池についた僕たちは、愕然に震えていた。
「どいてください。今ならまだ間に合うんです! 僕はただルイズちゃんを助けたいだけなんです!!」
「ならん! 得体のしれない連中にルイズお嬢様の死体を好きにさせるわけがないだろう! 心の臓が止まっているのだ。もう手遅れなんだ!!」
「違うんよ! 人間はそう簡単に死なないんよ!」
「そのようなことを、のたまいやがって。本当はイズお嬢様の亡骸をどこかに連れていき喰う気なのだろ!!」
「そんなことはないんよ! 私たちはルイズちゃんに召喚された使い魔なんだから!」
「そうですよ。それに、ルイズちゃんに召喚される前に僕たちは、もうすでに彼女と一緒にいました。もし、彼女が、貴方たちの言う人を食うような化け物だったら、僕はもうとっくに彼女に喰われてますよ!」
「そ……それもそうだが」
なぜならば、僕たちは、この屋敷の人に雇われていると思われる兵士たちに行く手を阻まれているからです。
上等な甲冑を身にまとい、腰に杖を下げている兵士たちはルイズちゃんのことを持ち上げ、どこかに運ぼうとしており、そんな連中のなかで比較的に大柄の男が僕達に杖を向けて、僕達とルイズちゃんを接触させまいとしていた。
たしかに連中からしたら、僕たちは不審人物だ。
そんな人間が、自分たちの主の娘である彼女との接触を許すわけがないことを僕は分かっています。
でも、だからと言って、まだ生きているルイズちゃんのことをこのまま見捨てるわけにはいかないじゃないですか。
そう思いながら、必死に連中を説得して通してもらおうとしても、一向に信用してもらえる気配すらない。
くっそ! くそくおくそくそくそ―――!! 結局、僕はどこに行っても、何をしたとしても無力じゃないか。
どうする。どうするどうするどうする!?
「俺がルイズお嬢様の亡骸を燃やそう。得体のしれない連中に亡骸に触れられるより、そうしたほうがルイズお嬢様のためだ」
ブチイイィィィ!!!!
僕の頭の中で、何かが切れる音が聞こえた。
バキ!!
あたりに大きな音が響いた
「な、何をするんだね君は!!」
僕はルイズちゃんのことを連れて行こうとした人をぶん殴った。
「皆、杖を向けい。用意!」
近衛隊の人達は一斉に僕に向けて杖を構えた。だが僕はそんなことを気にすることもなく彼の胸ぐらをつかんだ。
「なにを……するじゃないですよ。なんで簡単に自己完結しちゃうんですか」
「な、何を言ってるんだ!そんなことあるわけ「ありますよ!!」」
「あなたはルイズちゃんの目を見たことありますか? あの子は周りと違う自分自身に、周りの期待に応えられない自分自身に悲しみを抱えていたんですよ。そんなこと、会ったばかりの僕ですらわかりますよ」
僕はそういうと彼を離し、ルイズちゃんの胸を力の限り殴りつけた。
もう、彼女の心臓が止まってからだいぶ時間が経つ。普通の心肺蘇生方法が有効なわけがない。だったら少し強引でも心臓を無理に動かし、血液を循環させるしかない。
気道を確保し、人工呼吸を始める。そしてまた無茶な心臓マッサージ。
周りの人達はそんな僕を見て声ひとつ出さない。
「早く。はやくさ……帰ってきてくださいよ。僕達、まだ会ったばかりじゃないですか」
帰ってこない。
「君は、こんなところで終わっていいの? 悔しかったんだろ? 悲しかったんだろ? 何もできない自分が。そんな中で必死に生きたいって、みんなに聞こえない声で叫び続けたんじゃないんですか?」
帰ってこない。
「だって、こんなの悲しすぎるじゃないですか。悔しすぎるじゃないですか!」
「き……君、いい加減にしろ」
僕に声がかかった。僕が殴りつけた人からの物だった。
「うるさい!! ルイズちゃんは今必死に生きようとしてるんだよ。この世界にだけじゃない。人の記憶の中にもだ! 人のことをよくも知ろうとしないで自己完結して、それを押し付けるな。そんな偽物を僕らにおしつけるな!!」
僕は初めてこの世界で汚い言葉を吐き、吠えた。
「人生っていうのはそんな薄っぺらなものじゃないんだよ。どんな人間だって必死に生きてるんだ。だったらルイズちゃん。君の人生だって本物だったはずなんだよ!」
私はよく泣いていた。
魔法ができないから、よくお母さんに怒られてた。
周りのメイドやメイジたちからは冷たい目が向けられることがよくあった。
だから私は人一倍頑張った。
杖は何百、何千もふり、演唱は声がかれるまで唱え続けたことは何回もある。
それでも報われない。
周りの人達の目の色は変わることはなかった。
なんで? 何でなの!? 私はいっぱい頑張った。誰にも負けないぐらい努力した。お母さんに笑ってほしいから頑張った。
だけど、それと同じくらい惨めだった。
チイ姉さまとエレオノール姉さまはとてもすごいメイジだ。だけど私はおとこぼれだ。
何より嫌だったのは比較するような目と、失望したような目だった。
何で?
私が落ちこぼれだから?
いろんな考えが私の頭の中をグチャグチャになって、悲しくて、悔しくて、だから小さな池のボートに乗って、よく泣いてた。
私は本当に生きているの? 死んでいるの?
死ぬのは嫌だ。生きたい。
何でだろう。
何で死にたくないんだろう。
怖いから。
……
何もできないで死にたくない。
それに、まだ何もしていない。
何かって言われてもわからない。
私は怖い。
誰も私のことを覚えていてくれないと思うから。だから、それが一番怖い。
……てこ…
私は生きたい。
か…てこい
私は生きたい!!
帰ってこい!!
「君の人生だって本物だったはずなんだよ!」
トクン
よかった。 私の人生、本物なんだ
トクン
「……あ」
鼓動が聞こえた。
僕のお父さんは事故で死んでしまった。それに、実の親なのに名前を知らない。
なぜなら、お母さんからお父さんの名前を教えてもらったことがないからだ。
それでも、僕は小さい頃のお父さんとの思い出だけで十分だった。
僕は小さいころからよく歌を歌ってた。
どこかで聞きかじったような歌や、自分で即興で作った歌を得意げに歌っていたんだ。
それをお父さんに聞かせて、それでほめてもらう。それで僕の数少ない幸せだった。
お父さんはとても優しい人で、良く僕と遊んでくれた。
僕の体が弱く、病弱で病院通いが当たり前だったことを除いたら、どこにでもあるよう家庭だったのかもしれない。
お父さんと僕は、よく中庭の立ち台に腰かけ、日向にあたってた。その目の前にあるのは一際目立つ大きな木だ。僕らはなぜかその木を眺めるのが好きだった。
心地よい風が吹き、それが僕は生きているんだと実感させられた。
そんな場所で僕は歌を歌った。
「お前、歌がうまいな~」
そう、微笑みながら僕のことを見るお父さん。
そして僕はお父さんの武骨な手で僕の頭を優しく撫でてくれる。
それがどうしようもなく嬉しかった。
「そんなにうまい? うまいの? ボク」
「あぁ、お前の歌はとてもキレイで、優しく聞こえるよ」
「本当?」
「あぁ、本当だ」
「ヤ、ヤッタ~!」
僕は無邪気に喜んだ。
走り回ることができなくても、僕はそれを体全体で喜びを表現した。
「優。お前、将来歌手になれ」
「カシュ?」
「そうだよ。歌手だ。こんな病気なんかあっという間に直して、友達をたくさん作って、いっぱい勉強して、それで沢山の人を笑顔にしてほしいんだ」
そういいながら、お父さんは僕のことを背中から抱きしめる。
「カシュになれば病気は治るの?」
「……え? いや」
「カシュになればたくさんの人を笑顔にできるし、友達にもなれるの?」
お父さんの顔は笑顔から苦笑いに変わった。
「ぁ、あぁ、本当さ!」
「本当? じゃあボク、カシュになる!」
そう言いながら、僕は目をキラキラさせていた。
今だから分かるが、あの時お父さんは僕に優しい嘘をついていたのは明らかだった。
だけど、僕はそのやさしさに救われた。僕にも誰かを笑顔にできることを知った。僕の周りのみんなを笑顔にすることのうれしさを知った。
だったら、まずは僕の近くにいる人から笑顔にできるようにしないと。
そうして僕は歌い続けた。
お父さんに、
お母さんに、
それと……
それと、だれ?
それから僕は、なくすことの悲しさを知った。
大切なものも。大切な人も。大切なものをくれた人たちのことも。
だからもう、なくさない。
私は、お兄ちゃんの必死な姿を見て、どうしてこんなに必死になれるのかすぐに分かった。
だってなくしたくないから。ただそれだけなんだと分かってしまったんよ。
心肺蘇生というには、かなり無茶苦茶な心臓マッサージと人工呼吸を行ったすえ、ルイズちゃんの心臓は動き出し、呼吸をし始めた。そのルイズちゃんの顔色は、青白かったものから血色のいいものに変わっていき、今生きているのだといことがはっきりわかるようになったんよ。
周りの人達は何も言わない。いや、言えない。
だって皆はルイズちゃんが死んだとばかり思っていたらしいから、実際、奇跡に近い蘇生にを目のあたりにしてみんな、自分たちが間違いだったことに気が付いてショックを受けているみたいだったんよ。
まぁ、それだけじゃなくって、お兄ちゃんが吠えていたことにみんなビックリしていたんだということも考えられるんだけどね。
とにかく私は、この結果に安心した。これでもう大丈夫だと思ったんよ。
「よかった」
だから私はそう言いながら、お兄ちゃんとルイズちゃんのいる場所に歩いて行った。
それに気が付いたお兄ちゃんは私の方に座ったまま顔を向けた。
「……ルイズちゃん、帰ってきたよ」
「うん」
「ぼく……ボク……」
そういいながらお兄ちゃんは、笑いながら泣いていた。
優香が僕に近づいてくるのが分かった。
「よかったね」
僕はその言葉を聞き、座ったまま顔だけを優香に向ける。
彼女は微笑んで、僕達を見ていた。
「……ルイズちゃん、帰ってきたよ」
僕は、とにかくそれが嬉しかった。
まだ助けられる可能性があったからと言って、確実に助けられるとは限らないから。
だから、ルイズちゃんを助けることができて、それがどうしようもなく嬉しくて、僕はその思いを優香に帰ってきてくれたとに伝えることしかできなかった。
「ぼく……ボク……」
僕は、僕の目の前でたくさんのものがなくなった。だけど、この子の命を助けることができたのが嬉しいから、そう思うと僕は涙を流していたんだ。
でも、それと同時に僕の冷静な部分でこれからのことを考えていた。
ルイズちゃん死にかけてしまったから、その分体が弱ってしまっている。だとか、もしかしたら脳にダメージが残ってしまって、後遺症が出てきてしまうかもしれないとか。
そんなことを僕は静寂の中考えていた。だがそれは長く続かなかった
「わ……たし」
なぜならルイズちゃんの目が覚めたからだ。
僕と優香はルイズちゃんの顔を覗き込んだ。
今は難しいことはどうでもいい。それは後で考えることだ。
そう思い、僕は「お帰りなさい」といった。
「……私の人生、本物……なんだよね?」
そ、それは。
「僕の声……」
「うん。きこえ、たよ」
それから僕はしばらくの間、ルイズちゃんのことを抱きしめ、泣くことしかできなかった。