貴族塾、フリッグの武道会。
灯火管制を敷くこの学園でも、この日ばかりは夜遅くまで、あちこちでマジックランプの光が輝いている。
その幻想的な明かりに照らされながら、サイトは、先月出会った少女のことを考えていた。
少女は、サイトがこの新たなるハルケギニアで出会った誰よりも変わり果てていた。
モット伯の屋敷を襲撃した数日後、
サイトは、ミノタウロスにさらわれたという少女の噂を聞き、その洞窟に向かった。
そこにその少女、タバサは居た。
タバサとの共闘の末、サイトはミノタウロスを退治したが、その後タバサからの奇襲を受け、気を失った。
その時の後遺症で、まだ肛門が痛む。
「やはりこの世界は、根本的に違う……」
サイトはもはや、転生前の記憶が事前情報にはならないと断じている。
人が、社会が、道理が、あまりに違いすぎる。
しかしそう考えながらも、やはり前回に起こった大きな危機の可能性は見過ごせない。
今もサイトは、ミス・ロングビルを注視していた。
前回は、フリッグの舞踏会の直前に盗賊としての本性を現したロングビルであったが、
今日までの彼女の言動に、不審な所は見当たらない。目下の所、試合が終わるごとに、ただ淡々と『死亡確認』と宣言しているだけだ。
と、やおら現れたギーシュがサイトの横に腰を下ろし、語りかけた。
「君は戦わないのかい?年に一度の武道会だよ?」
「俺は塾生ではないからな」
「誰がそんな細かいことを気にするもんか」
挑発的にそう言うギーシュも、試合に出る気はないらしい。サイトに一升瓶を向けて見せた。
「フッ」
サイトはそれを受け取りあおると、口を拭って深く息をついた。
トウモロコシで出来た、日本酒に似た味の酒だった。
「旨いな」
そう言いながらサイトは、懐から革の袋を取り出し、それを床に広げた。
皿状に開かれた皮の上に、ケシゴム大の干物が積まれていた。
ギーシュはその一つを手に取って尋ねた。
「これは?」
「ホタルイカの煮干だ。あぶって食え」
「ふむ」
ギーシュはしばらく、面白そうに干物をすかし眺めた。
スゥっと匂いをかいでから、ランプの火にそれをかかげる。
チリチリと音を立て、干物が歪んだ。
「なあサイト。君は、何を悩んでいるんだい?」
「つまらんことさ」
サイトは右足を持ち上げ、左の太ももに乗せた。
酒を飲む時の悪癖だと自覚していたが、そうすることが、今だけは大切な正直さだと思われた。
「貴族の僕が、こうやってわざわざ聞ていやっているんじゃないか。もう少し愛想よくしたらどうかね」
「焦げるぞ」
「おっと。加減が分からないんだ。このぐらいなら、まだ大丈夫かな?」
ギーシュは、つまんだ干しイカを両者の間に立てて見せた。
サイトは真剣にそれを眺め、しばらく考えてから答えた。
「悪くない。それぐらいならカサは苦いが、ワタがいい具合に溶けている」
「ふむ」
ギーシは干物を半分ほど食いちぎり、眼をつぶって味わった。
複雑で奥深い旨みが、口中にとろけた。
「へえ、これはいいね。ただのスルメかと思ったが、ワタがそのまま塩辛になっている。チェイサーに抜群だよ」
サイトは無言のまま、時間をはかるように酒をあおり、窓の外を眺めた。
地球の黒さとは違う、ハルケギニアの夜が広がっていた。
「さて、どっから話したもんかな……」
「ルイズがらみか?」
ギーシュはそう言いながら、サイトに手を伸ばした
そこに一升瓶を受け取ると、それを目の前でゆらし、尋ねるように、チャポンと音を鳴らした。
返事が返ってくる様子がないのを察し、ギーシュも酒をあおった。
二人を包むように、塾生らの戦う剣戟、応援、歓声が場内に響いていた。
「いずれ話すさ」
「サイト、焦げるぞ」
「むっ」
サイトはホタルイカを火から離し、指でススを払った。
どこかで、鐘の鳴る音がした。
「クソっ……少し焼きすぎたな……」
「ハハハ、君もたまにはそんな風なほうが、愛嬌があって余程いいよ」
「そうは言うがギーシュ。貴様こそ、モンモランシーのことをどう思っている?」
「なっ?!」
「フッ」
意地の悪い忍び笑いを漏らすサイトに、ギーシュは疲れたように溜息をついた。
「まったく、君は平民のくせに……」
ギーシュはそう文句を漏らしてから、さらに何かを言いかけて、それから、あくびをした。
いつも気を張らしているその男にしては、珍しいことだった。
サイトは、ギーシュの異変に言及しようとしたが、
すぐに、自分の体を襲う異常な倦怠感から、自分たちが何かの攻撃を受けていることを悟った。
彼らを襲う睡魔は、人為的なものだった。
ギーシュがその場に倒れた。
「サイト!!」
まどろみゆく中、サイトは、ルイズの声を聞いた。
どうにかそちらへ意識をふりしぼる。夢想まじりの視界の中で、ルイズが銀髪の男性に腹部を殴られ、昏倒した。
それはかつてのハルケギニアで、サイトが最も嫌悪した男だった。
「ワ……ワルド……」
第7話「散華!!閃光の襲撃!!」
「サイトさん!!サイトさん!!」
泥の底に沈められたような闇の中で、サイトを呼ぶ声がする。
その声が、次第に夢想の色を失ってゆく。
サイトのまぶたが開いた。
「ああ、やっと起きてくれましたか!!」
ベアトリスがサイトの体を揺り動かしていた。
あたりには、異様な光景が広がっていた。ベアトリスとサイト以外、誰一人として起きている者が居ない。
サイトは忌々しげに唇を噛みしめた。
「ルイズが、さらわれた」
「やっぱり……。ミス・ヴァリエールは次に私と試合の予定だったから、そこらに居るはずなのに……。見当たらないのでおかしいと思ったんです」
「くそったれ……!!ルイズをさらった男の顔は見た。俺はそいつを追う」
そう言って立ち上がり、厩舎へ行こうとするサイトを、ベアトリスが制した。
「待ってください!!どこへ行けばいいのかも分からないのでしょう?!」
「くっ……」
「大丈夫です!!これで位置を特定できますから!!」
ベアトリスが懐から取り出したものを見て、
サイトの顔が青ざめてゆく。
「ベアトリス!!それは……!!」
「あ、やば……」
ベアトリスはサイトの剣幕から、自分の犯したミスに気付いた。
彼女が取り出したものは、携帯電話だった。
サイトが正面から彼女の両肩をつかみ、激しく詰問する。
「どういうことだ!!説明してくれベアトリス!!」
「い、今はそれどころじゃないでしょう!!」
「携帯電話の所持は貴族塾では固く禁じられているのだぞ!!
ちまたのガキどもを見ろ!!携帯からは脳と根性を腐らせる電波が発せられているのだ!!」
「今時何言ってるんですか!!携帯くらいみんな持ってます!!……よし!!位置を特定したわ!!」
「GPS機能……。ということは、ルイズも持っているのか……」
「言っときますけどね!!告げ口とか、そういう男らしくないことしないでくださいよ!!」
「おっ、男らしくないだとお?!ぬぐぐぐぐ……!!」
~~~~~~~~~~~~~~~~~携帯電話について~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
『場違いな書籍』によると、人の心は頭部において『電気信号』なる形式で運用されるという。
つまり魔力は『電気信号』と互換性を持っているのだ。
心の発現はこれまで、肉体と魔法を介してのみ確認されてきたが、
『電魔変換技術』はなんと、心の状態の一つたる『魔力』そのものを抽出し、備蓄させるに至った。
この技術を利用した機器の中で、最も社会を変えたものと言えばやはり、
コルベール氏発案の「携帯電話」であろう。
『ピーエッチ押忍』『バンカラパゴス携帯』を経て至った現在の『グレートホーン』は、
一人一人が博物館を所有するに等しい情報量を民に共有させる域にまで達しており、
これはもはや『場違いな書籍』が言う所の『コムプタール(以下コムプ)』と変わりない。
また、真偽の程は不明だが、アプリで簡単な魔法を唱えたり、魔獣を召喚したりといった、
多角的な意味で危険な技術も研究されているという。
既に、携帯で召喚された魔人が社会に紛れこんでいるとの噂すらある。
うおー。ボクってホントに物知りさん。他にはどんなこと教えて欲しいのかな、チミ。
・アカデミーレポート『モッコイの携帯電話入門 ~王族を騙る朕々サギにご注意~』より。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
ベアトリスとサイトが貴族塾を発とうという丁度その時。
塾から遠く離れた断崖で、ワルドの前に、一人の戦士が立ちはだかっていた。
学ランを着た漢だった。月明かりに照らされる両ホホには三条ずつ、醜い古傷の跡がある。
無造作にたたずむその姿は、正しく達人然としていた。
ワルドは杖を抜き、距離を測りながら語りかけた。
「風メイジの僕にもう追いつくとはね。正直驚いたよ。しかし、構えなくていいのかい?」
「偏在ごときを相手に、構えなど無用」
「フっ。見抜いていたのか。しかし、ルイズのほうはいいのかい?」
「俺はあそこの学生ではないからな。そこまでする義理はない」
「なるほどね。しかし、あの眠りの鐘は『虚無にまつわるもの以外の全て』を眠らせるよう調整していたはずだ。君はどうして起きていられるのかな?」
「そんなことよりよ」
「うぉ?!」
虚をつくでもなく、速力のみで、一瞬にして間合いが詰められた。
「この趣味の悪いヒゲはどうにかしたほうがいい」
ワルドの口髭が、無造作に引き抜かれた。
「お、おのれ!!」
激情のまま横なぎに振るわれた戦杖が、宙返りで難なくかわされる。
ワルドは、自分の懐に違和感を覚えた。
「こいつが貴様の目的ってわけか」
「い、いつの間に?!」
懐にいれておいたはずの、虚無のオルゴールだった。
ワルドはそれを取り返そうと腕を伸ばしたが、鼻先に強烈な衝撃が走った。デコピンだった。
ドウと、尻もちをつくワルド。
「気にするな。貴様が弱いんじゃねえ。俺が強すぎるんだ」
「……大した強さだ。だが勝負はこれからだ。見せてやろう。風の……ぬお?!」
「探しものはこいつか?」
折れた戦杖が、無造作に投げ転がされた。
「しょせん貴様は俺の敵ではないということだ」
「ぬ、ぬううううう!!」
圧倒的な怒気と恐怖のせめぎあいで、ワルドの体が震えあがる。
「偏在とはいえ、殺すのは忍びない。黙って消え失せな」
「クッ……!!思い上がるのもたいがいにしやがれ!!」
ワルドはそう叫びながら徒手空拳の構えを取った。
その足元の崖が、唐突に崩れ落ちる。
「ぬあ?!」
「どんな時でも地面を掘るのは忘れない。それが男のダンディズムってもんだ」
「グアアアアアアアアアアアア!!」
奈落の底へ遠ざかる悲鳴を聞きながら、ヴェルダンデはうれしそうにモフモフと鼻をならした。
「ルイズのほうは……。まあ他の連中がうまくやるだろう」
林道にさしかかる峡谷を、馬で駆けるメイジが居た。
中折れ帽を被った、長身の男だった。右脇に、意識のない少女を抱えている。
「ワルドオオオオオオオオオオオオオ!!」
その頭上から一人の剣士が、隕石のような火勢で急襲した。
「ぬむ?!」
ふわりと馬から飛び退りながらワルドは、自分の騎乗していた馬の胴体が両断されるのを見た。
サイトは、着地の反動を水平に転じ、ルイズを抱えたワルドへと躍りかかる。
振り下ろされる杖と振り上げられる剣が、両者の間で火花を散らした。
両手持ちに切り替えたワルドの腕から、ルイズの体がこぼれおちた。
サイトの前蹴りを、畳んだ前腕で受け、数メイルばかり吹き飛ばされながら、ワルドは眠りの鐘を取り出した。
涼やかな音色が、サイトの脳髄を切り裂いた。
「ぐっ……?!その鐘は……一体……」
「これで眠らないとは、偏在をやったあの八頭身のクソモグラといい、貴族塾の連中は噂に違わぬ逸材ぞろいだな。
しかし、これで勝負ありだ。もはやまともに戦えまい」
「く……!!ルイズ!!ルイズ!!」
「サイト……?」
獰猛な倦怠感を振り払いながら、サイトはルイズを揺り起した。
「サイトさん!!ルイズ先輩をつれて下がっててください!!」
ワルドの後方から、少女の叫び声が轟いた。ベアトリスだった。
体軸を中心に高速回転しながら、ツインテールに仕込んだナイフでワルドに襲いかかる。
「遠心力で威力を倍化させるとは、なかなか考えたな。しかし、しょせんは児戯よ」
ワルドは不敵な笑みを浮かべながら杖を構え、ベアトリスとは逆の回転で迎え撃った。
破壊のコマと化した二人は、軸足で大地をえぐりながら、何度も激しく衝突した。ベアトリスが、少しずつ押されてゆく。
「回転に逆回転は定法。あとは同じ回転数なら、重き者が押し勝つは自明の理さ」
「ならばこうです!!ハァ!!」
ベアトリスのツインテールが、大地に突き立てられた。
その先端がトビウオのように土中から跳ね、ワルドに襲い掛かる。
「ぬ?!」
たまらず宙に飛んだワルドへ、ベアトリスの魔法が飛ぶ。
その一つが、ワルドの頬を裂いた。
地に降りたワルドは、顔を塗らす血をすくって舐めた。
気配の変化に打たれたか、ベアトリスの構えから緊張の匂いが漂った。
ワルドが、かくも冷酷につぶやく。
「……僕はどうやら君をあなどっていたようだ。
ならば冥途の土産に見せてやろう。虚無と対をなす、もう一つの使い魔伝説を!!」
「もっ、もう一つの使い魔伝説ですって?!」
「ジャン・ジャック・フランシス・ド・ワルドの名において命ずる!!
出でよ!!ミザールヴ!!イワザールヴ!!キカザールヴ!!」
「ウッキョーー!!」
「ムキィィィィィ!!」
「モキキキキキキキキキキ!!」
彼方から三匹のサルが、ウンコを投げながら走ってきた。
サイトが、まばらな意識の中から叫んだ。
「い、いかん……!!逃げるんだ……ベアトリス……!!」
「フッ」
しかしベアトリスはどこまでも落ち着いた、
冷ややかとすら言える表情を浮かべながら、飛来する汚物を次々に焼き尽くした。
「この程度ですか?こんなサル、満月を見た時のテファ先輩に比べたらピグミーマーモセットですわ」
「レディー、言ったはずだよ。『虚無と対をなす』と」
「……なんですって?」
「出でよ!!ヤラザールブ!!」
「ウホ!!」
ベアトリスは、完全に虚をつかれた。
土中から現れた四匹目のサルは、その尾先にしつらえた刃で、ベアトリスの上腕をかすめた。
「くっ!!」
「ははは、命拾いしたね。君は、ヤラザールブの好みではなかったらしい。しかし……」
ベアトリスが、体を震わせながら地に膝をついた。
しびれ薬だった。
「どうやら君もここまでだね」
ワルドはそう言いながら、ベアトリスを抱きかかえた。
「しかしあの鐘を受けてそこまで動ける所をみると、どうやら君も虚無につらなる者のようだね。これは思わぬ僥倖だよ!!さて……」
そう言いながら、ワルドは眠りの鐘を鳴らしながらサイトに歩み寄った。
「クッ……!!」
サイトはどうにか剣をかまえたが、猛烈な眠気で意識が混濁する。
「目撃者を残していくわけにはいかない。君には、ここで死んでもらうよ」
サイトを見下ろすワルドの袖口から、不気味な極彩色の蛇が現れた。
それを見たベアトリスとルイズの顔が、みるみるうちに青ざめてゆく。
「「バ……バジリスク……」」
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~バジリスクについて~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
10年前のある日、一つの森が魔界と化した。
投棄された合成獣(キメラ)や、獰猛な野人や、悪辣なる盗賊の住処として知られていたその森を、悪夢のような病魔が襲ったのだ。
それは、そこに住まう全ての生命に牙をむき、あらかたの動植物が死に絶えた。
曰く、エルフの仕業。曰く、神による断罪。曰く、悪魔の降臨。
様々な噂が流れたが、真相は未だ解明していない。
その難を生き延びたものは、全てが原型をとどめぬ魔獣と化し、それぞれが独自の毒性を有するに至ったという。
その中で最強の毒を持つものが、バジリスクだ。
今も魔の森では、強い毒が弱い毒を駆逐する競争が繰り広げられており、全ての毒が、その威を高め続けている。
魔の森は、一つの巨大な蟲毒牧場と言えよう。
言うまでもなく、このような現状にあって、バジリスク毒の血清は事実上存在しない。
・アカデミーレポート『進化と創造の恒常性』より
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「分かるか、サイトとやら!!君は結局、僕にもう一匹獲物をつれてきてくれただけなのだ!!
フハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!」
「ウホッ」
「アッーーーーーーーーーーーーー!!」
ヤラザールブは突如、被害者側の悲鳴をあげながら消滅した。
あっけに取られる間もなかった。
「ウホッ」
「「「アッーーーーーーーーーーーー!!」」」
残る三匹も、おざなりに登場した分、おざなりに散った。
サイトが、驚きの声をあげた。
「今の技は……まさか、乱れテファ月花……?」
「な、なんだ?!なにが起こって……」
動揺するワルドの尻を、何かが激しくスパンキングした。
パン!!パン!!スパパン!!
パン!!パン!!スパパパパパン!!
「ぐわああああああああああああああああああああああああああ!!」
ワルドの手から滑り落ちたベアトリスが、空間に抱き留められる。
透明なそれは地を蹴り、ワルドと距離をとると、マーブリングのように人型を成していった。
ワルドは、降って沸いたような死刑宣告に目を見開いた。
そこに現れたのは、ハルケギニア最強の種族だった。
勇猛を誇る貴族塾にあってさえ、『ボンッキュッボロンッ』と恐れられる、あの金髪の悪魔。
月に一度は血を見ずにおれぬ、人呼んで地獄のブルーデー。
驚いたのはワルドばかりではない。
突然現れた助っ人に、ルイズが問いかける。
「テファ!!なぜここに?!」
「私の方も、色々あったんです。でも、まさかこんなことになってたなんて……。遅くなってごめんなさい」
テファは大粒の涙を流しながら、今だ身動きのとれないベアトリスの上体を抱き寄せた。
「不意打ちとは随分じゃないか。僕はジャン・ジャック・フランシス・ド・ワルド。またの名を閃光という。君も名乗りたまえ」
「股の名が閃光?!」
「言っていいことと悪いことがあるだろうが!!」
ワルドの杖から、巨大な風の槍が放たれた。
その速度のまま、テファの体から同じ魔法が跳ね返された。
どうにか身を翻してそれを避けたワルドが、驚愕の声を漏らす。
「オートカウンター……だと……?」
「少しそこで大人しくしててください」
常よりやや低いテファの口語詠唱と同時に、ワルドの手から杖が弾き飛ばされた。
立ち木から放たれた、樹枝による一撃だった。
見れば、周囲の木々があらゆる梢をワルドに向けている。
地に落ちた獲物は、瞬く間に土中へと飲み込まれてゆく。
精霊の力だった。
「う、うう……」
「ベアトリスさん?!」
うめくベアトリスに、テファは再び視線を向けた。
二人の視線が交わる。
テファは安堵とともに頬を緩ませ、
『これでベアトリスさんと、ちょっといい感じになれるカナー?』と、
その胸に、乙女らしい、秘めた高鳴りを覚えた。ほんの、ささやかな願いだった。
ただのトモダチでもいい。
一緒にゴハンを食べたり、楽しい話を教えあったり、お互いにそういうことを、ちょっとでも望み合える関係でいい。
テファは、そんな未来に想いを馳せた。
そしてそのわずかな油断こそが、文字通り、命取りを招いた。
ワルドが『テファもまた虚無にまつわる血統』だと気づいていなかったこと、
そして『オートカウンターの弱点を知っていた』ということもまた、最悪の悲劇につながった。
「ベアトリスさん、もう大丈夫だからね。だって私、ベアトリスさんと、ととととと……、ともだ……」
「だめ……逃げ……て……」
ベアトリスの警告は、間に合わなかった。
テファは、チクリとした痛みを感じた。
ヒモのようなものの先端が、テファに食いついている。
その蛇は、有毒生物特有の、濃厚な原色が織り成す警戒色を持っていた。
それを振り払うテファの手から、美しい水色の指輪が抜け落ちた。
「バジ……リスク……?」
オートカウンターは、あらゆる魔法、あらゆる武器を反射する。
しかし、生物は別である。命あるものを反射すれば、敵との接触すら不可能となる。
しかるにワルドが放った最強の毒蛇は、テファの障壁をやすやすとすり抜けていた。
刹那の内に彼女は、自分に流れ込んだウィルスの致命性を体感した。
ヒトとは異なる体であっても、そのウィルスは、絶望的なまでに有効だった。
ワルドがあざ笑う。
「敵とはいえ、女の子を手にかけるのは本当に趣味じゃないんだがね。運命というのは、残酷なものだよ」
彼女は、その戦闘力とは裏腹に、戦いを嫌悪していた。
望まぬ力を与えられ、化け物扱いされ続けながらも、
特別な誰かを見つけて、その誰かを幸せにするという、それだけを望み続けていた。
若年にあって、理不尽な運命に両親を奪われ、だからこそ、家族というものに憧れていたのだ。
美しいモノを見たら、その相手にも見せてあげたいと願う。
美味しいモノを食べたら、その相手にも食べさせてあげたいと願う。
もし誰かとそう願い合う中になれたら、それはどんなに素敵なことだろう――――
そういう誰かと、ウェストウッドでずっと一緒にいられたら――――
やっぱり、私ももう少し生きていたかったよ――――
常勝と孤独に彩られた、不遇なる十八年の生涯の最期は、あまりに凄惨なものだった。
「あああああああああああああああああああ!!」
恐怖に身を震わせるベアトリスのまさにその目前で、
小柄な身にそぐわぬ悲鳴を上げながらのた打ち回り、全身から皮膚を裂く醜い角を無数に生やし、
それらの先端から腐ったシチューのような膿を噴出させ、としゃ物をまき散らしながら、悶え苦しんだ果てに、バジリスクは死んだ。
享年十八歳。長命のバジリスクにしては、あまりに短すぎる命だった。
テファのケツに噛みつくという暴挙から経口感染した、急性エルフルエンザだった。
誰よりも争いを憎んだバジリス子(仮名)。
彼女は最後まで、ただ、誰かとささやかな喜びを分かち合いたいと夢見る、ありふれた一匹の蛇だった。
そんな彼女が戦いで死んだことは、なんという惨い皮肉だろうか。
テファの掌が、肥沃な瘴気を漏らしながら、変わり果てたバジリス子の遺骸へと伸びてゆく。
そこには、因果や諦観では説明のつかない、確かな不条理があった。
きっと、そのアンチテーゼこそが愛なのだ。
もし誰かとそう想い合う中になれたら、それはどんなに素敵なことだろう――――
そういう誰かと、ウェストウッドでずっと一緒にいられたら――――
最期の瞬間、バジリス子はそう空想していた。
それは願望ではなく、人がする、祈りに近い想いだった。
恋すら知らぬバジリス子の心に、せめてもの救いはあったのだろうか?
ことほどに無慈悲な世界も、最期は彼女に、愛を夢想させられたのだろうか?
しかしその答えを、誰が知り得よう。いや、バジリス子のちっぽけな望みの残滓すら、この世界には残るまい。
ただ、誰しもが生きる上で感じる、無根拠でおびただしい悲壮の渦は、そういう塵のような寂寥の堆積なのかもしれない。
産まれ、生きて、死ぬ。全ては、無常の風にさらわれてゆく。
テファは、バジリス子の死骸をつまみあげると、
ボキボキと頭から捕食し始めた。
「鬼ウマ!!これホントおいしい!!ほら、ベアトリスさんも食べる? んーー?」
「はふ……」
ベアトリスは、バジリスクによるポッキーゲームを迫られ、完全に気を失った。
ワルドは、『逃げて』というベアトリスの警告を、誤って解釈していた。
自分に対してではなく、テファに対してのものだと勘違いしていたのだ。
最期に残された逃げの一手を失する。
それは、ワルドの人生における最悪の失敗であった。
テファが、落とした指輪を拾おうと身を屈めた。
そのズボンがバジリスクの歯形にそって裂け、なまめかしい太ももを露にした。
「あ……。ズボンやぶれちゃった。これはもうダメね」
テファの手で、ズボンが紙切れのように引き裂かれてゆく。
『治外法権』と書かれたフンドシが風にそよいだ。
「そ、そのフンドシ……。その化物性……。まさか……」
エルフどころの騒ぎではなかった。
ワルドが対峙している相手は、アンタッチャブルの中のアンタッチャブルだったのだ。
「テファとは、よもや……あの……」
ワルドは、ある噂を思い出した。
かつてウェストウッドと呼ばれ、今は魔の森と恐れられるその地で、
バジリスクを含む多くの動植物が突然変異を起こし、個々が独自の毒性を有するに至ったが、
それらは、たった一人のエルフの少女が起こしたパンデミックに端を発するという。
そして、その少女の名が――――
「て、ててててててててて……、ティファニア……ウェストウッド……」
「さてと。随分ベアトリスさんをいたぶってくれたようね」
テファの双眸が、餌を見るアリの気色でワルドを包んだ。
「ひっ、ひいいいいいいいいいいいいいい!!」
ワルドは懐からワンドを取り出すと、素早く呪文を唱えた。
死力を振り絞ったフライだった。
空では精霊の力はさして使えまい。
そう見込んでの退路だったが、しかしその判断は、あまりに遅すぎた。
高速で空へと上昇しながら、ワルドは、この世のものとは思えぬまがまがしい読経を聞いた。
「淋・病・糖・射・壊・腎・劣・罪・禅……」
振り返り見れば、テファが自転車用空気入れのパイプを己の肛門に突っ込み、ガシュガシュと、一心不乱に空気を装填していた。
「うんしょ、うんしょ」
彼女は見る間に全身を膨れ上がらせ、その弾力で跳ね、ワルドに向かって飛翔してゆく。
「ブフォフォフォフォフォ!!ティファ・フィナーレ!!」
「マミッ!!」
デブさんの体当たりをモロに受け、ワルドはきりもみに墜落した。
体をしたたかに地で打ち、激しく咳き込む。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~クンダリーニ魔操法について~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
メイジは通常、どのような達人も潜在魔力の30%しか使用していないという。
クンダリーニ魔操法の目的は、内丹術と自己催眠によって、その潜在魔力を瞬間的に100%引き出すことにある。
言語を絶する集中力を要するこの技は、自律神経の誤作動や、ある種の狂気なしには習得不可能とさえ言われている。
◎九字印『淋・病・糖・射・壊・腎・劣・罪・禅』
・アカデミーレポート『信じて送り出したマダム・バタフライ伯爵夫人がシュヴァリエの望む奉仕にドハマりして優雅な午後を送っていたなんて……』より
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「ぐおおおお……。な、なんだ今の技は……?少しはちゃんと考えろ……!!」
「なんでそんなことを言うの?エルフが嫌いなら、そう言えばいいじゃない」
「へ……?いや、別に私はエルフをぶべらッッッ?!」
口答えの愚を犯すワルドの顔面に、テファの膝が飛んだ。
「いいわ。あなたが人間こそ至高だと言うなら、まずはそのふざけた幻想から壊してあげる」
「だっ、だからそんなこと全然思ってなガファア?!」
「いちいちケチつけてんじゃねえッ!!テメェのガキ想像妊娠したろかコラァ!!」
「なっ?!?!?!?!そそそ、それだけはやめてく……」
「あ、今おなか蹴った//////」
「いやああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」
光を失った目で、力なく倒れ横たわったワルドは、
虚ろに中空を眺めながら、自分の感情が死んでゆくのを感じた。
「ヒッヒッフー、ヒッヒッフー」
テファは慈愛に満ちた表情で、お腹を優しくさすった。
その尻から、先ほどの空気が放出される。
屁にあてられた木々が、熱せられたカツオ節のようにひしゃげ朽ちてゆく。
「……さてっと。サイト、ルイズ。そいつ押さえつけて」
普段は奇人なだけのテファが初めてみせる、冷徹な意思。
怪人ティファニア・ウェストウッドが初めて見せる、人並の怒気。
それは、常人がまれに見せる狂気よりも、はるかに狂犬的なしろものだった。
言うなれば、ショート回路は思考寸前。
「押さえつけたら、今度は足広げさせて」
命じられた二人の動きは、迅速だった。
ルイズがワルドの両肩を地に押し付け、サイトはさらにその背後からワルドの両足を抱え上げる。
「こ……これ以上……なにをする気だ……?」
俗に言うチングリ返しの体勢を取らされたワルドの顔に、ポタポタと滴るものがあった。
ルイズの涙だった。
「ごめんなさい、ワルド……。あなたに憧れていたわ。いいえ、恋だったのかもしれない。でも、ごめんなさい……」
「さらばだワルド。お前も確かに強敵(とも)だった……」
サイトも、過去形で漢泣きしている。
状況は、ワルドに最悪の事態を宣告していた。
彼は、自分の何が危機に瀕しているのかを察し、次の瞬間、それは確信に変わった。
テファはフンドシに手を差し入れ、ボロリと、とんでもないものを取り出した。
それを見たワルドの顔が蒼白に染まった。
「大丈夫、ちょっとだけだから。根元までだから」
嗜虐的に微笑みながら、テファがしずしずと歩を進める。
間違いない――――
このエルフは一線を越える気だ――――
テファの手の中でにぶく黒光りする狂気を見て、ワルドは確信した。
それは、まごうことなきペンチであった。
スイッチで切り替えたかのように、ワルドの全プライドが消滅した。
「お、おやめくださいませ!!さっきまでのは間違えでございます!!あやまります!!尊敬しています!!
私はエルフを尊敬しているのです!!皆からは『ワルドのエルフ好きは筋金入りだな』なんて言われちゃっててアハハハハ!!
いえ、これは冗談ではなく本当でして!!だからなんでも話します!!エルフ様の家来になりたいでヤンス!!」
言葉とは裏腹に、ワルドは怒気とも恐怖ともつかぬ激情で、己の拘束を解こうと暴れ狂った。
しかし、鍛え上げられたサイトとルイズの膂力はセメントのように屈強で、圧倒的な無慈悲だった。
「助けてくれルイズ!!愛しているんだ!!僕は君をずっと愛していたんだ!!本当さ!!誤解があったなら謝るよ!!
ああ、君が子供の頃のことを覚えているかい?!そうそう、ボートでのこととかもね!!あの時は本当に心配したなぁ!!」
「そう言えばワルド……、昔私にへんなあだ名つけてたわよね……」
「へ?」
「子供だから分からないと思ってたみたいだけど、私色々あって、物心つくの早かったのよ」
「き、記憶違いじゃないかな……」
「ボートの上で震える私の頭を見て、ピンクローターって呼んでたでしょ」
「誰かぁあああああ!!火事でぇえええええええええええええす!!誰か居ませ、んっがっちゅっちゅ?!」
騒ぐ閃光の口に、ギャグボールが詰めこまれる。
そして、ワルドは見上げた。無防備に開かれた彼の股先すぐの所でひざまずき、カチカチとペンチを鳴らすエルフの美少女を。
その単調で味気ない金属音は、ワルドがこれまで耳にした何よりも戦慄的だった。
全ての抵抗を奪われたまま、涙と絶望とが、視界を霞ませてゆく。
「ひぃ……ひぃぃいぃぃぃ……」
閃光は顔をくしゃくしゃに歪め、身をよじり震わせながら、最後まで嗚咽を漏らし続けた。
「うーん、今更言ってもしょうがないけど、
やっぱり『アレ』はやりすぎじゃないかしら?『なんでも話す』って言ってたじゃない」
「あう……」
テファも少しは反省しているらしく、いくらか落ち込んでいるように見えた。
「……まあいいわ。済んだことはしょうがないわよね」
ワルドはそう言いながら、諦めたように、コケティッシュなため息をついた。
ルイズとサイトは少し離れた所で、ベアトリスの看病をしている。
「さ、約束だものね。なんでも話すわ」
文字通り命(タマ)を取られたワルドはもはや、全ての闘争心を失っていた。
極度の恐怖からストックホルム症候群を発症し、テファに友情すら感じている。
~~~~~~~~~~ケンカ魔法『タマつぶし』について~~~~~~~~~~~~~~
実践魔法の世界において、金的は人中、眼球と並ぶ最大の急所であり、
『急所を狙うのは卑怯』などという論は通らない。
殊に『決闘上等』を掲げる貴族塾では、
戦闘にまつわる全ての技術体系が、必ずタマつぶしを前提としているという(最低)。
言うまでもないが、本当に使う者はまずいない。
・アカデミーレポート『マチャヒコはなぜリキドゥージャンを殺さなかったのか?』より
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ワルドの口から話された内容は、
やはりサイトの知る歴史と大きく異なるものだった。
ガリアが明日、アルビオンに総攻撃をしかける――――
この時点でガリアが表だって動くということは、サイトに二つの可能性を示唆していた。
一つは、己の死期。
そしてもう一つは、ルイズに迫る危機だ。
「大変なことになったわね」
そう呟いてうつむくルイズの背中を眺め、サイトは自分の意思を確認した。
その手刀が、ルイズの首筋を打つ。ルイズは悲鳴をあげることもなくその場に倒れた。
「延髄破暢掌(えんずいはちょうしょう)。これでしばらく意識は戻らん」
テファは突然の出来事に目を見開いた。
「な、なにをするのサイト?!」
「おれはアルビオンに行く。ガリアとは遅かれ早かれ、決着をつけねばならん」
唐突な宣言だった。
テファは、サイトを止めたいと思った。
なんでサイトがそんなことをしなければならないのかも分からなかった。
しかし、危険だからと止められる相手ではない。
ルイズを眠らせたのも、自分についてこさせないためなのだろう。
テファは、その細い腕でサイトを抱きしめた。
「……分かったわ。でも気をつけてね、サイト。ケツの穴しめてかかるのよ」
「俺のことは心配無用だ。ルイズとベアトリスを頼んだぞ」
「うん、任せて。とりあえず、ベアトリスさんのしびれ薬を吸いださなきゃね」
サイトにそう答えると、テファは、よだれをたらしながらベアトリスに向き直った。
ベアトリスは、地に腰を落としたまま後ずさった。
「だだだ、大丈夫ですから!!腰抜かしてるだけですから!!」
「安心して、ベアトリスさん。こんなこともあろうかと私、いつも一人でクンニの練習してるの」
「どっ、どれだけ救いようがなければ気がすむんですかテファ先輩は!!」
「と、ともだちだから。ただのリッチなあいさつだから」
「デカっっっっっっっっっっ!!」
「いただきマンモス」
「おあずけ!!おあずけ!!おあず……、助けてええええええええええええええ!!」
ベアトリスの悲鳴を無視し、その場を去ろうとするサイト。
と、その時、彼は奇妙な光景を眼にした。
テファが食べ残したバジリス子に、どこからか現れた別のバジリスクが、
尊いものを慈しむかのように巻きついている。
それは誰にも知られざる、路傍の奇跡だった。
果たして二匹はエルフの胃の中で、永遠に結ばれたのだった。
~~~テファの日記~~~
宇宙のことを考えながら学校をフラフラしてたら、
ルイズを抱きかかえて走っていく人影を見つけました。
大変だって思いました。
追いかけなきゃって。
だから厩舎のほうに急ぎました。
そして貴族塾随一の俊馬を見つけた所で、私は、見過ごしがたい異変に気ずいたんです。
いつもお馬さんの世話をしているシエスタが、そこに倒れているじゃないですか。
こんな時、皆さんならどうしますか?
急がなければいけない。
お馬さんに乗って行けばきっと追いつける。
でも、シエスタが倒れている。皆さんならどうしますか?私ならレイプします。
だって普通に考えてください。
人気のない場所で、エルフと馬。こりゃ異種姦っきゃないでしょう?見張りも倒れてますし。
とまあ、こんなこと書いてたら、ちょっとエッチな子に見えますよね。
でも、違うんですよ。私は経験的に知っているだけなのですよ。
こういうエッチな子のフリをしてたら、なんだかんだで皆が私を面白がってくれるということを。
それに馬を前にして私は、虚無的な使命感を感じてもいたのです。
そのせいでしょうか、産まれた時からこの胸に刻まれている謎のルーン(世間では俗にビーチクと呼ぶそうです)から、
何か途方もない力があふれ出すのを体感しました。気持ちよかったです。奇跡を感じる程度には。
嗚呼、運命はこの勃起したビーチクで、私に何をさせようというのでしょうか?印鑑登録でしょうか?
そんな無限の可能性を模索しようとズボンを下ろした所、馬は言いました。
「ヒヒーーン!!」
いやはや、これにはアタシもドン引きですよ。
まさかヘンタイ馬だったなんて。
ひょっとしたらその馬は、私の秘密を知っていたのでしょうか。
私が3年前にウンコをもらしたことを、知っていたのでしょうか。
私が半年前にそのウンコを拭いたことを、知っていたのでしょうか。
私は、カマをかけてみました。
「♪うんこうんこ(イェイイェイ)うんこうんこ(フゥッワフゥッワ)」
「ヒヒーーン!!」
ほらね。典型的な、ウンコと現実の区別がついていないタイプですよ。
馬は、ドンブリのゲロに沸いたカビを見るような目で私を見ていました。
萎えに萎えていると(世間では俗に賢者タイムと呼ぶそうです)、
おやおや、ベアトリスさんとサイトさんが走ってくるじゃありませんか。
私は職業病的に、モンモランシーさんからもらった透明薬を飲みました。
するうちに二人は颯爽と馬にまたがりました。
私も、馬のケツにしがみつきました。
ベアトリスさんの見ている前で馬をレイプすれば、それはさぞかし……。と思ったからです。
ハイ、実は私もヘンタイなんですよデヘヘ。
……いえ、日記に照れ隠し書いてもしょうがありませんね。
私には、二人を追わないといけない理由があったんです。
二人は、私を変えてくれた恩人なんです。
えっと、どこから書けばいいかな。
そうそう、カニにジャンケンで負けない方法って知ってます?
答えは簡単。それはカニとジャンケンしないことです。
勝負しなければ、絶対に負けないんです。
だから、カニとは絶対にジャンケンしない――――
それが、昔の私でした。
でも、サイトさんと出会って考えを改めたんです。
私はカニとジャンケンする勇気を手に入れ、そして気づいたんです。
一番恥ずかしいのはジャンケンの勝敗ではなく、お尻を拭かないことだって。
でもそのうち、そういう恥ずかしさにも慣れて、しかもカニジャンケンプレイにも飽きちゃって(全然勝てないし)、
さて、もっと恥ズカシ気持ちイイことはないかなーと、そう考えていた時に出会ったのがベアトリスさんでした。
なんて書くとまた、エッチな子のフリをしようとしているな、とか思われるかもしれません。
なめんじゃねえ、って思いますよ。ファッション感覚でエッチな子やってる奴らと一緒にしないでください。
いいですか、エッチな子とかヘンタイとかロリコンとか留年とか就職浪人とかコミュ障とか、
そういうのは流行でやるもんじゃないんですよ。
『普通の子』のフリができないから、『アレな子のフリをしている』というフリをしてダメージを減らすしかないんですよ。
社会からつまはじきにされた人たちが、蚊のスネほどの安寧の場を求めて、そしてようやく辿り着いた泥のオアシスなんですよ。
レジスタンスゴッコで「こんなに可愛いのに実はアタシ……」みたいなスパイスにしてんじゃねえよこのブタゲルゲどもが!!
そんな激情に身を任せていると、
あらゆる欲求不満が、怒りという名の可能性にすがりつきました。
私の全てが、漆黒の破壊衝動にうなづきました。
破壊衝動は私の中で、巨大な怪物に生まれ変わりました。
それは、八つの頭を持つ化け物でした。
頭の一つは私と同じ顔で、でも目はほおずきのように赤く輝いていました。
残る七つの頭は、亀でした。亀と言っても、それはクサガメやミドリガメのような可愛いものではなく、悪臭を放つチンコでした。
腐臭を漂わせ、おのおのが神を呪う言葉を口にし、肩から生えたものなどは、まるでガンキャノンのようです。
それはいかにも、醜い世界を食らいつくすために生まれた、最凶のちんこでした。
汚れきった大人の世界をこよなく憎む、逆襲のチンコでした。つまり、真正ペド野朗だったのです。口癖は「死にたい」でした。
そんなペドチンコたちにとって、中年が群れなし騒ぐ花見の席など、もはや拷問でしかありません。
周りで酔っ払い、暴君のようにはしゃぐ他のチンコたちが憎くて仕方ありません。
だからその日が訪れるまで、7つのチンコはそれぞれの頭を地につけて祈るのです。
『どうか当日は雨になりますように』と。
でもこれまでに、それで雨がふったためしはありません。
悔しくて、悔しくて、でもどうにもできなくて、そしてとうとう願ってしまったのです。
こんな世界、私はいらない――――
するとどうでしょう。
今までどれだけ願っても叶わなかった雨が降ったではありませんか。
窓を流れ落ちる雨粒を指でなぞると、優しい冷気が肌に伝わってきました。
私は濡れるのもかまわず外へ飛び出し、大きな声で「ありがとう!!」と叫び、そのまま街へ行ってオナホールを万引きし、逮捕されました。
そして次に私がティファニアとしての自我を取り戻した時、ハルケギニアというデバイスは消滅しており、
そのあらゆる痕跡現象は全て、双月を周回する二輪の円盤として発現しておりました。
闇の中に心は私だけで、だからあらゆる闇が私の心で、こうして私は宇宙と合一化したのです。
実存と無は表裏ではなく、無をむしばむ病魔こそが実存だったのです。
みたいな夢幻時空から帰還すると、ヒゲがフィバってたので玉ぬいておきました。
宇宙って怖いなと思いました。テファ汁ブシャアアアアアアアア!!