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No.42519の一覧
[0] 【ゼロの使い魔】シュバリエ─革命詩篇─[男装女子アニエスちゃん](2017/01/06 11:37)
[1] 詩編【01】はじまり[男装女子アニエスちゃん](2017/01/06 11:41)
[2] 詩編【02】動き出した死体[男装女子アニエスちゃん](2017/01/06 11:37)
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[42519] 詩編【01】はじまり
Name: 男装女子アニエスちゃん◆3e44700d ID:cecac172 前を表示する / 次を表示する
Date: 2017/01/06 11:41
 詩篇と呼ばれる存在がある。それがいつこの世界に現れたのかは定かではない。
 それはこの世界を変える力だと伝えられている。その力は大いなる流れとなって革命を起こすのだと。
 巷でまことしやかに噂されるのは奇跡の力。民は彼らをただ詩人とだけ呼んだ。
 伝承の詠み手。違う世界の言葉を操り、不可思議な力を操る。ハルケギニアにあって異端の奏者。 
 呪いを振りまき、また呪いを破壊する者。人すらも思うがままに操り、時代の陰で暗躍してきた。
 誰もがまだ気が付いていない。彼らはすぐ隣にいて普通の人々に交じって暮らしている。
 もし街で演奏する者。歌を歌う者。詩を諳んじる者。または演説する者がいたら気を付けるがいい。
 そう、彼ら詩人はどこにでもいて街中に溶け込んでいるのだから。
 だが、人々はいつしか気が付くことだろう。革命は今すぐそこに迫っていることを──
 


──トリステイン王国

「これで五人目か」

 夕刻前に降り始めた冷たい雨を頬に受けてワルドは呟いた。王の騎士たるグリフォン隊を表す銀の肩章が鈍く光を放つ。
 トリステイン王国の輝かしい実績を誇る魔法衛士の隊長であるジャン・ジャック・フランシス・ド・ワルドはその日は非番であった。
 が、事件の報告はいつ何時といえど避けられるものではなかった。それが彼が今追いかけている事件でも特に不可解で謎が多いものであれば尚のことだ。
 本来ならばグリフォン隊の職務から外れる殺人の捜査に首を突っ込んでいるのもその余計な好奇心からだ。
 グラモン警視には睨まれているが、彼とは昔からの仲だ。
 ワルドは降りしきる雨を制服に受けながら白い布をかけられた死体の元に跪く。
 その手が布をめくると女の顔があらわになる。まだ若い少女ともいえる顔つきだ。歳はまだ十七か十八ほどだろう。服装と化粧から娼婦と分かった。
 この界隈では若い娼婦は珍しくない。特に貧しいこの地区の女たちが娼婦となって夜の街に立つのを見ることができる。
 雨足は次第に強くなっていく。石畳の路面は黒く濡れて川へと流れ落ちる。
 事件の現場は川辺だ。目撃者はなし。死体を発見した者はすでに尋問されており怪しい点はない。
 
「ワルド隊長。聞き込みを完了しました。他に目撃情報はありません」
「そうか」

 警官の報告にワルドは生返事を返す。注意を払うべきものは目の前にあった。指先が女の額をなぞる。そこに刻まれた文字を。「H∴O」とある。
 そしてもう一つ現場に残された証拠があったがこの雨で半ば霞んで赤い染みが溶かした絵の具のように流れている。
 それは血文字だ。その単語をすでにワルドは知っていた。これまでに発見された死体の傍に描かれた文字は鮮烈なまでに印象に残っている。

「PALMS。また、この文字か……それにこの額の文字。何の関連がある」

 ワルドは眉をしかめる。
 今月に入って五人目の犠牲者が出た。いずれも若い女性が被害に遭っている。
 遺体の傍に勝利の意を刻む。犯人は猟奇的な精神異常者か。殺し方があまりにも儀式がかっている。被害者の血でメッセージを描きつけているのだ。
 額に残されたH∴Oは何らかの暗号か、いたずらなのかさえわからない。ただ、これまでに上がった死体のいずれにもこの文字は記されていた。
 警察隊が担架を馬車から降ろしてやってくるとワルドは立ち退く。女の死体が担架に乗せられる。運ばれる先は安置所だ。
 これまでに発見された死体はすべてそこにある。これらの死体は腐らず検察官の首を傾げさせた。解剖の結果、水銀が出たという。
 死体の発見現場には物見遊山の男女が集まっている。仕事帰りの男たち。引いた粉を入れた壺を雨に濡れないよう抱える女。母親に手を引かれた子ども。
 ごく普通の市民たちだ。
 だが、その中に一人険しい眼光で現場を眺める者がいた。雨よけのフードをかぶり立ち尽くす。そのコートの下には剣があった。
 布をかぶせた女の死体が担架で運ばれるのをただじっと見つめている。

「ほら、行った、行った」

 警官たちが民衆を追い払う。流れる足に紛れて観察者も背を向けて歩き出す。雨降る雑踏と人に溶け込むように。 
 そして建物を曲がり、追っ手がいないか確かめると、今度は足取りを変えて逆方向へ歩き出す。貧民街がある一角へと。
 大きな通りからぬかるみを踏むのを構わずに脇道へと入る。そこから続く緩い細い坂道を上がる。
 ひび割れた石畳から雑草が生えところどころ土をさらしている。建物のしっくいは剥がれ、こんな路地裏にはつきものの下品ないたずら書きが記されている。

「どうぞ、お恵みを……」

 物乞いだ。一枚の貨幣が落ちて乞食が手を伸ばす。コインを拾うと同時に物乞いの背後で木戸が閉まっていた。
 暗い細い道からコートの「男」が現れ井戸のある小さな庭に出る。壊れた押し車の横をすり抜けて向かいにある建物に通じる扉の鍵を開く。
 一度、背後を見回してから建物の中へと身を滑り込ませる。そしてまっすぐに向かい左手にある部屋の扉を開いた。
 一息つくようにその唇からため息が漏れた。滴った滴が乾いた床に染みを作っている。
 フードに手が伸びて後ろに払うと「女」の顔があらわになった。濡れた前髪を指先で軽く絞るとコートを脱ぐ。
 男物のコートは女の身には武骨で柔らかな曲線を覆い隠す。その下にまとうのもまた男物の服装で、ベストにシャツ。ズボンからブーツに至るまでが男の装いだった。
 意志の強い瞳。その目つきは油断なく、その瞳に捉えたものを容赦なく裁く。そんな激しさを見た者に感じさせるだろう。
 茶色がかったブロンドは、陰に入ればその色を茶色にも見せるが日の下に出れば濃いブロンドにも見せた。
 女は窓辺に立ち中庭の草花を眺めた。薄汚れた窓ガラスにその顔が映る。向かいの屋根から覗く空は灰色一色だ。 
 前髪は眉毛の上で切り揃えていて、豊かな長い髪は背中の腰の上まで届く。赤いリボンでうなじにまとめていて、唯一それが最も女性らしい部分となっていた。
 腰にあるのは剣だ。女が扱うには重く長い剣は護拳付きでその柄元にはいくつもの傷がある。丸い護拳には蛇と果物が実る樹木のレリーフが施され浮かび上がっている。
 歴戦の勇士が持つに相応しい剣を少女期を脱したばかりの娘が携えている。

「アニエス」

 その名をしわがれた声が呼んだ。振り返るとアニエスは戸口に立つその人物の姿を認める。

「院長先生」
「探し物は見つかったかね?」

 上下共に黒衣をまとった老人が柔らかな口調で尋ねた。
 髪は白く、その太い眉毛も同じ色だ。顔に刻まれたしわが彼が生きた歳月を物語る。

「いいえ」

 アニエスは頭を振って応える。その探し物のためにトリスニアへ戻って半月余り。思いもよらぬ形である事件を追っていた。
 詩人と呼ばれる異形の怪物たちの──

「感謝しているよ。お前が傭兵に身をやつしてまで稼いだ金を送ってくれたおかげでここはやっていけた。だが、もう自分の幸せを考えるべきではないだろうか……」
「すべてが終わったらそうしようと思います。今はまだ、あの日我が身に背負ったものを返すことしか考えられないのです」
「いまだにお前の中では報復の炎が燃え盛っているのだね。その炎を月日が鎮めてくれるかと願ったが、今はもう成るがままに任せるしかあるまい」
「例え主が私を罰しようとこの身の炎を収めることはできますまい。生きたまま焼かれようと、この身に宿した獣を止める術を私は知らないのです。この蛇のように罪は消すことはできない」

 剣の鞘を強く握りながら、アニエスは左手を自らの心臓に当てる。
 まっすぐ院長を見つめ返す瞳の奥には燃え盛る炎の獣がいる。それは幼き日に背負ったアニエスの闇だ。復讐という戻れぬ道への。
 そのアニエスの決意に院長は悲しげに見つめ返すと言葉なく頷いた。
 
「夕食の準備ができている。来なさい」
「はい」
 
 アニエスは従い、剣を粗末なベッドの脇に立てかける。院長に続いて部屋を出て扉を閉めた。



「主よ、われらが父よ。今日も生きる糧を我が家族と分かち合えることを感謝します。また、あなたの娘が私たちの元へと戻り神の食卓に在ることを感謝します。主イエス・キリストの御名において、アーメン」
「アーメン」
 
 院長が指で十字を切り、いくつかの声が祈りの最後の言葉を復唱する。それにアニエスも倣って復唱する。アーメンと。
 十字を切り、主イエス・キリストの名を唱えるのは新教徒の証だ。信仰深い者は十字の印を持つか、その証を自らの肉体に刻む。
 トリステインにおいて新教徒であることを明かすのは危険を伴う。始祖ブリミルが築きし世界にあって異教の神を信奉すれば弾劾され、ときには捕縛され改宗を迫られる。
 今より百年ほど前に当時のロマリア教皇が教徒新案によって異教徒を受け入れる大改革をなした。
 その法により異教徒とされたキリスト教も弾圧から解放されたが、キリスト教の唯一神を信望する教議が仇となってロマリアの宗教政策とは乖離することとなった。
 従わぬ者には制裁がなされる。これはかつて数多の神に寛容だったローマ帝国がキリスト教を弾圧した流れと同じである。
 比較的異教徒に寛大であったトリステインにおいて、キリスト教が断絶することになった事件は今から約二十年ほど前に起きたダングルテールの乱に事を発する。 
 キリスト教徒による王家へ反乱とされているこの事件が後世に残した傷跡は今なお深い。ことの真実がどうであれ勝ったのは体制派の王家である。
 これにロマリアが深く関与したとされているが真偽は定かではない。
 ゆえにわずかに生き残った新教徒はその信仰を地下に閉ざすように隠した。ひっそりと普通の人々と同じように暮らしながら、その信仰を心の内に秘める。
 この孤児院の人々のように。
 食卓に同席するのは十人ほどの子どもたちとアニエス。そしてこの孤児院の院長だ。細長いテーブルは元より足りない分に机を足してクロスをかけて食卓としている。
 食卓を照らすのは三本のろうそくと暖炉のカンテラ。薄暗い光に照らされて家人たちは分け合ったパンと粉を溶かしてとろみをつけたスープをすする。

「ねえ、アニエスお姉ちゃん、また旅のお話聞かせて」

 隣に座る六歳のアンがアニエスの裾を掴んでせがむ。スープを口へ運びかけていたところでアニエスは少女に微笑み返す。
 アニエスはアンの一番のお気に入りだ。アニエスも幼い頃はアンと呼ばれていた。この食卓で院長と、恵まれぬ、親から見捨てられた、もしくは親と死別して引き取られた子どもたちとで囲んだ。
 今はその当時の子どもらは大人となって巣立っている。
 院長の限りない献身の愛は成人した今となっても遺児らの足をこの孤児院へと向けさせる。彼は父親であり教師であり家であった。 
 ここはアニエスにとってかつて奪われたもの以上に拠り所となるものであった。

「何を聞きたいの?」
「悪いやつをやっつけた話! 続き聞かせてよ!」

 アニエスの向かいに座る活発な少年がスプーンを立てて剣に見立てて振るう。名はヨアンだ。

「シー、食事中は喋っちゃダメなんだぞ。神様が罰をお与えになるぞ」
 
 ヨアンの隣から口を出すのはミカエルだ。ここの子どもたちの中では一番の年長だがまだ十一歳だ。
 ミカエルは一年前にここへやってきた。彼をここへ連れてきたのはアニエスだ。
 賢く勉強熱心だが少し真面目で面白みに欠ける。学ぶことに熱心で、すでに院長も教えることがないとミカエルを教育係に任じたほどだ。

「じゃあ、ミカエルはお仕置きされるね」
「されない」
「お仕置きだ!」
「おっしおきだ~~」

 途端、子どもらが囃すように皿をフォークで叩きだした。
 その音にアンがびっくりして口からスープをこぼす。アニエスのナプキンがその口元を拭う。

「静かになさい。皿は叩くものではない。罰を与えますよ」
 
 しかめ面を作った院長が厳かに告げると騒動はすぐに収まる。恐る恐るといった風に少年たちがフォークとスプーンをテーブルに置く。

「悔いるのであれば許しましょう。騒いだ者は寝る前に告解室へ来るように」
「はい」

 バツの悪い顔でミカエルが返答を返した。その後ろでヨアンがにやけて他の子の肩をつつく。
 その日一日の罪を告白し許しを得るのが孤児院でのルールだ。院長の言葉によって罪は洗い流される。罰はたいがいが掃除当番と決まっていた。

「さあ、お片付けしましょう」
「お姉ちゃん、寝る前にお本読んで」
「私にも読んで~」

 アンの要求に他の子も便乗する。アニエスの取り合いはいつものことだ。
 そして夜は更けていく。アニエスは燭台を持ち子ども部屋から薄暗い廊下に出る。
 アンも他の子どもたちもアニエスの読み聞かせの後にベッドに入った。今はぐっすりと寝静まっている。
 まだアニエスの用事は済んでいない。今夜動くのだ。部屋に戻りベッドに立てかけた剣を手に取る。護拳に月の光が当たって銀色に反射する。
 すでに乾いたコートを羽織り双月の下へと出る。すでに雨雲は過ぎ去り星も見える。

「詩情を感じる……おぞましくも醜い詩(うた)」 

 目を細め呟くと夜の街へと足を踏み出していた。その後ろ姿を見つめる二つの幼い瞳がある。胸に抱くのは拳銃。言葉には祈りを携える。

「天に召されし我らが父(イエス)よ。世には悪がはびこりあなたの楽土を汚す。我らは悪賊が楽土を踏み荒らすことを許さぬ。しかるに我は銃弾を持ちてあなたに仇なす我らの敵に等しく滅びをもたらさんことを」

 アーメンとは続かず、十字の印が指で切られる。これは神に捧げる詩ではない。悪にたむける滅びの詩(うた)だ。
 その少年はミカエルだった。アニエスの姿を見失ぬうちにその後ろ姿を追って走り出す。


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