎて、一々腹を立てる気分にもならない。
 逆に。その虚勢に、愚かさに見ているこっちが哀れな気分になる。
 そんな相手を前にして垣根はどこか懐かしいような既視感を覚えていた。
 丁度、学園都市でも似たような経験をしている。

 馬鹿がほんのちょっとの気晴らしと小遣い稼ぎの為に突っかかってくる、なんて事は路地裏に足を踏み入れれば日常茶飯事だった。
 レベルの低い能力者や無能力者にはたまったものではないだろうが、垣根にすればちょっと服の埃を掃うようなものに過ぎない。

 学園都市表の顔。高名な常盤台の『超電磁砲レールガン』。
 個性的過ぎる容姿に悪名高い最強の超能力者『一方通行アクセラレータ』。
 そんな二名と違い、同じ超能力者でありながら、暗部に身を置いていた『未元物質ダークマター』は顔も名前もその能力もほとんど割れていなかった。
 その所為か、垣根は身の程も知らない残念な少年達によく絡まれた。
 仕事帰りに同業のドレスの少女と偶々連れ立ってなんかいると、その倍率はぐんと上がっていたような気がする。
 そんな運の悪い、可哀想な格下連中には現実の厳しさをちょっと身に染みてもらってから、さっさとお家に帰ってもらっていたが。
 目の前の、彼らとはちょっとタイプの違う残念な少年に垣根は少し同情していた。

 これだけの衆人環視の中で二股はバレる、挙句修羅場。
 今だってひどい格好で醜態は晒す。
 おまけにそうとは知らず、垣根帝督に喧嘩を売ろうとしている。
 どう考えても、今日一番不幸なのはこの男だろう。

「いや、これ以上惨めな思いしたくなけりゃ止めといた方が身のためだぜ」
普段ならまずあり得ない、精一杯の親切心で垣根は忠告した。
 しかし呆れたようにそんな事を言う垣根の態度は、誰がどう見ても舐め切ったものだった。
 そこには貴族だとか平民だとか、身分の差も関係ない。
 単純に相手を自分より下に見ている、それを隠そうともせずに垣根はただ鬱陶しそうな目をギーシュに向けていた。
 ギーシュはそれに目を光らせた。
 相当頭にきているんだろう、眉が、肩がひくついているのが傍目にもわかる。
「いいだろう。君は少しばかり勘違いをしているようだ。直々に身の程を教えてやろう。丁度いい腹ごなしだ」
「さっき止せって言ったよな? 三度まで待ってやるほど、俺は優しくねえぞ」
 ギーシュは立ち上がると、一度息を吐いた。
 少しは気分が落ち着いたのか、さっきまでの気障な態度を戻すとさっと片手を上げる。
「威勢がいいのは口だけかな? しかし平民の血で貴族の食卓を汚すわけにもいかないだろう。ヴェストリの広場で待っている」
 終始ロクに話も聞かず――まあそれはどっちもどっちだが――芝居がかった風にそう言うと、ギーシュはマントを翻して食堂から出て行った。
「あの、ミスタ? 今の話は……」
 振り返ると、眉を寄せてそう尋ねてくるのはさっきのメイド、シエスタだった。
 丁度近くで給仕をしていたのか、やり取りを耳にしていたらしい。
「聞いてたろ。これからあの貴族様と決闘だとよ」
「貴族と決闘なんて……殺されちゃう……」
 他人事のように軽く言い放つ垣根とは対照的に、真っ青な顔をしたシエスタは逃げるようにその場から去ってしまった。
「なんだよ、ヴェストリの広場ってのがどこか聞こうと思ってたってのに。使えねえな」
 後に残された垣根は、見張りのつもりなのか一人残ったギーシュの取り巻きの不愉快なにやにや笑いを一瞥すると頬を掻いた。
(さーて。どうすっかね。先にルイズを見付とかねーと後が煩そうだ。だがまぁ、つけ上がった馬鹿を放っとく事もねえしなあ)
 ルイズか、ギーシュか。
 どっちの馬鹿の相手をするのが先か、なんて垣根が暫く頭を悩ませていた時だった。
「何してんのよ! このバカ!」
「お」
 これが話に聞いた使い魔と主人の念話能力テレパスだろうか、と冗談半分に下らない事を考えながら。
 垣根は駆け寄ってきたルイズに一応の挨拶代わりに軽く手のひらを上げた。
「シエスタに聞いたわよ! 何勝手に決闘なんか約束してんのよ!」
 あのメイドは、偶然にも席を外していた御主人様に使い魔の一大事を伝えていたらしい。
 大方、戻ってきたルイズとたまたま行き会ったとかそんな所だろうが。
 もしあえてしたのなら、何とも殊勝な事だと感心と呆れを交えてそんな事を思うと。
 垣根は半目でルイズを見下ろした。
「いや、あいつが売ってきたんだって」
 言い訳をする気は無いが、一応の弁明を含めて事実を報告する。
「なら何で買ったりするのよ」
 意味わかんない、とばかりに顔を顰めるルイズに、垣根は肩を竦める。
「俺だって好きで格下なぶる趣味はねえし、情けくらいは掛けてやる。でも、刃向かってくる馬鹿を見逃してやる程優しく出来ちゃいねえんだよ」
 善悪どちらかなどと言うまでもなく、垣根は悪人の側だ。
「……どうしても?」
 一転して、ルイズは心配そうな顔をした。
 しかしそれが垣根自身に向けられているのでは無い事はすぐにわかる。
 昨日の一件で、教師の一人を退け学院長に歯向かおうとした垣根の実力はルイズだって理解している筈だ。
 短い付き合いだが、主人同様。気の長くない使い魔の性質もある程度わかっているだろう。
「別に殺しはしねえよ。後が面倒だからな。ちょっと身の程を教えてやるだけだ」
「あのね、貴族相手に怪我させたって大問題になるわよ。大体あんたは何ですぐ殺すの殺さないのって物騒な事言うの」
 眉を寄せて、ルイズは食い下がった。
 聞いたところでわかる筈もないだろうに何を、と垣根は苛立ちを募らせる。
「だからしねえ、って言ってんだろ? わからねえかな。俺はそんな事軽く出来るが、そこをそうはしねえってあえて教えてやってんだろーが」
「そんなのわかんないわよ。出来る出来ないの話じゃなく、命なんて軽く扱っていいものじゃないんだから」
「……そう言うマトモな意見久しぶりに聞いたわ」
 真剣なルイズを前に、ふっと垣根の肩から力が抜ける。

 目から鱗が落ちた、と言うのはこんな気分を言うんだろうか。
 いきものはだいじにしましょう。
 まるで子どもにそう聞かせるような。
 そんな馬鹿馬鹿しいくらい単純で真っ直ぐな言葉が恥かしげもなく口に出来る辺り、コイツは純粋培養のお嬢様らしい。
 やっぱり、根本から違う育ち方をした生き物だ。

 垣根は改めてそう実感した。
「あんたでもちょっとはわかったかしら? わかったら――」
「あーわかったわかった。一つ、雑魚共の骨の髄まで刻んでやるか。絶対的な壁、力の差ってヤツをよ」
「ああもう! 使い魔のくせに勝手な事ばっかりするんだから! ほんっっっとに信じらんない!」
 そんなルイズの叫びを無視して。垣根は近くに残っていた馬鹿の取り巻きAに声を掛ける。
 一先ず広場まで案内させながら、後をついてくるルイズに一瞬だけ目をやった。




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