俺はルイズについてアルヴィーズ食堂に入った。貴族の食卓と言うだけあり果物をふんだんに盛り籠に入れ、朝食にもかかわらず溢れるほどの料理をテーブルに並べ、器や内装にも凝った意匠が施され、おまけに夜には動くという不思議な人形。実に豪華だ。だが周囲からバカにされる声が響く度にルイズの不機嫌オーラが増していく。もうやめて。ルイズのライフはゼロよ!
「ゼロだけに、ぷぷ」
思わず自分の思考に笑ってしまう。押さえろ俺。ここで俺が爆笑したら、マジでルイズがキレる。キュルケから立ち去った後も俺は昨日召還されたばかりなのにすっかり有名人らしく、才人以上の注目を悪い意味で浴びていた。この視線に耐えねばならないルイズが不憫になってきて自分自身も居たたまれず、消えてなくなりたい気分だ。きっと虚無魔法の件がなければ未来予知が叶う日までなんてとても待ってはくれまい。それだけに今日の放課後は重要だ。虚無魔法を教えられなきゃ……。
「ねえ、豚」
ルイズが虚ろな目を俺に向けた。
「は、はい」
「今日の放課後が今から楽しみで仕方ないわ」
「そ、そうだな。魔法が唱えられるかもしれないんだもんな。で、でも、もしかすると唱えられない――」
俺は周囲に外国人しかおらず、おまけに殆どが美男美女で、何より本当にハリ○タの世界ではないのかと疑いたくなるようなアニメで見た簡素さがない凝った作りと、ルイズのぴりぴりに呑まれていた。こんな場所にきてなぜサイトは強気でいられたんだ。小説ではあの御方は殆ど素だった。でも常識的に無理だろ。こんなアウェーでどうやってあんな好き放題貴族に言うんだ。俺なんてルイズが床に置いたパンと薄いスープを、この体格でも文句一つ言えんぞ。
「あの少ない……」
「少ない?何が少ないの?あんたその贅肉揺らして私の後を一生うろつく気?馬鹿なの?死ぬの?」
「いや、決してそんな気は……」
「じゃあダイエット食ってあるそうなの。知ってる?」
「し、知ってますよ。はは、あの、ルイズ様。俺喜んで頂きます!」
「そうね。それがいいわ。それにしても放課後が楽しみね。だってどうなっても私には良いことばかりだもん」
ニコって笑うと床に座る俺を見下すルイズの目が笑ってない。
「それってどういう意味でせぅ?」
「聞きたい?」
「い、いえ、別に……」
「だって魔法が唱えられなきゃこの役立たずの豚を死刑に出来るじゃない。こんなに素晴らしいことが他にある?」
「いやいやいや、ちょっと待って昨夜の優しいルイズはどこ行った!?何いきなり殺人予告してんの!?昨日はデブの人権認めてただろ!?というか俺魔法使いじゃないんだって!唱えられるかどうかで殺されてたまるか!」
俺がさすがに命に関わる事態に怒鳴ると周りが、
「可哀想なルイズ。ただでさえあんな豚と同じ部屋なのに」
「一人前の人間のつもりなのよ」
「ルイズ。大丈夫よ。もし死んでも私達見て見ぬふりするわ」
「ちょっと待って!!!え?何これ?殺害される俺の方が悪いみたいな感じですか?」
俺は立ち上がったが周囲の視線があまりに厳しくて語尾下がりになった。すると今度は男子が、
「大体こんな豚が女子寮だというのが問題だ」
これ、ギーシュだと思う。
「そうだな。せめて家畜小屋に入れるべきだ」
これ、マリコルヌ。
「ルイズ。何なら僕たちの連盟で彼を家畜小屋に入れるよう先生に頼んでみようか?」
多分こいつはレイナール。
みんな見た目がリアルな人間の外国人だから断言はできんけど、なんとなくイメージだ。
「妥協点が家畜小屋……」
というかマリコルヌは味方と思っていたが、俺が女子寮住まいなのが面白くないらしい。うん。昨日以上に状況悪いぞ。原作知識がある分サイトより良い扱いだと思ったのに、鞭で打たれない分幸せで、美少女の裸見られて嬉しかったのに、全然そんな事なかったです。サイトさん。この中で原作知識もなく強く自分を主張できた貴方はすごかとです。
「みんな……ありがとう。でも大丈夫よ。こんなのでも私の使い魔だし、私はちゃんと飼う義務があるの。でも同じ女子寮のみんなには迷惑よね。ごめんなさい」
「いや、殺すって言われてる俺の身ッ!」
ルイズに足蹴られた。
「あの、痛いです」
「黙れ黙れ黙れ」
「痛い痛い。さり気なく足下で蹴るなよ!痛いじゃないか!」
「ルイズ……」
「なんて優しいの」
「おお、僕は今までこんなに慈愛に満ちた女性は見たことがない」
そうするとルイズの周囲に人だかりが出来て俺は押しのけられてしまう。蹴ることはどうでもよくて飼い主の義務を果たす気のルイズに感動らしい。もうどうでもいいや。くっそ。拗ねてやる!ぐれてやる!イケメン死ね!イケメン死ね!イケメン死ね!
「あんた何隅っこでいじけてんのキモッ」
あの後、俺はルイズに放置され、お腹が空いたので原作知識で調理場に行ってご飯をもらってたらふく食べてやった。この調子だとダイエットは無理そうだ。たがサイトのようにシエスタから話しかけられることもなく、料理長のマルトーのおっちゃんだけが、
『ま、大変だが頑張れ兄ちゃん』
同情してくれるが、俺が30過ぎだと分かると、
『兄ちゃん!もっとどうして真面目に生きなかったんだ!そんなことじゃ田舎のおっかさんが悲しむぞ!』
と、コンコンと説教されました。もうゴールして良いよね。
「ほら早く動きなさいこの豚」
ルイズにお尻蹴られました。
「しくしく」
「うわー、泣いてる姿も酷いわね」
どん引きされました。
「もっと優しくしてくれよ!もうそろそろマジで泣くぞ!」
俺は精神的にふらふらになり一人廊下の隅でいじけていたが、結局虚無魔法のことだけしかきっと興味のないルイズに、ようやく放課後声をかけられた。やべ。この間のイベント全部すっぽかした。いや、まあいいか。どうせこのあとルイズに虚無魔法も教えられず殺されちゃうんだ。母さんごめん。マルトーのおっちゃんの言うようにもうちょっと真面目に生きてればよかった。でも大丈夫。弟も妹ももう子供まで居るし、後事については何も心配いらないから。
「はあ、結局親孝行も兄貴らしいことも何もしなかったな。この世界みんな結婚早いんだって。30過ぎだと向こうの50ぐらいになってその年でニートな俺ってもう人生詰んでるよね」
鬱だ。どこでこんなにまで人生踏み外したんだろう。
「なにぶつぶつ言ってるのよ。ホラ行くわよ。魔法教えられるもんなら教えなさいよ」
なんかこの女むかつくとです。
「……」
「返事しなさい豚!」
「……」
辛い。生きるのが辛い。ゼロ魔の世界に来たら今度こそ頑張れると思ったのに、結局どこにいても俺は俺。
「早くしなさいよ豚!」
またお尻蹴られました。美少女にされたらご褒美だと聞いたことがあるけど実際やられたらひたすら惨めです。ああ死にたい。
「とりあえず、部屋に本取ってくる」
だが俺はそれでも立ち上がる。母さん。俺もうちょっとだけ頑張るよ。
「本?って、あの本?」
ルイズはなんだかみんなにかけられた言葉に気分を良くしてるのか機嫌は悪くなさそうに見える。お陰で俺への優しさは減ったけど。
「ああ、言っただろ。俺は魔法使いじゃないから本来魔法なんて教えられないんだ。でもあれは始祖について書かれた貴重な本だし、魔法について一つぐらい書かれてるかもしれないんだ」
書いてなきゃどうしよう……。
「あれってそんなにすごい本なの?」
胡散臭そうにルイズが見てくる。
「そうだよ。何その目。どうせ俺はデブだよ。死刑だよ。しくしく」
「……ねえ?ところであんたあんまお腹空いてなさそうね?」
「うっ!」
なんで分かるの?物凄くお腹いっぱい食べたよ。なにさ、サイトでもそこは許されたのに、俺はそれも許されないの?
「あんたまさか……」
「はは、えっと、お腹空いたな。痩せそうだな。お腹と背中がくっつくぞ!えっと、本だよ。本の話だよ。う、嘘は付いてないぞ。ま、まあ俺にしか読めない字だから分かんないだろうけど、そういう訳だから捨てないでね。それにあれがないと俺がキミの為に出来ることも半分以下になるから」
もう頼みはあの本だけである。もしあの本を捨てられたら泣くどころじゃない。
「ふーん。ま、いいわ。じゃあ早く取りに行きましょう。あ、まあもちろんあんたが教えられると信じたわけじゃないし、無理なら家畜小屋だから」
「死刑は?」
「さすがに可哀想だし私の慈愛に満ちた心で許して上げる」
「へえ……」
慈愛。家畜小屋が慈愛。でももし家畜小屋に本当に住まされたらその時は俺はそこまで強くない。首吊って死んでやる!そしてルイズの心にいやな思いをしこたま残して生きつづけてやる!
俺は半ばやけくそで部屋に戻ると、ゼロの使い魔をルイズの前で読むという違和感ばりばりのことをしばらくしていた。一巻二巻に目を通すが虚無魔法は載っておらず焦燥に駆られるが、幸いなことに多分一言一句余さず呪文が書かれてる虚無魔法を見つけた。だが、俺はそれでもずっとゼロの使い魔を読んでいて、ルイズに何度も急かされたが全てチェックしていた。ゼロの使い魔が面白いという理由ではなく、載っていた魔法が、
「……これだけ?」
すっかり夜も更け、横でムスッとしたルイズを尻目に、焦りを覚える。
「読み終わったの?言っておくけど、時間稼ぎでこんな時間まで読んでたんなら無駄よ。今日はたとえ夜でも教えてもらうわよ」
そう言うルイズは居丈高だが実はかなり期待してるのか顔が意気込んでて、ちょっとウザかとです。
「いや、何か教えられそうなんだけど……」
だが俺は言葉を濁した。
「なによ。それなら早く教えなさいよ」
「でも」
「何?」
「……すごく危ないです」
「は?何が?」
「虚無魔法が」
「どうして?」
「これ……始祖について書かれてるけど魔法の専門書じゃないし、魔法は一つしか書かれてないんだ」
「良いわよ。一つでも」
「いや、それが……虚無魔法には瞬間移動(テレポート)に幻影(イリュージョン)と色々あるのに、よりにもよってちゃんと呪文が書いてるのは大規模破壊魔法だけなんだよ」
「……破壊?大規模ってどれぐらい?」
「艦隊が全滅するんだから……。1リーグ四方が吹き飛ぶぐらい?」
「い、1リーグ?」
さすがのルイズも額に汗が流していた。この世界のリーグはキロである。つまりちゃんと呪文を書いてあるのは原作上で虚無の最高位の威力を誇るあの魔法だけなのである。しかも1キロ四方が吹き飛ぶと言えば俺が元居た世界の戦術核クラスの威力があるのだ。それでいて放射能もないというのは凄まじい。そんな魔法唱える場所を確保するだけでも大変なことだ。
「その魔法、か、加減できないの?」
「キミって加減出来るの?」
俺は心底ルイズに疑わしげな目を向けた。原作を読んで思ったがルイズはどうも魔法の制御ができない子のようだ。
「は?ぶ、豚の癖に何その目!で、出来るわよ魔法の加減ぐらい!あんたこそ私を脅して教えない気でしょ!」
「いや、それはない。本当にない。死んでもない。俺としては教えたいというか、教えるなと言われても教えないと今の扱いはいい加減辛い。本当に辛い。死にたいほど辛い。でもこの魔法はこの先の未来でトリステインが戦争に巻き込まれた場合に必要なものだ」
「……戦争?この平和なトリステインが?それも未来予知なの?」
明らかにバカにしてルイズが見てくる。
「ああ、この魔法だけで戦況が一発逆転出来るほどすごいものだ。ただこんな大出力は幾ら虚無の担い手でも一年に一度ぐらいしか出せないんだ。これから二年ほどの間にかなり色々あるから一年掛かりで魔力なんて溜めてる余裕はない。だからこの威力は実質一度だけだ。もし加減を間違えて肝心なときにこの魔法を使えなければ多分トリステインは……」
「な、何よ。本当にそんな大事なの?」
ルイズはまだ疑いの目だ。
まあでもどのみち教えるのだ。教えないと俺の人間としての尊厳が守られない。大体家畜小屋ってなんだ。そんな場所に住めとはいくらなんでも酷い。かといえ、ルイズが加減を間違えて肝心の時に唱えられなかっても詰んでしまう。裏で糸を引くガリアのジョゼフに攻められればトリステインなどトラの前のアリ程度だ。そうして国がなければルイズは貴族じゃなくなる。没落貴族の運命なんてフーケを見れば分かる通りだ。公爵家のルイズでも男の慰み者にされかねない。
当然その類は使い魔の俺にも及ぶ。ルイズの庇護がないと人間として扱われるかも妖しい。殆ど引き籠もりの俺が一人で生きていく自信もない。かといえ魔法ぐらい教えておかないとルイズに信用されるのに時間がかかりすぎる。それまでに学院から追い出されたら洒落にならない。
「ただ、やっぱりキミに信用されずに家畜小屋に入れられたら困る。教えるからともかく加減してくれ。それと念のため外に行こう。加減できたとしてもここで唱えるには威力がありすぎるよ」
俺は決めると例の呪文が書かれた3巻を手に持って立ち上がった。
「で、で、でも、もしあんたの言うことが真実ならその魔法唱えたらトリステインはどうなるのよ?」
教えることに乗り気な俺に今度はルイズが怖じ気づいた。俺が本当に本当の事を言っていたら自分が魔法をミスったらトリステインは滅ぶんだ。根っからの貴族であるルイズがそれをよしとは出来ないはずだ。
「加減を間違えなきゃ良いんだよ。まあ多分大丈夫だ。かなり思いっきり撃たないとキミの魔力は尽きたりしない。虚無の担い手の魔力は普通じゃ有り得ないほど大きいらしいし、今まで魔法を唱えてこなかった分、さらに溜まってるはずだからね」
「そ、そうなんだ。ねえ、本当の本当なのよね?私魔法唱えられるの?」
「どのみちすぐに答えは出るだろ」
俺はルイズの部屋を出た。慌ててルイズも付いてくる。
「あ、ちょっと待って明かり持ってくから!」
ルイズがマジックアイテムっぽいランプを手に取った。こんな夜に男と二人で外に行く事に警戒してる様子はない。俺が自暴自棄になって襲いかかればルイズより腕力がある。ルイズは失敗魔法と言う名の爆裂魔法を一瞬で唱えられるが、自分で失敗してると思ってるんだから襲われてもそんな魔法を唱えはしないだろう。となれば平民の女の子と変わりがない。もうちょっと男に警戒すべきだ。
「なんだかな……」
ルイズを見ていると本当にトリステインは平和なんだと思うし、これでフーケに挑んだり、王女の恋文回収をほいほい引き受けたのかと思うと怖すぎる。キュルケとタバサもいたが、サイトが居なければフーケの時点で目撃者として殺されてこの子の人生は終わっていた。そう考えるとこの子の人生は本当に綱渡りだ。そして彼女の無鉄砲と世間知らずは、俺が見守らないと直ぐに死にそうだ。そう考えるともっと感謝されてもいい気がした。
そのころキュルケはタバサの部屋でルイズのあまりに酷い使い魔を嘆いていた。まだただの平民ならいつもの調子でからかえるのだが……あれはない。30過ぎのデブと言うより豚。酷い。あまりに酷い。それなのに融通の利かないコルベールはルイズにあんな豚と一緒に住めと言う。
「付いてないわよねあの子。どうしてあんな変なのを召還しちゃうかな……」
「……」
無口でいつも本ばかり読んでる同じ年には見えない幼い見た目のタバサもこれには無言で頷いた。自分もあれと住めと言われたらきっと伯父の無茶な任務で死ぬような思いをさせられる方がマシだと思うだろう。
「でも召還した以上はあの子にピッタリの使い魔なんでしょうね」
「……」
「いや、あれがあの子にピッタリ……。いやいや、いくらなんでもないわ。きっとまた失敗してるのよ。でもそうだとしても面倒な話なのよね。女子は同じ女子寮に住むのもいやで家畜小屋に入れようと教師に詰め寄ってるみたいだけど、男子は平民の一人ぐらい殺せって言うのもいるのよ。そのせいで家畜小屋に入れたら男子からイビリ殺される可能性がある。そのせいで逆にあの豚を家畜小屋に入れるに入れられないのよ。さすがに何もしてない平民を殺すのはコルベール先生あたりは見過ごさないでしょうしね」
キュルケは無口なタバサの返事は特に期待せず話していた。男あさりのせいで実はルイズ以上に女子から嫌われてるキュルケは唯一まともに付き合ってくれるタバサを親友と思っていたし、タバサも人には言えない秘密をキュルケには教えていた。
「ねえ、ルイズってその辺分かってるのかしら?」
そしてキュルケはルイズのこともタバサと同じく本人には言わないが気に入っていた。他の女子と言えばやたら徒党を組んで自分に男を取られた陰湿な仕返しをしに来るが、彼女はやるなら自分で正面からする。ヴァリエールの女は常にそうだ。いくら魔法がダメでも公爵令嬢なら擦り寄るものもいるが、それにも靡かない。それでいて御嬢様で世間知らずなルイズがキュルケには可愛い。それだけにあんな男と同じ部屋に住むのが、どうにも心配だった。
「あなたならどうする?」
ふいにタバサが本から顔を上げてキュルケを見た。
「へ?」
急に聞かれてキュルケは目を瞬いた。
「あの男があなたの使い魔ならどうする?」
急にどうしたんだろう。この親友はタマに分からないときがある。
「そ、そうね……。まああんなの召還なんてありえないけど正直、見て見ぬふりしちゃうかも」
少し迷ったがキュルケは正直に答えた。自分ならあの使い魔を家畜小屋に入れ、その後のことは無視するかもしれない。それぐらいキュルケでも自分があの使い魔を召還してしまったらいやだと思った。
「そう」
「タバサはどうする?」
「……分からない。でも、多分私の使い魔なら追い出せないと思うし殺すというなら止める」
「優しいのね」
キュルケがタバサの頭を撫でる。だがタバサ自身はそう思わなかった。あの太い男と自分。厄介者で死んでほしいと思われる存在であることでは変わらない。なのに自分はあの男を快く受け入れたいと思わない。あの自分自身を管理できず自堕落の末に行き着いたような体型と怯えた姿が許せなかった。伯父も同じ気分だろうか。女としての魅力に欠け、無口で反抗一つする素振りのない自分は気味が悪い。意外と自分の根底に流れる血は伯父と同じなのかもしれない。
「と……とう……」
その時ふいにタバサの耳に声が聞こえた。キュルケも聞こえて顔を上げた。窓からだ。こんな夜更けに外から声がする。キュルケの方が立ち上がって外を覗いた。
「ルイズ……」
外に見えたのはいつも見慣れた桃色ブロンドだ。その横には見間違いたくても見間違えることが出来ないあの人間が居た。こんな時間から遠出する気か馬を引いていた。
「あの子……まさか……」
キュルケはふいにいやな予感に捕らわれる。ルイズは思い詰めてあの男を殺すのではないか。でなければあんな男と夜に外に出る意味などない。止めるべきか。でも人を殺すといってもたかが平民という思いは貴族である以上キュルケにもある。平民など天候不順でちょっと不作になれば飢餓で紙くず同然のように大量に死ぬものだ。そんな平民が死ぬ罪悪感とこれからあの平民を使い魔として生きていく辛さを考えれば……。
「でも、それならなんで家畜小屋に入れないのよ」
そうすれば勝手に男子がイビリ殺してくれるだろうに。まあそれを出来るなら自分もルイズのことを気に入っては居まい。
どうする?
このまま見過ごそうか?
キュルケが決めかねているとタバサが杖を振った。
「シルフィード来て」
タバサが自分の使い魔の風竜を呼んでいた。
「ちょ、ルイズを止めるの?」
悩んでいたキュルケはタバサが止めるなら自分も止めようかと揺らいだ。
「それは彼女が決めればいい。でも彼女は魔法が使えない」
「あ、そっか」
普通に争えばルイズの方が負ける。むしろ脅されて部屋から連れだされたかもしれない。貴族が平民に負けることなどないと信じていたキュルケは焦った。
「ちょっとしがみつかないでよ!」
まさかキュルケやタバサにまで別に死んでもいいんじゃね。と思われてるとは知らない俺は馬に乗って後ろからルイズに力の限り抱きついていた。馬って怖い。その上ルイズが小さくて抱きつくには心許ない。というか馬にごめんと言いたい。すごく重そうです。
「いや、そんな事言っても馬なんて生まれて初めて乗るんだ。怖いって!」
おまけにルイズが馬を走らせるから俺はバランスを取るのに四苦八苦していた。
「はあ、あんた本当に虚無の使い魔なの?馬にも乗れないなんて……その上デブ」
「あからさまにデブを残念そうに言うなよ!これでも車の免許はもってんだぞ!って!ちょ!揺れるっ!」
俺は思わず手をもっと掴みやすい場所に移した。
「きゃああああ!どこ触ってるのよ!」
俺の手がルイズの胸にふにょんっと触れた。着替えの時はよくても今はダメらしい。
「ごめん!マジですまん!わざとじゃないんだ!ちゃんと魔法教えるから今は許して!」
「許せる訳ないでしょ!せめてもう少し下を持ちなさい!こら!揉まないでっ!」
「だってルイズって俺と体のサイズ違いすぎてこの位置じゃないとバランスがとれん!」
「このバカ!この豚!死ね!今すぐ死んで詫びなさい!」
「せめて馬をもう少しゆっくりにして!そうしたら離せるから!」
「あんたが10リーグは離れた方が良いとか言うからでしょ!ちんたら歩かせたら朝までに帰られないじゃない!って言うか、こら!揉むなってば!あんっ!ててて手をどけないと蹴落として行くわよ!」
「俺が行かなきゃそもそも意味ないじゃないか!」
「煩い煩い煩い!とにかく揉むなあああああ!」
「大丈夫小さくてあんま分かんないから!」
「殺す!」
俺たちは着くまで揉むな落ちるの言い合いを続け、何度かどけようと努力するが、馬も俺が重いのか走りが雑で結局手が胸の位置に行き、気持ち良いやら後でルイズが怖いやら、それでも彼女が馬のスピードを緩めなかったのは、やはり相当早く魔法を唱えたかったようだ。
「あんた帰りは歩き!い・い・わ・ね!」
降りてからルイズに蹴られまくった俺が地面で伸びていた。周囲は暗闇に包まれ、街道から森の方に少し入り込んだ開けた場所にまできていた。学園とは10リーグ以上離れたようだし、人家もないところにきていた。日本じゃ考えられないが都市や住宅地開発などされていないハルケギニアでは一部の地域以外は本当に閑散としており、10リーグぐらい何もない土地など珍しくないようだ。
「はい……本当に申し訳ございませんでした」
反論の余地無く俺も返した。ルイズは冗談抜きでいやだったのか涙目で、でもそれでいて少しは感じたのか顔が赤い。まあそうじゃなきゃいくらなんでも途中で一度は止まるよな。痛くないようには気をつけてたもんな。あかん。暗くて分からないから良いけど、正直下半身がやばいです。
「はあ、もういいわ。あんたもこの結果次第で運命決まるんですもの」
修正、どうやら気持ち良いとかより、俺に対して悪い方に転んだ場合の申し訳なさを多少持っていてくれるようだ。そう思うならせめて使用人部屋に入れることを考慮してほしいんだが。
「とにかくじゃあどうするの?」
気持ちを切り替えたルイズに急かされた。俺はさすがにいきなり呪文に入るのは性急と思いゼロの使い魔3巻を開いた。だがさらのその前に思いついたことがありルイズを見た。というか暗くて読めん……。
パチンッ
思っていたらルイズがマジックアイテムらしいランプに指を鳴らして付けて手元を照らしてくれた。
「ありがと。それで、まず理解しておいてほしいんだけど、俺は何度も言うが魔法使いじゃない。だから魔法の唱え方のコツなんて分からないし、この本に書かれてるそのまましか伝えられない」
「そんなの分かってるわよ。ようはそれで無理なら無理なんでしょ」
「ああ、だから、これでもし無理だからって、さすがに家畜小屋に入れられるのはいやだ。じゃないとそもそも教えないぞ」
「むむう、取引する気?」
生意気よってルイズは言いたそうだ。
「こっちだって死活問題なんだって。いくらなんでも家畜小屋に入れられる人間の気持ちは分かるだろ?」
「ううん……まあ、分かったわ。じゃあ私が学園にいる間は使用人として雇ってもらえるように学園長に頼んで上げる。ついでに卒業したらうちで雇うようにお父様に言って上げるわ。まあその辺で野垂れ死なれたらさすがに後味悪いしね」
「で、出来れば、その、け、結婚相手も紹介してもらえると」
俺は今しかこんなこと頼める機会はないと思って粘った。今このときならルイズから言質を取れる。そしてアニメで見た彼女は一度した約束を簡単に反故には出来ない性格のはずだ。まあそれまでに多分未来予知が当たると思うのだが、保険は多い方が良い。
「その年と見た目で図々しい奴ね。30過ぎの結婚相手だと、相手は多分20代後半の超行き遅れとかになるわよ」
「贅沢は言いません」
というかバツイチの子持ちとかでも文句はないぐらいだ。20代後半の女なんてむしろご褒美である。
「そう……。まあいいわ。平民の女の一人ぐらいお父様なら簡単に紹介できるもの。でも学院でもうちでも使用人として真面目に働いてないとダメよ」
「そ、それはもちろん!」
よかった。女の子が出来るんなら頑張って痩せて働こう。うん?でもそれだと俺的には無理目のルイズにこれからも付き合うよりルイズが魔法を唱えられない方が……。いや、ダメか。この世界が予定通り進んだらルイズ死ぬしな……。
「何よ?」
「いや、なんでもない。えっと、じゃあ教えるぞ。まず序文からだ。よく聞いてくれ」
「うん」
ルイズは俺を疑う反面期待もしているのか息を呑んだ。
「序文。
これより我が知りし心理をこの書に記す。
この世のすべての物質は、小さな粒より為る。
四の系統はその小さな粒に干渉し、影響を与え、かつ変化せしめる呪文なり。
その四つの系統は、『火』『水』『風』『土』と為す。
ここまでは良いか?」
「へ、へえ、何かもっともらしいわね。続けて」
そう言いながらもルイズは今の言葉に何か分からないが、不思議とこの世の真理に感じて、知的好奇心が刺激された。
「神は我に更なる力を与えられた。
四の系統が影響を与えし小さな粒は、さらに小さな粒より為る。
神が我に与えしその系統は、四のいずれにも属せず。
我が系統はさらなる小さな粒に干渉し、影響を与え、かつ変化しせしめる呪文なり。
四にあらざれば零。
零すなわちこれ『虚無』。
我は神が我に与えし零を『虚無の系統』と名づけん」
俺はルイズを見る。すると少し目がおかしい。相当集中している。この言葉だけでもルイズの虚無が反応し始めているかのようだ。このまま唱えさせれば間違いなく成功しそうな予感がした。
「虚無の系統……本当に伝説じゃないのね?」
「あの二人、何を馬鹿なことを、虚無なんて伝説に決まってる。あの豚ルイズを騙そうとしてるだけでしょ」
「最後まで一応見る。嘘なら……許さなければいい」
「そうね」
こっそりシルフィードで後をつけ、見守るキュルケはかなり頭に来ていた。魔法を唱えられないルイズの弱みにつけ込んでダメでも結婚相手まで紹介しろとは図々しいにもほどがある。騙されていることにルイズはどうして気付かないのだ。やはりあんな男は家畜小屋で十分だ。
「これを読みし者は、我の行いと理想と目標を受け継ぐものなり。
またそのための力を担いしものなり。
『虚無』を扱うものは心せよ。
志半ばで倒れし我とその同胞のため、異教に奪われし『聖地』を取り戻すべく努力せよ。
『虚無』は強力なり。
また、その詠唱は永きにわたり、多大な精神力を消耗する。
詠唱者は注意せよ。
時として『虚無』はその強力により命を削る。
したがって我はこの書の読み手を選ぶ。
たとえ資格なきものが“指輪”を嵌めても、この書は開かれぬ。
えらばれし読み手は『四の系統』の指輪を嵌めよ。
されば、この書は開かれん。
ブリミル・ル・ルミル・ユル・ヴィリ・ヴェー・ヴァルトリ」
「指輪……?ねえ、指輪ってなんの事?」
集中していたルイズがふいに現実と合わない内容に尋ねてきた。そう、この時点でルイズはまだ王家に伝わる指輪を所持していないのだ。
「これは本来トリステイン王家にある始祖の祈祷書に載っている内容なんだ。でも始祖の祈祷書は実は白紙でできている。だから資格のないものは読めない。そして資格があっても王家の秘宝である水のルビーをしてないと読めないんだ」
「そっか、良いわ。続けて」
ルイズは相変わらず俺の手元を照らしてくれていた。
「以下に、我が扱いし『虚無』の呪文を記す。
初歩の初歩の初歩。 『エクスプロージョン(爆発)』」
俺はふいに思い出したことがあり顔を上げた。
「ルイズ。加減してくれよ。全力ださないでくれよ」
「分かってるから早くして!呪文頭にたたき込むから」
集中を乱されるのがいやでルイズは目を閉じていた。
「エオルー・スーヌ・フィル・ヤルンサクサ
オス・スーヌ・ウリュ・ル・ラド・ベオーズス
ユル・スヴュエル・カノ・オシェラ・ジェラ
イサ・ウンジュー・ハガル・ベオークン・イル」
ルイズは俺が読み終わると明かりを消し、俺が読んでてもよく分からない文字列をそのまま歌うように紡いでいく。
「エオルー・スーヌ・フィル・ヤルンサクサ」
ルイズの中で何かが結実していく、杖の先が輝く。
「オス・スーヌ・ウリュ・ル・ラド・ベオーズス
ユル・スヴュエル・カノ・オシェラ・ジェラ
イサ・ウンジュー・ハガル・ベオークン・イル」
呪文が終わる。ルイズが杖を振り下ろした。その瞬間。夜を照らし出す太陽が現れたのかと間違うほど強烈な光の球が現れた。そして森の中を貫いて抉り取っていく。凄まじい現象の割に音は響かず、だが明らかにその魔法の威力は他の四の系統と威力を隔絶していた。目の前にある木々と地面が薙ぎ払われていく。
「すごい……」
光がやむと10メイルもの大きなクレーターが出来上がっていた。
「これが虚無……」
ルイズは呆然とつぶやく。今までの自分の失敗魔法と同じ爆裂魔法だが、威力も桁違いなら、あのように猥雑さもない純粋な破壊魔法。しかもこれほどの信じられない威力がある魔法を唱えておきながら全然疲れていない。
「でもこんなものじゃない……」
それどころか今のこの威力でも全力の100分の1ほどだとルイズには分かった。
「リュウジ。信じられないでしょうけど、私こんな程度の魔法なら100回唱えても平気そうなの」
自分が信じられず、ルイズは夢かと思いつつ、夢であってほしくないとリュウジを見た。
「分かってるよ。全力なら1リーグ吹き飛ぶはずだからね。まあ上手く加減できて良かったよ。キミは大体普通の魔法使いが一週間かければ上限に達する魔力を1年単位で溜められるそうだ。でもこの程度の魔力なら使用魔力が溜まるのに2,3日あれば十分なはずだ」
「あ、あのさ」
「なんだよ?」
「じゃ、じゃあ、あんたって本当に私の為に産まれてきたの?」
「あ、うん。そうだ」
俺は言い切った。だってそうじゃなきゃ俺がここにいる意味がない。
「私の為だけ……」
「そうだよ。これで信用してもらえたか?」
そう言いながらも考える。艦隊を一気に全滅させたという魔法だ。ルイズが生きてきて溜め続けた魔力だ。有効に使えたら100回唱えられるとするなら、事はかなり楽になる……。いや、詠唱時間がネックになって小出しは無理か……。となるとタルブの上空戦はルイズの魔法が有ってももうちょっと戦略的なものを根本から変えないときついよな。俺はルイズが虚無魔法を唱えたことで完全にこの世界はゼロ魔なんだと信じ、そして同時にこれから先自分の運命を思うと怖かった。
そう。これから自分の身に降りかかる苦労はこんなものじゃないのだ。
「……ええ、そうね。これ以上の証拠はないわ。リュウジ。神の左手だったわね。今まで、その、疑って悪かったわ。でも、私もだけどこの事を知ればみんなもあなたを見る目を改めるわ」
「いいや、すごく残念だが、俺が虚無の使い魔でキミが虚無の担い手であることは公にはまだ出来ない。いずれは出来るだろうけど、今は公にしても周りから狙われるだけだ」
「どうして?」
「だって虚無を使えることはそのまま始祖の正当な子孫ということになる。王家は始祖信仰で成り立ってるのは知っているだろ?」
「もちろん」
「王家はもっとも始祖に近い血を受け継ぐから王家なんだ。つまり虚無が使えるキミは正当な王位継承者ということになる。王女様とのパイプもない状態でそんな事になれば内戦だって起きかねないじゃないか。せめてアンリエッタ王女が女王になり確固とした地盤を築かないと無理だ」
「私は王位なんていらない。ただバカにされたくないだけよ」
ルイズは手を強く振った。せっかくこれでみんなを見返せると思ったのにそれができないのだ。何よりルイズは確かに王位になど興味がないのだ。
「周囲がそう思わないならいくらキミがそう思っても意味がない。ともかく一生黙ってろと言う訳じゃないんだ。王女様とも親しくなり叛意がないと上にも示しながら徐々に情報を開示していこうってだけだ」
「でも……」
「なんだよ」
「私はまだ良いわ。でも私はまだしも、あんたの方は悠長にしてると周りからの当たりが洒落にならないでしょ?」
「まあさすがに殺されはしないだろ」
「……えっと、言いにくいけど、そんな事もないわよ」
ルイズは俺は下手をすると殺されると続けた。
「嘘……そんなに俺って嫌われてるの?」
「あんたよく分かってないみたいだけど、一部の貴族は使用人を嬲り殺すぐらいするものなのよ。それぐらい貴族と平民って扱いが違うの。そんな貴族は平民を家畜と同じように思ってるのよ。しかもあんたの場合なんだか殺してもいいみたいな雰囲気になっちゃってるしね」
「ま、まあ、でもなんとかするよ。それとそういう事なら明日にでも剣を用意してもらえると助かる。こう見えて俺は剣さえあればラインメイジぐらいまではなんとか勝てると多分思うから」
俺は答えつつも声が震えた。自分は確実にサイトより弱いのだ。それにゼロ魔は中世ヨーロッパが元になっていたはず。中世の頃には意外なほど平民の命が軽いと聞いたことがあった。日本でも明治の初期は大臣が奥さんを殺してしまっても罪に問われなかったことがあるほどだ。それほど一部の人間を除いて近代になるまで人の命は大して重いものじゃなかったのだ。魔法がある以上その線引きは俺の居た世界より強いかもしれない。
「分かったわ。コルベール先生なら事情を話せば直ぐに用意してくれるでしょ。それに虚無の曜日になったら買ってあげるわ」
「助かる」
「……でもリュウジ。これから出来るだけ私の傍にいなさい。そうしたら私があんたを守るわ。あんたの実力がどんなものか知らないけど正体を明かせないならおいそれと貴族と争えないでしょ」
「それはそう。うん。できればそうしてくれると助かる」
俺は素直に頷いた。ギーシュとサイトが争ったといってもあれは自分自身散々殴られ、更にギーシュにはほとんど手をださなかったから許されているのだ。普通は平民は貴族に手をだしたら殺されるのだろう。
「ルイズ。あの、本当に俺がやばいときは助けてね」
「ぷっ。あんたって本当、“らしく”ないわよね」
ルイズが笑いだした。まあ俺を見て神の左手とかそんなご大層なものだと見える奴はいまい。何より自分自身そんないいものとも思ってない。
「これでも精一杯なんだけど……」
「ふふ、帰りましょリュウジ。早く帰らないと寝る時間が無くなるわ。明日も早いわよ」
そう言うとルイズはひらりと馬に跨った。
「帰りは歩きと言われてたけどな」
俺は急に変わったルイズの態度にちょっと軽口を叩いた。
「怒ってるの?」
「そりゃ少しは」
「ふふ、謝ったでしょ」
「謝られてもな。散々豚だの家畜小屋行きだの言われたし」
「まあ自分でも思うけど、人間って現金よね。急にあなたが豚じゃなくて人間なんだって思えるようになったわ。それがいやなら歩いて帰る?」
ルイズは上機嫌だった。生まれて初めて魔法が唱えられたのだ。しかも伝説の虚無だ。ニコニコもしたくなる。
「はは……いや、乗せてもらうよ」
俺はそんなルイズを見てるとなんだか怒る気が失せて、ルイズが伸ばした手を取った。
「なんなの?」
キュルケとタバサが走り去る二人を呆然と見つめていた。
「クレーター」
目の前の抉れた大地をタバサは見た。シルフィードなどすっかり怯えて縮こまっていた。
「そうじゃなくてなんなの?」
「虚無」
「そうじゃなくてなんなの?」
「神の左手」
「それってなんなのよおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
ルイズ達がいなくなった場所でキュルケの叫びが木霊した。