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No.37866の一覧
[0] 二つのガンダールヴ、一人は隷属を願い、一人は自由を愛した【ゼロ魔】【才人+オリ生物】[裸足の王者](2016/05/05 15:17)
[1] プロローグ[裸足の王者](2013/06/18 00:06)
[2] 第1話 対話[裸足の王者](2013/08/19 07:22)
[3] 第2話 授業[裸足の王者](2013/08/23 09:53)
[4] 第3話:フーケの雇用条件[裸足の王者](2013/08/19 06:43)
[5] 第4話:トリスタニアの休日[裸足の王者](2013/08/25 22:57)
[6] 第5話:それぞれの思惑と[裸足の王者](2013/08/25 22:57)
[7] 幕間:フーケとジャガナートの作戦名”Gray Fox”[裸足の王者](2014/06/22 09:39)
[8] 第6話:潜入・アルビオン(前編)[裸足の王者](2013/08/25 23:01)
[9] 第7話:潜入・アルビオン(後編)[裸足の王者](2013/10/01 10:50)
[10] 第8話:それぞれの脱出[裸足の王者](2013/08/25 23:07)
[11] 9話:おとずれる日常、変わりゆくもの[裸足の王者](2013/08/25 23:08)
[12] 第10話:鋼鉄の翼、もうひとつのジャガーノート[裸足の王者](2013/10/01 10:37)
[13] 第11話:狂獣たちの唄[裸足の王者](2016/05/05 15:33)
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[37866] 第1話 対話
Name: 裸足の王者◆bf78caa6 ID:f49f5373 前を表示する / 次を表示する
Date: 2013/08/19 07:22
二つのガンダールヴ - 一人は隷属を願い、一人は自由を愛した -


第1話 対話


平賀才人は現在、空の散歩を満喫していた。
もっとも、楽しんでいるかと問われれば、その答えは否だろう。
耳元で風が流れるびゅうびゅうという音が聞こえ、同時にリズミカルな轟音が混じる。
6つの強烈な風切音が聞こえると同時に、体が浮かび上がるふわりとした感触が体を駆け抜ける。


そう、才人は現在、古代竜の爪に捕われ、強制的に連行されている最中だった。
見えるものといえば黒く、艶やかな鱗、感じられるのはゆっくりとした鼓動の音のみ。
行き先は古代竜の巣で、そこには竜の幼生が待ち受けており、自分はご馳走にされてしまうのだろう。
才人が悔しさに唇をかみ締めたその時、体中のセンサーが、現在地面へ向かって降下していることを感じ取る。


才人は細くゆっくりと息を吐き、精神を極限まで集中する。


-巣に降ろされた瞬間に、竜の幼生を叩き斬ってでも逃げ切る、俺はルイズの元へ帰る!-


そして、予想以上に凄まじい着地の衝撃が、竜の手のひら越しに伝わってきた。
辺りにはもうもうとした土煙が立ち込め、森の土の腐敗臭がかすかにただよい、才人の鋭敏な鼻はそれを感じ取る。
だが、古代竜の手のひらは微塵も緩まず、才人は盛大に舌打ちをした。


グルルル…


唸り声とともに締め付けが弱まり、才人は初めて外の景色を目にする
土煙が晴れ、視界が開けたそこは、地上40メートルの地点であり、飛び下りれば間違いなく即死するだろう。


才人は無駄だと思いつつも、この巨大な生物とコミュニケーションを取ろうと試みた。
しかし、懸命に話しかけるも、帰ってくるのは唸り声のような溜息のような音
一方、古代竜も何やら才人に伝えようと試みるのだが、両者の間の言語の壁は非常に分厚かった。


だが、顎の鱗をじゃらじゃらと鳴らして頷く古代竜を見て、"YES" or "NO" という単純な意思の疎通は可能だという事が判明する
かといって、複雑な言葉など交わしようがない。


双方が共に落胆し、意思の疎通に難渋する。


古代竜は長大な首をぐるりとひねり、グルグルと喉を鳴らし
才人は才人で、眉間にしわを寄せて腕組みをしてうんうん唸るが、事態は一向に改善しない。
その首が突如まっすぐに伸び、才人は風圧で落ちそうになる。
器用にも後足と尻尾で地面に立っていた竜は地面に向かって右腕を伸ばし、2メイルを超えるそのかぎ爪で地面を引き裂き始めた


「・・・だから、お遊びはいいから、さっきの場所に帰してくれよ、頼むよ」


才人は半泣きになりながら、ふと下の地面を見、あまりの驚きに文字通り落ちそうになった



  平賀 才人



地面には楷書でそう書かれていた。



「はあっ?・・・ああ、だから俺が平賀才人だよ!って違う違う違う、なんでお前が俺の名前を知ってるんだよ」


竜は無視して地面にまだ何かを描いている


「ジュガ・・・ジャガ・・ジャガーノート、ジャガンナート?」



Juggernaut



圧倒的な腕力に物を言わせる古代インドの神々の1柱
決して抗えぬ巨大な力の象徴。


だが、その巨大な爪で自らを指差している姿はコミカルですらあり
どこか人間臭い、そんな印象を才人に与えた。


才人が話しかけ、古代竜が地面に日本語を描く。
しかしその方法での意思疎通はもどかしく、思うように進まない。


不機嫌そうに喉を鳴らしたジャガナートは、その巨大な外顎を開く。

重厚な装甲を兼ねた切断用の外顎が大きく開き、内側の顎も開いた。
巨大なピンク色の舌と、サメの顎のように小さな歯が並んだ喉を開き、発音練習をはじめてしまった。


最初は単なる雑音が響くのみ
だが、その雑音は徐々に声としての体裁を整えていく
そう、日本語のあいうえお、つまり母音を発音しようと呻吟しているのだ。
人間の口ならば、比較的容易な事であろうが、生物として根本が異なっているため、難易度は非常に高い。

古代竜の発声練習は30分程度続けられ、その結果
かなり聞き取り辛いものの、なんとか日本語の体をなすまでになった。

「イきなり攫って悪カッタ、オレのなまエはジャガナート、オ前は平ガサイ人で間違いないな?」

「ああ、間違いねえよ」

「7万のグンゼイ、雲霞のごトキ敵にたったのヒとりで立ち向かった英雄」

その言葉に、才人は呆けたように口を開けるも、すぐにその表情を引き締めた
右手に握られた刀を音もなくさやに収める、このような物はもはや不要だ。

「”まだ”立ち向かってねえよ、てか、そんな事にならないように今度はなんとか小細工したいもんだ、けど、なんでアンタがそんな事を知ってるんだ?」

対する古代竜の返答は、全く持って肩透かしな内容であった。

「わからヌ、全く持ってわからヌが、オレはお前を知っていル」

膨大な量の空気が古代竜の肺腑へ吸い込まれ、ゆっくりと吐き出される。

「オレはニンゲンだった」
「はあっ?」
「ニンゲンであったような気がスる」

まさしく荒唐無稽、信じろというのが無理なストーリーである
だが、才人の心は、その話しを完全に否定し切れなかった。

日本語を書く古代竜
同じ召喚ゲートから出てきた存在
自分を知っている

この3つから類推するに、この巨大な存在が、人間かどうかを別にして、日本とのつながりを完全に否定するには至らない。

「じゃあさ、お互いの知識を交換してよ、ここからは協力プレイと行かねぇか?」
「協力プレい?イイだろう」

二人、いや、1人と1匹は更けていく月夜を背景に、寝食も忘れて語り合う

ルイズの未来、ルイズの名誉、ルイズの運命
そして、才人の運命

語り合ううちに夜は更け、寒さを訴えた才人のためにジャガナートがドラゴンブレスを放ち
しかも最初は失敗して辺りを亜硫酸ガスで汚染したり
成功したはいいが、大規模な森林火災を引き起こしかけたり

些細なハプニングはあったが、話し合いは順調に進んでいった。
轟々と火柱を上げる巨大なキャンプファイアの側で、二人は倒すべき敵の攻略を話し合う

フーケ、ワルド、タルブに侵略してきたアルビオンの艦艇
そして、アルビオン本土の数万の軍勢
さらに、その後ろに控えている本軍

以前の才人が一人で立ち向かうならば、これほど心細いことは無い
だが、今の才人には力があり、さらに、億の軍をしのぐ力強い味方がいる。

「あのロリコンヒゲ野郎!あの裏切り者野郎だけは絶対に許さねぇ!」
「ワルド子爵の事か?才人は知らぬであろうが、かの者もまた被害者、運命に翻弄された哀れなピエロよ」

低く、深い響きを持つジャガナートの声が響く
しゃべり方がひどく古風なのは、才人が注文を出したからだ



曰く、威厳が感じられないと



「知って居るか?この地、ハルケギニアの地下には莫大な量の風石が埋蔵されている。数百年に一度、その風石が大暴走を起こし、この地は空へと浮かぶ」
「なんだって!」

才人にしては初耳であり、看過できない事態である。

「人々は残り少ない大地をめぐって争い、文明は滅び、数多くの命が露と消えるであろう」
「そんな…」
「事実だ、が、十分に検証し、確かめる必要がある」

沈黙してしまった才人を横目に、ジャガナートの言葉は続く

「ジャン・ジャック・フランシス・ド・ワルドの母親は、幸か不幸かそれを知ってしまったのだ」
「だったらみんなで対策を考えればいいじゃねえか」
「皆が皆、其の方のようにお人好しであれば…な、手と手を取り合い、一致団結することも可能であっただろう」
「なんでやらねえんだよ」

ジャガナートの巨大な口腔から、硫黄の煙混じりのため息が漏れる

「皆我が身が可愛いゆえに、己のみが残された大地に立とうとするのだ」
「醜いな」
「ああ、血みどろの殺し合いであろうな、真に醜い」
「話を戻すぞ、事実の発覚を恐れた貴族、あるいはロマリアの手の者によって、ワルドの母親は心を破壊する毒を盛られ、若くしてその命を散らしたのだ、子である子爵の落胆たるや、いかばかりか」

しばらく腕組みをして考えていた才人が結論を出す

「つまり、マザコンロリコン野郎って事だな?」
「どうやっても彼奴を認めようとせぬ其の方の気持ちも分かるが…奴は決して殺すな、利用価値がある」
「じゃあフーケは?」
「あの者もまた、己の力ではどうしようもない流れに翻弄された哀れな被害者だ、殺すな、それにフーケの裏社会でのコネクションは、後々必ず必要になる」
「たとえば?」
「そうだな、あのモット伯にひと泡吹かせてやるとしよう」
「んなもん、ジャガナートが一発喰らわしたら終わるんじゃね?」

不意に才人にジャガナートの巨大な顔が近付く

「な、なんだよ」
「全く、暗愚めが、貴様はモットの屋敷にシエスタを救出しに行った時、白刃を閃かせて事態を好転させる事ができたのか?」
「う…」
「生兵法は怪我の元というが、貴様は師匠のもとでもう少し学ぶべきであったのだろうな、下手に力のみを身に付けた者はチンピラと大差ない」

ジャガナートの巨大な顔はさらに才人に接近し、才人は思わず後ずさった。

「良いか?心して聞くがよい、我が体に眠る力は未知数であり、咆哮と1発のブレスから推察するに、それは巨大なものなのであろう、しかし、大義とは無縁の力技を1度でも使えば、我は止まる事はできぬ。この世界を力と恐怖で縛らねばならぬ、そして、貴様の元にはあきれるほどの金銀財宝、美食、美酒、美女、おおよそ快楽と呼べる物はすべて集まるだろう。その数と同じだけの力なき物たちの涙と苦痛を糧としてな。」
「悪かったよ…」
「良い、誰であろうと事態を早急に解決し、自分の思い通りにしたいものだ、人間であれば当り前の事だ」

そして、話し合いは深夜に及び、ついには山のようなキャンプファイアも炭火となる
暖められた地面に寝転び、のんきに寝息を立てる才人を見守る巨大な黒い影

2つの月は、そんな異形の盟友達をいつまでも見守り続けていた。


■■■



トリステイン魔法学院女子寮


ルイズは自室にこもり、あふれる涙を拭く事もせず、ただベッドに入って丸くなっていた。



古代竜が飛び去った後、そこに残されたのは、使い魔をすべて奪われたルイズと、破壊の爪痕であった。
あまりの恐怖に漏らしてしまったふとっちょの男子はそそくさと退散したが、その他の生徒は口々にルイズに野次を飛ばしている
だが、ルイズにはそのいずれも耳に入ってこなかった。


コルベール先生が訴えるような眼で何かしきりに語りかけてくれている
だが、それを聞くことすらおっくうだ。
適当に生返事をしたルイズは、鉛のように重く思える体を引きずり、ようやく自室のベッドに入ったのであった。
部屋のロックをかける事は忘れない、誰にも会いたくないからだ。


「ルイズ~?いるの?居るなら返事なさいな」


子供らしからぬ艶を帯びた声で、誰かが部屋の外から呼びかけてくる。
大方隣の部屋のキュルケだろう、ルイズは返事をしなかった。

しばらく扉のノブがガチャガチャと音を立てていたかと思うと
突如カチリという音とともに扉が開き
どかどかと人の歩く音が聞こえてくる。


「相変わらず殺風景な部屋ね~」


無遠慮な言葉とともに部屋の空気がゆるりと動き、魅惑的な香りが鼻をくすぐる
だが、普段にもましてそれが煩わしく思えたルイズは布団をかぶり、さらに心の奥へと引き籠った。


「全く、居るなら居るで返事なさい。」


キュルケは異変を感じていた、いつものルイズならアンロックでドアを開けたりしたら烈火のごとく怒りだす。
自分がいつも付けているゲルマニア産の香水も、臭いだのなんだのと難癖をつけてくる、それが今日はどうした事か。
キュルケはあえて無遠慮に部屋に入ると、どさりと大きな音を立て、才人の荷物を床に置いた

「あなたの使い魔の平民の荷物よ、まったく」


気だるげな、退屈そうな声、それが神経を逆なでし、ルイズの怒りを倍加させる。


「帰って」


キュルケの作戦は的中し、ルイズのかすかな反応が返ってくる。


「帰ってよ!!」


怒鳴り声と共に、枕が飛んでくる
キュルケはひらりと身を交わし、枕はキュルケの後ろで弾んで軽い音を立てた。


「あら、情けない、あたしにやつあたりしても事態は変わらないわよ、貴女の使い魔、どちらか片方でも取り返す方法を考えたほうが良くってよ?」


「・・・」


ルイズは答えず、ただ赤くなった目でキュルケを睨むだけだ
キュルケは自分の後ろにいる小柄な人影をルイズの見える位置にそっと押し出す。


「この子はタバサ、あたしの親友よ、この子は風竜の幼生を召喚したのよ」


「あの巨大な竜と会話でもさせるつもり?」


「なかなか鋭いじゃない。」


我が意を得たりと笑うキュルケに対し、ルイズの更なる怒りの声が飛んだ

「あんたバカじゃないの!殺されるわよ!」

ルイズの指摘ももっともである、ハルケギニアには幾つかの種類の竜が存在している。

水竜
火竜
風竜

そして、それらの上位種である韻竜


中でも、ひときわ強力なブレスを吐き出す火竜は気も荒く、野生の火竜を相手にする場合、相当の戦力が必要になる。
今回ルイズが召喚してしまったのは、見たこともないようなサイズの竜であり、特徴から判断するにどの種類にも該当しない。
戦闘力を含め、すべてが未知数、そもそもコミュニケーションが取れる保証は無い。


しかし、キュルケの返答はルイズを呆れさせるに十分な物であった。

「面白そうじゃない!」

ルイズが、呆れを人の形に切り取って、ピンクブロンドの髪の毛をつけたような状態になったとき、部屋の扉がノックされた。
秘書のミス・ロングビルである。

「ミス・ヴァリエール、オスマン学院長がお呼びです。」

学院長秘書であるロングビルに連れられて、ルイズ、そして2歩ほど遅れてキュルケとタバサがついてくる。


「なんであんたも付いてくるのよ!」


「小さな事ばかり気にしてたら、老けるわよヴァリエール」


やがて3人は、学院長室の扉に到達する、ロングビルが軽く扉をノックし、ルイズの来訪を告げた。
当然だが、オスマン学院長は扉を開けるよう許可を出す。

オールド・オスマン
トリステイン魔法学院の総責任者であり、その年齢は200とも300とも言われている。
飄々としたスケベジジイだが、切れ者であり、老獪な手腕と、確かな魔法の腕を持ち合わせている。

「さ、おはいりなさい、ミス・ヴァリエール」

4人が中に入ると、すでにコルベール先生が椅子に座っており、視線をこちらに向けている。
ルイズは心中で、すぐに件の使い魔召喚に関する事であろうと憶測を立てた。

6人は優に座れそうな柔らかなソファーの前には机があり、反対側には大きめのゆったりした椅子が2つ置かれている。
一つはすでにコルベールが座っており、一つは空いている。

ルイズ、キュルケ、タバサが促されるとおりに椅子に腰かけると、ロングビルが紅茶を用意し
そして自分の仕事机に戻って行った。

オスマン学院長がゆっくりとした動きで椅子から立ち上がり、杖をつきながらルイズたちの方へ歩み寄ってくる
だが、その様子は弱弱しい老人の動きではなく、しっかりとした足取りであった。

オスマンはルイズたちの正面の椅子に腰かけ、柔和な笑みを浮かべ、こう切り出した。

「さて、わざわざ来てもらって悪かったの、まあ茶でも飲んでゆっくりと話そうではないか」

オスマンはちらりとキュルケやタバサを見やり、笑みを崩さずこう言った。

「仲が良いのは良い事じゃの、友達が心配かの?」

キュルケは萌えるような赤い髪を優雅にかき上げ、胸元を強調する。

「その通りですわ、オスマン学院長、親友を放っては置けませんもの」

「ほっほほ、ツェルプストー家とヴァリエール家の確執も、この代で解消されたという訳か、めでたいことじゃ」

ルイズは凍てつく視線をキュルケへと送り、こう答える。

「オスマン学院長、誤解なさらないでください、今でもこいつは我がヴァリエール家の敵です。そして、今も呼ばれもしないのに興味本位でここまで着いてきているだけです!」


「ほ?そうか?ふぉほほほ」


「あらヴァリエール、ご挨拶ね、あたしはあなたのためを思って」
「余計なお世話よ!」


「それくらいにしておきなさい」

温和な、しかし毅然としたコルベールの言葉に、2人はしぶしぶ鉾を納める。
それを好機と見たオスマンは、紅茶で唇を湿らせ、ゆっくりと話しかけた。

「今日ミス・ヴァリエールを呼び出したのは他でもない、君が召喚した使い魔をどうするか、その相談だったんじゃよ」

ルイズはその飛び色の瞳に決意をひらめかせ、毅然とした口調で答えた。

「決まっています!たとえ末席といえどもヴァリエール家の者が使い魔に逃げられたとあっては恥です、父上にお願いし、軍を動かします!」

オスマンはひげをゆっくりとなでながら諭すように話しかけた。

「ふうむ、悪くない手じゃ、君の御父上の力なら可能じゃろう、しかし、かの竜を屈服させるのに一体どれほどの兵力が必要なのじゃろうなぁ・・万か、はたまた数十万か」


そう、単に討伐するだけでもどれほどの兵力が必要か分からない相手を、"屈服"させなくてはならないのだ
その予想被害は一体いかほどであろうか。
いくら辺境公であるヴァリエール公爵であろうとも、それほどの規模の派兵は無理だ
唇を噛み、うつむいてしまったルイズに変わり、コルベールが言葉を発した。


「これほどの一大事、宮廷に上申するのはいかがでしょう」
「同じ事じゃよ、ミスタ・ゴルベール、下手をすればトリステインが滅ぶか、いずれにしても出費で首が回らなくなるわい」
「失礼ですが、コルベールです。学院長」


仮に捕獲に失敗し、トリステインが、いや人類が敵認定された場合
一体幾つの国が滅びを免れる事ができるだろうか。

オスマンはゆっくりと椅子を立ち、窓際から外に視線を移す。窓は真新しく、曇り一つなかった。

「かの竜が一吠えしただけで、これほどの被害が出た。下手に行動して逆鱗に触れるのは愚策、そう思わんかね?」
「それは・・」

ルイズは言葉に詰まり、声は震えている、目の端に涙さえ浮かんでいる。
仇敵であるキュルケの隣だというのにこの有様である。

「そこでじゃ!」

振り向いたオスマンが明るい声を出す。

「なにも屈服させる必要はなかろう、敬意を持ってお願いしてみてはどうじゃな!」

ルイズから返答はない、当然だ、どこのだれが自分の使い魔に頭を下げてお願いするというのか、前代未聞である。


「かの竜の大きさや特徴から判断するに、数千年の時を生きているであろう。韻竜やもしれん。はたまた先住魔法すら使いこなすやもしれん。そのような未知数の相手に正面から挑むは愚かな行為とは思わんかね?」


先住魔法と聞き、ルイズも頭が冷える、当然である。
一騎当千のエルフたちが使いこなすといわれている先住魔法、それをかの竜が使うとしたら、一体どれほどの破壊力を有するのだろう。
かの竜が全力でブレスを放ったとしたら、一体だれが防ぎえよう。


「我々教員も、腕の立つ者をすべて動員し、バックアップしよう、当然、このワシも同行する。」


オスマン学院長の力強い言葉を受け、ルイズの顔に少しの希望がさす。


「あす、捜索隊を指揮する。ん?なんじゃ?ミス・ツェルプストー」


「私とタバサも同行します。」


オスマンの目がきらりと光る。

「やめておきなさい、物見遊山で命を失ったでは笑い話にもならんぞ」

ルイズも力強く何度も頷く、本心としては、あまり首を突っ込んで欲しくないからだ。
だが、学院長であるオスマンが話をしている以上、会話に横槍を入れるのは失礼千万というものだ。


「学院長、私の親友は風竜の幼生を召喚しました。同種ではありませんが、同族として、コンタクトをとれる可能性がありますわ」


「ふうむ・・・」


オスマンの脳内で素早く最悪の状況が想定され、いかにしてその状況に対処できるかがはじき出される
具体的には、いかにしてルイズ、キュルケ、タバサの3名を逃がすことができるか、である。
だが、キュルケの言葉はそんなオスマンの迷いに止めを刺すのに十分な内容であった。

「それに、私たちが退避する場合も、最速の風竜は有効な移動手段ではなくて?」

オスマンはコルベールにちらりと視線を飛ばす。
教師が囮となり、時間を数秒でも稼ぐ、その間に生徒たちを乗せた風竜は離脱できるであろう。
よしんば追跡されたとしても、あれほどの巨体が加速するには相当の時間がかかるはずだ。
事実、すさまじい重量を空に浮かべるため、古代竜といえど苦心していた。
視線の意味を理解したコルベールは力強く頷いた、己の命を捨てる覚悟を込めて。

「あいわかった、そこまで言うなら3名はミス・タバサの使い魔に騎乗の上同行し、意思疎通を図り、不可能なら全速離脱!何があろうとも生還する事を最優先とせよ!」


かくして、古代竜捜索隊は組織され、早朝の学院は大きく揺れ動く。
オスマンを筆頭に、コルベール、ギトー、メディックの役として保険医の水メイジ、マリアエレナ
ルイズ、キュルケ、タバサ、そして使い魔のシルフィードといったメンバーである。
朝もやがまだ立ち込める中、嗄れたオスマンの声が響く


「さて諸君、よく集まってくれた、教師達は当然理解しているだろうが、これは極めて危険な任務じゃ、何があろうとも”生徒”の生存を最優先とする」

オスマンのその言葉に、コルベール、マリアエレナは強い光を目に湛え、ギトーはいつもの薄笑いを浮かべていた。

「囮の役ならお任せください。風は偏在する、見事竜の目を逸らしてご覧に入れましょう。」

オスマンはすっと目を細め、ギトーをたしなめる。

「これこれ、君はせっかちでいかんな、我々がこれから行うのはあくまで交渉じゃ、まかりまちがっても挑発するような言動は慎むのじゃぞ! おほん!では詳細を説明する!」



■■■



魔法学院で捜索隊が組織されている一方、才人とジャガナートも移動を開始していた。

オスマンやコルベールは知らぬ事であったが、ジャガナートは百戦錬磨の魔獣ではなかった。
どうにか無理やり飛ぶ事を覚え、ようやっと硫黄を触媒としたドラゴンブレスを覚えた。
そして今は、そのあまりの巨体と超重量を支えるため、飛行補助として風の精霊力を使用していた。


才人を背中に乗せ、空を飛ぶジャガナートの翼端や尾端からは、青い煌めきが飛行機雲のように尾を引いていた。


「見えたぞ、恐らくはあの建物であろう」
「ああ、5角形の建物の中央に尖塔、たぶん間違いねえ」


ジャガナートは学院の上空を旋回し、翼のピッチ角を調整し、下降する。
差し渡し120メイルを上回る6枚の翼は、的確に空気を捕え、莫大な浮力を生みだす。


一方、上空を何度も旋回された魔法学院は、パニックに陥っていた。
自信満々だったギトーですら、すさまじい圧迫感から脂汗を垂らす。


学院から少し離れた森に、すさまじい轟音と竜巻を巻き起こし、ジャガナートが着陸する。
木々はちぎれ飛び、大地は捲れ上がり、もうもうと砂煙が立ち込め、その衝撃のすさまじさを物語っていた。


捜索隊として出発しようとしていたメンバーは、インパクトの瞬間、自らの体が地面から浮いたのを感じた。


「ミス・ロングビル!生徒たちに部屋から出ないように通達を!」


普段のエロ爺顔からは想像もできない気迫でオスマンが叫ぶ、フライの魔法で学院へ急行するロングビルを見届けたオスマンは表情を引き締める。
退路は完全に断たれた、こちらから捜索するならまだしも、向こうから来られた場合、生徒全員の生命の安全を確保するのは不可能だ。
是が非でもこの交渉は成功させなければならない、オスマンは数ある奥の手をすべて使ってでも交渉を纏める覚悟を決めた。
求めるのは学院の"無事"、だがそれだけで終わるつもりはない、オスマンは久しぶりに感じる高揚感をかみしめていた。


腹にズシリと響く足音と共に、捕食者の王が近づいてくる。
高速回転する脳内と裏腹に、温和な笑みを浮かべたオスマンは杖を前に置き、片膝をつく。
他のメンバーもそれにならった。


「ようこそトリステイン魔法学院へ、空の王よ、我々は貴方を心から歓迎いたしますぞ」

当然ながら竜から返答はなく、その巨大な顔が徐々に近付けられる。
濃厚な硫黄の匂いと、押し寄せる生命の気配、齢300を超える老人も冷や汗を止める事はできなかった。

「よいしょっと」

だが、オスマンのそんな心境を知ってか知らずか、どこか呑気な掛け声とともに、一人の少年が竜の首から地面に降り立つ。

オスマンの目からみて、凡庸な少年にしか見えないその存在を前に、オスマンはさらに神経を研ぎ澄ます。
ゆっくりと立ち上がり、両手を広げ、好々爺然とした笑みを浮かべ、才人に話しかける

「ようこそ竜騎士様、ワシがここの学院長をしておるオスマンじゃ、しかし立派な騎竜をお持ちじゃな!ワシは長く生きておるが、これ程の竜は見た事も聞いた事もない」

才人は地面に寝そべっているジャガナートの下あごに手を当て、応えた

「いえ、私の大切な"友人"ですよ、オスマン学院長、そして、はじめまして、サイト・ヒラガと申します。」


「なるほど、高名な竜騎士と騎竜はお互いに盟友となり、竜は主を守る為にその命を差し出すとすら言われておる。その服装、立ち居振る舞い、どこかの王宮付きの竜騎士様とお見受けするが」

竜の頭から才人が下りた時点でオスマンの腹は決まっている、表向きはあくまで学院への賓客として迎える。
この少年を使い魔として召喚してしまったが、他国の近衛竜騎士を召喚してしまい、学院の賓客であるとするならば話は別だ。
存在としてはフリーであり、上手くすれば学院の協力者として申し分なく、王宮のうるさい雀や、我がままな親どもへの牽制ともなる。
中にはは、ぜひとも自分の戦力下に加えようと画策する阿呆がいるであろうが、これ程の存在の怒りを買うならば
自分の領地が更地になるであろうことは、世界一の阿呆であっても理解できることだろう。

問題は、召喚元の国との国交だ。

オスマンの問いかけに才人が応えるより早く、ジャガナートがその巨大な首を持ち上げ、爪で地面に文字を書く。

『適当にでっち上げておけ、とある東の皇国の専属傭兵をしていたが、基本はフリーランスだとな』

才人は首を縦に振る。

『そして自らの意思でこの学院に滞在すると、特別な歓待は一切無用と告げておけ。さもなくば王宮に召抱えられるか、有象無象に神輿にかつがれ、満足にルイズに会う事もままならぬようになるぞ』

才人は首を縦に振った。

「えっと、私はとある東の皇国にて専属傭兵をしておりました。ですが、基本的にはフリーランスです。」
「ほっほっほ、その年で専属とはのう、ふむ、今はフリーランスか」

オスマンは内心胸をなで下ろす、今のところは自分の思惑通りだ。
単なる"剣士"と"王宮付きの専属傭兵"では全く違う意味合いを持つ。しかし、フリーランスならまだやりようはある。
傭兵を動かすのは報酬、そしてそれは雇われる側が決める。


コルベールはそんなオスマンの心を知ってか知らずか、全く別の場所に興味を引かれていた。

「君はこの文字が理解できるのか、これは竜語かなのかね?それとも古代文字かね?う~む!見た事のない文字だ!」


オスマンはまた冷や汗が止まらなくなる、コルベールが召喚当時の事をペラペラと喋り始めたら事だ
事態を聞いていたオスマンは、この古代竜と目前の少年に面識が無かった事を悟っていた、だが今は既成事実のでっち上げの方が先決だ。


「これ、コルベール君、控えておりなさい!」


「はい、失礼いたしました。」


「全く君は、少しは場の雰囲気を読みなさい。」


「申し訳ございません。」


元の位置に戻ったコルベールを確認し、オスマンはにっこりと微笑んだ、だがそのローブの下は冷や汗でいっぱいだった。


「すまんなサイト君、ワシの部下が失礼をした、心より謝罪するよ」


軽くではあるが頭を下げる学院長を見て、他のメンバーは息を飲む。
この時点で、才人の扱いは、少なくとも学院の教師より上となったからだ。


「さて、可能であればワシは君を客人として歓迎したいのじゃが、受けてくれるかの?」


「ええ、喜んで、しかし、ただで飲み食いするのは性に合いません、身分不相応な待遇も遠慮します。何かお手伝いできることがあれば遠慮なくおっしゃってください、オスマン学院長」


オスマンは心の中でこぶしを天空に突き上げる、浮かべる笑みは裏表のない本当の笑顔だ。

再び地面に文字を書き始めたジャガナートを見て、才人は、オスマンに尋ねる。


「早速ですが、オスマン学院長、オーク鬼やトロール鬼、オグル鬼の被害で困っている領主を知りませんか?相棒が腹を減らしていて」
「無論知っておるよ、そういった情報を手に入れるコネも持っておるとも。」
「俺の親友で無ければ被害が大きくなるような、そういった規模の事案を紹介してほしいのです。報酬は格安で構いません。」

オスマンは瞬時に自分の中で、学院に子女を通わせている人間の中でも、特にクレーマー的な傾向のある貴族から順に
リストアップしていき、

「今後ともよろしく頼むぞサイト君!」

二人はがっちりと握手を交わす
こうしてここに、ヴァリエール公爵家三女によって召喚され、"オスマンの頼み"は聞き入れる異国の竜騎士が"学院の賓客"として滞在することとなった。

だが、ここで声を上げる人物が一人、そう、召喚主であるルイズである。

「あの、学院長…」


「ん?なんじゃな?ミス・ヴァリエール、言ってみなさい」


「あの…、その…、ミスタ・ヒラガ?」

才人の脳髄に稲妻が走り、体中をめぐる血液が音を立てて加速したのが自覚できる。
ルイズがほほを少し染め、上目遣いで訴えていたからだ。

だが、当のルイズは、なにも惚れた腫れたの騒ぎではなく、ただ、恐らく平民の、それも自らの使い魔に様付でお願いするという屈辱に耐えながらの会話だっただけだ
それが証拠に、徐々に言葉がどもって来ていた。

「わわ私とコントラクトサーヴァントを交わして下さるよう、あああの古代竜に頼んでもらえないかしら」

その言葉を聞き終わるか終わらないかの時点で、ジャガナートはまた地面に文字を書く


 すなわち 『汝に資格なし』 と


文字を読んだ才人は、ゆっくりと首を横に振る

さらにジャガナートは続けて文字を書く

『そなたの内に眠る大いなる力を我は知っている、その力にふさわしき存在となった時に、我はそなたと契約を交わそう』


才人の読み聞かせる言葉を聞き、ルイズはうつむく

「そんな…」


才人は憐憫の気持ちに囚われるが、あえて心を鬼とし、言葉をそのまま伝える。
成長したルイズならば、その言葉を受け止め、糧とし、日々邁進するだろう
だが、今のルイズは、ただジャガナートに拒否されたという事実のみしか見えていないのだろう。
ルイズが落ち着いたときに、ジャガナートの言葉の意味をもう一度言い聞かせよう、才人はそう決意した。

そして、場はオスマンの言葉で締めくくられた

「さて、解散して朝食じゃ!事はすべて丸く収まった!」


■■■


時は過ぎ、ロングビルに案内されてきた場所は、別世界だった。


「広すぎだろこれ…」


当然である、元より、魔法学院の生徒の親や、場合によっては王宮からの使者を宿泊させる部屋の1室である。
中でも一番質素な部屋を所望した才人だったが、地球で暮らしていた部屋の何倍もの広さであった


部屋の中で剣の訓練すらできそうな気がしたが、天井から下がっている魔法のシャンデリアを打ち砕いては不味いため自重した。


部屋の広さは目測で20畳前後、巨大な天蓋付きのベッドに、金で縁どりを施された深い紫のカーテン。
調度品も品の良い物が揃えられており、極めつけは照明がすべて魔法である事だ。
衣服を納める家具は全部で3つもあり、才人の背丈より高い鏡が備え付けられた化粧台まである。
しかもその鏡は、ほとんど歪みの無いものであり、高位のメイジによって練成されたものであることが分かる。

公爵や侯爵、もしくは伯爵が滞在する部屋である、それらは当然なのかもしれない。


そして、机の上にあるベル

才人はため息をつきながら、ベルを手にとって鳴らす。
予想は的中し、黒髪のショートカットを揺らし、緊張の面持ちで一人の少女が現れる。

整った顔立ち、ショートカットのブルネットに黒い瞳、そしてその、素朴な可愛らしさをほんのすこし和らげている目元のそばかす

「お呼びでございましょうか、ヒラガ様」
「ああ、あまり物で良いので、軽い食事と、飲み物を頼む。すでに朝食の時間は過ぎているからな」
「かしこまりました、すぐにお持ちいたします。」

行った事はねえが、高級ホテルのスィートルームみたいなもんか
才人は一人納得し、荷物の整理整頓を開始した。

程なくして、扉がノックされる、才人の、入っていいよの声と同時に先ほどの少女が姿を見せた。
恐ろしく緊張している様子で、お盆を持つ手は微妙に震えている。
才人は再び内心ため息をつき、軽く礼を言ってからメイドを退出させた。

出された食事は、シチューに白パン、そして鶏もも肉のようなものに、香辛料をまぶして焼き上げたもの
恐らくハチミツを塗って丁寧に焼き上げたものなのだろう、パリっとした皮の食感と、香ばしい香りが食欲をそそる。

「やっぱマルトーさんの食事は最高だよな」


一口口に含めば、期待通りの旨味と、ハーブの香ばしい香りが立ち上る
シチューを口に含めば、極上のしぼりたてミルクのようなチーズの香り、感じられる落ち着いた深みのあるコク、それでいてしつこい味ではない、何回でも口に運びたくなる味だ。
パンはふわりと柔らかく、ほんのりと甘い、それが作り置きなどではなく、正真正銘の焼き立てである事は間違いない


じっくりと味わう才人の顔に最高の笑顔が浮かんだ。


食事も終わりにさしかかった頃、再び部屋の扉がノックされる。
入ってきたのはミス・ロングビル、オスマンの秘書だ、だが、才人もジャガナートも、この大人の女性が単なる秘書などではない事を知っている。


「お食事中失礼いたしますミスタ、オスマン学院長からの伝言をお伝えいたします。ぜひ、学院長室まで来てほしいとの事です。」


「分かった、すぐに伺うと、学院長に伝えてくれ」

ナプキンで口元を拭いながら、やや鷹揚に応えた才人であったが、内心は落ち着かない
VIP待遇されているという事は、分かっている、だから堂々としていればよいのだ、だが、こんなシチュエーションに慣れている訳ではない。


一礼して退室するロングビルを見送りながら、才人は内心またため息をついた。


■■■


学院長室では、ルイズとオスマンが待っていた、ルイズの鳶色の瞳には、不機嫌さが見え隠れしている。


オスマンはくるりと振り返ると、にこやかに語りかけた

「よく来たね、サイト君、まあそこへ座りなされ」


才人が座るのと同時にロングビルが紅茶を才人の前に用意する。

きしりと皮が擦れる音とともに、オスマンが才人とルイズの正面に腰かける
ルイズは表情の引きしまったオスマンがなぜか何倍も大きくなったように感じた。

「さて、ミス・ヴァリエール、そしてその使い魔となった異国の傭兵、ミスタ・ヒラガ、悪だくみの時間としゃれこむかのう」

冗談のようなオスマンの口調に反して、その目は真剣そのものだ


「今日二人に来てもらったのは、ほかでもない、二人の未来、そしてこの魔法学院の未来、ひいてはトリステインの未来を考えるためじゃ、悪いが隠し事は一切無しにしてもらうぞい、なにせ、今のトリステインの内情は、お世辞にも落ち着いているとは言えん、私腹を肥やさんとする輩がゴロゴロとしておる。」


「可哀そうなアン、いえ、姫様…、さぞお辛いでしょう」

幼馴染のルイズにとっても、他人事ではない。


「そうじゃのう、それに、アンリエッタ姫殿下はまだお若い、その双肩に国を一つ乗せるというのは、いささか酷な話じゃ。しかし、かといって、才人君が宮廷に召抱えられたりしたら、宮廷の雀共や、その他もろもろが黙っておらんじゃろう、宮廷内はますますゴタゴタし、姫様や王妃様、マザリーニのやつもますます痩せこけるじゃろう」

オスマンの目に、憂いの色が浮かぶが、すぐにそれは薄れる。

「だからこそ、サイト君の立場を、出来る限りフリーにしておく必要があるわけじゃ」

ルイズは眉根を寄せ、不安げな声でオスマンに問い尋ねる。

「オスマン学院長、それはつまり、私は自分の使い魔に命令できないという事ですか?」

オスマンはそれにあえて答えず、才人の方に質問を投げる。

「サイト君、君はミス・ヴァリエールの頼みを聞きたくないかね?」


才人は即答する。

「いえ、可能な限り彼女の願いを聞いてあげたいと思います。理不尽な命令は無理ですが。」


オスマンはルイズの方を向き、にっこりとほほ笑んだ。

「だそうじゃ」


聡明なルイズは即座に理解する、これはオスマンのデモンストレーションだと
才人を他の使い魔と同様にペット扱いすることはできないと

そう、才人は自分の意思で学院に滞在し、見返りとしてオスマンの頼みごとを聞く
そして、ルイズの頼みを聞くのも、あくまで才人の意思なのだ。


「ところで、オスマン学院長、お願いしたい事があるのですが」


「サイト君から逆に頼みごととは、ワシに出来る事ならなんでもさせてもらうぞ」


「例の仕事を、それも出来るだけ規模の大きいヤツを。」

オスマンの口が笑みの形を作るが、目は笑っていない


「そんな…、私の使い魔」


「ご心配なく、ミス・ヴァリエール、貴女の頼みをすっぽかして出かけたりしませんよ。実は、俺の親友が早く飯を食わせろと急かしておりまして」


■■■


話し合いを終えて、部屋に戻った才人は、食器を返し忘れていた事を思い出す。
本来なら、ここでベルを鳴らし、メイドを呼びつけ、食器を片づけさせ、行きがけの駄賃とばかりにケツを触るのが一般的な貴族のやり方なのだろう。


だが、才人は日本人だった。
重い金属のお盆を鍛え上げられた片腕で軽く持ち上げ、研ぎ澄まされたバランス感覚で軽やかに歩いて行く。
学院の配置はすでに頭の中に叩き込まれており、どこに何があるかは知っている。
食堂を通り過ぎ、厨房に顔を出すと、メイドたちが才人の手にあるお盆を目にし、顔面蒼白になりつつマルトーを呼びに行く。


「これはお貴族様、うちのメイドが大変な粗相をいたしまして、申し訳ございません。当学院のコック長をしております、マルトーと申します。責任は私にありますので、どうぞおっしゃってください。」


才人は戦慄する、マルトーの丁寧な言葉とは裏腹に、氷のように冷え切ったその目に
ああそうだ、ここはハルケギニア、貴族と平民の間には大きな壁があった、そして俺は今貴賓室に宿泊している、当然自分も貴族と思われていても仕方のないことだ。


「いや、何も粗相なんて、俺の国では自分の食べた物は自分で片付けるのが当り前なんですよ」


「そうですか、ではぜひ次からはベルを鳴らしてメイドに言いつけて下さい。貴方様の手を煩わせる訳には参りませんので」


才人は心の中で両手を空にむけて大きく上げる


「俺の名前はサイト・ヒラガ、貴族じゃなくて傭兵だよ、あんまり堅苦しいのは性に合わねえ、仲良くやろうや」

マルトーが一瞬いぶかしげな表情を浮かべる

「貴族じゃない?またまたご冗談を、山のような竜を乗りこなし、学院から歓待され、貴賓室に居られるのに?」


「ああ、俺はフリーの傭兵だ、ルイズに…じゃなくて、ミス・ヴァリエールに召喚されちまったから、しばらくここに世話になるぜ」


にっかりと笑いを浮かべた才人の顔を見て、MAXだったマルトーの警戒心も少しだけ下がる。

「それより、この飯マルトーさんの料理だよな、死ぬほど旨かったぜ、いつもこれくらいのが喰えたら最高だよ」


それを聞いて厨房の面々が徐々に吹き出し始める。

「ミスタ・ヒラガ、こりゃまかない飯ってやつですぜ」

あきれ顔のマルトーが、ぼそりと告げる
そう、あの食事は当てつけだったのだ、時間外の、それも昼飯の仕込みに忙しい時間に注文を出しやがってと
本来なら貴族にまかない飯なんぞ出したら、大変な事になるかもしれないのに
だが、それをさらに味で黙らせるだけの事をして出していた。

イライラ顔の貴族が、それでもフォークとナイフを止められずにまかない飯をがっつく姿を想像して、少しだけ溜飲を下げていた。
だが、才人はその飯を「死ぬほど旨い」と評した。

どんな職人でも、己の仕事をきっちり評価されて、嫌な者はいない。


「ミスタとやらの呼び方もやめてくれよ、マルトーさん、ケツが痒くなる、それと、食後の腹ごなしに少し運動したいんだが、何か手伝わせてくれよ」


「分かった、もうすぐ昼だから、昼飯が終わってデザートを運ぶのを頼まぁ、そこにレシピがあるから、一応質問されたら答えられるだけにしといてくれ」


「いや、それがよ…」

なにやら言い出しにくそうにする才人に、マルトーが再度振り返る。


「俺、字が読めねえんだわ」


厨房が爆笑に包まれ、目じりに涙を浮かべたマルトーが、その太い腕でばしばしと才人の背中をたたく。

「いやいや、疑って悪かったよサイト、傭兵ってのは本当らしいな!」


こうして無事に才人は、"以前"と同じように厨房のメンバーと仲良くなり、ほっと胸をなで下ろすのであった。


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