ミスタ・コルベールは学院長室の扉の前に立っていた。先日行われた春の使い魔召喚で現れた、ガンダールヴについて報告するためだ。
「学院長!入ります!」
そう言ってコルベールは入室する。
部屋には、このトリステイン魔法学院の学院長であるオールド・オスマンと、その秘書であるミス・ロングビルがいた。
「何事かね、ミスタ・コルベール」
椅子に座り、水ギセルをふかしながらオールド・オスマンが答える。
「昨日行った春の使い魔召喚ですが、そこで大変なことが起こりまして……」
口早にコルベールが説明を始める。
「大変なことなどあるものか、全ては小事じゃ」
「ミス・タバサが、ガンダールヴを召喚しました」
ガンダールヴ、の単語が出た瞬間、オスマンの目の色が変わる。
「……ミス・ロングビル、席を外してくれたまえ」
「かしこまりました」
オスマンの指示に従い、ロングビルが席を立ち部屋を出ていく。
二人は扉を見つめ、話の聞こえない距離まで、ロングビルが離れるのを待った。
彼女の足音が遠くへ離れたのを確認すると、二人は向き直る。
「詳しく聞こうか。ミスタ・コルベール」
☆☆☆
「しかし驚いたな、タバサは魔法が使えなかったのか」
「……そう」
壊れた教壇を片付けながら才人はタバサに話しかける。
あの後、タバサはシュヴルーズから部屋を片付けるように言われて、才人はそれを手伝っていた。
「だとすると妙だな。それならどうやって俺たちを召喚した?」
疑問に思ったカイムが尋ねる。
「……『サモン・サーヴァント』は成功した。他のコモン・マジックや系統魔法だと失敗する」
「で、こうなる、か」
「そう」
才人は周りの惨状を見渡し、タバサは頷いた。
「でも普通、魔法に失敗すると、何も起こらないだけで爆発まではしないわ。タバサのそれは特別なのよ」
「そうね、戦闘に使えばそこら辺のドットよりは強そうよね」
すると、二人の会話に割り込む者たちがいた。
「タバサ、手伝いに来たわよ」
「次のミスタ・ギトーの授業退屈だったしね」
ルイズとキュルケだ。
どうやら授業を抜け出してきたようだ。
「……別にいい」
タバサが断るも、ルイズとキュルケは、いいからいいからと気にしない。キュルケの方は明らかに授業をサボる口実のためのようだが。
「えーっと、あんたたち、誰?」
いきなり現れた美少女二人に、才人は若干ドギマギしながら訪ねる。
「あら、自己紹介がまだだったわね。わたしはルイズ。ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。タバサの友達よ、よろしく、タバサの使い魔さん」
「私はキュルケ。キュルケ・アウグスタ・フレデリカ・フォン・アンハルツ・ツェルプストー。私は付添いってとこね。それにしてもあなた、本当に人間なのねえ」
二人の名前の長さに才人は驚き、聞いた傍から忘れそうになるが、何とか名前だけは覚える。
「ルイズとキュルケだな。こっちこそよろしく。俺は平賀才人。平賀が名字で、才人が名前だ」
そして自分も自己紹介をする。
「ヒラガ・サイトね。こっちだとサイト・ヒラガになるのかしら?ずいぶん珍しい名前ね」
「ホントホント。あら、名字があるってことはあなたも貴族なの?」
キュルケが疑問に思い、尋ねる。
「いや、俺の地元じゃあ平民にも名字があるんだ。つっても、貴族自体ずいぶん前に居なくなっちまったけどな」
才人の答えにルイズとキュルケは目を丸くする。
「貴族がいないの!?じゃあ魔法はだれが使ってるのよ」
ルイズの問いに才人は首をかしげながら答える。
「えーっと、俺の地元には魔法というか科学というか、なんて言ったらいいのかな」
「いい加減手を動かせ、間抜け」
ぼろが出そうになる才人に、カイムが助け舟を出す。
「!?今しゃべったの誰?」
「サイトの胸のあたりから聞こえたわよ!」
驚くルイズとキュルケ。二人に、そういやまだこいつを紹介してなかったと才人は話題を変えるために、二人に胸のバッジを示し、紹介を始める。
「こいつはカイムっていう俺の相棒だ。こっちじゃインテリなんとかって言うらしいな。口は悪いけどいい奴なんだ」
「一言余計だ間抜け」
普段なかなか目にすることのないインテリジェンスアイテムに、二人は興味を惹かれる。
「へー、ホントにしゃべるのねえ」
「一説では水の魔法かエルフの魔法がかかってるって聞いたわ。本当なのかしら?」
そう言ってきゃいきゃい騒ぐ。
「……邪魔するなら帰って」
騒ぐ三人を尻目にポツリとタバサが呟いた。
もうすぐ昼食の時間になろうとしていた。
★★★
「それじゃあまた後でな」
あの後、しびれを切らしたタバサに杖で殴られた才人は、速攻で片付けを終わらせた。
その後、三人と食堂前まで移動し、入り口で別れ、厨房へと向かったのだった。
「いやー、それにしても賑やかだったな」
「ふん。同じように騒いでたくせにどの口が言いやがる」
「仕方ねーじゃねーか。タバサは普段無口だし、あんなかわいい娘と話せることってそうそうないし」
「みっともなく鼻の下伸ばしやがって、情けねえ野郎だぜまったく」
「そう怒るなって、っと、ようシエスタ」
「サイトさん!」
才人は厨房に着くと、中にいた一人のメイドに挨拶をする。
厨房の中では、生徒たちの昼食を用意するため、大勢のメイドたちがあわただしく動き回っていた。
才人が声を掛けたメイドはシエスタといって、朝、食事をもらいに来た才人に、賄いをくれた少女であった。才人は黒髪にアジア系の顔立ちをしたこの少女に親近感を覚え、積極的に話しかけ、打ち解けたのであった。
シエスタもまた、メイジの使い魔という珍しい境遇に置かれながら、気さくに接してくる才人に好印象を持っていた。
「ちょっと待っててくださいね」
そう言ってシエスタは小走りで厨房の奥へと向かうと、お皿を抱えて戻ってきた。中には温かいシチューが入っていた。
「お昼の賄いはシチューです。お口に合うといいんですけど」
「朝の賄いもおいしかったし、大丈夫だよ。ありがとうシエスタ」
礼を言う才人にシエスタは微笑む。
「よかった。ゆっくり食べてくださいね」
そう言って自分の仕事へと戻っていった。
「いやあ、いいなあ」
「また鼻の下が伸びてるぞ。間抜け」
デレデレと相好を崩す才人を見て、カイムはため息をついた。
「それにしてもみんな忙しそうだな」
才人は周りを見渡し呟く。
「ふん。そう思うなら手伝いでもしてやったらどうだ、無駄飯食らい」
「それもそうだな、なんか手伝うか」
カイムの提案に才人は賛成する。そして、シエスタを捕まえ何か手伝えることはないか聞くのだった。
「それでしたら、貴族の皆様にお出しする、デザートを運ぶのを手伝ってくださいな」
「わかった」
シエスタはそう言うと、デザートの乗ったトレイを才人に渡し、才人もそれを受け取り、了承した。
★★★
大きなトレイに、デザートのケーキが並んでいる。才人がそのトレイを持ち、シエスタがはさみでケーキをつかみ、貴族たちに配っていく。
すると食堂の一角に人だかりがあるのが目に入る。
金色の髪に、フリルの付いたシャツを着た気障なメイジがいて、その少年を囲むように彼の友人たちが立っており、口々に囃し立てている。
「おい、ギーシュ!お前今誰と付き合ってるんだよ!」
「誰が恋人なんだ?ギーシュ!」
気障なメイジはギーシュというらしい。彼は気取ったしぐさで髪をかき上げ、胸元にさしてあった薔薇を抜き、もったいぶった調子で言う。
「付き合う?僕にそのような特定の女性はいないのだ。薔薇は多くの人を楽しませるために咲くのだからね」
とんだナルシストっぷりである。見ているこちらまで恥ずかしくなる、と才人は目をそらした。
その時視界の端に、ギーシュのポケットからガラスの小瓶が落ちるのが見えた。そのまま瓶は転がって、才人の足に当たって止まる。
仕方ない、といった面持ちで才人はそれを拾い上げ、ギーシュに声をかける。
「おい、あんた、ポケットからなんか落ちたぞ」
しかしギーシュは振り向かない。
聞こえなかったか、と才人はギーシュに近づき小瓶をテーブルの上に置いた。
「落し物だよ、色男」
するとギーシュは苦々しげに才人を見つめると、その小瓶を押しやった。
「これは僕のじゃない。君は何を言っているんだね?」
しかし、それに気づいたギーシュの友人たちが、大声で騒ぎ始めた。
「おお?その香水は、もしや、モンモランシーの香水じゃないのか?」
「そうだ!その鮮やかな紫色の香水は、モンモランシーが自分の為に調合している香水だぞ!」
「つまり君が今、それを持っているってことは、君はモンモランシーと付き合っているんだな!」
「違う。いいかい?彼女の名誉のために言っておくが……」
ギーシュが何か言いかけたとき、後ろのテーブルに座っていた茶色のマントを羽織った少女が立ち上がり、ギーシュのそばに歩いてきた。
栗色の髪をした、かわいい少女だった。少女はギーシュのそばに立つと、ボロボロと泣き始めた。
「ギーシュ様、やはりモンモランシー様と……」
「彼らは誤解をしてるんだ。ケティ、いいかい?……」
ギーシュは言い訳を始めた。どうやらギーシュは、このケティという少女と先程の香水の持ち主であるモンモランシー、二人と二股していたようだ。才人は付き合ってられないとため息をつき、その場を離れた。
「大丈夫ですか?」
シエスタは、戻ってきた才人に心配そうに尋ねる。
「平気平気、浮気してたあいつが悪いよ」
「ふん。いい様だな」
才人が答え、カイムは、ケティにはり倒され、モンモランシーに香水を掛けられ振られたギーシュを見てせせら笑った。
「さ、とっとと残りも配っちまおうぜ」
「待ちたまえ!」
シエスタを促し、残りの配膳を行おうとする才人を、ギーシュが呼び止める。
そのままツカツカと才人の方まで近づいてくる。途端に強くなる香水の匂いに才人は顔を顰める。
「なんだよ」
「君のせいで二人のレディの名誉が傷ついた。どうしてくれるんだね?」
「二股かけてるお前が悪い」
ギーシュの抗議に才人は呆れた声で返す。
その返しにギーシュの友人たちは、たまらないといった風に笑いだす。
「その通りだギーシュ!お前が悪い!」
周りの爆笑にギーシュは顔を赤らめる。
「いいかい?給仕君。僕は君がテーブルに小瓶を置いたとき、知らない振りをした。話を合わせるぐらいの機転があってもいいだろう?」
「知らねーよ。二股なんてすぐバレるっつの。それと、俺は給仕じゃない」
「ふん……。ああ、君は……」
ギーシュは、馬鹿にしたように鼻を鳴らした。
「確か、あのゼロのタバサが呼び出した、平民だったな。平民に貴族の機転を期待した僕が間違っていた。行きたまえ」
才人はカチンときたが、我慢した。タバサに目立つなと言われているためだ。それに、フレイムヘイズである才人にとって、いくらギーシュがメイジであるといってもただの人間だ。
そんな人間相手にムキになるほど、才人は短気ではなかった。
そうかい、とつぶやき踵を返そうとした才人であったが、そのとき胸元から声が上がる。
「うるせえ気障野郎。一生薔薇でもしゃぶってろ」
カイムだ。
「な」
「ほう」
才人は思わず声を上げ、ギーシュの目が光る。
「どうやら、君は貴族に対する礼儀を知らないようだな」
「貴族?爵位も持たない親の威を借るだけの小物がずいぶん偉そうじゃねえか」
「……僕だけじゃなく、僕の家まで馬鹿にする気かい?」
「腹話術だよ」
変わらずギーシュを煽るカイムに、ギーシュはこめかみをひくつかせながら答える。才人は制止の掌を前に出す。
「事実を言われて怒ったか?お前に名誉があるならかかってこいよ。そんな根性もなさそうだがな、アンサロ」
「今の腹話術はなし」
ひどい台詞だ、と『達意の言』を使った才人は即座に否定する。
「いいだろう。君に礼儀を教えてやろう。躾のできない君の主に代わってね。それとも新しい使い魔を呼べるようにしてやった方がいいかな」
やれやれ、と才人はため息をつき、返事をした。
「わかったよ」
才人の返事を聞くと、ギーシュは身をひるがえした。
「どこ行くんだ?」
「ヴェストリの広場で待っている。ケーキを配り終えたら、来たまえ」
そう言って食堂を出ていく。後からギーシュの友人たちが、わくわくとした顔で付いて行く。
一人はテーブルに残り、才人が逃げないように見張った。
シエスタはがたがたと震えながら、才人を見つめている。
「あ、あなた殺されちゃう……。貴族を本気で怒らせるなんて……」
シエスタは、脱兎のごとく逃げ出してしまった。
「あーあ、逃げちゃった。どうすんだよお前のせいだぞ」
「……俺は気障野郎が嫌いなんだ」
「完全に私怨じゃねえか!」
「あんな小物、軽くひねってやれ」
「目立っちゃダメって言われただろうが!どうすんだよ、ここじゃ『封絶』も使えないんだぞ!」
そうである。この世界では『封絶』が使えないのであった。
発覚したのは昨夜、二人で話し合っている時であった。疑問のきっかけは才人がタバサにキスされた時のことである。
確かに急のことではあったが、才人とて経験を積んだフレイムヘイズ。そう易々と後れをとるはずがなかった。しかし、今回に限って何百回と繰り返した『封絶』に失敗した。正確には発動しなかった。
このことについて昨夜二人は議論を重ねたのだ。そして結論として、「ここが異世界であるから」という答えに行きついた。
元々『封絶』は“探耽求究”ダンタリオンが生み出した、内部の因果を世界の流れから切り離し、外部から隔離、隠蔽する因果孤立空間を作り上げるという、複雑で非効率的で不完全な自在式である。それを“螺旋の風琴”リャナンシーが改良し、誰でも扱える簡単な自在法へと昇華させたのだ。
この自在法は、向こうの世界に合わせて作られた自在法であり、因果や世界の流れは向こうの世界の法則に従っている。
しかし、ここハルケギニアは向こうの世界とは似ているようで違う。魔法があり、幻獣が生き、月が二つ空に浮かぶこの世界は、因果も、世界の流れも違うのだ。それ故に『封絶』はこの世界では発動できないのであった。
確かに自在式の世界に干渉する部分を変えれば発動も可能だろうが、元々がダンタリオンの生み出した複雑で非効率的で不完全な自在式だ。自在師ではない才人とカイムでは不可能に近かった。
言い合う二人に近づく影があった。
「……何をしてるの」
タバサだ。
「あーっと、タバサ」
「目立ってはダメと言った」
「わかってるよ。だけどカイムの奴が」
「ふん」
タバサに叱られ、二人は言葉を濁す。
「今から謝りに行こうか」
「おそらく無駄。とても怒っていた」
「だーよなあ。仕方ない、さっさと片付けるか」
「くれぐれも目立たないように」
「わかってる。適当にあしらってくるさ」
「気を付けて」
「はいよ」
そう言うと才人は食堂を出て行った。
「ところでヴェストリの広場ってどこだ」
★★★
ヴェストリの広場は今、噂を聞きつけた生徒たちで溢れ返っていた。
「諸君!決闘だ!」
ギーシュが薔薇の造花を掲げ吼える。
「相手はタバサの使い魔だ!あろうことか彼は僕と僕の家の名誉を侮辱した!ここで引いては貴族の名が廃る!」
そうだそうだ!と野次が飛ぶ。才人はうんざりしていた。
「なんだか大変なことになっちゃってるわね」
そんな才人にルイズが声をかけてきた。
「ルイズ」
「あなた無茶するわねえ、ギーシュはドットクラスのメイジだけど、実家であるグラモン家は軍人の家系よ?あいつも訓練位は受けてるわよ。丸腰じゃあなた死んじゃうわよ?」
「あー、多分そこらへんは大丈夫だ。俺は強いからな」
「ずいぶんな自信ねえ、見たところそんなに鍛えてるようには見えないけど」
「ほっといてくれ」
「まあいいわ」
そう言うとルイズは杖を振るった。
瞬く間に、何もないところから剣が現れた。
「うおっ、なんだこれ」
「見てのとおり剣よ。『錬金』で作ったの」
「すげーな。こんなことも出来るんだな」
「貴族に挑むんですもの、武器ぐらいは持ってなさいな」
「ありがとう、素手でやるよか目立たずに済みそうだ」
「?、まあがんばってね」
ルイズがそう応援すると、遠くで演説を行っていたギーシュがこちらに振り向いた。
「ルイズ!君は何をしているんだい?まさか、その平民の肩を持つつもりじゃないだろうね!」
「まさか、ただ、貴族が丸腰の平民を痛めつけようとするのが見てられないだけよ。私たちには魔法があるんですもの、だったら剣の一本ぐらい与えないと貴族の名誉に傷がつくわ」
「ふむ、それもそうだな。平民!その剣を取れ!それを開始の合図としよう!」
「平民平民うるせえな、言われなくてもそうするよ」
そう言うと才人は剣を取る。その瞬間、左手のルーンが輝き、"存在の力"も込めていないのに体に力が漲り、感覚が研ぎ澄まされる。
「ッ!?これは」
「妙だな」
才人とカイムは驚きを口にする。
「――!―――ッ!」
遠くでギーシュが西洋甲冑を従え、何か喚いているようであるが、気にならなかった。それよりも今身に起きてる異変の方が重要だった。
(これも魔法なのかな)
(左手のルーンとやらが光ってやがる。おそらくこれがそのルーンの力なんだろうぜ)
(すげえな、並のフレイムヘイズ位ないかこの力)
(ああ、それに奴を見ろ。あの甲冑、まるで"燐子"のようだ)
(ドットメイジって確か一番下のクラスだよな、確か)
(ふん。弱い徒ぐらいなら倒せそうだ)
(ほんと凄いな魔法って)
そうしていると、痺れを切らせたのか、ギーシュが甲冑を突撃させてくる。
「行けっ!『ワルキューレ』!あの平民に力の差を見せつけろ!」
才人に向かって突進してくる甲冑は、傍から見たら熟練の傭兵もかくやという身のこなしで近づいていくが、フレイムヘイズである才人には隙だらけに見え、ましてガンダールヴの力が発動している今は、あくびが出そうなほどゆっくりに感じられた。
「よっ、と」
才人はとりあえず脇に退き、突進を躱す。
「ほいっ、と」
そしてすれ違いざま逆袈裟で『ワルキューレ』を真っ二つにする。
「やるじゃねえか」
「ま、暇つぶし程度だな」
才人とカイムがふざける。
「な、な、な……」
一方、ギーシュと周りのギャラリーは静まり返っていた。
ただの平民だと思っていた才人が、すさまじい剣技でワルキューレを真っ二つにしたからだ。
「くっ、僕の『ワルキューレ』を一体倒したからといって、いい気にならないことだ!」
そう言うとギーシュは薔薇の造花を振った。花弁が落ち、地面につくと、そこから六体の甲冑のゴーレムが現れる。
「全部で七体のゴーレム、『ワルキューレ』が僕の手駒だ!行けっ」
ギーシュの号令に合わせ、六体の『ワルキューレ』が才人に向かって突進し、その周りを囲む。
「全部で~とか、わざわざ手の内さらさなくていいのによ」
「やはりただの小物か」
そう言いながら才人はギーシュに向かって歩いていく。
ガクン、と歩いていた才人の足が止まる。何事かと思って足元を見ると、地面から生えた手が才人の足をつかんで動きを止めていた。
「『アース・ハンド』だ。『ワルキューレ』を全部出したのは、君の気をそらすためさ!」
「いや、これは一杯喰わされた」
「なんだ意外と頭が回るじゃねえか」
ギーシュの勝ち誇ったような解説に、才人とカイムは賞賛を送る。
「今更謝っても遅いぞ。かかれ!『ワルキューレ』!」
号令と共に、一斉にワルキューレたちが才人に飛び掛かる。
「だけど詰めが甘いな」
「まったくな」
しかし才人は、気にも留めないといった風に、無造作に足を引き抜く。そしてそのまま『ワルキューレ』たちを横薙ぎで撫で斬りにしていく。
あっという間に、六体の『ワルキューレ』たちはただの金属塊となった。
「やるじゃねえか」
「ま、暇つぶし程度だな」
またも才人とカイムはふざける。
そのまま才人はギーシュへと歩み寄り、剣を弄びながら聞く。
「まだやるか?」
「ま、まいった。降参だ」
そう言うとギーシュは腰を抜かし、地面に尻もちをついた。
「おう、こっちも悪かったな、こいつ口が悪くてよ」
そう言って、カイムを指ではじきながら才人はギーシュに手を差し伸べた。
☆☆☆
学院長室で、オールド・オスマンとミスタ・コルベールはその様子を魔法の鏡で見ていた。
あの後、騒ぎを聞きつけた教師から報告を受けたミス・ロングビルにより決闘騒ぎは二人の知るところとなっていた。
「勝ってしまいましたな」
「うむ」
「どうしますか、王宮に報告いたしましょうか」
「いや、その必要はない」
「なぜ?」
「ミス・ヴァリエールが騒ぎを見ておる。いずれ彼女から、直接『ゼロ機関』に報告が行くじゃろう」
「ぜ、『ゼロ機関』……」
王室直属の秘密機関である。権限は『アカデミー』を超え、所属するメイジたちはいずれも腕利きばかりだ。
ルイズやオスマンもそこに所属していると聞いていた。国内における『虚無』に関する情報全てを収集し統制しているらしい。
裏の実験部隊に所属していたコルベール自身さえも詳しくは知らぬ組織であった。もっとも、『ゼロ機関』の発足が彼が実験部隊を抜けてからというのを知らないからであるが。
「しかし」
重々しい口調でオスマンが口を開く。
「これでトリステインに一つ、ロマリアに一つ、そしてガリアに一つの『虚無』が発現したわけじゃ」
そう言うとオスマンは窓際まで歩み寄り、空を見上げる。
「波乱の、予感がするのう」
オスマンの苦悩をよそに、外は晴れ渡り、春の空色の空が広がっていた。