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No.37866の一覧
[0] 二つのガンダールヴ、一人は隷属を願い、一人は自由を愛した【ゼロ魔】【才人+オリ生物】[裸足の王者](2016/05/05 15:17)
[1] プロローグ[裸足の王者](2013/06/18 00:06)
[2] 第1話 対話[裸足の王者](2013/08/19 07:22)
[3] 第2話 授業[裸足の王者](2013/08/23 09:53)
[4] 第3話:フーケの雇用条件[裸足の王者](2013/08/19 06:43)
[5] 第4話:トリスタニアの休日[裸足の王者](2013/08/25 22:57)
[6] 第5話:それぞれの思惑と[裸足の王者](2013/08/25 22:57)
[7] 幕間:フーケとジャガナートの作戦名”Gray Fox”[裸足の王者](2014/06/22 09:39)
[8] 第6話:潜入・アルビオン(前編)[裸足の王者](2013/08/25 23:01)
[9] 第7話:潜入・アルビオン(後編)[裸足の王者](2013/10/01 10:50)
[10] 第8話:それぞれの脱出[裸足の王者](2013/08/25 23:07)
[11] 9話:おとずれる日常、変わりゆくもの[裸足の王者](2013/08/25 23:08)
[12] 第10話:鋼鉄の翼、もうひとつのジャガーノート[裸足の王者](2013/10/01 10:37)
[13] 第11話:狂獣たちの唄[裸足の王者](2016/05/05 15:33)
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[37866] 9話:おとずれる日常、変わりゆくもの
Name: 裸足の王者◆bf78caa6 ID:b9dddeb4 前を表示する / 次を表示する
Date: 2013/08/25 23:08
二つのガンダールヴ 一人は隷属を望み 一人は自由を願った

9話:おとずれる日常、変わりゆくもの

魔竜の住まう森として恐れられているうっそうと茂った森は、にわかに活気付いていた
最後まで王に固く付いた300名の勇敢なる男たち、そしてその家族である
それら、総勢700名近い人間がひしめき合い、難民キャンプの様相を呈していた


そして、その多くの人々の中心にウェールズとジェームズが居た
イーグル号からいくらかの非常食料が見つかったため、子供や女性たちを最優先として分配が行われていた

「残念ながら数はあまり無い、女子供が最優先だ」

だが、忠臣ばかり残された状況で、文句を言うものは唯の一人も居なかった

そして、子供たちが、ひとかたまりになり、ジャガナートの巣穴出口付近の焚き火を囲んで、非常食料をかじっていた
だが、当然のことながら乾燥させた非常食料は、あまり味の良いものではなかった

しかしながら年少の者は、なぜこのような事態になっているのか分かる訳も無く
控えめながらも不満を口にする

「ねえさま、おいしくない…」

「がまんするのよ、とおさまも、かあさまも何も口にしておられないのよ」

少し年かさの姉が、弟の頭をなで、気丈にも笑顔を浮かべて弟をなだめる
そこへ、人影が現れた、手に大きなスープ鍋を手に持ち、にこやかに話しかける

「お前たち、お腹が空いてるだろう?」

玉ねぎをバターで炒め、牛肉、鳥ガラと鳥肉、魚、野菜で出汁を取り、香辛料と塩で味付けされたスープは、えもいわれぬ芳香を湯気とともに辺りに漂わせている

子供たちは、大きな目をまばたきするだけで何も答えない
だが、子供たちのお腹の音が何よりも雄弁に現状を物語った

「ははは、ほら見な、子供は素直が一番だよ」

笑いながら子供たちのカップに暖かいスープを注いでゆく

「硬いパンもさ、スープに浸して食べるとおいしいんだよ?試してみな」

子供たちは一様に頷くと、言われたとおりにして目を輝かせる

「おいしい…」

そして、口々にお礼の言葉を、述べた

「ありがとう、お姉さま」
「ありとう、おねえたま」

マチルダはそれに答えず、にっこりと笑いながら子供たちの頭を優しくなでた
子供たちは嬉しそうに目を細め、されるがままになっていた
そこへ、後ろから声が掛けられる

「過分の施し、心より感謝いたします。ミス・サウスゴータ」

マチルダは立ち上がり、大人たちの方へ向き直る
その表情は先ほどの優しげな女性の顔から打って変わって、まるで豹のような鋭さを漂わせていた


「ふん、子供たちに罪は無いからね。それとあたしをその名で呼ぶってのは
 喧嘩でも売ってんのかい?」
「いえ、滅相も無い!では、なんとお呼びすればよろしいか?」
「管理人とでも呼びな、それとも"土くれのフーケ様"の方が気が利いてるかい?」
「つっ…土くれ!あの…」


冷汗をたらし、敬礼を続ける貴族たちを尻目に、マチルダはさっさとその場を立ち去る
理屈では分かっていても、人間そうそう割り切れるものではない
はいそうですかとすぐに態度を変えられる人間がいたとしたら、そいつの血管には血の代わりにオイルが流れている事だろう



その夜、歩哨を除く全員が寝静まった頃、ジャガナートの巣穴へと向かうひとつの影があった


「ったく、寒くって寒くって、眠れやしないよ…」

いわずと知れた、土くれのフーケことマチルダである
なぜ春先に、家具を完備した家でこれほど寒いのか、理由は簡単である
薪も、寝具も、暖炉も、全て子供たちが寒くないようにと、貸し出してしまったからである
マチルダの家の暖炉は、優しいオレンジ色の光を放ち、その前には、特に年の小さい子供たちが寄り添うようにして眠っている
そして、その子供たちをあやす様に背をなで続ける美少年たち、年上の者たちはアランを筆頭に徹夜を予感し、すでに飲食物の準備を始め、交代制のローテーションを考え始める。


マチルダはぶつぶつ呟きながら巣穴の最深部へと歩いていく
最深部にはかすかな硫黄の匂いが漂い、規則正しい呼吸音が響いていた

すぅ…と闇の中に3つの赤い光点が現れ、縦に割れた黒い瞳孔が赤い光の中に幽幻のように浮かび上がる
そして、聞く者に畏怖の念を起こさせる重低音が響く


「眠れぬのか?」
「ああ、寒くって寒くって」


そう言ったマチルダは、薄手のブランケット一枚をはおり、寒そうに身体をブルリと震わせる

「我が顔の傍におれば、多少は暖かいだろう、硫黄臭いがな」

それを聞いたマチルダはきょとんと目を見開いて何も言わなくなる
不可解に思ったジャガナートが再度声をかけた


「どうした?」
「いや、旦那でも冗談を言うんだと思ってね」
「ふん」


マチルダは、地面に寝そべっているジャガナートの前足にちょこんと座り、その巨大な顔に背中をあずけた
手で両足を抱え込み、その上からブランケットをかぶる

しばしの間沈黙があり、静寂の中に虫の鳴き声だけが流れていた

ふいに、その沈黙は、重厚な音声によって破られる


「そなたには済まぬ事をした、ウェールズ達を救い出せば、こうなることは分かっていた
 そなたなら、なんとかしてくれる、そう思ってもいた、我にも甘えがあったのであろう
 生殺与奪の権利を与えたのは、せめてもの謝意だ、許せ」

「…やだ」

それを聞いたジャガナートは歯をむき出しにし、苦い口調でこうつぶやいた

「…なら致し方あるまい、我がこの見かけどおりの存在となる、ただそれだけの事だ
 流される血によって、そなたの気が済むことを願おう」

マチルダがけらけらと笑う、ひとしきり笑い終わったあと、黒い鱗に頭を預け、こう言った


「旦那ってさ、思っていたよりも優しいね」
「出し抜けになんの話だ、そなたの目に、我はどのように映っておったのか」
「テファの命をたてに命令する大魔王」
「ふん」


ジャガナートが不機嫌そうに鼻を鳴らし、それを見たマチルダがまた笑う

「あたしは以前に思ってたよ、絶対に復讐してやるってね、今もその考えは残ってる」

ジャガナートはマチルダの独白に、黙って耳を傾けていた

「でもさ、皮肉なもんだよ、こうして立場が完全に逆転してみると、思うんだよ
 今あたしが復讐をしたら、あの子供たちは大きくなったらどうなるんだろうって
 やっぱりあたしと同じように苦しんでさ、生きるために…
 したくも無いような仕事をしてさ……でなきゃ、おまんま食い上げになって…
 それでますます恨みを強めて、あたしを殺そうとするのかなって」

「……それは我にも分からぬ、そうなるかも知れぬし、ならぬかも知れぬ
 ただ、ひとつだけ言える事がある、その鍵を、今はそなたが握っているという事だ」

「…ふん、あたしには分かってる、旦那は全部分かっててやっただろ?」

「否定はせぬ、我は、そなたに復讐などという暗い闇を抱え続ける人生ではなく
 一人の女としてやりたいことをやって生きてほしい、そう願っている」

これはジャガナートの偽らざる本音であった、それは古代竜としての慈悲か
それとも人間であった名残、優しさのカケラか…

「女……か」

そう言ったマチルダは、自分の手を、巣穴にかすかに差し込む星明りにすかし、見つめる


「あたしはもう汚れてる、色々とね…」
「だれがそう決めた?」
「…誰がって、あたしがそう思うのさ、それに周りはきっとそう思ってる」

その考えを、力強い声で、しかし穏やかに否定する


「それは誤りだ、そなたは汚れてなどいない」
「そうかねえ」
「異論は認めぬ、汚れとは、人の心の奥底より湧き出てくるもの、即座に命を取ろうとしなかったそなたの心は清い」
「分かったよ、そういう事にしておくさ、それはそうと、アルビオンの連中を認めるなんてのはあたしにゃ無理だよ、少なくとも今はね」
「認めずともよい、が…すまぬな、愚痴ならいくらでも聞こう…もっともそれぐらいしか我に出来ることは無いが」


それから、しばしの沈黙が続く
か細い星明りの差し込む洞窟に、小さな寝息が聞こえ始めたのは、それからしばらくたっての事であった
そして、マチルダが朝目覚めるまで、彼女を寝返りなどで踏み潰さぬように徹夜したジャガナートがいた



翌朝、ジャガナートの前に、ウェールズ以下主たるメンバーが招集され、青空会議が開かれていた
朝もやを切り裂き、肌まで振動させるような声が響く

「現状を確認する、ウェールズよ、残りの食料は?」

ウェールズが両手を空に向け、首を振りながら答える

「節約して3日、たらふく食えば1日で底をつくね」

その後をジェームズが補足する


「金銀宝石はそれなりにあるんじゃが、金では腹は膨れんからの」
「ふむ、衣食住の完備が急務だ、しかし…魔法学院も王宮も、あてにはならぬ
 大人数を潜伏させる準備を行う時間も金もなかった、泥縄だが、なんとかするしかない」


そこに、あくびをかみ殺しながらマチルダが現れる

「大の男どもが雁首並べてなにやってんだい?頭の固い連中だねえ全く」

続いてマチルダは、傍に置いてあった荷物の中から黒髪のかつらをつまみ出し、ウェールズの頭にぽんと載せた

「なにも合法的な組織である必要はないだろ?あんたらすでに船を襲った空賊なんだしさ
 裏の話ならあたしがいくらか口を利いてやるよ、後は自分たちでなんとかしな」

ジャガナートが口を少し開け、楽しそうに言った


「名案だな」


この日より、トリステインの裏町に、総勢700名を数える新興暴力団、"ナルド一家(いっか)"が誕生することとなる


「で、旦那、"ナルド"ってのはどんな意味があるんだい?竜の鼻くそとかそんな意味かい?」

意地悪に笑いながらマチルダが尋ねる

「いや、"ナルド"とは香油の名だ」

それを聞いていたジェームズが吹き出す


「ほっほ、なんという皮肉か」
「これから掃き溜めを作ろうって時に、香油たあ、旦那もよく分からないお人だね」


そして、貴族全員を呼び寄せ、全員の偽名を考えていく
だが、そこで全員がある事に思い至る、姓を名乗らず、そのまま名を名乗ればよいのではないかと
薄汚い恰好をしたゴロツキが、俺はウェールズだ、ワシはジェームズだなどと名乗ったところで、悪質な冗談にしか思えない
すでに王国は無いと言え、下町のゴロツキごときが名乗ってよい名前ではないからだ
しかし、姓を名乗って居ない以上、それ以上追及する事もできない。



ルイズと才人がトリステイン王宮へ出向いている間、土くれのフーケことマチルダによる
しぐさ、しゃべり方講座が開かれていた
ジャガナートはと言えば、風石掘削用の坑道を掘る作業に専念していた

「こらパリ―!何度言ったら分かるんだい!"はい"じゃなくて"へい"だよ」

挙動が常に上品過ぎて怒られ続ける元侍従長パリー、当然である、王宮において、数十年にわたって礼節の見本となり続けてきたのだから

その隣ではジェームズ一世が椅子に座り、汗を拭きながらぼやく
派手な色の服に身を包み、手の指には、これでもかときらびやかな指輪をはめ、嫌味なほどギラギラしている

「いやはや、まさかこの年になって愚連隊の真似事をするとはおもわなんだ…」

目ざとく見つけたマチルダが檄を飛ばす

「ジェームズ!あんたはこの一家の大老なんだからね!たらたらしてたら他のに舐められちまうよ
 おい、そこのあんた、えーと、フレデリック!その頭剃りな、未練たらしい!」


すでに全員の変装は終わり、何処からどう見ても王侯貴族ご一行様とは見えない、町のごろつきといった風情だ
なぜかウェールズとその指揮下の近衛隊は手馴れていて、言葉遣いも非常に"上手"なため、レッスンは免除されていた
そして、マチルダによるレッスンは続くものの、全員飲み込みが非常に悪いため、業を煮やしたマチルダがこう言い出した

「ええい!もう!直接現地へ勉強に行かすよ、あんたら」

マチルダは足音も高くジャガナートの巣穴に向かって歩き出す
そして、穴の淵から中に向かって大声で怒鳴る

「お~い!旦那!」

その声を聞きつけ、砂利や石ころをバラバラと落としながらジャガナートがバックしてくる

「旦那!夜にこいつらを裏町の近くまで連れて行っておくれよ!」
「承知」

巣穴から完全に抜け出たジャガナートが首をめぐらし、ジェームズ達に話しかけた


「そなたらに頼みたい事がある」
「へえ、あっしらにお任せください…せえ」


マチルダは必死にこめかみを揉みほぐしている
ジャガナートは噴出しそうになりながらも、依頼を告げる


「……ヤクザ者というより、"出来の悪い劇団一座"といったところだな
 まあよい、我が身体から3~4サント程度の鱗、および10サント程度の棘を取り
 それをこれから言うように加工して欲しい」


それを聞いたマチルダは顔を青くし、自分はごめんだと言わんばかりにその場を立ち去る
またスッカラカンになって眩暈がするなんてのはごめんだよ……

いくつもの小さな鱗をつなぎ合わせ、そして先端部に湾曲した鋭い棘を備えるその武器は鞭のように見えた

銘はジャンナ、才人のジャハンナムと同じように、ジャガナートの炎によって真っ赤に熱せられる
違いと言えば、毒牙から垂らした毒液によって、先端部分に焼入れがなされている事であった
そして、直接叩き斬るジャハンナムとは毛色の異なる武器が、ここに新たに誕生したのである
完成したときには既に辺りは茜色に染まっており、アルビオン名うてのメイジたちが、地面に死んだように転がっていた

恐る恐る様子を見に来たマチルダにジャガナートが話しかける

「マチルダ、ウェールズ達の世話が一段落したら、休暇を取り、一度ティファニア達の元へ行くが良かろう
 そして、この鞭、ジャンナを酒と共にワルドに届けよ」

それを聞いたマチルダがさも疲れたといった様子で盛大にため息をつく

「はぁ~、素直に休暇だけくれるおやさしい旦那はどこかにいないのかね」


■■■


その夜、マチルダがいつも利用している酒場に、どこか毛色の違うごろつきが大量に出現していた
格好は薄汚く、なるほど確かにそこらをうろついているくず共と大差がないのだが、なにか雰囲気が異質な者たちである
ホンモノのごろつき達も、その空気を悟ってか、近づこうとはせず、横目でちらちらとみつつも我関せずで酒を飲んでいた

アイパッチを付け、かつらを被ったウェールズたちは雰囲気に溶け込み、馬鹿笑いをしながらカウンターで安酒をあおっている
ジェームズはカウンターでちびちびとグラスから火酒を飲み、その味に時折眉をしかめる
マチルダは少し離れた場所でフードを目深にかぶり、どうやって飲んでいるのか、ワインとサラダを味わっていた
フードの中にフォークで器用にサラダを運び、軽い音を立てて咀嚼する


そして、インスタントごろつきの連中は周りの本物のごろつきの言動を見て、それを覚えようと必死になっている
だが、育ちの良さが災いし、ジャガナートの言ったように"出来の悪い劇団一座"状態になっていた

やがて、日が完全に落ち、闇があたりを覆うと、酒場も人の出入りが激しくなり
すでにべろんべろんに酔っぱらったアル中達も、恒例の梯子酒をしに入ってくる

連中は日銭の大半を安酒に費やし、くだを巻き、喧嘩をし、また明日の労働に出ていく
そんな連中がたくさん出入りしている場所である、平和が続くことは無い
些細なことがきっかけで、殴り合いの喧嘩が始まる
やれ俺の酒が飲めないのかだの、やれ目付きが気に入らないだの、お決まりのパターンである


「てめぇ!この俺様にガン垂れやがったな?俺様を棒頭のゴルド様と知ってんだろうなぁ!」

言うが早いか手が早いか、すでに"棒頭のゴルド様"とやらは相手の顔面にパンチを見舞っている
すぐにあちこちで皿や椅子が飛び交い、下品極まりない罵声と拳の応酬が始まる

ここの男たちが口々に叫んでいる事を実演したならば、いったい何が生まれてくるのやら

ウェールズたちは手慣れたもので、良い酒の肴だとばかりに笑顔で酒を飲み、拳を突き上げて応援している
ジェームズも、元はと言えば一国の王、度胸は据わっている。我関せずと火酒を飲み、チーズをつつく

だが、ついに身内であるフレデリックのテーブルにも喧嘩が飛び火する
へべれけに酔っぱらった男がフレデリックに絡み、喧嘩を売るも、無視され激昂する
男はあろうことか目の前にあったスパゲッティをフレデリックの輝かしい頭に被せ、どうだふさふさになっただろうと囃し立てた

フレデリックの輝かしい額に極太の青筋が浮かび、椅子から立ち上がる
そしてジェームズの方に目配せする、こいつ殺っていいですか?といった所だ

だがすでにウェールズがその男の背後に移動しており、男の髪の毛をつかんで思いきり後ろに引っ張った
ぬちゃぁ…と手に脂っこい感触が残るものの、ウェールズは無視して恫喝する

「コラおっさん、だれに断ってウチのモンに喧嘩売ってんだ、あ?」

引き倒され、尻もちをついた酔っぱらいは立ち上がる事もできず、下から濁った眼で睨み、こちらもドスを聞かせる

「ああ?てめぇはどこの誰様よ!人の喧嘩に手を出すたぁ、ナメてんのかクサレ野郎!」

ウェールズは尊大に胸を反らし、上から言い放つ

「いいか?てめぇのその頭の左右に付いている薄汚ねぇケツの穴かっぽじってよく聞きやがれ!
 俺様はナルド一家(いっか)の若頭、ウェールズ様よ!そこで飲んでるのが俺のオヤジ、ジェームズだ
 そこのフレデリックに喧嘩売るってことは、俺らと喧嘩したいのかって聞いてんだよ、理解できたか?」

そのころには岡目八目も手を止め、何事が始まったのかと見守る

「ウェールズぅ?ジェームズぁ?ふざけてんのかてめえ!それにナルド一家(いっか)だぁ?聞いた事もねえ」

ウェールズが得意げに笑顔で答える

「あたりめえよ、今日からカンバンあげるんだからな」

その言葉に周りから大爆笑が上がる

「ガキが、ここら一帯はジェド親分が仕切ってるって知らねえらしいな、野郎ども、このマヌケどもをたたんじまえ!」


「ジェドだかキャドだかなんだか知らねえが、上等だ!、まとめてかかってきやがれ!」

ウェールズの啖呵と同時に、場に居合わせたナルド一家(いっか)全員がすらりと杖を抜く
今にも飛びかかろうと身構えていたごろつきどもは一斉に、"しまった"という表情を浮かべたものの、後の祭りである


トリステインの裏町、それも最低のゴロツキが集う掃き溜めに、アルビオンの猛き風が吹き荒れた


ウィンドスピアーやフレイムボール、ウィンディアイシクルなどの殺傷力の高いスペルこそ使われなかったが
レビテーション、ウィンド・ブレイク等であっても、平民相手にはイジメに等しかった

ジャックのウィンドブレイクが唸りを上げ、4,5人の男たちを纏めて店の壁に叩きつける

フレデリックは、頭の事に言及したチンピラの脂っこい頭に向かって"ウル・カーノ"と短く唱える
何日も風呂に入っていないであろう脂っこい長髪は、景気のいい音を立てて燃え盛った

パリーは、丁寧に一人ひとりスリープクラウドを掛けて眠らせていく

幾人かがマチルダにも喧嘩を売ろうと近づくも、床の砂を油に錬金され、仲良くそろって後頭部を痛打、白目をひん剥いて痙攣する
ジェームズに喧嘩を売ったごろつきはレビテーションを掛けられ、宙に浮かんでくるくる回転していた

ジェームズ達王族、上級貴族の入った場所のチンピラはまだ幸せ者である
アルビオン陸軍の連中が入った酒場は文字通りの修羅場と化していた

アラン・メイトリクス中佐は、その獰猛な獣のような表情をゴロツキに向ける、向けられた連中は怯えるように1歩下がらざるを得なかった
その身体を守る筋肉はまさしく鋼、丸太のような腕、顔と区別のつかない猪首、樽のような足、とても人間が素手で勝てる相手ではない
当然のように武器を持ちだした連中は、地面にひっくり返って白目を剥いており、その手足はあらぬ方向に曲がっていた。

「どうした!かかってこい!お楽しみはこれからだぞ!」

周りはグロッキーになったごろつきが山のように折り重なっている
炎のトライアングルであるため、魔法は使えない、焼き肉を大量生産してしまうからだ
隣では同じくアランに負けず劣らずの体格をしたマーク・スタローン大尉が別の犠牲者を抱え上げていた

「ウオオオッ!」

獣のような声を発しながら、パワースラムで手近な机に相手を叩きつける
机は真ん中からヘシ折れ、叩きつけられた相手は苦悶の表情のまま大の字に伸びてしまう

ベネット中尉はサディスティックな笑みを浮かべ、一人の男の首を締めあげるが、腕の位置をずらし、血管をあまり締め付けないように器用に相手の気道を締めあげる


周りを見れば、木の壁から人間の頭や尻が生えている、陸軍では、喧嘩など日常茶飯事らしい
さらに言うと、若干の八つ当たりも含まれているのだろう
レコン・キスタの連中に苦渋を飲まされ続け、フラストレーションは天を衝かんばかり
そこへ、都合よくごろつきどもが喧嘩を売って来てくれた、願ったりかなったりとはこの事であろう


"ナルド一家(いっか)"はその日以来、売られた喧嘩は必ず買う暴れん坊、危険極まりないメイジ崩れ集団として裏町に知れ渡る事となった
顛末を聞いて頭痛を覚えたジャガナートは、今後面倒な相手が来たら穏やかに"話し合い"を行うから連れてこいと言い渡したそうな
その結果、裏町の顔役たちが雁首並べて股間を黒々と濡らす事になるのはまた別のお話だ

酒場や賭場から妙にすっきりした表情で出てきた"ナルド一家(いっか)"の連中だったが、半刻ほど後には魚の干物のような顔になっていた

「さあ、ここがお前らの新しいやさだ、なかなか素敵だろう?」

土くれのフーケことマチルダが指差した先には、いくつかの土に還ろうとしているかのようなボロ屋があった
元は酒場、賭場、そして娼館であったのであろう、建物があった、大きさも数も申し分ないが…
屋根は穴があき、壁も穴だらけ、中は砂と埃にまみれ、とどめとばかりに裏手のどぶ川が異臭を撒き散らしていた
とてもではないがすぐに人が住める状態ではなかった。


新興暴力団"ナルド一家(いっか)"の拠点、それは裏町の一角にあり、誰も住まなくなったスラム街の打ち捨てられたボロ屋
王侯貴族が住まうには最も適さない場所であった


■■■


翌日、学院に戻ってきた才人は、ルイズと共にジャガナートの巣穴に向かっていた
事の顛末を報告するためである。
二人の脳裏に、アンリエッタの疲れ切った顔がよぎる
ニューカッスルの陥落、王党派の全滅、そしてイーグル号の墜落爆散という最悪の情報はアンリエッタを打ちのめすのに十分だった

普段は、宝石と絹で着飾った白百合のように、清楚かつ美しい姫君が、しおれた花のようになっていた
その様子を思い浮かべるだけで、ルイズの顔色は沈み、ため息が自然と口をつく


「元気出せよ、ルイズ」
「でも、でも、ウェールズ殿下はすぐそこにいらっしゃるのに……二人を合わせてあげられないなんて」
「ああ、けど、考えてみろよ、今ウェールズ殿下がトリステインにいるってことがバレたら
 体制の整っていないトリステインに、あの連中が攻め込んでくるぜ」
「それはそうだけど……」


そして、また一つ、生命の息吹がさみしげにルイズの唇から吐き出される


「これで25回目だぜ?元気だせよ、二人はいずれ戦争が終わったら、会って抱き合えるんだからよ」
「私は今!二人を会わせて差し上げたいのよ、姫殿下の御顔をサイトも見たでしょう?」
「ああ……」


サイトはアンリエッタの顔を思い出していた、せっかく前向きにひたむきに努力を始めていたのに、あれでは不憫すぎる
そして望まぬ結婚か……例えばルイズが、俺以外の人間を好きになって、そいつと結婚するとしたら、俺は何を思うだろう


才人はふとそんな思いに駆られ、思わずルイズの肩にそっと手を回す
ルイズは最初こそびくっとしたものの、その手を振り払う事はしなかった


「元気出せよ、とりあえず三人で考えようぜ、なにか俺たちに出来ることがあるはずだ」
「うん……」


そして、森の小道は開け、やがて巨大な広場に出る、広場は二つあり、その一つには巨大な穴がぽっかりと口をあけている

「お~いっ!ジャガナート~~ッ!」

ト~ッ!ト~ッ!と穴の中をこだまが響き、やがて赤い6つの輝きが徐々に二人に近づいてくる
その振動と音に、ルイズは自分の肩に回された手に、思わずぎゅっとしがみつく

「大丈夫だって」

そして、高さ5メイルはあろうかという巨大な頭が二人の近くに寄せられ、その恐ろしげな口が開かれる


「ルイズに才人か、我に何用か?」
「ああ、姫様に報告してきたぜ」
「御苦労」


ジャガナートの目は、才人の後ろに隠れているルイズをちらりと見る

「才人、ルイズ、大空へと、雲の上へ共に行かぬか、さすれば気も少しは紛れるであろう」

雲の上、その言葉に、ルイズの顔に好奇心がわき起こる。
子供のころ、窓の外を見て思った事がある
"ふわふわしてて、気持ち良さそうね、食べたら美味しいのかな"

そして、その無邪気な願いは、すぐにかなえられる事になった。


「すごいすごい、見て!才人、町があんなにも小さく!」
「ああ、それにこの速度、最高だよな!」


子供のようにはしゃぐ二人を背に乗せ、青い軌跡を引いたジャガナートはぐんぐんと高度を上げていく、無論の事ながら、才人とルイズの周りの空気は微動だにしていない
そしてついには、濃密な霧の中に突入してしまう。

そう、雲の中だ

「わぷっ」
「はは、大丈夫だってルイズ、見ろよ、俺達には何も影響がないだろ」
「本当だ…」

霧の塊が迫ってくるように見えたので、慌てて顔を押さえ目をつむるルイズに、才人が笑いかけた

「今我々は雲の中を突っ切っている、視界が晴れるまでもう少し待つが良い」
「ええっ?これが雲?私もっともこもこしてて、柔らかくて、手で触れるのかと思ってたわ」

笑い声が響くと、ルイズの顔が不機嫌そうに膨れる
なによ二人して!私の事馬鹿にして

「まあ知らぬのも無理からぬ事だ、雲とは、今そなたらが見ているように、濃い霧や、小さな氷の粒の集まりだ、そろそろ抜けるぞ」


ルイズと才人の視界に、いまだかつて見た事の無い風景が広がる
空は限りなく青く澄み渡り、雲は海原のごとくたゆたい、日の光はまるでぴんと張られた薄絹のようにそこにあり、確度の変化と共に様々な色合いを見せていた

「…ふわぁ」

ルイズの口から、思わずつぶやきが漏れ、目尻にわずかに光る物が浮かび、それは小さなしずくとなって舞い落ちる
そして、風の精霊の防護幕を出たとたんに、氷の粒となって転がる。

才人は思わずその美しさに、氷の粒に手を伸ばしかけて止めた、その先に待ち受けているものを悟ったからだ。


やがて、ルイズがマントをかき抱き、ぶるりと身を震わせる
その様子を1つの眼で観察していたジャガナートは、ルイズのそばの鱗を逆立て
直径が60サントはあろうかという鱗が逆立つと、ルイズと才人の周辺は熱気に満たされた。

元来、竜は火の精霊力を極めて強く宿している、鱗の内側は高温を宿している。


しばらくの沈黙の後、ルイズがふと口を開いた。


「ねえ、ジャガナート、ウェールズ殿下を、姫様に一目会わせてあげられないかしら…」
「ルイズ・フランソワーズ、そなたの二人を思う優しい心は分かる、だが、今はまだその時ではない」
「けどよ……お姫様、相当参ってたぜ?」
「サイト?」

ルイズは驚いていた、否定的な意見を言っていたサイトがこのような意見を言うとは思っていなかったからだ

「ふむ……、だがウェールズとて馬鹿ではない、首を縦に振るとは思えぬ」
「あなたが、その力で戦争を終結させてくれればいいじゃない」
「確かに、何人であろうとも、我が進撃を阻む事の出来る者はおらぬ、2人、いや3人の人の子を除いて…な
 だが心せよ、我が力は諸刃の剣、下手に振り下ろせば全ては塵芥と消えよう」

「あなたを倒せる人間がこの世にいるなんて、信じられないわ」

「信じられぬであろうが、その一人はそなただ、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール
 そして、ガリア王ジョゼフ、モード大公の忘れ形見、ティファニア・オブ・モード、この3人だ」

そんな馬鹿な…、驚愕に彩られていたルイズの顔は、やがて怒りに染まり、声が震え始める

「あなたまで私をからかうの?私は魔法成功率ゼロのルイズよ!どうやって貴方を倒せるというのよ!」

「無論、今この場でそなたを屠る事など、我にとっては息をするより容易い事、才人が黙っていないだろうがな
 そなたはいずれ我をも倒し得るメイジへと成長するであろう、それは遠い未来ではない、いずれ…な」

「…本当なの?」
「フ、では問おうルイズ・フランソワーズ、我が嘘を述べる意味はどこにある?」
「だとしたら、あの時なんで私を殺さなかったの?」

「我らが反目しあった処で、ガリア王ジョゼフを喜ばせるのみ、我はそれを望まぬ
 此度のアルビオンの動乱も、彼奴が背後で糸を引いている、彼奴の思惑通りに事が運ぶというのは、…真に興が削がれる!」

「なんだっ(ですっ)て!!」

思わず身を乗り出す二人に、ジャガナートはその目をすぅっと細め、語り始める

「レコン・キスタの首領、オリヴァー・クロムウェルはただの夢見る坊主だ、奴には何の力もない
その坊主に力を与えたシェフィールドという女こそが、ガリア王ジョゼフの使い魔、ミョズニトニルン
レコン・キスタとやらはその操り人形、舞台で決められた踊りを踊り、そして霞のごとく消えうせる哀れな道化
この地に起こっている戦は、ジョゼフの盤上の駒遊びに過ぎぬ、戯れに消え行く命は、実に哀れだ」

「だからウェールズ殿下達を助けたのか」
「然り」
「……許せない、人の命を弄ぶなんて」

「然り…然り、さらに、この全土は地下に眠る風石によって白き国と化す、エルフ達も含め、我らは無駄に争っている場合ではない
ましてや、それが狂人の駒遊びであるならばなおのことだ、奴を消し去り、全てをあるべき姿に…」

ここに至り、ジャガナートの爆弾発言の連発のせいで、ルイズと才人は思考停止寸前だった

「一度に多くを語りすぎた、…許せ、いずれ確たる証拠を見せよう
 さて、ルイズ・フランソワーズよ、ウェールズ達を逢わせる事は、今は出来ぬ
 聡明なそなたなら、その理由が分かるであろう?」

「ええ、あなたの言葉全部を信じる訳ではないけど、でも事実だとしたら…」
「然り、まずはアルビオンをジョゼフから取り上げ、然るべき者の手に」

そして、ほとんど頭の中が真っ白になっているルイズにジャガナートが告げる

「ルイズ・フランソワーズ、そなたの手元に、"始祖の祈祷書"がいずれ届くであろう
 "水のルビー"と共に、肌身離さず持ち歩くが良い、それはそなたにとって、一つの里程標となろう
 勇気を持ち、強くあれ、"力"に振り回されるような弱き者となるなかれ」

その言葉に、ルイズははっとなり、右手の中指を左手で包む、そこにはアンリエッタから賜った"水のルビー"が確かに輝いている
そして、ジャガナートの言葉は、上質の紙にインクがしみ込んでいくように、確実にルイズの心に刻み込まれた



トリステイン魔法学院女子寮

タバサは心配していた、アルビオンから帰還してからというもの、友人のキュルケの様子がおかしいのだ
いつも元気に妖艶に、その周りには必ず男たち、それも顔立ちの整った男たちが囲んでいた

それが、何人の男が愛をささやこうとも、応えようとせず、その顔は決して明るく笑う事は無かった
ぼうっと考え事をしているかのようにも見える、時々ぽってりとした艶やかな唇からため息が漏れる

原因はあれ、ルイズの使い魔、珍しい人間の使い魔
その類まれなる戦闘能力と、人柄によって、惚れっぽいキュルケの心を掴んだ

だけど、あの使い魔は主一筋

決してキュルケのアプローチになびかなかった…

恐らく、今私の親友のプライドは粉々に打ち砕かれている

さらに、あの鋭いナイフのような心無い言葉、あれはひど過ぎる

私は知っている、キュルケは、見かけほどガサツな女じゃない
自由奔放に見える内側に包まっているのは、普通の感じやすい女の子のハート


なんとかしてあげたい


どうやって?


キュルケは心から愛せる男を探している、だから上っ面だけの男はせいぜい遊ばれているだけ
そんな本物の男は知り合いに居ない、いや、そもそも私には、男友達すらいない
一時しのぎでもいい、なにか元気にするきっかけさえ作れれば……


そうだ、自分が見た中で理想的な男性を思い浮かべ



自分がその存在になればいい



タバサは学院の倉庫に忍び込み、一つの鏡の前に立つ


「お願い…、力を貸して下さい、お父様」


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