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No.37866の一覧
[0] 二つのガンダールヴ、一人は隷属を願い、一人は自由を愛した【ゼロ魔】【才人+オリ生物】[裸足の王者](2016/05/05 15:17)
[1] プロローグ[裸足の王者](2013/06/18 00:06)
[2] 第1話 対話[裸足の王者](2013/08/19 07:22)
[3] 第2話 授業[裸足の王者](2013/08/23 09:53)
[4] 第3話:フーケの雇用条件[裸足の王者](2013/08/19 06:43)
[5] 第4話:トリスタニアの休日[裸足の王者](2013/08/25 22:57)
[6] 第5話:それぞれの思惑と[裸足の王者](2013/08/25 22:57)
[7] 幕間:フーケとジャガナートの作戦名”Gray Fox”[裸足の王者](2014/06/22 09:39)
[8] 第6話:潜入・アルビオン(前編)[裸足の王者](2013/08/25 23:01)
[9] 第7話:潜入・アルビオン(後編)[裸足の王者](2013/10/01 10:50)
[10] 第8話:それぞれの脱出[裸足の王者](2013/08/25 23:07)
[11] 9話:おとずれる日常、変わりゆくもの[裸足の王者](2013/08/25 23:08)
[12] 第10話:鋼鉄の翼、もうひとつのジャガーノート[裸足の王者](2013/10/01 10:37)
[13] 第11話:狂獣たちの唄[裸足の王者](2016/05/05 15:33)
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[37866] 第3話:フーケの雇用条件
Name: 裸足の王者◆bf78caa6 ID:ac825d3c 前を表示する / 次を表示する
Date: 2013/08/19 06:43
二つのガンダールヴ 一人は隷属を望み 一人は自由を願った

第3話:フーケの雇用条件


翌朝、体の痛みとこわばりのせいで目が覚めた才人は、現在が大体朝の5時ごろである事を悟る。
素早く起き、毛布を畳むと、日々の日課である鍛錬に出ようと動き出す、だが、滑るような足取りは、足音一つ立てない。


鍛練用の鉄芯の入った木刀を手に、才人は音もなく中庭へと向かう。

鋭く吐き出される呼気、才人は手になじむ黒光りする木刀を正眼、横構え、上段、八双、様々な確度に持ち替え、鋭く振り下ろす。
鉄芯の入った木刀を持ってして風を切り裂く鋭い音を立てるのは、才人が修練を怠らなかった証だろう。


やがて才人の目が、朝日の中に黒い点を見出す。黒い点はやがて視界を覆わんばかりに大きくなり、先日のジャガナートの着陸で出来た広場へと降りていく。
6枚の巨大な翼が打ち振るわれると、400トン近い巨体がふわりと減速する。

化け物なりに気を使ったのだが、インパクトの瞬間の轟音と、地鳴りは消すことができなかった。

森の中を走る才人に、突風が襲いかかるが、才人は木の幹にしがみついてなんとか踏ん張る
そして、さらにダッシュで獣道を抜け、木々の間を縫って行く。

森の木々に視界を遮られてなお、その向こうから感じる押しつぶすような圧倒的な気配は、隠しきれるものではない。


「おはよう、ジャガナート」

「うむ、おはよう」


ビリビリ下腹部に響くような低音とともに、挨拶が返ってくる、威圧感すら感じる声とは裏腹に、そこには優しさが込められていた。


「剣の鍛錬か?まるで流れるような動きであった」
「あの上空から俺の姿が見えたのか?」
「無論だ」


夜の間に何をしていたんだと聞こうとした才人は、ジャガナートの顔と前足が赤黒く染まっており、鉄の濃厚な匂いが漂っている事を感じ取った。
宵闇がその黒塗りの巨体を隠してくれる夜間に、オスマンから得た情報を元に、害獣退治兼食事を済ませてきたのであろう。

「食事はどうだった?」
「悪くない」
「そうか」
「害獣共の大きな群れに夜襲を掛け、全て喰らい尽くしたが、満腹には程遠い」
「一体何匹食べたんだよ」
「百から先は数えておらぬ」


スケールのあまりの大きさに、掌を天に向ける才人を尻目に、ジャガナートは手近な岩を咥え上げ、その巨大な外顎でバリバリと噛み砕く


「案ずるな、人を喰いはしない、子鬼共を喰らい尽くしても心にさざ波すら起こらぬというのは、新鮮だったがな」


どんな人間でも、ネズミより大きな動物を殺した時には、少しでも心が動揺するものだ、だが、姿と共に魂まで竜となったジャガナートには、五メイル近くの身長を誇る"子鬼"達を惨殺しても、その心に小さな揺らぎすら起こらなかったのだろう。


「さて、我はこれより、地下風石大鉱脈の調査を行うため、掘削を開始する。その前にフーケとのコネクションを確保しておきたい、頼めるか?」

才人は親指を挙げて応える

「ああ、俺もその事を相談しようとしてたんだ、何かいい手はないかな」
「小細工は面倒だ、直接雇うのはどうだ?無論、フーケとしての手腕をだが」
「報酬はどうする?俺は今金を持っていないよ」
「シャルトル、ブルタイユ、ベルネー近辺にあった巣は尽く壊滅させた、それをオスマンに伝えるがよい、多少の報酬となろう、それと、何を言ってもロングビルとしての仮面をかぶり続けるなら『ティファニアは元気か』と聞け」
「ティファニア?」
「そのうち会う事になる、其の方が気にかける事ではない、もしくは、破壊の杖の正体を教えるのも良いかもしれぬ」

了承の意を告げた才人は、早速学院へと走る、だが、時間を考えた才人は、もう少し鍛錬に打ち込む事にする。


■■■


一方、学院の廊下に取り付けられた窓からは、ロングビルが外を眺めていた
その視線の先にあるのは、森へと降り立った巨大な黒い古代竜である。

「ちくしょう、あいつが居付いたおかげで商売があがったりだよ!」

そう、現在ジャガナートが居るのは、学院の宝物庫の壁に面した森であり、フーケの逃走経路を知ってか知らずか塞いでしまっている。
再度大きく舌打ちをし、眉間にはしわを寄せ、歯は食いしばられる、だが、いかに怒りを表したところでごまめの歯ぎしりに等しい

「あのガキを籠絡し、なんとかできないもんかね」

フーケは学院の外側の広場で木剣を振り回している才人の姿を目をやる。

「確か異国の傭兵だとか言ってたが、男ならちょろいもんだろう、あっちの趣味をお持ちでなけりゃね」

その顔には打って変り、妖艶な笑みが浮かべられていた。


■■■


「おはようございます、ミスタ・ヒラガ、剣の鍛錬ですか?」


気配を悟り、鍛錬を中断した才人に声がかけられる、ミス・ロングビル、確かオスマン学院長の秘書をしていた女性だ。

「ええ、あなたも、朝早くからお仕事お疲れ様です、ミス・ロングビル」

ロングビルは、どうぞと言いながらタオルを差し出した。

「ああ、ありがとうございます。」

タオルからは、ふわりと甘やかな香りが立ち上り、汗を拭きとる才人の嗅覚と脳を刺激する、才人は必死に動揺を抑え込む。


「ふふ、どういたしまして、それよりも、見事な騎竜でございますね、私は後にも先にもあのような竜は見たことがございません」
「ジャガナートは騎竜ではなく、俺の親友なんですよ、どの種類の竜かは俺も知りません。」

ロングビルは目を細め、よく冷えた水のコップを差し出す
才人が受け取るその瞬間に、そっとその手を添える。

「例えそうだとしても、ご立派ですわ、まるでお伽噺の英雄のよう」

穏やかな笑みを浮かべたロングビルは、内心で確信した、これならいけると
だが、次の才人の言葉によって、その表情は豹変せざるをえなくなる。

「ああ、そうそう、ミス・ロングビルに改めてお願いしたい事があるんですよ」
「なんですの?」

才人の目が瞬時に鋭い光を帯びる

「簡単な話だ、あんたの裏の顔、その人脈と情報網を、その力を貸してほしい」
「一体…」

ミス・ロングビルの目が儚げに揺れる、その顔は、人間社会の裏を知っているとは思えない

「しらばっくれるなよ、土くれのフーケ、あんたを雇いたい」
「え?…」

軽く舌打ちをした才人は、早々に切り札を切る、彼はこう言った駆け引きはまだまだ苦手のようだ

「ティファニアは元気か?」

ロングビルの目が、研ぎ磨かれた刃のように冷たい光を湛え、声は相手を恫喝する低いものへと変わる

「へえ、いい度胸してるじゃないか、事と次第によっちゃ生かして帰さないよ」
「そう怖い顔をすんなよ、俺は金を払う、あんたは俺に手を貸してくれる、悪いようにはしないぜ?それに…」

鳥の声さえ消え去った、痛いほどの静寂に、カチリという音が響く、才人が左親指で、鯉口をきったのだ

「この間合いで、剣士に喧嘩を売るのは、賢いやり方じゃねえと思うんだがな」
「ほざいてな、小僧」

見れば、フーケの右手にはいつのまにか杖が握られている。

「大した殺気だ、フーケ、だがな、いい事を教えてやろう、お前の手腕を買いたいのは、ジャガナートだ」
「もうすこしましな嘘を考えな、ぼうや」
「話を聞く気はねえか、なら聞いてもらうまでだ」

言うが早いか、才人は右足の力を抜き、左足で体を前に滑りださせる、いわゆる"抜き"の動作で鋭く加速し、居合抜きの要領で小太刀を鞘走らせる。
空気を鋭く切り裂く音と共に、銀色の閃きがフーケの杖を襲うが、一瞬早くフーケはフライで空中に退避し、素早く間合いを離し、着地した。
才人とフーケは二人同時に舌打ちし、表情を引き締める、フーケは才人の野獣のような素早さに、才人はフーケの熟練度と詠唱の速さに

「コオオオッ」

才人の息吹の音と共にその目がタカのように鋭くなり、左手のルーンが煌煌と輝きを増す
刹那、才人の姿がかき消える。

背中にヒヤリとした感触を味わったフーケは、思わず体を沈ませ、サイドステップを踏む
その眼前を、銀色の冷たい軌跡が通り抜ける、前髪が少し短くなったフーケは怒りの表情で呪文を詠唱すると、散弾のような鋭い石つぶてが才人を襲う。

「シイッ」

鋭い呼吸音と共に、また才人の姿が消え、フーケが空中へと退避する。

「くそったれ、なんて速度だ、見えやしない」
「土くれのフーケってのは伊達じゃねえな、てっきりでかいゴーレムを作るしか能がないと思ってたぜ」
「ふん、お生憎様だったね、あたしゃそれほど馬鹿じゃないよ」

単なるジャンプなら、その着地点を狙えばよい、だが、フーケはフライの呪文を短く詠唱し、その着地点を自在にコントロールするため、才人は攻めあぐねていた
だが、フーケも、フライの呪文を維持している間は、他の呪文を詠唱し、才人を攻撃することができない。
地面に降り立ち、素早く呪文を切り替えるフーケ、しかし、才人も黙ってはいない

「甘いよ、ぼうや」

あろうことかフーケは、自ら地面を蹴り、才人が刀を振りぬく前に才人に接近し、左掌で柄頭を押さえ、鋭い蹴りを繰り出す。
一瞬驚きに目を見開いた才人は、体を捻り、フーケの蹴りを逸らせた。
だが、目前には突き出された杖と、素早く動くフーケの口、そして杖が振り下ろされた。

地面が素早く隆起し、鋭い刃となって才人に襲いかかるも、すでに才人はバックステップで回避していた。
だが、体を支えるその足が、ぬたっとした軟い感触に包みこまれる。

「なにっ!」

フーケは、確信の笑みを浮かべ、さらに素早く呪文を詠唱する。

「喰らいな!」

だが、鋭い岩のつぶては、甲高い音と共に幾つもの欠片に切り裂かれ、意味なく地面に落ちる。

「チッ」

鋭く舌打ちしたフーケは、すぐさま次の呪文詠唱にかかるも、その効果が発動する事は無かった
なぜなら、わずかに右手の指に残る痺れが、そこに愛用の杖が存在しない事を伝えてきたからだ
直前に聞いた、金属が擦れるような音、才人の服の袖から伸びる細い鎖と分銅が、フーケの手から杖を奪っていた。

「くそっ!!」

形勢不利と見るや素早く身を翻したフーケの背中に、鋭く気が叩きつけられた

「動くなっ!」

フーケがふと前方の木を見れば、そこに1本の棒のようなものが突き刺さっているのが見えた。
そして、振り向けば才人の手に握られた鋭い短剣のようなもの、その刃はぬらりと妖しい色に輝いていた。

「毒だね」
「ご名答」

もはや打つ手なし、とフーケは両手を挙げ、口を開く

「わかったよ、あたしの負けだ、降参だよ、煮るなり焼くなり好きにしな」
「さっきも言ったように、まずは雇い主と面談しようぜ、話はそれからだ」



木々の間を縫い、光の糸が地面に降り注ぐ、時にそれは太陽の色であり、自然の恵みの新緑色
鳥たちが枝の間からさえずり、虫や爬虫類がかすかな音を立てて森の生活を営む


そして、そこに場違いな重低音が響き渡る、王の息吹だ


バラバラと岩や砂を体から落とし、地に空いた巨大な穴からその主が姿を現す
フーケはその存在と直接相対し、戦慄を止める事が出来なかった。


--なんて威圧感だい、少しでも気を抜いたら押しつぶされちまうよ--

フーケはその自らの考えをすら叱咤し、逃げだしそうになる足を精神力でつなぎとめる
燃え盛る6つの赤い目が、フーケを捉える、その巨大な外顎は剃刀のように研がれており、隙間から漏れ出る硫黄の匂いに思わずフーケは口元を覆った
そして、さらにその竜が口を開いたとき、フーケは心の動揺を押さえつける事ができなかった。

「久しいな、人の子よ、マチルダ・オブ・サウスゴータ、我が名はジャガナート、そなたを雇いたい」
「なぜ、なぜその名を知っている…貴様は一体!」

フーケの声は、もはや動揺を隠す事は出来ず、その声は震えていた

「案ずる事は無い、我はそなたを知っておる、だが、人の子が如何様に生きようと、何を盗ろうと、我の預かり知る所ではない」


ジャガナートはフーケの罪を告発するつもりで呼び寄せた訳ではない、その盗賊としての手腕、そしてそのコネクションを期待している


「もし、断ったら?どうなるんだい?」
「元より強制などせぬ、好きにするが良い、餞別をくれてやろう、だが…」

ジャガナートの巨体から、氣が押し寄せる、森から鳥たちが飛び立ち、蛇蠍は我先にと岩陰に身を隠す

「我と我が盟友の前に立ち塞がるなら、汝と汝の近しき者たち全てに、何よりも確実なる死を与えてやろう!!水の深みも、空の高みも、大地の奥深かさも、我を阻む物など無いと知れ!!!」

その巨大な顎が開き、音の壁が襲いかかる


竜の咆哮


それは単なるハッタリだ、こけおどしだ、だが、それを鼻で笑う事の出来る者など、誰もいなかった
巨大な口腔の中ではコバルトブルーの炎が踊り、十重二十重に並ぶ牙は見る者の心を恐怖で縛りつける。


完全なる隔絶か、完全なる服従か、フーケの前に与えられた選択肢は少ない


前髪は汗で顔に張り付き、口の中は渇き、舌を動かすのも一苦労だ、だが、フーケの心は決して折れなかった。

「条件を聞こうじゃないか、それくらいはいいだろう?」
「無論だ、我はそなたに決められた量の金銀を与えよう、そなたは我の手足として働け、この話を拒むとしても、金銀を与えよう、だが、その後我が目的を少しでも阻む事になれば、そしてそれを知りつつなお我が前に立ちはだかるのならば、そなたの命は無論の事、ティファニア・オブ・モードの命も保障しない」

フーケは心の中で、結論を出すための時間を稼ぐ事を考えた、だが、この竜の気が少しでも変われば、自らの命は無い
そして、土くれのフーケとして活動をこれから続けていく上で、何がこの存在の逆鱗に触れる事になるのか、想像すら付かない
この話を受け入れても、断っても金を貰える、それはつまり口止め料という事なのだろう


逆らった場合の事を考える、現状、この古代竜に少しでも対抗できるとしたら、国軍規模の戦力意外にない
だが、貴族に対し盗賊行為を行っている自分を庇う酔狂な貴族など、この地には存在しない
ましてや自分は裏にも表にも名が売れすぎている。


「いいだろう、雇われてやるよ、竜の旦那、だが金額の提示と、こちらからの条件を聞いてもらえるのかどうか、それが問題だねえ」
「現状、学院でどれほどの金子を受け取っている?」
「年500といった所だね」
「ふむ、新金貨で750枚と言った所か」

フーケの背をさらに冷たいものが滑り下りる、一体どれほどの年月、この古代竜は人を観察し続けてきたのか、人間の文化にすら精通しているのみならず、積・商の算術すら披露してみせた。

「ならば、エキュー金貨で1500、それがそなたの報酬となる」
「さらに条件を上乗せしてもいいかい?」
「ふん、先に条件を述べぬとは、女狐め、よかろう、話すが良い」


1500エキューとは、上級貴族の年収に近い金額だ、これなら危険を冒し、態々盗みを働く必要もない、最も、盗みの仕事は復讐の意味でもあったのだが


「あたしが保護している子たちの安全を保障しとくれ」
「よかろう、白の国の動乱がより深くなる前に、この森へと移住するが良い、我が手筈を整えよう」
「交渉成立だね、竜の旦那、あたしの事はマチルダと呼んどくれ」

右手を差し出すマチルダに対し、ジャガナートはその人差し指を持ち上げる事で応えた
マチルダはジャガナートの足元に歩み寄り、爪の先を握る
それはあまりにも歪な握手だった、だが、その光景を見て才人は微笑む

だが、フーケの内心は穏やかではない、この新たな主人が、アルビオンがきな臭くなっている事すら見抜いていたからだ。
この瞬間より、土くれのフーケはジャガナートの配下となり、その手腕をいかんなく発揮する事になった。


一方、自室へと戻った才人は、まだ夢の中に居るルイズ姿を発見する
夜の月の光と、ランプの柔らかな光を浴び、月の女神とも言える神秘的な美しさを醸し出していたルイズが
今度は明るい日の光を浴びて、陽光の寵児とも言える健康的な美しさを発揮している。

才人は思わずその光景に心打たれ、どくどくと早鐘のように鼓動する心臓を意識しながら立ちつくした。
だが、いつまでも観賞している訳にはいかない、早く主人を起こして自分の部屋に帰らせなくては、噂をたてられても厄介だ

「おはよう、ルイズ、ご主人さま、起きてくれよ」
「ん、んう」
「お~~い、ご主人さま!」

ゆっくりと磁器のような瞼が持ち上がり、それと共に形の良い長い睫毛が持ち上がる、鳶色の瞳が光を浴びて眩しそうに細められ
やがて才人の顔に焦点を結ぶ。

「おはよう…あんた誰」
「まだ半分以上夢の中だなこりゃ、俺は才人、ルイズの使い魔だよ、早く起きて部屋に戻らないとあらぬ噂を立てられるぞ」

才人が差し出したタライには、井戸から汲んだ水が入っており、朝に弱いルイズの意識をほんの少し浮上させる
椅子に座って顔を洗ったままの姿のルイズを見て才人は苦笑し、タオルを差し出した後、櫛でそのピンクブロンドの髪をとかしてやる
髪の毛は驚くほどの櫛通りで、素直にその寝癖を解消した。

「ねえ…」
「はい、なんでしょう?」
「あんた、なんでそんなに手慣れてるのよ」
「以前お話したように、それはそれはひどい貴族様に仕えていたからですよ」
「そうなの…」

朝のルイズは終始こんな感じである。低血圧なのか何なのか、明晰な頭脳は全く回転しないようだ

「さて、ご主人さま、最低限の身だしなみは終わりましたが、制服に着替える必要がありますよ、部屋に戻る事を勧めるぜ」

才人の言葉を聞いたルイズはこくりと頷くと、ずるずると毛布を引きずりながら、早朝の学院を自分の部屋に向けて歩き出した。


その後、アルヴィーズの食堂前でルイズと合流した才人は、ルイズを食堂にエスコートし、椅子を引いて座らせ、自分は厨房に移動する。


手伝うと申し出る才人を強いて椅子に座らせ、厨房から食事を運んでくる少女の頬は赤い
才人が何気なく周りに気を巡らせば、メイド姿の女の子ほとんどから熱い視線が刺さるのを感じる
だが、才人が顔を上げればすぐに目は逸らされる


そして、運ばれてくる食事は、まるで王の食卓だ


「え~と…これは…一体?」
「おう、サイト!言っとくがこれは余り物で、まかない食だからな!」

厨房からひょいと顔を出したマルトーが、満面の笑みで応える、白い歯が眩しい


マルトーお前もか、どう見てもコレだけの食材が余るわけが無い


毎朝の鍛錬を欠かさぬため、少しでも血と肉の補給はしたいところだ、ところだが…
どう考えてもこれほどの量を食い尽くすことは不可能だろう


「マルトーさん!これ、食えなかったら少しジャガナートに持って行ってやってもいいっすか~?」
「おう!かまわんぞ!古代竜にメシを作った伝説の料理人たぁ俺の事よってなぁ!シエスタ!今年の新酒、一番良いやつをサイトに飲ませてやれ」
「分かりました!」
「いや、いいよマルトーさん!朝っぱらから酒なんて」
「英雄とは色を好む、英雄とは良い酒を好むもんだ、なあシエスタ」

シエスタと呼ばれた少女は下を向いて真っ赤になっている

「それはそうと才人、お前一体どこでどんな修行を積めばああなるんだ?」

料理をもぐもぐやりながら才人が応える

「俺の剣は師匠がいてさ、あの人の下で修行すればだれだってこうなるよ、半分は逃げ出すかもしれないけど」


「そうかそうか!がはははははは」

ギーシュとの決闘に勝って以来ずーっとこの調子である
厨房に顔を出すたびに褒められ奉られ、正直少々落ち着かない


■■■


医務室
ベッドの上では金髪の少年が安らかな寝息を立てており、その掛け布団のところには同じく金髪で縦ロールの女の子が目の下に隈を作り、眠っている。

さわやかな風が窓から入り、白いレースのカーテンを揺らす
やわらかい日差しが部屋の中に差し込み、少年の顔を優しく照らしていた

すると、少年の瞼がピクリと動き、ゆっくりと目を開ける
目を開いたとたんに差し込む光にまぶしそうに目を細め、うつぶせに寝ている女の子に気がつく


「ここは…?僕は確かあの平民と決闘して、ってモンモランシー?」
「う…う~ん、なによ~」


呼びかけには不機嫌な声色の返事が返ってくる

「モンモランシー、起きておくれ」
「う~~ん、ギーシュ~?」
「そうだよ、君の恋人のギーシュだよ」
「へ~~~、ふ~~~~ん?恋人だったんだ?」


ジト目でにらむモンモランシーにギーシュは思わず冷や汗を流す


「た…頼むよモンモランシー、そんな不機嫌な顔をしないでおくれよ」

だが、モンモランシーの機嫌は戻らない、その青い瞳は瞼によって上側が隠され、眉はつりあがっている
その目元の隈も相まって、なかなかの迫力をかもしだしていた。


「ごめんなさい!始祖に誓ってもう浮気はしません!この薔薇と始祖にかけて誓う、モンモランシーを1番に愛すると」
「1番~~~?、って事は2番や3番がある訳ね、4番や5番も!」
「ご…誤解だよモンモランシー!」


そのときドアが開き、肉感的な体つきをした女性が入ってくる


「あらあら、賑やかだ事、ここは体調の悪い生徒が来る場所よ?元気な生徒は帰ってね~」


医務室の主、マリアエレナ医師である


「ギーシュ君は目が覚めたみたいね、魔力を限界を超えて搾り出したために気を失ったのよでもおめでとう、これで君もラインメイジね」


語りかけながらベッドの方に歩み寄ってくる、ギーシュの目はある1点に釘付けである
それを敏感に察知したモンモランシーの額に青筋が踊る


「ギイィシュ~~~ウ!!」
「ん?なんだねモンモランシーそんなこわ ぶべら」


ギーシュの顔面にショートアッパーが炸裂し、再び意識は頭の外に叩き出された


「天国がたゆんたゆん」
「あらあらあら」
「マリアエレナ先生!この超バカをお願いいたします!もう知らないっ!」


寝ずに看病してあげたというのにこれはないだろう、堪忍袋の緒が爆薬の導火線と化したモンモランシーは、足音も高く医務室を出て行った
ギーシュはさらに3時間ほど惰眠をむさぼる事となる


ギーシュはやっぱりラインメイジになってもバカギーシュであった。


■■■


トリステイン魔法学院外周部の森

「ほらよ、マルトーさんが余り物だって、山ほど作ってくれたんだが、俺じゃ食えないんだよ」

才人が手押し車に満載した料理を運んでくる

「ほう…マルトー氏の、これが…ふむ…、ほう…、これは…」

山ほどあった料理を1分足らずで全部食べ終え、ジャガナートが言葉を発さなくなった

「……」
「どうしたよ?急に黙りこくって」
「今はもはや叶わぬが、この料理を人間として味わいたかった、だが、今や例え数百人分の胃を満たすほどの美食であろうとも、我には足りぬ
 我はもはや元の名前すら思い出せぬ、そして、いかに心動かされようとも、涙する事もない
 人とは、真、素晴らしきモノであったと、いまさらながらに思う」
「そうだな…」
「人であった時の記憶を探ろうと、いくら心の深淵に手を伸ばそうとも、そこにはもはや何もない、あるのは虚無だけだ」


「すまぬな、愚痴を聞かせた。忘れてくれ」

空気がしんみりしてしまったため、才人が無理に笑顔を作り、話題を変える

「いや、俺も、アンタにおんぶにだっこじゃ不味いからな、早く強くなりたい、しかし強さってのぁ一朝一夕に身につくものじゃねえ、もどかしっくてしょうがねぇよ、今だってそうだ、フーケを圧倒する事はできた
 だが、全ての闘いが1対1な訳じゃないよな、それにフーケより強いヤツなんざゴロゴロいる、正直俺は不安で仕方がねえよ」
「力、強さ、か… 才人よ」
「なんだ?」
「一つの可能性に賭けて見るつもりはないか?」


ジャガナートは空を見上げ、ゆっくりと語り始める、ドイツの英雄叙事詩『ニーベルンゲンの歌』の主人公ジークフリートの事を
悪竜を斃し、その血を全身に浴びることによって不死身の存在となった事、菩提樹の葉のせいで背中の1点だけが弱点であった事


「まさか…、俺にジャガナートの生き血を浴びろって?」
「悪い賭けではない、例え失敗したとしても、失うものは何もない、菩提樹の葉はここには無く、大釜か風呂桶でも用意すれば、全身を浴する事が出来よう」

風呂桶1杯分の血など、ジャガナートの体格からすると微々たる量である。

「あんたには何のメリットも無いが、いいのかよ、それで…」
「かまわぬ、我らはもはや運命を共にする盟友、一つでも良い可能性に賭けるべきだ、だが…」

ジャガナートは言葉を切り、才人の目を見る

「人ならざる者になってしまう可能性もあるのだぞ?」
「かまわねえ……」

ジャガナートの目を見返す才人の瞳は、一瞬の揺れもない


「俺は好き好んでルイズのために、愛する女のためにこのハルケギニアに戻ってきた、もう何が起こっても、俺がどうなろうとも、ルイズを守りたいという決意が揺らぐ事はねえよ、俺はルイズを愛してる」
「よかろう、ルイズのみを愛するというその言葉を信じよう、我が盟友よ、我は其の方と喜んで血の盟約を交わそう、その時より、我等は文字通りの兄弟となるであろう」


■■■


学院長室

春の柔らかな日差しが差し込む中、学院長室の高級椅子の上でオスマンは鼻くそをほじっていた
秘書のロングビルから非難の声が上がる
「オスマン学院長、仕事をなさっていただけません?何もかも、決済まで私にまかせっきりではありませんか」


「なあに、なに、優秀な秘書に任せておいたほうがはるかに効率が良かろうて、ほっほ」

その瞬間、ロングビルの足がすばやく動き、足元に来ていた何かを捕らえる

「学院長…!使い魔を使って私のスカートの中を覗こうとするのはやめていただけませんか?」

ロングビルの足には、オスマンの使い魔モートソグニルが押さえ込まれ、苦しそうにチィチィと声を上げていた


「か~っ!下着ぐらいでカッカしなさんな!そんなだから婚期を逃すのじゃ」

それを聞いて一瞬、ロングビルの顔色が変わりかけるが、一瞬の後には元に戻っていた。
サウスゴータ家が取り潰しにならなければ、普通の生活を、もしかしたら幸せな結婚生活を送れていたかもしれない
貴様ら貴族の身勝手なプライドさえなければ…


まあいい、それももうすぐ終わる、辞表を叩きつけてやったらこのスケベジジイはどんな顔をするだろう
ちょうどその時、学院長室の扉がノックされる


「誰じゃね?」
「失礼致します、ラ・ヴァリエールが使い魔、才人です。」
「おお、サイト君か、入りなされ、鍵はかけておらん」
「では、失礼致します。」


前回と違い、礼儀作法を学んだ才人の動きは、貴族の中で生活していてもあまり違和感を感じさせない


「で、用は何かの?」
「はい、オールド・オスマン学院長、実はこちらのミス・ロングビルに少々手伝って頂きたい事がございまして」
「ふむ、そうか。」
「それと、ジャガナートがシャルトル、ブルタイユ、ベルネー近辺の巣はすでに無い、と申しておりました。」


ガタリと音を立ててオスマンが立ち上がり、その顔は驚愕に彩られていた

「なんと、一夜の内にか…」

すぐに再起動したオスマンは、討伐依頼の書かれた用紙に素早く目を走らせ、金庫から金貨2100枚を取り出す。
持ち上げようとして断念し、杖を振ってレビテーションで移動させた
この金は、一時的にオスマンの個人資産から支払われるものだ、後ほど依頼を掛けていた貴族へと話を通し、"オスマンの力"で討伐された事を通達し
破格の安値である金貨2100枚を受け取るのだ。
そもそもこんなはした金で、オーク鬼やオグル鬼、トロル鬼の犇めく巣穴に突撃しようなどという阿呆は居ない、3か所合わせてたったの2100エキューなど、馬鹿にしているにも程がある


その愚かな依頼は、無言で事実を語る。依頼を出した貴族が愚かな事、そしてその財政がひっ迫しているという事だ。


例えこの金額が即座に回収できず、分割になったとしても、その貴族たちはオスマンに頭が上がらなくなり、さらには利息、もしくは延滞金を支払う羽目になる。
万一、踏み倒されたら、その貴族の子供は魔法学院に通う事は出来なくなり、社交界、ひいては貴族社会からドロップアウトする事になる。

付け加えると、同様の境遇の貴族など、掃いて捨てるほどいる。
どっちにどのように転んだとしても、オスマンの腹は痛まないのである。


レビテーションが解除され、目の前に下りた金貨袋の、どさりという重い音を聞いた才人は顔をしかめる

「…う、かなり重そうですね」
「私がお運びしますわ」
「助かります、ミス・ロングビル」


才人がさわやかな笑顔を浮かべて礼をする


2人そろって、オスマンに礼をし、部屋を退室する。
急に表情が変わり、ロングビルの口調がフーケのものへと変化する。

「あたしに何か用かい?呼び出すって事は仕事の話かい?全く、人使いの荒い旦那だ」
「いや、そうじゃない、大釜を森の近くまで運ぶのを手伝って欲しいんだ」


マチルダが怪訝な表情をする
「大釜?なんだいそりゃ?」


「ああ、風呂を作ろうと思ってね、俺の国じゃ平民の家にも当たり前に湯船が付いてる」


マチルダは普通の人間サイズのゴーレムを4体錬金し、古い大釜を運ぶ、金貨は釜の中でジャラジャラと音を立てていた


「ずいぶんと景気のよさそうな音がしてるじゃないか」
「ああ、ほとんどはあんたの給料だよ」
「全部パクッて逃げてやろうか」


才人はにやりと笑い、犬歯が顔をのぞかせる


「逃げ切れると、本気で思ってるのか?」
「ふん」


やがて森のはずれに着き、再び地面から顔を出したジャガナートにより、金貨1500枚の前払いが決定され、マチルダはその口をあんぐりと開けたまま固まる
どこの世界に盗人に金を先払いする愚か物がいるだろうか、だが、ジャガナートの目は鷹のそれを軽く凌駕し、なおかつ闇すら見通せる
闇を己の衣服とする盗人ですら、ジャガナートの追跡を振り切る事は出来ない。


■■■


深い森の中の、100メイルほどの広場に巨大な影と1つの人影、才人とジャガナートだ
首から少量血を釜に流しながらジャガナートが話しかける
といっても、竜にとって少量、人間からすれば入浴ができるほどである。

「ルイズはどうしておる?」
「ああ、今1時限…って言うのかな?とりあえず一つ目の授業が終わって休憩時間らしい、次はラビリンスだかファブリーズだか、先生の実技みたいだ」
「…ミセス・シュブルーズだ」
「そうそう、たしか"前回"は俺がそこでルイズをからかってさ、んで飯抜かれたんだよね」
「暗愚め。努力している人間に追い打ちをかけるとは…」
「分かってるよ、今と違って"前回"はほとんどペット以下の扱いだったからな、普通は納得できんだろ」
「ふむ」

自らの巨大な爪によって付けた傷が見る間に修復し、元の状態に戻る
大釜には十分な量の血が溜まっていた


「なんか光ってるぞ?」


才人の言葉通り、血は黒く、その中に赤、白、青といった光が流れるように煌いていた。


「じゃあ早速漬からせてもらうとするよ」


才人はさっさと服を脱いで大釜に飛び込む
しばらくの後、空気中を黒い微粒子が漂い始める


「なんだこりゃ?」


その微粒子は徐々に加速を始め、才人の周りを8の字に、螺旋を描いて回り始める


「かっはっ!!」
「才人!」


黒い微粒子は、才人の鼻孔を通し、体内に侵入し、さらに水面から多くの血が巻き上がる


「いかん!そこから出よ!」


慌てるジャガナートに対し、才人は掌を向けて、制止する


「ぐ、げぼっ!」


黒い微粒子は黒い流れとなり、青や白、赤と、妖しく輝きながら才人の鼻孔、目、口腔から体内へ侵入していく
だが、それらは才人を窒息させる事は無く、素早く才人の体内へと突き進む

そしてついに、流れは激流となり、渦巻く竜の血によって才人の姿は覆い隠される。
流れが収まった時、釜の底に倒れこみ、荒い息をしつづける。

「無事か?返事をせよ!才人!」
「ハアッハアッ、ああ、大丈夫だ!心配ない」

先ほどまであれほどに空気中を荒れ狂っていた血は、全く残されていない。


「ふむ、吸収はされたようだが…何か変化を感じるか?力が湧き出るとか」


ようやく息を少し整えたが、まだ荒い息を繰り返す、才人は手を握ったり開いたりするが、その表情は訝しげだ


「正直、わかんねぇ」

才人は釜から飛び出し、近くの木を殴りつける
ゴンと鈍い音がし、右手を押さえた才人がそこにうずくまる

「ふむ…何も変化無し…か」

才人はステップバックやサイドステップ、ダッシュ等を次々試すが、首を傾げる
ちょうどその時、学院から爆音が轟き、一筋の煙が空に立ち上る

「お?」
「む?」

一人と1匹がそろってその方角を向き、顔を見合わせる

「主に何かあったようだな、魔法の暴発か?才人、様子を見て来い」
「おう!」


手早く服を着込んだ才人がダッシュで学院へ向かって行った
その背中を見送ったジャガナートの目には、わずかな不安が揺らめいていた


■■■


時は2時限目までさかのぼる

教室には、召喚されたばかりの使い魔がいたるところにひしめいていた
バグベア、スキュラ、バジリスク、サラマンダー

大きすぎて教室に入りきらない使い魔は学院の中庭で待機していた
最も、その中庭にすら収まりきらない物も今回は存在していたのだが…

ルイズは不機嫌であった
才人が自分を置いてさっさとどこかに行ってしまったからである。

「全く!主人を置いてどこいったのかしらサイトは!」


しかし、授業開始寸前になっても才人は現れず、そのまま授業が始まった

紫のローブを纏い、とんがりぼうしを頭に載せたいかにも魔女といった格好のミセス・シュブルーズが
教壇に現れる。

「新2年生の皆様、ごきげんよう、私が今日の授業を受け持つ、シュブルーズです。さて、私はこうして皆様の使い魔を見るのが非常に楽しみなのですよ」

ぐるりと生徒を見回し、ルイズの所で視線が止まる
「ミス・ヴァリエールの使い魔は中庭にすら収まりませんね、立派な使い魔を召喚しましたねぇ」

ルイズの口の端が少しだけあがり、気持ち誇らしげな表情になる
そこに水を差す者が現れる、まるで懲りぬマリコルヌこと風上のマリコルヌである

「はい!ミセス・シュブルーズ!ゼロのルイズは結局巨竜に逃げられたままです!」

ジャガナートは帰ってきて、学院外周部の森に住み着いているのは周知の事実である
他の生徒の冷ややかな視線が集中し、マリコルヌを指差したタバサが止めを刺す

「…おもらし」

途端に教室は大爆笑の渦になる

マリコルヌは意外にも、恍惚とした表情を浮かべていた

「タバサ、あなたたまに口を開くと言うわね」

目じりの涙を拭きながらキュルケがタバサの頭を撫でる

「お静かに、お静かになさい、そしてミスタ・グランドプレ、他の人を罵れば、結果は自分に返ってきますよ」

そして、授業は始まり、錬金の講義となる


しかし、虚無の扱い方を知らぬルイズは"前回"と同じく失敗し、授業は中止
ルイズ一人が教室の片付けを命ぜられる事となる。

小さなほうきで床を掃くものの、上手く塵が集まらない、コツを知らないからだ
その時、扉がガチャリと開き、才人が現れる


「お待たせ、ご主人様」


「…」


ルイズは何も答えず、うつむいたままほうきをただ動かしている
才人も無言で片づけを行い、重いものや割れたガラスを外に運び出す


「…なさいよ」

小さい、本当に小さな声でルイズが呟く、気を付けていなければ絶対に聞こえない

「笑いなさいよ!」

次の瞬間、突然ルイズの堰を切ったような怒声が、二人しか居ない講堂に響き渡る

「ねえ、アンタも笑いなさいよ!メイジを知るならその使い魔を見ろ?ふざけないで!あんな立派な竜を召喚できても、私は何一つ変わらないじゃない!」
 
怒鳴っている内に、徐々にルイズの目に涙が溢れ出す

「錬金一つまともに使えないなんて…私は、ラ・ヴァリエールなのよ…!トリステイン有数の大貴族!ラ・ヴァリエール家の三女…」
 
ついに、ルイズの目から大粒の涙がこぼれ出す
才人は黙って、ただ見ている

「ねえ…あなたも笑いなさいよ、私には何もない!!あなたは剣が使えるけど私には何もないのよ…!あるのはただ失敗して爆発する魔法だけ…」

才人は叫びたかった、お前は伝説の虚無の使い手で、俺はガンダールヴだと
だが、理性の最後のかけらがそれを押しとどめた、それが無意味な行動だと分かったから


証明する物が無い


始祖の祈祷書を貸してくれ?国宝を傭兵に?


水のルビーを貸してくれ?姫殿下の指にいつも彩りを添えている国宝を外国の傭兵に?


不可能だ


だから才人は、ただ黙って聞いていた、ルイズの感情の爆発を黙って受け止めていた


「何とか言ったらどうなの!」


「俺は…、頭も良くねえし、女の子の気持ちには鈍感だっていっつも言われてる、難しいことはよく分からねぇし、前のご主人様にもいつも怒鳴られてた。けど、一つ分かることがある、俺と、ジャガナートはなんでここに居るんだ?」
 
その言葉に、ルイズの顔から怒りが消え、はっとした表情になる、そう、召喚は成功し、コントラクトサーヴァントは成功している。
才人は言葉を続けた

「なんでジャガナートは召喚されてすぐ、ルイズを見限らなかったんだ?なんでわざわざ俺を連れて学院まで戻ってくれたんだ?なぜまだここを去らないんだ?」

ルイズの頭の中を才人の言葉がぐるぐると渦巻き、答えを求めてせめぎ合う
才人は、そっとルイズを抱きしめる

「あいつは言っていた『そなたの内に眠る大いなる力を我は知っている、その力にふさわしき存在となった時に、我はそなたと契約を交わそう』と」
 ルイズに可能性が見えたからだろ?こいつには絶対何かあるって、よく分からねぇけど、あの六つの目は節穴じゃないと思うぜ?」

ルイズの身体の震えが、才人に伝わる

「俺さ、師匠の下で剣の修行してた時に、頑張っても頑張っても、"技の組み立て"が下手で下手で、一生懸命努力してもなかなかできなかったんだ
 その時、師匠が"才人君は大器晩成型じゃな"って言ってくれた、必ず後でできるようになるって絶対あきらめずに何度でも教えてくれた、あれは最高に嬉しかった
 そんな俺が、努力してる人を、まして俺のご主人様を、笑うわけねえだろ」

そして、ルイズが落ち着くまで、才人はずっとそのままの姿勢で居た

数分後、才人の鳩尾にパンチが入る

「いつまで抱きしめてんのよ」
「うぼっ!」

そして、自分の涙と鼻水で、でろでろになってしまった才人の服を見て、気まずそうに目を擦る

「その、悪いと思ってるわ、そうだ、感謝しなさい!今度の虚無の曜日に街に行って、服を買ってあげるわ、あと何か欲しいものを言いなさい」

まだ目が赤いものの、いつもの調子に戻ったルイズを見て、才人はほっとしたような表情を浮かべた


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