「オス・スーヌ・ウリュ・ル・ラド・ベオーズス
ユル・スヴュエル・カノ・オシェラ・ジェラ
イサ・ウンジュー・ハガル・ベオークン・イル」
「だいぶ制御できてるみたいね」
目の前に現れる光球を見てキュルケがつぶやく。虚無の曜日ということで、ルイズがあのデブを連れだしてまた人目のない森の中で虚無魔法を唱えているのだ。キュルケのここ最近していることと言えばタバサと共にもっぱらあのデブを追い回すことだ。これが相手があのデブでなく、追い回す方がキュルケとタバサでなければただのストーカーかというぐらいキュルケはあのデブの行動を監視していた。
「ええ」
その後ろにいつも付いてきているタバサも、キュルケが誘っているから仕方なく付いて行っているように見えるがあのデブが気になっていた。というかあのデブをどう理解していいか分からなかった。虚無の使い魔であることはルイズの見たこともない魔法とその威力を見ればほぼ間違いないのだと思う。だがあの見た目はなんだ?虚無の使い魔なんていう勇者みたいなポジションのくせになんであそこまで見た目がひどいんだ。
あれはない。
タバサはそう思う。私が望んでいるイーヴァルディの勇者じゃない。じゃあなんなんだ?少なくともルイズは魔法を使えるようになって以前の鬱屈したような雰囲気はなくなった。なのになぜだろう。全然羨ましくない。いや、それよりもあんなのと一緒に住んで良いの?美女と野獣どころじゃない。一緒にいてはいけない者同士が一緒に居る。
あれはない。
タバサは再度そう思う。伯父に出される無理難題をこなすしかない自分。それでもいつか勇者が現れて自分を助けてくれる気がした。でも残された儚い希望と夢が壊されそうでタバサは許せなかった。
「それにしても困ったわね。ヴァリエール家の男は奪うのがうちの家訓だけど、死んでも奪いたくないわ。なんであんなに弛んで揺れるの?おかしいでしょ?せめてもう少し痩せる努力しなさいよ!朝昼晩きっちり食べてるんじゃないわよ!」
「それでも痩せてきてる」
「分かってるわよ!今朝は1,2リーブルも減ってたわ!でもそれはあのデブが努力した結果じゃないでしょ!?男子に追い回されるせいでしょ!あと太りすぎてるから簡単に痩せるだけでしょ!」
「異論はない」
「しかも何ルイズが頑張ってる横でいびきかいて寝てるのよ!ちょっとは自分も頑張れ!それでも虚無の使い魔か!」
キュルケはとにかくあのデブが気になる。あの怠惰な姿を見ているとお尻を蹴っ飛ばしたくなる。でも彼がグースカ寝る理由も知っている自分がいやになる。あの太い体で学院にいれば男子生徒に追い回されて走り回されるからだ。自分はどうかしている。嫌悪感すら持つような男のことがここ最近頭から離れないのだ。このままではダメだ。このままいくと自分は……。
「あの男を殺したくなるわ!」
タバサはさり気なくこくりと頷いた。
時間が流れて夜。ルイズは自室で首を傾げた。
「は?なに言ってんのよ?」
リュウジの唯一の持ち物で始祖について書かれているという小説を読んでいたリュウジが、顔を上げ言った言葉。ルイズはその言われた言葉の意味を掴みかねた。
「いや、だからさ。ルイズももうほとんどあの虚無魔法は使いこなせるから、どうかなと思うんだ」
「ええ、でも……」
エクスプローションの魔法を1メイルほどクレーターが出来るぐらいの規模で撃つとほとんど魔力を消費しなくてすむ。今日は朝から森で散々虚無魔法を唱えてみて確認できた収穫だ。その威力を抑えに抑えた魔法ですら普通の四系統の魔法より局地的な破壊力は上と分かって気分がとても良くて、このまま安眠しようと思っていたところだ。
でも、リュウジの言葉は首を傾げざるをえない。なにせいくらルイズでも今日はもう魔法は充分である。それなのに良い疲れの中寝るつもりでリュウジに着替えを命じたら、なぜか魔法学院の庭でもう一度魔法を唱えに行こうと言うのだ。
「なんでよ?意味分かんない。もう充分唱えたし今日は寝るって言ってるでしょ。まああんたは眠くないでしょうけど私は疲れてるのよ」
言葉に嫌味をルイズは込めリュウジにデコピンをした。こっちが一生懸命魔法を唱えているっていうのに、横でグースカ寝る使い魔がどこにいるんだ。腹が立って蹴飛ばしたが贅肉に阻まれるのか、ルイズの蹴りじゃ起きもしない。最終的に往復ビンタで起こしたが本当にひどい使い魔だ。
大体、虚無魔法を教えてくれたのはいいが、そのあと、この使い魔がしたことといえば男子から逃げ回るのと、自分の着替えの手伝いと、馬に乗るときオッパイを揉んでくるぐらいだ。揉まれるのになれてきてるというか後ろから抱きつかれると意外と贅肉が気持ち良かったりするのがいやだ。まあともかくルイズは大いに不満だ。
「虚無とか凄いことを言う割に特に何も起きないし、しないじゃない。フーケはどうしたのよ。姫様はいつ自分の部屋に来るのよ。これじゃあ豚を部屋で飼ってるだけじゃない」
「ひど。いや、それがな」
虚無の曜日の夜。ついに今日はルイズに散々せっつかれていたフーケが現れる日だ。このとき原作のルイズはサイトをキュルケと取り合いになって、喧嘩の末に表に出てキュルケと白黒付けようとする。だが俺はキュルケと話したことすらない。キュルケに思いあまって声をかけようとしたこともあるが、あまりの華やかな美しさにキモデブの俺が怖じ気づかない訳がない。
というかシエスタですら1ミリも関わってこようとしない俺がキュルケと関われるわけがない。まあそんな訳でとにかくこれではルイズが今夜外へ出る理由がない。フーケが今夜来ると言おうかとも思ったが、それだとルイズは当然フーケを犯行現場で捕らえようとするだろう。だが、ルイズが虚無の失敗魔法で宝物庫の壁を壊さないと破壊の杖が盗まれないのだ。
何も盗まれてないのにフーケを捕まえてどうするんだ。という話だ。かといえルイズに正直に言って壁にわざとヒビを入れさせて、フーケにわざと盗ませるなんて性格的にしそうもない。となると何か適当な理由で外に連れだしたいのだが、結構日が虚無の曜日の夜というのが間が悪い。虚無魔法はまさにその日以外は人目を忍ぶ為に唱えられず、ルイズも唱えたい鬱憤も堪ってるからこういう言葉にも乗せやすかったのに。
「虚無魔法は唱えるのに時間かかるだろ。あれだと緊急時に対応できない。でも、ルイズの失敗魔法ってよく考えたら詠唱無しで唱えられるエクスプローションみたいなもんだと思うんだ」
「ええ、失敗魔法を虚無と比べないでよ」
ルイズの顔が曇った。いやなイメージが相当例の爆発魔法にはあるらしい。
「いや、もちろん同じじゃないけどさ。すぐに唱えられる魔法の方が便利だろ」
なんとか俺はルイズを外に連れだしたい。でも、ルイズはリュウジの言葉がなんの心の琴線にも触れないようで、
「便利でもいらないそんなの。大体、失敗魔法は所詮失敗魔法じゃない。それがもし良くても失敗魔法で認められたりしたら格好悪いじゃない!虚無の担い手たる自分が世間に認められる瞬間はもっと華々しくなきゃダメなのよ!」
言うルイズの目が輝いた。
「贅沢な。いいかいルイズ。虚無なんて唱えるのに時間がかかりすぎる欠陥魔法でもあるんだって」
「虚無が欠陥?はあ!?どういう意味よ!」
「いや、今のは言いすぎたごめん」
「うるさい豚!いいから早く着替えさせてよ!私眠いんだから!」
ルイズが頬を膨らませて我が儘に言う。俺は年齢が悲しいほど離れている為、ポジション的にはドラ○もんのようなものを求められている気がした。ようはもっと凄いこと出来ないのか。地道に失敗魔法から頑張るなんてヤダ。というわけだ。もしくは何もしない俺に腹が立っているだけかもしれない。
「あう……分かりました」
多分、後者だな。くっそ。もうちょっと真面目に訓練とかしておけば良かった。困る俺はルイズを着替えさせながら唸った。いくらなんでもフーケまでスルーするのはまずい。フーケなら別の方法で宝物庫に忍び込むかもしれないが、その場合、俺が関われなくなる。それじゃあ意味がない。それに俺はギーシュの件で懲りていた。スルーするとマジでなんも起きないのだ。フーケがもし力業で宝物庫に入れなかったとすれば……。
「ううん……」
「何唸ってるのよ。トイレでも行きたいの?」
俺が唸ってる顔をルイズは覗き込んだ。ちなみにルイズは今、俺に脱がされて全裸である。でもこの行為は親に服を脱がせてもらう子供ぐらいルイズにとって他意がない。これだけ無防備な御嬢様なら体に調教して言う事聞かせられないのか?とかエロ同人を読み過ぎた沸いた思考が起こってくる。はあ、こんな初歩的なことで躓くなんて、なんて間抜け……。
「いや、ううん。そんなに今から魔法唱えに行くのいや?」
「やだ。ぜーったいやだ。まああんたがどうしてもって言うなら明日の放課後付き合ってあげなくもないけど」
それでも魔法を唱えること自体嫌いじゃないルイズだ。妥協はしてくれる。そんなルイズはパンツに足を通せるように広げると俺の肩を掴んで足を無造作に上げる。そうすると完全にあそこがああいう形に歪んでやたら強調されて、もう色々あれだった。相変わらずこの瞬間は本当に股間に来る。
『嬢ちゃんってなんだかんだで相棒に気を許してるよな』
ふと、思いついたように壁に凭れさせてあるデルが言う。
「どういう意味よ?」
『いや、そういう意味だよ』
「は?意味が分からないわよ駄剣」
ルイズはパンツをよそ見しながらも履いていく。緊張感ゼロである。
『だからだな。嬢ちゃんは他の平民の前で裸になるかって意味だよ』
「デル。あんたってバッカじゃない?痴女じゃあるまいし、そんなことする訳ないじゃない」
『だろ?一応常識は普通にもってんだよ』
「なにが言いたいのよ」
『いや、でも、なんでだろうな。それなのに相棒と嬢ちゃんは死ぬほどだからどうなんだって気がするぜ』
デルの言葉に俺は涙が流れた。
「言うな。こんなことしても俺だってなんのフラグも立ってないって分かってるんだよ!」
くっそ。サイトよりかなり良い扱いなのになぜかルイズにすらフラグが立たない。いや、まあ俺じゃあ無理なのは分かっていたけど、現実は辛すぎる。涙を流す俺にルイズはやはり首を傾げてキャミソールも着せられた。
「はあ?よく分かんない奴らね」
はあ、サイトならこの時点でルイズにキュルケにシエスタに、男はギーシュと、確実に恋愛フラグと親友フラグ立ててるんだが、俺が立てられたフラグはルイズの召使いフラグと立てたくもない色んな人からの殺意フラグだけである。いや!でもそれでもいいじゃないかと俺は自分を慰める。贅沢はいかん。変に欲を出してこのポジションすら失えば、結婚相手の紹介すらしてもらえず野にうち捨てられてしまう。俺は相当卑屈な思考を原動力に頑張っていた。
「あの、ルイズ!」
「なによ?」
「えええっと……なんでもない」
いっそのこと事情を喋ってしまおうかとも思うが、小説で読む限り、やはり事情を言うとルイズが素直にフーケに破壊の杖を盗ませてあげるとは思えない。かといえ破壊の杖が盗めないフーケを捕まえることは厳しい。盗んでないなら言い逃れはいくらでも出来る。それどころか、捕まえられず逃げられたら最後、次にフーケが出してくる手は予想がつかず、そうなると色んな歯車が狂う。唸る俺を不思議そうに見てベッドに横になるルイズ。
「早くあんたも寝なさいよ。どうしたの?」
「いや、ううん」
そんなルイズに俺は項垂れた。
・
・
・
「はあ、よし!こうなったら!」
しばらく考え込んだ俺はデルが鞘から出られないように押さえて持つと、眠ったルイズが起きないようにこっそりと部屋を出た。
『どうしたんだ相棒?』
外まで出てからデルを鞘から出してやると声をかけてきた。
「詳しく話してる暇はないんだが、デル。これから宝物庫に盗賊の土くれのフーケが現れるんだ。そこで俺は……フーケと手を組む」
俺は宝物庫の方へと草を踏みしめて歩き、月が煌々と輝く中でデルに言った。
『は?盗賊と組むだ?』
「ああ、組む」
『ほ、本気か相棒?』
さすがにデルが戸惑う。
「本気だ」
『しかし相棒。そんなことして下手すりゃ捕まるぞ?』
「分かってる。でももうこれしかないんだ。ルイズには心苦しいが仕方ない。デルは剣だし、もし俺が捕まっても大丈夫だろ?」
『まあそりゃ俺たちは持ち主に従っただけということになるからな。しかし、嬢ちゃんとの話で聞いちゃあいたが本気でフーケが出ると相棒は思ってるのか?しかもそいつと組む?俺はてっきり頑張れ頑張れうるさい嬢ちゃんを誤魔化す相棒の苦し紛れのホラかと思ったぜ』
「デルにすら信用されてなかったか……」
ヒューッと俺の心にすきま風が吹いた。
『いや、落ち込むなって!まあ、一つだけとはいえ最初っから虚無魔法を知ってたり今回の相棒は変な奴だとは思ってたんだぜ。でもブリミルですら未来予知なんてもん出来なかったんだ。信じろって方が無理があるぜ。それにもうすぐ相棒が本当の事言っていたか、ただのほら吹きかハッキリするんだろ?』
「まあそれはそうだが、デル。俺が盗賊と手を組んでもお前は俺の味方か?」
大事なことを聞く。俺はゴクリと息を呑む。デルが味方じゃないならもうそれこそ終わりだ。デルのフォロー無しの戦闘行為なんて怖くてやってられない。そもそも魔法使いとなんとか戦えるのもデルが魔法を吸収してくれるからだ。だからデルはどんな時も必要だし、隠し事は出来ないのだ。
『そりゃ当然だ。俺は六千年も剣なんだぜ。そこらのケツの穴のちいせえ貴族共と一緒にするなよ。盗賊と組む?面白いじゃねえか。まあさすがに悪逆非道な強盗共なら俺もいやだが、フーケは貴族しか狙わない変わり者だろ。そいつと組んで何するのか見てみてえじゃねえか』
しかし、俺の思いは杞憂で、デルは絶対に使い手の味方だった。
「良かった。デル。理由を詳しく話してる暇はないけど、これはもともと考えてはいたんだ。でもルイズには秘密に頼むぞ」
『分かってるって。嬢ちゃんは盗賊と組むなんてぜってえ嫌がるだろうからな。いや、しかし、今回はなんにもしねえ外れの使い手かと思ったが、動いたと思えばなかなかどうしていきなり担い手無視で盗賊と組むとは面白いじゃねえか』
俺みたいにびびるどころかデルは楽しげだ。
でも本当にこれはもともと考えてはいたのだ。
というのが原作を読めば読むほど、こんなこと出来るわけがないというぐらい死亡フラグが多いのだ。あんなもの出来るのはサイトか船坂弘ぐらいのものだ。となれば最後まで俺がガンダールヴとしてやり切るには役に立つのか立たないのか果てしなく謎なオンディーヌ騎士隊とかのゴッコ部隊が仲間では無理だ。それに俺だとオンディーヌ騎士隊ですら組織できそうにないし、やっぱりフーケクラスの仲間が数人はほしかった。
「期待してくれるのは良いんだが、でもひょっとすると俺のことだから予想間違えて今日は現れない……」
しかし、さすがに俺の言葉はネガティブすぎた。
ずんっ。ずんっ。ずんっ。
俺が喋っていると地面を揺るがすほどの足音が聞こえてきたのだ。俺はその足音を聞いて慌てて茂みの方に隠れた。すると目の前を巨大な土のゴーレムが通りすぎていく。月が煌々と照るせいで夜でもそのシルエットがよく分かった。ゴーレムの肩の上にはフーケらしき人物が乗っているのが見え、デルが喋った。
『おでれーた。相棒、マジで出たぜ。あれがフーケか?』
「いいや、多分あれは囮だ。肩の上に目立つように立っているのは人間じゃない。ただの土くれだ。一応目撃者が現れない時間を狙っていると思うが、もしもの時の為にあれを歩かせて自分は別ルートで逃げるんだ」
『じゃあもう破壊の杖は盗まれたのか?』
「見張りがない間に宝物庫の壁を壊そうと為したとは思うが、おそらく盗まれてはないと思う。というよりルイズが壁に失敗魔法を誤ってぶつけない限りあの壁は壊れないんだ。だから盗めない以上まだ魔法学院にいなきゃいけないから、絶対見回りの衛兵や教師に見られないようにあれはしてるだけだと思う。まあ見回りは名ばかりで行わない教師がほとんどらしいから本当にただの保険的行為だろう」
『なるほど、もしあのゴーレムが見られても生徒の悪戯ぐらいにしか思わないだろうしな。となると相棒。術者のフーケはあんまり離れた場所には行かねえ筈だ。あれほどのゴーレム。せいぜい20メイルも離れたら形保てなくなるぜ。は!?』
そこでデルが何かに気付いたのか叫んだ。
「どうした?」
『やべえぞ!って、ことは近くで隠れられるのってこの茂みだけだ!』
「え?」
『後ろだ!』
デルが叫んだ。
「『土弾(ブレッド)!』」
俺はここ最近、男子生徒から追われ続けていたせいで身体が直ぐに動いた。デルがこういうふうに叫ぶときは大抵振り返ると俺が死ぬ一歩手前だったりするからだ。
「ぶっ!」
目の前に拳よりもでかい石の礫が向かってくる。それを俺は慌てずにデルで次々と弾き返していく。皮肉なもんだと思う。色んな男子生徒から追いかけ回されるせいで大抵の魔法は見たことがある。おまけに男子生徒たちもいきなり殺す気では撃たずに、いびるつもりで撃つものだから、返って安全な方法で対処の仕方が分かってくる。結果として俺はここ十日ほどでかなりの魔法からの逃げ方を学び、この時点でなら多分サイトよりも魔法使いとの戦いが分かっていた。
『相棒、次を唱えさせるな!』
「分かってる!」
デルに言われて俺は贅肉を揺らして走った。茂みを一つ超えるとフードを目深にかぶった人影が見えた。間違いない。フーケだ。
「ちっ、結構やるじゃないか!『土槍(ランス)!』」
俺は重い身体だがガンダールヴの力で人並みの速度でドタドタとフーケに接近する。すると地面が槍の形に盛り上がって俺を串刺しにしようとしてくる。だがこの魔法への対処法も知っていた。地面が槍を形成する前に自前の体重を乗せてデルを平らに振り落とす。槍は先を叩き潰されてその威力を半減させて盛り上がるが、これもガンダールヴの力でよけて、そしてもう一歩フーケに詰め寄った。それにしてもこんな体型の俺ですら強くできるとはガンダールヴはやっぱスゲー。
「な!?まず!」
目の前まで俺に迫られてフーケは焦る。
魔法使いは大小様々の銃ほどではない速度で致死性の攻撃が放てる砲台だ。だが連射が殆どきかない。おそらく現代日本に魔法使いが現れても支配者層にはなれないだろう。なぜなら大抵の魔法使いは現代の銃一丁あれば勝てると俺は思うのだ。それどころかリボルバー銃ですらほとんどの魔法使いは勝てないだろう。ワルドクラスなら勝てるかもしれないが、それも警察レベルまでだ。地球の軍が持っているのは戦車である。
これが出てくればおそらくワルドでもエルフのビダーシャルでも負けると思う。それ以前に、この世界ですら銃が発展して連射性能と威力を伸ばせば、今の支配体制は終わるはずだ。なにせそうなれば平民が銃さえあれば魔法使いに勝ってしまうようになるからだ。そうなれば上に立つ人間も給金の高い魔法使いを使わないだろうし、戦場の構図は瞬く間に入れ替わる。だから魔法使いとは言うほど平民より強いわけではないのだと俺はここ最近男子生徒の相手をして分かっていた。
「はあはあ!お前の負けだフーケ!」
俺はこれだけ動くだけでも疲れる。でも接近戦ともなればワルドみたいに体術を鍛えている貴族は少ない。だから魔法使いからは逃げてはいけない。本能的に逃げたくなるが銃がない限り距離があればあるほど魔法使いが有利になるだけだ。だから勝とうとするなら接近戦だ。
「こんなところで!終わってたまるか!」
「いいや、終わりだフーケ!」
「って、フーケ?私がフーケ?」
「そうだフーケ!」
「あんた何をフーケって言ってない……?」
こんなデブに負けるわけがないと油断したのも悪かった。だがフーケは追い詰められてある重要なことに気付いた。なぜ相手は自分をフーケと知っているのだ?盗賊だからフーケというわけでもないのだからその疑問は当然だった。
『よっしゃ相棒!ぶった切れ!』
男子生徒に追われても手をだせず、鬱憤が溜まっていたデルが目的を忘れて叫ぶ。
「ま、待って!フーケって誰ですか!?」
フーケの喉元に剣を突きつける俺だが、目の前の女が惚けた。それはそうだ。この場で自分がフーケだと公言する必要など無いのだ。すればただのバカだ。
『しらばっくれるな!お前がフーケだってネタはあがってんだ!行け相棒!こ・ろ・せ!』
「よし!って、いやいやデル。お前なに言ってるの?殺してどうするの?目的忘れるの早くね?」
『は!?』
「は!?じゃないだろ。危ない奴め。思わず乗せられて剣を刺しかけただろ。それに今ここで彼女を殺したら俺はただの殺人者だ。なにせ盗みは成功してないから破壊の杖は彼女の手にないんだ。そうですよねフーケ。いや、ロングビルさん」
「ふ、はは、なんのことですか?えっと、確か、人間の使い魔のリュウジさんでしたか?」
目の前にまで剣を突きつけられてさすがに怯えてフーケは深くかぶり込んでいたフードを取った。眼鏡と切れ長の瞳。特徴的な緑色のブロンド。大きい胸と括れた腰。ルイズとは違う大人の色気ただよう本物のブロンド美女がいた。俺は言葉を続けた。なにせ思いの外上手く行っている。ここまでは予定以上だ。
「誤魔化さなくて良いですよ。俺はあんたがフーケだと知っているんだから。第一捕まえたいと思ってませんしね」
「だ……だからフーケと違うと言ってるでしょ。しつこいですよ」
フーケが顔を歪めて不快感をあらわにする。
「フーケと認めませんか?」
『まあ当たり前だな。散々貴族をコケにしたんだ。捕まれば間違いなく死刑だ。相棒。埒があかねえぞ。ああ言っていた以上なんかこいつと仲間になる方法があるのか?』
デルが言う。普通なら初対面の人間から仲間になりたいと言われて頷くわけもない。特に盗賊なんて裏切られたら終わりなのだ。仲間にするならかなり信用がいる。
「分かってる。俺は認めてもらう必要がある。なにせあなたの仲間になりたいから」
「仲間?なにを言ってるんです。ですから私は――」
「そうしないと俺はもう打つ手がないんだ。助けると思って認めてくれませんかフーケ、いや、マチルダ・オブ・サウスゴータ」
そう言った瞬間マチルダの表情が変わった。
翌々日の早朝。俺とルイズは学院長室に呼び出されていた。その中には学院長秘書のマチルダを始め殆どの学院の教師が集められていた。
「なんということだ。この魔法学院に盗賊が入られるとは!」
そう、昨夜、フーケが現れ破壊の杖が盗まれたのだ。当然これは俺とマチルダが共謀して盗んだのだ。だが、いくらなんでも盗賊の手引きとフーケを捕まえる行為自体を出来レースにしてしまうのは良心が痛んだ。マチルダと組めた以上盗賊行為自体を無しにしてしまえばいいのだが、その場合なんの実績もない使い魔を持つルイズにアンリエッタ王女もさすがに手紙の相談をしには来ないと思ったのだ。
これに関しては俺の見た目を差し引いてもいまだにキュルケやタバサやシエスタやギーシュと話せていないことからして、杞憂とは言い難い。やはりギーシュの件のスルーはダメだったのだ。だから俺がしたのは昨日の昼間にルイズを連れだして失敗魔法で宝物庫の壁にヒビを入れさせると、その夜、俺はまたもやルイズが起きてくれないのでやむなく一人で外に出てフーケの盗みの目撃者となった。
『破壊の杖、確かに領収いたしました。土くれのフーケ』
今は教師達が学院長室のテーブルに置かれたその紙を見て、口々に好きなことを喚いている。フーケ、いや、マチルダはいつもこうして悪ふざけとも思える紙を犯行現場に残して、貴族達が慌てふためく姿を見て楽しんでいるらしい。かなり悪趣味だが、生い立ちからすると仕方ないし、落ちぶれてみて初めて貴族という生き物が救いようのないバカ揃いだと思う程嫌な目を見たようだ。どうも身体的な屈辱も受けて恨みも倍増しているそうだ。
「土くれのフーケ!貴族達の財宝を荒らしまくっているという盗賊か!」
「衛兵は一体何をしていたんだね?それにミスタ・ギトーが確か当直の筈でしたわ」
目の前では教師達が責任はどこにあるとかなんとか言い合いをしていた。一方でルイズはといえば今朝になって教師から呼び出されてフーケの件を聞かされて、むくれていた。ルイズはフーケが出たと知ったのは俺が目撃者になったあとだ。ようはなぜ自分を連れて行かなかったのかと怒っているのだ。事情さえ言えば眠いのなんて我慢したのに、と俺を睨んでくる。
「その、いえ、み、見回りはしたのですが、怪しい人影はなく」
「言い訳したところでお宝は戻ってこないのですぞ!」
ミスタ・ギトーという男性教師が当直だったと分かって責められているところだ。ここで責められるのは本来女性教師のミセス・シュヴルーズなのだが、フーケが結構日を俺のせいでずらしたせいで当直の先生も替わり、ギトーが責められる事態になっていた。
「いや、まあ見回りを怠った私の責任はあるかも知れない。ですが、共謀者がこの学院内にいたとしたらどうですかな?」
そんな責められるギトーがなぜか俺を見る。
「共謀者?まさか!」
ギトーを責め立てていた教師もなぜか俺を見た。そしてそのことが俺を追い詰めることになるのだ。
「そうです。彼ですよ彼」
ギトーは嫌味な顔と一々癇に障るような喋りをするまだ若い男性教師だ。多分俺より年下の男が明らかに小馬鹿にした顔で俺を杖で指してきた。
「ギトー君。それはいくらなんでも言いがかりというものじゃろ」
そこにオスマンが入ってきて助け船をだしてくれる。ごめんなさい。実際そうなんだとは死んでも言えない。ギトーが自分の責任を逃れる為、俺も盗みに荷担していたからそんな夜に外にいたのではと言いがかりというか、本当の事を言ってきたのだ。まあそもそもなぜそんな夜に外にいたのかの言い訳が『昼間は男子生徒に追い回されてるから息抜きです』とその行為を見逃している教師陣に嫌味も込めて言ったのが癇に障りもしたんだろう。
「言いがかり?私の言葉が言いがかりだと?学院長はご存じですか?犯罪の際に一番怪しいのは第一発見者だと?」
「じゃが何か確証でもあるのかね?」
「いいえ、ありません。ですが言いがかりとは心外ですな。どうでしょう。彼はどうやら我々に不満があるようですし盗賊に手を貸すぐらいはやりかねませんよ。そうではないのですか豚殿?」
「ぶ、豚……あの――」
「ひ、ひどい侮辱です!オールド・オスマン彼は虚無の――」
ルイズが怒って口を挟もうとするが、虚無と言いかけて言葉を濁した。
「虚無?虚無がどうかしたのかゼロのミス・ヴァリエール?」
ギトーは一々嫌味を言わないと気がすまないようだ。
「い、いえ、なんでもありません。ですがいくら先生でも私の使い魔をこれ以上侮辱することは許しません!」
ギトーの嫌味にルイズは激高する。ルイズにしてみればフーケが現れたことで俺の信用はもう一段上がっている。でも俺はそのルイズの一段上がった信用すら裏切っていて心苦しかった。
「教師に対して言葉に気をつけたまえ。ゼロのミス・ヴァリエール。実際あんな時間に外にいた豚殿はどう見ても怪しいとキミも思わないのか?それとも豚殿は我々の代わりにブヒブヒと言いながら見回りをしてくれていたのか?」
教師陣に失笑が起きた。見回りをする豚の構図がいかにもおかしく思えたのだ。というかこの嫌味な男はいくらなんでも証拠も無しに人を責めすぎだろう。
「な、な……こんのクソ教師!自分が見回りちゃんとしなかったんでしょ!それを平民に証拠もないことかぶせてなかったことにする気!この役立たず!おまけに私の使い魔に!」
ルイズは顔を真っ赤にして杖を振り上げた。杖の先が光る。
「お、落ち着けヴァリエール!」
「そ、そうですよ。ミス・ヴァリエール!ミスタ・ギトーも証拠のない言いがかりはほどほどにして下さい!」
「ルイズ。余計面倒になるからやめるんだ!」
そうするとルイズの失敗魔法の威力を知る先生達と俺がルイズを慌てて取り押さえた。暴れるルイズだが力が強いわけでもなく、俺に後ろから持ち上げられると、あっさり無力化された。
「離して!離してよ!こいつ!あんたを犯人呼ばわりしてるのよ!引いては主人である私も犯人と言われたようなものよ!こんな屈辱!いくら教師でも許せないわ!」
「いや、俺はいいから!」
胸がずきずき痛みます。すみません。でもこれがゆくゆくはトリステインを救う布石になるんだから許して。俺自身はトリステインが滅ぼされないなら正直、大人しくルイズの使い魔をして、お嫁さんも紹介してもらえれば十分なのだ。そうじゃなければ何が悲しくて死ぬかも知れなかったり、捕まるかも知れないようなことに首を突っ込むかと言いたい。でもそれを説明して理解してくれる人はいなかった。
「ミス・ヴァリエール。ギトー君の非礼はワシが詫びよう。じゃからその杖は治めてくれんか?」
そこにオスマンが入ってくる。なんとかおさまりかけるが、基本的に俺はこの学院で嫌われ、出て行けばいいと思われている。よく思わない人間はその俺が魔法学院を去れば、トリステインが滅ぶなんて微塵も思わないだろうし、俺も事実を知らなきゃまさか有り得ないと思う。思うが事実だから仕方ない。でも、また俺は言いがかりをつけられた。
「お待ち下さい。オールド・オスマン」
そう言って学院長室の扉を開けた女性がいた。特徴的な赤い髪と青い髪。キュルケとタバサだ。
「なんだねキミたちは?今は大事な会議中だ。生徒が入ってくるんじゃない」
コルベール先生が言った。
「待ってください先生。その会議の議題で私は大事な証言があるんです」
「証言?」
「はい。ルイズには悪いけど、私は昨夜とその前の夜にデブ、いえ、ルイズの使い魔が二度とも宝物庫付近で彷徨いているのを見ました」
「な!?本当かね?」
コルベールが尋ね返し、一気に部屋がざわついた。俺はサーッと血の気が引いた。なんでキュルケが知ってるんだ?あんな夜にどうして彼女が俺の行動を知ってるんだ?
「ふ、ふはは、どうですオールド・オスマン。このような証言があるんだ。彼は明らかに怪しい!」
得意の絶頂になってギトーが言い立てた。
「違う!違うわキュルケ!それは違うの!」
だがルイズが慌てて庇う。それはそうだ。ルイズにしてみれば虚無魔法を使えるようになり、フーケの未来予知も当たっている。俺が外にいたのは未来予知で見たフーケの犯行を未然に防ぐ為としか思わないだろう。
「何が違うのよルイズ。彼は確かに夜に外にいて誰かと会っていたわ。会っていたのは最初の夜の方だけだけど、あの人物も怪しいわ。最初は戦闘行為をしたのに急にやめて会話しだしたかと思えば、そこのデブがその人間を逃がしたように見えたのよ。最初の夜はまた男子に襲われたのかと思ったけど、あんな夜なのにおかしいと思ってたのよ。でも昨夜の件で確信したわ。彼は前日の夜にフーケと会ってたのよ。これはタバサも見たのよ」
タバサも?なんでだ?キュルケだけなら夜に男と逢い引きかと思うがタバサがいるとなるとますますおかしい。この時点でタバサのイベントは特にないはずだ。
「ほ、本当?」
ルイズは確かめるようにタバサを見て、彼女もこくりと頷いた。
「どうやら彼が疑わしい行動を取ったのは確定事項のようですね」
「ううむ。そのようじゃな。じゃがそこにミス・ヴァリエールは関与しておらんようじゃ。違うかねキュルケ君にタバサ君」
「ええ、それは間違いありませんわ」
キュルケに続いてタバサも頷いた。
「ふむ。リュウジとやら。悪いが拘束させてもらうぞい」
「え?」
まさかこんな運びになるとは。
バッドエンドどころじゃない。
俺は大量の汗が流れ落ちてくる。
どうする?
身分を明かして、真実も明かして、なんとか処分を先延ばしにしてもらうか?
いや、そんなの信じるのはルイズぐらいのものだ。というかそのルイズも戸惑ってなにも言ってくれない。とにかくやばい。こんなことならマチルダの件をスルーすべきだったか。俺はマチルダを見た。そう、犯行を一日ずらしたせいで俺のアドバイスも入れて色々昨日のうちに準備が出来たので、マチルダは会議の当初から部屋にいたのだ。
「ふむ……」
オスマンは杖を振り上げ縄が動く、俺を縛ろうとし、俺も言い訳も思いつかず黙っていた。
「お待ち下さい」
そこにマチルダが声を上げた。彼女にしてみたところで俺が捕まるのは都合が悪い。それぐらい俺は彼女にとって色々漏らされたくない秘密を知っていた。だが、この状況を打開できる方法があるのかと思えた。
「なんだね?」
「みなさん感情的になっていますが冷静に考えてください」
「どういう意味じゃ?」
「オールド・オスマン。彼は平民です。平民が仲間になったところでフーケの得になる点が私には分かりません。それにミス・ツェルプストーの話を聞く限り彼は前日の夜に怪しい人物と交戦しています。仲間ならなぜ交戦したのですか?「それは!」私にはおそらくその人物はフーケで、フーケと交戦して捕まえ無力化しようと説得したが、結果逃げられたというように聞こえました。「違う!」だから翌日も夜の見回りをしたのではないですか?それに!彼はミス・ヴァリエールに召還された使い魔です。その彼がどうやってフーケなどという外の人間と仲間になるんですか?」
間に割り込もうとキュルケはするが、マチルダは自分に有利になるところまで喋らせなかった。
「それはだから、あの夜に仲間に」
キュルケは美しい顔を苦しげに歪ませた。マチルダも同じぐらい美人でその二人が睨み合うと怖かった。
「あの夜?あの夜とは一昨日の夜のことですか?」
「え、ええ。そうよ」
「ではあなたは一度交戦しただけの盗賊と友情でも芽生えるご趣味でもあるのですか?よしんば芽生えたとして、たった一度出会っただけでフーケが信用して彼を仲間に招いたというのですか?失礼ですがミス・ツェルプストーは病院にでも行かれた方が良いのでは?とても正気とは思えません」
「な、なんですって!ならどうしてこのデブは一言も言い返さないのよ!」
キュルケの顔が赤くなる。
「そんなもの貴族の群れに放り込まれた平民が、好きにものが言えるわけがないでしょう。虐めが好きなミス・ツェルプストー」
凄いなマチルダ。まさかあそこまで追い詰められていたのに、ひっくり返したぞ。しかも正しいのはキュルケなのに、マチルダの方が正しくしか聞こえないぞ。頑張れマチルダ。キミを仲間に選んだ俺の目に狂いはなかった。
「な、な、誰がそんな卑怯なことをするのよ!私は事実を言ったまでよ!」
「静粛に。落ち着くのじゃミス・ツェルプストー。確かに憶測で彼を断罪しようとしたのは事実じゃ。この非礼はワシも詫びねばならん。すまんかったミスタ・リュウジ」
オスマンが俺なんかに頭を下げた。この人結構良い人だ。ここに来て頭下げられたのなんて初めてです。
「あ、いや、俺も言い返せなかったしいいですよ」
そこにまた扉を叩く者がいた。姿を見せたのは衛兵の一人だ。
「なんじゃね?」
「あの、今外で平民が土の人形に『朝になったら魔法学院にこの手紙を届けるように』と言われたと言ってきたんですが」
「土の人形じゃと!?それは誠か!?」
「え、ええ、確かです。念のため平民は留め置いてます。連れて来ますか?」
「いや、あとでよい。それよりも手紙とやらを見せなさい」
オスマンは慌てて手紙を開いた。それをみんなが覗き込み、オスマンは声に出して読んだ。
「『間抜けに慌てる皆様へ。土くれのフーケが貴族の汚名をそそぐ機会を与えましょう。待っていてあげるから今日の日が傾く前に下記の小屋においでなさい』じゃと?」
その下にはここからかなり離れた森の中にある小屋が記されていた。これは全てマチルダが昨日のうちに用意したものだ。ただ破壊の杖はリスクが高いがまだマチルダの部屋にある。マチルダがここに残ることを選んだので、小屋まで運ぶ暇がなかったのだ。
「な!?」
「ふざけている!」
「うぬぬ!盗賊風情が!」
「すぐに王室に報告しましょう!王室衛士隊に頼んで、兵隊を差し向けてもらわなければ!」
コルベールが叫んだ。だがオスマンが「日が傾く前では王室衛士隊は間に合わん」と叫び、そこからは原作通りの流れになった。使い魔を侮辱されたルイズは当然名乗りを上げ、キュルケもこのままでは引き下がれないと名乗りを上げてタバサも続き、日和りみな教師陣は全員オスマンの叱咤にもかかわらず黙り込んだ。
「キミたちは学生じゃないか。危険すぎる。やはり兵隊を差し向けてもらう方が良い」
コルベールは言うが、実際の所この人が行けば一番話が早いのだ。だってこの人無茶苦茶強いんだから。そのことを知ってはいるが言う訳にも行かない。しかしこのまま行くと子供だけでフーケに挑むことになるんだが、後々分かってくるこの人の性格的にかなり無茶苦茶だ。この頃のコルベール先生って余程自分に自信を無くしてたんだろうな。まあいくらなんでもこの人に来られたら誤魔化し効かないから良いんだけどな。
「ううむ」
「学院長。破壊の杖は所詮はものです。命には替えられません。ここは兵が来るのを待つべきです」
「いや、じゃがあの杖の破壊力を考えるとなんとしても取り戻さねばならん。もし使いこなし悪事に利用されれば、破壊の杖に勝てる魔法使いはおそらくおるまい。そうなればフーケは今以上に厄介な存在となってしまう」
「破壊の杖とはそれほどの杖なのですか?」
「うむ。ワシは目の前であの杖の一撃で土手っ腹に風穴を開けてワイバーンがやられたんじゃ」
「ワイバーンを一撃?」
周囲がざわめく。オスマンの言葉は余計に教師達を怖じ気づかせただけだった。
「あの、よければ俺にフーケの後を追わせてくれませんか?」
そこに俺が割り込んだ。
「なに言ってるのよ。使い魔なんだからあんたは私に付いてくるのよ。だから行くに決まってるじゃない」
ルイズが当然という目を向けた。ようやくこれからあんたと私が周りを見返していくのよ。と言いたそうだ。だが、残念だが、今回はルイズに外れてほしかった。なにせ万が一でもマチルダがフーケだとばれるわけにいかないのだ。
「いえ、俺だけで行きたいんです。俺への疑いはさっきのロングビルさんの言葉で晴れたはず。なら俺だけで行かせてくれませんか?そして俺が盗賊の仲間じゃないと証明させてくれませんか?」
ここからは手はず通りだった。マチルダは当然捕まるのはいやだし、そうなると適当な死体をフーケと言い張るしかない。昨日のうちにマチルダはその死体の段取りも付けたらしいので、小屋には死体だけが転がっているはずだ。つまり俺の話を聞いたマチルダはフーケを死んだことにして盗賊稼業を辞める気でいるのだ。俺はそこまでのことをマチルダに決断させたのだ。なにせ俺がマチルダを仲間にする為に出した条件、それは、
『あんたを貴族に戻し、虚無の担い手であるティファニアを世間に出しても大丈夫にする』
というものだったからだ。
「ちょっと、なに言ってるのよリュウジ!あんたは私の使い魔なのよ!また勝手に動く気?」
ルイズは怒るがここにまたマチルダが割り込んだ。
「学院長。それはいい案かも知れません。ミス・ヴァリエールは公爵家の御令嬢です。ミス・ツェルプストーも辺境泊の御令嬢。ミス・タバサはお二人が行かないなら参加する意志はなさそうですし、このお二人に教師も付いて行かずにもしかのことがあれば破壊の杖というものが盗まれた以上の大事です。それにリュウジという方はミスタ・コルベールの話では姿に似合わず相当お強いと聞きます。何より背中に差した大剣は魔法を吸収する不思議なマジックアイテムという話ですし」
「なに?そうなのかねリュウジ君?」
「え、ええ、デル」
俺はマチルダも必死だなと思いながらデルを呼んだ。まあ俺はそれぐらいのことをマチルダに期待させたし、ここでしくじればせっかくその気になったのに全部がパーになるもんな。盗賊まで身を落とした自分の復権やティファニアを世間に出せるなら、その期待はルイズが俺に抱く期待以上のものかも知れない。
『まあそうだな。上手く俺を使えばたとえスクウェアメイジの魔法でも吸収してやるよ』
全ての事情を知るデルは実際は戦闘すらないと知っているので気楽だ。
「それは凄いのう。どうじゃろうコルベール君。ミス・ロングビルの言う通り彼に任せるというのは?」
「そうですね。彼ならばあるいは……」
コルベール先生は俺に期待の目を向ける。この表情はひょっとすると俺の左手の紋章をもう調べてるのかも知れない。だとすればオスマンも知っているのか?まああれ以来別に隠す必要もないから左手を隠していたわけじゃない。調べようと思えばいつでも出来たとは思う。
「お待ち下さい。オールド・オスマン。彼は私の使い魔です。彼が行くなら私も行きます!」
「私もです。ここで引き下がればツェルプストーの名折れですわ!」
「ならん。学院の生徒の勝手な行動はゆるさん。もしどうしても行くならこの学院から出て行く覚悟で行く事じゃ」
「そんな!」
「横暴よ!」
「ともかくこれ以上話すことはない。ではリュウジ君頼めるかな?」
「えっと、はい。出来るだけのことはします」
「お待ち下さい。この豚殿がここから逃れる為に言った――」
ギトーが口を挟む。だが言い切る前にまたマチルダが割り込んだ。
「では私が監視役として付いて行きましょう。ここの教師は平民に罪を着せる以外には何もしないようですから」
マチルダが挑発的に言うとギトーは唇を噛む。それでも自分も行くとは言わない。それほどに盗賊のフーケの悪名は貴族社会では有名なんだろう。第一やたら顔に泥を塗られるのを嫌うのが貴族だ。もし行って負けでもしたら目も当てられない。
「……おほん。ではミス・ロングビルには馬車の御者をしてもらおう。よいなロングビル」
「はい」
「ではよろしく頼む。彼を手伝ってやってくれ」
「心得ました」
マチルダはうやうやしく頭を下げた。だがルイズとキュルケが物凄く怖い顔で俺を睨んでいた。でもそれよりもあとでマチルダに絶対怒られそうなのが憂鬱だった。
「よろしくお願いしますねミスタ・リュウジ」
考えていたらマチルダが握手を求めて俺に手を差しだした。
「は、はい」
かなり年下なのにマチルダは俺より貫禄がある。そして、その切れ長の目で、しっかりしろこのデブ。お陰で私まで捕まるところだっただろうが。しかも、これで疑いようのない形の成果がないと完全に疑い晴れないよデブデブデブ。と言いたそうだ。でも、マチルダはニコリと笑っている。というかギュウウウウッと握られた手が凄く痛かった。