「どういう意味?ヴァリエール」
腰に手を当て、キュルケがルイズを睨みつける。ルイズも負けじと睨み返す。
「どうって、そのままの意味よ。このデルフリンガーをサイトにあげるって言ってるの」
ここはタバサの部屋。才人とタバサがトリスタニアから帰ってきて、部屋でくつろいでいると、ルイズとキュルケが部屋に押しかけてきた。
何事かと才人が尋ねると、キュルケは豪奢な大剣を取り出し、それを才人にくれると言うのだ。
才人が驚いていると、今度はルイズが近寄ってきて、あのしゃべる剣をあげると言い出した。
それを聞いたキュルケが抗議の声を上げ、二人は今、睨み合っている。
才人はめまぐるしい展開について行けず、二人のやり取りを眺めることしかできない。カイムも呆れてものも言えず、部屋の主であるタバサは、我関せずとベッドで本を読んでいる。今この部屋で騒いでいるのは、ルイズとキュルケの二人だけだ。ちなみに、ルイズの持ってきたデルフリンガーは、壁に立てられかけていじけている。
「なんでえなんでえ、オレを買ったのは嬢ちゃんなのによ、すーぐ他の男にやるなんて、オレに興味があるっていうのはウソだったのかよ。オレ悲しい」
「そうよルイズ。あなたこの剣に興味があるから買ったんじゃなかったの?それなのに、いきなりダーリンにプレゼントして気を引こうなんて、あなたちょっと姑息じゃない?」
キュルケがデルフリンガーの言葉に同意し、ルイズを非難する。
「そんなんじゃないってば、ただ、この剣は、わたしよりサイトが持ってた方がいいと思ったのよ」
「それが気を引こうとしてるって言うんでしょ。正々堂々と出来ないから、そういう姑息な手段に走るのよ」
「だからそんなんじゃないって言ってるでしょ!大体、プレゼントで気を引こうとしてるのはあんたじゃない!自分が姑息な真似してるって自覚があるから、他人もそうだと思うのよ!」
「なんですって!陰湿なトリステイン人のくせに、言ってくれるじゃない!」
「ゲルマニアの野蛮人には言われたくないわよ!なんでもかんでも色恋に繋げて!年中サカってるからそんなことしか思いつかないのよ!」
「なによ!」
「やる気!?」
「おいおい、二人共、落ち着けよ」
険悪になった二人の間に、才人が割って入る。
「「サイト(ダーリン)は黙ってて!!」」
しかし二人に締め出しを喰らう。
「「決闘よ!」」
そう言って二人は部屋から出ていった。
「何なんだ一体……」
「ふん。付き合いきれねえな」
「……修羅場」
取り残された才人たちは呆然と見送る。
「どうでもいいけどよ、オレっち忘れられてねーか?」
壁に立てかけられたデルフリンガーのぼやきが、虚しく響いた。
★★★
ヴェストリの広場。先日、才人とギーシュが決闘した広場に、ルイズとキュルケの二人は居た。
お互い距離をとって睨み合い、杖を構えている。
「降参するなら今のうちよ?ヴァリエール」
「冗談でしょ、ツェルプストーに降参したとあっちゃ、ヴァリエールの名が泣くわ!」
「おーい二人共、やめろって!」
一触即発な二人を止めるために、才人とタバサが塔から出てきた。タバサの方は仕方なくついてきた感じだ。現に今も、本を手放していない。タバサにとって、二人の決闘は日常茶飯事であるため、騒ぐようなことではないのだ。
「「止めないで!」」
熱くなっている二人は、才人の制止にも止まらない。
「タバサ!合図をお願い!」
「わかった」
ルイズがタバサに合図を頼み、タバサはそれを了承する。
「それじゃあ……」
タバサが口を開くと、ルイズとキュルケ、二人の目が鋭さを増す。
「始め」
「『ファイヤー・ボール』!」
「『エア・カッター』!」
二人の魔法が、空中でぶつかり合う、風の刃が炎球を切り裂き、炎球の熱が風の刃を散らす。
「大した熱量ね、わたしの風が散らされちゃった、わ!」
「全くこれだから風使いは嫌なの、よ!」
続けて『ウィンド・ブレイク』と『発火』がぶつかり合い、消える。乱れる気流が熱せられ、辺りに吹き荒れる風となる。
「すっげえ」
「これがトライアングルというやつか」
才人とカイムが驚嘆の声を上げる。ドットのギーシュとは格の違う魔法に二人は目を見張る。
その後も、二人は魔法を撃ち合うが、実力が伯仲しているのか、なかなか決着がつかない。
「これならどうかしら!『フレイム・ボール』!」
キュルケが先ほどの炎球より大きく熱い炎球を放つ。火と火のラインスペルだ。
「くっ、『エア・シールド』!」
堪らずルイズは防御する。
しかし、『フレイム・ボール』が風の壁に当たって、炸裂する。
軽いルイズは爆風に煽られ吹き飛ぶ。そのまま広場を転がり、土まみれになる。
「おっほっほ!爆風に吹き飛ばされるなんて、『爆風』のルイズの名が泣くわよ!」
それを見てキュルケが笑う。
ルイズは転がったまま、なかなか立ち上がろうとしない。すわ決着か?と思ったが、どうやら違うようだ。倒れたままのルイズから、何やら闘気が立ち上っているかのように、キュルケは幻視した。
「……いいじゃない。そんなに見たいなら見せてあげるわ。わたしの『爆風』を」
そう言ってルイズは、ゆらりと立ち上がる。
「イル・ウィンデ……」
ルイズがスペルを詠唱し始める。
「ひっ、まっずい!」
キュルケは後じさり、本塔の方に向かって駆け出す。
「逃げるなあ!『ストーム・ボム』!」
ルイズがスペルを唱え終わると、ルイズの杖の先に、拳大程の風の球が生まれる。
ルイズが杖を振るうと風の球がキュルケに向かって放たれる。
「くっ、『ファイヤー・ウォール』!」
本塔を背にしたキュルケが、地面から炎の壁を生む。
「ふん!ツェルプストー!そんな壁でわたしの『ストーム・ボム』が防げると思ってるの!?」
ルイズがそれを見て笑う。
「防がなくていい、逸らすのよ!」
「なっ!?」
キュルケが炎の壁の熱量を上げる。すると、膨大な熱量により上昇気流が生まれ、ルイズの風の球はその気流に乗り、上昇する。
瞬間、風の球が破裂する。
「――!」
「――ッ!」
ゴッ!
という音と共に、爆風が吹き荒れる。
突然の爆発に、壁はひび割れ、土がめくれ上がる。
キュルケは『アース・ウォール』で自身を覆い、『錬金』で鉄の壁にする。
才人は、タバサを抱え、爆風を逃れるように飛び去る。
『ストーム・ボム』、『ストーム』の吹き荒れる風を操り、冷やして小さな球状に押しとどめて放ち、対象物付近で、荒れ狂う爆風として解き放つ、風水火のトライアングルスペルで、『爆風』のルイズのオリジナルスペルだ。
コントロールこそ難しいものの、その威力たるや、スクウェアスペルに匹敵し、大質量を操る相性の悪い土魔法の構築物すら破壊しうる、ルイズご自慢の魔法だった。
しばらく広範囲にわたって暴風が吹き荒れ、立っているのも困難だった。
ようやく風が収まり、キュルケが『アース・ウォール』を解くと、肩で息をしたルイズが、勝ち誇った顔で宣言する。
「はあっ、はあっ、ど、どうよツェルプストー。これが本物の『爆風』よ」
「何がどうよ、よ!ほとんど本気で撃ってくれちゃって!危うく死にかけたわよ!」
「ふん、あんたが私を侮辱したからよ」
「だからってこれはやりすぎよ!」
喧々諤々と言い合う二人を、才人は遠くから呆然と見つめた。
「何だあこりゃあ、ほとんど天災じゃねーか」
「いつもこう」
「ふん。なんともはた迷惑な魔法だな」
腕の中のタバサが答え、カイムが感想を述べた。
「しっかしこれどうすんだ?広場がめちゃくちゃじゃねーか」
広場はひどい状態であった。ほとんどの芝生は剥がれ、上空で爆発したにもかかわらず、ところどころ堀り返されたように土がめくれ上がってる。壁際の木は無残にも薙ぎ倒されている。
「おーい、これ後始末どうす……ん、だ?」
本塔付近にいる二人に、呼びかけようとした才人が、途中で言葉を詰まらせる。
「……ッ!!」
「おいおい、こいつぁ……!」
腕の中のタバサも目を見開き、カイムは驚きを口にする。
才人たちの異常な様子に、言い争っていた二人も、喧嘩をやめ、不思議そうに才人たちを見た後、その視線の先、自分たちの向こう側、本塔の方を見る。そして二人同時に目を見開く。
「なにこれ!」
「ゴ、ゴーレム!?」
そう、ゴーレムであった。しかもギーシュの『ワルキューレ』のような人間大のゴーレムではない。30メイルはあろうかという巨大な土ゴーレムであった。しかもそれは、こちらに向かって歩いてきた。
「「きゃあああああ!」」
二人は悲鳴を上げ、才人たちの方へ走って逃げてきた。
ゴーレムはそのま、こちらへ歩いてくるのかと思いきや、本塔の前で止まり、ひび割れた壁に向かって、その拳を打ち付けた。何度か同じ動作を繰り返すと、壁に穴があいた。
才人たちは、人影がゴーレムの腕伝いに穴の中へと入り、しばらくして出て行くのを見た。
才人たちがしばらく呆然としていると、ゴーレムは歩き出し、城壁を越えて草原まで歩くと、人影は何処かへと飛び去り、ゴーレムはその場で崩れ落ち、土の山となった。
「なんだったんだ、ありゃあ」
才人の呆然としたつぶやきが、夜風に乗って消えた。
★★★
翌朝、トリステイン魔法学院は、蜂の巣をつついたような大騒ぎであった。何せ、最近巷を賑わす怪盗『土くれ』のフーケに、学院の秘宝である『破壊の杖』が盗まれたからである。しかも、学院の宝物庫に大穴を開けるという、驚くべき手法で。
そして、才人たちは今、昨夜の事件の目撃者として、教師たちが集まる学院長室に呼ばれていた。もっとも、才人は使い魔なので、頭数に入っていないが、タバサの付き添いとして、付いて来ていた。
「君たち、昨夜の状況を説明してくれんかね」
オールド・オスマンが、タバサたち三人に尋ねた。
「はい、いきなり巨大なゴーレムが現れて、宝物庫の壁を殴って壊したかと思うと、そのゴーレムの腕を伝って人影が中に入って行って、そのあとすぐに出て行ったんです。そしてそのままゴーレムが歩き出して、城壁を越えて草原まで歩くと、人影が飛び去っ
て、ゴーレムは崩れてしまったんです」
「ふむ。他には?」
「ありません。後には土しか残らず、人影は影も形もありませんでした」
「ほう。手がかりなしという訳か」
「はい。『破壊の杖』はそのままその人影に盗まれてしまったようで」
「あー、その事なんじゃがな、ミス・ヴァリエール、『破壊の杖』は、実は盗まれておらんのじゃよ」
「はあ、……は!?」
「「「「えっ!?」」」
オスマンの突然の告白に、その場にいた者たち、教師やルイズたち皆が反応した。
「学院長!『破壊の杖』が盗まれていないとは、どういうことですか!現に書置きは残されており、『破壊の杖』は見当たりませんでしたぞ!」
宝物庫の点検をしたコルベールが食ってかかる。確かに自分が点検した時にはあった『破壊の杖』が、今朝見た時には無くなっていたのを、確認しているからだ。
「ふむ、ミスタ・コルベール。君が見た『破壊の杖』とは、どのような形状だったかの」
「は、形状もなにも、見た目は普通の杖でしたが、タクト型の」
「その隣には何があったかね」
「確か、『ヴィルガ』という鉄のようなものでできた筒状の物でしたな」
「実はその筒状の物こそが、『破壊の杖』だったんじゃよ」
「なんですと!?」
「以前宝物庫内の片付けを新任の教師に頼んだ時に、棚にぶつかってあそこら辺の物がとっちらかったようでの、慌てて直したらしいその時に、その二つは入れ替わってしまったようじゃ。なんせ、『ヴィルガ』の見た目はただの杖じゃからのう、そっちが『破壊の杖』だと思ったんじゃろう。まさか筒が杖だとは思わなかったじゃろうて」
「なるほど、ではフーケが盗んでいったのは……」
「『ヴィルガ』の方、だったわけじゃな」
「その『ヴィルカ』とはどういった物なんです?」
話を聞いていたルイズが、オスマンに尋ねる。
「ふむ。『ヴィルカ』はの、込められた簡単な"自在式"とやらを、杖を振るだけで、無限に使うことができるというものらしい」
「!?」
「えっ!」
「なんだと!?」
「?、"自在式"ってなんですか?」
自在式という言葉を聞いた、タバサと才人とカイムが反応する。ルイズは初めて聞く言葉に疑問を浮かべる。
「わしにもわからん。ただあれを調べた者がそう言ったんじゃ」
「その者の調査が間違っていた可能性は?」
コルベールが尋ねる。
「それはなかろう。なんせ、調べたのはミス・ヴァリエールの義兄君じゃ」
「なるほど、彼ですか」
「お義兄様が……」
コルベールとルイズが納得したように黙る。
「ちょ、ちょっと待ってください!今の話本当ですか!?」
そこに才人が割って入る。
「ふむ、君は」
「俺は、平賀才人、タバサの使い魔です」
「おお、君かね。噂は聞いておるよ」
「そんなことより、今の話本当ですか?自在式がどうのって」
「ああ、本当じゃよ、君は自在式とやらに心当たりがあるのかね?」
「あ、いえ、ちょっと」
オスマンに聞き返され、才人は焦る。頭の中で、カイムが罵る声が聞こえた。
「学院長、ただいま戻りました」
才人が返答に窮していると、ミス・ロングビルが扉から現れた。
「おお!ミス・ロングビル!どこに行っておったのかね?」
「申し訳ありません。朝から、急いで調査をしておりました」
「ふむ、調査?」
「ええ、フーケの行方について聞き込みを行っていました」
「して、結果は?」
「奴の居所がわかりました。近くの森の廃屋に入っていく、黒づくめのローブを着た男を見た者がいます」
「距離は?どのくらいかね」
「馬で四時間といったところでしょうか」
「すぐに王室に報告し、兵隊を差し向けてもらいましょう!」
コルベールが叫んだ。
しかし、オスマンは目を向いて怒鳴った。
「馬鹿者!そんな悠長なことをしておったら、奴めに逃げられてしまうわ!しかもこれは魔法学院の問題じゃ!王室なんぞに立ち入らせん!我らで解決するのじゃ!」
そしてオスマンは有志を募った。
「捜索隊を結成する。我と思うものは杖を掲げよ」
しかし、誰も杖を掲げない。困ったように顔を見合わし、中には顔を伏せる者もいた。
「なんじゃ!誰もおらんのか!フーケを倒し名を上げようという貴族はおらんのか!それでも貴様ら貴族か!仕方ない、ここはわし自ら打って出て……」
そこまで言ったところでオスマンは気づいた。
ルイズとキュルケとタバサが、杖を掲げていた。
「あなたたち!何をしているのです!あなたたちは生徒ではありませんか!」
ミセス・シュヴルーズが慌てて止めに入る。
「そうですぞ!君たちの身に何かあったらどうするのです!」
コルベールも止める。
「でも、誰も掲げないじゃありませんか!」
ルイズが叫ぶ。
「そうよ、それに責任の一端は、私たちにもあるようですし」
キュルケが追従する。
「荒事なら、得意」
タバサも同意する。
「そうか、では、三人に頼むとしようか」
「オールド・オスマン」!私は反対です!生徒を危険にさらすなど!」
「では、君が行くかね?ミセス・シュヴルーズ」
「い、いえ……わたしは、その、荒事は得意では……」
「彼女たちなら大丈夫じゃ。ミス・ヴァリエールは、トリステイン有数の名門ヴァリエール家の息女で、優秀な風の使い手じゃ」
ルイズは胸を張り、鼻を鳴らした。
「ミス・ツェルプストーは、ゲルマニアの優秀な軍人を数多く輩出した軍門の出で、火のツェルプストーと言えば、知らぬ者はおるまい」
キュルケは髪を誇らしげにかき上げた。
「ミス・タバサは実技こそ振るわぬものの、座学は優秀であるし、ガリアでシュヴァリエに叙されておる。使い魔も、平民ながらグラモン元帥の息子と決闘で勝ったというではないか」
一同は驚きの目でタバサを見た。まさか『ゼロ』のタバサがシュヴァリエに叙されていようとは、夢にも思わなかったのである。
「本当なの?タバサ!」
「本当」
「だからあなたあんなに強いのね」
「そう」
ルイズとキュルケが口々に尋ねる。それに対してタバサは淡々と、誇る風でもなく答えた。
「この三人に勝てるという者がいるのなら、一歩前へ出たまえ」
誰もいなかった。オスマンは、才人を含む四人に向き直り、告げた。
「魔法学院は、諸君らの働きに期待する」
三人は真顔になって直立し、杖にかけて、と唱和した。
★★★
タバサたちは、才人を含め、あの後、案内するよう命じられたロングビルと共に、馬車で、フーケの隠れ場所と思わしき場所まで向かっていた。
ロングビルが御者を買って出て、あとの四人は、馬車の荷台で思い思いに過ごしていた。
「ところでダーリン、あなた結局どっちの剣を使うの?」
才人がボーっと景色を眺めていると、キュルケが話しかけてきた。
「どっちのって言われてもなあ」
「決闘は結局引き分けに終わっちゃったから、どっちの剣を使うかダーリンが決めてよ」
「でも俺にはタバサからもらったこれがあるし」
そう言って才人は、腰に挿していたサクスを抜き、キュルケに見せる。正直、体術主体の才人にとって、大剣より短剣の方が、扱いやすいのである。
「もう、これからフーケのゴーレムを相手にするかもしれないのよ?そんな短剣だけじゃ心許ないわ。私の剣も持っておくべきよ」
そう言ってキュルケは、持ってきた大剣を才人に渡す。それを見たルイズが、キュルケに注意する。
「どっちにしろ、巨大なゴーレム相手に剣が通用するはずないじゃない。才人の好きにさせなさいよ」
「そういう嬢ちゃんも、ちゃっかりオレっちを持ってきてるじゃねーか。人のこと言えないぜ」
デルフリンガーが突っ込む。ルイズはうっ、と唸る。それを見たキュルケがここぞとばかりにからかい始める。
「剣に言われちゃってるわよー、ルイズ。いい加減認めちゃいなさいな。あなたもダーリンにその剣使って欲しくて持ってきたんでしょ?」
図星を突かれたルイズは、真っ赤になって否定する。
「違うわよ!」
「じゃあなんで持ってきたのよ」
「これは護身用よ!」
「風のトライアングルのあなたが?そもそもあなた、剣なんて使えたかしら?」
「タバサのよ!」
「私は剣は使えない」
タバサが冷静に突っ込む。ルイズは、ぐぬぬ、と唸り黙ってしまった。
「賑やかだなー」
「ふん、やかましいだけだ」
そんな三人を才人とカイムは他人事のように眺めていた。
結局、二本とも才人が持つこととなり、キュルケの大剣と、ルイズのデルフリンガーを背負うという、なんとも物々しい格好となった。
そうこうしているうちに、馬車は深い森に入った。森は鬱蒼としており、昼間だというのに、薄暗かった。
「皆さん、廃屋の近くに着きました。ここから先は、徒歩で向かいましょう」
ロングビルの一言で、四人は真剣な表情に戻り、馬車を降りた。
馬車を降りた五人は、小道を徒歩で移動した。数分ほど歩くと、一行は、開けた場所に出た。
薄暗い森の中の避難所のようなその場所は、魔法学院の中庭ほどの広さで、真ん中に木こり小屋のような廃屋があった。五人は身を潜め、廃屋を伺う。
「わたくしの聞いた情報だと、あの中にいるようです」
ロングビルが廃屋を指差して言った。しかし、人が住んでいる気配はなかった。
才人たちは相談し、誰かが偵察として中を調べることになった。
「で、誰が行くのよ」
「俺が行くよ」
キュルケの問いに才人が答えた。
「大丈夫ですか?」
ロングビルが心配そうに聞いた。
「大丈夫ですよ、俺結構素早いんで、すぐに行って見てきます」
才人はそう言って、タバサの方を見て、許可を求めた。
「いいよな?タバサ」
「気をつけて」
タバサは短く返す。タバサは才人の実力を信頼しているため、心配はなかった。
「それじゃ、ちょっくら行ってくる」
そう言うと才人は、腰から短剣を引き抜き、ルーンを輝かせて一足跳びに小屋のそばまで近づいた。そのまま窓に近づき、中の様子を伺う。
「誰もいないみたいだな」
「見ただけじゃあわからん。『探査』を使え」
カイムが念を押す。
「俺あれ苦手なんだけど」
「つべこべ言うな。さっさとしろ間抜け」
カイムにせっつかれ、才人は渋々『探査』の自在法を使う。才人はこういった類の自在法が苦手なため、あまり広範囲は探れないが、それでも小屋一つ分ぐらいなら問題なかった。
「本当に誰もいないみたいだな」
「そうみてえだな」
そうして才人は、隠れている四人に合図を送る。タバサがそれに気づき、他の三人を促し小屋に近づいてくる。
「本当に誰もいないのね」
「ああ、間違いないよ」
キュルケの問いに答える。
「罠はないようね」
ルイズが『ディテクト・マジック』で小屋を調べるも、それらしい反応はなかった。
「中に入る」
タバサがそう呟いて、ドアを開けて小屋に入っていく。キュルケと才人はそれに続いた。ルイズは見張りに残り、ロングビルは、辺りの偵察のために森に消えた。
小屋に入った才人たちは、部屋の中を調べ始めた、そしてタバサがあっさり盗まれたものを見つけた。
「これが『破壊の杖』もとい『ヴィルカ』か」
タバサが手に持つそれを才人はまじまじと見つめる。
「ふーん、普通の杖みたいね。あたしが前に見た『破壊の杖』もこれだったけど、これは『破壊の杖』じゃないんでしょ?」
「そうみたい」
キュルケの問いかけにタバサは答える。
「タバサ、その杖ちょっと貸してくれ」
そう言って才人は、タバサから『ヴィルカ』を受け取り、調べ始めた。
(なあ、カイム)
(ああ、間違いねえ。これは『宝具』だ)
(なんで『宝具』がこの世界に?)
(それはわからん。だが今ここに『宝具』があるってことは、十中八九"徒"もこの世界にいるってことになる)
(『宝具』だけがこの世界に来たって説は?)
(なくはねえが、望み薄だな)
(マジかよ)
(そのことは今は置いておけ、まずは目の前の問題に集中しろ)
(この『宝具』を盗んだ盗賊のことか)
(ああ、それとその『ヴィルカ』の能力だ)
(振れば無限に自在法が出るってやつか、破格だな)
(問題はこれにどんな自在式が込められているかだ。簡単な自在式と言っていたな。調べてみろ)
カイムに言われて才人は『宝具』に込められた自在式を探る。
(これは……『気配察知』だな)
(ふん、本当に簡単な自在法だな。これなら危険性もねえな)
その時、外からルイズの悲鳴が聞こえた。
「きゃああああ!」
「ルイズの声よ!」
キュルケが真っ先に部屋を飛び出す。
「何があったんだ」
「わからない」
才人とタバサがそれに続く。
三人は外に出て辺りを見渡す。
「後ろよ!」
ルイズが叫び、三人は小屋の方を振り向く。
「ゴーレムだ!」
才人が大剣を引き抜き、タバサが杖を振り、呪文を唱えた。ゴーレムの胸の部分で爆発が起こる。しかしゴーレムは少しよろめいただけでヒビすら入らない。爆発を受けたところは鋼鉄に変わっていた。
「だめ、これ以上は制御できない」
キュルケが胸にさした杖を引き抜き、呪文を唱えた。炎の竜巻がゴーレムを襲うが、ゴーレムはビクともしない。
「私の炎じゃ、あの質量相手は無理よ!」
キュルケが叫ぶ。
「これならどう!」
ルイズが叫び特大の『ストーム・ボム』を放つ。荒れ狂う爆風がゴーレムの肩を吹き飛ばす。
「やったわ!」
「いや、まだだ!」
ルイズが喜ぶも、才人がそれを制す。ゴーレムは再生を始めていた。
「退却」
タバサが呟き、四人は一斉に逃げ出した。しかし、ゴーレムの再生の方が早かった。再生したゴーレムは、四人を追うように歩き出す。
「シルフィード!」
ルイズが使い魔の風竜を呼んだ。
上空から飛んでくる。そのまま四人のそばに着地すると、背に乗せるためにかがむ。
「早く乗って!」
そう言ってルイズは皆を急かす。ゴーレムがすぐそばまで迫っていた。
「タバサ、これ持ってろ、護身用だ。振ると炎の弾が出る」
才人は『ヴィルカ』に『炎弾』の自在式を込めて渡す。
「サイト、なにを……」
珍しく戸惑ったような声を出すタバサに微笑むと、才人はゴーレムに向かって駆け出す。
「俺が時間を稼ぐ!その隙にお前らは逃げろ!」
「サイト!」
タバサが叫び、追い掛けようとするがキュルケがそれを抑える。
「危ないわよ!」
「離して!」
取り乱すタバサを無理やりシルフィードに乗せる。三人を乗せると飛び上がる。
「どうするつもりだ」
カイムが尋ねる。
「まずはルーンの力で囮になる。あいつらが逃げたら『サックコート』を使っても大丈夫だろ」
「ふん、それまでに潰されんじゃねえぞ」
「わかってる」
「来るぞ!」
「ああ!」
才人を潰そうとゴーレムが拳を鋼鉄に変え、振るう。才人はそれを大剣で受ける。その衝撃に任せて才人は後ろに飛び、体勢を立て直す。
「やっべえ」
「どうした」
「剣折れた」
見るとキュルケから貰った大剣は、根元からポッキリ折れていた。
「当然の結果だな」
「くそー、うまく受け流したと思ったのによ」
「相手は超重量の鋼鉄だ。無理もねえ。次はうまくやれ」
「ああ、わかってるよ」
そう言うと才人は、折れた大剣を捨て、背中からデルフリンガーを引き抜く。
「次ってオレか!?オレの番なのか!?」
デルフリンガーが焦ったように言う。
「そうだ。せいぜい気張れよ鈍ら」
カイムがデルフリンガーに声をかける。
「なまくらだと!てめえバッジのくせに偉そうにしやがって!」
「誰がバッジだ!てめえなんかと一緒にすんじゃねえ鉄屑野郎!」
「なんだと!」
「あーあーやめろよお前ら、喧嘩すんなよ」
言い争いをはじめるカイムとデルフリンガーを、才人が宥める。
「っと、っぶねえ!」
再びゴーレムの拳が振り下ろされ、才人はそれを躱す。
「おら!」
そしてデルフリンガーで腕を切りつけるも、すぐに鋼鉄に変わり弾かれる。
「くっそ、やっぱダメか」
「だが対応が早すぎる。間違いなく術者が近くにいるぜ」
「わかってる、けどっ、こいつをどうにかしないと、探すのは無理そうだな」
続けて振り下ろされる拳を躱しながら才人は言う。
すると、次の瞬間、上空から飛来した数発の空色の『炎弾』が、ゴーレムを襲い、よろめかせる。
才人が上を見上げると、シルフィードに乗ったタバサたちが、上空を旋回し、ゴーレムに攻撃を加えていた。タバサは、『ヴィルカ』を振るい、爆発ではなく、『炎弾』を放っている。
「あいつら、まだ逃げてなかったのか」
「ふん、お前の主人が、何か言ってるみてえだぞ」
カイムに言われ、才人はタバサを注視する。何やら口を動かしているが、距離があるため聞き取れない。
「何て言ってる?」
「わかんねえ、ここからじゃ聞こえねえ」
自分の声が、サイトたちに聞こえていないことに気づいたタバサは、再び『ヴィルカ』を振るう。そして放たれた『炎弾』を指差し、また何事か叫ぶ。その声はまた才人には届かなかったが、タバサが言わんとすることは伝わった。
「お前の主人から直々に許可が出たようだぞ、どうする間抜け」
どうやらカイムにも伝わったようだ。
「どうするもなにも、命令だ。使い魔が従わなくてどうするよ」
「違えねえ」
そう言って才人はデルフリンガーを納刀する。どうする気でえ、とか騒いでいたが、気にしない。
「こういうデカブツ相手はレベッカさんとかカルメルさんのが得意なんだけどな」
「確かに『空裏の裂き手』の真骨頂はドッグファイトだ。だったら逃げるか?」
「冗談、ここらで一つかっこいいとこ見せないと、ご主人様に愛想尽かされちまう」
「なら根性見せろ間抜け」
「わかってるよ、相棒」
そう言って才人は『サックコート』を纏い、勢いよく飛び上がる。一気に上空まで昇り、シルフィードを追い越す。途中でタバサと目が合ったが、軽くウインクしておいた。
そのまま滑空し、ゴーレムの遥か頭上に位置取る。
「さあ、行くぞ!」
そのままゴーレムめがけて、猛スピードで降下する。
「どらぁ!」
その勢いのまま、足を鷹の爪に変え、踵落としの要領で、ゴーレムの頭めがけて振り下ろす。ゴーレムの頭が鋼鉄に変わるが、空色の鉤爪は、意に返さずにそれを引き裂く。
頭を裂かれたゴーレムは蹴り落とされた勢いのまま身を屈めた。
「まだまだぁ!」
踵落としで降下し、ゴーレムの腹のところまで降りた才人は、降下の勢いを真横に転換し、返えす刀で後ろ回し蹴りをゴーレムの腹に見舞う。
体制を崩していたゴーレムはそのまま後ろに倒れこむ。
「止め!」
倒れたゴーレムに才人は特大の『炎弾』を、『爆発』の自在法を込めて放つ。『炎弾』は、倒れたゴーレムの上半身に当たり、爆ぜる。上半身を吹き飛ばされたゴーレムは、ただの土へと変わった。
「ま、ざっとこんなもんかな」
「久しぶりの実践にしちゃあ、まあまあだ」
地面に降り立ち、才人とカイムが感想を言う。そして上空のシルフィードに乗るタバサたちに、親指を上げて笑ってみせた。
★★★
「すごい!ダーリン魔法が使えたのね!今のどんな魔法なの!?」
シルフィードから降りたキュルケが、興奮して才人に駆け寄る。
「前もあれ見たけど、あなたこんなに強かったのね」
ルイズも、以前才人がタバサを抱えて空を飛んでいたのを思い出し、感嘆する。
「あー、えーと、あはは」
誤魔化すように才人は笑う。そして輪の外にいるタバサを見つけ、声をかける。
「どうだったタバサ、お前の使い魔もなかなかやるもんだろ?」
そう言って笑いかける。
「……ッ!」
タバサは『ヴィルカ』を放り、弾けた様に駆け出すと、そのまま才人を抱きしめる。
「あ、と、え、お、おいタバサ?どうした?どっか怪我したか?怖かったのか?」
無言で抱きしめてくるタバサに、才人は戸惑って声をかける。
「ふーん」
「へーえ」
ニヤニヤと擬音がつきそうな笑みを浮かべ、ルイズとキュルケが才人とタバサを見る。
「おいお前ら!何とかしてくれ!」
「あーらいいじゃない、主人からそんなに愛されて、使い魔冥利に尽きるってもんじゃない」
「そうそう、ちょーっと妬けるけど、今日のところは譲ってあげるわ」
「だそうだ、よかったな色男」
二人に加え、カイムまでもがからかってくる。
「ふざけんなおい、お前ら!タバサ?どうした?何もないなら離れてくれると助かる。あ!嫌とかいうわけじゃないんだ!嬉しい!嬉しいんだけど今はちょっとほら状況がな!ほら、あいつらも見てるしな!そ、そうだフーケ!フーケも捕まえないといけないし!ミス・ロングビルも心配だ!いやー、大変だ大変だ。やることがまだまだいっぱいあるぞー。大変だー」
発育に乏しいものの、タバサは美少女だ。それもとびきりの。そんな美少女に抱きつかれ、フレイムヘイズといえども心は純情中学生のままの才人は大いに慌てた。
アタフタと才人が慌て、ルイズとキュルケがニヤニヤと見守っていると、森の茂みから何者かが現れた。
「皆さん、ご無事でしたか」
ロングビルだ。
「ミス・ロングビル!ご無事でしたか」
ルイズが声をかける。
「ええ、なんとか。咄嗟に茂みに隠れて助かりました」
そう言いながらロングビルは、タバサの投げ捨てた『ヴィルカ』を拾い上げ、才人たちに突き付ける。
突然のことに誰も動けない。
「なーんてね。ご苦労様」
「ミス・ロングビル!どういうことですか!?」
キュルケが叫んだ。
「さっきのゴーレムを操っていたのは、わたし。つまりわたしが、『土くれ』のフーケさ」
不穏な空気に、タバサも才人から離れる。ルイズが杖を振り呪文を唱えようとした。
「おっと。動くんじゃないよ。これは振るだけで『ファイヤー・ボール』が出る。あんたたちが呪文を唱えるよりも早く、あんたたちを焼き尽くすよ。わかったら全員、杖を捨てな」
渋々、ルイズたちは杖を放り投げる。
「そこの使い魔君は、武器を捨てな。そんで、あの妙な技も使うんじゃないよ。この距離なら、さしものあんたでも、無事じゃあ済まないだろう?」
才人も言われたとおりにした。
「なぜ、こんなことを?」
タバサが尋ねる。
「冥土の土産に教えてあげるよ。あんたが使うまで、この杖は全く使えなかった。振っても何してもウンともスンともいわなかった。それで学院に帰ってみれば、これは『破壊の杖』ですらないって話じゃないか」
フーケが呆れたように肩をすくめる。
「もう一度盗みに入ろうにも、流石に二度目は許しちゃくれない。だからあんたたちをおびき寄せて、人質にして奪おうと思ったんだけどね」
フーケは杖を掲げる。
「あんたたちがこれを使えるようにしてくれた。『破壊の杖』ってほどじゃないだろうけど、これも十分強力だ。今回はこれで満足することにするよ」
フーケが笑った。
「だからあんたたちも用済みだ。せめてもの情けだ。苦しまないようにしてやるよ」
タバサとルイズとキュルケは、観念したように目をつむった。
才人だけは、目をつむらなかった。
「へえ、勇気があるじゃないか」
「あんたに二つ、いいことを教えてやるよ」
才人は突然語りだす。
「一つ、それが出すのは『炎弾』だ。『ファイヤー・ボール』じゃねえ」
話しながら、才人はタバサたちの前に出て、フーケに向かって歩き出す。
咄嗟にフーケは杖を振るい、才人に向かって『炎弾』を放つ。
空色の爆炎が、才人と、後ろにいたタバサたちを包む。
「二つ、俺の『サックコート』に、『炎弾』なんか通じねえ」
爆炎の中から、才人が、空色の衣を纏って現れた。後ろのタバサたちにかかる爆炎も、空色の翼が防いでいた。
そして一足飛びにフーケに近づき、腹に拳をめり込ませる。
うっ、と唸り、フーケは気を失う。
才人はフーケを担いで、後ろのタバサたちに笑いかけた。
「『土くれ』のフーケを捕まえたぜ」
今度は、才人は三人に抱きしめられることとなった。