第八話『メイドの土産に』
「もうすっかり日課になりましたね」
シエスタは笑いながらそう言った。早朝。まだ日も薄らとぼやけている時間に、鈴音とシエスタは水場で横に並んで洗濯物を洗っていた。この時代だからもちろん温水器などあるはずもなく、相変わらず手先は痺れるが、それにも段々と慣れて来た頃だった。一度何時頃に起きているのか尋ねたことがあったが、それはもう驚くような早さであった。学校が始まる前に全ての用事を済ませなければならないのだから、当然といえば当然である。
「慣れたわ」
この不自由な生活にもね。と続きは心の中だけで呟く。───だが、それ以上に、シエスタは世話焼き(あるいは世話好き)のような印象を受ける。ルイズに対しても、そして鈴音に対してもだ。それゆえに、殊この異世界においては、その日本人然とした顔つきも相まって親近感が湧くというものだった。
「昔、シエスタに似ている人と住んでたことがある」
ふと、口をついてそんな言葉が出ていた。
「そうなんですか。今、そのお方はどうされれたんですか?」
「いなくなってしまったわ」
「ああっ、ごめんなさい、野暮なことを聞いてしまって」
「謝らないでいいのよ」
まだ朝だというのに、しんみりした気分になってしまったな、と鈴音は思う。
「その方に、私が似ているんですか?」
申し訳なさそうに、シエスタは聞いてくる。余計な気を使わせてしまったかもしれない。
「そう。雰囲気とか、その世話好きなところとかね」
「そうなんですか……」
明らかに、反応に困っている様子。
「椿はいなくなってしまったけれど、あなたのことは守ってみせるわ」
「あ、ありがとうございます……?」
椿は、自分を守って魔女になった。死んでしまった。消えてしまった。だが、今の鈴音には力がある。積み上がった屍の上に成り立つ力がある。ハルケギニアに呼ばれた理由はわからないが、これが、鈴音に課せられた新しい『正義』なのかもしれない。
「考えすぎね」
自嘲するように、鈴音は呟いた。シエスタを椿に重ねて、一体どうなると言うのだ?
洗濯を終えた二人は少し移動して、昼過ぎから日当たりが良くなる場所に設置してある干し場に移動した。
「今度、私の故郷に息抜きにどうですか?」
「故郷?」
「はい! タルブ村なんですけど、『ヨシェナベ』っていう料理がとても美味しいんですよ!」
どこかで聞いたことのある懐かしい響き。寄せ鍋を外国人が発音したときのような拙い日本語だ。まさか、と思って鈴音は聞いてみる。
「どんな料理なの?」
「鍋に、いろんな具材を入れて煮るんです。みんなで一つの鍋を囲むのは貴族様たちにはない習慣ですけど、楽しいんですよ」
ふ、と鈴音の口から息が漏れる。まさに、鈴音が知っている通りの『寄せ鍋』だった。『破壊の杖』───ロケットランチャーといい、自分が居た世界の物や習慣がハルケギニアに来ることもあるのか。鈴音と同じく迷い込んできたか───
「今度行かせてくれる?」
「はい! もちろんです」
『タルブ村』に行けば、何か得られるものでもあるだろうか。望郷の念はかつての友人に寄せられて、仮に帰られる状況になったとしても、鈴音は帰るべきなのだろうかと考える。向こうで間違いなく死んだ人間なのだから。そんなマイナス思考も、隣で笑うシエスタを見ていると吹き飛んでしましそうだ。彼女は平民だが、どこか魔法染みた力を持っているような気がするのは、鈴音だけだろうか?
「嬢ちゃん、やるねぇ。『漢』だねぇ」
鈴音がシエスタと別れた途端、背中に背負っていた長剣デルフリンガーが、留め具をカチカチ鳴らしながら喋り出した。
「いきなりどうしたの?」
『土くれのフーケ』を倒してから一度も使用していなかった剣であり、夜は、うるさいということでルイズに留め具を固定されていためフラストレーションがたまっているのだろう。
「本来はなぁ、オレだってお喋りなんだよ! それなのにあの娘っ子が……ってそうじゃねえ。あんた、可愛い顔して心の中は漢らしいじゃねえか」
「そう。ただ思ったことを言っただけよ」
そんなことを言われたのは初めて、若干の困惑。が、思ったことを言っただけ、感じたことを言っただけというのは紛れもなく事実である。
「だけどな、あんなことあちこちで言ってたら娘っ子が嫉妬しちまうぜ?」
「誰にだって言うわけじゃないわ」
そう言うと同時に、鈴音はルイズの部屋に到着した。ルイズを起こして、身支度を整えると彼女を送り出した。